江別市議会 令和6年第1回定例会 2024年3月5日
国旗について
2024年3月5日、江別市議会の一般質問で、野村和宏議員が「国旗について」質問し、市長 後藤好人が答弁しました。
- 質問者
- 野村和宏 議員
- 答弁者
- 市長 後藤好人
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
件名は会議録の目次の表記です。
質問 野村和宏
ただいま議長から発言の許可を頂きましたので、通告に従い順次質問してまいります。今年は、4年に一度のスポーツの祭典、オリンピック・パラリンピックがフランスのパリで開催されます。多くの国民が日本選手団の活躍を大いに期待し、今から心をわくわくさせているのではないでしょうか。選手の皆さんの日々の努力と鍛錬が実を結び、誇らしげに表彰式に臨む姿が目に浮かびます。そして、栄冠に際し日の丸が高く掲揚される場面に、多くの国民が選手の健闘をたたえると同時に、喜びを分かち合うのではないでしょうか。そんなことを考えながら、新しい時代の平和と友好の象徴として、今回、国旗についての一般質問を行うことと致しました。それでは、質問に移らせていただきます。まず、昨年4月の統一地方選挙にて市長となられてから、間もなく1年という節目を迎えられます。この間、毎日登庁される市庁舎や市内公共施設において、国旗と市旗が掲揚されている様子を御覧になり、さらには、たくさんの公式行事において国旗が掲げられ、登壇の際には一礼をされ敬意を払われています。その姿を私も敬意を持って拝見しておりますが、人口12万人の都市の首長として、市民の安全・安心、そして、幸せな暮らしに大きな責任を持たれるに当たって、いま一度、国旗に対しての思いなど、市民の皆様にお伝えいただければと思います。御答弁を頂く前に、私の国旗に対する考えを少し述べさせていただきたいと思います。日本の国旗、つまり、日章旗、日の丸について、その起源や国旗になった経緯を申し上げると、とても長時間になってしまいますので、ここでは歴史的事実を基にお話をさせていただきたいと思います。近現代史の中では、1859年(安政6年)江戸幕府は、縦長ののぼり、正確には四半旗と申しますが、これを横長の旗に変えて、日章旗を御国総標にするという触れ書きを出しました。日章旗が事実上国旗としての地位を確立したのは、これが最初であるとされています。そして、明治維新により国家体制が一新した際にも、国旗はそのまま使用されることとなりました。日本は、明治維新後に、世界中が帝国主義、軍国主義に突き進む中、富国強兵政策により軍事国家となっていきました。その国際的背景については、様々な意見に分かれるところですので、ここでは割愛させていただきますが、事実として、日本は、明治、大正、そして、昭和20年までの実に80年の長きにわたり、戦争に明け暮れた国家でした。その間、どれほどの貴い命が失われたのか、このことを糧に、現代に生きる私たちが二度と戦争はしないと誓い、現在享受している平和を次の世代につないでいかなければならないものと思います。そして、1945年(昭和20年)から2024年(令和6年)に至る79年間、戦争に明け暮れた年月とほぼ同じ時間を、日章旗、日の丸を国旗として掲げる日本は、世界に冠たる平和国家として世界平和に貢献し、経済大国としての地位を確立し、先進国として多くの発展途上国に手を差し伸べ、世界の国々から尊敬を集める存在になりました。これも紛れもない事実であります。今や、日章旗、日の丸は、日本国内のみならず、国際社会においても、平和国家の象徴とも言えるものと思うところであります。話は私ごとになりますが、今から二十数年前、小学6年生のときの同窓会が行われた際に、当時、札幌市立の小学校の校長を退職したばかりの恩師に質問しました。先生は、卒業式・入学式の際に、学校に日の丸を掲げるのですか。答えは明確でした。もちろん、無国籍な子供にはしたくないからねと。この言葉にははっとさせられ、目を覚まされる思いでした。これはとても大切なことだと、私自身、胸に刻み込むことになりました。いかがでしょう。個人の内心に踏み込むことをよしとするものではありませんが、国際社会のマナー、儀礼として、外国の国旗に敬意を払うのと同時に、日本の国旗にも同様の敬意を払うことは、国際化、グローバル化がうたわれる今日では、大切なことであると考える次第です。常々意見の分かれることもある日章旗問題ですが、1999年(平成11年)のテレビ朝日の世論調査では、日章旗を日本の国旗とすることに賛成が83%、反対が8%、残りはどちらでもないということでしょうか。さらに、1974年(昭和49年)の内閣府政府広報室による世論調査では、日章旗が国旗としてふさわしい84.1%、ふさわしくない8.9%という結果になっています。この世論調査の結果からも、日本国民にとって、日章旗、日の丸は、日本国国旗として認知されているものと考えます。以上を踏まえ、1つ目の質問として、市長の首長としての御見識と日章旗についての思いなどを伺います。2つ目に、江別市においても、市民が利用する公共施設に国旗を掲揚することは、平成11年の国旗及び国歌に関する法律の公布以来広く進められてきたところですが、公共施設に国旗を掲揚することの意義について、市長のお考えを伺います。以上で、1回目の質問を終わります。
答弁 市長 後藤好人
野村和宏議員の一般質問に御答弁を申し上げます。国旗について、私の国旗に対する見識と思いについてでありますが、国旗及び国歌に関する法律、いわゆる国旗・国歌法制定の際の政府の見解では、日の丸のデザインは我が国では古くから使われており、1854年に日本総船印、1859年に御国総標とされ、船舶用の国籍旗と位置づけられた後、明治3年に布告された商船規則で、船舶に掲げるべき国旗として日の丸の様式が定められたと示されております。国は、長年の慣行により、日の丸が我が国の国旗であるとの認識が広く国民の間に定着しているとして、平成11年に国旗・国歌法を制定し、これにより日章旗が国旗として成文法で規定されたところであります。国旗は、いずれの国においても国の象徴として位置づけられており、海外からの来客には、国旗の掲揚により歓迎と友好関係を示すなど、国際交流の場面でも大きな役割を果たしているものと認識しております。そこで、日章旗に対する私の思いでありますが、掲揚や式典等の際の取扱いを含め、法律に根拠を持つ我が国の国旗として、大切に取り扱う必要があるものと考えております。次に、市民が利用する公共施設に国旗を掲揚することの意義についてでありますが、公共施設に国旗を掲揚するかどうかは各自治体の判断によるものですけれども、戦没者や大規模災害の犠牲者追悼など、国からの依頼により半旗掲揚とする場合もあります。当市では、昭和44年に江別市旗掲揚取扱要領を制定し、本庁舎前の掲揚塔において、市制施行記念日や国民の祝祭日等に国旗の掲揚を行ってきました。昭和52年からは、国や北海道の取扱いを参考に、毎日掲揚する形に変更しているところであります。現在では、市役所本庁舎、大麻出張所など、掲揚塔のある計11施設で毎日掲揚を行っているほか、市の各種式典や行事等の際には、国旗及び市旗を掲揚しております。御質問の公共施設に国旗を掲揚することの意義についてでありますが、国旗・国歌法制定に合わせて政府が示した考え方である市民が国旗に対する理解を深めていただくことにつながるものと考えております。以上であります。
再質問 野村和宏
御答弁、ありがとうございます。御答弁への再質問は致しませんが、市長の答弁内容を踏まえますと、国旗が正しい歴史を想起させるものではなく、長年にわたり、日の丸が国旗であるとの認識が広く国民の間に定着しているとし、国際交流においても大きな役割を果たしているとの御見識と、法律に基づく大切な国の象徴としてお考えであるものと理解いたしました。このことについては、私も全くそのとおりであり、市長と見識を同じくするところであります。新しい時代の平和と友好の象徴として、過去の歴史を踏まえた上で、未来志向で考え、今後も国旗に対して敬意を持って、大切に扱っていただくようお願いいたします。2つ目につきましても再質問は行いませんが、江別市が日本国の地方自治体である以上、公共施設に国旗を掲揚することは当然であるという認識の下、行われているものと理解いたしました。また、江別市が法律の制定以前から国旗を掲揚されてきたことにつきましては、敬意を持って評価させていただきたいと思います。政府が示す考え方に立った上で国旗を掲揚することは、市民が国旗に対する理解を深めていただくことにつながるようにとの考えについても共感できるものであります。各種式典や行事の際、また、江別市が公共施設における国旗の掲揚を継続している現状を拝見すると、議場においても、その公共性や議会の使命、つまりは市民の幸福の追求のための大切な議論を行う神聖な施設であることを考えると、国旗が国の象徴であり、万国共通の考え方として、その象徴の主体は国民、市民であることから、議場に国旗・市旗を掲揚することについて、意見の違いを乗り越えて、真摯な議論を行うことが大切なことであると認識させていただきました。市長には、今後も、公共施設において国旗の掲揚を継続されることを切にお願いして、質問を終わらせていただきます。ありがとうございます。