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由仁町議会 令和6年第3回定例会 2024年9月10日

海外との交流について

2024年9月10日、由仁町議会の一般質問で、野市裕司議員が「海外との交流について」質問し、町長 松村諭が答弁しました。

質問者
野市裕司 議員
答弁者
町長 松村諭

議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。

件名は、議員が最初の質問で述べた言葉から取ったものです。

質問 5番 野市裕司

質問させていただきます。私のほうから海外との交流についてを質問させていただきます。今、日本は人口減少の流れにあって、由仁町もその流れを止めることができないでいます。財政の状態も改善はされつつも、いまだ厳しい状態が続いているものと認識しています。このような状況に対して、今後は由仁町としても海外に目を向けることが大切なのではないでしょうか。海外との交流は、将来的には大きな活力となっていくものだと思われます。円安の今、海外との貿易を進めることができれば、由仁町の財政にもプラスの影響が出てくるものと思われます。そして、今インバウンドの時代なので、海外との観光誘致にも力を入れていくということは重要ではないでしょうか。海外との交流ができれば、国内で万が一の災害があったときでも物資の供給など、セカンドベストとしての危機管理対策にもなるのではないでしょうか。現在のような閉塞感を打ち破るには、海外に目を向けることは必要だと強く感じています。そこで、町長にお尋ねいたします。海外との交流についてのお考えをお聞かせください。

答弁 町長 松村諭

野市議員の海外との交流についてのご質問にお答えをいたします。まず初めに、これまでの町内における海外との交流の主な取組についてご説明を申し上げます。初めに、経済活動として輸出の取組についてでありますが、過去10年の間において北海道国際局国際課を通じた町内企業が製造する工業製品をロシアへ輸出、千歳観光連盟及び香港の貿易商社を通したリンゴやレトルト食品など、特産品の中国への輸出などの試みがありましたが、いずれについても検疫や関税、出荷数量などの高い障壁によって実現には至っていない状況にあります。次に、異文化交流の取組についてでありますが、カナダのバンクーバー市に永住しております当町出身者がバンクーバー北海道人会に入会しておりますが、平成30年の胆振東部地震の際に同会から北海道に支援をいただいたご縁から、かつて日本人街としてにぎわったパウエル街地区で開催されておりますバンクーバーの夏の風物詩となっておりますパウエル祭、お祭りでありますが、同会が参加するという情報を得た由仁町特産品販売推進協議会が支援に対する謝意並びに当町のPRを含め特産品を贈呈するなどの交流を行っておりました。また、人材育成の取組として由仁町国際交流協会による留学生の受入れや、当町の事業で中学生をオーストラリアに派遣するゆめっく21ジュニア海外派遣事業などの取組を過去に行ったところであります。そのほか、町民皆さんのいわゆる個人的なレベルでは、観光を含めロータリークラブによる交換留学生、ライオンズクラブによる韓国ライオンズクラブとの交流、さらに同会ライオンズクラブでは由仁町に来ております外国人研修生との交流会も計画されるなど様々な形態によって海外との交流、取組が行われているところであります。次に、議員のご質問、海外との交流について私の考えをお答えをいたします。グローバル化が加速し、国境を越える人、物、金、情報の移動が一層激しくなっている現在、ますます他国との関係性や国際交流、あるいは異文化交流などの必要性が高まっております。国際交流は他国の人たちと交流による相互理解を図る活動でありますが、国家レベルの外交だけではなく住民レベルの交流が主流になり、同時に外国語教育の充実が一層重視されるようになるものと考えております。対しまして、異文化交流とは多文化の人々とコミュニケーションをすることを指す言葉でありますが、この交流を積極的に進めることによって他国の文化、価値観、視点を見つけ出すことができ、異文化を知ることで自国文化の魅力を再認識することができるものであります。お互いの文化を認め合い、アイデンティティー、独自性を尊重しながら違いを認め合うことはさらに重要視されるものであります。現代社会においては、異なる文化に違和感を覚え、差別へ進んでしまう場合もあり、いかに異文化理解が必要かを物語っておりますし、またグローバル化のみならず、国内でも違いを認め合う力が求められております。次に、国際交流の必要性についてでありますが、この議論はどこにおいても尽きることのない問題であります。なぜ今国際交流が行われているのか。それは、世界の様々な枠組みの中に日本という国が組み込まれている以上、日本人のみの孤立した社会では生きていくことは大変難しいことだからであります。今後さらに諸外国から日本で働きたい、日本に住みたいと選ばれる国になっていかなければならないと考えております。地域的に見れば、当町のような地方では国際化の波は緩やかでありますが、好むと好まざるに関わらず在日外国人の数はますます増加するでしょうし、その対応が迫られてくることが確かであります。地域においては、自分たちの住んでいる社会や文化に対して良し悪しを判断する鏡がないと言われておりますが、異文化との交流によって地域社会の再構築が図られ、それがひいてはふるさとの再発見につながることにもなります。これは、異質な文化を受け入れようとする過程の中で自分たち自身に意識改革をもたらすということでありますが、自己の主張を持つ必要性も生まれ、自己の改革にもつながるものでもあります。また、地域レベルでの交流を考えた場合、特色のある交流ができる機会は多々あると考えております。例えば当町の夏まつりや地域行事などに実際に参加してもらうことによりまして独特の文化、固有の文化に触れ、経験してもらうことができるようにもなります。また、観光で当町を訪れるインバウンドの方々についても同じことが言えると考えております。これは自治体の交流というよりも個人個人の交流につながっていくものでありますが、個人的なつながりこそ、これが本当の意味での国際交流と言えるのではないでしょうか。また、そういった地域固有の文化体験から、より深い草の根交流へと進んでいくことになると考えます。相手方の文化や歴史を理解しようとすることは広義では、広い意味ではということであります。国際親善などの外交的な国家単位の交流となっておりますが、大げさな話ですが、逆に個人的なつながりが国家の友好親善をもたらすということも考えなければならないことであります。最後に、当町によって、国際交流によって得られる経済効果についてでありますが、これは私は今いささか疑問であると言わざるを得ません。なぜなら、国際交流が一朝一夕のものではなく、高い水準のコミュニケーション能力と相互理解、長い年月と歴史認識を必要とするからであります。その中で効果がどれほどのものか見極めていくしかないと思われます。ただし、国際交流を続けていく中で民間の交流が次々と生まれ、企業対企業、個人対個人といったつながりの中で、それぞれの分野で吸収できる技術や地場産業の創出といったアイデアが生まれてくる可能性が秘められていると言えます。また、人と人との交流の中で新しい変革の意識を持った人材が出てくれば、それが地域の活性化、原動力につながるものと考えているところであります。

質問 5番 野市裕司

今町長の考えをいろいろ聞かせていただきまして、以前から海外についての交流の取組に実際動いていらっしゃるのだなというのが分かりました。なかなか必要ではあるとは思うのですけれども、実際そのきっかけというか、どういう国を選んで、どういうきっかけがあって、何を縁にして広げていくかというところがやっぱり大事だと思うのですけれども、そこでまた僣越ですけれども、私の体験をちょっと話させていただきたいのですけれども、昨年11月に台湾のほうに行ってまいりました。それで、実際に向こうの議員さん、市議さんとか国会議員さんもお会いすることができたのですけれども、そこでいろいろ現地の声を聞くとそういう交流は、特に日本との交流は大切だという声がたくさんありまして、何かそういう機会があればぜひ交流を進めていきませんかというような言葉もいただいて、本当にこれは必要だなと思いまして、さらにそういう形で少し縁をいただいたので、それも具体的に、基本的には民間として動くのが最初だと思うのですけれども、長い意味で見ると文化ですとか、教育ですとか、スポーツですとか、技術的な協力ですとか、そういうのも進めていくにはやっぱり自治体も主導として動いていただけるのがいいと思いますので、そこら辺のところを、私がたまたま行ったのは台湾の嘉義市というところで、そこは本当に日本との交流もまだそんなにはないのですけれども、以前統治時代に日本でその市が甲子園に出て準優勝して何か話題になったところで、日本との関係も非常にいい印象のあるところなのですけれども、そこの市議の方から町として、市議として、市としていろいろ交流あったらいいですねというようなお話があったので、そこら辺のところももしきっかけとして進めることができたらいいのではないかなと思いまして、今回そういう提案をさせていただきました。ご検討いただければと思います。その橋渡しみたいな形で動くことはできるので、そういう形で進めていただけるのはどうかなと思いまして、今回質問させていただきました。以上です。

質問 5番 野市裕司

そうしたら、よろしくお願いします。

答弁 町長 松村諭

ただいま野市議員、再質問のほうで台湾が出てまいりましたので、これについてもちょっとお話をさせていただきますが、過去に町内の農家が台湾の貿易商社を通じまして農産物、長芋であります。これを輸出しようと試みまして、実際にはその食べ方、コックさん、料理人も一緒に連れて台湾を訪問したことがありました。ところが、そのときにはもう時既に遅しでありまして、台湾のほうには十勝の有名な長芋の産地のほうが先に進出しておりまして、我が町の長芋が入っていく隙間は全くないということ。さらに、これを輸出するのに法律正確には覚えていないのでありますが、いわゆる検疫をクリアするのが大変だったと。長芋についている土を全て洗って落とさなければならない。これが一回洗って持っていっても、それでも通らないというのを何回も繰り返してやっと台湾のほうに行ったという、そういった報告を受けたところでありまして、残念ながら台湾とのそういった農産物の輸出ということは断念をしたところであります。由仁町の特産品と言えば、これはもう間違いなく農産物でありますので、農産物を輸出するということは、今国でも海外にお米を輸出する場合には補助制度を設けておりますので、由仁のお米を輸出することは可能であります。ただ、これもやはり相当な検疫をクリアするにはかなりの労力を要しますので、集荷業者と言うのですか。輸出を専門に扱っている集荷業者を通して輸出するということで、町内にも若手農業者何人かが既に海外向けに米を作っているところであります。これは非常にいいことでありまして、第2のホタテにならないように、いわゆるリスクを分散するという理由では大変いいことだと思っているところであります。野市議員から非常にありがたいお話をいただいたところでありますが、実は私もこの職に就いてから10年たとうとしているのでありますが、こういった野市議員が今お話しいただいた件につきましては、年に大体一、二件必ずあるのであります。国会議員、市議会議員、東証一部上場の企業から必ずそういうお話が参ります。そして、必ず共通していることは由仁町のためにという、この言葉であります。これは選択を間違えると大変なことになっておりますので、お話は聞きますけれども、慎重に対応しなければならないと思っております。これは町議会でお話ししていいことなのかどうか分かりませんが、現段階において私は台湾と農産物の輸出、あるいは姉妹都市、海外交流を含めてそれを私個人、私としては現段階では実施する考えはございません。それはなぜかといいますと、台湾の歴史を振り返りますと日本に対して非常に友好的なのであります。これは第2次世界大戦終了後、日本軍が台湾を占領していたときのインフラが台湾には破壊されないで残っているからであります。一方、同じく占領していた韓国のほうが朝鮮戦争によって日本軍が整備した社会資本が全部なくなっているのであります。この違いが決定的なものになっております。また、台湾も現在は民進党ですか、頼清徳総督の下で親米派であります。台湾というのは、8年ごとに政権が変わるのです。今は民進党で親米派でありますが、かつては馬英九、親中派であります。台湾環境のことが問題になっておりますが、この親中派というのはアメリカではなくて中国のほうに向けて国政の政策を進めるということでありますから、こういった非常にリスクの高いものに私ども由仁町が踏み込んでいく考えは今のところ私は持ち合わせておりません。これは非常に高度な問題で、田舎の町長、おまえが何を偉そうに言うのだというふうに怒られるかもしれないのですけれども、町民をそういったリスクから守るためにも、これは慎重に対応せざるを得ないということで今のところ私は台湾とのことは全く考えていない。これ台湾の方に大変失礼になるのですが、私は台湾を含めて中華系とのことは同時に全く考えていないということをお答えさせていただきます。

質問 5番 野市裕司

町長、どうもありがとうございました。いずれにしろ、長い目で見たらそういう動きもせざるを得なくなるとは思うので、これから少し調査、勉強しながら最善の方法を考えて由仁町のために頑張っていきたいと思います。ありがとうございました。

出典:由仁町議会 令和6年第3回定例会 2024年9月10日 議事録 PDF(16ページ) 間違いを知らせる