猿払村議会 平成22年第3回定例会 2010年9月15日
国際交流について
2010年9月15日、猿払村議会の一般質問で、小山内浩一議員が「国際交流について」質問し、村長 巽昭、副村長 浜谷雅、教育長 上島賢司が答弁しました。
- 質問者
- 小山内浩一 議員
- 答弁者
- 村長 巽昭、副村長 浜谷雅、教育長 上島賢司
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
件名は質問の本文をもとに当サイトで付けたものです
質問 小山内浩一
それでは一般質問通告書に基づきまして、3項目6点ほどのことについて質問したいと思います。まず最初に、国際交流についてということで、質問をいたします。私がこの場に立つ約3年ほど前から1回目のこの議場の場でもこのオジョールスキイ村との問題の国際交流の件は事細かくといいますか、会あるごとに質問してきたことでございます。昨年度、前村長森和正村長と山須田議長、また、担当課の職員がオジョールスキイ村に事前協議で行き、そして今年は8月の24日だったと思いますが、オジョールスキイ村から、交流事業再開に向けての担当者4名ほどが来たところでございます。このオジョールスキイ村との交流事業再開に向けて、25日この庁舎内で事務レベル会議が行われたとお聞きしましたので、その内容についてお聞きします。
答弁 村長 巽昭(村長は2013年9月まで)
ただいまの質問にお答えいたします。猿払村とオジョールスキイ村との交流事業につきましては、財政事情等の問題により、平成17年度から休止状態となっておりましたが、昨年5月に議員も申し上げておりましたが、森前村長と山須田議長がオジョールスキイ村を訪問し、双方の友好交流再開について、前向きに協議するということで合意しておりましたことから、本年5月末からオジョールスキイ村側に対して、稚内市のサハリン事務所の協力を得ながら連絡をとり合った結果、今回の訪問団の来村となり、その際、国際交流協会の方々や議員の皆様にも大変なご協力をいただきましたところであります。さて、質問にあります事務レベル会議の内容につきましては、一部新聞報道でもありましたように、猿払村の提案として友好交流を再開したいが財政問題もあることから、以前と同じような形での交流は難しい。そして、具体的な再開の方法としては希望する学童5人程度と随行者5人の10人以内、3泊4日の日程で、ということと、双方の負担のあり方では従来どおり稚内に来た段階で、稚内からの費用については猿払村の負担であるということと逆に猿払村がオジョールスキイ村を訪問した場合には、コルサコフからの費用はオジョールスキイ村の負担であるということ等、村の考えを述べさせていただきました。それに対して、オジョールスキイ村側としては友好交流の規模や日程、負担については猿払村の提案と同じ内容で実施していきたいということであり、双方合意することができました。その他の問題としましては、これまでのように1年間の中で訪問と受け入れを同時に行うということではなく、1年ごとに交代での訪問ではどうかということ、訪問の時期については8月20日から30日頃また、現在継続が危惧されておりますサハリン航路の運行問題や具体的に、双方の訪問場所と宿泊の地域等については今後の協議内容ということになりました。こうした協議内容の結果から、基本的には友好交流事業再開のめどが概ねたったと考え、今後準備を進めてまいりたいと思っているところであります。よろしくご理解のほどお願い申し上げます。
質問 小山内浩一
若干2番目の質問にあります具体的交流事業についても中間ほどで学童5人程度という随行者5人の10人以内という答弁もありましたが、その前に、今回4名のオジョールスキイ村の関係者コルサコフ地区の方々が来たと思いますが、もしその4名の方々の肩書といいますか、過去に猿払村に来た経緯とか、過去に来たことがあるのかないのかも含めて、その4名の方のことがちょっとわかれば教えていただきたいと思います。
答弁 副村長 浜谷雅(副村長は2011年3月まで)
お答えいたします。今回来られた5名を予定していたのですけれども、実際上では実は4名ということになりました。1名はボンダレンコ地区議長、この方は当初から来ている方でございます。ゾーヤ校長、この方も同様です。それとベリコフ、オジョールスキイ村の言うなれば局長というふうになっておりますけれども、この方は、初回のときですね来ておりましたけど、それ以降は来ておられません。それとジェルチャック、この方も当初から来ている方ばかりでございます。以上です。
質問 小山内浩一
副村長の答弁から3名は過去長きにわたって猿払村の交流について、来ている方ということで、より具体的な事務レベルの内容の話も過去の経緯も踏まえてできたのかなと、いう思いがいたします。それで次の質問ですが、2番目の質問に移ります。来年度においての具体的交流事業についてお聞きしますということで、村長の方から若干の具体的に、何名程度のものが何名随行に行ってという形でありますが、学童5人程度と答弁があったと記憶いたしました。ということは拓心中学の生徒を中心にという考えでよろしいのかどうかということをお聞きします。
答弁 村長 巽昭(村長は2013年9月まで)
今後ですね、今後の交流につきましては、私はできるだけ希望者、希望者と一緒に交流事業を再開したいという思いでございます。拓心中学がどうかということですけれども、学童についてはやっぱり中学生、拓心中学を中心に考えております。以上です。
質問 小山内浩一
もう一度だけ再確認のため聞きます。具体的交流事業は、今のところそれは1つだけというふうに認識してよろしいですか。この学童5人程度を随行者5人、10人以内を3泊4日の日程で、8月で20日から30日ぐらいの間で。前までは要するに毎年のように村の子どもたちがオジョールスキイ村に訪れ、オジョールスキイ村から猿払村に訪れるという交流を続けていたんですが、今回の事務レベル会議の中では猿払村からオジョールスキイ村に行くのは1年ごとに、要するに奇数年が村からオジョールスキイ村に訪問したならば偶数年はオジョールスキイ村から猿払村に、訪れるという具体的なものは1つということで認識をしてよろしいでしょうか。
答弁 村長 巽昭(村長は2013年9月まで)
まず1年ごとに交流するかいうことでございますが、今年は来ていただきましたので、来年度は猿払村の人がオジョールスキイへ行くと、その翌年はオジョールスキイ村の人がこちらへ来るというお話をいたしましたが、これは猿払村側の希望でございます。まだそのときの会議ではオジョールスキイ村の村の人たちはできれば相互にやった方がいいんじゃないかなということを申し上げておりましたので、この件に関してはこれから協議する形になると思っております。それから、先程も申し上げましたとおり、できるだけ希望する方を連れていきたいと思っておりますので、拓心中学におきましても、これからいろいろ協議しますけれども、もしかしたら希望する人がいないのでもないのかという可能性もあるわけでございまして、そうなれば、大人だけで行くことにもなるのかなというようなこともを考えております。いずれにしてもそのへんのことも今後協議しながらやっていきたいなと思っております。
質問 小山内浩一
ということは、まだ具体的にはこれといって決まっていないということで、私も認識いたしましたが、ちょっと古い話なんですが、今拓心中学校の生徒の希望者がいないんじゃないかなというそういう危惧がされると村長からの答弁あったんですが、4年ほど前拓心中学校で総合学習の時間がありました。私は、相変わらずというか、イトウのことで呼ばれて、総合学習の講師を務めてやっていました。そのときの一グループが、なぜオジョールスキイ村の交流をやめたのかという、そういう総合学習で村内で過去の経緯から勉強したグループが6名ほどでいました。非常に私はその子どもたちに勇気づけられました。行けない子どもたちが行きたいのだということを総合学習の期間に調べてなぜ行けなくなったのか。お金の問題のことも言っていましたし、オジョールスキイ村のことも言っていました。是非私は今の村長話を聞いて、そういう子どもは多分ひとクラスの中0名とはあり得ないと。ましてちょっとあの趣旨から変わるかもしれませんが、この答弁について教育長にお尋ねしたいんですが、教育行政に携わっている教育長は拓心中学校の校長先生や先生がほかの先生方とお付き合いもしていると思います。今のオジョールスキイ村との交流の話題が過去にあったかないかは別にしてもですね、今村長の方から本当に危惧される、そういう国際交流を求めていない子どもがいるような学校では、私はないと思いますので、もし過去にそういう話しがあったならば、教育長、一言だけ。ご意見というか、今の拓心中学校のこの国際交流についてのもし情報、思いがあるのであればここで発言をお願いしたいと思います。
答弁 教育長 上島賢司(教育長は2011年3月まで)
適切な答弁になるかどうかわからないんですけれども、以前に学校の校長方教職員もだいぶ姉妹村交流をやってから経験者も少なくなったという中で、ただ校長会とか何かの話題の中では全員が行って拓心中学校がやっているのをよその学校の教頭・校長の時代に行き来していて非常に素晴らしいという評価をしておりました。ただその後総合学習の中でもいろいろとなされているというのはわかるのですけれども、私とすれば、そのこういった村のチャンス、機会を利用してですね、行っていただきたいなと思いますけれども、ただ、今の村内的にも拓心中学校におきましても、当時の、姉妹村交流を知っている方がほとんどいないという中でまた新たな仕切りになるのかなと思いますけれど、そういった中で村長の思いもですね、猿払村の教育行政の立場の中からもやはり過去の経験を基に効果のあるような形にはしていきたいなということで連携は深めていきたいなと思っています。適切な答弁になっていないと思いますけれども、感想ということでご理解を願います。
質問 小山内浩一
やはり上島教育長の言葉にあるとおり過去においては非常に評価された事業だということで、私もこの村民として非常に有効であり、有意義な交流だったと、過去においてはと思っていますので、ぜひ、もし具体的なものは決まってないのであれば、5名といわず、財政的なものが許されるのであれば、猿払の子たちはみんな、確かに1年ごとに行くということは行けない子どもがいるということですよね。1年生になって、3年生で行ったとして、3年生のときに行って次の偶数年は、行けない。受け入れだけになる。それにその中に行きたい子どもがいたら非常に不公平感がある。できれば猿払村の財政状況が許すなら私は、希望者だけ毎年行けるようなスタイルをとるのが、私はベター、ベストではないのかなというふうに考えます。それがたとえ一人であっても、二人であっても、その時にクラス全員が行きたいんだといったときにも私は村長が胸の広さをというか体の大きさと共にそういう、大きな力を発揮していただいて、行ける環境が私は猿払村のあるべき姿じゃないのかなというふうに思います。次に、もし答弁があれば、答弁を求めます。
答弁 村長 巽昭(村長は2013年9月まで)
ただ今の答弁をいたします。私は決して一人もいないのでないかと危惧をしているということなのですけれども、要はこのオジョールスキイ村との交流が中止になった段階では、その時私ももちろん議員でありましたけれども、その当時の調査でも、拓中の3年生ですか、3年生全員がその時行きたいかという話をしましたが、行きたくないという生徒も結構いらっしゃったというようにも記憶しているものですから、私はやはり本当に行きたい人が行った方がより効果的じゃないかという思いがありますので、できるだけ希望する人を連れて行きたいとそれととともに全員連れて行くということはなくて、他には逆に東京に行きたい、交流したい人がいるとかまた他の沖縄に行きたい人がいるとかそういう人がいらっしゃれば、そっちの方の道も全部開いておきたいなと、という思いがあるものですから、なるべく行きたいとこで交流させてやりたいというのが私の考えでございます。
質問 小山内浩一
十分に理解いたしました。逆に言えば行きたい中学生が1人でもいれば、毎年でも行かせてやりたい。そういう思いですねよ。隔年ではないということですよね。であれば、私も大賛成です。行きたい人間、興味ある人間オジョールスキイ村の文化を知りたい人間が率先して行く非常にいいことだと思います。ましてまた、オジョールスキイじゃなくて、四国、九州に行きたい。東京の都会のこれから進むであろう大学だとかがあるようなところも行ってみたい。ぜひそういう自由な研修ができるような拓心中学校の学校と、あとそれには、教育行政が非常に重要な場面を持っていると思います。ぜひそういうことが、できるような猿払村であってほしいと思います。次に、次の質問に移りたいと思います。