中頓別町議会 平成24年第2回定例会 2012年6月20日
「受け付け番号5番、5番、星川です」
2012年6月20日、中頓別町議会の一般質問で、星川三喜男議員が質問し、教育長 米屋彰一、教育次長 青木彰、町長 野邑智雄が答弁しました。
- 質問者
- 星川三喜男 議員
- 答弁者
- 教育長 米屋彰一、教育次長 青木彰、町長 野邑智雄
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
質問 5番 星川三喜男
受け付け番号5番、5番、星川です。まず初めに、1点、丹波屋は保存か、解体か、町としての方向性を伺いたいと思います。小頓別に建つ丹波屋は、和洋折衷の非常に珍しい大正時代の建築物として平成12年2月に国の登録文化財に指定されております。本町のにぎやかさを今に伝えるいわば中頓別町の顔となっていると思います。現在の所有者は、高齢になりつつあり、老朽化した建物の維持管理が難しくなってきていることから、解体をご主人は考えているというお話を聞きました。これまで町は、貴重な文化財として保存の方向で検討してきたと思いますが、所有者に対してどのような支援を今後考えていますか、お伺いしたいと思います。
答弁 教育長 米屋彰一(教育長は2014年3月まで)
星川議員の丹波屋は保存か、解体か、町としての方向性はというご質問に青木教育次長から答弁をいたさせます。
答弁 教育次長 青木彰(教育次長は2016年6月まで)
登録有形文化財、旧丹波屋旅館和館、洋館については、平成11年9月に町教育委員会から文化庁文化財保護部長へ登録手続を行い、平成12年2月15日付で登録をされております。その時点から基礎の土台や柱等の老朽化による腐食が進んでおり、所有されている方からは保存に向けた何らかの支援を要望されてきておりましたが、保存に係る修理、修繕は所有者の負担という基本原則どおり現在まで具体的な支援は行ってきておりません。今後においても所有者みずからの責任において保存をしていただくという基本的な考え方に大きな変わりはありませんが、地域づくり活動支援補助金の制度を活用した維持補修の検討もお伝えしているところです。現時点では、補助を活用して当面居住可能な補修をしたとしても将来住み続けることが難しくなったときの解体などを考えると、その補助の活用は難しいとのお話を伺っております。確定したお話ではありませんが、将来的な処分に責任を持っていただける方がいれば何とか住み続けながら保存をしていくことも考えとしてはあるようですので、その方法等について今後も所有されている方と相談しながら、その考え方を十分尊重し、必要な関係機関等への協力を働きかけていきたいというふうに考えております。
質問 5番 星川三喜男
私は、この質問に当たり丹波屋のご夫婦と話をしてまいりました。その中で、町はどう考えているかはっきりさせてくれと、壊すなら壊す、解体するなら解体で私がやると。これも何年か後にすれば私も動けなくなってきたら解体するのも困難だろうし、また金をかけてやってもらうというならば300万から500万はかかるであろうというお話もしてきました。聞かれましたし、ここ数日間のうちこの丹波屋さんに訪れた観光客といいますか、通りかかりの人ですけれども、10名近く丹波屋さんの2階、3階に入られて、見て帰っております。その前には、山本議員さんもいますけれども、約20台、17台のバイクツーリングの人方があの道路縁にバイクをとめ、そこで記念写真を撮り、またある人は旅館の中のほうにも入ってこられたというような数々の観光客がこの小頓別の地に、丹波屋さんに訪れておりますし、また歌登、枝幸方面の今はこの枝幸町、歌登にはいませんけれども、やっぱり都会に行った方がふるさとに帰ってこられたときにまず立ち寄るらしいのです。まだ丹波屋があったと。あれは中頓別の顔と言っていいほど、小頓別の顔以上ですよね。あれがあったから小頓別、中頓別が栄えたのでなかろうかと、そういう話もご夫婦がしておりましたし、これは保存してもらえるのであれば町行政としてやってもらいたい。私は、あと何年ここで生活していけるかわからないけれども、この貴重な財産は町として保存すべきだと。というのは、この国の文化財に指定されたとき、最初はこのご夫婦は否定したらしいのです。でも、行政のほうから進まれて、道、国と持ち上げられていって、ただただ国の文化財になってしまった。今考えればそこまでやらなければ自分なりに解体して、きれいな姿にしていくのが当たり前だったのでないかということを言われました。これを聞くと、やっぱり当時は本人はそこまで望まないのにもかかわらず、行政が進んで持ち上げていったと。その結末、もう要するに援助も何もできないから、解体はあなたのほうでやってください、それでは行政としてはどうなのかなと私は考えざるを得ません。町が、行政が持ち上げた以上は、やっぱりこれは最後まで行政が担当、手を加え、時にはそれなりの経費もかかるでしょう。今までこのご夫婦は相当な金をかけてきております。私の知っている限りでは、トタンも屋根のふきかえも数回しております。また、個人でもトタンのペンキを塗ったりもしております。本来であれば確かに先ほど答弁もございましたけれども、住居にしているところには手も足も出せないというのが基本かもしれませんけれども、行政が持ち上げたところを何で行政のほうで手を差し伸べないのか、これは不思議でたまりません。そのころの勢いは、役場職員のメンバー数名で保存会という構成をつくって、それで丹波屋さんにも来ていたというお話も聞かれております。その方々が一生懸命になったのは、たしか当時の建設課長あたりが一生懸命になったという話も聞いておりますけれども、そこら辺はどうか私は今ではわかりません。保存するに当たりまして、やっぱり町として、この丹波屋さんのご夫婦はインターネットも私以上の年配者ですからそういうのもたしなんではいませんので、できるのであればインターネットで、丹波屋さんにかかわらず何でもそうですけれども、そういう保存していきたい、いかなければならないものの紹介をして、もし買い手があるのであればそういう方々を交えて今のご夫婦と話し合いをすべきでなかろうかなと思います。前回常任委員会、昨年の11月でしたか、やりましたけれども、そのとき次長のほうから保存は前提で、取り消しは好ましくないということも答弁されたのでなかろうかと、私はそう記憶しておりますので、今後町としては、金もかかるかもしれません。一回このように登録したものをやはり見捨てるのでなく、もっともっと行政を交えてバックアップしていってもらいたいというのが私の望んでいるところですけれども、どう考えているか再度お聞きいたします。
答弁 教育次長 青木彰(教育次長は2016年6月まで)
教育委員会としての考え方という形になりますけれども、その保存に対する考え方ということでいけば、まず本町の開拓歴史上大変古い建物で、外観上も特徴があり、貴重な建物であるという考え方に今のところ変わりはございません。ただ、保存ということと活用ということがございまして、その活用の部分で各関係機関等のご意見をいただいているところですが、現在のところ有効な活用策等については見出されていないということが現状でありまして、今後においても所有されている方の努力で何とか保存をしていただければという考え方は変わっていないというところであります。町としては、大きな費用をかけて町が責任を持って保存をしていくという考え方には現在のところなっていないということです。現在居住されている方、先ほど岡崎さんというお名前が出ましたけれども、岡崎さんのほうとは、先ほど議員のほうからもありましたけれども、今後保存に向けて譲渡を受けて保存をしていくというような方の可能性を含めてお手伝いができればというふうなことでホームページ上での紹介だとか、あるいは新聞等での全国的なお知らせ、周知といいますか、そういったことも働きかけをしていきたいというふうに考えております。その辺の可能性について1年から2年かけて結論を見出せればというふうなことで所有者の方ともお話をしておりますので、その辺を見きわめて、また再度関係者の方たちの意見も伺った上で最終的な判断ということになろうかなと思います。最終的な判断の中では取り壊しをせざるを得ないという形になれば、いわゆる国の登録有形文化財の解除の手続という形になっていくかということも視野に入れながら、できる限り所有者の考え方を大切にして対応していきたいというふうに考えております。
質問 5番 星川三喜男
わかりました。でも、先ほど私も言ったようにこれは本人が望んでしたわけでない。行政が望んで、持ち上げてなった登録文化財なのです。そこをもう一回教育委員会として考えてもらいたいし、安易な取り消しの申請は今後教育行政、まちづくりの施策にも悪影響するのでなかろうかなと思います。中頓別は熱に燃えて、ちょっとすればすぐ覚めてしまえば身動きもしないというのがこの中頓別だと私は思っておりますし、今後ジオパークについても最初だけ熱心で、熱が冷めればぽいではこれは今後町民にとっても行政にとっても大変悪影響になるのでなかろうかなと感じしております。最後にもう一回本当に町として、これは町長にお伺いしますけれども、町として保存、保護、活用方法を早急にやっぱり今いる方に対して回答すべきでなかろうかなと思っておりますが、どうでしょうか。
答弁 町長 野邑智雄(町長は2015年3月まで)
私に振られましたから私の考え方を申し上げますけれども、ゴールデンウイークのときだと思いますけれども、藤井地区で岡崎さんと会って、いろいろお話をいたしました。そのときに町として言えば将来解体をするか、保存をしていくかということができないだろうかと、そういうような話がありました、将来。ただ、私としては大変難しい問題ですねと。私がいいと言っても、また次のときがどうなるかわからないので、そういう大変難しいことでありますから、今簡単に、はい、わかりましたと言うわけにはいかないと、そういうような話をいたしました。そのときに岡崎さんは、たまたま道新に北海道の言えば文化的な建物等が連載で出ていた時期であります。そういう中で、有形文化財の丹波屋さんも出ました。全道的というか、上川、留萌、宗谷版だと思いましたけれども、出ていたので、所有者から全国版等に出して、こういう建物を所有をするような人を探してもらうという方法ができないだろうかと、こういう相談がありました。それで、枝幸支局の佐々木支局長さんにお話をしまして、どうだろうかと言ったら、道新としては全道版、全国紙でないので、全道版しかないと、そういうようなことで、道新としては道内の人たちに所有をしてもらってというお願いというか、情報提供することはできますけれども、全国的にはできないと、こういうお話でありました。それで、思いついたのが稚内市役所の中に記者室があります。そこに読売等々の記者等もいますから、青木次長にはそこに行って一回相談をして、そして全国紙に言えば有形文化財の丹波屋さんの建物を所有をして保存をしてくれる希望者を募るというか、そういうようなことも相談をしたらいいのでないかと、こういうようなことで、岡崎さんにも私からは全国紙に出して、そして所有をしたいという人が出てくればまたその時点では岡崎さんと十分協議をすることができるだろうと、こういうお話をさせていただきました。今の段階では、そういう方向性で何とか保存ができればと、こういうような期待を持っているところでありまして、もう少し時間が必要かなと、このように思います。
質問 5番 星川三喜男
わかりました。この保存、保護か、解体かも今の持ち主も焦っているのも現実でございますので、お忘れなく。