みんなの議会

浦河町議会 令和7年第6回定例会 2025年12月11日

(1)池田町政4期16年間の評価について/(2)映画「北の流氷」(仮題)について

2025年12月11日、浦河町議会の一般質問で、神原富三夫議員が「池田町政4期16年間の評価について」「映画「北の流氷」(仮題)について」について質問し、町長 池田拓、商工観光課長 民部宏治が答弁しました。

質問者
神原富三夫 議員
答弁者
町長 池田拓、商工観光課長 民部宏治

議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。

議員が最初の質問で述べた件名は 2 件あります。1回の登壇で続けて質問しており、議事録の中に件名ごとの区切りが無いため、1件の中に並べています。件名は議員の発言から取ったものです。

質問 10番 神原富三夫

それでは、2件について質問いたします。まず、1件目ですが、池田町政4期16年間の評価についてという。私は、池田町長最後の議会に思いがけず質問できる機会を得たことに大変うれしく思っております。最初に、池田町長におかれましては、今期限りで引退とのことでしたので、まずは4期16年間の町長職、本当にお疲れさまでした。今、私は、池田さんが初当選された選挙戦のことを思い起こしています。大変盛り上がり、選挙戦最後の堺町の夜の熱気は大変でしたね。私の人生においても心に残る1ページになりました。どうか引退後は、まだまだ若いのでボランティア活動などをして、奥様共々、余生を楽しんでいただければと思います。町長の職務は、毎日出勤し、24時間浦河町の全責任を負っているわけで、神経の休まることはなかっただろうと推測するわけですが、その気持ちを理解するには、その職を経験した人でなければ分かりません。ちまたで言われる「トップは孤独である」をうのみにするしかありません。しかし、それまでしてまで、なぜ町長になりたかったのか。これから町長を嘱望する皆さんに参考までにお尋ねしたいと思います。2005年、池田町長は、54歳で役場の課長職を辞職し、初の選挙では敗れたものの、2009年、2回目の挑戦で見事に初当選されました。このことは、多くの町民の感動の一幕でした。このときの選挙戦最後の日の堺町での盛り上がりは、今でも思い出す、すばらしい選挙戦でした。しかし、残念ながら3期、4期目は無投票で当選され、選挙は行われませんでした。そして、今期、12月の任期で引退を決意されました。立候補すればまた無投票で当選されたであろうに、なぜ引退を決意されたのか、この際、明らかにしていただきたいと思います。2度目から4度目までの選挙公約を見ていないので分かりませんが、最初の公約は長く私の机の上にありました。およそ50の公約がありました。公約ではありませんが、まず私の評価です。長所として1番目は、多くの町民が評価するところは、54歳で将来が明るいであろう課長職を辞職して、役場の職員が町長に挑戦したことであります。このことは、次回の役場の職員が町長に挑戦するまで、長く記録に残ると思います。2番目に私が町長の評価するすばらしいと思うのは、銭湯の無料化です。当時、銭湯の産業の廃業が進んでいたとき、町内の銭湯をどうするかと悩んでいたとき、町長は、町内の残った銭湯を、英断をもって銭湯の無料化を実施しました。このことは町民がひとしく認めることだと思います。今、町民の多くが当然のように風呂を楽しんでいますが、池田町長が実施したことを知っている人は少ないと思います。このことは、将来にわたり語り継がれてよい事案だと思います。3番目は、それと挨拶が大変上手でした。ただ、ユーモアが少し不足していました。これは町長の生真面目な性格だったと思います。私が提案した事案も結構実現してくれました。このことは感謝しておきたいと思います。次は短所ですが、私は総務財政委員会で、毎年数千万の援助をしているアエルに対して、2回、任期中に結論を出すべきだと提案しました。池田町長も、当時の副町長も、その点は了解していたと思います。私は、アエルをなくせと言っているのではありません。アエルには、社員30名を超える雇用を擁し、浦河町の観光の中心として大変重要な存在です。しかし、営業面では大変不安です。指定管理者も同じで、何回目でしょうか。今回の応募も、また同じ会社になる可能性があります。全国規模で公募されているのでしょうか。優駿の里公園運営検討委員会の答申の第1番目に、依然として指定管理料で補うことで経常利益を計上しているという収益構造であると指摘されています。アエルの経営体制をどのように考え、どのように改善すべきかを最後にお尋ねしたいと思います。そこで、公約に戻るのですが、今までは私の私的なことでした。今までおよそ50ぐらいの公約を掲げて4期16年の町長職を実行してきましたが、この公約が何個ぐらい実現できたのか、主な公約を述べていただきたいと思います。自分が誇れる公約は何であったのか。数は少なくて結構です。その辺をひとつ述べていただきたいと思います。そしてもう一つは、反省すべき公約は何であったのか。これも何個か明らかにしていただき、次期町長や私たち議員にも影響することならば、ぜひ知っておきたいと思います。そして、もう一つです。多選自粛条例の制定については、どのようなお考えでしょうか。今、全国的に首長や議員の成り手が少なく、困っています。日本は堅い社会ですから、どうしても副のつく方が有利になります。それも替わったほうが町民も期待するし、職員も緊張するので、よいと思います。反対に長くなると、本人はもちろんですが、職員も町民も緊張感がなくなり、投票率も下がります。そのような意味では議員も同じで、世代交代が行われず、町民からは給料泥棒と言われる始末です。私は、さきの町長に3度、町長の多選自粛条例を提案しましたが、実現しませんでした。池田町長にはこの質問をしませんでしたが、あなたなら3期で辞めてくれるだろうと期待しましたが、残念ながら4期までいきました。ある人と議論をし、私は直前まで引退を表明しないから、前町長のように5期までやるだろうとかけましたが、負けました。きっと辞めなければならない環境の変化が発生したのだろうと自分で納得しています。本当のところは、町長の胸の内ですね。実は映画の「北の流氷」(仮題)の件で責任を取り辞職することにしましたと言ってくれると、町民の全員が納得しているはずですが、いかがでしょうか。最後になりますが、池田町長の本音を聞きたいと思います。次に、映画「北の流氷」(仮題)についてです。7月23日の新聞発表で「北の流氷」(仮題)の中止を知りました。楽しみにしていた多くの町民は、びっくり、落胆し、なぜなのか疑問を持ちました。まず、役場の仕事は、地域の住民の生活を支え、発展させるための仕事が主な役目です。役場が映画を作るなとは言いませんが、本格的な映画はプロが作るのであって、役場の業務の一つに入れるのは違うと思います。役場や町民が自発的に応援できるのは、単なる製作費に対する気持ちを寄附という形で応援することだと思います。ですから、寄附集めのために税金を使うことは許されません。なぜなら、民主主義の世界では、何事にも賛成と反対の意見があるからです。私は今回の選挙で多くの人たちに出会いましたが、町民の疑問の多くは、映画「北の流氷」(仮題)についてです。どうして中止になったのか、その理由が知りたいとのことでした。私もそのうちの一人でしたが、説明ができなかったので、このたびの質問になりました。多くの町民は中止になるまでのいきさつを知りませんので、お答え願います。令和7年7月15日付、映画「北の流氷」(仮題)製作準備委員会名で、えりも、浦河、様似、広尾町連名で、関係各位宛てにおわびの文書が関係者に送付されましたが、寄附された多くの町民が知るのはまだまだ後でした。いまだに知らない人が珍しくありません。私は、各町長連名ではなく、それはそれとして、浦河町長として浦河町民に説明とおわびの文書を発表すべきと考えますが、いかがでしょうか。浦河町民の多くは、彼の撮影した映画を何本も鑑賞しています。それは彼が浦河町の出身であり、初放映が浦河であり、彼を応援したい人の純粋な思いで寄附したと思います。そこで、寄附行為の内容はいかがになっておるのでしょうか。それが知りたいと思います。8月22日、浦河町議会全員協議会で、製作費について契約書がなかったのですとの説明がありましたが、役所が事業を行うのに契約書がないというのはどういうことなのか、基本中の基本ではありませんか。そもそもこの映画の撮影を提案したのは誰だったのか、契約者は誰なのか、誰の責任の下でこの映画は進められたのか。町民は、田中監督の撮影の費用の一部に寄附したのであって、浦河町の撮影に寄附したのではありません。何で浦河町が撮影に関わったのか、私には理解できません。撮影するのは田中監督であり、素人の役場が撮影に関与するなど考えられません。ここが大事なところで、最初に田中監督からどのような説明があったのか、なかったのか。だから、契約の中身がどうなっているのか、ここが知りたいし、大事なところだと思います。次に、各町の出資額と負担金は幾らだったのか。私の調査では、浦河町、負担金584万4,000円、出資金990万円、合計1,574 万4 ,0 00円 、 あと、えり も、様似、広尾町それぞれありますが、新聞の記事では、池田町長は、田中監督は「出資額以上の負担がない、有限以上の負担がない有限責任で大丈夫」と説明していたとしていることについては、「会議資料を確認している段階だ」と明言を避けましたと報道されていますが、確認作業は終わったか、その結果はいかがだったのでしょうか。製作するのは監督で、製作費の一部を応援するのが町民の思いだと思うので、浦河町が製作費まで心配する必要はないと思います。寄附金の返還と負担金、出資金合計1,574万4,000円の返還はどうするつもりか、この責任はどのように取るつもりか、ご返答ください。7月25日の4町の記者会見で、3町長が承諾してくれれば、浦河町が責任を持って取り組むことも協議したいと発言しておりますが、引退する町長がこんな重大な発言をいいものなのか、その後どのように進行しているのか、そのこともついてもお伝え願いたいと思います。田中監督は映画に強い意志を持っていることが記事に書かれておりましたけれども、映画を再開するのには賛成ですが、金の問題を含め、この問題のお金や責任の取り方を解決し、町民へ説明しなければ前に進まないと思います。この話は時期尚早だと思います。次に、収支の内訳と残高を知りたいと思います。寄附金が幾ら集まり、どのような使われ方をしたのか、そして寄附金や違約金、キャンセル料なりに対する払戻し等の対応はどうされるのか、残金は幾らか、希望者に返金できるのか。この問題は、早く解決しないと、ますますこじれるので、訴訟に発展するおそれがあると思います。このことについても、どのようにお考えでしょうか。最後に、これらの責任はいつ誰が取るのか、引退する池田町長に責任はないのか、責任とは具体的にどのようなことを指すのか、ご説明されてほしいと思います。以上です。

答弁 町長 池田拓

町議会の風物詩の神原議員とのやり取りも、まさかまたやることになるとは、ゆめにも思っておりませんでしたけれども、こうやってできることを大変うれしく思っております。感極まるかもしれませんので、ハンカチを用意して。なぜ町長になりたかったというのは、もう20年、二昔も前の話でありますけれども、当時、特に食肉センターの建築をめぐって、町を二分して激しい議論がありました。私自身は、やはりこういう小さなまちで町民の意見が二分するような、そういったような政策というのはあまり取るべきではないなというような思いを持っておりましたので、まちをよくしたいなという思いで立候補をさせてもらいました。なぜ引退を決意されたかということでありますけれども、3期12年、そういうふうに思っておりました。前回、コロナ禍の最中ということで、このコロナの大変なときに行政を替わっていいのかという、たくさんの人からお叱りをいただきまして、4年間頑張ってまいりました。今回は、そういう声をいただかないうちにという思いで、早めに公にさせてもらったところであります。公約で誇れる公約、一番誇れる公約は、当時180億円を超える起債残高があったのですけれども、何とか3分の2くらいまで圧縮をできました。先ほど神原議員の最終の打ち上げのことをお話しさせていただきましたけれども、その場でも私、前回もお話ししたかと思うのですけれども、町民の皆さんに訴えました。もう浦河町の財政は大変だ、みんなで辛抱しよう、みんなでする辛抱は辛抱と言わないし、みんなで苦労する苦労は苦労と言わない、そういうことを訴えさせてもらいました、最後の打ち上げです。でも、皆さんには結果的に我慢を強いることが多くて、何もやらないとか、いろいろご批判をいただきましたけれども、何とか3分の2までは圧縮をできました。反面、残念なのは、同じように財政で、これ公約はしていませんけれども、私は起債残高を何とか二桁にしたいなというふうな思いで取り組んでまいりましたけれども、残念ながら、どうしても起債残高100億円の壁を下回ることができませんでした。これは公約はしていませんけれども、私自身は残念だったなというふうな思いをしております。今回、町長の報酬の関係、何とか財政を立て直すためにということで、16年前に金額を下げてやってまいりましたけれども、次の首長がどういうふうに考えるかは別にして、16年前の町長の報酬までに戻させてもらって、次の世代にバトンタッチをしたいなと、そういう思いでやっております。それから、アエルの関係であります。私も公約でアエルの立て直しの関係をやりました。いろんな方策、検討しました。地方税を入れる、あるいは債権を放棄する、様々なことをやっても、ほとんどの方法がアエル側に納税の義務が発生するのですね。会社側として一時所得だったかな、その関係で。結局、例えば、今1億3,000万円台になっていますけれども、当時1億8,000万円くらいあったのですけれども、そこまで圧縮はかけたのですけれども、それを全部税金を突っ込むと、向こう側に税が発生する。そうすれば、町民の貴重な税金を、税金を払うために払っているのかというような矛盾も生じますので、そこのところがどうしてもクリアできなかった。それでやむを得ず、こういう関係でやってきました。順調に返せていたのですけれども、ご案内のようにコロナの関係で非常に大きなダメージを受けて、今こういう状況になっていますけれども、今年度あるいは来年度から、またきちんと返済できるような、そういったような経営状況になることは大変うれしく思っております。それから、多選自粛条例の関係でありますけれども、これについては私自身は3期12年ということでやっていましたので、今でもたまにありますけれども、かつては多選自粛条例というのは非常に多くの自治体で取り組んでいる例が見られましたけれども、最近は少なくなってきたのかなというふうに思います。それから、公約の関係で言いますと、私、一番最初のときに自治基本条例とかというのも打ち出させてもらったのですけれども、それも当時は、20年から16年くらい前までは多くの自治体で取り組んでいたのですけれども、近年、新聞報道等でも自治基本条例とかというのは、ほとんどもう目にしなくなりました。はやりのはんてんではありませんけれども、機能しなくなっている自治体が多いのかな、そういった意味では、そういったようなできなかった公約もありますけれども、私なりに取り組んできて、その評価については、私がするものではなくて、やはり町民の皆さんあるいは議会議員の皆さんが評価されるものかなというふうに思っております。以上でございます。

答弁 商工観光課長 民部宏治

私のほうから、神原議員のご質問ありました映画「北の流氷」(仮題)の中止についてご答弁させていただきます。まず、一つ目の中止の理由につきましては、全員協議会でもお話ししたように7月15日にスタッフ全員が集まる会議の前段で、当初は「出資」としていたが、決められた額を支援する「協賛」へ変更を申し出ましたが、監督から「4町が出資ではなく協賛ということになれば準備委員会は解散するしかなく、映画は止まるしかない」という発言の中から中止となりました。あわせて、製作委員会の中心となる幹事会社を選定することもできなかったことも、要因の一つであります。二つ目の製作準備委員会名で、えりも、浦河、様似、広尾町長連名で関係者各位宛てにおわびの文書を送付されたが、浦河町民の多くは知らない、各町長連名ではなく池田町長の名前でおわびを出したほうがよいのではないかというご質問ですが、直前の中止となり、映画製作に関係いただいた方へおわびの文書を準備委員会名で送付したものでありました。町民には、映画製作が中止になったことと、おわびについては町長名で10月の広報にてお知らせしております。次の寄附行為の内容と10番目の寄附者や違約金、キャンセル料などに対する払戻しなどの対応はどうされるのかということは、関連がありますので、3番と10番と一緒に説明させていただきます。本映画製作では、6種類の方法で資金を募っております。各資金と対応については、以下のとおりとなります。1番、出資金。製作中止時点において、4町以外からの出資金の入金は確認されておりません。出資を検討していた企業は4町を除き8社がありましたが、製作委員会が立ち上がらずにいたため、入金や契約に関する具体的な手続ができる段階にはありませんでしたので、入金は確認されておりません。次に、二つ目の協賛金につきましては、協賛金として支出を希望する企業に関しては協賛覚書を交わしており、覚書の中で中止になった際は直ちに返還するという規定を設けていたため、これに基づき返還手続を進めております。令和7年11月20日現在、26件中23件返還が完了しております。26件中2件は返還を求めない申出があり、残り1件は、現在、返還予定で進めております。三つ目、寄附。各自治体へ振り込まれた寄附と準備委員会口座へ直接振り込まれた寄附の二つについてです。原則としては、返還は行わないとしております。理由は以下のとおりとなります。寄附は法的に返還義務がない。制度の制約や法的根拠について丁寧に説明し、代替となる事業について決まり次第報告する。個別に強い返還要求がある場合には、関係性などを考慮し柔軟に対応することも検討しております。法的な適正性を確保しつつ、寄附者との信頼関係を維持しながら、地域振興につなげることを目指しております。五つ目、企業版ふるさと納税と個人版ふるさと納税についてです。こちらにつきましても、原則としては返還は行わないとしております。理由につきましては、制度上、ふるさと納税は原則として返金しないことになっています。企業版ふるさと納税は、既に税制優遇を受けているため、返還すると複雑な税務処理が必要となってくるため、企業に説明しております。個人版ふるさと納税は、大半の寄附者が返礼品を受け取っており、また、税制優遇も受けているため、原則として返還は行わないとしております。ただし、使途を映画「北の流氷」(仮題)として寄附をいただいた経緯を踏まえ、代替事業の内容を示し、寄附者に報告するとしております。四つ目ですが、契約書がなかったということはどういうことかということですが、映画製作については、映像会社とアドバイザリー契約については契約書を交わしております。製作過程の細かい個々の案件については、アドバイスどおりに行うということで、個別の契約書がないという意味でありました。五つ目ですが、映画の撮影を提案したのは誰なのか、契約者は誰なのか、誰の責任の下で進められていたのかという質問ですが、平成28年12月1日、監督と串本町長がえりも町役場へ来庁しております。4町長と意見交換を行い、脚本製作費の協力に同意し、映画事業が始まっております。映画を実施するという契約書はありませんでしたので、脚本を作るというのが契約のスタートだとすると、4町長名の契約となっております。全体的な映画の中身の交渉、資金の状況などについては、委員長、事務局であるえりも町を中心に行っておりました。次に、各町の出資額と負担金についてですが、負担金につきましては、浦河町は1,084万4,000円、えりも町につきましては1,089万円、様似町につきましては204万8,000円、広尾町が229万8,000円の合計2,608万円となっております。浦河町の負担金の中には、独自に町から出した負担金のほかに、企業から協賛でいただいたものも負担金として支出しているため、先ほど神原議員から言われた500万円から1,000万円に上がっております。次に、出資額ですが、浦河町は990万円、え りも町 に つきま しては1, 650万円、様似町につきましては330万円、広尾町につきましても330万円ということで、合計が3,300万円となっております。次に、池田町長は、田中監督は「出資額以上の負担がない、有限以上の負担がない有限責任で大丈夫」と説明していたとしていることについて、「会議資料を確認している段階」と明言を避けたと報道されていますが、確認作業は終わりましたかという質問ですが、これにつきましては、報道で出ていた確認作業については、監督のコメントであるため、確認作業の状況については浦河町としては承知しておりません。次に、収支の内訳と残高についてです。これにつきましても、先日の全員協議会でお話ししましたが、変わっておりませんので、同じ内容となることをご了承ください。収入につきましては、各町負担金2,608万円、出資、協賛、ふるさと納税、寄附につきましては3億1,282万2,000円、雑収入が30万2,000円、合計が3億3,920万4,000円となります。支出につきましては、映像会社A社に4,459万円、映像会社B社に798万9,000円、製作関係で3,096万3,000円、協賛金返還で3,517万8,000円、支援要請及び打合せに1,209万円、その他紹介手数料、振込手数料などで453万9,000円、製作プロダクションへの賠償額として1億1,134万6,000円、合計の2億4,669万5,000円となっております。11月20日以前に振り込まれたものについては、映像会社A社にはアドバイザリー料、支援要請費用、実景撮影費用、脚本費などが支払われております。映像会社B社には、実景撮影などの監督業務、支援要請などの監督業務外費用などが支払われております。製作関係では、ロケハン経費、実景撮影宿泊費、ロケ関係費用(整備、漁船調査など)、あと宿泊のキャンセル料などが入っております。その他の部分では、紹介手数料、振込手数料、ポスター代、オンライン会議用Zoomアカウントなどが含まれております。以上、先ほどの収入から支出を引いた口座残額が9,250万9,000円となっております。そこから映像会社B社へこれから支払うお金として、437万3,000円を予定しております。映像会社A社には593万7,000円を予定しております。協賛金返還が1件ありますので、そちらが100万円となっております。そちらを引きまして、現段階の残額は8,119万9,000円となっております。これはあくまで今段階の残額でありまして、ここから多少前後することがあると思われます。私の説明については、以上です。

質問 10番 神原富三夫

1番目の質問、なぜ町長になりたかったのか。町長の今の答弁ですと、当時、と畜場の問題で大変揺れていました。今も本当に思い起こします。本当に予算規模も1億7,000万円からどんどん上がって、最後はヨーロッパの衛生問題のことで、厚労省が20億円だとか何ぼだかのものを建てなければ基準にパスしないというようなことがあって、それでやめたのだと私は記憶していますけれども。当時、各もう東栄とか、有志の自治会なんかもやって、本当大変でしたね、堺町の集落センターに集まったり。候補地が何か所も変わって、みんな反対が起きまして、そのぐらいこの問題につきましては揺れた、本当に浦河町が始まってこんなのは、きっと大騒動したのは初めてでないかと記憶していますね。そういうことで町長は、町を二分することはやめたほうがいいという思いになったのかなと思いますけれども、でも、このことで悪いふうに解釈するとそうなのですけれども、これでコミュニケーションが深まったと、皆さんの本心が分かったということにやっぱり考えを改めるべきだと、私はそう思うのですよ。さっきも言いましたが、何事も賛成と反対がありますから、だけれども、悪いほうにばかり解釈していると前に進まないから。ということで、町長の思いは分かったのですが、ただ、残念なことに、私は町長の公約以外のことで、かなり点数を上げてやったつもりなのですけれども、16年間もやって、プラスの公約とマイナスの公約を、これだけは私は自慢できるという、表現はよくないかもしらんけれども、そういうことを一つや二つ言ってほしかった。今ここでもう一回言う気になれませんか。本当16年間やっておまえ何なのよと言われるよ、町長、そんなことでは。俺はこれだけやって、これは評価してほしいと。そして、これはまずかったと思うから、皆さん、今後、皆さんで一緒に改善してくださいよと。何かありませんか。

答弁 町長 池田拓

こういう内気な性格なものですから、あまり自分で褒めるだとか、そういったことは得意ではないので、まずそこをご理解いただきたいなと思います。自分で二つあるのですけれども、一つは、この浦河、軽種馬をはじめとして、もはや外国人労働力なくして浦河の経済は回らないだろう、私はそのように考えています。今、国会のほうでは、残念ながら様々な逆方向の議論が盛んにされていますけれども、特にBTCなんかの育成を見ますと、6割以上が既にもう外国人の方、そういった中で、どこまで真実か分かりませんけれども、北海道でも、あるいは本州でも様々なあつれきが生じている、そういったようなことが聞こえてきますけれども、そういったようなことは、もうできるだけこのまちでは避けたい。そうした中で外国人の皆さんの力も借りて、経済をしっかりと回していきたいなという思いで、そこのところは一生懸命取り組んできて、おかげさまで、小さなトラブルはありますけれども、そう目立ったトラブルなく、外国人の皆様にも力を発揮して、町の特に畜産をはじめ、漁業をはじめ経済の活性化には協力をいただいているのかなと、そのように感じております。もう一つは、これもまた政府が進めている話なのですけれども、交流人口の増大、それで兵庫県の三田市だとか、天草市との交流再開ですとか、あるいは美浦村、河内町、そういったようなところとの交流、あるいは今年初めて、長年の努力が実りまして、小倉南高校が修学旅行に来てもらいましたけれども、そういったような交流人口の増大には、台湾の新城郷も含めて、少しは前進できたのかなというふうに思っています。

質問 10番 神原富三夫

今、外国人労働力と軽種馬産業の話を言われましたけれども、私が求めているやつとはちょっと違って、もう少し、先ほどお話ししたように、こういうことには私はできなかったから、こういうことは少し皆さんと相談して、後は頼みますよというような、そんな話も聞きたかったのですけれどもね。でも、もう手後れですか。ありますか、何か。

答弁 町長 池田拓

外国人と同じように、やっぱり誰一人取り残さない、そういったようなまちづくりを目指してまいりました。その中で一番の心残り、そういった面で心残りは、ジェンダーフリーとかの関係で、例えば住民票のパートナーシップとか、そういったようなことに取り組みたくて一生懸命努力はしたのですけれども、結果的にそこのところは前に進まなかった。これは公約にはうたっていませんけれども、様々な課題を持っている、課題なのかな、そういう人たちが住みやすい、そういったまち、地域社会をつくりたいな、そういう思いで行政を進めてまいりましたけれども、なかなかそういった面で、それを具体化、具現化できなかったのは一番の心残りであります。

質問 10番 神原富三夫

ありがとうございます。何か無理に言わせたみたいで、ちょっと申し訳ないところもありますけれども。先ほど町長の1回目の答弁のときにも、浦河町の負債を180億円を2分の1に減らした、これはやっぱり16年間かけてやった町長の努力のたまものだと、それは認めざるを得ないと思いますね。そのほかにももう少し言ってほしかったのだけれども、まあ、いいでしょう。それは次回にまた回します。それで、私は、アエルの経営体制についても、もう少し、ずっとこれ、町長になる前、その前から悩み続けてきた問題ですよね。これは我々議員も大いに反省しなければならないと思うけれども、本当に何とかしなければならない。いつまでもそんな4,000万円内外のお金を毎年つぎ込んで、それで黒字になりました、400万円黒字になりましたということには私はならないと思うのだ。実際には3,500万円かそのぐらいは、町がつぎ込んでいる部分は、私は赤字だと思っている。でも、それを引き受けてくれる人がなければ、こういうことになっているのだろうけれども、そこを何とか改善していかなければならないと思うのね。これが悩ましいところですけれども、ぜひ町長の人脈を頼ってでも、退職した後も皆さんで議会共々協力し合って、この問題にはこれからも取り組んでいかなければならない、私もそう思っていますね。それは、これからの役所と議会との宿題になりますね。それから、次ですけれども、先ほどもお話ししたところなのですけれども、多選自粛条例なのですよ。私も言いましたけれども、町長ならば3期で辞めてくれると思っていたの。はっきり言って悪いけれども、町長は内外に、もう3期過ぎてから評判が悪かった。だから、もうこの辺で、いいところ辞めてくれればいいなと思ったの。それと、私は、もう議員活動が楽しくて楽しくてどうもならなかった。皆さんと会ってお話を聞いて、ここで質問するのが楽しいのですよ。いろんな、大体苦情を言われるほうが多い、ほとんど。褒められることは、あまりないよね、行政に携わるこういう議員とか、町長もそうだけれども、頭に立つやつは大体いつも批判の矢面に立つのですよ。でも、そんなのを気にしていたら、この商売やっていられないから、それだけ期待されているのだと思ってやっていなければ、やっていられませんよ、本当に。でも、私は、それでも楽しかった。いろんな人と、1年間に数百人の人と会いましたよ。楽しかったよ。そのたびに何を最後に言われるかといったら、議員は4年に1回しか顔を出さないというのだよね。町長は最初の1回だけだったよね、みんな回ったのは。私ともよく会いましたよね。町長は1回当選したら、もうしばらく大丈夫だから。議員はそうはいかないからね、だから4年に1回なのですよ。そのために、4年に1回しか来ないと言われた。私は神原だよりを持って歩くから、あんただけは真面目にやっているなと言われて褒められた。こんなところで言う話ではないのだけれども、そう言われた。でも、悲しいよね、同僚議員がそう言われるとさ。おまえたち、小遣い稼ぎやっているのかと。さっき言ったけれども、給料泥棒まで言われるのだからね。そんなことって情けないわ、本当に。だから一生懸命やるのですけれどもね。だから、考えてみると、多選自粛条例なのですけれども、やっぱり私、議員もそうかもしれないといえばそれまでかもしらんけれども、首長は1人だから、3期一生懸命走ったら、もうそこら辺で辞めたほうがいいと思う。4期目は出ない。そうすると、必ず首長は新しい人が出るのですよ。出ないということはないから、心配しないで辞めていただいて結構なのですよ。ところが、議員というやつは、若い人から年寄りまで、いろいろあっていいのですよ、人がたくさん、議員定数があるわけだから。その中で年寄りといったら、私もそういうふうになってしまってばかにされるけれども、やっぱり悪いところばかりではないのですね。いろいろ経験豊富だし、知識も豊富だ。だから、これをどう活用するか。だから、私なんか、この中のある人になんか、あんたは死ぬまでやれと言う人もいるけれども、本当に貴重な存在なのですよ。そういう人にいろいろ教えてもらって、若い人を、後継者を育てて、そして替わっていただいて交代していくと。町長もそういうことで、私は多選自粛条例をつくってほしかったの。だけれども、あなただったら辞めてくれると思ったから言わなかった。前町長には3回言いましたよ。だけれども、結局は実行できなかった。改めて聞きます。どう思いますか。

答弁 町長 池田拓

自分自身を戒めているのですけれども、例えば不易流行とか温故知新とかということわざがありますけれども、その中でもって自分も長い人生経験があれば、そして平均寿命までもう10年を切る、老い先短い、そういうふうになってきますと、どうしても古いほうにこだわって温故のほうと不易のほうにこだわりがちになります。そうなっては駄目だな、やっぱり町民の皆さんが求めているのは、このまちの未来をどうするか、そういうことなので、流行と知新のほうを町民の皆さんは重きを置いているのでないかな、そういうふうに自分を戒めて行政を進めております。そういう意味では、過去のことにこだわるのも決して無駄ではありませんし、大切なことでありますけれども、やはりこういった議会の場は未来に向かってどうあるべきかを議論したいなというふうに思っています。繰り返しになります。前にほかの議員さんからも質問を受けましたけれども、自分自身はそう思っていました。そう思っていましたけれども、今は皆さん、もう神原さんお忘れかもしれませんけれども、コロナ禍という世界的に大流行があって非常に大変な時期で、なかなかそういったようなことがかなわなかった、そこもご理解をいただきたいなというふうに思います。何が何でも自分はというようなことは、決してありませんでした。そういう中で、そういったようなことというのは大事なこととは思いますけれども、最近は多選自粛の条例とかというのもあまり、先ほど言いました自治基本条例と同じように話題には上りづらくなっているのかなというような思いがしております。ただ、それをどう考えるかは、新しい人が新しい器の中に新しいお酒を入れてくれるのだろうというふうには思いますけれども、その中でもってご議論をいただければなというふうに考えております。

質問 10番 神原富三夫

今、町長から、多選自粛条例の制定についての質問をして、そのお考えを聞いたのですけれども、残念ながら町長はこの多選自粛条例の制定については、積極的な考えを持っていないということが表明されたのでないかと、私はそう理解します。私にすれば、そういう点、すごく残念だと思うのですね。やっぱり議員もそうですけれども、町長もそうですけれども、若くてなった方は、私は3期ぐらいで退いていただいて、その上を目指す。つまり地元ならば、道議会議員とか、あるいはその上の国会議員とか、活動して、そのぐらいのバイタリティーがあればですけれどもね。だけれども、私、ある人に、町長に出たらどうだということを言ったことがあるのですよ。そうしたら、その人は、やっぱりその上のほうを狙っているのですね。それぞれ好みがあるから仕方ないものね。私は、議員というのは本当に残念で、賛成するか質問するしかないし、執行権がないから実行することができない、それが議員の宿命だから仕方ないのですよね。けれども、町長は1人だから、自分の思ったことを、やる気になれば、みんなできますよね、やる気になれば。執行権、財源を持っているわけだからね。もちろんそれは議会の賛成がなかったらできませんよ。それでお金の心配もしなければならん。だから、そういう難しいことはあるけれども、そこが首長と我々議員との違いですから、それは仕方ないの。でも、やっぱり私は多選自粛条例をつくって、それに向かって、3期まではもう一生懸命走ってもらう。そして、それ以上の馬力のある人は、その上を狙うと、そういうふうになっていくのが一番いいのかなと思っておりました。それで、町長の話を聞きましたから、もうこれ以上はこの問題については言いませんけれども、町長も辞めましたら、さっきも言いましたようにまだ若いから、ボランティア活動をひとつ奥様共々楽しんで、何でも楽しまないと長続きしませんからね、本当に、そういうことで、この問題はこれで終わりにします。次に、「北の流氷」(仮題)についてお尋ねしますね。この止めた理由が知りたいということを、町民の皆さんは本当に聞きましたよ。10人以上の人が聞いたよ、本当に。今回歩いて、この問題が一番多かった。もう本当にそのことが知りたいというのだけれども、私も全員協議会も傍聴しましたし、また、2年前に落選していて過去の議員活動したものをパソコンから何から看板からみんな焼却してしまって、普通の人になったつもりだったのだけれども、やっぱり浦河町のことが忘れられなくて新聞の切り抜きしているのですよ、これね。だから、多少の情報は持っていたのです。だけれども、いいかげんな答弁できないから、今回質問をこうやってしているのですが、残念ながら肝腎なこと、この撮影にまで役場が関わったというのが、私はどうしても納得できないのさ。町民の多くは、そんなところまで考えていないから、単なる寄附して、応援してやろうという気持ちで寄附したのだから、撮影までお願いしますなんて、それは撮影するのは田中監督の仕事でしょうと。ところが、今までの経緯を見ると、役場4町が撮影に関わってしまったのですね。そして、出資金から負担金まで出して、それはちょっと違うのでないのかというのが町民の意見なのですよ。それは監督が作るのが仕事であって、そうでしょう、今まで何本も映画を撮ってきているのだから。だから、監督に最初から、最初のときに監督からそういう説明を受けなかったのかと言うの、撮影に対する。その辺どうなのですか、これ。

答弁 商工観光課長 民部宏治

当初のことは、映画を撮影するということでスタートした部分はありますが、一応4町が出資するということで、これまでも平成28年から10年間、職員と、あと監督とアドバイザリーの会社で、どうやったら映画ができるかというのを進めてきた経緯があります。当初については、ちょっとまたご質問に回答したいと思います。

答弁 町長 池田拓

ご質問の趣旨をちょっと確認させていただきますけれども、撮影に関わったというのは、どういう意味なのでしょうか。

質問 10番 神原富三夫

要するに、撮影を始めた。役場が撮影に関わったというのは、要するに、これ負担金とか出資金を出したでしょう。ということは、撮影に関わったということでしょう。町民の多くは、そういうことではないわけよ。単なる寄附だったのさ。それなのに4町は撮影に関与するようになったと。どうしてそういうふうになってしまったのよと。分からないの。

答弁 町長 池田拓

神原議員のご質問は分かりました。お答えさせていただきますけれども、そこは議会の皆さんとも予算でしっかりと計上してご審議をいただいて、そしてお認めをいただいたことですので、それを出資したのが悪いと言われましても、何というか、ちょっと皆さんのご理解をいただいて実行したものというふうに考えておりますので、ご理解をいただきたいと思います。

質問 10番 神原富三夫

ただいまの町長の答弁ですと、出資したのは議会で認めたから、つまり役所が映画の撮影にオーケーを出したと、こういう意味だと、そういうことですね。だから、それは町民の考えていることとは違っているよということを私は言いたかったの。でも、議会がそれを認めたのだから、撮影に関与してもいいということを認めたのだから、それは仕方ないわね、町長の言うとおり。

質問 10番 神原富三夫

いや、議長、私は昔の立場と今の立場は違うのだからね。

質問 10番 神原富三夫

昔がそうだったから今もそうでないかという話は、それは違うと思いますよ。私は1回落選して、今また出直してきたのだからね。考え方は変わるのですよ、人間は。それはそうでしょう。

質問 10番 神原富三夫

先ほどの町長の答弁で、出資金については議会が認めたということの答弁がありました。ですから、役所が撮影に関与していいということを認めてくれたのだと、こういうふうに解釈したと、そういうふうに私は理解しました。ただ、先ほど来、何回も言っているように、町民の多くはこんなことを考えていなかったのだよね。単なる寄附なのですよ。言っている意味、分かりますよね。そんなことを考えていなかったのですよ。今まで私も田中監督の映画、何本も見ましたよ、ここで。でも、寄附してやりたいという気持ちはあっても、そんなことまで、撮影するのはプロの監督がやることで、何でそんなところで役所が関与するのと。これは単純に町民の同じ思いなのですよ。そのことは、町長、まず理解してください。それ以上のことは、もう言いませんよ。そういうふうに議会が認めたのだからといったら、もうこれ以上どうしようもないものね。それで、あと、この残金が8,019万9,000円ですか、あるということなのですけれども、これで後始末はできると思っていますか、思いますか。これ、先ほども話しましたけれども、この後始末をきれいにして皆さんに、納得まではできないと思うけれども、説明をちゃんとしないとさ。町民の皆さんは、まだごたごたして後始末もできないのかと。そういうことになりますと、田中監督がもう一度映画を撮りたいという思いも消えてしまうのですよ、勝手にしやがれと。だから、これ、納得いくような形でやっぱりきれいにしておかなければ、それも早く。町長でも担当の課長でもいいけれども、どうですか。

答弁 商工観光課長 民部宏治

今現在、後片づけというか、整理はしておりまして、9割方お金に関しても処理はできております。一旦全部の処理が終わって、4町でもう一度話合いをして、代替事業について、目的はえりもの緑化事業でありますので、その辺も含めてどういったものを作るかとか、今後検討したいと思っております。

質問 10番 神原富三夫

それで、この問題がもう4か月たちますよね。これ、解決するめどは、いつ頃になるのでしょうね。それで、4町の会議もうまくいっているのですかね。その辺どうですか。早く解決してほしいのですよ。

答弁 商工観光課長 民部宏治

先日の全員協議会でもお話ししましたが、一応12月いっぱいまでには、ある程度のめどは立てようということで、その後、4町長会議も含めて検討しております。

質問 10番 神原富三夫

12月中に大体解決するめどだということですね。ぜひ早く解決して、田中監督がもう一回映画を撮りたい、せっかく準備したものが無駄にならないように、そのときは浦河町もまた町民の皆さんにお話しして、ひとつまた協力してくれやと、そういうようなふうに持っていければいいですね。それで、言いにくいことだけれども、池田町長も最後の私の質問ですから。これに書いてあるとおり、池田町長の責任の取り方、先ほどまず、どんな責任を取るのだということを言って答えられないのですけれども、ちょっと厳しい質問だけれども、最後の質問ですから正直にひとつお答えください。

答弁 町長 池田拓

映画が完全に、タイムでいけば今は4町で作る、そこの部分がまずストップがかかった、そういう状況。さて、そこでもって一旦4町の分は清算をしました。残金等があります。えりもの緑化について、この集まったお金を何らかの形でやらなければいけないな、それを今月中に話をして、そこでもって結論が出るかどうか分かりません。そういうのが現在の位置であります。そこから先に、いろいろやったけれどもこうだよねというときには、改めてそういう話、おまえ素浪人に言ってどうするのだという話になりますけれども、そういうことになるのかなというふうに思っています。私、神原さんも含めて、ここにいる職員、町民の皆さんを含めて多くの皆さんは、すばらしい内容だから、田中監督の映画、今回残念だけれども何とかして作ってほしいなというのが、私自身含めて多くの浦河町民の気持ちだというふうに私自身は思っています。神原さんもそうですよね。そうした中で、結局ここでもって、おまえが悪い、ここが悪い、何が悪い、責任どうするのだというのは、そこの、映画を作ろうぜ、力を合わせて、また再度仕切り直ししても取り組もうぜという中でドンパチやるような形になるのですよね。だから、なるべくそういうふうにならないように、せめて浦河だけでも、神原さん、前の全員協議会でもご意見をいただきましたけれども、そういう気持ちに、一つになるような、そういったような方向でこれからもしっかり議論をしていただきたいなというふうに感じています。私自身は、繰り返しになりますし、前回の全員協議会でもお話しさせてもらいましたけれども、やっぱりこの10年間、田中監督の映画、残念ながら浦河の映画ではなかったですけれども、ふるさと日高の映画、北海道の映画を作ってもらいたいということで、ずっと取り組んできました。昨日も謝罪に行ってきましたけれども、取り組んできて、こういう結果になって、私自身は多分町民の多くの皆さんと同じ、あるいはそれ以上に残念だ、悔しいという気持ちがありますし、何とか座組を組み直しても再度チャレンジしたいな、そういう強い気持ちを持っています。ですけれども、神原さんからご指摘を受けていますように、もう残り時間がないですからあれですけれども、そういう中で、前の全員協議会でもお話ししましたけれども、お金の部分はこういうポジションですから確約はできませんけれども、やはり浦河で関わってできるのであれば、自分は自分の立場で、先ほどからご提言いただいているようなボランティアでも何でもしっかりと取り組んで協力したいなと、そういう思いでいますので、ぜひとも映画を撮りたいと思っている思いが一つになるような形で、よろしくお願いしたいと思います。

質問 10番 神原富三夫

最後に質問としてはなかなか厳しい質問で、町長も困ったと思うのですけれども、私は最後にせんべつのつもりで、町長に格好よく辞めてほしいなと思ったのですよ。3期のときも、そう。だけれども、残念ながら私の期待には応えられなかったな、町長は。いやあ、歴史に残るすばらしい町長だったよと。だって、この映画の問題だって大変な問題だったのだからね。4町まで巻き込んで、浦河だけの問題ではなかったからね。その中で、浦河町長はさすがだと、私は、そういう町長で引退してしまったと、これが最後の町長出番にふさわしい答弁だったと語り継がれるような町長になってほしかったなと思ったけれども、残念ながら私の期待には応えてもらえなかった。終わります。ありがとうございます。

出典:浦河町議会 令和7年第6回定例会 2025年12月11日 議事録 PDF(33ページ) 間違いを知らせる