置戸町議会 平成26年第3回定例会 2014年3月16日
今後100年の町づくりの姿勢について
2014年3月16日、置戸町議会の一般質問で、細川昭夫議員が「今後100年の町づくりの姿勢について」質問し、町長 井上が答弁しました。
- 質問者
- 細川昭夫 議員
- 答弁者
- 町長 井上
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
質問 5番 細川昭夫
通告に従い、町長に質問をいたします。開町100年を迎えるにあたり、今後100年の町づくりの姿勢についてお尋ねをいたします。町づくりについては先程の佐藤勇治議員から第5次総合計画の後期計画について詳しく質問があり、お答えもありました。特にインフラ整備については総合計画に沿って着々と進められていくことと存じます。私の質問も多少重複するところがあるかと思いますが、一段と高いところから俯瞰した形で町長にお尋ねをいたします。来年開町100年を迎えますが、その後の100年を見据えた町づくりの初年度でもあります。雲をつかむような話は避けて、4項目について今抱える課題と次の100年に向けた取り組みを伺います。初めに基幹産業である農業、林業、林産業の振興について。農業については当面するTPPをはじめ、国の農政に左右されることが大であり、また農協の合併合理化による地元職員の配置換え等によって農業経営者の疲弊感も高まり、離農を早めていることも否定できません。経営者の高齢化、離農跡地対策等、行政が抱える問題は山積しています。新規就農、法人化、さらには2月25日新しく政府が決定した地域限定規制緩和の農業分野についても町行政として関わっていく必要があります。林産業については森林組合の合併、製材工場の改築等により生産性も上がり、ウッディーハウスとともに置戸町の林産業を支え、雇用の確保につながるものと考えます。造材・造林の林業は比較的若い就労者の受け入れの場として活躍しておりますが、年々高齢化していくのは明らかです。町有林第13次経営計画により一層充実されるとは思いますが、伐採跡地を含めた民有林、国有林への関わりなど、将来を見据えたさらなる施策を必要とします。また、基幹産業の育成とは別に高齢化に対応する福祉産業など、新しい取り組みで就労の場を確保することが必要と思いますが、町長の考えをお尋ねいたします。二つ目に、商業の振興について。商業者の一人として深く憂慮しております。商店街の衰退は町の衰退と重なるからです。このまま推移すれば、町の顔と言われる商店街は大きく変わることでしょう。シャッター街、すなわちゴーストタウンとなります。12月の一般質問で商業振興基金創設の提案をいたしましたが、意見がかみ合いませんでした。町長と現場との間に思いの違いを感じます。行政と商工業の担当者同士で意思疎通を図り、早急に振興策を練ってほしいと思います。対処療法ではなく、希望を持ち、新規参入をかきたてるような施策が必要です。三つ目として福祉の充実と文化の振興について。現在置戸町の福祉政策は充実していると思います。ただし、急速な高齢化に対応するための施策は今から考えておかなければなりません。差し迫ってしまって行政はここまで、あとは自分たちでやりなさいとか、先立つものは金であり、無い袖は振れぬ。これは私の杞憂でしょうか。文化については個人の意志によるものであり、行政がとやかく口出しすることではないかも知れません。しかし、行政が携わる置戸の図書館は全国に誇る文化の殿堂であり、町民の享受は計り知れません。これとても戦後間もない疲弊時に町民有志による一歩から始まったものが、行政の関わりで今日の図書館が築かれたものです。人間ばん馬が40年も継続して置戸町の文化となったのも行政の関わりがあったからです。人はなぜ生きる。生きるのはパンのみにあらず、理屈は抜きにしても人がこの町に定住するには福祉の充実と文化の向上は欠かせません。最後に人材育成のための社会教育のあり方、行政職員の町づくりの取り組みについてお尋ねします。かつて、置戸町の社会教育は全道に名を馳せていました。町づくりは人づくりからとの声は今も聞こえてはいますが、回数も減り、そのかけ声も弱々しくなってはいないでしょうか。若年層が減少する中で、人づくりと社会教育のあり方を今一度見直すことが必要ではないでしょうか。行政職員の事務能力の向上はもちろんのことですが、職場を離れてひとりの町民として町づくりに取り組む意識の向上が求められています。町民の目線で町づくりに取り組むことができれば、自ずと行政事務にも反映されると思います。行政トップとしての町長の指導が求められます。人口、産業ともに旺盛な時を過ぎて、開町100年を迎えるのは残念なことではありますが、日夜町の発展のため鋭意奮闘している井上町長の、この先100年を見つめた第一歩を踏み出す貴重な年でもあります。項目が多岐にわたり総花的ではしょった質問になりましたが、気概を込めた町長の答弁を期待いたします。
答弁 町長 井上(町長は2020年3月まで)
少し長くなってしまうかも知れませんけれども、お許しをいただきたいと思います。100年ですから、10年かける10というわけにはいかないと思います。その100年の中での10年を一つのサイクルとして考えるならば、最初の10年と後半の10年というのはやはり大きく違ってくるんだろうと、そんなふうな思いもしないわけではありません。前段にジャーナリストの嶌信彦さんという方がいらっしゃるんですが、この人から聞いたお話を少し紹介させてもらいたいと思います。明治34年、1901年。この1901年の元旦から2日にかけて、つまり20世紀が始まるときに、当時の報知新聞、ここで約20項目にわたって、これからの100年間で何が起こるのかという予測を書いたようであります。この予測がなかなか面白いと言いましょうか、すごいなというふうに思うもんですから、2、3紹介させていただきたいと思うんですが、まずその1901年と言えば置戸町の歴史的なことで言えば平村エレコークとかそういうような時だということであります。例えば無線電信電話というものがそのうち起こるであろうと、その時には東京それからニューヨークが自由に電話をかけることができるんじゃないかと。人の声が10里ほど離れていても達することが予測できるんでないのかと。これは正に電話であり、現在の携帯電話のようなことを言っているんだろうというふうに思います。もう実現しているわけであります。それから7日間世界1周というようなことがありましたけれども、今は1日でも世界1周ができるんじゃないかというようなわけでありまして、これも実現している一つなんだろうと思います。それから、暑さ寒さ知らずになるだろうということもこの当時言われたんでしょうけれども、今で言うエアコンの時代ということも言ってるんだと思います。文字通り夏も冬も快適に過ごせるということを言ってるんでしょう。こうしたことを20数項目というふうに言われていますが、予測しているわけであります。私が、私がというのは嶌さんです。嶌さんが数えたところ、だいたい現代で実現しているのが14項目だそうです。これを受けて嶌さんの感想がちょっとあるんですが、当時の人たちの構想力と言いましょうか、夢を与える力と言いましょうか、なかなか豊かなものだったんだなというふうにおっしゃっています。冒頭ちょっと申し上げましたけれども、1900年代ということは置戸の町の歴史でいうと平村エレコークや平野鈴太郎の時代であります。私は率直に言ってこの話を伺って、すごいなというふうに率直に言って思いました。それから考えてみますと百数十年しか経っていない、百数十年しか経っていないんだけれども100年前はこういうことを、構想力と言った方がいいんでしょうか、そういうことを持っていたんだなというふうに思いました。今の政府に対して、あるいは企業人に対して、また知識人に対して言っているのかも知れませんけれども、今この21世紀をどのようにするのかという構想力を今の人たちに多分問うていることなんだろうというふうに思うわけであります。少し前置きが長くなりましたけれども、議員も私も100年後の社会あるいは町のことを、議員は今ご質問がありましたけれども、私にこの100年後のことについて聞かれているというふうには思いませんけれども、これだけ社会の移り変わりは激しい、今日の動きを考えたときに、近未来の社会がどのようなものかというのは率直にいって私は予測がつきません。つきませんけれども、ただ一つ言えることは、ひとりの人間の尊厳というものがやっぱり大切にされてなければならないというふうに思いますし、自らの望むところで安心して生活ができる社会を、私はやはり100年後も続いているということを期待したいというふうに思います。そこで今抱えている課題、あるいは近い将来抱えるであろう課題、課題でありますからできるだけ早く解決することが望ましいわけでして、その辺のことに視点を絞ってと言いましょうか、お答えをしたいと、このように思います。ご質問いろいろございましたけれども、懸念されておられることがいろいろ申し上げられました。基本的にあまり私と違いがないように思います。ご案内のように、平成27年置戸町は大正4年の野付牛村から分村独立して100周年の節目を迎えます。この間未開のこの地を切り拓いて今日の町の基礎を築いていただいた先人の皆さん方に、率直にいって感謝の気持ちでいっぱいであります。町づくり、今更申し上げるまでもありませんけれども、町民憲章あるいはまちづくり基本条例で示す町のあるべき姿というのを一つの道しるべとして総合計画による10年間を期間として、制度あるいは政策というものを具体化するなかで効果測定と言いましょうか、そんなことを繰り返し、また積み重ねてこの町の力になっていくんだろうと、そのように思うわけであります。そこで1点目にあります基幹産業である農業、林業、林産業の振興についてでありますが、本町の農業、先程も少し申し上げましたけれども、TPPの問題あるいは後継者不足、また農地の流動化など、多くの課題を抱えております。これまで農業振興の基本施策としまして、安定的な農業経営を推進するためにはやはり生産基盤整備を柱にしなければならないということで、それを中心にして農業政策、いろんなまた支援もしてきたところであります。これは今後とも継続されていくことだというふうに思います。しかしながら、今この農業経営というのは生産資材の高騰あるいは飼料用穀物等もそうでありますけれども非常に高騰してきております。また、規模拡大による設備投資がいろいろ行われたわけでありますが、大きな負担になっているというような状況もありまして、大変厳しいというふうに認識しております。今後は経営の効率化と安定化ということを図っていかなければならないわけでありますが、同時に高齢化対策あるいは後継者対策としての意欲ある担い手の育成、また確保というものは欠かせないことであろうというふうに思います。それから、もう言われて数10年、もう私的に言えば30年、40年近いと思っていますが、このコントラクターの育成ということは、やはり今申し上げたような高齢化社会と言いましょうか、農業経営者にとっても高齢化を迎えているということを考えますと、このコントラクターの育成というものは、私は必要だろうというふうに思います。また同時に集団で営農をしていく、あるいは農業の法人組織化、これらについても今後やっていかなければならないことであろうと、それに支援していくような取り組みも今後考えていかなければならないだろうというふうに思っております。しかし、ご承知のように農業経営は個々の農業者がそれぞれ経営しているわけでありまして、みなさん社長であります。ですから、今私が申し上げた集団営農だとか農業法人の組織化ということについて言えば、相当な覚悟を持って取り組まなければならないことであることは申し上げるまでもないことだろうと思います。そこで、議員の方からもありました政府が成長戦略の柱に掲げております国家戦略特区の農業特区、北海道が同じようにと言いましょうか、ほかの県と同じように提案しておりましたジャパンフードピアという構想がありまして、それを政府の方に上げておりました。どうもあまりいいような方向ではなさそうです。どうも認められないんじゃないかというふうに言われております。北海道農業ということが日本経済に果たす役割、あるいはその道筋というものが描き切れてなかったんでないかというような、それが認められない、認定されない大きな要因でないかというふうにも言われているところであります。いろんな見方があるというふうに思います。企業による農業参入の大幅な自由化を認めていくというのが政府の狙いとしてはどうも透けて見えるんでないかと。そのことは北海道農業にとってどうなのかって、やっぱり警戒感と言いましょうか、そんなこともあるのも事実だというふうに思います。過度な規制緩和というのが、これは地域がこれまで積み上げてきた営農努力と言いましょうか、そういうことを台無しにしてしまうという、そういう心配が特に北海道での農業をやっている方々にしますとより強く持っているというふうに思います。政府サイドからみると、全国の耕地面積の4分の1を北海道が占めている、また農業産出額のトップだという、そうした可能性と言いましょうか、そういうものを持っていながら、国レベルと言いますか、政府サイドからするとそれを生かし切れていないんじゃないかという不満がこの農業特区の構想にはあるんだというふうに思います。いろいろ先程申し上げましたけれども、いろいろな見方があると思います。いろいろな見方があると思いますけれども、特区のメリットだけが強調されるということじゃなくて、やはり地域の実情に即した、やっぱりきめ細かな対応ということが今までも求められてきましたし、そのことが北海道農業のある種基本でもあったわけでありまして、まあこの特区がすべてではありませんけれども、3月中旬から下旬に決まっていくんだろうというふうに思いますけれども、現在の北海道庁としてのこれらに対する動きというのは、私もまだこれからの部分では承知しておりませんけれども、今の状況はこういう状況だということであります。それから林業についてでありますけれども、先程もちょっと触れましたけれども、森林認証への認識というものを一層高めなければならないというふうに思います。それと併せて置戸町の森林整備計画、それから町有林の経営計画によって適正な森林施業というものを行いながら、この豊かな森林資源というものを次の100年に引き継いでいかなければならないというふうに思っております。そのためにはやはり林業林産業を支える林業労働者の雇用の確保あるいは後継者育成ということが大きな課題になってくるであろうと、このように思っております。現行の森林整備の担い手対策推進事業の制度拡充、それから山を守り森を育てるために国有林あるいは道有林そして民有林の所有者の人達との連携との言いましょうか、そんなことも深めていかなければならない大きな要素としてあるだろうと、このように思っております。林産業の関係については議員からも触れられましたけれども、森林組合の新しい工場が完成しました。新たな操業のスタートということになりますけれども、大きな期待をしているところであります。森林組合が持っている本来の仕事と言いましょうか、そういうことはそういうこととしてももちろん理解しておりますけれども、より幅の広いと言いましょうか、外に出て営業活動もやっていただけるような体制も組んでいただければなと、そういう願いを込めて期待しているところであります。森林林業、まあ環境面をはじめとして多くの公益的な機能というものを持ち合わせているわけでありますが、そうした多面性というものを維持しながら、これからも大きな使命を持っているんだというようなことも含めてでありますが、やっていかなければならないというふうに思っております。次に商工業の振興でありますが、本町の現状をみますと、私も同じように危機感を持っております。町としてこの商店街の現象、特に焦眉の課題であります空き店舗の対策等については何らかの支援策が必要であろうというふうに考えております。商工会のみなさんを中心にした忌憚のないご意見をいただいて、そして新たな施策の創設というものを考えていきたいと、このように思っております。それから3点目の福祉の充実と文化の振興でありますが、本年2月ですか、本町の高齢化率40%を超えました。この割合というのは次第にと言いましょうか、上昇していくであろうというふうに思っております。そこでこの高齢者対策についてでありますが、平成12年の4月に承知のように介護保険法が施行されまして、高齢者の介護を社会全体で支え合う、そうした仕組みを作ろうということで創設された法律であります。現在は第5期ということになりますが、高齢者の保険福祉計画そして介護保険事業計画に基づいて居宅あるいは施設サービスなど様々なサービスを提供しているわけであります。この第5期に引き続いての第6期は平成27年度から3年間を計画期間として、基本的な理念としては高齢者がやはり住み慣れた地域で安心して生活できる町、そしていつでも適切な介護サービスが受けられる町として進めていくという基本的な考え方を持っているわけであります。なかでも後期高齢者の人達が増加している、また要介護者の増加傾向に対応するために、先程来いろいろ答弁を申し上げましたけれども、開設から32年を迎えております特別養護老人ホームの改修、これらをはじめとして施設サービス体制のあり方について、この第6期の中心課題の一つになっていくであろうと、このように思っております。在宅サービスを含めて高齢者福祉全般の枠組みと言いましょうか、そんなことを調整していかなければならないなというふうに思っております。具体的には特に触れませんけれども、高齢者の方々が増えていく、そのことによってこの町の中を自由に移動したいと。移動したいんだけれどもなかなかそうはならないというか、ままならないというようなことがどんどん、特に高齢者の人達の中にはそうした思いがあるだろうというふうに思います。そうした意味では、この町の中を移動可能な交通手段というものを考えていく必要があるんでないかなと、このようにも思っているところであります。また、本年1月に置戸町で初のNPO法人が運営する共生型の福祉施設がオープンしました。食事あるいは喫茶の提供、そして地域サロン活動をこの施設の中で行っているわけであります。中心市街の一角ににぎわいは生まれたというふうに思います。大きな目的はやはり障害を持つ方がこの施設を使いながら生き生きと働き、自立を目指していく活動をこれからもやっていただこうというふうに思っているわけでありまして、それらに今後とも支援をしていきたいと、このように思っております。同時に、こうした活動に当たっては町のボランティアの方々に支えてもらって成り立っているわけでありまして、このボランティア組織の拡大、そしてこのNPO法人を文字どおり足腰の強いものにしていくことが重要であろうというふうに思っております。多くの町民に愛されるサロンとして今後の広がりというものを期待しているところであります。就労の場の確保というご質問がございました。老人福祉施設それから認知症の協同生活介護施設、また認定こども園、これらが指定管理者あるいは民間立てで経営されておりまして、介護職員など多くの雇用が生まれたというふうに思います。また、赤十字病院はじめ町を支える大切な施設として赤十字病院の位置づけをしているわけでありますが、今後ともいろんな意味での財政的な支援というものを継続していきたいと、このように思っております。また置戸高校の福祉科とはこの介護士の養成校として今日まで支援してきましたし、これからも協力関係を深めると同時に、今後とも支援をしていきたいというふうに思っております。まあ、北海道知事それから北海道議会の方から厚生労働省に対して、また国会の方に対して、また政府に対して就学資金の高校生の方まで広げてほしいというようなことを要望書としても上げてもらいました。私どもも中央の方に行って、あるいは北海道の中でもそうでありますけれども、なんとかこの貸付制度を高校生にもと、福祉系の高校にもということで要請してきたわけでありますが、なかなか具体的に前に進まないということもあるわけでありますが、いま最大の悩みとしては、置戸高校で介護福祉士を将来の福祉の担い手として誕生させているんだけれども、実際にその後置戸をはじめ地方の中で介護福祉士として勤めていただけるということがなかなか厳しい状況もあるわけであります。そうした意味では、本町の老人福祉施設をはじめとして施設で働く介護職員の安定的な確保ということも併せて考えていかなければならない、そうした意味ではこの就学資金の貸付制度というものも町として検討する状況にあるかなと、こんなふうに思っております。しかし、簡単なことではないと思います。それは金額の問題ではなくて、制度そのものが非常に大きな意味合いを持つからでありまして、十分な検討が必要であろうというふうに思います。先程もちょっと申し上げましたけれども、高齢者の方々、特にそうだろうというふうに思いますけれども、できるだけ住み慣れた地域で最後まで尊厳を持って自分らしい生活を送りたい、そんな思いは町民の方々共通の願いだというふうに思っていますので、この福祉に関係する施策について特に後期の中でも考えていきたいというふうに思います。それから文化の振興ということでのお話がありました。議員から福祉の充実と文化の振興というのは一対のものであるというようなご意見であったというふうに思います。これまで置戸町の、私どもの先輩の方々、いろいろと築いて来ていただいた置戸の社会教育活動であり、また図書館活動であります。その活動が間違いなく置戸のこの町民生活にいろんな意味での潤いを及ぼしてきたと言いましょうか、そういうものであったというふうに思います。このことが文化そのものだというふうに私は思っておりまして、今後とも現状というものを低下させることなく、さらなる振興発展を図っていきたいと、このように思います。それから4点目の人材育成のための社会教育のあり方、また行政職員の町づくりの取り組みについてということでありますが、社会教育では町づくりはひとづくりを基本理念にして人材育成も含めて様々な事業を行っているわけであります。現在行っている事業等については特に触れませんけれども、厳しいご指摘もいただきました。評価はなかなか難しいとも言えると思います。物心両面において、何もかもが不足している時代背景と今日のような非常にものの豊かさと言いましょうか、豊かな社会における今との比較というのはどうでしょうか、比較する物差しによっても大きな違いがあるんではないでしょうか。しかし、もう少し迫力をもって、パワーをもってという期待であろうと、激励であろうというふうに思いますので、そうしたことについて私の方からもというふうに申し上げておきたいと、このように思います。それから人口減少あるいは少子化、そういうことに伴って、この社会教育団体というものも会員がだんだん減ってきていると。また役員の担い手が不足しているんだということも現状としてあるというふうに思います。また、時代背景というものも、個の時代と言われるように地域の絆が弱まっているんじゃないかという思いもないわけではありません。そうした意味では社会教育のあり方というものも変化が求められているんだろうというふうに思います。これまで築いた事業あるいは社会教育のあり方の良い面というのは当然ながら継続していくわけでありますけれども、特定のテーマで活動を進めているNPOあるいはネットワーク型の組織、そうした新しい方法も今後の検討課題の一つであろうというふうに考えているところであります。しかしながら、最も重要なことは人と人とのつながりというものを深めて地域のコミュニティーを活発にして、さらには地域の課題解決をみんなで協力して行っていくための人づくりというのは欠かすことのできないことでありますので、そうした基本的な視点と言いましょうか、重要なことは忘れることなくと言いましょうか、新しいものに挑戦をさせていきたいと、このようにも思っているわけであります。それから町職員の職場を離れて一町民としてまちづくりに取り組んでいく意識の向上ということでありますが、職員は町内に居を構えて、それぞれの自治会に籍を置いて地域活動に参画をしているというふうに認識をしているところであります。また、趣味や特技を生かしたスポーツ、あるいは文化活動にも加わっておりまして、中には役員などを担って、その町内会・自治会の中心的な役割を発揮している職員も多いというふうに思っております。3年ぐらい前になると思いますが、私の職員への仕事始めの挨拶でこんなことを申し上げております。この場所で申し上げておりますので、そんなにその時に言ったことと違いはないと思いますが、時として老人ホームを社会福祉協議会に移行させるという、そういう時期でもありましたので、3年くらい前だったと思います。私は社会にと言いましょうか、社会変化に柔軟に対応できる心構え、そして仕組み、制度というものを作っていく必要があるんだというふうに申し上げたと思います。その時に同時に自分たちの日々の業務を行う際に、仕事上のプロセスと言いましょうか、そういうことを意識して、時にはその仕事を楽しむこと、あるいは本来の仕事の中で喜びを見出すということも大切だということも申し上げました。さらに、行政の仕事が人のために役立っているということを忘れないということも重要なことだというふうに申し上げたというように思っています。議員からもお話がありましたけれども、私は表現は少し違いますけれども、だいぶ違うかな、違うかもしれませんけれども、期待するところは同じだというふうに思っております。ご質問が難しいがゆえに少し長い答弁になってしまいましたけれども、町職員はもとよりでありますが、これまでのこの歴史に学び、そして平成27年、これからの101年目の新たなステージに立つことを喜びとして、議員の皆さんそして町民の皆さんとともに作り上げていきたいと、そのように思っております。
質問 5番 細川昭夫
答弁の冒頭、100年の時の長さについてお話をいただきました。確かに100年先の話をここでとやかく言っても、本当に先程言ったように雲をつかむような話かもしれません。特に、これから科学の発達によって世の中もどんどん変わっていくと思います。ただ、100年、たしかに長い年月ですけれども、私置戸に生まれ育ってすでに70年が経ちました。100年まであと30年しかありません。自分は太平洋戦争もまっただなかに生まれて、激戦地から離れた田舎ということもありますけれども、今この生まれた、物心がついた70年前から現在まで、それほど夢を見るような長い年月では決してなかったかなと思います。私そのせっかく100年を今迎えるにあたって100年先をと云ったのは、決してその夢をつかむような話ではなく、あまりその行政を進めるにあたって足元ばかり見つめていくと、ふと目を上げたときに、それはえらい世の中が変わってはいないかなと、そんな危惧を持ってこの機会に一般質問をさせていただきました。具体的にいちいちどうこういう質問ではありませんけれども、今その答弁のやりとりの中で2、3、ちょっとお話をさせていただきたいと思うんですけれども、農業に関しては国の補助金を得ながら町としても土づくりなり施設の設備なり、日々年々町費をかけて農業経営に努力をしている方たちに対する応援は重ねているわけでありますけれども、ただ、それを重ねていって、まさに先程言ったように、ふと目を上げたときに農家経営者がほとんどいなくなってしまうんでないかなと。最近でも経営に十分ゆとりのある方でもやめていってしまう、そんな現状をどうしたらいいのかなと、なかなかその解決策はないと思いますけれども、やはりその早くから叫ばれている法人化なんかも、これから真剣に当事者同士に任せるのではなく、農業団体あるいは営農者たちと行政が真剣になって取り組んでいけば、離農者を少しでも防げるのかなと、あるいは新規就農もそこへ入って来れるのかなと。先程国の特区による規制緩和の話も町長から詳しくしていただきましたけれども、たしかに北海道農業は全国の農業と違って、国が考えるほど甘いものではないんでしょうけれども、やはり近隣町村あるいは道全体としてどうあるべきかということを、現実を見つめながら国に、北海道に向いた施策を取り入れていくような強い圧力をかけていく必要があるのではないかと、そのように感じました。また、林業についてはやっぱり放置されている国有林、裸山。最近は民有林も随分増えてきたんですが、民有林のそういう手をかけていない対策をどうするのか、あるいは国有林の荒れたところを本当に国と折衝してですね、真剣に取り組んでいく必要があるのかなと。これはなかなか大変だと言いながらも、やっぱり今取り組んでいかなければ手遅れになってしまうのかなと、そんな感じでおりますので、とりあえずこの2、3再質問をさせていただきましたけれども、答弁をいただきたいと思います。
答弁 町長 井上(町長は2020年3月まで)
農業関係でありますけれども、非常に難しいと言いましょうか、率直に申し上げまして、国の農業政策に基づいて農業経営をやっているというふうに言っても決して過言でないと思います。それがどうなのかということが今問われているんだろうというふうに思います。いろんな農業経営をやっていくために、あるいは農業が持っているいろんな機能と言いましょうか。大きく言えば国土を守っているということにもつながっていくんですけれども、そうしたことを含めてあらゆる面で国の農業政策が展開をされているということです。それに基づいて、それぞれ個々の農家が経営をやっているということもこれ事実だと思います。私は将来にわたって農業者、農業経営者がいろんな、先程もいろんなことを申し上げましたけれども、そうした中で戸数は減っていくであろうというふうにっずっと思っていました。まあ残念ながらそういうような状況にあると思います。そうした中で離農しない人たちにもある種勇気を与えると言いましょうか、これからも頑張ろうじゃないかという思いを持っていただくという意味合いも含めて、新規就農で酪農家2人誕生させました。いろんな支援もしましたし、国や北海道の支援も仰ぎました。しかし、一方では全く心配もしていない、経営的にも、また将来にわたっても心配することの必要性がない酪農家の人たちが突如としてやめていく。もちろん事情があってのことでありますけれどもやめていくと。私の想いとしてはせっかく二つの酪農家を誕生させたにもかかわらず、いとも簡単に2戸だとか3戸だとかってやめていかれるというのは本当にじくじたる思いです。しかし、今日の社会総体を考えると、こういうことというのはこれからもやっぱりなくなっていかないんだろうなと、繰り返していくことなんだろうなというふうに思っています。そうしたなかで、できるだけ離農者を出さないというか、少なくするということで申し上げますけれども、やっぱり家族労働と言いましょうか、これにはやはり一定程度の限界があるんじゃないかというふうに思います。これは冒頭申し上げましたように、日本の農業政策というものが今後どう変わっていくのかということもやはり大きく関係してくると思います。また、心配もまたしなければならない大きな要素だというふうに思います。後継者の問題だとか、農地の流動化の問題だとか、いろんなことがあると思います。先程、コントラクターの話もしました。必ずしも農家の人が自らハンドルを握って畑を耕こしたり、圃場を作ったりしなければならないというものではないんでないかというような、いわゆる労働の分業化というか、そんなことも含めて今まで以上にこうした問題に正面からやはりとらえて、そして考えていかなければならない、そういう状況にあるんじゃないかというふうに思います。しかし、先程来申し上げておりますように、皆さん会社の社長ですから、その社長がなかなか従業員に徹するというのが難しいことだというふうに思います。そこで、やはり覚悟が必要だというのはそういう意味も含めて申し上げたわけです。それと、特に酪農家の人たちについて言えば、やはり生き物を飼っているわけでありまして、そこから生産をしている牛乳あるいは子牛等もそうでありますが、365日そこから離れるわけにはいかないという、この現実も抱えているわけであります。もちろん、ヘルパーのそういうような組織もあります。ありますけれども、私は基本的にもう少し酪農家の人たちも自分たちの時間をもう少し増やせるような、そういう仕組みを考えていかないとなかなか後継者、後継者と言いながら、あるいは担い手を何とかしなければならないと、言葉だけでやはり進んでいくんじゃないのかなと、本当の意味でのやはり後継者対策というのは今申し上げたような、もう少し酪農に関わっている人達にとっても自由な時間をつくれるような、そういうようなものを明らかにするなかで、先程申し上げたような集団での経営と、あるいは法人化というようなことも含めて議論していく必要があるんだろうと、このように思います。日本の農業というのは今申し上げたような仕組みで、制度で進んできているわけでありますが、なかなか難しいと思うんですが、諸外国の中では、ヨーロッパやオーストラリアの方では、この農家の所得というものがだいたい90%くらいは国の方できちっと制度的にもそうですけれども、きちっと対策が明確になっているということもあります。ただ、いいところだけとってどうだこうだというふうに論ずるわけにはいきませんけれども、日本の耕地面積の100倍、ものによっては300倍、500倍も持っているような農地で生産しているものと価格で勝負するなんていうことは到底不可能なわけでありまして、先程の答弁でも申し上げましたけれども、まさに今申し上げたようなことが間違いなく俎上に上がっているであろうTPPの問題というのは、やはり北海道農業ばかりじゃなくて、農業をやっている日本全体にも言えることだというふうに思いますけれども、今私どもの町で展開しているようなことだけで本当にどうなのかという、まあTPPの行く末はともかくとしても、将来にわたって置戸の農業として、置戸の農業者の人たちをどういう形にすることがこれからも生き続けていける、経営としてやって行ける、そういうものを今これをある種契機として考えていかなければならない、そうした今時期なのかなというふうに私なりに思っているところであります。
質問 5番 細川昭夫
今酪農家の人たちの生き物を扱っている話が出ましたので、余談でこの時間を使って申し訳ないんですが、昭和54年に町の助成をいただきまして私たち3人でヨーロッパに視察にやらせてもらって、その中でフランスの人たちが週末になると土、日を利用して波のように自分の住んでいるところから南フランスの地中海沿いにバカンスに出かけると。ただ、今言ったように鶏を飼っているとか、牛や豚を飼っている人たちは手を離さないんで、非常にあの昭和54年の話ですから、非常にこの人たちは裕福なんですけれども、そういう余裕がないので非常に嫌われてて担い手がないんだと。それで今研究しているのが日曜日には牛を搾らないでいい牛と、日曜日に卵を産まない鶏、当時馬鹿みたいな話で聞いてきたのですけれども、今になって考えると、実際そういうことは無理としても、酪農ヘルパーだとか、今町長から答弁いただいたようなコントラクターの制度として酪農家もだんだんと楽になってきたのかなと、そういうふうに思っております。これはちょっと余談で申し訳ありません。それで国有林の話はちょっと答弁いただけなかったのですが、改めて答弁をいただかなくても国有林を抱えた同じような自治体とやはり足並みを揃えて、やっぱり何回も何回も国に相談と言いますか、地元に任せと、そういうことで進めていく必要があるのではないかというふうに思います。だいぶ時間がなくなってはきたんですけれども、産業振興の中で高齢化を迎えて、新しい産業として福祉産業の導入をということでお尋ねいたしました。かなり以前の一般質問でも置戸町でそのことで増設したいという話があったんですけれども、そのやりとりの中で、どうも増やすことによって介護保険の保険料に跳ね返ってくると、その心配もしなければならないということでなかなか難しいのかなという話も伺っております。しかし、これからは就労の場ということも含めて、あるいはお年寄りの介護ということも含めて十分策を持っていかなければならない時代が来ていると思うんですね。先立つものはとっぱじめに私が質問をしましたけれども、やはり先立つものは金であり、やっぱり無い袖は振れぬということになりますので、昨年の9月に私、福祉基金の創設を提案しましたけれども、今国保をはじめ、あるいはホームの方にも基金があるから十分だという話を伺いました。ですけれども、それはそれとして、やはり今みたいなようなことになったときに保険にこのまましているお年寄りたちが負担を少しでも軽減するために、その時のために基金が必要なのかな。先程佐藤議員とのやりとりの間で、町長は今の基金の現在高を誉めていただいたのかなと、そういう答弁をいただいたんです。確かに今、置戸町は十分にその余裕があります。しかし、その余裕も町長が言っているように、事業を進めることによってわずかな金額にしかならないんだということで、やはりこんな話町長に対して大変失礼なんですけれども、これは行政でも一般家庭でも同じだと思うんですが、やっぱり目の前に金があればね、どうしても余分に手をつけてしまうんじゃないかなと思うんですよ。町長にはそんなことはないと怒られるかもしれませんけれども、やはり目の前のお金、余裕なお金よりも、ちょっと無理してでも、将来の例えば学資資金だとか一般家庭で言えばですよ、特別な基金に積んでおけばそれはちょっと今手をかけてはまずいと。本当にこれは行政と各個人のお金の話とは別なものでしょうけれども、やはり将来に向けた基金が僕は必要でないのかなと。昨年の12月、商工基金の創設もお話しましたけれども、やはり何かあったときに行政として十分応援するんだからというのではなくて、やはりそういう基金があって、ああ置戸はそういうことをやってるんだからという、そういう希望を持たせるような、そんな基金が必要ではないのかなと思うんですけれどもどうでしょうか。
答弁 町長 井上(町長は2020年3月まで)
介護保険料の話も出ました。また国保の関係についても出ました。介護保険料、置戸は低いと思います。低いですけれども、保険料は低いですけれどもサービスが同じように低いかといったらそういうことはないと思っています。介護保険料、今この場所で言うのは適切かどうかわかりませんけれども、将来には、近い将来です。近い将来にはやはりこの介護保険料、見直しをしなければならないと思っています。それだけのサービス提供もちろんありますし、将来この会計が安定的に将来にわたっても続くためにはそういう見直しも必要であろうと、こういうふうに思います。国民健康保険の関係についても基本的には加盟している人たちがそれを負担してもらうという考え方に変わりはありません。変わりはありませんけれども、対策としてやってきました。そんなことを考えますと、積んでる基金が私はあんまり今細川議員から言われるほど基金がこれだけあるから仕事をやりましょうかとか、あまり私はないです。むしろ必要な事業だから事業メニューにいろいろあげて検討し、そして財源対策としてどういう形がいちばんいいのかというなかで、この基金の問題も考えるわけです。できるだけ、これはまぁ一般家庭にすると貯金ですから、できるだけ出したくないというのが基本的にはそこにあります。そこにありますけれども、この貯金が沢山あるから事業をやりましょうかというよりも、むしろ今みたいな必要な事業だからいろんな財源対策をして、状況によってはその基金から取り崩してそれを使うというような考え方であります。それから林業の話、ちょっと答弁を忘れておりました。昭和39年、1964年に森林の自由化になりました。本当にこれで日本の林業というのが大きく変わりました。関係者と言いましょうか、林業関係者の人たち本当に苦労してきたと思います。今日でもそのボデーブローみたいなことがやっぱりずっと続いていると思います。しかし、近年少しずつ状況は変わってきたように思います。それは輸入材との関係だとか、道産材のこの北海道としての力の入れ方だとか、国産材もちろんそうでありますけれども、そうしたひとつの政策の中で少しずつ変化というものが出てきたんでないのかなというふうに思います。しかし、いずれにしても、やはり循環型の森林整備でなければいけないというふうに思いますし、そのための政策が必要だということになるわけでありますけれども、基本的にやっぱり材を使うということが基本になければならないと思います。先程佐藤議員の時にも申し上げました。私は可能な限り、特に公共施設をつくる場合、建てる場合、あるいはいろんな施設を直す場合、最大木を使いたいというふうに申し上げましたけれども、業界の人たちからすると、それは本当に小さいことかも知れませんけれども、しかし基本はそこにあるということで理解もしていただきたいと思いますし、木材関係者の人たちにとってもそういうことで協力もお願いしたいなと、そんなふうに思っているところであります。
質問 5番 細川昭夫
昼食時間になって申し訳ないんですが、最後にもう一点だけ。あの職員教育と、それから文化の発展ということで、昨年の9月に一般質問を、文化をどのように考えているかということで3点に絞って話をしました。その中で置戸タイムス、この60年に及ぶ置戸町の文化の殿堂と言ってもいいくらいの置戸タイムスが、最近の人口減少とそれから業者の減少による広告収入の減によって存続の危機に陥っているよと。そんな話の中でやはり僕は町職員もですね、全員がこのタイムスを購読して、置戸タイムスを利用しようと、それくらいの皆さんの意気込みが必要でないかと、そんなことで話をいたしました。その後町長が職員に例えば、お前ら、お前らとは言わないんでしょうけれども、タイムスをどう考えるとかね、やはりみんなで購読して置戸の文化をもり立てようと、そのような話をなさったのかどうか、ちょっとお尋ねをいたします。
答弁 町長 井上(町長は2020年3月まで)
置戸タイムスがある果たしてきた役割と言いましょうか、それはもう私が今更申し上げるまでもない大きなものだというふうに今も思っています。そうした中で行政がいろんな形で置戸タイムスに出していた広告の集約化といったらいいんでしょうか、より有効な形で年間を通して考えられるような対応と言いましょうかね、そんなことも含めてタイムスとも協議をしながら一定の方向を決めました。職員にタイムスを購読しなさいと、取りなさいというのは、すいません、まだ一度も言っていません。一度も言ってませんけれども、やはり置戸の町でのいろんな動きというのがタイムリーに情報として知らせていただいているということも含めてありますので、一度職員には言ってみたいなというふうに思います。
質問 5番 細川昭夫
個々の生活に関わることですから、まぁ強制的なことではないでしょうけれども、まぁ教育の一環としてですね、まぁ月700〜800円、年にしても1万円前後の金額ですから、まぁ置戸の町の中では一番の高給取りの職員の皆さんですから、そうそう強制的なものではないのかなと思います。いずれにしても、今回の私の質問は個々がどうのこうのという質問ではありません。100年先を見据えた、そして今の足元を見つめてどうするのかなということの質問であります。今井上町長大変頑張っておられますけれども、未来永劫井上町長がこの行政のトップとして務めるわけにはまいりません。できるだけいい形で次にバトンタッチしていくようにと、例えば置戸町のいちばん奥の鹿ノ子ダムの奥に小学校があったということですね、置戸町3,000人の住民の中で、今どれくらい分かっている人がいるかなと。これ本当に100年も経たないわけでありますから、将来100年後の後世の人がですね、昔ここに置戸という村落があったんですよと、そんなことにはならないように一つ今その第一歩を踏み出す井上町長に覚悟を持って行政に取り組んでいただきたいと思います。以上で私の質問を終わります。