浦河町議会 令和2年第6回定例会 2020年9月16日
(1)浦河駅跡地の活用を計れ/(2)図書館の記念文庫の設置について/(3)向別霊園の交通整理について
2020年9月16日、浦河町議会の一般質問で、神原富三夫議員が「浦河駅跡地の活用を計れ」「図書館の記念文庫の設置について」「向別霊園の交通整理について」について質問し、町長 池田拓、企画課長 伊藤雅教、教育委員会社会教育課長 和田修、町民課長 佐々木俊也が答弁しました。
- 質問者
- 神原富三夫 議員
- 答弁者
- 町長 池田拓、企画課長 伊藤雅教、教育委員会社会教育課長 和田修、町民課長 佐々木俊也
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
議員が最初の質問で述べた件名は 3 件あります。1回の登壇で続けて質問しており、議事録の中に件名ごとの区切りが無いため、1件の中に並べています。件名は議員の発言から取ったものです。
質問 5番 神原富三夫
それでは、3問について質問いたします。1問目は、浦河駅跡地の活用を計れという表題でございます。2015年1月7日に日高線が不通になってから5年9か月が過ぎました。この間、日高線廃止のための集会が苫小牧市や日高管内で十数回開催され、そのほとんどに参加しましたが、参加者のほとんどが近年鉄道を利用したことのない人の集まりでした。そして、鉄道が再開すれば、JRからは単年度、各町2億円が必要とのことでした。そして、問題の解決のために、町長会議が数回となり開かれましたが、最終的に日高管内7町では池田町長だけが廃止反対のためにJRとの廃止合意に至らず結論が長引いていましたが、8月12日の臨時町長会議で日高線の廃止が多数決で決まり、池田町長も反対の意思は変わらないが決定に従うとの結論に至ったようであります。この結論が出るまでに5年9か月という長い年月が経過しました。その結果どのような得るものがあったのか、この間、度々の会議と視察で使われた税金がいかほどなのか、これは職員の同伴も含めての経費ですが、幾らぐらいかかったのか、この税金の使い道は記録にとどめるべきだと思います。今までの町民の間では、廃止になったのに、いつまで踏切で一旦停止しなければならないのかと言う方がおりましたが、そのたびに説明しなければなりませんでした。踏切で一旦停止しない人たちが増え、交通事故の発生が予想されます。特に堺町の踏切では、堺町西5丁目と旧川沿から来る車両の接触事故が起きる可能性があり、既に私自身が追突になりそうなことに遭遇しております。日高線の廃止は、浦河町民においても、日高沿線住民にとっては大問題であるわけですから、決まった今、早急に経過を含めて町民に報告する義務があると思います。町長は度々議会と町民に相談すると言ってきましたが、町民との懇談は昨年9月に開催されてから1度しか開催されていません。一刻も早く町民に報告するとともに、浦河駅跡地を中心とした鉄道遺産を活用し、町の発展のために知恵を借りるべきと考えます。最終合意によると、来年3月末で廃止し、4月からはバス転換することで9月中にもJRとの最終合意する方針と決めたようです。JRからの支援金の25億円のうち、20億円はバス事業で、5億円は7町の地域振興策に充てられるようですが、当町に対しては、地域振興費は8,000万円ぐらいと町長は言っておりましたが、その根拠はどこから出たものでしょうか。私は浦河駅周辺の跡地を活用した町の振興を図るとき、8,000万円では少な過ぎると思います。この中で、7町で5億円の振興資金を、町長は将来の運行経費として基金で残すことを提案するようですが、このことが事実とすれば、町長はJR跡地を活用した町の発展を図ることは考えていないのでしょうか。浦河駅の跡地はどうなるのか、私には想像がつきません。私は日高線問題では、10回を超える一般質問をした中で、度々浦河駅を中心に浦河町の観光拠点にすべきと、そして具体策を提案してきましたが、町長は日高線廃止を盾に、一度も誠実に答えてはくれませんでした。私は町長が廃止反対の中でも、並行して条件闘争すべきと提案してきましたが、廃止に合意してしまうとこちらの条件を飲ませるのは非常に困難になります。この際は早急に町民報告会を開催し、町民の知恵を借り、浦河駅跡地の活性化案をつくり、振興費の増額を図ることが肝要だと思います。浦河町は、堺町と大通に分断されていて、浦河駅の周辺を観光の拠点にすることは、浦河町と大通を線と面で結ぶことになり、このことは浦河町の発展に大きなインパクトを与えます。ですから、JR遺産を活用して、それを振興費を増額することは大変急がれます。次回の町長会議は9月下旬と聞かされていますが、それまでに振興策をまとめてと考えるのはいかがでしょうか。JRとの最終合意は、浦河町への支援策が認められてから調印すべきです。最後に、日高線があったあかしとして、日高線をJRが言うようにJRの支援策の8項目の中には、鉄道用地を括弧書きで、例えばサイクリングロードと書いてありますが、日高線の跡地を残し、全国からサイクリング愛好者を誘致する案等を一考してはいかがでしょうか。サイクリングロードとして町長会議に提案する考えはないのか。私はどんな形であっても、部分的であれ、後世の人たちに日高線があった形跡を残すべきと考えています。質問をまとめます。一つ、反対を引き延ばして得たものは何であるか。視察や陳情、会議の出張などに使われた税金はいかほどか。職員同伴も含む。2番目に、廃止が決まった今、町民への説明会はいつやるのか。3番目、浦河駅を中心とした鉄道遺産を活用し、町の発展の知恵を借りるべきと考える。JRからの地域振興策の8,000万円の根拠はどこから出たのか。跡地を活用した町の振興を図るとき、8,000万円は少ない。振興費の増額を図ることが肝要である。4番、まちづくりの支援金の5億円を将来のバス運行経費として基金で残すことを提案するようですが、それでは町長はJR跡地の活用について全く考えていないということでしょうか。5番目、JRと最終合意は浦河町への支援策が認められてから調印すべきだ。6番目、日高線があったあかしとして、日高線をJRが言うようにサイクリングロードとして町長会議に提案する考えはないか。鉄道跡の活用として、JRは、支援策として例えばサイクリングロードなどを提案したことがあったが、このような意見が会議では提案されなかったのか。2番目に行きます。図書館の記念文庫の設置についてお尋ねします。このたび、第163回直木賞に馳星周さんが決まり、また、早速図書館には馳星周さんの特別コーナーが開設され、コロナ禍の中、明るいニュースとなりました。また、町内唯一の書店である書房には40冊の注文が入り、今までこんなことはなかったと言っていました。9月6日に馳星周さんのトークとサイン会がふれあいホールで開催されたとか。私も生の声が聞きたいものと申し込みましたが既にいっぱいでした。しかし、大変結構なことだと思っております。20年ほど前には、浦河町に別荘がある有名な作家のSさんと、これも町内の大牧場が優勝したときの賞金で寄附された何とか文庫には600冊を超える本があったと言われ、特別コーナーがありましたが、いつの間にかなくなったと聞かされました。私は近くの町民の皆さんから文庫のことが指摘され、図書館へ行ってみましたが、確かにコーナーはありませんでした。多くの町民が知っている作家のSさんは、昭和50年に浦河町に来て、当時の山に別荘を設けました。そして現在まで夏には毎年のように当町を訪れ、地元の人たちと厚い交流が続けられ、これを題材にしたエッセー集を数冊発行していて、町民の皆さんにも名前が浸透しています。Sさんは、直木賞も菊池寛賞も受賞されているし、浦河町には古くからなじみがあり、多くの皆さん方が知っています。今回の馳星周さんの機会を捉えて、この際、浦河町に関わりのある人たちの関わった経緯を含めて特別コーナーを開設すべきと思うが、いかがでしょうか。質問一つ、かつてはあった文庫がなぜなくなったのか。2番、町内に関わった著名人の文庫があってもよいと思うがいかがか。3番目です。向別霊園の交通整理についてお尋ねいたします。13日のお盆の墓参りの日、多くの皆さんが墓参りに訪れますが、夕方4時頃から7時ぐらいまでが大変混雑します。向別霊園の場合、この時間帯大変混雑し、交通渋滞を起こします。この道路を一方通行にするとか、交車場、車が行き交うための場所ですね、駐車場の拡張が必要だと思います。近年、車が多くなり、そして大型化して、細い道でどちらが先に動くのか困っています。流れが止まるとお互いに後続車がいるため身動きが取れない。しびれを切らしたほうが交通整理に行って何とかしておりますが、もし事故が発生した場合、責任が発生するため、なかなか交通整理に行くのにちゅうちょしております。この辺を何とか整備していただけないかと思い、質問の一つとして、浦河町に霊園は何か所ありますか。2番目に、向別霊園は、今、お墓が何基ぐらいありますか。3番目、交通渋滞を解消するために、交車場や駐車場の拡張や一方通行にするなど、改善が必要だと思います。よろしくお願いいたします。以上です。
答弁 町長 池田拓
世界的に有名な環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんは、移動するときには鉄道と船しか使わないそうです。今、ヨーロッパでは鉄道の見直しが行われて、日本と同じようにずっと右肩下がりだった鉄道の利用者が横ばい、徐々に上向きに転じつつあるとも言われています。まさに国連が提唱している持続可能な開発目標、SDGsに合った交通手段が私は鉄路だと思っています。そういう意味で、鉄道の重要性というのは、ここの議場の中に今いらっしゃる中では神原議員が一番詳しいと思いますし、造詣も深い、このように考えています。この間、何回か神原議員と議論を重ねてきました。誠意があるかないかの受け止めは、私は誠意を持って答えているつもりでありますけれども、そこの受け止めは人それぞれだと思いますので、ご勘弁いただきたいというふうに思うのですけれども、決して私は引き延ばしてきたわけではないのです。災害復旧を、災害に遭ったのだから災害復旧をしてくださいということをずっと主張してきた。これは、ほかの7町の町長も当初は一緒でした。災害は復旧して当たり前なのです。そこをないがしろにして、災害に遭ったから、ついでに金かかるから廃線するべやという、それは議論が違う。引き延ばしたのでなくて、原則を主張してきた。それは今も変わっていないのです。そういう中でもって、これだけの時が過ぎて、様々な議論が出てきました。私は今回のご質問の中の神原議員と全く同じ意見なのです。意見が同じというのは、合意してしまってから金を出せと、金を出してくれるかという話なのです。それは本当にご質問の趣旨と私同じ思いであります。ですけれども、残念ながら、今回の20億円と5億円、それで私は異を唱えましたけれども、そこも多数決というか、押し切られた。そこのところは神原議員、ぜひともご理解をお願いしたいと思います。全く気持ち一緒ですから、ぜひ背中を押していただきたいと思います。それで、あと細かい数字等については企画課長のほうからお答えしますけれども、そうした中でもって、この日高、いつも言いますけれども、和歌山県や福岡県と同じ行政面積を持つこの日高に、世界でヨーロッパを中心にまさに今鉄道ルネッサンス、国連が提唱している環境に優しい交通手段、その手段をなくしていいのかという話なのです。特にバスに関して言えば、やはり鉄道からバスに切り替えるということは環境への負荷が高まるのです。そういったような観点も大事かなというふうに思いますし、速達性とか安定性ではやはり鉄道のほうが安定しているというふうに思います。乗る、乗らないのやっぱり議論というのは、この土俵には乗るべきではないのではないかなというふうに私は考えています。乗る、乗らないで言ったら、この議場の中でもって、北海道新幹線に乗った方、何人いらっしゃるでしょうか。そういうことなのです。乗る、乗らないの土俵に乗るのではなくて、やはり、この日高が、この次の世代が、日高っていいよ ね 。 あ る い は 観 光 客 を 呼 び 込 も う よ 、ちょっと暮らしを呼び込もう、様々な人を呼び込もう、関連人口を増やそうというときに、多様な交通手段ある。特に鉄道というのは文化という側面でも非常に魅力的な乗り物。これを私は神原議員にお話しするのは釈迦に説法とは思いつつお話ししているのですけれども、そう思っています。ですから、ぜひとも、そういったような意味を持って私自身は異を唱えてきた。そこのところはご理解をいただきたいというふうに思います。今のご質問にもあったように、同意してしまうとそれ以上のお金は引き出せない。そういう意味では全く同じ考えを私は持っています。ですけれども、そこのところもなかなか私の意は酌んでもらえない現状にあるということもご理解をいただきたいと思います。細かい点については企画課長のほうから答弁させていただきますので、よろしくお願いします。
答弁 企画課長 伊藤雅教(企画課長は2023年3月まで)
私のほうからは、1点目の浦河駅跡地の活用を計れについてご答弁させていただきます。まず、1点目であります。出張にかかった経費につきましては、町長会議での公用車のガソリン代、陳情などについては通常の町村会との陳情と併せて行っております。また、その他各種公共交通の講演会などに参加している旅費がありますので、合わせて総額で大体40万円程度となっております。得たものについては、先ほど町長からご答弁しましたので、これは割愛させていただきます。二つ目、説明会につきましては、時期を見て開催を検討させていただきます。三つ目、この地域振興費はJRが総額で5億円を用意しているものであります。この費用を管内7町で配分。その方法として、一般的な町村会の負担ルールがあるのですけれども、その中で、例えば均等割、財政割を軸に鉄道割を加味して配分される予定となっております。今の状況ですと、地域振興費の5億円の増額は難しいと思っております。四つ目です。町としては20億円では18年間運行できるかが不明確であり、可能な限り担保するには、地域振興費の5億円も合わせた分を活用できるようにし、確実に18年間運行可能とするためには25億円を一括で管理したほうがいいという主張をしてきたところであります。跡地利用につきましては、活用できるものにつきましては、今後、有効活用していく予定となっております。五つ目、調印につきまして、地域振興策については、示された金額の中で町村会としてどのように取り扱うかを任されているものであります。このため、町単独で自由になるものではないことをご理解願います。最後のサイクリングロードであります。町長会議の中では、そのような提案はありませんが、担当課長会議の中では一時議論となったことがあります。ですけれども、具体的な進展はない状況であります。今後、日高線のあかしとして何かしら残したほうがいいという判断となれば、様々な視点により検討してまいります。以上です。
答弁 教育委員会社会教育課長 和田修(教育委員会社会教育課長は2021年3月まで)
私のほうから、神原議員ご質問の2点目、図書館の記念文庫の設置についてご答弁申し上げます。まず、1点目の質問、かつてはあった文庫がなぜなくなったのかについてでありますが、ご質問の文庫でありますが、旧図書館においてご寄附により購入した本をうららカムイ文庫として独立させ、町民にご利用していただいておりました。しかしながら、利用者が目的の本を探す場合、テーマごとに分類されている一般書架を利用することが多く、文庫での利用が少なかったことから、利用促進の観点から検討した結果、新図書館ではテーマごとに分類されている一般書架に配置したという経緯があることをご理解いただきたいと思います。2点目のご質問、町内に関わりのあった著名人の文庫があってもよいと思うがいかがかについてであります。現在、図書館の町の情報コーナーに、浦河町ゆかりの作家コーナーを常設し、佐藤愛子さん、馳星周さん、森雅之さん、鈴木翁二さんなどのプロフィールや新刊などの情報を提供しているところであります。さらに、多くの方の目に止まるよう、設置の場所やディスプレイの方法など、ゆかりのある方の紹介に工夫してまいりますので、よろしくお願いいたします。以上です。
答弁 町民課長 佐々木俊也(町民課長は2021年3月まで)
私のほうからは、神原議員三つ目のご質問の向別霊園の交通整理につきましてご答弁申し上げます。一つ目の墓地は何か所あるかというご質問でございます。浦河町内にあります墓地は全部で15か所であります。次に、向別霊園はお墓が何基あるかというご質問でありますが、向別霊園では、現在、使用許可しているお墓の数は567基でございます。三つ目、交通渋滞を解消するため、交車場や駐車場の拡張や一方通行にするなど、改善が必要というご質問でございます。向別霊園の道路につきましては、町道から登り口からカーブを過ぎるまでの間の車幅が特に狭く、往来する車両同士が交差することが非常に厳しいことから、議員ご指摘のとおり、8月13日の夕方の混雑時には交通渋滞を引き起こす要因の一つとなっております。この渋滞を解消するには車道を拡幅するのが理想ではございますけれども、現状、片側が傾斜地となっておりますことから、拡幅するための用地を確保することが困難でございますので、例えばカーブミラーを設置して見通しをよくしたり、あるいは墓参を終えて帰られる車両側に数か所退避場を整備いたしまして、来られる側の車両を優先的に通行させるなど、限られた用地の中で渋滞を緩和する可能な方法について、まずは調査をしてまいりたいというふうに思います。また、下段から中段にあります中通路につきましても車両が交差するには難しい面がございますので、常時一方通行とするなど、混雑の解消に効果的と思われる方法につきまして、交通上の支障を伴うようなことがないかも含めまして検証してまいりたいというふうに思います。以上です。
質問 5番 神原富三夫
それでは、質問の順番に従っていたします。最初の質問ですが、反対を引き延ばして得たものは何だったのでしょうかと質問しているのですけれども、先に町長いろんなことを言ってくれたけれども、このことについては全然触れていないのだよね。だから、もう少し、こういう得るものがあったとかというもの、もう少し私に、町長は分かっているのです、私ちょっと理解力がもう足りないから、この5月に私も後期高齢者になったものだからね、ちょっとその辺心配なところがあるのだけれども、分かるようにね、ちょっと言ってほしいのですよ。それと、もう一つ、先ほどいろんな鉄道の必要性についてお話しされたのだけれども、それは時代が、そういう時代に要請していたのですよね。北海道の鉄道が進み、そして全国の鉄道もそうだし、日高線の鉄道もそうだけれども、当時は国策としていろんな輸送物資があったから、そのために大量輸送できる鉄道が必要だったということです。ですから、その必要性があったから全国に鉄道網が張り巡らされて、その必要性がなくなったものだから今あちこちで廃線ができたわけです。だから、私は鉄道の必要性は認めていますよ。町長と同じように。そのとおりだと思うのです。でも、何回も何回も言うのは嫌だけれども、要するに日高線は、どこの鉄道もそうだけれども、乗る人がいれば、私、最初に旗振りますよ、反対運動やりますよ。何回も言ったけれども、乗る人がいなくなったのだから、これはもう仕方ないわけですよ。私も鉄道が好きで国鉄に就職したけれども、現実において、家の目の前を、たった15メートル離れた前に神原踏切というのがあって、そこを列車が走らなくなるというのは寂しかったよ、本当に。でも現実なのですよ。乗る人がいないのだから。それに1年に2億円もかけていられないし、2億円どころか200万円だって出していられないでしょう。人が乗ってくれているのなら幾ら出しても、反対運動のしがいもあるけれども、乗らないところにお金かけるということは町民の理解を得られませんよね。ですから、これ仕方ないのですよ。町長の言うのはもう本当に分かるし、私もそのとおりだと思うのだ。だけれども、やっぱり長年この1年9か月の間、不通になってきたときに、町長一人が一生懸命頑張ったものだから、結局その結論が長引いて現在に至ったと。そういうことだから、この得るものは何だったのですかと言ったときに、この後に、分かるように答えろというのが無理なのかな。やっぱり無理かもしれないよね。もし、町長、素直にもう少し、認めるところは認める。突っ張るところは突っ張ってもいいけれどもさ、私も認めるところは認めるけれどもさ、だから、その辺やっぱりもう結論もう見えちゃったのだから、町長もそろそろ挙げた拳を、これを機会に下げたらどうですか。素直に認めて、そして、町民の皆さんどうしたらいいのだと、力を貸してくれよと私は言うべきだと思うのだけれども、いかがでしょう。
答弁 町長 池田拓
この間、ずっと神原議員と議論を重ねてきました。神原議員は広く町民の声を聞く議員さんですから、あるときは存続すべき、あるときは廃線にすべき、それぞれの声を広く聞いてご提案し、質問を重ねられてきました。私も、そういった神原議員と議論を重ねながら、先ほど言いましたけれども、やっぱりこの中でもって一番鉄道に対して造詣の深い方ですから、これだけ池田町長、鉄道に対して愛着持って鉄道の価値を評価してくれてありがとうと、いつか神原議員に褒められるのではないかなと思って今日までずっとやってきました。ですけれども、残念ながらこういう一つの方向性が出て、この方向性が出て、私が引き延ばしたというふうに、先ほども同じような答え方させてもらいましたけれども、町村会、もともと7人の町長が町民の声を受けて、災害復旧してください。そこでもってずっと活動してきました。この1年か2年、町村会長が替わってからでしょうか、方向性が変わって、私は最後まで、最初出たときの災害復旧はして当たり前ということでもってずっと主張してきました。得るものがあったか得るものがなかったかという問題ではないと思います。結果として、それと引き換えに、廃線にすれば、災害があったところを直して、ある意味、適切な表現でないかもしれませんけれども、人質に取られて直すということは得たかもしれません。でも、結果として日高から1ミリも鉄道がなくなった。こういう現実があるわけです。私は、鉄道の重要性というのは神原議員には及びもしませんけれども、十分認識していますので、この日高の魅力を伝えていくためには鉄道を残したい。その信念は今も揺らいでいません。そう思ってやってきました。これからも、例えば、ちょっとご質問とはずれますけれども、大きな課題がバス転換するにしてもあるのです。今のバス転換は、あくまでも代行バスをどうやるかという議論なのです。これからそれを走らせながら、今の既設のバス路線と代行バスで新たに走らせる路線のすり合わせをして、そこの便数調整だとか運行主体をどうするかというのは走りながらやっていかなければならない大きな課題も抱えています。そういう意味では、来年4月から走ったら、実際走ると今までの既存のバス路線と、要は、便が重なっているのではないかとか、ここが不便とか、ここが便利、いろんな意見出てくると思います。そういうところは酌み取っていきたいなというふうに思いますけれども、ご質問の趣旨の、引き延ばして何を得たかとかと、何を得るために引き延ばした、何をやるために引き延ばしたというものではなくて、災害復旧してくださいということでずっとやってきたということは、これはご理解いただきたいなと思います。災害復旧はして当たり前なのです。ご質問の中にありましたけれども、乗った乗らないというのは、やはりそこのところに、公共交通としてはくみしていくべきではないと思います。何回も言います。北海道の鉄道の中でもって一番の大赤字は新幹線です。新幹線乗ったか。多くの人は乗っていないです。そこの議論に乗ってしまうと、特にこういう人口の希薄なところでは、そうしたらあるものを要らないべ、これも要らないべ、郵便だって要らないべ、これも要らないべという議論になっていくのです。皆さんも私も、この町やこの地域をよくするために町長になり議員になっている。そのためには、この町が、例えば赤字だから黒字だからどうのこうのではなくて、公共とは何ぞやということから考えていけば、乗っていないから、利用していないからという議論には私は乗るべきではないと思う。だんだん、鉄道、交通にしても郵便にしても、今、野深とか郵便局でクール受けなくなった。議会で何回かお話しさせてもらいましたけれども、少しずつ少しずつ不便になる。それは医療にしてもそうです。それはどういうことかというと、裏を返すと、この地域が暮らしにくく住みにくくなっていくということなのです。それは、ですから鉄道に関して言えば、引き延ばしたとか引き延ばさなかったとか、そういったような問題ではなくて、もっとこの地域をどうするかという哲学的な問題でないかなと、私はそう考えています。
質問 5番 神原富三夫
池田町長のすばらしいというところは、前にも言ったけれども、とにかく挨拶が上手なのですね。とにかく。夢と希望を持ってとちょこちょこ出てきます。今の答弁を聞いていても、結局は私の質問には答えていないのですよね。誠にすばらしいね、そういう面では。だから、私の質問にもう少し私が分かるように説明してくれと言うのだけれども、新幹線の問題から、何か話が代行バスの話になったりさ、代行バスの場合は、これは前にも言ったように、これは今でもそうですけれども、ほかの会社もそうですけれども、実態に合ったように是正して修正してもらえばいいわけだから、今、担当者の間でやっているというから、それはそれでいいと思うのですよ。やってみて、駄目なら直してもらえばいいだけの話だから。私はそんなことは言っていないです。基本的な、日高線がなくなるかあるかという話の、町長の意見に私はどうしても従えないのですよ。不便だからと、それは皆さんここにある人だって町民の皆さんだって最初から日高線なくなるということに賛成だという人は誰もいませんよ。そんなことあったほうがいいに決まっているのだから。何回も言っているように皆さんも思っているはずだ。それをね、公共交通がなくなったらとすごく格好のこいいことを言っているけれどもさ、人が乗っていないものを残してどうするということだ。これが公共交通ですか。乗っていないのだもの、いないのだもの、乗る人が。それを残してどうするのか。お金かかるのです。ただだったらともかく、お金かかっているのです。それも日高線だけが特別ではないのです。20年後に日本の人口が半分になることを予想して現在があるわけですよ。だから、これがたまたま今になって早くなったということなので、そういうことだから、これはもう必然的にそういうことになるわけですよ。この話を言ってもまた長くなって皆さんにご迷惑かけるからもうやめるけれども、もう少し、先ほども言ったように、素直に町長も認めるところは認めなければ駄目だって、いつまでもじょっぱっていないで。そうでなければ話進まなくて、時間なくなるのだもの、私。これで90分使うわけにいかないのです。ほかに質問があるのだから。それをちゃんと認めるか認めないか、また私も元に戻って同じような質問したら質問時間なくなってしまうのだから。どっちにしても、これには答えたくない気持ちも分かるから、まあいいですよ、これは。この引き延ばして得たものは何なのかといったら。だから、一つだけ言いますけれども、町長は災害復旧のために反対していたと言うのでしょう。だから、それはそれで分かりますよ。でも、それをもし災害復旧、もし早くしたいのだったら、日高線を早く廃止認め、あとは国にやらせればよかった。ただそれだけの話でしょう。JRは金ないからできないというのだから、そうしたらもう営業権放棄すれば、あとは管轄する国にやらせれば早くできたのだ。まあいいです、それは。その次に、2番目、廃止が決まった今、町民への説明会はいつやるのか。これは先ほど課長答弁では、何か準備出来次第みたいな、随分のんきな話、答弁だったのだけれども、それだって、課長にそんなことを言ったって課長は判断できないから私は町長に聞くのだけれども、これは早くやらなければ駄目でしょう。後のほうの質問にも関連してくるけれども、これは早く、もう廃止する方向が決まったのだから、今回は。方向性でないよね、決まってしまったのでしょう。まだ9月の末にもう一回町長会議やるという話だけれども、このときは私、調印はするとは思っていないけれども、とにかく先ほど言ったように、調印だけはとにかく最後まで、後のほうに関連するけれども、地域の振興策をちゃんと考えて、それに金が幾らかかるのかということを判断してからでないと調印はできないと思うので、してほしくない。その前に、2番目の説明会の、これはのんきなことを言わないで早くやって、早く皆さんからご意見聞かないとならないと思います。町長ね、議会や町民とご相談してなんて、いつも格好いいこと言うけれども、たった1回しかやっていないのです、まだ。これを早くやって、皆さんのご意見を頂戴するということを明確にできませんか。どうですか。
答弁 町長 池田拓
先ほど伊藤課長からのほうも答弁させていただきましたけれども、こういうふうに決まって、実態ですよ、まだ正式にはあれですけれども、おおむね方向性が出て、ご質問の中にもありましたけれども、今度の9月28日だったかの町長会議が、あるいは10月の上旬にも町長会議が予定されていますけれども、その中でもって方向性が出る中で、どういったような、町民に周知の方法、あるいは町民の意見が吸い上げがいいのか、例えばパブリックコメントみたいな方式がいいのか、様々な方法があろうかというふうに思いますので、そこのところはよく検討させてもらいたいなというふうに考えております。
再質問 5番 神原富三夫
再質問にも、やっぱり早くしたほうがいいと言っている私の意見にも、まだいついつまでにやるとかというような話にはならないわけですよね。これも非常に残念なことなのですけれども、これ以上言ったって、とにかく町長が決めれば済むことなのだけれども、町長が決まっていないようだから、話が進まないですよね。本当に、これは町長早くやらないと、またよその町の人たちに、町長たちにご迷惑かけることになるので、早く説明、決めないと、真面目に聞いているの、ちゃんと、また長引かせると浦河町だけのおかげで長引いたということにやられるから、早く説明会をやって、町民の意見を聞いてさ、それを反映するようなことをしなければ、管内町長会議のときにほかの町長さん方に迷惑かけるよと。だから早く決めた方がいいですよと、こういうことは言いたいと思います。3番目ですけれども、それから、浦河駅の鉄道遺産を活用して、町の発展に知恵を借りるべきだと、こういうことを言っているのですけれども、昨日の同僚議員への回答では、まだそんなことを考えていないような答弁だったと思うのですけれども、そういう、あれですか、活用する方法は考えていないのですか。私は、町長が廃止の方向に賛成の意を表したときから、こういうことはもう既に頭の中にあるのだろうと、そういうふうに思っていたのです。こういうことを考えないと、だけれども、浦河駅の跡地はそのままにしておくのですか。撤去するのか残すのか、その辺のことでもはっきりして、残すのならそれを活用した方法を考えないとJRと話進められないでしょう。そして支援金の8,000万円、町長の考えでは8,000万円ぐらいはくれるのではないかみたいな話だったけれども、このことだって、私はその根拠はどこから来たのだと言ったって答えてくれないし、だから、8,000万円が仮にそうだとしても、あそこで浦河の町の発展計画を立てるなら8,000万円で収まるのと私はそういうことを心配しているのですよ。だから聞いているの。計画早くつくらなければ、ないならないでもいいけれども、この5年もの間、何考えていたのだと。そんなこと、あなた、終わったときのことを考えたら、常に同時進行でやれと、条件闘争やれと、私が言ったことあったでしょう。そうしたら、そのときから考えて、事務方、公にできないまでも、事務方にこういうことを考えなさいよと指図するのが本当ではないですか。こういうこと考えていないのですか、どうですか。
答弁 企画課長 伊藤雅教(企画課長は2023年3月まで)
神原議員の再質問に答弁したいと思います。まず、5億円の内訳、内訳というか考え方ですけれども、JRから5億円の地域支援策ということでなっていまして、その費用を管内で配分するという形になっています。その配分方法は、町村会の通常のいろんな部分の負担金の各町の負担ルールがありますので、それで均等割と財政割、そして鉄道あるところ、ないところという部分の中で割っていこうということで、そういう話になっています。ただ、まだ最終決定ではありませんけれども、そこはそういう状況になっています。あと、跡地利用の部分についてなのですけれども、そこは去年の1月の全員協議会の中でも町長のほうからも発言しているのですけれども、一応企画課の中で、昨日も米谷議員にもお話ししたのですけれども、青写真まではいかないのですけれども、町の全体で、例えばこういうところどうだろうとか、こういう鉄道敷地がどうだろうというのは内部的には、ただまだ踏み込んだものはないですけれども、内部的にはそういう協議はしているところであります。以上です。
答弁 町長 池田拓
跡地の問題一つ取っても、例えば浦河駅の部分だけ町が仮に取得するとして、ホームだとか駅舎だとか、そういったようなものの撤去をJRがやるのか、あるいは取得するから浦河町がやってねという格好になるのか、そういったような問題もこれからの交渉なのです。そして、ざっと、素人勘定ですけれども、あそこの今ある保線区の建物だとか、駅舎だとか、ホームだとか、あるいは戦争の遺産にも、遺産というか正式な遺産ではないですけれども、戦争の空襲を受けたときの鉄道の跨線橋だとか、あの辺を全て撤去するとなると、恐らくは億に近い、そういったようなお金がかかるのです。なおかつ、国道からあそこを隣接して使うとなれば、あそこにご案内のように国の施設があるのです。港湾の防波堤が。そういったようなものをどうするかとか、それは国交省なりに協議をしなければならない様々な課題がありますので、今の段階でなかなか明確にしにくい部分もある。ただ、今、企画課長から答弁しましたように、去年も説明させていただきましたので、神原議員もご記憶のことと思いますけれども、検討はしている。ただ、議会のほうにご相談するような、そういったような状況までにはなっていない。相手があることですので。まだ町が取得するか、JRがくれると言うか、売ると言うか、売るとなれば幾らするか、様々なことがありますので、そういう段階で検討がしづらいという部分もあるのはご理解をいただきたいなというふうに思います。
再質問 5番 神原富三夫
今、町長が公にできない部分もあると、様々なことがあると。だから、私はそういう様々なことをこの間になぜやっておけなかったのか。当然もう分かっているはずだったのですよ。これは日高線が残るなんていうことはどうしたって考えづらかったわけだから。列車に乗る人がいないのに。だから、当然そのときのために、同時並行するとか条件闘争するとかという私は言葉を使いましたけれども、こういうことになったときには速やかにそういうお金の計算ができるようにと、そういう準備をしておけと、こういうことですよ。ですから私が何回も、あれはこう、これはこういうふうに、それともあれを全部撤去してやってしまうのか、そんな撤去するために浦河町が金なんか出すわけではないか、そんなこと。そんなことがあったらJRだって腐るほど分かっているはずです、そんなもの。そんなことに8,000万円なんか使っていられないでしょう。復旧のための8,000万円ならいいけれどもね。そんなこと、もしそうだと、町長がみんななくすのだと言うならば、それはJRやってください、私知りませんよと、それは済むかもしれないけれども。そういう問題ではないと思いますよ。だから私が何回も何回もここで、あそこを観光の拠点として、堺町と大通をドッキングさせて、浦河の活性化のために残すべきだ。そのためにはこういう計画を、青写真をつくる、そのためにはこのくらい金かかるよと、8,000万円ではとても足りないでしょうと。だから調印できないと。だから何とか金を出してくれという方向でいってほしいことを願いながらこういう話をしているわけで、それを今言ったようなことを説明されたって、そんなもの最初から分かり切っているでしょうと。私の立場で言えばそういうことになりますよ。だから、伊藤課長に、私が聞いたって伊藤課長は判断できないから、だからそんな大問題なのだから。日高線の大問題、浦河町の大問題でもあるけれども、日高の大問題ですからこれは。当然のことながら、町長が判断しなければできないから私は町長にしつこく言っているわけです。このことを、何かまだこれから考えるようなのんきなこと言っていないで早くしなければ駄目でしょうということを言っているわけですよ。
答弁 町長 池田拓
私は反対咬合はかみ合わせが悪いのは自分の個人的な悩みなのですけれども、なかなか議論かみ合わないなというふうに思いながらご質問聞いていたのですけれども、私、先ほど、最初の質問のときに答弁させてもらいました。神原議員のおっしゃっている部分と気持ち全く同じです。町長会議でもそういう主張をしています。ですけれども、町長会議でもって管内のほかの6町がそれでよしとされる。私は主張しています。ただ、私の一存でなかなか、例えば個別交渉させてくださいだとか、JRが国鉄の分割 民 営 化 の と き に は 1 キロ3 ,0 00 万 円だったでしょうと、目安が。それから物価上昇を見れば、今の日高線のこの補償額だとあまりにも低いのではないですかとか、そういったようなことは主張はさせてもらっていますけれども、ほかの町長がそれでよしということですので、ここもまた、私は本当に神原議員と同じような主張をさせてもらっています。なかなか通じない。そこのところのご理解をいただきたいなと思います。ですから、本当に今回も、前に鉄道残せと言われたときも背中押してもらった感じしましたけれども、今回も背中を押してもらっている気持ちしていますし、自分が考えてることと同じなのだなというふうに思っていますけれども、なかなかそれが現実通じない部分もあるということもご理解をいただかないと、ここで幾らお叱りを受けても、何と言いましょうか、頑張ってやっていますけれども、それも通じない。こういう仕事、前の全員協議会でもお話ししましたけれども、こういう仕事、判こをついてしまってから、さあ幾ら出すのだと言われたって出さないでしょうという話ですよね。そこの思いは全く同じですので。頑張るといっても、もはや頑張りようがないのですけれども、もう土俵を割っている状態ですので頑張りようがないのですけれども。この25億円のうちの5億円の部分を含めて、様々な意見はこれからも言いたいなというふうに思いますけれども、なかなか私や神原議員の意見が通じない状況にもあるということもご理解をいただきたいと思います。
再質問 5番 神原富三夫
町長が私と全く意見が同じだということには、それは私もうれしく思いますよ。だけれども、私の質問には答えていないのですよ。町長会議で一生懸命頑張っているのだということ、それはよく分かりましたよ。私はそんなことを聞いていないのです。早くこれをやるべきだという話。計画。町民の意見を聞いて、そして計画をつくって、そしてやるべきだと。全く同じだということは分かりました。それでは早速、1か月以内にはやりますから、そして皆さんに、私が町人の人たちと約束したように、町民の意見を十分に聞いて、それを反映するように努力いたしますと言うのなら、私も分かったと。すごく分かりやすい。そういうことには触れないで、町長会議のときに頑張った頑張ったって、このときはあなたと同じ意見ですと言ったって、私の質問に答えていないのだから。町長。分かるでしょう、言っていることは。だけれども、私あまりしつこくないほうだから、これ以上は言いたくないから言わないけれども、せめて、私も十数回も同じようなこと言っているのだからもう言いたくないのだ、正直言って。だから、もう少し、もう最後なのだから素直に言うこと聞いてくださいよ、これ。皆さんに分かるように、これをテレビ見ている町民の皆さんにもさ。あれは何あれ別なことを言っているのだって、どこかの国会と同じように、はぐらかすようなことばかり言っていないで、誰にでも分かるような言葉で単刀直入に言ってくださいよ。分かったと。なるべく早くやるからと、なるべくが3か月や5か月では困るけれども、なるべくといったらやっぱり1か月以内だものね。このぐらいの決意を持って答弁してください。そうしたら分かりましたと言うから。
答弁 町長 池田拓
本当にJRが運休になってから、神原議員とも随分長いことこの問題で議論を重ねてきました。そういった中で、いよいよ最終盤に情勢はなってきているわけですけれども、先ほどお話ししましたように、町民の意見を聞くのは様々な方法があろうかと思いますので、どういったような方法があるかを含めて、よく検討をさせていただきますし、聞かないというわけではありません。例えば町長への手紙、そういったような方法もあるわけですから、聞かないというわけではありませんので、そういったような方向でしっかりと検討させていただきたいと思います。私の答弁等、なかなか、先ほど言いましたようにかみ合っていないのですけれども、私自身は十分伝わるようなお話をさせてもらっているのですけれども、なかなかそういう受け止めがされないのは私の言い方が拙いのか受け止め方の仕方があれなのかは分かりませんけれども、少し残念な、そごを感じる部分はありますけれども、そこのところはご質問の趣旨を受け止めて、町民の声を聞くような方向はしたいというふうに思います。ただ、先ほど木下議員との議論の中でもお話しさせてもらいましたけれども、今のこのファミリーだとか給食センターだとか橋梁だとか、そういったような社会資本の更新の時期を迎えた中でもって、どれだけこの跡地に、例えば跡地を取得して撤去にお金をかけて整備ができるかどうか。私は撤去だとかそういうのも、神原議員がおっしゃるように当然JRにしてもらってやるべきだと思っていますよ。そういうふうには思っていますけれども、残念ながら他の首長はそれでよしというような方向性ですので、うちはその財政厳しい中で果たして望むような形ができるのかどうか、そこのところはかなり知恵を絞らなければいけないのだろうなというふうに思います。ですけれども、よりよくなるような、町にとってみれば役場の前の広大な敷地でありますので、どういったような形がいいのかを含めて、よく検討させていただきます。
再質問 5番 神原富三夫
何だか町長の話を聞いていると、私の望む方向性と町長が望む方向性がだんだん近くなってきているのだというような錯覚にとらわれているのだけれども、どうも表現力がお互いに悪いのか理解力が悪いのか、なかなかその辺がなかなか近くならないところがありますけれども。残念ですけれども。ただ、私、北海道のこういう問題が、日高線の問題がこういうふうになってから、北海道の駅かなり歩きました。廃線のところも行きました。見てきました。前にもお伝えしたように廃線のところは本当に惨めというか寂しいというか。25年、30年ぐらい下の年代の人たちにとっては、もう自分のところに昔鉄道があったということを知らない人が多いのですよ。分かっていた人たちはもう亡くなってしまっているのです。もうこれを聞いたときには本当に寂しい。だから、町長も鉄道を残したいという思いが本当ならば、私は、ちょっと前に進みますね、本当の真実を知ったならば、私は鉄道遺産を、あらゆるものを残してほしいのです。それは踏切、法的に難しいものは無理としても、ない場合は、やっぱりいろんなもの、昔ここに鉄道が走っていたのだよって、25年か50年か知らないけれども、そういう人たちが、ここにあったのだよなって。そういうようなことを、遺産を残してほしいのですよ。あれを撤去するといったらどこが撤去するにしてもお金かかるのですよ。例えばいい例なんか、大きないい例なんていったら鉄橋。鉄橋を、あんなものを外すといったらもう何百万か何千万円の話になってしまうでしょう。基礎にもよりますけれども。よそのなくなったところのを見ますと、それが残っていて、それが鉄道ファンを引きつけているものがあるのです。だから、私、先ほどお話ししましたように、このサイクリングロードという話、これは支援策の8項目の括弧書きで、先ほど言いましたようにJRが言っている話ですから。どのぐらいお金かかるか全然見当もつきませんよね。だから、そういうふうにするというと、日高の跡地も遺産も残るし、日高の宣伝にもなるなと思うのですけれども、よその町長が、町長会議でそんな話なんか出ないのだということになれば、私は非常に悲しい。せめて、駄目でも町長の口からそういうことを提言してほしいなと思うの。多数決で駄目になるかもしれないけれども、やっぱり日高の遺産だもの、何十年もかかって鉄道造って、私は本当に思うに、新冠のあそこは駄目になってしまったし、清畠かどこかの鉄橋も駄目になってしまったし、最後の列車走らせるということは残念ながらできないかもしれないけれども、もう本当に悔しいね。まあそういう意味で、サイクリングのものは、それがトロッコ列車になるかどうかとしても、よその町の人を、町の町長たちが会議で公の場所で夢みたいな話を言うの恥ずかしいのかもしれないね。きっとね。私みたいな夢が多い者は、道内のトロッコなんかも4か所ぐらい行ってきましたけれども、本当にあれ見てたら楽しいし、子供たちの教育にもいいしな、観光客も呼べるしなとかと思いながらきたのだけれども、何か町長も恥ずかしがらないで、勇気を持って、うちの町民の中にそういう者がいるのだけれどもって、私のせいにしてもいいから一つ言ってほしいのだ。何かドラマ見ていたら、やらない後悔よりやって後悔したほうがいいなんて何かのドラマやっておったけれども、私はどっちかっていったらそっちのほうなのだよね。町長も、正直に、もう少しやってほしい。最後の質問になってしまったかもしれないけれども、その点、跡地の活用も、先ほどどなたか言っていたけれども、あそこだって、道の駅なんか昔から何もないから、ほかの議員も質問していたけれども、なかなかできない。道の駅という名前ではできないかもしれないけれども、鉄道の支援の額を頂いた中で、物産館か何かやるとか、よその実際に動いてる線区でも、その駅の中でラーメン屋とか、そば屋さんやっているのですよ。現実にあるのです。足湯とか土産物屋とか行くと、駅のすぐそばに足湯の施設を造ったり、そういうことをやっていますしね。何とかこれを活用して浦河の観光に結びつけてほしいなとそういうふうに思っていますけれども、いかがですか。
答弁 町長 池田拓
神原議員最後のご質問、多分最後になられるのだろうなというふうに思いながらも、お話に答弁させていただきます。私は、日高線、私の持っている夢を語ります。恥ずかしいですけれども。やはり日高線含めてローカル線、私はJR北海道が、それは四国でも九州でも同じですけれども、国は今、電気が発送電分離です。発電会社と送電会社を分けましょうというのが国の大きな方向性です。そして発電のほうは、ご案内のように、電気のほうは経産省、鉄道のほうは国交省です。そこの垣根を超えて、例えばJRの日高線の敷地に送電網を引いてほしい。JR北海道が送電事業に参入する。例えばですよ。そうしたら、そこでもって例えばえりもの風力発電をはじめ、再生可能エネルギーをつながせていくわけですよ。太陽光発電を。そして使用料を取る。そういったようなことで、旅客だけでなくて鉄道の今ある財産を使って稼ぐ。ご案内のように、再生可能エネルギーというのは、どっちかというとローカルな地帯に多いわけです。そしてまた、それがあると、この前の全道一斉のブラックアウトありましたけれども、そういったようなことが防げる。そういう一助になる。それから、神原議員が浦河駅にお勤めだった頃は貨物も扱っていたと思うのです。同じように旅客専用の列車でなくて、貨客混乗、今これだけドライバー不足、自動車運送が非常にピンチな時代ですから、かつてのように列車に貨物を積んで駅まで取りに行く。そういったような方法、そういった様々な稼ぐ方法があろうかと思います。そういったような骨太の、そして北海道のローカル線、あるいは地域交通を守るのだというのが、やはりここは国なり道が、青写真を描いてほしいなというふうに思っています。残念ながら私の願いはかないませんでしたけれども、やはりそういったようなことに参入して、鉄道の、私よく職員に言っています。浦河の宝を見つけて、その宝に磨きをかける。それが我々の仕事だ。と同じように、今ある鉄道の財産に、それを再発見して磨きをかけるのは、やはりJRなり国なり北海道が頑張ってもらわなければならないだろうなというふうに考えています。そうしない限り、今8路線と5路線に分かれて、5路線は赤路線、8路線は黄色路線になっていますけれども、今回のコロナでもって、この8路線もやがては近いうち赤です。そうすると、その次に北海道内の黄色い線路、今度また探すのです。タマネギに芯ないけれども、タマネギの芯を探すように皮をむいていく。どんどんどんどん細ってくる。そして一番大赤字の北海道新幹線を残す。これってやっぱりおかしいですよね。ですよね。私はそう思います。それで、せっかくそういう可能性がある日高線はじめローカル線を、新しい発想を入れていかないとやはりどんどんどんどん、幾ら中央のほうでは地方の時代だとか地方尊重とか地方創生だとかと言われていますけれども、基本的な部分というのは、流れはなかなか変えることができないのではないかな、そういう危機感は持っています。これも、なかなかご質問とかみ合っていない答弁になるかと思いますけれども、恥ずかしがらないで夢語りなさいと言うから夢を語らせてもらいました。
再質問 5番 神原富三夫
何か町長と話していると、だんだん広がってきてしまってポイントがぼやけてきて、仲いいのです、だからこういう話しているの。それで、その新しい発想を、これは何の場合も大変重要なことだと思うのです。ですので、私驚いたのは、レールの跡地を送電事業やったらどうだというの、私今までそういう発想はなかったので、すばらしいなと思ってね。正直本当にそう思いましたよ。それから、貨車混合の、これはなかなか難しいのではないですか。乗る人いないし貨物はないし。昔と違ってね。これは新しい発想なのだけれども、これはね、ちょっと難しいような気がするけれども。考え方としてはあっていいと思うよね。これ都会だと、もう少し列車に乗っているところだと考え方はいい。今の新幹線に、空いてる列車に荷物を運ぶのはどうだって試運転やっているようですから、それだってそうでしょう。私も鉄道出身者だから、新幹線の車両の中に、出口のあそこに、大きなテレビつけて、それを常時放映したらどうだって、私は列車が好きで、列車に乗ったら、日高線に乗っていないけれども、よその札幌とかあの辺行ったら何回か乗っているのですけれども、必ず先頭車に乗るのですよね。そうしたら旅行なんかに行っても、旅行先の電車とかに乗るときには前に乗るのですよ。団体で行っていても。そうしたら、前がすごく開けて見えるではないですか。あれがもう何とも言えないですね。そういうことで言っているのですけれども、そういうのをテレビをつけたらどうだって、あのね、何もないところでただラジオ聞いているか居眠りしているかするのなら、前のものの景色を、飛ぶような景色をどんどんしたらいいのだ。それを提案したことがあるのですけれどもね。ある偉い人に提案したのだけれども、そんなもの駄目だね、そんなことであって悲しいけれども。だけれども、その送電線はすばらしいと思う。これはぜひ町長、そのことも恥ずかしかったら私のせいにしていいですから、次回のそういう機会に、ぜひ日高線全部を、無理だったら部分的にでもいいから何か残すこと考えてくれないかと言ってくださいよ。どうせ答えてくれないと思うから、お願いだけしておきますから。恥ずかしがらないで、町長も挨拶するとき立派な挨拶するではないですか。先ほども褒めたのです、私。だからそういうことも、ちょっと突拍子もないこと、人によってはそういう人も多いかもしれないけれども、私にすればそう思う人は大したことない人だと私は思っているのです。夢がない人は。町長は夢があるでしょう。すごく。その夢をやっぱり実行するために言わなければ駄目だ。本当に夢は消えてしまうから、朝起きたら。実行させるためには、朝起きて覚えておいて、よしやってやるぞと、そこからやってください。ちょっとこの件について長くなってしまって申し訳なかったけれども、第1問についてはこれで終わります。2番目には、図書館の記念文庫の設置なのですけれども、先ほど、答弁の中で、文庫がなぜなくなったのかというときに、文庫がなくなったというね。当時は、私、関係者の人に聞いたら、それあったのは20年も30年も前の話だって聞いていました。検索したときに、なかなか借手がいないので戻したような話していましたけれども。当時はパソコンのない時代だったからそういうことはあったと思うのですよ。でも今はパソコンで、どこの何の何号の何番にこの書籍があるとすぐ分かる時代ですから。今はそういうことはないと思うのです。作ったとしても。これは答弁で、前向きの方向でやってくれそうな雰囲気でしたから、教育長の本当は言葉も聞きたかったのだけれども、教育長もあんまり出たくないようだから。本当は僕は教育長の出番を少しお願いしたいなと思ったのだけれども、これはそういうことで評価したいと思います。できるだけ早くお願いしたいと思います。そうしたら、先ほどのお話のように、移住者の中でもなかなか立派な方おいでなようですので、そういう方の励みにもなると思うし、ほかにも移住者たくさん来て、移住者仲間の誰々かが、こんな人がいるのだって。ホームページで、あの中でやるって、そんなことを一々調べないから。コーナーに行って、そういうのがあると、みんな驚きますよ。今回は馳星周さん、こういう人が初めての町民栄誉賞に輝く人がいる、絶好の機会だと思う、これをやるのには。ぜひ早いうちに実行していただきたいことをお願いしておきます。3番目の向別霊園の交通整理なのですけれども、現地調査に行ってきまして、そして、どの辺がどうなのかということを私も説明させていただきましたし、そしてそんな難しいことはないと思うのです。1車線を2車線にするというわけではなくて、先ほどお話しした直線コース、下から上がってきた直線コース、一番あの辺が問題なのですけれども、両側に1メートルぐらいずつ場所が取れればかわせると思うので、ぜひそれをお願いしたいと思います。とにかく、私も、去年もそうだし今年もそうだったのだけれども、あそこで体験しているのです。私どもが下りていく、それから下から上がってくる。鉢合わせになってしまって動き取れなくなるのです。いや困ったな、私も議員やっていて、お前何しているのよなんて言われたくないしなとかと思いながら戸惑っているのだけれども、3分とか5分、長いのね、待っていると。そのうち誰かが降りてきて指図するのですよ。指図している間は素直に言うことを聞いている人はいるかもしれないけれども、あそこで問題が起きなければいいなと思って、私はらはらして見ていたのですけれども。とにかく、間は数珠つなぎなものだから、バックしようにもバックできないのです。そういう実態がありますので、ぜひこれは向別霊園の場合ですけれども、よそのところはどうなのか私は分かりませんけれども、ほんのいっときにですけれども、それで辛抱できている間はいいのだけれども、地域の人だったらみんな顔見知りだから何とかということあって、あまりトラブル発生する要因はないかと思うのだけれども、うちらのほうは知らない人ばかりだから、変にトラブルにならなければいいなと思って心配していました。これも善処してくれそうですから、ぜひお願いしておいて、質問を終わります。ありがとうございます。