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由仁町議会 令和6年第3回定例会 2024年9月10日

近い将来における地方自治体のありよう、また由仁町の将来像の展望について

2024年9月10日、由仁町議会の一般質問で、浮田孝雄議員が「近い将来における地方自治体のありよう、また由仁町の将来像の展望について」質問し、町長 松村諭が答弁しました。

質問者
浮田孝雄 議員
答弁者
町長 松村諭

議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。

件名は、議員が最初の質問で述べた言葉から取ったものです。

質問 1番 浮田孝雄

私は1点町長にお伺いいたします。近い将来における地方自治体のありよう、また由仁町の将来像の展望についてお伺いいたします。平成20年の日本の人口1億3,000万人をピークにどこの地方自治体も人口減、またそれに伴う財政難のため、地方行政維持に四苦八苦している現状です。この先人口が急激に増加する要素はなく、国策で人口対策、経済対策をしなければ、ますます地方自治体は苦境に追い込まれます。町村合併も明治維新以降幾度もされております。地方自治法に書かれているように自主的な自治体同士の合併は随時できるようになっております。さて、明治、昭和、平成の国主導による大合併はそれぞれに合併の趣意が異なります。この先平成の大合併と同様の令和の大合併劇が近々起きる可能性が大で、国は着々と準備している状況です。憲法第8章にも地方自治、これが明文化されています。人口減や、それに伴う財政難を根拠とする地方自治体の合併は認めるわけにはいきません。さて、由仁町において近い将来の人口の予測、財源の予測、また行政サービスの予測、教育体制の予測等を勘案してきらりと輝く由仁町の姿を町長はどのようにお考えなのかお伺いいたします。

答弁 町長 松村諭

浮田議員の地方自治体のありようについてのご質問にお答えをいたします。議員ご承知のとおり、ただいまの質問にもございましたが、国立社会保障・人口問題研究所の推計によりますと、今後日本の人口はさらに減少し、これは加速し、2040年には日本の高齢者人口がピークを迎え、やがて減少に向かっていくとされております。これまで高齢者の割合が低かった都市圏においても高齢化が顕著に進行し、少子化も併せた人口構造の変化によりまして、基礎自治体による行政サービスの提供に持続可能にも大きな影響を及ぼすとされている全国的な問題であります。恐らく1,749のうち、ほとんどの自治体がこの問題に直面するのではないかと考えております。当町では国の推移よりはるか前に人口減少、少子高齢化の問題が顕在し、これに合わせるかのように始まった三位一体改革に伴う地方交付税の削減や、これまでの社会資本整備に伴う公債費比率の上昇によりまして財政運営は窮地を迎え、町民の皆さんに大きな負担を強いる結果となったこと、これは記憶に新しいところであります。自主的な市町村合併という手法、平成の大合併は行財政基盤を中期的に維持していくための一つの手法ではありますが、私個人といたしましては令和の時代が続き、この先新しい市町村合併の機運が高まったとしても合併に納得することはできません。合併には効率的な行政運営というメリットもありますが、由仁という地域で考えると生産力、購買力の低下による商工業者、企業などの縮小、廃業などが進むことや、地域社会の存続も危うくなるなど、あらゆる部分で活力が失われるなどといったデメリットのほうが大きいと考えております。私は就任以来、小さくてもキラリと輝くまちの実現とうたっております。全国的な人口減少で、将来もしかすると10年や20年先には再度市町村合併があるかもしれません。私は、そんなときにどんなに小さくても強く輝き続ける基礎自治体である由仁町があり続けてほしい、またあるべきだと考えております。人口減少、少子高齢化社会への対応、頻発する自然災害への備えや急激な物価上昇など、厳しい社会情勢と相まって公共施設やインフラ、老朽化問題など当町が抱える行政課題は依然山積しており、将来の予測は非常に難しい状況でありますが、その中でも小さくてもしっかりとした自治体として担うべき役割を踏まえ、町が単独で実施しなければならないもの、あるいは事務の共同化、一部事務組合などの連携や国や道の諸制度など、多様な手法の中から最も適したものをしっかり見極めながら、町民のために町民のニーズにしっかりと対応する行政運営に取り組んでまいりたいと考えているところであります。

質問 1番 浮田孝雄

町長の心づもりは大体理解できました。この地方自治、これはもう一体いつから始まったのか。また、この近代的な民主的な地方自治、これは一体いつから行われたのか。それをひもといてみますと明治維新、ご存じのように大政奉還されて、版籍も奉還して、廃藩置県で全て明治政府のほうにお預けしたと。これが明治維新です。ところが、その当時日本に、日本ではないですよね、まだ。徳川幕府から明治維新に変わって、その当時日本には約80のちっちゃな国、今で言う県です。これが存在している。その中に集落、今で言う市町村です。これは、自然集落って表現しています。これが何と7万日本中にありました。さあ、明治維新、明治政府になってこれは大変だと、再編をしなければならないと。これは、もう明治政府は死に物狂いでやりました。さて、明治政府がやったことは、まず一番最初にそれぞれの合併基準をつくりましょうと。7万を整理するといったら大変なことです、これ。それで、基準をつくって、それでは3つに分けましょうと。市、町、村と、こういう方向性を出しました。それと同時に廃藩置県のほうで日本中にあるそれぞれが江戸時代まで持っていた藩、これを整理しましょうと。これは、3府72県、約75都道府県、今で言う都道府県がその当時存在していた。これも明治政府としては合併促進法をつくり上げて都道府県の集約を始めた。考えてください。現在で言う都道府県75に対して、今の市町村に準ずるものが約7万、これを集約して現在は47件、1,800と。この地方自治の発展というものは大変なものです、これ。全部そこに国民が付随します。さて、町長にお尋ねしたいのは、今後の由仁町、当然先ほどお話しされたように人口構成の問題が一番ネックになってくると考えます。それによる行政サービスの減、また行政サービスができないと。やはり何とかして避けていかないと、先ほどおっしゃったように人口が減っても、小さくてもきらりと残る由仁町、これを維持していくためには一番必要な財源の部分、これは由仁町として1年間の歳出の自主財源の比率、ここを何とか対処していかない限り、先ほど町長が述べられたような小さくてもきらりと輝く由仁町を残していこうと、これは大変難しいと私は考える。昨年国のほうでは地方自治法を改正して国に指示権を与えた。これは今度は水平合併、垂直合併、吸収合併ではなくて国主導の強制的な合併劇が令和の時代に始まると私は考えています。それの裏づけが財源です。さあ、きらりと小さな由仁町を残すため、この政治の世界というのはもう大変です。どのような政治が正解なのか、これは五里霧中で分かりません。近い将来にそうならないように首長として知恵を出し、対処していくと。ただ、どうしても対処できない部分、これは財源の捻出です。大変厳しいと思いますけれども、いかがお考えでしょうか。

答弁 町長 松村諭

浮田議員のほうから再質問で大変厳しいご質問を受けました。確かにこれまで進められてきた合併というのは国主導で、いわゆる札束でほっぺたたたいて合併しろよと、そういった合併の手法でありました。これは、恐らく将来もしかしたら起きるかもしれない令和の大合併でも同じようなことが言えるのかもしれません。そのときに向けて私は先ほども申し上げましたとおり、できるだけ由仁町として単独で町を存続していくという私の決意を申し上げました。ところが、浮田議員のとおりにやはりお金が必要なのであります。そのためには何をするか。まずは、歳入であります。入るを量りていずるを制す。入ってくるお金を考えないと駄目だ。これは、残念ながらうちのいわゆる税収の大幅な伸びというのは期待はできません。ただ、これはもう過去何十年という歴史をもって基幹産業である農業の生産基盤に対する投資を続けてきましたので、かつては農業者の方から納めていただく税金も非常に少なかったのでありますが、最近では大幅に伸びてまいりました。いわゆる世界的規模の食料問題、最近でも米不足というのがあります。まだまだ農業が発展していく、伸びていくという期待を私は持っています。そういう点では急激な増はないにしても、税収は由仁町でも少なからず伸びていくものと私は考えておりますし、そこを期待をしているところでもあります。また、入るを量りていずるを制するでありますか。これは、今のうちの町の現状を見ていただきたい。学校統合は終わりました。しかし、買っていただいた学校のほかに解体しない学校がまだ1つ残っております。そして、老朽化して利用率が著しく低下した公共施設もあります。由仁町の人口は今4,500人として、これは明治37年の由仁町の人口とほぼ同じであります。ところが、うちの町の公共施設というのは昭和33年の1万3,700人だったかな、の人口、かつては減りつつもあるけれども、1万人を目指した人口規模、これに合うようなまちづくりを進めてきたわけです。ですから、今これからやらないと駄目なのは、効率的な財政運営するために使わない施設を閉鎖して壊していくと。新たな使い道を考えるのだけれども、それは少ない人口の町民にとって必要なものだけを残す、必要なものだけを造っていくと、そういった政策を進めていかなければならないと私は考えております。小さくてもキラリということを私は就任するときから訴え続けております。この小さくてというのは町が小さくても、人口が少なくてもということでありますが、ここに込めた思いは、小さくてもというのは、これからは行政サービスの量ではなくて行政サービスの質を求める、質を高めていく時代だ、これが私の思いであります。公共施設がいっぱいあるから、町外からたくさんの観光客が訪れるからとか、そんなことではないです。そこに住んでいる町の人方がいかに充実して安全で安心、幸せな生活を送ることができるかというのがこの言葉に秘めた私の思いであります。まだまだ手を緩めることはできません。例えば今公共施設を例にして出しましたけれども、壊す、廃止するとなれば既得権益の方がいらっしゃいますので、大変なことになるのですが、将来を見通したときには、これは血を流してでも進めなければならないことはたくさんあると考えております。そして、事務の広域化であります。これうちの町の場合は、早くから南空知消防組合で消防の広域化であります。そして、ごみであります。これも広域です。葬斎組合、これも広域であります。そして、水道事業、これも広域であります。介護認定審査会、これも広域でやっております。広域が決して悪いということではありませんが、効率的な運営という点では私は非常に効果があると思います。そこで、進めていくときに私は職員に対して言っております。今年の1月ですか。かつての岩手県知事であった増田寛也さんが第2弾の地方が消滅するとき、市町村がなくなるというあの衝撃的な発表の本に続いて第2弾も発表しました。これを見て、私は4月1日の職員向けの訓示で言いました。町がなくなる。私は職員に言いました。町はなくならないと、なくなるのは役場だと。役場はなくなるかもしれない。でも、少なくとも6,500ヘクタールの農地で生産活動が行われている以上、由仁町はなくならない。町はなくならない。なくなるのは役場だけである。そのときに職員の皆さんは今までどっちを向いて仕事をしていたのか、これが真に問われると思います。行政というものは三権分立で、行政というのは今、日本では国、都道府県、そして市町村と3層構造となっているわけです。市町村というのは、その3層構造の一番の末端、下なのです。先ほど議員が質問されたように、この行政というのは明治維新後、かつては国の上意下達だったのです。国の指示でこうやれって言ったときに、都道府県に通じて市町村までだあっと流れていく。ところが、今昭和になって新憲法ができて、そのありよう変わりました。しかしながら、一部では上意下達、これがまだ依然として残っています。地方分権制度の推進によってこれがなくなるかなと期待したのですが、残念ながらいまだにまだ残っている。市町村がしっかりと自分の足元を見て自立して行政を進めていくには、やはりこの地方分権の推進ということは必要不可欠です。しかしながら、今政治の流れを見ていると違った手法で市町村を縛ってきているなというふうに思わざるを得ないような法改正が進められていることも残念ながら私は感じているところであります。職員は住民のほうを向いて仕事をしていただきたい。住民の声をいかに把握して町民のために尽くすか、これが私は市町村に与えられた使命だと思っています。その実現のためには少なくとも私が先頭に立っている間は合併する、このことは考えておりません。

質問 1番 浮田孝雄

お話分かりました。大変苦労なされている。これはもう由仁町だけの話ではなく、全国1,800の市町村の首長さんは大変だと。結局地方交付税、これで各自治体が生き延びていると。この地方交付税の中には国のひもづけがたくさん入っている。なかなか自由に地方交付税を使い切れない。地方自治体もやろうと思う事業というのがなかなかできない。実際由仁町あたりも昭和30年代3割自治、このうちの一つでした。それが現在はもう1割を切っているでしょう。そうしたら、もう9割以上が国から来る国庫支出金だとか、交付税だとか、全て使用目的が限られているような財源措置を今国がやっておる。よくこれ例えて話しするのですけれども、日本の統治機構、これはどこかの国に似ているねと。中央集権で1,800の市町村は何とか公社と、隣に大きな国があります。財政の中においても同じです、ここは。昭和24年ですか、25年ですか。戦後マッカーサーの指示でアメリカのシャウプ博士というのが日本に乗り込んできて、財政的な指導を当時の日本政府にしました。そのときに初めて地方交付税の考え方が出てきました。その近代的な地方自治になってからまだ80年たたないのです。しかも、全部これは第2次世界大戦後、日本が敗戦、終戦ではないのです。敗戦してGHQが日本を再建しましょうと。そのためにはGHQ、アメリカの思惑というのは皆さんご存じでしょうか、あります。これは米軍です。地方自治で一番困っているのが沖縄です。横須賀です。米軍キャンプが存在する市町村、これは日本国憲法が通用しません。ご存じのように日米の地位協定、これはたった5条しかないのです。その5条しかないものが103条の日本国憲法を押さえつける。ましてや1,800の市町村を押さえつけると。沖縄の姿を見れば皆さんも分かると思う。これは、地方自治体が責任持つ話ではありません。これは国です。我々も国に対して盛んに政党を通じて打開してほしいと、こういうことは言っております。そこで、これ最後にしますけれども、全国の町村会、特に北海道町村会でもいい。今回の国の指示権に対する態度、これはやはり先ほど町長が言われたようなお話とは大分ギャップがあるように私には感じる。やはり北海道のそれぞれの町民を守るのであれば、町村会の皆さんが国に対して何かモーションを起こさないと、いつまでたっても改善しない。これは私たち国民のほうも選挙という仕組みがありますから、何とか地方をよくしましょうと、そういう訴えの中で選挙はやっております。もう時間ですのでやめますけれども、この先明治の大合併、これは当時の学生の塾だとか、藩の学校をやめて学制、小学制をつくりましょうと、これは尋常小学校ですけれども、この大合併。さあ、昭和の大合併、これは中学校です。そして、平成の大合併、これは先ほど町長がおっしゃったように地方自治の事務を何とかやりましょうと。さあ、今度起きようとする令和の大合併、これは先ほど佐藤議員が質問されたように6・3制を一本の木にしてしまうと。これは、文科省にとって、または国の財務省にとってはすごく便利な話だ。これは、当然令和の大合併というのは国はやってくるでしょう。その立てつけに教育の問題をぶら下げてきたときに、これは当町としても断るわけにはいかぬ。次回は教育問題、それと各課のサービスの問題、これについて質問したい。今日はこれで終わります。

質問 1番 浮田孝雄

答弁いいです。

出典:由仁町議会 令和6年第3回定例会 2024年9月10日 議事録 PDF(25ページ) 間違いを知らせる