赤平市議会 令和7年第2回定例会 2025年6月19日
防災対策について
2025年6月19日、赤平市議会の一般質問で、若山武信議員が「防災対策について」質問し、市長 畠山渉が答弁しました。
- 質問者
- 若山武信 議員
- 答弁者
- 市長 畠山渉
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
件名は会議録の議事日程の表記です。
質問 8番 若山武信
件名2、防災対策についてであります。項目1、障がい者の防災対策について、要旨1、障がい者を取り込んだ防災訓練についてであります。防災の基本は、未然に防ぐことへの対応が必要と言われておりまして、また災害時の基本はみんなで生き抜くこと、救援では一人でも多く救出することとのことであります。そこで、障がい者の防災訓練への参加について伺います。現在市では、毎年災害時に備えた防災訓練を各地区で行っておりますが、健常者ばかりの参加が中心となり、障がい者の参加数は本当に少数でしかないのではと思われます。日常生活の中では、車椅子生活者、閉じ籠もりの人や寝たきりの病弱者などがおり、時には軽度の認知症の人も出てまいります。突如の災害時にはどうなるのでしょうか。防災訓練時においても時にはこのような障がい者を含めた訓練も必要なのではと考えております。このことにおいて町内会役員や場合によっては消防団員の協力も必要だと思いますが、今後当市の防災訓練時に障がい者を取り込んだ訓練への考え方について行政の考え方を伺います。
答弁 市長 畠山渉
障がい者を取り込んだ防災訓練についてでございますが、本市では現在毎年各地区を輪番で防災訓練を実施しており、町内会を通じて市民の皆様に参加を呼びかけております。しかしながら、車椅子を使用されている方や介助を必要とする方々の参加は、ごく僅かにとどまっているのが現状であります。今後の防災訓練においては、障がいのある方や高齢の方などに引き続き参加を呼びかけ、より多くの市民が安全に避難できるよう努めてまいります。
質問 8番 若山武信
今まで本当に少なかった障がい者の参加ですけれども、これからもできれば今言われたように多くの方々に訓練に入ってもらって、本当に町内会には迷惑かかる部分があるかもしれませんけれども、協力を得ながらよろしくお願いしたいと思います。次に、要旨2、誰一人取り残さない防災対策について。障がい者の防災、特に重度障がい者についてでありますが、現在身体、知的、精神の障がい者などは一般人として共に社会生活を送っておりますけれども、災害時は障がいという障壁があるゆえに難しいことも生じます。災害時は、障がい者から見ると社会のほう、いわゆる社会の側に障害があるという物の見方、考え方が起きるとのことであります。障がいがあるゆえに避難所に入られない現実、例えば車椅子の場合、入り口に階段がある場合などは自由に出入りできないわけでありますし、このことから車中泊が多くなるということであります。また、目、耳の不自由な人、これは付添いの人が必要でありまして、目が不自由な人は例えば白い杖、白杖が混雑した狭い避難所では自由に使えなくなる、また災害時は自宅のトイレ使用時と勝手が違うという現実があります。災害時は、トイレに始まり、トイレで終わるということもありましょう。誰一人取り残さない防災対策について、心のケアなども含めて難しいことではありますが、行政の考え方を伺います。
答弁 市長 畠山渉
誰一人取り残さない防災対策についてでございますが、災害時において障がいのある方々が直面する困難は社会的な障壁によって生じている面があり、これらを解消することは重要であると認識しております。本市では、一般の指定避難所での生活が困難な障がい者や要介護者の方々に対応するため、市内4か所に福祉避難所を設置しております。しかしながら、車椅子使用者にとって段差のある施設への避難が困難であること、視覚障がい者が混雑した避難所内で白杖を使用しにくいこと、聴覚障がい者が情報を十分に得られない状況など、避難所の現場ではなお多くの課題が残っているのが現実であります。誰一人取り残さない防災対策の実現は、容易なことではありませんが、市民の誰もが安全に、そして安心して避難できる仕組みづくりに引き続き取り組んでまいりたいと考えております。
質問 8番 若山武信
昔障がい者は、災害時に心ない人に邪魔者扱いされたことも私は耳にしております。実は、私も障がい者の一人であります。40歳代に風邪のウイルスに脊髄を侵されまして、全身麻痺で寝たきりの状態となりまして1年間入院生活を強いられ、さらに1年間のリハビリ生活を経て現場、職場復帰となりました。ギランバレー症候群の後遺症ということで手足の末梢神経に障がいが残り、2種4級の障害等級がつきました。以来私も和式トイレは使用困難ということになっております。リハビリ生活中に、私は炭鉱におりましたので、ヤマの仲間からの温かい励ましや支援を受けて再起し、今の自分があるわけであります。私の所属しておりました赤平身体障害者福祉協会も高齢化のために事業縮小となり、昨年の7月をもって解散となりましたが、行政や市議会におきましてもこれまで大変お世話になりましたことに感謝、お礼を申し上げるとともに、これからも日常の社会生活に分け隔てがなきよう障がい者支援の充実がさらに図られることを切に要望して、この項を終わります。