みんなの議会

美唄市議会 平成22年第1回定例会 2010年3月5日

(1)教育行政執行方針について/(2)卒業式・入学式の在り方について

2010年3月5日、美唄市議会の一般質問で、米田良克議員が「教育行政執行方針について」「卒業式・入学式の在り方について」について質問し、教育長 板東知文が答弁しました。

質問者
米田良克 議員
答弁者
教育長 板東知文

議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。

質問 8番 米田良克

2010年第1回定例会で、大綱2点について教育長に質問をいたします。議会初日に教育行政執行方針が発表になり- -66ました。この中からいくつか取り上げて質問をいたします。教育問題については、常々関心を持ってみるというふうにいたしております。そして、多くの市民の皆さんも、これには関心が深いというふうに思います。そして、話題になる事柄でもあるというふうに思いますが、私なりに問題意識を感じた部分についてお尋ねをさせていただきたいと思います。まず1つ目は、学校教育についてでありますが、小中学校教育のくだりに子ども達一人ひとりが生き生きと学び、心身ともに健やかに成長することができるよう、生きる力、確かな学力、人間性豊かな心、健やかな体を総合的に育むことが必要だとあります。続いて、このため、教職員と児童生徒をはじめ、教職員相互、学校と地域とのより一層の信頼関係の上に立った学校教育活動を推進するとともに、地域社会が一体となって学校教職員を支え、支援していく仕組みづくりを進めてまいります。とあります。教職員と児童生徒の信頼関係、これは学校においては何よりであります。これは至極当然の事ですね。そして、子ども達を指導する立場にある教職員相互が信頼関係を持っていくということ、このことも極めて大切なことだというふうに理解をいたします。さらには、地域の問題というふうになるんですけど、まず、この教職員相互の信頼関係をどうつくっていくかということで、学校長も含めて考えるというふうにするならば、私が、昨年たびたび定例会の中で取り上げましたが、校外研修の問題ですね。教育公務員特例法という法律によって、校外研修を行うことができる、あるいは、研修を常々怠らないようにしなければならないという趣旨でありますけれども、これが、本来的な承認をしない校長がいる。そういう校長と、その学校の教職員との信頼関係をどんなふうに築いていけばいいのか、ということですね。それから、査定昇給制度というのが北海道の教職員の中に取り入れられるということになって、それは全面的な導入ではありませんで、一部勤勉手当について査定を元に昇給をさせるという仕組みが入りました。この査定の仕組みの中で、これは学校長が行うわけですけれども、職員から信頼される査定というものをどういうふうに実現していくのかということですね。ここに問題があるということ、それから、これも常々申し上げておりますが、学校という職場は超過勤務が極めて日常的にあるという状況です。にもかかわらず、休憩時間が45分から60分になるという改定が行われたわけですけれども、その休憩時間の延長が、そのまま職員の拘束時間の延長になるという実態、その超勤が日常だということと併せて、これをどんなふうに理解をしてもらうかという問題ですね。校長がリーダーとしての役割をしっかりと果たし、そして、学校全体が1つのチームとして機能するようになってほしい、これはそうあるべきなんです。しかし、そのためには、今。例えば幾つか申し上げた、改善されなければならない課題がかなりあるという事です。これらをどう解決していくのか、考え方をお尋ねをいたします。それから、同じ教職員相互の信頼関係ということで、もう一つ問題を抱えているというふうに私は考えます。それは、教職員同士と- -67いうことで考えました時に、今の義務教育の学校、あるいは高等学校もそうですけれども、教職員組合が組織されております。最近の傾向として、組合から離脱者が増加する傾向があります。組織に所属しないという形の先生が段々増えてきているというのが現状です。組織率等が新聞で取り上げられるケースもございますから、これは、かなり広く知られている中身かと思います。私はそんなふうになって、組合所属があるのかないのかということの中で、果たして本音の教育議論ができるのかということが心配だというふうに感じています。この問題は、教育委員会が直接の原因をつくっているという訳ではありません。別に教育委員会が何か働きかけをしているとか、そういうことは一切ない訳であります。ただ、今の学校が、管理面の強化がどんどん進んでいくという、そういう状況の中で、教職員の権利が段々守られなくなる、そういう中で、教職員が1つの組織にまとまらないという状況になる。組合が必ずしも1つということではありませんから、複数の組合組織がある場合もありますけれども、どの組合にも所属しないという教職員が段々できてくるというのは、私は困った状態だなというふうに思いますね。チームとしての機能に期待ができなくなると、こういう自体をどんなふうにお考えになるか、もし見解があればお尋ねしたいというふうに思います。それから、2つ目として、学校と地域社会ですね、地域社会が一体となって学校教職員を支えるというくだりがございますけれども、最近の傾向の中に、意図的に対立する考え方を持ち込む父母の存在というものが心配だなというふうに感じています。従来から考えますと、学校と父母の信頼関係というのは、そんな心配するようなことではなかったわけです。しかし、変化が出てきているのかなということを考えまして、その点について、お考えがあればお尋ねをしたいというふうに思います。それから2つ目として、確かな学力の向上について述べられました。この中で、標準学力検査や全国学力・学習状況調査の結果活用をしながら、ということが述べられました。そういう方法をとりながら、学習指導の充実に取り組むということであります。私は、全国学テという言い方しますけれども、全国学テには反対ですということを、過去に議会の場でも申し上げてまいりました。問題が多々あるということで、これも、実際には、昨年の実施後などで報道されてますけれども、具体的に問題が出てきているという状況もございます。そして、美唄市独自の学力検査にも賛成ではないという考え方はあります。それは検査の結果、点数にこだわる、あるいは順位にこだわる、順位というのは全国で言えば、都道府県の順位ですね。北海道が四十何番目とかということで公表されるわけですね。それから、市町村の中で言えば、学校ごとの順位とかですね、こういうものが地域によっては、例えば、知事の指示で全部公表されていくという状況が生まれてきています。こういう、点数とか順位にこだわるなど、教育的でない圧力、あるいは教育本来ではない歪んだ関心の高まり、こういうものが学校本来の姿というものに大きく影響を与えていくということになりはしないかということが心配です。- -68要するに結果の活用が本来的なものでなくなることが心配だということです。この点はどのようにお考えになるか、お聞きをしたいわけです。併せて、美唄独自の標準学力検査ですね、これが、新年度予算案の中にも予算が組み込まれておりますから、平成22年度についても実施をするという考え方だと思いますけれども、従来から申し上げてますが、学校の配当予算が非常に足りなくて困っているという状況があるということですから、この美唄独自の標準学力検査がその予算をそれぞれの学校の裁量で使えるものにしたら、随分学校からは喜ばれるというふうに私は思うんですけれども、私は、新年度はお辞めになるというふうに実は思ってたんですね。4年間継続してきましたから、おおよその傾向は十分把握されたわけでして、その把握した問題点について対応策をこれからとられていくということだと思ったんですけども、検査そのものを続けるということなんですね。その辺含めて、この際、英断を持って、使用については学校の裁量に任せるという判断をされてはいかがかなと思うんですけども、その点の考え方はどうでしょうか。次に、豊かな心の育成についてお尋ねをします。豊かな心の育成につきましては、子ども一人ひとりが社会のルールや規範を学ぶとともに、生命の大切さや相手を思いやる心をともに支え合うことの大切さ、豊かな感性などを育むために云々と続くわけです。私は、子ども一人ひとりが社会のルールや規範を学ぶというのが、一番最初に述べられるという事の理由をお尋ねしたいということです。ルールや規範を学ぶということを否定するものではありません。これは社会で生きていくためには当然必要のことですから。ただ、子ども達は学校生活のさまざまな場面を体験しながら、その場に応じたルール、それは遊ぶ仲間であったり、学級であったり、学級内の班の活動であったりするわけですね。そういう場で体験を積み重ねながらルールを身につけていきます。ところが、この執行方針の頭から、社会のルールや規範を学ぶということで言うと、型にはめた指導をするぞという印象を受けるんですけれども、どうなのかなということですね。子ども達が毎日楽しい気持ちで登校してくる。そして、今日はどんな楽しいことがあるかなという、そういう期待感で教室へ入っていくと。1日の生活を終えて家へ帰って、1日の学校生活の中で楽しかった話題が次々と親に話されると、そういう生活の積み重ねで豊かな心というのは育つのではないかなというふうに思うものですから、この点はいかがかなということを考えます。それから、特別活動の位置づけについてお尋ねをしたいと思ったのは、先ほど申し上げた、ともに支え合うことの大切さ、豊かな感性などを育むため、自然体験やボランティア活動など、さまざまな体験的活動の充実に努めるほか、人権教育、道徳教育、教科指導、特別活動、読書活動などの充実に努めてまいります。こうありますね。今、読書活動の前に特別活動というのが出てまいりました。私は、豊かな心を育てるという部分で言うと、この特別活動の位置づけが、かなり大きなものがあるというふうに考えます。子ども達が- -69自ら学んでいくというのは、自ら学んで、いろいろなものを身につけるというのは、この特別活動の場面が多いのではないかというふうに思ってます。その内容としては、学級活動があり、生徒会活動があり、小学校でいうと児童会ですね、児童会や生徒会活動があり、そして、学校行事がある。この3つの分野が特別活動の中にあるわけです。大変幅の広いものですね。これは、大きな学校の中の活動の柱で、もう1つは、いわゆる勉強ですね、教科の学習、教科学習というのがある。これは、大きな2つの教育活動の柱だと思います。でも、国はもう一つ柱があるんですね。それは道徳です。ですから、道徳教科指導、そして特別活動と、これが3本柱ということになるんですけれども、この、今申し上げた方針の書き方で言うと、特別活動というものの位置づけがもっと重要視されるという書き方になってもいいのではないかなというふうに思ったという事です。それから、3つ目は、教師の関わり方についてです。この豊かな心の育成ということでは、子ども達の成長に教師達がどのように関わっていくかという事、これが非常に大事だというふうに思います。それには教師の側に時間的なゆとり、それから気持ちのゆとり、こういうものが大変大事だというふうに思います。教師が十分に子ども達と関わる事ができる。しかし、そのことが大事なんだが、現状の学校はこれが非常に難しくなってしまっているんですね。どこまでそれが可能なんだろうと、このことについての考え方をお聞きしたいということです。それから、次は、健やかな体の育成についてです。ここでは、こうあるべきだということを書いて、このため、新体力テスト等による課題を踏まえ、自ら進んで運動し、運動の楽しさや喜びを体得できるよう、保健体育を中心とした教科指導や、部活動指導の充実を図る云々と述べられております。この新体力テストの位置付けの問題なんですが、これは昨年抽出のテストとして初めて行われた中身ですね。これも、統計が、テスト結果が整理されて数値が出てきて、何県の子ども達はどうかというような、そういう材料として使われる事になるわけです。私は、子どもというのは、一般的に体を動かすことがとても好きで、一部例外がありますね。余り体を動かしたくないという子どももいるんですよね。教室にいて、常に席に着いて本を読む、時間があれば本を読む、そういう子もいます。でも、多くは教室の中で、あるいは廊下で、あるいはグラウンドに出て体を動かして遊ぶということは、とても好きです。時間と場所があればとにかく遊ぶ、なければ見つけ出してでも遊ぶということです。これらは、テスト結果の数値で、左右されるというようなものではないのではないかというふうに考えるんですけども、いかがでしょうか。スポーツに親しむ習慣、意欲の育成ということを言ってる訳ですね。これは、新体力テストの結果、こういうところが欠けているという判断をなされて、それで子ども達がスポーツに親しむ習慣を持つ。それから、意欲を育てるというんですね。そういうことを計画的にやるということになるんだと思うんですけれども、逆にそれが、子どもが自由に活動する時間を奪うことになるのではないかとい- -70う心配をいたします。この点はいかがでしょうか。それから、食育教育のことが書かれております。述べられました。基本である食については学校給食を生きた教材として活用し、地産地消の観点から、地元産米や無農薬、低農薬野菜などを地域と密着した新鮮な食材の積極的な活用を図り、安全・安心な手づくりによる学校給食の充実に努めるほか、美唄市食育推進計画を踏まえ、学校、家庭、地域が連携した食育の推進に努めるとあります。学校給食については、全く同じ考え方、同感です。美唄の給食は、安全で味もいいと、美味しい、これはもう評判です。広く認められております。そして、それは関係する人達が、これまで努力をして、それを支える農業者の方々の協力があったからだというふうに思います。ただ、このことがさらに食育推進計画というものについて、私は十分に承知をしてませんから、あるいは的外れの発言になるかもしれませんけれども、食生活については、本来は家庭で子ども達が身につける問題だというふうに思います。そして学校において給食指導、それから、家庭科という教科がありますね。家庭科の中で当然、日常的な食事のことについての指導があります。調理実習の時間等もあるということですね。だからこれらで十分でないかと。何かあると全部学校が引き受けるというふうな考え方は間違いではないかというふうに思うんですけども、この点はいかがでしょうか。それから、次の、信頼される魅力ある学校づくりについてです。ここで述べられておりますけども、現状ですね、この問題は各学校で、これまでも取り組まれていると思うんですね。現状の取り組みについて、どんなふうに分析をされているのかお尋ねをしたいというふうに思います。それから、開かれた学校づくりということですね。このことについて、学校が自ら情報発信に努めるほか、学校評議員や保護者、地域などから広く意見を取り入れた学校運営を進めるほか、生涯学習の場としての活用を進めるなど、地域に信頼され、支えられる開かれた学校づくりに取り組みますと、こうあるわけですね。開かれた学校づくりについて、どこまで教師に期待をされるかということです。そして、そういう期待に応える事が、教師の側にできる体制があるのかどうなのかということ、その辺の判断をどんなふうにされているのか、お聞きをしたいということ。それと、生涯学習についても、現在の学校の教師達が関わることになるのか、その事もお尋ねをしたいというふうに思います。それから、次は教職員の研修の充実ということで述べられております。直接子どもの心身の発達や、人格形成に携わる教育の専門家として、資質能力を絶えず向上させていくことが求められていると、その通りですね。このため、学校が取り組む公開研究会とか、校内研修の充実とか、活性化を図る、それから、空知教育センターにおける各種研修会や研究指定校事業の活用などにより、研修機会の充実に努めたいということで書かれてます。これにはその通りだなというふうに思います。特に空知教育センターの講座は、実際の教育活動に即した極めて必要性の高い内容を持って組み立てられておりますから、時間が許せ- -71ば積極的に参加をしていただくという、そういう事かなというふうに思います。ただ、私はこれに加えて、夏・冬休みの度々議会で申し上げております校外研修を、積極的に承認するという事が教職員の研修の充実にとっては大変有効なことではないかというふうに考えておりますので、その点についてのお考えをお聞かせいただきたいと思います。大綱2点目は、卒業式入学式のあり方についてお尋ねをいたします。その1つは、日の丸、君が代の強制についてです。その1つは、日の丸、君が代が果たした役割ですね。これは、果たしたというのか、与えられた役割といいますか、侵略戦争のシンボルとして用いられた日の丸ですね。それから、侵略した地域住民の心の支配を進める重要な役割を果たした君が代。これらの認識を持つ国民がいます。一方で、かつての日本というのは、大日本帝国憲法下の日本ですね。かつての日本を復活させたい勢力の広がりがあります。教育への意図的な攻撃の拡大というものも明らかです。それは、教科書検定にまで及んでおります。既存の教科書では任せられないという事で、新しい歴史教科書を作る会というものが、新しい歴史教科書を作って、それを教科書として使うということで、文部省の検定を受けるという、そして、検定に合格して、実際にそれが学校現場で採択をされて使われるということにまで、今なってきています。比率は非常に低いですけれども、徐々に使用範囲を広げております。これらが、学校で使われる状況になっている。私は、地方教育委員会ですね、美唄で言えば美唄市教育委員会がこういう一部の勢力に利用されるような状況になっていないかですね。地域住民への責任を果たすという立場で、これで大丈夫なんだろうかということを心配いたします。これらについての考え方をお聞かせいただきたい。2つ目は、学校での十分な議論をやってほしいということについてですけれども、卒業式、入学式の意義について、十分な校内での議論というのがなされていると思いますけども、これも、ご存じのとおり、子ども達が主人公の子ども達のための行事なんですけれども、これについての認識の差が、あるいはあるのではないかという事ですね。そのことをお尋ねしたい。3つ目としては、学習指導要領というものがあるということの意味について。学習指導要領の中に規定があるからということを、何度お尋ねをしても、最後はそこへ答弁がいきます。そこで、憲法の条文というものを、よくよくお考えいただいているのかどうかということをお尋ねしたいということですね。これは、前文から始まりまして、戦争放棄のくだりもありますし、それから日の丸、君が代に関して言えば、やはり憲法19条ですね。それから、憲法99条、これは、憲法を守っていかなければなりませんよというくだりですけども、これらについてどういう認識をお持ちなのかということをお尋ねをしたいということです。それから、2つ目は、アジア太平洋戦争の反省をどのように受けとめているかということについて考え方をお聞きしたい。過去に聞いたことがありますけれども、具体的な材料を幾つかそこに挙げてみました。- -72「かあべぇ」というのは映画ですね、山田洋二監督がつくられた映画で、昨年だったでしょうか、映画館にかかりましたのは。今年の1月の終わりにテレビで放送されました。私は、その日見られなかったので、録画して後で見たんですけども、大変、見ていて胸が苦しい思いが常に消えないという状況で見ました。既に、ほとんどが戦後世代になっている現在の私達ですね。私は、1939年生まれですから、辛うじて戦争中にひっかかっているんですよね。ただ、学校に入ったのは小学校入学が46年ですので、もう学校の指揮の内容等も変わってからの入学なんです。そういう時期の私から見て、戦争前、そして戦争が始まってからの日本の一般家庭、それを取り巻く一番身近な部分でいえば隣組ですね。それから、もう少し広く考えると、例えば警察という組織、そして、今はありません特別高等警察、いわゆる特高という警察の存在ですね。そういうものが非常に具体的にリアルに多分描かれていたんだというふうに思います。ですから、あの中でとうべぇと言われていたかあべぇの夫が、結局遺体で帰ってくるということになるいきさつ、詳しい警察の中での事柄は描かれませんでしたけれども、これを一番最後に、下の娘が、母親が病院でもうだめだという状況の中で、口に耳を寄せて聞く。そしたら、亡くなればとうべぇに会えるね、というふうに言ったのに対して、かあべぇは死んでからとおべぇになんか会いたくない。生きているとおべぇに会いたかったということを言いますね。そういう非常に強い思いを、夫が亡くなった後、二人の娘を育て上げる苦労をしたかあべぇの話ですよね。その次に、小林多喜二が書いたのは、ここ数年蟹工船が随分ブームだということを言われています。つい先日、NHKだったと思いますけども、小林多喜二が取り上げられていました。蟹工船を書くいきさつとか、それから、書いた後、厳しい弾圧を受ける、共産党に入った後、いわゆる治安維持法で引っ張られて、言わば特高警察の拷問の結果、死に至るということですね。これは小樽の人ですから、非常に存在も身近だということで、ちょっと例を挙げたんですけども、これは、かあべぇの中のとうべぇの事柄と重なって見えますね。小林多喜二とは。それから、全然話は違いますけども、全国の空襲による被害、北海道は北海道空襲というのが随分あって、2,000名までいかなかったと思いますけども、死者を出していますね。ぎりぎり45年の7月ぐらいに随分あちこち艦載機による空襲を受けた。それから室蘭は、艦砲射撃を受けていますね。それから、大きい空襲で言えば、有名なのは東京大空襲です。45年の3月10日、約10万の都民が亡くなったと、一夜でですね。しかも、被災人口で言うと100万といわれる大空襲ですね。これが全国に広がって、大都市はほとんど空襲を受けるということになったわけです。これは、国に対して、この損害を賠償すべきだという裁判を起こす人がいるようですけども、裁判所は受け付けませんね。それから、広島・長崎への原爆投下です。これは、もう1つ本当は入れなきゃならなかったんですが、沖縄戦ですね。沖縄が県全体が戦場になって、県民が全員参加した戦争ということになった、言わばほかの県に類のない体験を- -73沖縄県民はしたわけです。それはなぜか、それは沖縄は捨て石になったんですね。国体護持と言われた、天皇を中心とする国家の体制を守るために、時間稼ぎに沖縄は使われたんですね。だから最後の一兵まで戦えと、司令官は自分で先に自尽して死んでしまわけですからね。あと残された人達をどうすればいいかということですね。それに、たまたま、例えばひめゆり部隊なんていうのは有名ですけれども、あの年齢の人達は全員戦場に駆り出されたわけです。広島や長崎への原爆投下がポツダム宣言受託の直接の要因になりましたね。これがなければ、いわゆる本土決戦に入り込んでいたかもしれない。これは広島・長崎の大きな犠牲の上に敗戦というのを日本が迎えることになるわけですね、その後と。そして、敗戦になって、連合国側の占領を受けて、その中で連合国側の指示で新しい日本国憲法というのが生まれてきたと。憲法の位置づけというのが非常に大きな意味を持つわけですね。戦後64年経つ日本が、日本の軍隊がただの一人も殺すということをしないできたというのは、日本国憲法が大きな意味を持っていると私は思ってます。これらアジア太平洋戦争の反省というのを、どんなふうに受け止められるか、現在の卒業式の、今目前に迫った卒業式、そして4月の入学式のあり方との関わりの中でですね、どんなふうに受け止めておられるのかいうことをお尋ねしたい。

答弁 教育長 板東知文(教育長は2010年3月まで)

米田議員のご質問にお答えします。初めに、学校教育での信頼関係についてでありますが、教育は、人間的な信頼関係の上に立って初めて成り立つものであり、学校教育においては、子どもと教職員の信頼関係を基本に、これを支える教職員相互、さらには学校と保護者、地域との信頼関係があらゆる教育活動の基盤になると考えております。このため、校長は学校の教育目標の実現に向けて、個々の教師が持つ優れた資質能力や課題を常に的確に把握し、教職員を意欲付け、励ますなど日ごろから教職員との信頼関係の構築に努めると共に、指導上の悩みや指導方法などについて、効果的な指導助言や支援を行うなど、十分話し合いの関係づくりを進めることが必要であると考えております。また、学校と地域との信頼関係を深めるためには、保護者や地域の人々が学校に意見を言いやすい雰囲気づくりや関係づくりについて、日常的に配慮する必要があるほか、学校の自主性・自立性を確保するため、より積極的に学校開放や事業開放などに取り組むと共に、学校だよりなどにより、家庭や地域社会との情報の交流を行い、それを学校運営に生かしていくことが必要であると考えております。学校教育での信頼関係づくりについては、学校現場における教職員の努力により、着実に進んでいるものと認識しており、今後とも努力してまいりたいと考えております。次に、確かな学力の向上についてでありますが、標準学力検査については、平成18年度から4カ年実施しておりますが、今年度においても学校現場の意向を踏まえ、児童・生徒の一人ひとりの学習への理解度や定着度を把握し、学習指導の改善・充実を図る上で必要であるとの考えから、継続実施することと- -74しております。また、全国学力学習状況調査については、これまで3回の調査結果を踏まえ、各学校においては、子どもの学力学習の状況や、その課題について把握し、学校改善プランが作成され、学力向上に向けた取り組みが進められているところであります。平成22年度においては、国が抽出調査をしたところでありますが、北海道教育委員会がこの調査を活用して、学校改善に取り組む学校を支援するため、抽出校以外の希望利用校の採点・集計を一括して行うことにしていることから、これを活用し、全ての小中学校で引き続き調査に取り組むこととしております。次に、豊な心の育成についてでありますが、社会のルールや規範を学ぶことは、命の大切さや相手を思いやる心、ともに支え合うことの大切さ、豊かな感性を育むことと同時に、人間性豊な心を育成する上で大切なことであると考えております。また、特別活動につきましては、学級活動、児童会・生徒会活動、クラブ活動、学校行事の集団活動を通じて、他者との関わりの中で個性を伸長し、集団や社会の一員として、よりよい生活や人間環境を築こうとする自主的・実践的な態度を育むなど、豊かな心の育成においても大きく関わるものと認識しているところであります。学校現場においては、教職員が多忙化している状況にあると認識しているところでございます。このため、教員の子どもに向き合う時間の確保については、教育の情報化として、教師一人1パソコンの配備や、校内LANの整備など、教育環境整備に取り組んだほか、学校現場における定時退勤日の設定など、各学校で対応可能な取り組みを進めてきたところであります。また、学校や教職員を支える地域社会や家庭の教育力の向上にも取り組んでまいります。なお、教職員多忙化の抜本的改善のためには、各学校や地域の取り組みのほかに、学校教育の担い手である教職員の定数等の充実・改善が必要であると考えており、今後とも全国都市教育長会議等を通じ、国や道に対して要望をしてまいりたいと考えております。次に、健やかな体の育成についてでありますが、新体力テストにつきましては、子ども一人ひとりに応じた、望ましい運動習慣等を育むため、子どもの体力の現状と課題を把握するための手段の1つと考えており、その結果を踏まえ、保健体育を中心とした教科指導の工夫改善に努めるなど、運動に親しみ、身体を動かすことの楽しさや魅力を感じられるような指導に努めてまいりたいと考えております。平成12年度の全国体力、運動能力、運動習慣等調査は、国において抽出調査とした事から、抽出校以外についても新体力テストを実施し、体育科等の指導改善に生かしてまいりたいと考えております。次に、食育についてでありますが、現在の日本社会での食生活においては、食を通じた自らの健康管理や、地域の環境、生産の状況を考えた食材の選択に関して課題があり、加工食品や外食、給食、個食に依存する中で、多忙な働き方やさまざまな事情から、子どもの食に心を配れない保護者がいることも事実であります。- -75また、食育が求められるような時代的背景であるからこそ、栄養バランスのよい学校給食が子ども達の命綱の1つになっている側面も現実であります。このような家庭や地域の食文化、食習慣が失われ、食と農業や環境との関係性が失われる中で、子どもの頃に五感を通して食の大切さと生きる力を学ぶことこそ必要であり、教育として対応すべき課題の1つであると考えております。このため、子どもに望ましい食習慣の形成や、食に関する理解を身につけさせるためには、食育推進計画を踏まえ、学校・家庭・地域社会の連携により、食に関する指導の充実を図ることが必要であり、小学校農業体験学習を通じて、子ども達の食を通じた、生きる力を育んでまいりたいと考えております。また、取り組みに当たりましては、各教科との関連を図りながら、総合的な学習の時間を中心に、これまでの食と農業に関する各学校の経過等を踏まえ、実施可能な学校から着実に進めてまいりたいと考えております。次に、信頼される魅力ある学校づくりについてでありますが、学校においては、保護者や地域の方々に学校を理解していただくため、学校だよりの地域配布や、地域の方々にも授業参観日を設定すると共に、家庭や地域との情報交流を行い、それを適切に学校運営に生かすなど、学校と保護者・地域が共に力を合わせ取り組んでいるところでございます。また、開かれた学校づくりについては、保護者や地域の方々の信頼と期待に応える公教育として必要なことと考えており、また、学校や教職員を支える地域社会や家庭の教育力を生かす上でも大切なことであると考えております。今後とも、取り組みに当たりましては、学校現場の状況や教職員の意向を十分踏まえながら、地域における生涯学習の場として、学校体育施設の開放事業や、図書館等を活用した子どもの居場所づくりなどについて、学校支援地域本部事業による、地域の方々の支援の輪を広げながら進めてまいりたいと考えております。次に、教職員の研修の充実ついてでありますが、児童生徒の指導に携わる教職員は、専門職として自ら資質向上を図ることが必要であります。このため、長期休業期間中における研修については、公務に支障がない限り、校長の承認を受けて研修を行うことができるものであり、他の研修と同様に、その活用が図られるべきものであると考えております。次に、国旗・国歌の実施についてでありますが、国際化が進む社会に生きる児童生徒にとりましては、自国とともに他国を理解し、敬意を表する心情を育むことは大切なことであると考えております。このため、公教育においては、学習指導要領に基づき、国旗・国家を適正に指導することが必要であり、広く国民にも日本の象徴として認知されているものと理解しているところでございます。次に、卒業式、入学式の意義につきましては、卒業式が卒業生の巣立ちに際して、これまでの学業に努めた成果を認め、これからの前途を祝福する場であり、また、入学式が新入生に、これからの学校生活に希望を持たせる場であると考えております。これらの学校行事は、児童生徒はもとより、- -76教職員、保護者、地域の皆さんにとって、人生の大きな節目として思い出に残るものであり、その目的や意義を踏まえて、適切に実施することが重要であると考えております。次に、学習指導要領につきましては、学校教育法施行規則に基づき、学校行事のうち、儀式的行事について、学校生活に有意義な変化や折り目をつけ、厳粛で清新な気分を味わい、新しい生活の展開への動機づけとなるよう、活動を行うこととして、入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに国歌を斉唱するよう指導するものとするものと定められております。学習指導要領は、各教科の目標・内容について大綱的基準を定め、法律の定める教育の実現を図り、教育の機会均等と学校教育の水準を維持するために公示されており、このことから、公教育においては、国旗・国家を適正に指導することが必要であると認識しているところでございます。次に、さきの戦争についてでありますが、日本憲法の前文において、「政府の行為によって、再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、この憲法を確定する。日本国民は、恒久の平和を念願し、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」とあります。憲法は日本国民が全力を挙げて達成すべき崇高な理想と目的であり、かつ最高法規であって、その上位に関する法律・命令・詔勅及び国務に関するその他の行為の全部、または一部は、その効力を有しないとしているところであります。また、公務員は全体の奉仕者であり、一部の奉仕者ではないとされ、憲法を尊重し守りきるものとされております。この憲法の精神は、教育行政を執行する上で基本にするべきものであると認識しているところでございます。なお、歴史認識につきましては、さきの戦争において、数多くの教訓が、あの時代に詰まっているものと認識しており、現在と過去との間の尽きることのない対話を通じて、これを検証するのはまさしく私達の責任であると考えております。

再質問 8番 米田良克

多くについて再質問させていただきます。先ほど質問を申し上げましたけれども、最初の信頼関係の問題ですね。これについては、いくつか問題点があるということを申し上げました。これらについて、具体的な課題について、どんなふうにお考えになるのか、教育委員会として校長を指導されるのか、その辺を含めてもう一度答弁をお願いしたいと思います。それから、信頼関係の問題で、PTAのことをちょっと申し上げましたけれども、例えば、意図的に対立する問題を持ち込むという父母の存在などがあって、という事を申し上げたんですけども、例えば、そういうことが起きた時に、私は先ほど答弁された、信頼関係を構築するということで、いろいろな取り組みがなされていて効果を上げているということについて、特に異を唱えるものではありません。ただ、難しい問題が持ち込まれるということも、これもないわけではないことですね。そういう時に学校長の果たす役割が非- -77常に大きいなということを思います。その辺をしっかり対応できると、そして、学校でやられていることでの理解を求める、あるいはきっちり説明していくと、そういう意味で校長の果たす役割が大きいなというふうに思いますけれども、その点でいかがでしょうか。学力の向上についての所で、標準学力検査については、4年間実施したが学校現場の意向を踏まえ継続実施するということにした、というふうにあります。これは、個々の学校の意向が尊重されるという形になった結果なのかどうか、その事をお尋ねしたいと思います。それから、今朝の新聞で、全国学テの問題が大きく取り上げられていました。抽出30%でやるというのが国の考え方だと。しかし、希望するところにはやっていただきますよということで、北海道の場合は、道教委が採点・集計等を全部、希望校については引き受けますということだというふうに書いてありますね。多くの地域が非抽出校についても参加するという意向だということも報道されておりました。市内の学校の意向が尊重されるということになったんだろうかどうかということを、併せてお尋ねをしたいということです。それから、さっきちょっと学校配当予算のことを申し上げましたけれども、学校配当予算の改善について、何かお考えになっておられることがあればお聞きをしたい。細かいことは聞く気はありません。細かくは予算委員会でというふうに思っています。それから、豊かな心の育成についてでありますけれども、生命の大切さや相手を思いやる心を共に支えあうことの大切さ、豊かな感性を育むことという、これらと同様に社会のルールや規範を学ぶ事が大事だということを答弁されたんですけれども、生命の大切さ以下、これらの中身が身につくようになっていけば、社会のルールもおのずと自分のものになるのかなというふうにも、そういう考え方もあるということなんですね。私はそういう立場で考えたいと思っております。どうしても最初から、ルール・規範という言葉が出てくるということについては、かなり気持ちの上で抵抗感があるということですね。国の求めるような型の子どもに育て上げたいという思いが、そういうところに表れてなければいいんですけれども、そういう心配をします。それから、特別活動について、心の育成において大きく関わるものだという考え方は全く同じ考え方だというふうに思います。その方針の中の後段の部分で、また、いじめ、不登校、問題行動については早期発見・早期対応というふうに、児童生徒一人ひとりの特性と日常の変化を的確にとらえる教育相談機能の充実を図るほか、スクールカウンセラーなどの活用をはじめ、関係機関や家庭との連携を図りながら、指導体制の充実に努めたいとあります。私はもちろん、いろいろ具体的に、いじめに始まって、いろいろな問題を現在の学校が抱えているということを承知しております。ですから、そのための対応策を取っていくということ、これも必要だし、やむを得ない部分もあるということを理解はいたします。ただ、先ほど申し上げましたように、幅広い特別活動の部分で、これがきっちり、子ども達と、学級で言えば学級担任、児童会と- -78か生徒会ということになると、児童会とか生徒会を指導する教師ですね。行事ということになると、これは入学式から卒業式まで、たくさんの行事がそこでは組み立てられるわけでありまして、多くの子ども達がそれぞれの役割を果たしながら、学校をつくりあげるというそういうその気持ちで参加していくわけですね。そういうもの、特別活動の広い分野の指導というものがうまくかみ合って、学校の考え方と子ども達の考え方がうまくかみ合って指導が進化していくということになれば、私はいろいろ心配されるような問題というのは随分減るのではないかという考え方をしております。ただ、そのためには、先ほども申し上げましたように、教師の側に時間や気持ちのゆとりがあって、しっかりその子ども達の指導にあたるということが必須ですね。それを欠かしては十分な指導にはならないわけですから、そういう部分をよくよく考えていただくということで、対応策を万全にしておくのにこしたことはないんですけども、そういう事を並べなければならない現在の状況というのは、これは必ずしも本来の姿ではないなという感じを持っているということはちょっと申し上げたかったんですね。それから、多忙感の対応策ということで今答弁ありましたけれども、パソコンの活用等、それから校内LANの整備ということで、いわば連絡調整の方法として、事務の電子化といいますか、そういうものを進めるということが、少しでも効率よく仕事をするという、学校の中での仕事を効率よくするという意味で効果があるかもしれません。しかし、本来は決定的な多忙化の状況を打開するという方策とは私は違うと思うんですね。定時退勤日設定というようなことも、これまで学校によって随分扱いに差があるようです。それはやはり学校長の意識の問題ですね。本当に超勤の日常状態を解消したいという考え方を持って教師達と共に、どう学校の中の改善を図るかというような努力をされるのか、されないのか。その辺がやっぱり違いになって出てくるのではないかなというふうに思います。これは、先程、定数改善といわば国の制度としての改善策に努力されるということですから、それは大いにぜひお願いをしたいと思いますけれども、現状の改善に向けては、私は学校長を含めた一層の努力を求めたいというふうに思います。校長の役割が大きいということを改めて申し上げて、お考えがあればお聞きをしたいというふうに思います。それから、体力テストついては、私は、全国テストをやって、何でもデータを出して比較してということに必ずしも賛成ではありません。あまり好きじゃない、それは好みの問題ですから。ですから、さっき申し上げたように、やっぱりもっと子ども達がゆとりを持って学校生活をする、楽しむ時間がたくさんあるという事が、むしろ大事なんではないのかなということなんですね。その抽出校以外にもテストを実施しますということですから、これは、各学校の意向というのは尊重されるものでしょうか。どうなんでしょうか。そのことをお聞きしたいと思います。食育の位置づけについては、私自身まだ十分に理解をしてません。ですから、これ以上、とやかくいう資格はありませんが、ただ、社会や地域の問題が起きれば、何でも学校が引- -79き受けるという考え方には必ずしも賛成できない。それは、今の学校の現状を見たら、何でも引き受けられるような状態ではないという事を思うからです。昨年から、栄養教諭の配置が始まりましたね。これが、聞くところによれば、本来の期待したような活動になっていないということをお聞きします。なかなか、その職に当たっている人達にとっても厳しい条件のようにお聞きをします。さっき申し上げたような、何でも学校が引き受けるというふうにならない範囲でやられるということがいいのではないか、ということを改めて申し上げたいということです。それから、信頼される、魅力ある学校づくりのところでは、開かれた学校づくり等に取り組むということですけれども、これらの取り組みに当たっては、学校現場の状況や教職員の意向を十分踏まえながら取り組んでいきたいという答弁をされました。これが、教育長の言葉だけではない、実際にその通りやりますよという事を念を押したいんですけれども、いかがでしょうか。そして、生涯学習の場ということと教師との関わり、この件については、どんなふうにお考えでしょうか。それから、研修の問題、校外研修を行うことができるものであり、その活用が図られるべきだということ、これは、毎度申し上げていますけども、実態は学校差が非常に大きいと教育長が答弁されれば、こういう答弁になるのかもしれませんけれども、実態はこうじゃない。具体的な、実施できるような改善策を、どんなふうにお考えなるかという事をお聞きをしたいということです。それから2つ目の、卒業式、入学式のあり方の問題ですが、認識の差の問題については、やはりなかなかかみ合わないというふうに思います。広く国民にも日本の象徴として認識されていると理解しますということを、私、日の丸については、これが国旗だという認識はかなり広く深く行き渡っているなと思うんですよ。君が代も最近違ってきているかもしれませんね。ふた昔前だと大相撲の歌だとかと言う、そういう答えが出たという時期がありました。千秋楽の日に歌うということで、今は違ってきているかなというふうに思うんですけども、やはり、君が代というのは、曲の調子とか、歌詞の中身とか、これらが必ずしも親しめる中身というものではないと。日の丸は非常にわかりやすい旗ですよ、単純で。ただ、そのことが、バンクーバーオリンピック終わりましたけれども、現地に応援に行っている方々も、いろんな場面で大小の日の丸を振って、一生懸命顔に書いたりしながら応援をしていました。それからサッカーの試合であるとかよく言われますけども、そういう場面での認識というのはあると思います、間違いないですよね。日本の旗だという認識を持っている、国の代表選手を活動する場面で、応援するのに日の丸を振るということに全く抵抗はない、むしろ積極的に振って応援したいという気持ちを持つ人達がどんどん増えていっているというのも現実かなと思います。ただ、君が代はなかなかそうはいかないという部分があるんですね。ただ、私がさっき申し上げた侵略戦争のシンボルとして使われたという、日の丸とか君が代というもの、日の丸は分かりやすいですよ。軍隊が侵略してい- -80くときに、その先頭に立つわけですから、極めて見えやすい、ただ、君が代は植民地化した地域について、学校で学ばせるということをして、子ども達に歌わせるということをしたわけです。そういう使い方をした。宮城遥拝を日課とする、はるか海の彼方の日本の天皇の住まいである宮城に向かってお参りをする、おじぎをする。そういうことをいろいろ出先の機関の学校で日常の活動として子ども達にやらせたわけですよね。朝鮮半島では、創氏改名といって、名前まで全部日本式に変えさせられると、朝鮮語を使わせないとか、そういう教育を強制したわけでしょう。そういう歴史の中で果たしてきた役割というものを、まだ、国民の中には認識している人達がいますよということなんです。そういう認識の差というものがまだまだきっちりあると。指導要領にあるんだからご起立願いますと言ったらさっと立つと、曲がかかればみんなが歌うという。そういう気分ではないと、あの曲は聞きたくないという思いの人達もいるわけです。だから、そういうものを認める場ではないですか。とりわけ学校というのは、子どもがどんどん育っていく場ですよ、そして、いわば一人前の日本人として育っていく、それは学校で全部出来上がりません。ですけれども、学校教育の果たす役割は大きいわけです。だから、その時に言いますよね、個性豊かにとか、個性豊かな子どもに育ってほしいと。明るく元気にとか。明るく元気にというのは、子どもは余り悩みはないですよね。そうは言い切れないな、最近、小さい子どもは結構悩むことがあるようですから。でも大人よりはない。だから、パっと頭から飛べば明るく楽しく出来るという部分ですよ。ただ、いじめに合うとかとなれば話しは別です。だから、個性豊かに子どもを育てたいと思ったら、多様な考え方というものを認める立場をとらなければ、学校がね。ダメだと思うんですよ。ですから、学校の先生も君が代を歌いたくないという人がいたら、その存在を認めるという立場を、お互い認め合っていくということですよね。別に喧嘩するわけじゃないんだから。そういう考え方が学校の中でなされていかなければ、幅広い考え方をもった子どもが育っていかないということを私は言いたい。だから、卒業式や入学式は、さっき教育長が答弁された、こういう場だと、ほとんど異議ありません。しかし、国旗や国家を指導・徹底する場ではないと思うんですよ。そういう位置づけではないと思うんですね。それと、学習指導要領で言えば、大綱的基準の問題、何度も繰り返していますから何度も言いませんけれども、具体的な旗の掲げ方とか、歌の歌い方までが大綱的基準とは思えないんですね。それは幅のあるものであっていいというふうに思います。 強制の問題で言えば、1999年に国旗国歌法が国会で審議された時に、繰り返し言いますけど、政府答弁でも文部省答弁でも、従来の指導の変化はない、強制するものではない。内心に立ち入って強制するものでありませんということを繰り返し国会で述べてるわけですよ。ところが、現実は国旗国歌法が通った途端に、学校教育の現場では強力な強制が始まったわけでしょう。それが今日に続いて、もう北海道だってやっぱりそれは強制するものではないという事を、教師達が述べている地域がどのぐらいあるの- -81かと私はよくわかりません。それはもう随分地域的には小さくなってるのかもしれない。しかし、本来あるべき学校の姿というものを考えたときに、しかも、先ほど教育長が答弁された日本国憲法のものの考え方、それは大きな犠牲の上に、大きな犠牲ということは日本人だけでないですよ、アジアでは2,000万の人の命が奪われているんですからね。大きな犠牲の上にでき上がった、世界が見本とすべき憲法なわけです。そういうものをしっかり守っていこうという考え方に立つならば、私は学校でも多様な判断というものが当然、認められるべきだというふうに考えるわけですね。その辺をお聞きをしたいなというふうに思います。あとですね、2つ目の、アジア太平洋戦争の教訓の問題なんですけども、憲法19条の考え方も、その学習指導要領の前には憲法19条もかすむぞという考え方をされてる訳ではないと思うんですよ。やはり憲法が全てに優先するという考え方ですから、しかし、公務員たるものはという考え方になるんだと思うんです。しかし、公務員に憲法99条でいう憲法を擁護する、擁護しなさいということを99条は言っているわけですね。憲法19条をしっかり守ると、どの人にも当てはめて守っていくという義務が公務員にはあるよと、一番あるんだよあなた方には、ということを99条は言っているわけでしょう。そこの考え方をしっかり見てほしい、考えてほしいということですね。今回、何年か前に買った本で改めて見たんですけども、本屋は岩波ですが、「あの戦争を伝えたい」という本があります。これはどこが出したかというと、東京新聞の社会部です。東京新聞が2005年に、ずっと直接取材をして、それを整理して1冊の本にしたと、新聞に毎日載せたものです。載せたものを改めて本にまとめたんですね。たくさんの事柄を取り扱ってます。ただ、初めにありますけども、こういう基本だと言うんです。無名の庶民の戦争を伝えたいと、それから一人ひとりの記者が、戦争体験者の記憶を自分の心に刻み込む決意で取材をしようということですね。そして、最後は取材現場を、実際に取材した人の記憶の中にある現場を確認しようと、そういう視点で記事を書いたという事なんですよね。さっき言いました東京大空襲から始まりますけども、今回、この本を読んで初めてわかったのは、山の手空襲というのがあったんですね。東京大空襲は下町です。ところが、あの時は、一夜で10万の人が命を失ったわけですけれども、山の手空襲というのは、その山の手と呼ばれる地域がその後、4月、5月とわたって、数次に渡って大空襲を受けたと。落とされた焼夷弾の量で言うと、3月10日の空襲の3倍以上だそうです。死者の数は4,000ぐらいなんです。そんなに死んでいないんですね。そういう空襲があるということを知りました。それから、キリスト教徒の弾圧が具体的に取り上げられております。それは治安維持法違反ということで、特に牧師さんなんかが厳しい弾圧を受けたという事が、具体的な記事になってますね。タイトルが「「スパイの子」に耐え」という、それは牧師さんだったお父さんが逮捕された後、子どもがお前はスパイの子だと呼ばれ、非国民だとそういう仲間から厳しい攻撃を受けたとい- -82う話があります。中には、命を失うまでになったというケースもあるということが書かれています。学ばなければならない事柄は、まだまだ私達にはたくさんあるということを改めて感じました。ですから、改めて先程考えをお聞きしましたから、これから学び、検証するのが私達の責任だということを教育長おっしゃったから、それ以上の答弁を求めるつもりはありませんけれども、私は、まだまだ私達には学んでいかなければならない、私なんか残り時間が少ないなということを自覚するものだから、さて何が残せるかという事をかなり考えます。そのときに、やはりあの戦争のことをやっぱりしっかり伝えていかなかったら、これは大変だなということをつくづく感じてるものですから、そのことをちょっとしつこく申し上げたと、まとめてお考えがあればお聞きをしたいと。

答弁 教育長 板東知文(教育長は2010年3月まで)

米田議員のご質問にお答えいたします。初めに、学校教育の信頼関係でございますが、教特法は、その職務を遂行するため、絶えず研修と修養に努めなければならないとされていることから、長期休業期間中に校外研修の機会として、有効に活用するよう校長会議等を通じて、さらに職員の研修や信頼関係づくりに努めて参りたいと考えております。職員手当に関わる評定・判定については、北海道教育委員会が定めた、市町村立学校職員の勤勉手当に関わる取り扱い要綱に基づき、公平公正な評定・判定を行っているものと考えております。休息時間の趣旨は、勤務時間の途中に休息を与えて、職員の精神的・肉体的疲労を回復させ、勤務能率の推進や不注意による災害の予防に資することであり、その適切な確保を努めることが必要であると考えております。また、父母などとの信頼関係を深めるためには、校長は子ども達のよりよい教育環境を整えることを基本に、保護者、地域などから広く意見を取り入れた、学校運営をより一層進めることが必要であると考えております。次に、確かな学力の向上についてでありますが、学力検査及び全国学力学習状況調査につきましては、学習指導の改善充実を図る上で必要であるとの考えから継続実施するもので、学校現場の意向は、学校長を通じて把握しているところでございます。なお、学校配当予算につきましては、今後ともその充実に努めてまいりたいと考えております。次に、豊かな心の育成についてでありますが、人間性豊かな心を育成する上で、社会道徳や規範を学ぶことは、命の大切や相手を思いやる心、共に支えることの大切さ、豊かな感性を育むと同様に大切なことだと考えております。また、特別活動による豊かな心や自主的・実践的な態度の育成が学校が抱える子ども達の問題に対しても大きな役割といいますか、かかわりを持つものと考えており、さまざまな活動を通じて、より多くの人との関係づくりを行っていくことが大切であると考えております。学校現場における多忙化につきましては、業務の効率性に向けた環境の整備に引き続き努めていくと共に、時間外縮減に向けた定時- -83退勤日の設定など、学校長を通して各学校として対応可能な取り組みの推進に一層努めてまいりたいと考えております。次に、健やかな体の育成についてでありますが、新体力テストにつきましては、子ども一人ひとりに応じた、望ましい運動習慣等を育むため、子どもの体力の現状と課題を把握する手段の1つと考えており、その結果を踏まえ、保健体育を中心とした教科指導の工夫改善に努めてまいりたいと考えております。また、栄養教諭の職務につきましては、学校給食の献立・運営管理などを行い、その上で学校の食に関する全体計画策定を指導し、食育に関する事業に関わり、個別指導し、さらに地域コーディネーター的役割も課されているのが現状でございます。しかしながら、学校への義務的配置が行われていないなど、課題があることから、今後ともその適正配置について、国・道に対して強く要望してまいりたいと考えております。また、開かれた学校づくりを進めるに当たり、学校現場の状況は、教職員の意向を踏まえながら、今後とも取り組んでまいりたいというふうに考えております。次に、教職員の研修についてでありますが、教職員は絶えず研修と修養に努めることが求められていることから、校外研修に積極的に取り組むよう、校長として職員に指導することが必要と考えており、今後とも校長会や学校訪問等、あらゆる機会を通じて、さらに職員の研修の推進や、信頼関係づくりに努めてまいりたいと考えております。次に、国旗・国歌の実施についてでありますが、いわゆる近代国家の成り立ちにおいて、その象徴としての国旗・国歌につきましては、その歴史的経過からして、国民の愛着と反感など、様々な国民感情が伴いながら蓄積され、今日に至っているものと認識しております。先程申し上げました、日本国憲法の精神の元で、国旗・国歌が法制度化され、今日に至っているものであり、広く国民にも国の象徴として認識されているものと理解しているところであります。次に、卒業式、入学式につきましては、その目的を踏まえて適正に実施することが重要であると考えているところであります。次に、卒業式、入学式における国旗・国歌の取り扱いにつきましては、公教育として学習指導要領に基づき、適正に指導することが必要であると認識しているところでございます。なお、学習指導要領につきましては、いわゆる憲法を最高法規とする一定の法体系の中で位置づけられているものと考えており、そこの判断は憲法に基づく最高裁判所で違憲性が審査されるものであると認識しているところでございます。

再質問 8番 米田良克

学校長に関わる問題がいくつもあるわけですけれども、これらについては、通り一遍の指導ではなく、やはり実態的に効果が出るという、そういう意味合いでの具体的な指導といいますか、どこまでやれるか、おやりになれるかわかりませんけれども、そういうものが欲しいなと、私は強く感じています。結局、さじ加減という、そういうもので随分違うという状況があります。これは、ぜひ、そのことをお考えいただくと。- -84とりわけ先程、要綱をちょっと教育長が述べられましたけども、勤勉手当に関わる評定・判定、これは、職場の人達みんなが納得いく評定・判定がなされている学校では何の問題もない。ところが、明らかに判定者の不純な意図が入っている。不純というのは純粋じゃないということですね、それが見え見えになったという学校では、職員室の空気の色が変わるぐらい空気が一変したということですよ。何だこれはと。そういうことをやれるというのか、やる人というか、これは、私は、本来校長には適さないというふうに思うんですけれども、職員を公平に扱えないというような人間は、上に立つべきではないというふうに思います。それぐらい学校のチームワークに障害になっているということがあるそうです。だから、そういう点はやはり現実の大きなギャップというものについて、十分、学校が機能してほしいというふうに考えるんであれば、そういうところの改善が具体的になされる必要があると思うんです。この辺、答えづらい質問かもしれませんけれども、学校のあるべき姿というものを求める教育委員会としては、やはりきっちり考えていただく必要があるのではないかなというふうに思います。休憩時間の問題は、建前で答弁されても役には立たないというふうに思います。やはり実態に即してお考えをいただく必要があると思います。それから、学力検査で学校現場の意見は校長として把握しているということなんですけれども、それは当然そうなんですね。そういう仕組みですから。しかし、学校としての議論が土台にあるのかということを、大丈夫なのかなということを考えます。ぜひ、その辺をもしお答えいただけるんであれば、いただきたいということです。多忙化問題もよろしくお願いします。研修の問題は、ぜひ、学校長の意識改革というものをお願いしなければならんなというふうに思います。それから卒業式、入学式の問題で、最後に述べられました、学習指導要領というのは、憲法を最高法規とする一定の法体系の中に位置づけられている、判断は最高裁判所の判断だということで、例えばですよ、卒業式でピアノを弾かないという事を言って、処分を受けた先生が訴えて、この裁判は最高裁までいきました。だけども、訴えた人は負けですね。要するに自分が弾きたくないというふうに思っても、言われたら弾けというのが最高裁の判断です。ほかにもあります。私は、今の最高裁は思想良心の自由という憲法19条を守るという視点で、最高裁は失格ですよ。私が判事なら絶対そういう判断はしない、私は判事になれませんけれどね。本当に国民一人ひとりの心情というものを大事にするという判断を裁判所が今しないんですよ。これは、長い間の、今ちょっと政権変わったけれども、自民党政権下での最高裁判事の選出、あれは政府が選びますから、だから、それによって日本の裁判制度というのは、いわば自ら命を落とそうとしてるんですよ。本来のあるべき姿ではない。しかし、そうは言っても不当な処分を受けたら、それは裁判所を頼って訴えるしかない、その方法しかありませんからね。だけども、今の最高裁判所は頼りにならない、こういう現実に国民が置かれてるわけです。- -85でも、それでも繰り返し訴えるということをやっていくことによって、そのうちに裁判所も目が開かれるかもしれないとか、下級裁判所が新しい判断を出すのではないかとか、そういう期待を裁判所につなぎながら、何とかかんとか頑張っているわけですよ。それを初めから、どうせ最高裁までいっても駄目なんだからと言って、唯々諾々としてですよ、自分の気持ちに反する事柄を教育の現場で教師が行っていったら、日本の学校は破滅ですよ。そういう事にならないために、私は美唄市教育委員会が判断をして、学習指導要領にはこうあるけれども、これは強制ではないということを学校に明らかにして、十分協議して卒業式、入学式をやってくれと。希望としては君が代をやってもらいたい、というぐらいの判断を示されてもいいのではないかというふうに思いますけれども、いかがでしょうか。

答弁 教育長 板東知文(教育長は2010年3月まで)

米田議員のご質問にお答えします。初めに、学校教育の信頼関係についてでありますが、今後とも校長会議や学校訪問等、あらゆる機会を通じて長期休業中の校外研修の適正な実施や、信頼関係づくりに一層努めてまいりたいと考えております。また、勤勉手当につきましても、道教委の要綱に基づき、今後とも公平・公正・適正な判定を行ってまいりたいと考えております。次に、休憩時間につきましても、学校の組織体制の見直しや会議の効率化、一斉退勤日の拡大など、さまざまな面から取り組み、その確保に努めてまいりたいと考えております。次に、確かな学力の向上についてでありますが、学校現場の意向につきましては、基本的には学校長を通じ、学校の意向というものを把握しているところでございます。なお、私としましては、やはり先生の授業が、先生にとりまして授業が基本だというふうに考えているところから、1年かけて市内の全教員の授業を10分か15分くらいですけれども、全教員の授業を見させていただいていたところでございます。非常に子ども達は一生懸命に頑張ってございますし、その前提として、美唄の教職員は非常によく頑張ってるというふうに考えてございますし、地域の協力体制も、いろんな面から学校を支えるような取り組みが一生懸命やられている。いろんな面で美唄の子ども達も、さまざまな面での活動が、大会だけではございませんけれども、いろんな形ですばらしい活躍をしている、そんな実績もございますし、そういう面で、学校現場を基本として物事を組み立てていくと、少なくとも学校現場に起こってる事を、それぞれぞれ立場は違っても、共通認識に立って、その課題解決に向けて取り組んでいくと。そういう気持ちで進めてまいりたいというふうに考えているところでございます。次に、教職員の研修についてでありますが、今後とも、教特法ですか、その趣旨を踏まえながら、長期休暇中の校外研修が適切に実施されるよう、あらゆる機会を通じて、一層努力してまいりたいというふうに考えております。最後に、国旗・国歌についてでございますけれども、国旗・国家につきましては、国の象徴としてあるわけでございますけども、それに対する国民感情といったものは、さまざ- -86まにあるというのは、これは現実だというふうに考えてございます。もちろんその背景には、先ほど申し上げました、歴史的な認識をされるような考え方があるというのも事実でございます。そういった中で、卒業式、入学式における国旗・国家の取り扱いについてでございますけども、基本的には現在の日本社会では一定程度、持つ意味について、国民に広く認識されていった前提があり、国民的コンセンサスを得てるという前提の元に、さまざまな意見がありつつもですね、そういった中でですね、適正に実施することが必要であるというふうに考えているところでございます。

出典:美唄市議会 平成22年第1回定例会 2010年3月5日 議事録 PDF(33ページ) 間違いを知らせる