みんなの議会

厚岸町議会 平成15年第2回定例会 2003年6月24日

(1)防災対策について/(2)道道の整備について

2003年6月24日、厚岸町議会の一般質問で、中川孝之議員が「防災対策について」「道道の整備について」について質問し、町長、総務課長、水産課長、建設課長が答弁しました。

質問者
中川孝之 議員
答弁者
町長、総務課長、水産課長、建設課長

議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。

議員が最初の質問で述べた件名は 2 件あります。1回の登壇で続けて質問しており、議事録の中に件名ごとの区切りが無いため、1件の中に並べています。件名は議員の発言から取ったものです。

質問 5番

おはようございます。私は今定例会に当たりまして、先般通告をしておりました2点につきまして、町長にご質問させていただきます。第1点でございますが、防災対策についてでございます。当町では、災害時に使用します毛布やら、それから食料品ですね,乾パン等を備蓄しているのかということでございます。それから、奔渡町、梅香町から御供山に避難する避難道路がないわけでございますが、これを数カ所避難道をつくられたらどうか。それから、湾月町地域と若竹1、2丁目の避難場所が厚岸少年自然の家になっているわけでございますが、若竹町につきましては、御供山等に変える考えはないかということでございます。それから、湾月町にあります、バラサン岬のところにあるわけでございますが、大型船揚げ場に上架している漁船が災害時に流れ出したり、地震等に壊れる心配はどうなのかということでございます。それから、5番目に、災害時に対するために御供山にヘリポート等を計画してはどうか。それから、6番目に、港町はすぐ裏が海岸で、加工場で働く人が多いわけでございますが、それに真栄町の避難場所等に、一つに、この庁舎を避難場所に考えてはどうかということでございます。それから、2つ目に、道道の整備についてでありますが、すぐそこにあります厚岸郵便局から厚岸大橋の間に道道がございますが、今年の2月ごろにも、2月か3月ごろにあったと思いますが、雪解け等や満潮時に加えまして、道路が増水しまして通れなくなったことが以前にもあったわけでございますが、この春にもあったわけでございますが、これらに対しまして、北海道と協議されているのか、あるいはまた、今後の見通しについてどのような考えをお持ちなのか。この点について、2点について町長からご答弁をいただきたいと思います。よろしくお願いいたします。

答弁 町長

おはようございます。5番、中川議員の質問にお答えをいたします。初めに、津波に対応する防災対策についてのご質問でありますが、まず1点目の災害時に使用する毛布や食料品の備蓄状況についてお答えをいたします。非常用の毛布及び食料の乾パンの備蓄につきましては、役場庁舎、真竜中学校、厚岸中学校及び松葉町地区集会所の4カ所において、毛布につきましては、計 720枚を備蓄し、非常食につきましては、計 9,620食分の乾パンをミネラルウォーター1.5 リットルのボトル計 1,800本とともに分散備蓄しております。次に、2点目の奔渡、梅香町側から御供山への避難路を数カ所計画してはどうかとの質問でありますが、現在御供山には3カ所の津波等緊急避難場所を指定し、それぞれに避難路があります。御供山は湖南地区市街地における緊急避難場所として重要な位置を占めておりますが、ご承知のとおり、周辺は急傾斜のところがほんどであり、歩行避難路を設けることも難しい状況であります。この御供山への車両通行ができるような道路整備につきましては、平成5年に可能性調査を行った経過もありますが、3ルートの可能性が考えられるものの、いずれのルートも当時の算定額で約12億円から15億円の多額な建設費用を要することから、現状においては、これを計画することは難しいと考えております。しかし、津波災害から身を守るには、速やかに近くの高台に避難することに尽きるところでありますし、住民からも避難施設の整備を望む声が寄せられており、地形等を考慮しながら可能な方法について、さらに検討を加えてまいりたいと存じます。次に、厚岸少年自然の家になっている若竹町1から2丁目の避難場所を変える考えはないかという内容のご質問でありますが、先ほども申しましたとおり、津波災害時には速やかに近くの高台に避難することが肝心でありますし、そのように指導してきております。若竹町の場合における最寄りの避難場所としましては、御供山展望台、松葉町地区集会所裏山、梅香町の浄福寺裏山及び厚岸少年自然の家がありますので、津波災害時にはこれらのうちの到着しやすい場所へ速やかに避難していただくことになりますので、ご理解を願います。次に、湾月町のバラサン岬にある大型船揚げ場に上架している漁船が災害時に流れ出す心配はないかという質問でありますが、おっしゃるとおり、大きな津波が押し寄せますと流れ出すことが想定されます。この上架施設は厚岸漁協が漁港管理者の北海道から漁港施設用地の占用許可を受けて設置しているもので、上架施設の管理は占有者の厚岸漁協が造船事業者に委託して行われております。このことから、津波における流出防止の対応につきましては、漁協や関係業界とともに研究したいと考えております。次に、災害対応するため、御供山にヘリポートを計画してはどうかとの質問についてお答えいたします。平成6年3月に御供山を活用する場合を想定した構想草案を策定しておりますが、この構想草案では、厚岸町及び地区の置かれている状況や御供山の敷地特性などから判断して、町の防災拠点を主とした活用方策が望ましいとされ、ヘリポートの設置も視点に置いております。しかしながら、この構想は非常に大きなプロジェクトとなりますし、先ほど道路整備の調査結果でも触れたように、膨大な事業費が想定され、現在の財政事情では実現化は極めて難しい状況にあります。災害発生時におきましては、ヘリコプターの活用が重要になることは申すまでもありませんが、厚岸町地域防災計画において、ヘリコプター発着場所としては、学校グラウンド6カ所と宮園公園野球広場の計7カ所が可能場所と位置づけており、これらをヘリコプター運用の場所として対応する考えでおります。次に、6点目の真栄町の避難場所の一つに役場庁舎を加えてはどうかとのことでありますが、津波襲来時を考えますと、流出物の衝突などによる崩壊等の危険性もあり、海に近い役場庁舎を含め、建物を緊急避難場所とすることは不適当であると判断しております。最後に、道道の整備に係る厚岸郵便局から厚岸大橋までの間の冠水対策についてのご質問でありますが、まず冠水の原因として考えられるのは、潮回りが大潮時期の満潮時に低気圧が近づき、さらに南西の風が吹きつける条件が重なると冠水する傾向が見られます。もう一つには、釧路沖地震以降、釧路から根室にかけての地盤沈下が著しいことが考えられ、これについては本年10月ごろに厚岸町の三角点の改測成果が国土地理院から公表される予定になっておりますし、地球温暖化による海水面の上昇も考えられます。数年前から釧路土木現行所厚岸出張所と道路のかさ上げや排水による対策等を協議してまいりましたが、昨年11月8日から9日にかけての道路冠水により交通規制を行った経過を踏まえ、応急的措置ではありますが、厚岸大橋付近と厚岸市場へ通じる道路の2カ所で排水ますの口をふさぎ、ポンプアップで排水処置したところに著しい道路冠水は見られなかったことから、釧路土現厚岸出張所では、今年度排水ますとポンプ設備を整備すべく優先順位1位で予算要求しておりますので、ご理解を賜りたいと存じます。以上でございます。

質問 5番

ただいま町長の方から私の1回目の質問に対しましてご答弁をいただいたわけでございますが、町長初め理事者の皆様も記憶に新しいと思いますが、あと2日で1カ月になろうとしておりますが、5月26日に、午後6時半ころですね、岩手と宮城、東北で震度6の大きな地震がありました。私もちょうど裏の倉庫におりまして、倉庫が古いもんですからかなり揺れて、3か4かなと、こういうような気持ちで、しかもまた、皆さんご案内のように、私も漁民の1人でございますし、海のそばで生活している関係で、この津波が一番恐ろしいわけでございますので、急いで家に帰りまして、テレビのスイッチを入れたところでございますが、幸いにして厚岸地方が震度2であったようでございますし、倉庫が古いから揺れが激しかったんだなということで、胸をなで下ろしたわけでございますが、そのときに、思い出しました。私の記憶では、私の4期目のころであったと思いますが、町長もそのころ道議会議員として視察に行かれたかと思いますが、日本海にあります奥尻があのとおりの大打撃を受けたわけでございます。私たちもその復旧後に議会で視察に行かせていただきまして、私もその一人でございました。同席しました、今ここにおりますが、鹿野議員が当時議長であられまして、議長会で避難のあった間際に視察に行かれたそうでございます。それから、何年後かたちまして復興しまして、その復興状況を見ましてびっくりしながら私たちに話してくれたことも思い出しておりましたが、奥尻の職員初め議員さんの皆さんのご案内をいただきまして視察をさせていただきました。その間、その間に漁港の高台と申しますか、日本海が一望できる高台で、その修復の状況等を説明をされたわけでございますが、私たちは復興、復旧された後に行っておりますので、その当時のことはよくわかりませんでしたが、鹿野議員、そしてまた職員の皆さんの協力を得ながら、その当時に大きく写真を引き延ばされて、そして我々に見せていただきながら復興の状況を話してくれました。そしてまた、これが私たちが帰ってまいりましてからでございますが、年月も忘れましたが、合同葬といいますか、お盆にその青苗地区の高台で法要があった、そのニュースがNHKで報道されまして私も見ておりました。一青年がNHKのインタビューに答えておりましたが、両親があっという間に津波で海にさらわれたそうでございまして、今おじいちゃんとおばあちゃんと今まで住んでいた。それで、青年になって今消防署員の一人として、2度とこの災害に遭わないように、消防署員として頑張っているというようなお話も聞かせていただきましたし、私も先ほど申し上げましたように、海で生活する、海の近くにおります一人として、しかもまた、厚岸は、これも広うございまして、糸魚沢、あるいは太田、尾幌、上尾幌とあるわけでございますが、私たちは湖南湖北、しかもまた、海のそばに住んでおる一人として、やはりあのような事故があったら大変だなと。しかもまた、私たちが直接感じましたチリ津波がありました。そのころ、あれは何年ころだったかな、チリ津波は忘れませんでしたが、何年ころあったかなと思いましたら、5月の30日に厚岸道新の支局長さんが、皆さんもう新聞を見られたかと思いますが 「地方から」という題で浜中の子供たちの文集等が書かれておりまし、て、ちょうど今ここに持ってきておりますが、60年5月24日だと、チリ津波があった。我々がそうますと18歳ころだったかなと。チリ津波は忘れませんでしたが、そのちょっと年月が忘れていまして、その地域からという新聞を今切り抜きで持っておりますが、早いものだなと、こう思いました。特に、私は奥尻から帰りまして、当時の町長等にその旨を報告し、できる限り対策を訴えたいと、こう思っていたところでございますが、残念なことに、その質問するチャンスを4年間失ってしまったわけでございまして、今回幸せにこのような質問ができます機会を得ることができましたので、少しでも改善されて町民のこの尊い人命を1人でも厚岸町からなくしたいものだと、こういうような観点で今回の防災対策についてご質問させていただいたわけでございます。私も4年目に、4期の時点で質問させていただいておりましたが、そのころ、この1点目の毛布だとか食料品の備蓄というのはなかったと思っておりますが、今町長からの答弁でしたら4カ所に毛布やら食料、飲み物も備蓄しているということを聞きまして、ほっとしたところでございます。それから、2番目の奔渡、梅香町から御供山に避難する避難路を数カ所計画してはどうかということでございますが、町長も奔渡の出身でございまして、実家の裏山等にすぐ逃げれるような細い道路が数カ所あったと思いますし、私どもも今松葉町の集会所が建っております、それから右手の方には古い話ですけれども、太子堂の横を通りまして御供山に避難した道路、あるいはまた、私たちが町長と同年配でございますので、町長も思い出していただけると思いますが、3年生か4年生のころに十勝地震がありまして、幸い津波は来ませんでしたが、小学校の体育館から先生の誘導であの御供山に避難した記憶が今また頭の中に浮かんでくるわけでございますが、そのような道路が、道路と言っても道路でありませんでしたが、その避難のときに上がれるようなものが、ものといいますか、道というんですか、道でもなかったようですけれども、そういうのがあったわけでございますが、これもだんだん時代がたちまして崩れたり何だりしまして、しかもまた、これも私の4期目に御供山に上る奔渡側、奔渡が1丁目から7丁目まで避難場所が子野日公園とされておりまして、しかもまた、車はだめですよと、歩いて逃げなさいと、こういうことでございますし、今申し上げましたように、昔逃げられた、上れた道路というか、そういうものがなくなりまして、しかもまた、あのとおりちょうど治山の時期でございまして、私が機会を得まして質問させていただきました。当時の助役の答弁ですと、今その治山を計画しておりますので、その際に上層部と協議しながら私の質問にあったようにしていきたいと、このような答弁をいただいた機会があったわけでございます。それで私も4年間空白でございましたが、コンクリーで固めたり、あのように芝の工事もされておりまして、私に言ったことをやってくれるのかなと思いまして、通るたんびに見ておりましたら、依然そういうことがなくなりまして、現在あのとおりになったわけでございます。そこで、私はその避難道、避難路とここに書きましたが、今町長も申し上げますように、その避難道を計画しますと、何十億というものがかかると思いますし、以前の私が現役のころの議会でもそのような話があったのを今思い出していますが、私はそういうものでなくて、今塚田さんの、松葉町の塚田さんの裏に避難の、だからそれを担当者にあれは何というものですかと、木の橋ですか、木の道路ですか、これに、ちょっと通告に書くのに聞きましたら、いやいや何というんだろうな、皆さんで知恵を絞ってくれたんですけれども、名前が浮かばないで、避難道路でいいんでないかということで避難道路と書いたんですけれども、今町長が言われますように、3カ所で十何億もかかるのは、前にもそういう話がありまして、それから、これも結構予算かかると思うんですけれども、塚田さんの裏にあるような、急ですから、少し曲がってちょうど上りやすいような、そういう橋というんでしょうか、何というんでしょうか、そういうものを年次つくられたらいいんでないのかな。それで、奥尻のお話も聞きましても、あそこは皆さんご案内のように、震源地があそこから6キロか7キロのところでして、何分間のうちにああいう大きな津波が来たんだということでございますけれども、やはり高台に逃げた方が、ものがやはり生きのびたというようなことも聞きまして、少しでも高いところに上がれるような対策をとられてはどうかなと、こういうことでこの質問に加えさせていただいた1項目でございます。それから、3番目の湾月町全域と若竹1、2丁目の避難場所が少年の自然の家なんですが、今これは訓練は神社の駐車場で、あそまで行って解散しているわけでございますが、最終的には自然の家の高台が避難場所となっているわけでありますが、これも私が2回ほど質問のチャンスがありまして質問させていただきました。というのは、私たちの母校、今厚岸水産高校になっておりますが、厚岸高校の前に汐見川があるわけでございます。津波が参りますと、あれが川のようになってしまうんでないのか。それで、その避難場所に行っても、助かるに行くんでなくて死にに行くんでないかという、その町民からの話もありまして、数回質問させていただきました。そしたら私が4年間空白でございましたが、その2年目以降でしたか、その避難場所の関係で2丁目が、先ほど町長が申してくれましたように、御供山等々に避難場所が変わったようでございますが、これは私の記憶違いかもしれませんが、依然としてその若竹1丁目が私が再三申し上げました川を渡って少年自然の家の方に逃げる、まだ変わっていないものですから、これもし記憶違いでしたら2回目の答弁で言っていただきたいんですが、そういうことで、2丁目は御供山の方に避難するようにということでございますが、1丁目の方は今申し上げましたように、湾月町の方に変わっていない、私が記憶しているものですから、これもできましたら今町長が申し上げてくれた2丁目と一緒に御供山の方に避難されたらどうか。それから、災害時には、今町長が言われますように、御供山とかお寺の付近だとか逃げればいいんでないかと、こう言うんですけれども、やはり年におかげさまで1回訓練されておりますが、特に若い者とかお年寄りは、私らもだんだん頭がかたくなってきましたけれども、結局決められたところに行くようなんですね。何というんですか、リュックサックみたいのをしょって、ちゃんと何か用意されているみたいで、一生懸命そっちの方に向かっていくわけですね。ですから、恐らく訓練をされておりますと、今町長が申し上げ、だれしもが死にたくありませんから、近くの高台に上がるんでしょうけれども、上るんでしょうけれども、やはり訓練されたところに行くんでないのかなというような心配があるもんですから、もし私の言うのがどうかと思いますが、もし1丁目も変わっていなければ、御供山等々に避難するように指導方をお願いしたいということでございます。それから、4番目のこの大型船揚げ場でございますが、これも4期目の一般質問だと思いますが、質問させていただきました。それで、当時の方では今思い出しているわけでございますし、当時の水産課長の、答弁いただいた課長のお話をもいろいろ聞いておるんですけれども、地震には結構力があるんですけれども、今町長も答弁していただいたように、津波にはもろいということでございますし、それから、あそこはやはり今町長が申し上げてくれたように、組合が管理されて造船所に運営上委託しているのを私も知っておりますが、今後町と組合と協議されてどのようにするか、町民が安心していられるような方向をとっていただきたい、このように思います。それから、5番目のその御供山にヘリポートという話で、質問でございますが、町長は学校のグラウンドやら宮園の公園が云々と、こう言っておりますが、これはもし厚岸がそうなったら、私が心配するようになりましたら厚岸全滅なんだと思いますが、そうなりましたら、学校のグラウンドやら公園使えますか。もう水浸しなんですね。だから高台のヘリポートをどうか、こういう時期でしたら何か訓練されても学校のグラウンドやら宮園公園で結構だと思いますが、私はもうその奥尻の様子を見てきているものですから、大変な時期に町長が要請をしていただけるものかと思いますが、ヘリポートをお願いして、やはりつっていただいた人をやはり高いところに下ろさなければもう、下の方はもう全滅の状態になるわけでございます。これは私の心配であれば結構なんですが、何回も申し上げますように、奥尻の状況等々を見せていただきますと、どうしても高台にヘリポートが必要でないのかなということでございます。それから、この6番目ですね。これも私奥尻の視察に行った際にヒントを得てきたわけでございますけれども、以前からこの庁舎はこのような立派な庁舎でも避難場所に加わってなかったんです。今でも恐らく加わっていないと思いますが、なぜ私がそういいますかと言いますと、行った方々は皆さんわかると思いますが、ちょうどその漁港と今庁舎の間というのは、向こうがもう少し海側にあったかなと今私記憶しているんですけれども、やはり今私がここに書いて、町長からもお答えいただきましたように、結局奥尻も漁港の町ですから、やはり船で魚を外したり何だりした人が、あっという間の地震なものですから、逃げおくれで多くの方々が命を失ったそうでございます。そこで、奥尻では漁港の近くに避難場所という、そうですね、高さで言いますと、3階までではないんですが、2階半ぐらいの高さのコンクリーで、結局逃げおくれた人を救うために、その逃げ場として建設していると、そして下の方は、ちょうど橋のような、足を橋のようにして、下の方は漁網だとか、あるいは駐車場だとか、そして上の方に階段がありまして、そこに人々が、おくれた、逃げおくれた人たちをそこに避難場所にするんだと、これも私の新聞では何年か前でしたか、完成したというようなことで新聞で報道されておりましたが、ですから、厚岸はすぐそばに、これも市場やら、それから組合やらあるいは厚岸の組合の冷蔵庫やら、あるいはまた、岸壁で仕事されている方々があると思いますし、あったら困るんですけれども、あるいはまた港町の住民やら、あるいはまた近い真栄町の方々が避難できるような対策と申しますか、このような立派な、しかももし2階でだめなら3階まであるわけでございます。恐らく、これは私の考えですけれども、3階で上がって命をなくするとしますと、厚岸はもう全滅だというような私感じ方を持っておりますし、ぜひ何回も言いますが、奥尻でヒントを得てきましたので、この庁舎をぜひひとつ避難場所に加えていただきたいなということでございます。それから、2番目の道道整備についてでありますが、今町長から申し上げていただいたように、今土現ですか、1番目の予算でつくっていただけるというようなことでございますので、完成されると二度とあのような水浸しで、裏通りを通らなければ駅の方に向かえないようなことはないんだなということで安心をしたところでございますので、これで一応2回目の質問とさせていただきます。よろしくお願いいたします。

答弁 総務課長(総務課長は2004年12月まで)

お答え申し上げます。まず、防災関係についてでございますけれども、御供山への避難路の関係でございます。1回目の答弁でも申し上げておりますけれども、やはり大規模な避難路ということになりますと、相当な経費がかかるということでご理解をいただいていると思います。ただ、言われるように、町民の方、あるいはこの議会の中でも現在のいわゆる治山事業の終わったコンクリーの壁、あれを何とか上るような手段がないだろうかというようなご提言もいただいてございます。おっしゃられるように、昔畑作業の関係で道がついていたというような部分も私も承知してございますし、それが現在の中で使えるような状態になるのかというような問題もございますけれども、その辺について、さらに調査・研究をさせていただきたいというふうに考えておりますので、ご理解をいただきたいと存じます。それから、避難場所の位置の関係でございます。確かにお配りしております避難場所、それから対象住民というような形の中では若竹1丁目、2丁目、それから湾月町の方になりますと、いわゆる愛冠の山の方にというような位置づけをさせていただいております。ただ、この位置づけにつきまして、位置づけした考え方でございますけれども、一つにはそれぞれの上がりました避難の有効な施設があるというような部分のこともございます。そういった中で、距離にいたしまして大体2キロ、それから健常者の歩行時間でございますけれども、おおむね30分以内に到達できるようにというような設定の中でそれぞれの避難場所の配置、それから対象人員の押さえ方をさせていただいております。しかしながら、津波の襲来の時間というのは、津波の発生した場所であるとか、こういったものによって大きく変わってまいります。やはり緊急的に避難が必要だということになりますと、近くの、一番近いところの高台に避難していただくということが、これが大原則でございまして、この辺含めまして防災訓練、今後行う上での避難の位置、こういったものについての周知なり方法等については、さらに私どもも検討をといいましょうか、方法を考えさせていただきたいなと、このように考えておりますで、よろしくご理解いただきたいと思います。それから、漁船等の上架の関係につきましては、水産課長の方から後ほど答弁いただくことにいたしまして、ヘリポートの関係でございます。先ほど言いました厚岸町でのヘリポートの位置づけ、この市街地にかかわらず山間部の学校のヘリポート、グラウンドと、例えば太田の小学校、中学校のグラウンドであるとか、こういったところも実は位置づけしてその中に入っているわけでございまして、形態によりますけれども、万が一そういうヘリコプターでの救援、あるいは災害対応をしていただくという形になりますと、そういった町内におけるヘリコプターの発着可能な場所、これは緊急事態でございますので、ヘリポートがあるなしにかかわらず、例えば広場なりヘリコプターが発着可能な場所、いわゆる立ち木がなくて見通しがきくような空間であれば着陸可能ということになりますので、そういった場所等を活用しながら救援物資、あるいは傷病者の搬送等に当たる、このような形になろうかというふうに考えておりますので、その災害時に対応したような扱いの中で随時対応を場所を指定しながら図っていくと、どうしても使えないような場合には、そういうようなことも念頭に置きながら対応を図っていくということになろうかと思いますので、ご理解をいただきたいと存じます。それから、庁舎の避難場所の関係でございます。これはやはり津波の高さ、規模、来襲する津波の高さ、規模、こういったものにも影響してくると思います。ただ、考え方といたしまして、地震後の津波襲来ということになろうかと思います。当然そのときの地震の規模がどの程度であったのかどうかということもあるわけでございますけれども、当然この建物が揺られますと、相当のダメージも考えられますし、また、津波の高さによってどの程度の津波が来るのか、あるいはそういったダメージを受けたときに、波高が達しないまでも、津波の波圧、あるいは流出物によっての衝突、こういったものによって崩壊するというようなこともやはり最悪の場合も想定しておかなければならないという考え方からしますと、ここの庁舎を緊急一時避難場所として位置づけて、ここに避難をするような通常の指導というのは、やはり問題があるのではないかなというふうに考えております。やはり私どもの方で今とらえております避難場所というのは、海抜で10メーター以上のところ、こちらの方に一応避難場所というような形をとっていただいて、港町周辺、この辺の周辺の方でありますと、コンキリエの上の方に避難していただくということになっておりますけれども、基本的にはそちらの方に向かって避難していただくというのが基本ではなかろうかというふうに考えております。なお、おっしゃられるように、緊急的に、もうすぐ目の前に波を寄せている状態、当然間に合わないというような場合も想定されます。そういった場合には、緊急避難的な部分で、やはりこういったところに一時的に逃げるというような場合も考えられますけれども、一応一避難場所の位置づけといたしましては、やはり私どもの方といたしましては、現在位置づけております緊急避難場所、高台、こちらの方に誘導するように周知並びに訓練に当たりたいと、このように考えておりますので、よろしくご理解をいただきたいと存じます。

答弁 水産課長(水産課長は2004年12月まで)

私の方からは4番目の第三埠頭にあります湾月町地先の船置き場の上架施設の関係でございます。基本的には施設管理者や財産管理者が保全すべくというふうに考えますけれども、地震の備えは、聞くところによりますと十分に行っているそうであります。しかし、津波に関しまして、現実に実施可能な形での船の保管方法につきましては、漁組、あるいは関係業界とともに研究してまいりたいと、このように考えてございます。

答弁 建設課長(建設課長は2004年12月まで)

道道の冠水対策については、町長から答弁したとおり、優先順位第1位、道の単費事業なんですけれども、そういう形で要求しておりますので、間違いなくできると私どもも期待しておりますし、それによって冠水対策、道路部分については解消されるのかなというふうに考えておりますので、ご理解いただきたいと思います。

再々質問 5番

これで3回目の質問になるわけですけれども、やはり今町長の答弁を聞いていまして、4年間というのは随分あれだなという気がするんですけれども、毛布やら食料品を用意しているんだよというような答弁をいただきまして、私4年前に質問に立ったときには、まだこういうものが用意されていなかったものですから、そういう答弁をもらっていなかったものですから質問に加えたんですけれども、やはり4年間という短いようで長いのかなと、もうこれだけ4カ所に毛布やら食料品やら飲み物を用意してくれたんだなというようなことでほっとしているところでございますし、質問する前に、これは町も、厚岸町もそうだと思うんですけれども、釧路町なんかは乾パン等々に賞味期限、食べる期限があるそうで、なくなって、もう近くなってきたら学校給食に子供たちに使わせているというような話も聞いていまして、厚岸そういえばどうだったかな、前に質問したときに、そういうのを用意していなかったんでと思いまして質問をさせていただいていましたら、毛布も、それから食料品も、飲み物も用意していただいて、備蓄しているということでございますので、一安心をしたところでございます。それから、2番目の、今課長からの答弁ですと、今一応避難する場所等は図面等でそういうふうにしていくけれども、近いところに逃げてくださいと。町長の言うような、同じような答弁でございましたが、ですから、私も先ほど申し上げましたように、日ごろの訓練も大切ですので、そのときにこっちも逃げれるんですから、こっちにも逃げてくださいというような訓練の方法があってもいいんじゃないかなと、お年寄りなんかは真っ先にそっちへ行っちゃうんでないかと思いますので、これはだれしも、さっきも質問しましたように、だれしもが死にたくないものですから、近くに逃げると思うんですけれども、やはり最初の、ふだんの訓練からそれもつけ加えてやっていただければ、なお効果があるんでないのかなというような気がいたします。それから、4番目は、今課長も当然していただいたように、町長も1回目の答弁していただいたように、これから関係団体と協議していただきますようにお願いをいたします。それから、災害時に対するヘリポートの関係ですけれども、高台の学校のグラウンド等々に準備しているし、災害時に木や何かが立ってなくて、下りるところを避難時にヘリポートに使うんだと、こういうことでございますけれども、今はその避難場所に行くだけの訓練ですが、何年に1回は、あるいは消防車もお願いしたり、ヘリポートにもお願いしながら、ヘリコプターにお願いしながら、大型な訓練も必要でないのかな。そのときにある程度ヘリポートの発着場所を決めていく必要があるのでないのかな。確かに課長が申してくれましたように、そのときにはどこにでも発着できるところを使うかもしれませんが、やはりふだんからそういう決められて、そして訓練をした方がいいんでないのかな。そういう意味で私はある程度固定した場所が、それはコンキリエはどうか、あるいは私が言っている御供山がいいのか、あるいは太田の学校のグラウンドがいいのか、それは検討されてある程度固定した場所に、そこで毎年と言わなくても大型な訓練も必要だし、そういう発着、ヘリポートの場所も決められた方がいいんでないのかなという気もしましたので、この質問の項目に加えさせていただきました。それから、私も奥尻の例をとりまして、この庁舎を緊急避難時にというお話をしたんですけれども、今課長は、そういうことはふだんからできないんだと、そういうことで避難場所には加えられないんだということでございますけれども、では、奥尻にできました、そこまでとどれぐらいの津波に、どのぐらいの地震に耐えられるのか、建物だったかは聞いてはきませんでしたが、私はまだこの庁舎は、今課長も申してくれましたように、もうすぐそこに波が来ているときに、港、御供山、御供山でない、こっちは、コンキリエの方に逃げなさいたって、しかも車はだめですよ。走ったり歩いて逃げなさいと言ったって、やはり何かどこか高い建物がなかったら間に合わないと思うんですね。だから、課長が申し上げてくれたように、はい、地震が来まして、はい、NHKのチャンネルを押されたら何分後に津波が来ますから、震源地がどこでどうですからというのは、それは簡単に課長が答弁するように、コンキリエの高台やら国道の方に逃げるかもしれませんが、奥尻の例、こんなことはそんなにないと思うんですけれども、あった場合に、海が近いですから、先ほども私が質問するように、海の周りで働いている人やら、港町の人やら、近くの人が緊急でもいいんですね。ですから、一時的でもいいと思いますから、ここをあけてどうぞというぐらいの対応をとってもらったらどうなのかなということでございますし、その辺ももう一つ、もう一回答えていただきたいなと思います。それから、その道道の整備については、町長なり課長の方から答弁をいただきましたので、それを土現の方で第1順の予算に加えていただいて早々に工事をしていただけるそうでございますので、2度とああいう増水するようなことはないと思いますので、安心しましたので、答弁はよろしいんですけれども。3番目の若竹1、2丁目、湾月町全域の避難場所と、それからヘリポート、それから真栄町、この庁舎の一時的避難場所について、いま一度答弁をいただきたいと思います。

答弁 町長

再々質問について、私からお答えをさせていただきたいと存じます。先ほど中川議員からお話がございましたとおり、5月26日、地震があったわけであります。当時、私は帯広市で会議がございまして、その場所になっておりましたホテルの電灯が大変な揺れ方でございました。これはもう大地震かなというふうに察したわけでありますが、早速役場に電話を入れたところ、助役以下、担当課長含めて退去しておりました。時間外勤務だったわけであります。その後、情報を着々と電話連絡等がございまして、一安心をいたしたことがあったわけでもございます。さらにはまた、奥尻島の災害の問題がありました。これも昔の話というとちょっとあれですけれども、大変な事態になったことはご承知のとおりであります。昔は災害は忘れたころにやってくるという、言われた言葉がございます。今はいつでも災害があるんだという認識に立っていかなければならない当地域ではなかろうかなと、そのように考えております。そういう中で、町長といたしましても、今後の防災対策につきましては、全力を尽くして取り組んでいかなければならない、今中川議員の質問を改めて私は受けながら考えたわけでもございます。実は、ご承知のことかと思いますが、今年の3月24日、文部科学省に設置いたしております地震調査研究推進本部というものがございます。その中で、地震調査委員会から発表がございました。これは私もこういうことがなければいいなという問題であります。と言いますのは、地震の可能性についての発表であります。マグニチュード8クラスのプレート間地震が十勝沖の地震として今後30年以内の発生確立は60%、今後50年では80%から90%の可能性があるということでございます。根室沖の地震については、今後30年以内の発生確立は20%から30%、今後50年では60%程度ということであります。それ以下の一回り規模の小さいプレート間地震が予測されますのは、マグニチュード7クラスでありますが、十勝沖から根室沖の確立が30年以内に80%、20年に1回の割合で発生をしていると、発生するという予測が発表をされたわけであります。そういう意味におきましては、大地震はいつくるかわからない状況にあるわけでございまして、先ほどお話しいたしましたとおり、万全の体制をとっていかなければならないと、かように考えております。9月1日が防災の日であります。その日に町民挙げての防災訓練が行われておりますけれども、しかしながら、日ごろからの備え、訓練が大切であるわけでございまして、大きな地震直後や災害があると防災意識が高まるわけでありまするけれども、何もないと危機管理意識が薄れるという状況にあることも事実であります。町長といたしましても、住民の生命、そして財産を守るという責任があります。防災対策には万全を期してまいりたい、かように考えておるわけであります。そこで、避難道路のことでありますが、先ほどるるお話がございました。町全般を改めて見直していきたい、かように考えます。さらにはまた、ヘリポートの件でありますが、津波を想定した場合、第2波、第3波も考えておかねばならないわけでございまして、せいぜい2時間程度が要警戒時間であります。現在指定の場所でヘリの離発着は可能と考えておるわけでもございます。ご指摘のございました御供山については、物資の搬出入に困難な場所でありまして、その指定から除外をいたしておるわけでございます。しかしながら、ご質問にございましたとおり、高台に適当な場所があるかどうか、これについても検討していきたい、かように考えるわけでございます。さらにはまた、役場庁舎の避難のお話でありますが、ご承知のとおり海に近い、津波が起きた場合に、いの一番にこの役場が被害に遭遇するであろうと予測されるわけであります。しかしながら、他の住宅等を含めた中では、役場庁舎は高いわけでありまして、そういう面においての2階、3階の利用の仕方、この等も考えられるのかなという私なりに気がいたします。このことについても、どういう方法がいいのか検討してまいりたいと、かように考えております。さらにはまた、冠水対策であります。お話しいたしましたとおり、早急に解決できるように、町といたしましても道と連携を密にしながら実現に邁進をしてまいりたい、かように考えておりますので、ご理解をいただきたいと存じます。

再々質問 5番

議長、3回終わったんですけれども、私の質問が悪かったか、御供山に避難するときの木の橋の、橋というのか、道路というのか、その答え、つくるかつくらないかというか、その答弁もらっていなかったような気しますので……

再々質問 5番

答弁だけひとつ。してくれましたですか、していますか。済みません。

答弁 総務課長(総務課長は2004年12月まで)

お答え申し上げたいと思います。2回目の答弁でもちょっと触れさせていただきましたけれども、いわゆる徒歩で上れるような部分、周辺がコンクリーの擁壁等ですぐ上れないというような状況に確かに奔渡の方であればあります。それから、今町長申しましたように、奔渡だけに限らず、ほかの方でも近くに避難路があればというような要望もいただいております。そういった部分につきまして、どうしたら簡易な方法でそういう避難路が確保ができるのかという部分については、さらに調査・研究・検討をさせていただきたいということでございますので、ご理解いただきたいと思います。

再々質問 5番

わかりました、済みません。

出典:厚岸町議会 平成15年第2回定例会 2003年6月24日 議事録 PDF(5ページ) 間違いを知らせる