新十津川町議会 平成26年第3回定例会 2014年9月9日
故郷を伝える歌と開拓記念の公園について
2014年9月9日、新十津川町議会の一般質問で、青田良一議員が「故郷を伝える歌と開拓記念の公園について」質問し、町長 植田満が答弁しました。
- 質問者
- 青田良一 議員
- 答弁者
- 町長 植田満
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
件名は、議員が最初の質問で述べた言葉から取ったものです。
質問 3番 青田良一
それでは、町長に質問をさせていただきたいと思います。「兎追ひし彼の山 小鮒釣りし彼の川」故郷の歌ですけども、歌が上手であれば歌って聞かせてあげたいくらいですけども、この歌は誰でもが知っているということで、今でも歌い継がれているという部分ですね。なぜかと言いますと、自分なりには故郷という語彙と言いますか、言葉がメロディーや歌詞やなんかについても、当然良いから歌いつがれてきているんだろうと思うんですけども、非常に故郷をどういうふうにそれぞれ個人の中に育てていくかということは、大事な仕事になってくるんだろうというふうに、私は理解をしております。そこで、今、ちょっと歌の一節をご紹介したのは、歌というもので故郷、意識とか、自分の故郷を伝えていくという一つの方法もあるんだろうと思います。そこで、ここには書きませんでしたけども、新十津川にも100年の記念の時に、記念を機に作った良い歌があるんですけども、あまり歌い継がれていないような気がしてならないわけです。こういったものも、是非、工夫をして、何とか歌いつないでいって欲しいなというふうに私は思うんです。どんな歌でしたっけね、夢は緑をでしたっけ。ちょっと題名忘れましたけども。ピンネシリの雄大な様子だとか、それから、十津川村との関わりだとかということが詩の中に盛り込まれてあったはずでございます。もう一つは、民謡調と言いますか、そういった曲で、新十津川は米のまち、新十津川はうたのまちというような、一節があったように記憶してます。今はうたのまちなんだろうかというふうなことを考えた時に、この歌を歌い続けることによって、この開基100年当時の新十津川というのは、歌が盛んだったんだなというふうな、一つの文化が検証していけるようなものとして捉えていってはいかがかなというふうに思います。今回質問したいことは、それと同じようなことなんですけども、菊水公園と中央公園というのがありますけども、私は、これを一つの公園名にして、ここに書きましたけども、開拓だとか歴史だとか、史跡だとかという、こういう冠をかぶして、住民、あるいは、観光客等にアピールできるような公園名にしてはいかがかなというふうに思いました。そのことについて、町長のお考え方を聞きたいなというふうに思います。と同時に、あそこの公園には、楡の木があるんですけども、北海道の自然遺産というんですかね。看板が立って表現されてますけども、北海道の大事な遺産であると同時に、新十津川の大事な遺産でもあるわけですね。ここに何人か新十津川小学校の卒業生がおられると思いますけども、新十津川小学校の中央公園にあった頃の新十津川小学校の校歌というのは、「楡の大樹のうっそうと、古きを忍ぶ菊水に」というような歌詞だったと思います。その校歌にも楡が歌われていたんですけども、それはやっぱり昔の面影を感じるような、歴史を感じるようなものとして校歌の中に入れたのではないかなと、私は推測するんですけども。そういうものを次の世代にも残していく、伝えていくという方法を考えていただきたいなと。そこで、今のままじゃなくて、もう一つレベルを上げまして、そういう大事なものにつきましては、樹木医などがいらっしゃるはずなので、そういうところと連携を取りながら、より長く後生に伝えていけるようなものにしていただきたいなという願いでございます。併せまして、ちょうど釣部先生の裏の方にも、中央公園になりますけども、あそこにも古木、老木が結構ございます。それと、農業高校の所の柳も、是非、見ていただきたいんですけども。あれも道内でも誇れるような木になるんだろう私はと思います。非常に立派な柳の木が生えておりますけど、何の表示もされないまま、あそこに立っています。ああいうものを、まちで掘り起こして、推定の樹齢でも計算をして、看板でも立てて、まち行く人から目につくようにしてあげて、一つのまちの誇りというふうなことで、後生に伝えて生き続けるような取り組みは、いかがなものかなというふうなことを思っているところでございます。併せまして、もう一つ提案したいのは、井上正治さんという方が、新十津川にまつわる開村の絵本を書いているんですね。昨日、菊水公園に行って見てきたんですけども、井上さんの絵本の中に、ちょうと菊水公園のお祭りの表現をしたような場面が、確かあったはずなんです。私は、ああいうものを著作権をお断りして、アクリル板かなんかに絵をかいて、昔の菊水の開拓の風景というようなことで、子どもにもわかるような表示をするようなものを工夫していただいて、後生に伝えていっていただけないかなというふうに思います。決して、大人だけを対象とするんじゃなくて、教育長もおっしゃっているように、文化的な要素、歴史感みたいなものを、子どものうちから、是非、あらゆる機会の中で、つながっていくような取り組みをお願いをしたいなというふうに考えているところでございます。提言めいた話をさせていただいて恐縮でございますけども、もう一度私の言ったような場所を、町長と言わずに、関係者等に見ていただいて、まちとして残せるようなもんだなというご判断がございましたら、いかなる方法でも結構ですから、やはり、長く後生に引き継いで、故郷というものを、ああいう木があったんだとか、こういう川があったんだとかというふうなことを、印象づけるような工夫を今後していっていただきたいなというふうに思います。以上、町長に対しての質問をさせていただきました。
答弁 町長 植田満(町長は2015年3月まで)
ただ今、3番議員さんからのご質問がございました。質問の趣旨に入ってないこともちょっとあったものですから、ちょっとあれなんですけれども、故郷に対する想い、これは、全く同感でございまして、今年も先ほど行政報告でも申し上げておりますように、6月の20日に開町記念式を行っております。これもやはり故郷に対する想いといったものを、やはり後世に伝えるという意味で、毎年、開町記念式を行っているということでございますから、そういった面ではいろいろとご意見が過去にあったようなことも聞かされておりますけれども、それはそれといたしまして、そういった中で、毎年、開町記念式をそういったことで継続的に実施をさせていただいているというこでございます。歌の話も出ておりましたので、ちょっと前段にお話しますけども、開基100年で作られた歌は「夢は緑よ」でございまして、先ほど、教育長の行政報告でもございました自衛隊の方で、今年の音楽祭でもって演奏もしていただきましたし、そういった面で、それと同時に、今年の老人クラブの盆踊りの中でも、音楽をかけて踊っていただいているというふうなこともございます。ただ、本当に、全町的に広くそれが浸透しているかということになりますと、なかなかその辺については疑問なところもございますけども、それはそれといたしまして、やはり100年に作られた歌。それからまた、その前に作られておりますしんとつかわ音頭という、音頭でございまして、こういったようなものも作られておりますけども、ただ、最近、しんとつかわ音頭もあまり歌われてきてはおりませんけれども、そういった歌があるのは事実でございますから、何らかの機会で、また、そういったこともお話をさせていただきながら、町民の皆さん方が何らかの機会に口ずさんでもらえるようなことになればいいのかなというふうに、実は思っているところでもございます。そこで、今ほど故郷を後世に伝承する方策の一つといたしまして、まず、公園の統合化というふうな話でございました。菊水公園につきましては、ご承知のとおり、明治23年6月に滝川の屯田兵から新十津川町の菊水に石狩川を渡って、新十津川町の菊水の地に第一歩を踏み入れたと、開拓発祥の地でもございます。園内には、大正4年建立の開拓記念碑、忠魂碑等があり、開町記念式典が、今ほど申し上げましたように開催をされているということで、言うなれば、歴史的な公園であるというふうに理解をしておりまして、今、ここで新たにそれを、歴史、あるいは史跡というふうなことで使うのも、どうなのかなというふうな、実は思いをいたしております。併せまして、中央公園につきましては、旧新十津川小学校の跡地利用のために、都市計画法に基づく近隣公園といたしまして、昭和57年から7年の歳月をかけまして、補助事業によって整備をいたしたものでございます。ソフトボールやゲートボールを楽しめる公園として、菊水区民はもとより、広く町民にも利用されてきましたし、古くは、役場、文武館など、本町の歴史上、重要な拠点となった地でもあります。将来に亘って、町がしっかりと管理しなければならないという意味では、今ほどご質問があったとおりでございまして、3番議員さんと全く意を異にするものではございません。そこで、双方の公園が、それぞれの特色を持って、歴史を伝承し、町民の憩いの場となってございますので、公園施設長寿命計画に即しまして、適正な管理の下で取り組んで参りたいというふうに思っております。従って、冒頭申し上げましたように、公園の統合及び名称の変更については考えてございませんので、ご理解のほどをお願い申し上げたいというふうに思っておりますし、併せまして、ご利用される方々の、それぞれが想いを持ってご利用していただければというふうに思っております。次に、開拓時代前からの巨木の件でございますけれども、菊水公園にある巨木に限定されたご質問かなというふうに思っていたんですけども、もっと広い範囲のようでございますので、それはそれといたしまして、実は、北海道から新十津川町開拓記念保護樹木として認定されておりますハルニレでございます。3本ございまして、これは、今、菊水公園の中でもって、今日まで元気に育ってきているということでございまして、樹齢が200年以上でございます。その他にも、町民から寄贈されたオンコですとか、ヒバですとか、また、望郷会の記念事業として、紅葉、桜、ツツジなどが菊水公園に植栽をされております。ですから、こういったことも含めまして、先ほどご質問のありましたように、農業高校の柳ですとか、そういったものも、もう一度、検証してみる必要があるのかなというふうに思っております。そういった中で、しっかりと今後、その辺の看板等も併せて考えていきたいなというふうに考えおります。その中で、菊水公園の中で、先ほど、井上先生のふるさとの絵本の話をされておりました。これは、著作権は町にあるようでございまして、ですから、あそこに野長瀬先生の詩があったり、それから土岐先生の詩があったりということでございまして、そういった面で歴史的な先生方の詩もあるわけでございますから、それは先ほど申し上げましたように、そこを訪れた方々が、その想いをもって、そうして利用していただければなというふうに、実は思っているとこでもございます。次に、樹木の管理でございますけども、今現在、定期的な剪定なども行っておりまして、適正な管理に努めております。これは、しっかりと後世に残していかなければならないハルニレを始めといたしまして、その他の樹木も、しっかりと今後とも管理していかなければならない、そのためには、先ほど樹木医の委嘱というふうなお話もございましたですけども、随時、北海道にも林業試験場がございますので、林業試験場のそういった技術者の方、あるいは本町にも指導林家の方がおられますので、指導林家の方々のお力をお借りしながら、今後ともしっかりと保護、管理に努めてまいりたいというふうに考えておりますので、よろしくお願い申し上げまして二つ目の質問の答弁とさせていただきます。
質問 3番 青田良一
町長には今、十分管理されているのは知ってる上でお聞きしたんですけども、土曜日に駅の方を歩いていると、汽車から何人か降りてくるんですよね、本当に、うちに来てくれるのかなと思って尋ねると、うちに来る人もいるし、ここを素通りして滝川の方に行く人も何人かおられるんですよ。その中で、何をどういうふうに紹介していくのがいいのかと、例えば、滝川に行きたいという人が、バスの時間があるときに、回った時に、あそこに開拓の記念公園、例えばですが、ありますからというふうなネーミングで紹介すると、よその人たちは、菊水公園とか、中央公園だとかという名称よりも、ずうっとインパクトがあるんでないかと思うんです。なおかつ、あそこには開拓記念館があり、今、町長がおっしゃったように、まちの文化人の碑とか、そういったものが建立されていて、歴史の一端を十分に感じ取れるというふうなことになろうかなと、私は思って、あえてこういう発言をしました。条例上の問題とか、補助上の問題とかいろいろあるんでしょうから、これ以上言いませんけども、あそこはそういう意味で、後生にいろんなものを伝えるのに適した場所だということだけは、共通の認識ができたようでございますから、何とか観光資源みたいなものとして、あそこを活用するような方法を、お考えになっていただきたいなという思いから、このようなことを申し上げました。井上さんの絵本なんかについても、当時の開拓の様子みたいなものが本から想像できて、子ども向けには、大変、私はよろしいかなと思って、訪れてきた人にそういう説明をできる親の姿なんかを想像すると、非常に微笑ましくて良いのかなというふうに、私は思いました。そんなことをこれからの町政の中で、もう一度検証していただきながら、できるものは取り組んでいただくように、お願い申し上げまして、改めてご答弁は今いただきましたから結構でございますけども、想いだけお伝えして、よろしくお願いしたいなと思います。以上でございます。