猿払村議会 平成18年第4回定例会 2006年12月19日
市町村合併について
2006年12月19日、猿払村議会の一般質問で、眞田勝也議員が「市町村合併について」質問し、村長 森和正が答弁しました。
- 質問者
- 眞田勝也 議員
- 答弁者
- 村長 森和正
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
件名は質問の本文をもとに当サイトで付けたものです
質問 眞田勝也
次に市町村合併についてお伺いいたしたいと思います。今年10月に札幌において北海道市町村合併シンポジウムが開催されたわけですけれども、私と議会では田辺議員さんが二人出席してまいりました。その中で平成の合併の特徴と問題と題して、地方制度調査会副会長の西尾勝氏の基調講演がありました。主な内容は通告書に書かれたとおりでございます。時間あったら読みますけれども、これは今までと違うのは総務省の官僚主導ではなく、今までのようにこれは国権と政治主導で平成の合併が行われてきた。背景や目的という部分があったのです。地方財政の窮々としている条件の中で、きちっとした設計図を持たないまま合併が進められてきた。三位一体改革による地方交付税の総額削減が特徴で、安倍政権にかわってもこの継続方針に変わりないだろうと。平成の合併では特徴的には国に依存度が高い北海道だとか東北、この部分では進んでいないと、著しく遅れていると。特に小規模町村の合併が進んでいない。明治、昭和の合併においても減らなかった。合併新法下においても同じ傾向をたどるであろうというふうに報告されております。合併新法はあくまでも自主的な合併を促し、合併したくてもできなかった町村を救うために新法が作られたということで認識している。自立も可能であるよと、しかし、財政面も含めて大変な努力と覚悟が必要であります。また議員報酬ゼロの覚悟も必要だろうと、そのぐらいでないと生き残っていけないような状況、そういうことも考えなければならないというふうに報告された。広域連合制度についても一つのスタンダードだろうと。しかし、声高に広域連携連合合併しなかった町村は叫んではいるけれども、現実さっぱり進んでいないという指摘もありました。そういう基調講演の中身だった。第2部として、今年合併した2町村の首長歌登と大滝村の町村長が出てました。西尾さんそれと北海道合併推進案を作り上げた小磯会長と北大の山崎さん5名がパネルディスカッションを行った。村長も出席していたわけですから、ここでお伺いしますけれども、この基調講演について村長どういうふうに感じたか、一言で結構ですけれども感想をお聞かせ下さい。
答弁 村長 森和正(村長は2009年6月まで)
市町村合併シンポジウムの関係の基調講演の関係について私なりに簡単に感想を述べたいと思います。合併という事になりますと、それぞれの市町村が自己責任と自己決定という地方分権の理念に立脚しているにも係わらず、国が国の地方分権推進委員会、地方制度調査会の進める審議会が強制的にそれも全国画一的に押し付けられてきていると、これは国の悪い言い方ですけれども、国のやらせみたいなものであろうというふうに私は感じておりました。パネルディスカッションにおいては、合併した首長だけが顔を揃えているというような事につきましても、若干問題があるのかなという感じもしたところでございます。国は財政的困窮をしているから構造改革の一貫だろうというふうな感じも持ったところでございます。それを地方に押し付けているに過ぎないというふうに考えたところでございます。高度経済成長した国が10年間10数年で構造改革をしなければならない事自体不思議な話であり、その間国は何をしてきたのか疑問を感じました。講師の立場上仕方ないのかというふうに聞いていましたけれども、非常に威圧を感じ、耳の痛くなるような思いでございました。市町村の自己責任、自己決定を唱えるなら別な方法を方向性があっても良いのではないか。初めから合併ありきに固執している考えてあるという事につきましては、私は非常に残念に思ったところでもございました。北海道の考え方も中央ありきであること、これに対しても私は残念な思いをいたしたところでございます。簡単ですけれども、私の若干の感想を申し述べさせていただきたいというふうに思います。以上です。
質問 眞田勝也
まさに村長が今の言ったように、強制的な合併ありきの基調講演だと私もそういうふうに思いますし、パネラーとして出席した旧歌登・旧大滝村長、出席しておりますけれども、何か出来レースのような感覚も私も受けました。村長と同じ認識です。しかし、私は完全に合併否定するものではない。これもやっぱり慎重に少しずつ認識が変わってきているということです私も。なぜなら、これは後で話しますけれども、総論的な感想はお伺いしまして、私も全く同感だというふうに思います。2番目に入りますけれども、明治・昭和の合併においても小規模町村の合併が進まなかった。これは理由は明確だろうと思います。これについても西尾氏はこういうふうに分析しておりました。明治・昭和の合併においても小規模町村の合併が進まなかったよと、それは中山間の町村で合併しても物理的にも効率的にも意味がない町村が多かったと言うことも事実。新法の元でもそういった町村は残るであろうとこう位置付けているのです。猿払村においては村長、この分析に対してどう感じておりますか。
答弁 村長 森和正(村長は2009年6月まで)
明治・昭和の小規模合併の進まなかったことに関してでございます。基調講演で西尾先生はそのような話をしておりましたことは事実でございますけれども、特に私の考え方としては、その頃の事は勉強もしておりませんので、分かりかねますが、それぞれの古い歴史・文化があるにも係わらず、全国一律に合併を強要したところに問題があったようにも思いますし、江戸時代の自然発生的な町村を受け継いだものであり、尚更のこと守りの姿勢が強いのではないかというふうに考えました。また、当時の地主制度の係わり、これは小規模の町村がかなり多いわけでございますけれども、また廃藩置県これらの問題も明治の時にはあったと思います。地方の強制的な地域の分断、これらがあったのではないのかというふうにも思います。小規模町村だけに当時は歴史・文化・伝統守り続ける意欲が高かったのではないのかというふうにも思いますし、昭和の大合併は我が国の経済を立て直す先進諸国に1日も早く追いつきたいという時代的雰囲気があったのではないのかなというふうにも私は思っております。平成のような社会経済構造ではもちろん無かったというふうに判断しているところでございますし、組織の硬直化や老化現象が今現在見られるような中で進められているだけに、平成の大合併も混乱しているのではないのかなとこのように感じているところでございます。以上でございます。
質問 眞田勝也
そういうことで合併についてはそういう意味できちっと分析をすべき、そして判断をしていくべきだろうと、そういうことで私も思いながら次に移りたいと思います。合併新法、1年経過をしようとしております。自主的な合併推進、全国的には西尾さんは基礎的な自治体1,800になりました。最悪3,000が、それを1,500台になれば大成功だというふうに位置付けしておりました。地方制度調査会の副会長です。非常に影響力を持った人です。西尾私案などを出しながら、2回も出しております。非常にそういう状況で進んでいっていると、彼のペースで進んでいるといっても過言でない。そういう状況です。これはあくまでも個人的な見解としながらそういうことを言っている。村長はこの部分も聞いていただろうと思いますけれども、北海道でどのぐらいになるのか。予想した数字があれば答弁いただきたい。
答弁 村長 森和正(村長は2009年6月まで)
私の考えでございますけれども、一応報道等も出されているような状況にもありますけれども、この件にどの程度になるかということについては、私は計りかねます。はっきりいいまして、ということは合併は官僚の中でやったことではなくして、国会議員これは自由民主党、公明党、民主党が一致団結してこの市町村合併というものをやはり立ち上げたと、いうようなことでございますので、やはり国会議員のメンツにかけてもですね、やはりかなりの合併を進めてくるだろうというふうに私は考えるところでございます。如何なる手段を、如何なる手を取ってもやはり現在与えられている事務権限等も取ったとしてもやはり国会議員のメンツにかけておそらくそれなりのやはり当初目的をもった合併を進めてくるのではないのかなというような感じはもっているところでございます。2級町村制という問題もありますし、そういう問題が出てきますとやはりおそらく合併が大いに進んでいく可能性というものもまたあるのではないのかなというふうな感じもしているところでございます。やはりそのためには国会議員等の先生方につきましてはやはり如何なる手を使ってもその権限を取り上げてまでもやはりやってくるのではないのかなと、これはあくまでも想像でございますけれども、そんな方法も考えているところでございます。
質問 眞田勝也
今後も村長は合併をどんどん国は進めてくるだろうというふうに言っておりますけれども、どうも見通しを誤っている。西尾さんが個人的な見解というのを述べながらも新法が切れた5年の以後については合併はおそらく処理しないだろうと言っているのですね。ここで終わりですよといっているのです。平成の合併については。昭和の合併も同じ道を辿ったはずなのです。新法の中で終わりです。これは個人的な見解といいながらも地方制度調査会副会長です。彼が言うのです。新法の5年を境に合併はもうそこで終わり一段落ですと言っているのです。そこの認識の違いが村長は違っていると、そこを村長は良く聞いていたはずなんです。そういう部分でですね。約1,800を全国で1,500代にするとなれば全国平均17%です。北海道の場合は今180で17%単純にいけば150代になるだろうと、しかし北海道の場合全国平均で行かないのです。はっきりいっていかないと思うのです。180があと10もできたら大成功だといっているのです。西尾さんは。そういっていましたね。これから合併を進める、新法の基でもそれだけいけば大成功だといっているのです。進める気はないのです。それ以上は、私はそうふうに抑ました。そういうことでですね、仮にそういうことであれば財政的に今後立ち行かなくなるというような心配もしていますけれども、しからば残った仮に17%を減るとしても150代にになります。150の町村すべてが再建団体になるか、そんなことにはならない。そんなことをやったら国が潰れてしまいます。そういうことで、これはしからば改革をやっぱり自ら身を削っていくという努力は絶対していかなければ生き残っていけないということも現実なのです。これをもって合わせて考えるべきだろうというふうにこれは意見として言っておきますけれども、次に移りますけれども、合併の効果が地域自治にどういう形で発展させるという手段として使われていますけれども、これについて村長どう思います。
答弁 村長 森和正(村長は2009年6月まで)
お答えいたします。合併効果が地域自治の発展の手段としてやはり位置付けられるということに対し、私はどうしても理解に苦しむところでございます。合併を決めるのは住民が主体性を持つものであるというふうに考えます。私の考え方と食い違う事もあろうかと存じますが、平成の大合併、私は不幸な出来事であるというふうに感じているところでございます。現合併とは法律等によって任されている事務的権限を充分果たしていけるかどうかにありまして、国が出来ないというふうに決めつけて合併を考え実行しているところにあるというふうに思います。この事はやはり国が机上で考えて現場を良く見ていない、要するに直接住民と向き合っているのは我々末端の市町村であるということでございます。先程基礎自治体、町村、市も行政をやっていけないのなら特例法でなく通常の合併法で合併をすればよい事であり、そこには怠慢さがあることは私は認めざるを得ないというふうに思います。役所等組織を強化していくことは出来るはずだと考えます。また都市部でも農村部でも住民に対しての価値観に沿って国土保全・自然環境・文化・福祉・産業、またまちの賑わい等何かに力点を置いて自己を主張するものでなければ地域は生きていけない、廃れてしまうというふうに私は考えます。市町村はそうした意味でのまちづくりを進める重要な脇役であって、やはり主役はあくまでも住民である。これが地方分権であり、地方分権を逆手にとり合併の受け皿として考えるなんてやはり間違っているとしか私は考えられないというふうにこう感じているところでございます。
質問 眞田勝也
村長の今の答弁ではどうも私理解できないのです。抽象的な表現であまり理解できないのですけれど、12月5日の北海道新聞で平成の大合併で誕生した市町村、自治が変わるああ合併と称して何日か特集されていました。タイトルは見込み違い現実に直面し嘆く住民、こういう部分で記事が掲載されておりました。具体的な部分を上げますけれども、日高管内の静内町、旧三石町これについては公共投資の片寄り、合併後の初予算ですでに歳入不足を生じて、そして釧路市と阿寒町、本別町というのですか、これは釧路市の赤字隠しというものが出てきて、こんな状況なのかというのが合併して始めて分かったとそういう状況。それと石狩市と厚田村、浜益村、これは住民サービスの低下や特別職を置いて地域自治区を設けたのです。村長が言っている地域自治組織ですね。設けてもらったのですよ。ところが何も機能していない、身近な住民要望に迅速に対応できず住民と行政の距離は遠くなった。こういうことを掲載されておりました。そこで伺いますけれども、これはあくまでも議論不足なのですね、その上で合併してしまった、特例法のあるうちに合併してしまったという焦りがこういう問題を生んだのだろうと私は思います。そこで村長に提案しますけれども、これは地域自治の発展手段として本当に合併をしたことによって変わるのかということをきっちり抑えなければならないのです。合併して地域の何が変わるのだろうか。それと首長、議会の徹底した議論、分析。地方分権とは地方行政をコントロールするものであるといっている人もいました。これはどっかで西尾さんか誰かが言いましたね。首長に議会の役割は途轍もなく大きい、そして重要だということを意識するべきだとこれを言っています。これについて村長は合併の道を選ばなかったけれども、これについて今はどういう考え、気持ちでおりますか。
答弁 村長 森和正(村長は2009年6月まで)
今の気持ちということでございますけれども、私は以前から言っていることについては変わりはございませんけれども、ただ私は合併の決断はお金だけではないというふうに考えるところでございます。やはり住民とそれから合併する相手と充分良く相談をするということが一番大切なことであってそれらを優先する。優先という事は行財政ではなく行政改革をきちっとやらなければ私はならない。そして行政改革をきちっとやってその後でお金が付いてくるということであるんであれば私は当然理解も出来るような感じもいたします。ただそれだけで済まないも部分もあろうかと思います。なにせ合併ということになるとお金という形にはならざるを得ないだろうというふうな感じがしてならないわけですけれども、私の考え方としては行政改革をきちっとやった形の中で合併をしていくということがやっぱり本来の筋であろうというふうに思います。従いまして合併した所、そして地方自治区等を設けた所については現在もうすたれていっているという分野も聞き及んでいるところでございます。やはり役場組織として権限に担う相応しいかどうか、そして生活圏イコール医療圏、経済圏こういうような部分の行政区域、区画の不一致の問題、これらを明確に位置付けていかなければならない問題だろうというふうに考えるところでございます。お金の問題につきましては合併決断における主たる判断材料では私はないと、あくまでも主たる部分、こういう言い方は私の考え方ですけれども合併による財政メリットは合併の一定期間の範囲に限られるのではないのかなと、要するにそのような事を私は申すかというと、合併のメリットというのは未来永遠も続くものではない、やはり10年間で打ち切られてしまうわけですね。従ってそういうような状況の中で10年間きちっとお金の問題についてお互いにきちっと整理していくべき性格のものではないのかなとこのような感じも思っているところでございます。合併が先程眞田議員さんもおっしゃったように合併が上手くいかないというのは政治不信とか、根深い行政不信というものはいわゆる民主主義が地に今現在落ちているのではないのかなあとこのような感じがしてならないわけでございます。そのようなことを申し上げて今のご質問にお答えを申し上げたいというふうに思っております。
質問 眞田勝也
どうも私の心にグサッとくるようなものが答弁の中で感じられないのですけれども、旧歌登町長の深井さんがパネラーとして参加しておりましたけれども、その中で彼の合併の理由としては地方分権の受け皿として現状の組織では質、量とも無理であるという判断をした。それと住民が町に対して甘えの体質、お任せ主義そういったものが足かせになって合併にいかざるを得なかったという判断をしたというふうに報告をされておりました。村長は今までの5年間の行政運営の中で自分を省みてこの問題については何回か質問をしますけれど、こういう意見に対しての反論がありましたら意見を聞かせていただきたい。
答弁 村長 森和正(村長は2009年6月まで)
お答えいたしたいと思います。平成12年に、これは平成7年ですけれど地方分権法が出来上がったのは、そして施行された12年というような状況の中でやはり行政と地域が一体的に密着していなかった分野というものが私はあったのではなかろうかとこのように分析しております。そういう問題を地域の中に入っていってきちっと話をして地方分権とはなんぞや、合併とはなんぞやということをきちっとしていなかったからそのような形に行政に対する甘えという問題も出てきたのではないのかなと私はそのような感じを今もっているところでございます。これから私達は年に2回から3回地域に出るわけでございますけれどもそういう問題を以前からやっておりますけれども分権問題、合併問題等についてこれからどうするべきかということについてもこれは行政、議会だけで考えるべき性格のものではないですよ、地域住民みんなが一緒になって考える性格のものなのですよと。それは理解しないで合併するということには私はならないわけなのではないのかなと、そういうことをしないで合併するから後からそういうことになるのであって単なる合併すればいいとその後から合併問題を色々と事務的処理をするということはこれは完全に間違えであると私は感じているところでございます。以上でございます。
質問 眞田勝也
村長は合併がすべてではないと色々な問題が複雑に絡み合ってというような部分で地域自治の発展の手段としてはあまり効果の期待していなかったように今答弁されたわけですけれども、なぜそれを早く協議会を立ち上げる、そして途中で南宗谷の方に割り込んでいったりというようなことで焦りがあったんだろうと私はそのように理解するのです。もう少し首長としてリーダーシップを発揮してこの分析を急ぎ合併したらどんな地域になるのだということをきちっと抑えた上で今後の方向を定めていかなければならないだろうと思います。私が先程も言っている合併否定論者ではない。変わってきました最近、それは正に深井町長の言う、現状では地方分権の受け皿としてなりえるのだろうか、村長始めそういう人達の今のレベルで考えていけば果たして分権の受け皿となるのかなと心配が実は出てきたのです。かなりきつい言い方でしょう。反論あったらお聞きしますけれども、地方分権というのは権限が集中します。強大な権限になるはずです、議会が何を言おうが執行権が村長にあるわけですから、しかし少し方向が村長の執行方向が間違えば極めて歪な自治になってしまうよという心配もあるわけです。これは肝に銘じてもらいたい。それと地方で続発していますね。談合の問題、知事始め北海道でも深川、長万部色々ありますね、私も実は心配しております。この方式は大丈夫かというぐらいの事を心配しておりますけれども、この問題については選挙の見返りで応援してくれたかどうかによって仕事を金で恩返しをするだとか人事の配置をこういうふうにするだとか、一律に皆んなそういうことやってきたのですね。摘発されたところは、みんなそういう声があります。物言う職員は届かないところに飛ばしてしまう。先程同僚議員も質問しました。こういうところに必要なのか、必要な理由を取って付けたように村長はいっていますけれども、人事権は村長です。そのようなものははっきりしています。言うまでもないでしょう。そんなことが村長が、だからこそ慎重にしなければならないということですよ村長。人事については慎重でなければならない、組織についても慎重にやらなければならないということなのです。これらは談合の問題も含めていい例だと思うのです。村長のこれからの行政運営についてやっぱりそういうことをきちんと胸に抑えてやっていただかなければならないとおもいますけれども、今一度この部分について答弁いただきたい。
答弁 村長 森和正(村長は2009年6月まで)
1番目の地方分権の受け皿とはならないというような考え方については私もやはり地方分権というのは住民主権、地域主権が主体である。先程眞田議員さんが村長というような意見もいいましたけれども私は考え方は住民主権、地域主権これは憲法にもうたわれていることでございましてそういう部分からいたしましてそれをきちっと最大尊重していかなければならない問題であろうというふうにも考えているところでございます。また、談合色々ありました部分についても充分承知しているところでございます。しかし、私、猿払村に取りましてはそういうような問題は一切取り敢えずございません。ということはそれを訪ねているのかどうかということは図りかねますけれども、そのような問題については一切考えたことはございませんので、その点ご理解賜りたいなあというふうに思っているところでございます。よろしくお願いを申し上げます。
質問 眞田勝也
一般論で私はこの問題について話をしたのですけれども、村長の見ていると部分的にこういう部分が見えるのです。はっきりいって。私は感じるのです。部分的は結構あるなあと、そういうものを心して行政運営に当たってもらいたいということで私は結んでいきたいと思います。この問題については。それと次は、村長は先程同僚議員に自立単独その前提には広域連合連携が不可欠というふうに話しをされておりましたけれども、不可欠とはいっていませんね。そういうことも探っていかなければならない。しかし、先程の同僚議員答弁の中でどんなところまで作業はいっているのだろうかという時に宗谷の未来を語る会、助役レベルで協議をしてます。統一地方選があってその前は合併問題はタブーだと、しからばいままで何をしていたのですかということですよ。この問題についてはですよ、相当以前から同僚議員も含めてこの問題についてはいろんな道を探るべきだよというふうにいっていたはずですよ。今わかりました色々助役段階だとか事務担当レベルでの協議をしていますということにも、そんな段階ではない。そういう手法には限界があります。トップレベル同志の高度な判断がなされなければ進んでいかないというふうに理解しませんか。村長。お伺いします。
答弁 村長 森和正(村長は2009年6月まで)
理解はいたします。
質問 眞田勝也
自立単独を宣言して2期目、2期目の4分の1が経過しました。1年が経ちましたからね。首長同志での協議がまったく進んでいなかったということはどういうことなのか。首長としての責任の放棄なのではないのかなと私は思うのです。こういう時期にですよ。自立するのにはそういう意味での連携も模索しながら如何に効率的な行政運営をするかまさに村長先程言った行政改革だといっているのです、財政を含め財政をこっちに置いても行政改革だと。言っている村長が一番それを蔑ろにしている。そういうふうに私は感じるのです。それと合併を選択するにしても広域連携にしても連合にしてもこれは相手が必要なのです。村長1人で出来る問題ではないのです。これには相手が必要で、相手に信頼されていなければこの問題は協議しても相手にしてくれないのです。そういう現実があります。直接ですよ近隣の市町、村長と協議が出来なかったという一番の理由は何ですか。それをお尋ねします。
答弁 村長 森和正(村長は2009年6月まで)
お答えいたします。先程も同僚議員に申し上げたとおり一応こちらから話し掛けることも私は良しと考えますけれども、やはり今の合併でのクラスター分析によりますと稚内市と豊富町、猿払村と、そして稚内市が一番主体性を担うべき性格のものであって私といたしましてはそういう分野では人口規模からいきましても稚内市の主体性の協議に乗っていかなければならない性格のものではないのかなというふうな感じは持っておりますし、お互いにその部分については今の段階としては触れていないというのが実態でございまして、これからおそらく早期に進んでいく性格のものだろうというふうに感じとっているところでございますので、もしうちの本会議でもこの合併問題については行政サイドと議会サイドで一緒になってどういう方向で進んで行くのかということについても、これから協議をしなければならない問題であろうといういふうにも考えているところでございますので、その節にはよろしくお願いを申し上げたいなとこのように感じているところでございます。よろしくお願いいたします。
質問 眞田勝也
どうも村長の答弁を聞いていると稚内が主体的に人口の規模からいっても主体的になるのであってそれを待っている。村長違うじゃないですか。自分の地域を守るためには何もかもかなぐり捨てでもいいから協議に入っていかなければならないのではないですか。本当に住民生活、地域を守る気があるのですか。私は疑われます。それとも信頼を得れないために協議のテーブルについて貰えないのか。そんなことも考えてしまうような村長の答弁です。やっぱり自分の体を張ってでも地域を守るのだという考え方に立てば村長自身が積極的にアプローチしていくべきではないですか。サボタージュという何ものもないそういうことで、この問題については次に移ります。それと先程同僚議員に質問した2級町村制というような部分で答弁しておりました。2級町村制というのはよく私もわかりません。過去にありました。昭和の合併以前の問題です。この権限の剥奪というような部分についてはこれはないという部分で調査会の副会長が責任を持っていっているのです。ただし、権限の幅はありますよ、町村の力量に応じて介護保険だとか国保については国または道でやりますよ。基礎的な自治体の権限まで奪うものではないとはっきり証言されております。合併しなければ2級町村制になってしまうというような権限の剥奪があるというふうに理解しちゃったのですけれどもこれについて何か村長の考え方があれば。
答弁 村長 森和正(村長は2009年6月まで)
お答えいたします。特別な考え方はございません。そのとおり議員のおっしゃるとおりだというふうに思います。一応権限としては分野的には残る分野は当然出てくるというふうには思います。しかし、管理事務と一般的な事務につきましてはそういう剥奪というものがはたして出てくるのかどうなのか、今後の問題だというふうには思いますけれども、そういうものがあることはやはり一番の私としての不安材料ということでございます。
質問 眞田勝也
どうもさっぱり分かりません。この問題については時間が時間ですけれども、そういう事務が奪われるから権限を剥奪するということですか。国保だとか介護保険というのは国で本来的にやらなければならない業務ですよ。政令指定都市だとか20万以上の都市だとかそういった部分で権能が分かれているじゃないですか。政令指定都市としての莫大な権能をもっているわけですよ。当たり前なのですよ。力量に応じて今もやられているのですよ。それを権限の剥奪と捉えるのは村長間違い。何かあればあとで答弁してください。