赤平市議会 令和元年第3回定例会 2019年9月11日
恵まれた自然環境と地域資源を活かした個性と魅力あるまちづくりについて
2019年9月11日、赤平市議会の一般質問で、竹村恵一議員が「恵まれた自然環境と地域資源を活かした個性と魅力あるまちづくりについて」質問し、市長 畠山渉が答弁しました。
- 質問者
- 竹村恵一 議員
- 答弁者
- 市長 畠山渉
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
件名は会議録の議事日程の表記です。
質問 1番 竹村恵一
続きまして、件名の3、恵まれた自然環境と地域資源を活かした個性と魅力あるまちづくりについてに入ります。市長は、6月議会でも炭鉄港に対して炭鉄港推進協議会の会長という立場から取り組みについての答弁をし、所信表明の中でも第4節で記載をし、触れていました。しかしながら、当市には炭鉱だけが歴史ではなく、農業や継承しなければならない歴史に関する資料があると思います。そこで、項目1、歴史の継承に対する考え方についてお聞きいたします。所信表明の第4節には、先ほども言いましたが、炭鉄港、そしてAKABIRAベースにしか触れていませんでした。赤平を支えている農業や大切な当市の歴史をつづった赤平市史の継承には言及がされていませんでしたが、特に市史作成時に大変苦労された膨大な資料をまとめ、残されているというふうにお聞きしております。その資料整理などは、どのように考えていらっしゃるのか、農業の歴史資料、赤平市史の参考資料の継承はどのように行われていくように考えていらっしゃるのかお聞きしたいというふうに思います。
答弁 市長 畠山渉
現在の赤平市史につきましては、平成13年1月に発行しておりますけれども、ご存じのとおり市史には自然、社会、産業、教育、文化など幅広い観点で赤平の歴史がつづられておりますことから、資料もまた幅広い分野のものが集められまして、どれも赤平の歴史を語る上で非常に貴重なものであると認識しております。また、かつて郷土館などで展示しておりました赤平で実際に使われた農業の道具ですとか機械類、生活の様子を物語る資料につきましても現在小学校の授業などで田植えや稲刈りを体験することもありまして、こちらも貴重な資料であると考えております。市史の資料につきましては、かつては市史編さん室が文化会館にありましたことから、市史完成後も文化会館に保管しておりました。平成20年に文化会館が休館、平成23年に建物が解体となる際に資料は旧公民館や旧住友赤平小学校の炭鉱歴史資料館などに移動しております。郷土館は、平成19年に休館、その後解体となったことから、旧公民館や住吉町の旧スカイスポーツ振興センターなどに移設しております。現在旧公民館の建物も老朽化が著しく、資料も閲覧できる状況にはないことから、資料の保管、整理が必要であり、今後における遊休施設等の活用も含め検討してまいりますので、ご理解いただければと思います。
質問 1番 竹村恵一
農業の資料とか市史の作成時の資料、いずれもやっぱり市長答弁で言われているとおり貴重な資料だというふうに私も思います。結局のところは、しかしながら大切にはされていなくて、歴史の継承として後世の子供たちにも伝えていけないという状況なのだなということがただいまの答弁でわかりましたが、この後の教育行政の質問でも言いますけれども、コミュニティ・スクールが設置されて郷土赤平の歴史を知らない子供たちが、または歴史を伝えることのできない状況がこの赤平市という我がまちに愛着が持てる状況がつくれるのかちょっと不安に思います。まちが小さくても、人口が減っても、市長が何代かわってもこのまちに生きる以上歴史を伝えていく必要があるのではないかなというふうに私は思いますので、今後の検討結果を期待したいというふうに思います。次に、要旨の2、当市の交流協定調印についての質問です。歴史、過去の継承という観点からお聞きいたします。当市は、過去に平成7年10月、石川県加賀市と、また平成9年7月、大韓民国の江原道の三陟市と、そして平成11年9月には中国湖南省の汨羅市と交流協定調印を締結しております。各調印も当時は盛り上がりを見せ、お互いの交流などの動きもあり、交流センターみらいにはあかしの品も展示されております。さて、その情報や経過、もしくは調印を締結していることすらを知っている市民は、または職員の方はどれぐらいいるのでしょうか。当時の方々の高齢化や薄れていく記憶の中、当市と友好都市との関係は今後どのようになっていくのか、市長のお考えをお聞きいたします。
答弁 市長 畠山渉
友好都市につきましては、石川県加賀市、韓国三陟市、中国汨羅市とそれぞれ歴史的背景や市民団体の交流によるつながりなどから友好都市を結び、現在に至っておりますけれども、特に石川県加賀市との交流につきましては赤平市に入植し、開拓をされた祖先としてこれまでお互いに交流を深めまして、赤平市の火まつりにおけるぐず焼きの披露、加賀市動橋町のぐず焼きまつりへの参加ですとか、よさこい、火太鼓、少年野球など子供たちの交流も行ってきたところでございますけれども、市民団体の解散ですとか、当市における当時の財政的な事情もございまして平成17年度以降交流事業等につきましては見送りをしているところでございます。その後時間も経過していることから、平成30年1月に加賀市に表敬訪問させていただき、従前のような交流事業はなかなか難しいこととは存じますけれども、子供たちの交流など可能なことから少しずつ取り組んでまいりたいと交流を深めたところでございます。友好都市につきましては、交流事業ということはなかなか難しいかもしれませんけれども、これまでのつながりを大切にしてまいりたいと思いますので、ご理解いただければと思います。
質問 1番 竹村恵一
ただいまとりわけ加賀市との交流についての答弁をいただきましたが、あくまでも始まりは市民団体がきっかけだったかもしれませんけれども、協定調印を締結したわけですから、行政間の検討があって当然なのではないかと私は思います。先ほど言われた友好都市、そして赤平に入植し、開拓した祖先がどこなのか、どれぐらいの市民の方や子供たちが歴史を学べているのかというのを考えると、さほどいないのではないかなというふうに思います。財政面を考えると、交流事業というのは大変難しいというふうに私も思いますので、つながりを大切にしていただけるという市長の発言を考えるならば、ぜひ市長も一度加賀市へ行って、現地へ行き、交流に対するきっかけを持っていただきたいというふうに思いますので、よろしくお願いいたします。