みんなの議会

津別町議会 令和4年第1回定例会 2022年3月15日

みずから学びみずから考える必要性について

2022年3月15日、津別町議会の一般質問で、渡邊直樹議員が「みずから学びみずから考える必要性について」質問し、教育長 宮管玲が答弁しました。

質問者
渡邊直樹 議員
答弁者
教育長 宮管玲

議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。

質問 2番 渡邊直樹

〔登壇〕 それでは2点目の項目に移りたいと思います。教育行政についてであります。教育長は、社会で活きる力を育む教育の推進については「義務教育において、基礎的知識・技能を活用して課題解決への思考力・判断力・表現力に加え、学びを活かそうとする態度を身につけさせる必要と、生涯にわたって能動的に学び続ける力を育む」と述べています。学校教育において、多様化する社会進出に備え「活きる力」を育てなければと思います。そこで、みずから学びみずから考える必要性についてお伺いしたいと思います。1点目です。学校教育の観点では、子どもたちが勉強する、いわゆる学ぶというその目的はどのようにとらえているのかお聞きしたいと思います。2点目です。子どもたちが、将来どのような大人になりたいかを考え、仕事、夢について表現することは自身の成長を促すほかに、引き寄せの法則の観点からも異議があると考えますが、教育者の見解をお伺いしたいというふうに思います。

答弁 教育長 宮管玲(教育長は2022年3月まで)

それでは、一つ目の学校教育の観点で子どもたちが勉強する(学ぶ)その目的とは。とのご質問にお答えいたします。教育の目的につきましては、教育は人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならないと、教育基本法に定められておりますので、教育を施す側の目的も、受ける側の目的も、人格の完成を目指すことに尽きるものと理解しております。― 16 ―そこで、今日的な課題であるグローバル化や急速な情報化、技術革新といった変化の激しい時代にあって、今後、より多様で複雑化する課題と向き合いながら、一人一人が豊かな人生を送ることのできる持続可能な社会を切り開く力をつけるために、令和4年度の教育行政方針では、義務教育という6歳から 15 歳の学校教育において、学習指導要領に定められた目標及び内容に基づき、基礎的・基本的な知識・技能、それらを活用して課題を解決するための思考力、判断力、表現力などに加え、学びを生かそうとする態度を身につけさせること。これまでの伝統的な教育実践と最先端のICTの双方のよさを融合させながら、生涯にわたって能動的に学び続ける力を育むことを定めました。議員のお言葉にありますように、活きる力の育成やみずから学び、みずから考える必要性を踏まえての教育行政方針でありますし、子どもたちには、将来一人一人の夢をかなえるために、そして一人一人がほかの人の役に立てる優しくたくましい大人になるために、意欲的に学んでほしいとの願いを込めております。次に、子どもたちが将来どのような大人になりたいかを考え、仕事や夢について表現する活動についてのご質問ですが、議員がおっしゃるとおり大変意義のある活動と認識しております。これに関しましては、既に学習指導要領の特別活動の内容に、一人一人のキャリア形成と自己実現を図ることが示されておりますので、各学校では発達段階に応じて、社会的・職業的自立に向けて必要な能力等を育てる活動をキャリア教育の名称で取り組んでおります。特に、学ぶことや働くこと、生きることを実感させ将来について考えさせる体験活動は重要であり、子どもたちがみずからの将来について夢や憧れをもつことにつながります。特別活動や総合的な学習の時間をはじめ、各教科の学習と関連付けながら、望ましい勤労観・職業観を育む学習がさらに工夫・充実されるよう学校を支援してまいりたいと考えております。以上です。

質問 2番 渡邊直樹

〔登壇〕 やっぱり質問すると難しい答えがたくさん返って― 17 ―くるのではないかなというふうに思います。私的に、いつの時代でも学校や家庭で大人は当然勉強しなさいとか、自分のためになるんだからというような言葉を言ってきたし、また私自身も言われてきました。そこから当然いろんな状況があって聞き流したり、それを受け止めたりさまざまだと思うわけですが、その学びということが、いわゆる究極のテーマではないかなというふうに思います。生まれた環境や家庭も違いますし、それぞれ子どもたちみんな違うわけですが、その中で、成長する中で必要なスキルというものをどういうふうに学んでいくか、身につけていくかということが、いわゆるかたく言えば、先人の経験や体験を受け継ぐということが、私自身が考える学びだというふうに思います。当然、自分で経験できないことをそういうふうに付け加えていくということですから。また、2番のことについても、以前お話ししたこともありますが、卒業式で将来の夢ということをテーマにした書き初めが展示されていました。答弁にもありましたが、子どもたちが成長するその節目節目に、そのようなテーマを投げかけているのだろうなというふうに認識しています。その年齢ですとか、その時代にあって、目標というものが、その子ども自身を成長させ、私ちょっと引き寄せの法則なんていうことを載せたわけですが、そういう表現するということが実現のために、周りのサポートを促して、またみずから発するということで、その責任も生まれるわけです。到達への道筋というものも見えてくるわけです。そこから先の質問ということになりますけども、高校の魅力化ですとか選択肢というものがつながっていくのかなと、そういう目標がはっきりすれば、当然そういうものがつながっていくのかなというふうに私は思うので、今回、質問の中につけ加えたわけですが、学校教育の時期は人生の中で通過点だというふうに思います。人間形成の大切な基礎という部分でありますが、そういう部分で教育長からそういうことをお聞きしたかったということであります。最後になりますが、教育長に今回の質問の主旨としていました活きる力を育てて、多様化する社会進出に向けてということで学校教育の質問をさせていただきましたが、生涯学習的な観点からも学ぶ目的についてお伺いして、私の質問を終わりたいと思います。よろしくお願いいたします。― 18 ―

答弁 教育長 宮管玲(教育長は2022年3月まで)

難しい回答で申し訳ありません。渡邊議員の胸の内には、子どもにどうして勉強するのと言われた時になかなか答えるのが難しいということがあるのではないかなというふうに思います。そういった意味で、教育の目的はということで固く答弁させていただいたのですが、本当に教育基本法で目的としている人格の完成ですとか、社会の形成者という崇高な目的を学習者である子どもたちに伝えるのは非常に難しいことだというふうに経験上思います。ただ、そう聞かれたときには、しっかりと対峙する、答える大人の責任があるというふうに思います。学校教育においては教師がその役を担いますし、家庭では保護者がその役を担わなければならないと思います。ただ、それぞれの人生経験に基づいて悩みながら言葉を選んで子どもに伝えるわけですが、全ての大人が同じ回答をするべきものでもないと思います。それぞれの人生観、価値観があり尊重しなければならないというふうに思います。安易に正解をネット検索すればいいというものではないと思っております。そういった意味で、私が教員をしていたころに学校や家庭、地域でいろんなことを学ぶのは、いろんなことの力をつけて、最初の答弁で書きましたけれども、自分の夢をかなえるために勉強をするんだと。それからもう一つは、大人になってほかの人の役に立つために勉強をするんだということは、私自身は子どもたちに伝えてまいりました。それぞれの人生経験の中から選ぶ言葉であって、それを尊重されるものと考えますし、家庭では保護者の責任において、繰り返しになりますが、学校では教師の責任においてそれぞれの教育観に裏付けられた言葉で語られるべきであろうというふうに思っております。それから、最後の学校教育だけではなく生涯学習の観点からというご質問だったというふうに思います。子どもに限りますと、どうしても学校教育がメインに考えられますが、ベースは家庭教育ですし、それから学校教育のほかに社会教育があります。この社会教育、リアルな体験、体験によって学ぶのが社会教育でありますから、そういった経験をたくさんふむ中で、子どもたちが成長、要するに学校教育と家庭教育と社会教育とミックスした形で子どもたちを育てるのが望ましいというふうに思っております。そのことで子どもたちの、古い言葉ですが「知・徳・体」と言いますけれど― 19 ―も、「知・徳・体」をバランスよく育んでいくべきであるというふうに思っております。また一方で、人生 100 年の時代といわれております。学校教育というのは、義務教育は6年、3年の9年で、高校を入れても 12 年です。100 年の中で、学校教育で勉強するのはわずか 12 年間で1割なんです。その残りは全て生涯学習、大人の学習の時間になるわけなんですが、ここがやはり今後大事だろうなというふうに思います。公民館を中心とした文化活動もそうですし、今後建設される図書館、こういったものが津別町民の生涯学習の学びのベースとなって、いろんな学びが提供されていく、そんな津別町になっていくだろうなということを期待しております。以上、答弁とさせていただきます。

出典:津別町議会 令和4年第1回定例会 2022年3月15日 議事録 PDF(16ページ) 間違いを知らせる