大空町議会 平成23年第2回定例会 2011年6月21日
(1)郷土資料館について/(2)街路樹の伐採について
2011年6月21日、大空町議会の一般質問で、中堀君子議員が「郷土資料館について」「街路樹の伐採について」について質問し、町長、教育長が答弁しました。
- 質問者
- 中堀君子 議員
- 答弁者
- 町長、教育長
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
議員が最初の質問で述べた件名は 2 件あります。1回の登壇で続けて質問しており、議事録の中に件名ごとの区切りが無いため、1件の中に並べています。件名は議員の発言から取ったものです。
質問 中堀君子
おはようございます。通告に従いまして、一般質問を行います。去る6月10日から11日にかけまして発生いたしました降ひょう、豪雨による被害を受けられた女満別地区及び東藻琴地区の皆様、大変でございました。心よりお見舞いを申し上げます。また、東日本大震災が発生しまして、100日が過ぎました。とうとい命を落とされた方々に対して御冥福をお祈りするとともに、いまだ生死のわからない方たちが、一日も早く御家族の皆様のもとにお帰りになれるようお祈りを申し上げます。また、被災地の復旧活動、支援活動に従事されている私ども大空町の消防関係、自治体関係、心ある町民の方たち、国内外の多くの方々に対して、深い敬意を表するものであります。通告に従いまして、お伺いをいたします。まず、我が町の防災対策でございます。忘れたころにやってくるもの、災害であったり、危険や盗難だったり、交通事故とか人の心に油断のできたころにやってくるものと、自然災害だって前ぶれもなくやってきて、私どもを苦しめております。去る6月5日、女満別消防団の演習が整然ととり行われ、常日ごろの訓練の結果と感銘を受けました。また、一昨日、6月19日、網走支部分会の演習も行われ、そのスケールの大きさを肌で感じておりました。当然大空町消防の方たちも、きびきびと参加しておりました。しかし、あくまでも訓練であり、何か事が起こったら、あったら、私も含めて町民はどう行動するかと考えたとき、背筋に冷たいものを感じました。私のめいが、去る3月11日、岩手県大槌町で被災をいたしました。家も工場も大津波で流され、一家5人、何も持たずに命からがら逃げ延びたそうです。おじいちゃんは足が不自由で1人で歩くこともできず、おばあちゃんは外出をしておうちにおらず、めいは妊婦で、診察のため病院へ行き、3歳8カ月になる息子は保育園で、保母さんの機転で裏山へ逃れ、自営業の夫がおじいちゃんをおんぶして高台へ逃げたのだそうです。運よく家族5人無事に助かったといっても、翌日に集まる場所、家族が日ごろ打ち合わせをしている落ち合う場所で会えたと、泣きながら電話がつながったと私の妹から連絡が入りました。4歳に近い子は、きょう現在、今現在でも津波の怖さがあり、「海に近づいたらいけないんだよ、おばあちゃん。」と、夜になると夢の中でも「ママ、津波だよ。お山へ逃げよう。」と寝言を言うのだそうです。常日ごろ、家族で被災したときは必ず落ち合う場所を決めておくことの大切さを、私はこの家族から教えられました。特に我が町は、地震や津波が少ないということで、町民の方たちとお話をしても、不安感を持っている方が大変少のうございます。大したことないよ、女満別は地震なんか来ないし、津波だって来ないもの、という方たちが、多いのであります。しかし、皆さん、空港があり、私どもの頭の上を飛行機が飛び、テレビやラジオ、新聞等では、必ずと言っていいほどテロのニュースが流れております。あってはいけないことで、万が一にもその頭の上で飛んでいる飛行機に自爆テロリストが乗っていたら、我が町はどうなるでしょう。こんなことを考えるのは、私一人でございましょうか。また、6月10日のひょうのように、このひょうとか竜巻とかは通り道があり、それが竜巻で、私だったらどうなっていたのだろうということは、本当に私はおかしいのでしょうか。日常生活の中で、幼いお子さんからお年寄りまで、防災に対する教育が必要になってきていることを実感いたしております。大空町には、地域防災計画とか水防計画という大変立派な計画書がありますが、私などは災害に対応する国や北海道の指針なのかなと、はっきり言いまして難しゅうございます。通告をいたしました自治会組織の活用でございますが、ある町内会の方が私に話してくださったことは、4月の広報で町長は、250枚の毛布等を東日本の被災地へ送ったとありますけれども、250枚は1つの町内会かい、それとも大空町全体かい、と聞かれ、私は恥ずかしながら、大空町だけではないですか、というふうに答えました。どこに保管しているのだ、きっと、役場の地下だと思いますけれども、というぐらいしか答えられず、きちんと調べまして、後ほどお知らせをいたします、とお答えいたしました。そのAさんの提案は、自治会の希望する班ごとに、スーパーハウスのように小さな建物を置き、各班で毛布や食料、水などを管理する。あいているときには、近所のお年寄りや子供たち、若いお母さんたちの集まる場所として使わせてもらえないものだろうか。そういった集まりの中で、防災の話をしたり子育ての話をする。高齢者は、デイサービスといいまして、バスがおうちまで迎えに来て、またお送りしていく。しかし、デイサービスに行けない、いわゆる私のように若いおばあちゃんもいるはずです。そういう方たちが、何にもせずにおうちの中で畑の草をむしったりしているというだけでは、話は広がらないということから、そのAさんはぜひそういうことを、幼い子供たちに、みずからの命はみずからが守るということ、学校や教育で教わらないことを教え合いたいとのことでした。防災について長々とお話をさせていただきましたが、各班で自分たちのことをお考えになっている方たち、特に集会所まで遠い方たちへの御配慮をお願いいたしまして、次に移ります。郷土資料館について。大空町には、誇るべき埋蔵文化財があるやに聞いております。私は不勉強で、それがどれほどのものかわかりませんでした。でも、我が家にお泊まりくださったお客様は、すばらしいものだと絶賛してくださいました。東京都のある大学の考古学の先生だそうです。かれこれ10年ほど前のことでございますが、日曜の午後にもかかわらず、当時の役場の担当の方が研修会館の2階や埋蔵地を案内してくださり、私もそのとき、初めて見させていただきました。十年一昔と言いますが、今現在もあのころのように、昔の古い道具とか埋蔵文化財などは、日の目を見ずにひっそりと置かれています。子供たちは、昔の生活を教えられ、お年寄りは昔を懐かしむ、そんな展示の仕方を工夫してみるお考えはおありでしょうか。また、大空町には、こういった展示物を管理したり整理のできる学芸員を常駐するお考えはありませんか。お答えをいただいて、次に移ります。街路樹の伐採についてでございます。5月28日の北海道新聞を開きまして、私はううんと思わずうなり声を上げました。それは、粗大ごみとして捨てられていた自転車を、ごみ処理場の職員が部品を集めて修理をし、公用自転車として再利用した。CO2を減らして温暖化防止云々と、新聞には出ておりました。その以前、4月には電気自動車を導入して、温暖効果ガス抑制につながれば、と、こんなすばらしいコメントをしながら樹木を伐採してしまっている。全く反比例するような行動に、私は怒りを覚えました。近年、シラカバ花粉が発生したとか、秋になると落ち葉が飛んでくるとか、町民からいろんな苦情が来ます。私は、その都度落ち葉を集めて畑に埋めておいて腐葉土をつくりましょうよ。私も花粉症です。つい先日まで目や鼻がむずむずするけれども、ちょっと我慢して頑張りましょう。お互いに気をつけ合って、落ち葉を掃き集めて腐葉土をつくり、きれいなまちづくりをしましょうよ。納得をしてくださっているかどうかわかりませんが、そういった方はうんうんとうなずいてくださいました。ひとりよがりでしょうか。そこで、関係する方々にお願いでございます。樹木を切る前に、植林をしていただきたい。そして、危険な箇所、古くなった年老いた樹木を切るのならば、何十年か前に植林をした人たちに対しても、申し開きが立つのではないでしょうか。我が町には、十数年も前から北海道千本桜運動という会にかかわり、苗木をつくり育て、各地に送り続けている方がいらっしゃると、これも北海道新聞で報道されておりました。苗木をつくり、植林をする人もいれば、樹木をばっさり切ってしまわなければいけないという人もおります。職務上やむを得ないことですが、木は泣いていると思います。CO2云々、温暖化云々と言いますが、樹木が、木があることで、私たちの生活にどれほどの潤いが与えられているかを考えていきたいと思います。最後になりましたが、町村合併のあのメロディーを。去る3月5日、東藻琴村と女満別町の町村合併5周年を祝う町民舞台が、大勢の人たちの参加で盛大にとり行われました。町長を初め、職員の方々、昨年から準備をしてくださったものと思います。この議場内にいらっしゃる皆さんも、私を初め何人かの方たちはこの舞台にかかわりを持って参加をしていただきました。昼の部、夜の部ともに、最後のフィナーレの幕がおりてもお客様の拍手が鳴りやまず、その感激は74年生きてきて初めて味わわせていただきました。しかし、舞台が終わって4カ月になろうとしております。我が町にも、いろんな行事やイベントがございました。その都度、あのすばらしい大空町賛歌「遙かなる大地の詩」のメロディーは、一度も聞こえてきません。作詞は町内在住の元教育長さん、作曲は前田昌利先生と伺っております。著作権とか難しいこともあるのかと思いますが、そのあたりをクリアして、ぜひ役場庁舎内のBGMとか、イベントの折には使えるよう努力を望むものであります。このメロディーを残すのは、合併時に行政にかかわった町民の務めではないでしょうか。私は、そのメロディーを歌った者の一人として、ぜひ残していただきたいというふうに思っております。御清聴ありがとうございました。
答弁 町長
中堀議員の一般質問に御答弁を申し上げたいと思います。大空町には空港があり、航空機事故の想定も当然していかなくてはなりません。北海道が主体となりまして、女満別空港緊急計画というものを定めてございます。そういったものによりまして、女満別空港消火救難総合訓練なども実施をされている状況であります。この計画の中では、航空機事故対策現地本部、合同本部というものをつくることとなってございます。事故があった場合、また、想定される場合にこういった合同本部が設立されるわけでありますけれども、その中で大空町の役割が書かれてございます。それは、大空町の防災計画の活動を行うことということと、遺体などが出た場合については、その遺体の収容所の確保を大空町が行うということが規定されてございます。では、大空町の地域防災計画の中で、航空機事故等が発生した場合、どのような活動をするかということでありますけれども、1つには消火活動がございます。これは、当然網走地区消防組合や、そのほか近隣の消防機関に出動を要請して消火活動を行う。もう一つは、救助、救出活動がございます。これらは、必要に応じて自衛隊の皆さんの派遣などを要請して対応するということにもなろうかと思います。3つ目は、負傷した方々、そういった方々の救護活動がございます。医師会の皆さんと連携をして、そういった救護活動をする。これらが、航空機事故を想定したときの大空町の役割となってございます。当然、どこでそういった事故が起こるか、わからないわけでありますけれども、町民の皆さんにぜひお願いをしたいということは、そういった事故現場にまず近づかない、二次的な災害を防ぐということで、そのことをぜひともお願いを申し上げたい、そのように考えております。また、それ以外の大空町におけるさまざまな災害などを想定いたしまして、町といたしまして避難所と一時避難場所に分けて指定をしてございます。避難所は、全部で45施設、一時避難場所は24カ所を指定してございます。しかし、そういった建物ではありますけれども、耐震性のある建物はその中の60%しかございません。40%は、地震災害の場合には使えないというような状況があります。災害のその種類に応じて避難所、避難場所を選定して、町民の皆さんに活用いただくような、そういう工夫が必要かと、そのように思っております。また、そういった状況になっておりますので、町の防災計画を見直していきたい、そのように考えているところであります。また、町では土のうやスコップ、発電機、投光器、ヘルメット、ラジオつきの懐中電灯、毛布、テント、灯油ストーブ、給水のポリタンク、炊き出し用の米、こういったものを備蓄している状況にございます。実際には、行政機関がそういった対応をするまでには、時間を要することになろうかと思います。地域の皆さんたちが、みずから生命や財産の安全性を確保し、被害の軽減を図るための助け合いというものが、非常に必要になってこようかと思います。私は、先ほど備蓄しているものなどについて申し上げましたけれども、地域ごとにそういったものを設置するというよりは、各御家庭でまず備蓄をしていただきたい、そのように考えているところであります。先ほど言いました避難施設などもありますけれども、そういったものが多数になりますと、非常に管理的にも難しい面が出てまいります。ぜひともこういったものを、まず皆さん方の御家庭で備蓄をしていただく、そういう御協力をお願い申し上げ、PRをしていきたい、そのように思ってございます。また、各御家庭がどのような家族構成になっていて、災害時にどんな対応が必要になるのか。そういったことを御家庭で確認することはもちろんでありますけれども、地域として把握をしておく必要もあるのではないか。自治会連合会の皆さんや社会福祉協議会の皆さん方と町と協力をしながら、世帯カードもしくは助け合いパートナー登録制度、安心カード、少しずつ意味合いは異なる部分があるのですけれども、自治会の方々などでそういうものを取り組めないだろうかと、そういう運動を平成21年から展開をしてございます。その中で、高齢者の方がいる世帯でありますとか小さなお子さんがいる世帯、災害に遭ったときに地域で助け合う、そういう仕組みづくりを進めているところでございます。御理解賜りたいと思います。次に、街路樹の伐採についてということでございます。身の回りの樹木というものは、生活の中の潤いというようなものに結びつく事例が多くありまして、なるべく樹木というものは切らないでいきたい、そういうお考えの方もいれば、どちらかというと、いや、危ないのではないか、それは切ったほうがいいよと、大別するとそういう考え方に近い方と、パターンは2つに分かれるのかなと思っております。私自身は、余り積極的に何でも切ってしまえばいい、危ないものは取り去ればいいというふうな考え方に立っているわけではありませんけれども、今回は駐車場のわきに植わっているということで、大分樹木の老朽化といいましょうか、そういうところから自動車等に損害を与えるおそれがある、さらに、根の張りぐあいなどから、駐車場の路盤そのものにも影響を及ぼしてきている可能性がある。また、先ほど議員が言われました花粉の関係でのことでありますとか、庭先への落ち葉など長年来言われていたこともございまして、今回女満別研修会館の周辺の一部の樹木について伐採をさせていただいたところであります。比較の中で、地球温暖化の防止というようなことにもつながるのではないか。確かに自転車の関係、電気自動車の関係、導入をいたしました。これは、町の経費の節減でありますとか、排出ガスそのものを抑制しようというようなことでありましたけれども、樹木の関係、確かにそういうところに一役を買っているところではありますけれども、直接的にそこのところと結びつけての御論調は勘弁をいただきたいなと、そのように思っているのが実感でございます。私が思いますのは、一番の問題といいましょうか、私どもの不手際は、途中、途中の管理を十分手がけてこなかった、そこにあるのではないか。例えば、大空町教育文化会館の裏にあるシラカバなども、ある一定の時期にそれ以上伸びないようにして危険度を押さえておくとか、小まめに枝払いをしながら花粉や落ち葉が多くならないようにするとか、そういうようなことを手がけていっていれば、もっともっと長い期間、樹木として皆さんに潤いを与え続けてくれるものと思いますけれども、そこに至るまで、どちらかというと放置してきていた、そういう責任を感じているところであります。最後になってどうしようもなくなって、伐採やむなしというようなことに、今回はなってしまっております。今後、できるだけそういったことにつながらないように年次的に、計画的に、皆さんに愛されるような、そんな形がとれるように努力をしてまいりたいと思いますので、今後とも御指導いただきたいと思います。町民舞台が3月の5日開催をされまして、大空町賛歌「遙かなる大地の詩」また、「大空の子」という曲が、その舞台の中ででき上がりました。いずれも、合唱曲ということでございます。ぜひこういったものは、町民の皆さんに歌い継いでいただきたい、そのように思っているところでございます。芸能祭や、また、学校祭など、そういうところで歌っていただければありがたいなと。そういう中で、行政は皆さん方の後押しができればいいのかなと、そのように考えているところでございます。以上申し上げまして、1回目の御答弁とさせていただきます。
答弁 教育長
中堀議員からの郷土資料館についての御質問に対しまして、御答弁を申し上げます。現在、町内に設置しております郷土資料や文化財の保管、展示場所といたしましては、女満別研修会館2階にあります郷土資料室と、東藻琴地区にあります1階建てのふるさと資料館の2カ所となっております。議員からの御質問は、女満別研修会館の郷土資料室についての御質問ということで御答弁をさせていただきたいと、このように思います。1点目の観光客や高齢者、子供たちの入りやすい施設についてでございますが、郷土資料室は女満別研修会館の2階にありまして、エレベーターが設置されていないことから、階段を御利用いただかなければならないことになっております。障がいをお持ちの方や高齢者の方には、大変御不便をおかけしているものと認識しておりまして、申しわけなく思っているところでございます。また、町民の皆さんに対する郷土資料室の場所でありますとか展示物の紹介についても十分ではなく、不足していたように感じているところでございます。郷土資料室での資料の展示状況を申し上げますと、主に土器や石器などの埋蔵文化財を展示しているコーナーの面積は113.4平方メートルで、展示品は2,740点所蔵しており、また、開拓資料などを展示しているコーナーの面積は264.6平方メートルで、2,600点の所蔵となっております。2つのコーナーを合わせますと、面積は378平方メートルで5,340点ほどが展示されております。378平方メートルを畳に置きかえてみますと、229枚分に相当する面積でありまして、町では現在のところ、他に条件を満たす代替施設を所有していないことから、資料室を女満別研修会館以外の場所に移設することは、大変難しい状況でございます。郷土資料室のPRにつきましては、町民の皆さんや観光客にいつでも気軽に郷土資料室を見学していただけるよう、設置場所や展示内容を広報紙やパンフレットなどを通じまして、積極的に情報発信してまいりたいと思っております。また、体の不自由な方や高齢者の方に対しては、要請に応じ2階への移送についても対応してまいりたいと、このように考えております。次に、2点目の先人の使っていた道具に光をという御質問でございますけれども、町といたしましても町の貴重な資料や財産を、より多くの方々に見ていただきたいと思っているところです。毎年、小学校4年生の社会科の授業の一環として子供たちが郷土資料室を訪れ、担当職員の指導のもと、石器でありますとか昔の道具に触れ、郷土の文化を学んでくれているところでございます。また、東藻琴地区においては、本年度初めて地域の皆さんの協力を得て、郷土資料でもあります昔の農機具を使った子供たちの農業体験学習を、年間を通じ実施しているところでございます。さらに、町民の皆さんを対象とした町内の文化財めぐりというものを企画し、両地区の資料室にある貴重な資料に触れてもらうことの検討を今、進めているところであります。また、体の不自由な方や高齢者の方に配慮いたしまして、1階の部分での移動展の開催といったものも検討してまいりたいと考えております。貴重な町の宝をしっかりと保全、管理していくことはもとよりでありますけれども、議員が言われますように、多くの方に見てもらい、知ってもらうことで宝もさらに光輝くものだと思います。さまざまな工夫を凝らしながら、PRを図ってまいりたいと思います。また、学芸員など専門職の配置についての御質問でございますけれども、現在、教育委員会では社会教育主事以外、学芸員などの専門職は配置をしてございません。郷土資料や文化財の保全管理に当たっては、現在も必要の都度、専門家による御意見や御助言をいただいているところでありますけれども、当面は近隣市町におられます専門職や学芸員の方々に引き続き御協力をいただきながら、町の貴重な財産の保全、管理に努めてまいりたいと考えておりますので、御理解をいただきたいと、このように思います。以上、中堀議員への1回目の答弁とさせていただきます。
質問 中堀君子
町長初め教育長さん、ありがとうございました。一問一答ですよね。防災からお願いをいたしますが、私が言っていることと町長のお話ししてくださることは、ダブるところも多分にあろうかと思いますけれども、ただ言葉の違いだけですけれども、ただ私には、町長が今御答弁いただいたことは、事が起こってからのことをお話ししてくださっているように聞こえるのです。例えば、飛行機や航空事故があって、北海道のあれでは死体を片づけるだとか、そういったことではなくて、常日ごろそういうことがあったときにどうするのかというようなことを、町長もお話ししていましたけれども、各家庭で考えながら、また、地域の人たちとも話し合ってもらいたいというのが、私の今質問した内容なのです。ですから、そういう意味では町長のおっしゃっていることは、わからないではないのですけれども、町民が果たして、そのことを理解してくださっている方がどの程度いらっしゃるか。いざここ一番という、大きな事故はないのだよと先ほども言いましたけれども、町民の方たちは皆さん、あるわけないべさ、というのが町民の方たちのお答えなのです。かくいう私も、ないよね、というふうに答えていますけれども、お互いに話し合っていますけれども、そうではなくて、やっぱり常日ごろ何かあったときには、家族ばらばらで避難しても、集まるところはどこにしようねとか、それは家族の中で話し合う。また、そういったことを広報に書くだけではなくて、何かの折にはそういった話をして、広めてもらいたいということを私は言ったつもりなのですけれども、1点だけお伺いをいたします。町の計画で、各家庭で云々というふうに町長はおっしゃったように思うのですけれども、町の計画というのは、一体どこにあるのでしょうか。
答弁 町長
ふだん災害などが余り多くない地域でありますので、そのことを町民の皆さんの心にとめていただくということは、なかなか難しいことかと、そのようにも思います。しかし、今回このような大きな災害があって、町民の皆さんの考え方というものも、幾分変わってきているのではないか、そのように思います。鉄は熱いうちにというようなこともありますけれども、この機に、やはり町民の皆さんに考えていただく、そういう機会を私どもとすれば提供していかなければならないものと、そのように思ってございます。昨年、一昨年はできませんでしたけれども、その前の年、防災訓練などもやりました。まだまだ稚拙なもので、十分な内容とはなっていない部分もあります。そういったものなども通じて工夫を凝らしていきたいと、そのように思っております。また、防災計画につきましては、町が備えつけているということで総務課が所管をしておりますので、そこに計画書というものはあります。ただそれを、ただ町民の皆さんに、あるよ、というだけでは、十分伝わらないというふうに思いますので、今後そういった、例えばこれは平成20年に発行したものでありますけれども、「みんなで創る防災のまち」この中に町の役割ですとか、皆さん方がどういう対応をしてください、というようなことが書いてあります。また、地域の協力体制などの必要性などについても書かれております。こういったものなどを通じて、町民の皆さんが防災の計画の大枠というようなものを知る機会というものにつなげてまいりたいと、そのように考えているところでございます。
質問 中堀君子
私は、初めにお伺いをしたように、Aさんという方が言った、いわゆる各班の、自治会組織を活用した各班の小さな組織というか、小さな建物を建てていただきたい。そして、そこで各自治会で、各班で備蓄をして、あいているときにはそこの小さなところを活用して、避難の話だとか子育ての話とかしたいね、ということを主眼にお願いをしたつもりなのですけれども、そこいら辺のところはいかがになっておりますでしょうか。
答弁 町長
先ほど御答弁で申し上げましたとおり、私はその考え方には、非常に消極的でございます。といいますのは、やはり建てれば、設置をすれば、それは町が管理をしていかなければならないことになります。幾ら地域の皆さんに御協力をいただいたといっても、例えば中に収納するものは災害時における、そういった備蓄用品ということになります。その管理というものは、やはり町の責任として行っていかなければなりません。それが町内に数十カ所、例えば自治会ごと、小班のといいますと100カ所以上になる。正直申し上げて、町では管理がし切れない、そのように思ってございます。危険分散をして、幾つかの場所に置いておくということの必要性というものは、感じているところでありますけれども、至るところにというようなことではなしに、災害があったときに幾つかの拠点から、そういったところに運んでお使いをいただくというような体制になろうかと、そのように思っております。そのほうが理想ではないかと。そこを補完していただくのが、例えば先ほど言った各御家庭での備蓄といいましょうか、準備ということになるのではないかと。地域の方が、集っていろいろなお話をすると。それは、例えば地域の町民会館、女満別の地域では公民館という言い方にもなりますけれども、そういったようなところを御活用いただくと同時に、今年度自治会活動支援交付金というようなたぐいの応援、自治会活動に対する応援資金を交付させていただくことにしております。そういったものを活用していただきながら、例えば地域の中での防災の活動などにもお役立ていただければありがたいものだと、そのように感じているところでございます。
質問 中堀君子
町長が消極的と言われたら、もうそれ以上前へ進むことはできません。しかし、それを望んでいる町民もいるということを、頭のどこかへ置いていただきたい。公民館まで行くのは大変だから……エゴと言えばエゴになるかもしれませんけれども、公民館まで行くのが大変だから、自分の班の近くに小さなものを建ててもらいたいというのが、その方の御意見でした。でも、頭の隅に置きながら、これを話すと長いのですけれども、沼津市のほうで、もう三十何年も前の話ですけれども、今のリサイクルの先取りというか、をしながら自治会館を建てたという松田三枝子さんとおっしゃる、御存じの方もいらっしゃるかと思いますけれども、リサイクルの先駆者の方、もうお亡くなりになっているかもしれません。その方がそういったものを建てて、私も見させていただきましたけれども、それで決して市に管理をしなさいではなくて、自分たちが管理するのだということで、ですから、住民の意識の問題だと思うのです。このAさんも、御自分で管理するよと。自治会何とかだより、いわゆる町民の声、集まりのときの中にどこかで公民館の草取りをしなさいだの、足場が悪いだのという意見が出ていましたけれども、それはとんでもないことで、自分たちの会館なのだから、自分たちが片づけなければいけないでしょうというのが、私の持論です。町長の持論ではないですけれども、そういったことで防災についての小会館をというのは、これからまだ、私はあと2年半ほど任期がありますから、その間しつこく町長に迫りたいと思います。この件に関しては、御答弁結構でございます。2問目へ移ってよろしいですか。郷土資料館についてです。教育長さんは、大変懇切丁寧にお答えいただきましたけれども、私は大いに不満です。やる気の問題で、十数年も前と全く変わらないで、すばらしいものが日の目も見ずにあるということは、やっぱり先ほども言ったように、東京都立大の先生だと思うのですけれども、きょうこの場に職員の方は、いらっしゃいません。今、住民課のほうにいらっしゃる方が、日曜日の午後にもかかわらず連れていってくださって、非常に感銘を受けたと。本当に、民宿をやめて10年もたつのに、ついこの間も年賀状が来まして、女満別の埋蔵文化財は元気でおりますか、と書かれて、それでふと思って今回の質問になったのですけれども、十年一昔と言いますけれども、10年たっても同じところに鎮座ましましているというのは、宣伝はしてくださっているでしょうけれども、やっぱりやる気の問題で、例えば研修会館のロビーに、何カ月かに一遍で結構です。全部おろしなさいではなくても、目立ったもので、例えば古い生活用具だけでもいいではないですか、並べておくと。お年寄りは、あそこなら2階へ上がって見たいのだけれども、車いす云々と、説明員の方がこの間、車いすをみんなで持ち上げますなんて言ったけれども、そんなことして来る人が、いるわけがないではないですか。ですから、自分の足で行って自分の足で、懐かしいね、ルンペンストーブがあるよとか、畑を起こすハローがあるよだとか、ハローと言わないですか。そんなようなことで、何点かでいいのです。ロビー、広くあいていますよね。そこへ並べていただいて、職員の方も……それで私は、学芸員さんはいらっしゃるのですかとお伺いしたのです。専門の方がいらっしゃれば、そういう行為もしてくださるのではないでしょうか。それから、東藻琴は何か1階にあるそうですけれども、常日ごろは、かぎがかかっている。教育委員会へ行けば、あけてはくれるのでしょうけれども、それが嫌なのですよと言う人もいらっしゃるのです。展示物というのは、一々役場の職員にお断りをして見させてくださいではなくて、自分でそおっと行って見てくるというのが、楽しみの一つではないでしょうか。そんなふうに思いまして、ぜひ職員の方たちにやりなさいではなく、そう言うと何か、すごくやりなさいと命令しているように聞こえて非常に申しわけないのですけれども、ぜひやる気を起こして、全部、3,000点近い、4,000点近いものを下へおろせではなく、幾つかのものを下へおろして、また交代するというようなことはいかがでしょうか。
答弁 教育長
中堀議員の御質問にお答えしたいと、このように思っております。女満別の研修会館にあります石器、土器類は、非常に全国的に見ても貴重な文化財であると、資料であるというように、私も認識しております。ここ何年でしょうか、もう5年ぐらいになるのでしょうか、それらの貴重な財産をきちっと記録、保存するという、整理のために、担当職員はさまざまな形でそれらの努力をしてくれてきております。もちろん写真に撮ったり、いつごろ発見されたものであるとか、それらの基本的な情報のまとめというものが、何より大事ではないかと。その部分も十分ではなかったということもありまして、この間そういうようなものに力を注いできた経過がございます。今後それらをやはり、より内外に発信していく、そういうようなタイミングというか、時期になってきたのかなと私も感じておりますので、1回目に御答弁申し上げましたけれども、やはり1階でなければ、なかなか簡単に見られないという事情もありますので、そういうような、移動展なんかも企画をしたいというようなことを今考えております。また、以前にも、これは毎年ではないのですけれども、11月に毎年開催されます文化展に合わせて、2階部分の展示室の開放もしておりますけれども、そのときにミニミニ展示ということではないですけれども、1階のスペースを活用して、住民の皆さんに見ていただいたこともございました。それらも想定しながら、今年度取り組んでまいりたいと。いろんな工夫を凝らしていきたいと考えております。東藻琴については、確かに1階の建物なのですけれども、通常はかぎがかかっていて、ごらんになりたい方は、御連絡下さいというような張り紙を玄関にしてあるという、そのような現状になっております。確かにいつでも、どなたでも気軽に展示を見られるということが理想ではありますけれども、貴重な財産であればあるほど、やはり管理の面では、職員を常駐させるということも必須となるのかなと。いろんなランニングコストの面でも、なかなか難しい状況にありまして、できるだけ見ていただく、そちらのほうに軸足を移しながら努力してまいりたいと考えておりますので、御理解をいただきたいと思います。
質問 中堀君子
ありがとうございました。街路樹の伐採について、これも本当に町長、私は不満やる方ない思いです。実は、先月の二十何日か、研修会館とあえて、私は1問目のときにあえて名称を出さなかったのですけれども、町長は研修会館の周りということで暴露してくださいましたので、お話しするのですけれども、ちょうどその日は2時から消防の会議があって、街路樹については一般質問をすることも何も考えていなくて、郷土資料館の質問をするために郷土資料館を見せていただきに行っておりてきたら、何か木が、ががががっと倒れている。あれあれと思って、そばへ寄ってみたらシラカバが切られていたということで、見たらもうほとんど、駐車場を云々ということで言っていましたけれども……仙台市は、「杜の都仙台」というぐらいに木がたくさんある。近隣の置戸町にしても、私が行ったところは置戸町とか、それから美幌町だって、製糖工場から行って踏み切りを抜けて真っすぐのところに桜の木が、今はちょっと枯れていますけれども、真っすぐたくさんある。女満別だって東藻琴だって木は、いつか教育委員会の主催で古木を見る機会を与えられまして、いろんなところを回りまして、ああ、すごいのがあるよというふうに見させていただいた覚えがあるのですけれども、やっぱり先ほども私が言いましたように、恐らく担当の方は木が古くなったから、危ないから、根が出てきたから切ったのだというふうにおっしゃって、町長もそのように答弁くださいました。切り口をごらんになりましたでしょうか。町長、ごらんになりましたか、木を切った後。まあ、いいでしょう。あれだけの木になるというと、本当に30年、50年かかっていると思うのです。私は、切り口を全部手でさわって見てまいりました。中は、何にも腐っていませんでした。でも、多分近隣の方たちが、駐車場に枝が落ちるだとかいろんなことを言って、私にも来ましたから、そういうことで切ったのではないでしょうけれども、やっぱり先ほども私が言いましたように、落ち葉が落ちるのは当たり前なのです、落葉樹ですもの。そういうことを、町民に痛さを分け合って、木のたくさんあるきれいな町、花と音楽の町はもう死語でしょうけれども、せっかくそういうものが過去にあった時代なのに、何で30年、50年たった木を切ってしまうのだろうというふうに思います。それと、切ってしまってからの切り株、いわゆる駐車場のほうはかなり短くしていますけれども、奥のほうはかなり高いのです。これは、夜そこを通る人もいないでしょうけれども、お年寄りが通ったら、きっとつまずきます。ですから、そういったこと、切るなと言っていて、もっときれいにしろというのもちょっとずれているのですけれども、切るときにはそういうことも考えながら切ってくださったのだろうかなというふうに、1つずつ、1本ずつ回りましたので、そういうところにも目が行きました。でも、先ほども言いましたように、女満別というか東藻琴の千本桜委員会の方、東藻琴の方だそうですけれども、本当にこの5年で1,500本も植えたというふうに北海道新聞に出ているのです。ですから、植える人もいれば切る人もいるのだというふうに思うでしょうけれども、ぜひこれ以上木を切らないでいただきたい。もう切ってしまったから、そこへボンドでくっつけろというわけにいきませんから、それ以上は言いませんけれども、ぜひ切らないでください。切るときには、植えてから切ってくださいということを言いまして、御答弁結構でございます。終わります。
質問 中堀君子
4番、町村合併のメロディー、ありがとうございます。どちらへ言っていいかわかりません。いろいろあるでしょうけれども、ぜひすばらしい歌を、この庁舎の中へ流してもらいたい。例えば町長、先ほど札幌女満別会へ行ってきましたとおっしゃっていましたけれども、その折にそういった歌を流してはいかがでしたでしょうか。多分流さなかったと思います。本当にシバザクラ云々という歌だとか網走湖というと、懐かしい言葉が出てきたのではないでしょうか。ぜひそういったことで、時間がないということですので、残りゼロです。終わります。ありがとうございました。
答弁 町長
歌の関係でありますけれども、先ほど言いましたように町民の皆さんに、まず歌い継いでいっていただきたいな、そういう気持ちでおります。町としての役割といいましょうか、そういった方々の応援をする立場にあるのだろう、そのように思っております。ただ、合唱曲ですので、どういうところで流すべきなのか。ふだん歌謡曲のように口ずさむような、例えばそういうメロディーであれば、また使い方もいろいろなところで幅広いのではないかと、そのように思うのですけれども、私の印象とすれば、圧倒的な迫力で臨んでくる、歌い上げるというような合唱曲ですよね。それをどのような場面で使っていくのかということについては、まだ私の考えといいましょうか、具体的にこういうところでつなぎに入れたらいいのだというようなところまで、まだ頭が正直言って回っておりません。ですので、一番は芸能祭ですとか学校祭だとか、そういう本当に合唱曲として使っていただけるときに、大勢の皆さんに歌っていただけるように、まずはそこのところをやらせていただきたい。例えば曲調を変えずに編曲をして、例えばアレンジするというような、別バージョンのような形のものがとれるのかというようなことなどについては、作曲の先生などにも少しアドバイスをいただきながら考えてみたい、そのように思います。これからもこの関係については、どういうようなPRといいましょうか、普及をしていったらいいかということについて御指導いただきたいと、そのように思います。