由仁町議会 令和7年第4回定例会 2025年12月11日
いじめゼロに向けての道徳教育(普遍的な情操教育)について
2025年12月11日、由仁町議会の一般質問で、野市裕司議員が「いじめゼロに向けての道徳教育(普遍的な情操教育)について」質問し、教育長 石井洋が答弁しました。
- 質問者
- 野市裕司 議員
- 答弁者
- 教育長 石井洋
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
件名は、議員が最初の質問で述べた言葉から取ったものです。
質問 3番 野市裕司
3番、野市。通告に従い、質問させていただきます。いじめゼロに向けての道徳教育(普遍的な情操教育)について。学習指導要領の改訂により、2018年から小学校で、2019年から中学校で道徳の時間を特別教科、道徳と位置づけられました。また、北海道いじめ防止等に関する条例、由仁町いじめ防止基本方針には道徳教育の大切さも記載されています。そこで、現在の由仁町における道徳教育の取組をされているのか伺います。また、道徳教育の一環として位置づけられている普遍的な情操教育は健全な人格形成に大きな役割を果たし、いじめ防止の鍵となるものだと考えられますが、どのような取組をしているか伺います。なお、普遍的情操教育という耳慣れない言葉ですが、少し説明をさせていただきますと、国会などでは宗教的情操教育という言い方をします。これと同じ意味でございます。もう少し分かりやすく言うと、以前テレビで「まんが日本昔ばなし」という番組がありましたが、よい行いをした人は天国に行き、悪い行いをした人は地獄に落ちる、またうそをつくと死後閻魔様に舌を抜かれるというような死生観を含んだ物語で善悪を教える教育がこれに当たります。答弁よろしくお願いいたします。
答弁 教育長 石井洋
野市議員のご質問にお答えいたします。現在の由仁町立学校における道徳教育につきましては、6月の第2回定例町議会で野市議員からの一般質問で答弁させていただきましたが、野市議員おっしゃるように学習指導要領に特別の教科、道徳ということで位置づけられており、年間授業時数が定められています。例えば小学校1年生が年間34時間、2年生から中学校3年生までが年間35時間ということで位置づけられております。それぞれの年代に合わせて、お互いを理解すること、友情、信頼、生命の尊さなど、よりよい学校生活に向けたモラルやマナーについて指導し、日常の自分自身の言動や友達関係、クラス全体のことについて振り返らせております。このほか、学校行事の一環としても人権教育も含めて進めており、例えば小中学校ともに人権擁護委員による人権教室や、中学校では生徒会主体のいじめゼロ集会をはじめ、先ほど教育行政報告でも申しましたが、今年度小学校5年生、中学校2年生を対象にして、町立診療所の企画で外部講師を招いて「折れない心を育てる命の授業」を実施しました。また、道徳を広く捉えますと学校生活そのものが広義の道徳と考えられると思います。友達との関わりとか集団生活のルールなどの様々な場面でよいことと悪いことを区別し、よいと思うことを進んで行い、人間としてよりよい生き方について考えること、すなわち広義の道徳とは学校生活そのものというふうに捉えております。このように、学校生活全般を通じて学年の枠を超えたよりよい仲間づくりの構築に努め、児童生徒の豊かな情操と道徳心を培い、いじめの防止に資するため、全ての教育活動を通じた道徳教育及び体験活動等を充実させる取組を進めております。以上でございます。
質問 3番 野市裕司
ただいま教育長からお話をいただきまして、いろんな取組をされているのがうかがわれ、教育への情熱が感じられました。ただ、いじめをなくすための道徳教育の教科であったはずが個々の多様性を重視するあまり答えは1つではないよ、議論すること自体が大事だという、そういう流れが今あると思うのですけれども、善悪を教えること自体を重視あまりしてこなかったのがいじめがいまだ減らない大きな原因だと私は考えます。根本的な善悪を教えるには、やはり普遍的な死生観を含んだ物語を学ぶことはとても大事だと考えています。昔「まんが日本昔ばなし」が放映されていたのが1975年から1994年までです。その間いじめは少なかったという専門家の見解もございます。道徳教育の一環としてこのような教育の取組も入れていただければいかがではないかと思います。よろしくお願いします。
答弁 教育長 石井洋
野市議員の再質問にお答えさせていただきます。道徳教育の基本ですが、昔は道徳教育というと読む道徳、聞く道徳だったと思いますが、今は考え、議論する道徳に変わっております。これは学習指導要領にも記載されております。道徳教育というのは教師の価値観を一方的に押しつけることのないようにする、それで児童生徒が考えて、議論して、共に先生と一緒に学んでいくというのが道徳教育の基本です。いじめ問題の解決などもみんなで議論しながら解決に向けた授業をしていくというのが道徳教育の基本です。一方、野市議員おっしゃりましたけれども、日本昔話ですが、情操教育というのは重要だと思います。教育基本法でも第2条に、例えば幅広い知識と教養を身につけ、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うことというふうに規定されております。昔話というのは幼児期で読み聞かせを行うというのが重要で、本を読むきっかけづくりにもなると思います。物語を通じて追体験をしたり、それから疑似体験をするということができますし、想像力を養うことができます。そこで会話力とか表現力も身につくと思います。登場人物の行動について考え、そこから人間の道徳性を身につけていくというのが、そういう機会になると思いますので、昔話等々絵本についてもそうですけれども、日本だけではなくて世界の昔話も含めて幼児期の教育的観点からぜひ家庭教育の素材として、ゆめっく館にもたくさん絵本ありますので、そういうのも使っていただいて、家庭の中でこの昔話を含めた教育の素材として使っていただければというふうに考えております。以上です。
質問 3番 野市裕司
今お話しいただきました議論する道徳、そして情操的な教育は家庭の中でやっていただきたいという趣旨だと思うのですけれども、学習指導要領の中では小学校の5年から6年、または中学校の道徳教育の中には人間の力を超えたものに対する畏敬の念を深めるという、これは明らかに宗教的情操教育を進める文言だと思います。過去の国会の答弁でも第150回国会で森喜朗元総理が、そして第134回国会では村山富市元総理が、第41回国会にて池田勇人元総理が、また文部大臣に至っては過去13例もこの宗教的情操教育の重要性を説いています。当然特定の宗教教育をするということは禁じられております。しかしながら、情操教育を進めていくというのは国の方針でもあるということだと思います。自然に触れる体験、歴史的な建造物の見学、先ほど言った命の授業ですか、また地域のボランティア等々も大切ですが、普遍的な善悪のルールを教えること、これを道徳教育の中心に据えるべきだと考えています。最後の質問になりますが、いじめゼロに向けて由仁町ではいじめ防止条例の制定が進められているとお聞きしました。一般社会では人を殴れば暴行罪、相手をけがさせれば傷害罪、物を盗んだら窃盗罪、おどしてお金を奪えば脅迫罪です。犯罪レベルのいじめに対しては罰則規定を設けるべきだと私は考えています。これは、いじめは絶対に駄目だという強いメッセージであり、いじめゼロに向けての大人の責任であると考えます。全国に先駆けて由仁町から進めていただきたいと思います。よろしくお願いします。
答弁 教育長 石井洋
まず、野市議員のご指摘の宗教的情操教育ですが、宗教的情操というのは1935年、文部省、文部次官通牒で宗教的情操の涵養に関する件ということで正式に出されました。これは教育勅語を補完し、忠君愛国道徳の心の支えを与えるものとして機能したと、そういう歴史を持っています。宗教的情操教育というのは学習指導要領の改訂の議論のたびに出てきますが、実際に宗教的情操教育という言葉は導入されていません。それはなぜかというと、先ほど野市議員も言われましたように、教育基本法では特定の宗教のための宗教教育というのは禁止されております。宗教教育の中には宗教的情操教育も含まれるというのが見解です。したがって、宗教的情操教育というのは宗教の種類を単一のものに特定しないということが前提になりますが、そういうふうな教育を行うということが果たして現実的にできるかどうかということが問題になっているから具体的に表記されていないという状況がありますので、その辺をちょっと理解していただければと思います。それから、いじめ防止条例ですけれども、これは今教育委員会の中でも検討しております。いずれ提案させていただきたいというふうに思っていますが、そこに懲罰規定を入れるかどうかということですけれども、2000年代の半ばに、いじめが増えていた時代にいじめ克服の対処法として、ご存じだと思いますが、加藤十八教授が「いじめ栄えて国亡ぶ」という本を出しまして、それが結構有名になって、いわゆるゼロ・トランス方式でいじめをやめていこうということで、それを導入する自治体も増えてきました。しかし、それは子供たちを一定の規律をもって罰していくということで、それが校則の厳格化につながっていってブラック校則ということが増えていったりして問題になった、それから教師の体罰につながっていくということで今は見直されてきています。こういうふうな、私の考えですけれども、こういうゼロ・トランス的な生徒指導というのはそういうふうに校則とか教員の行き過ぎた体罰を生んできたということで、そういう罰則主義に基づく生徒指導というのは教育の本質とは相入れないというふうに私は思っています。教育現場に必要なのは一律的な規則の徹底ではなくて、個々の児童生徒の状況や背景を理解して、彼らが失敗しながらも学べる場を提供する、そして教師と生徒が互いに信頼し合って共に成長していける環境をつくるということが本来の教育であるというふうに考えております。以上です。