雄武町議会 平成18年12月議会 2006年12月13日
教育基本法について
2006年12月13日、雄武町議会の一般質問で、村田博子議員が「教育基本法について」質問し、町長 田原賢一、教育長 片岡靖夫が答弁しました。
- 質問者
- 村田博子 議員
- 答弁者
- 町長 田原賢一、教育長 片岡靖夫
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
件名は会議録の目次の表記です。
質問 6番 村田博子
最後です。教育基本法について伺います。今こそ教育基本法を堅持し、この憲法に次ぐ法律を子供のため教育再生に活かすべきと思います。今、子供達は揺れています。ストレスの中にあります。自分の進路に悩んでいます。社会の退廃の中に置かれています。退廃的文化の影響を色濃く受けています。これが子供の現状ではないでしょうか。この中で子供をしっかり支えるのが先生であり、親であり、大人の社会なのではないでしょうか。子供達は自分がしっかり大切にされていると思えた時、大人のその気持ちが伝わった時、優しい心や思いやり、頑張る気持ちが湧いてくるのではないでしょうか。それは人間本来の心、生き様ではないでしょうか。このことを大人が実践していくための法律が教育基本法ではないでしょうか。その指針は日本の、ごめんなさい。基本法なのだというふうに私は思います。そして改めて私この教育基本法、たった11条でこれだけなんですね。この中にもの凄いことが盛り込まれていて、私はこのことを大人が実践していくことによって子供達を救えるんだと、この教育基本法を実践することが正に子供を救う手だてだというふうに思いました。そしてフィンランドでは学力世界一で知られています。このフィンランドでは教育改革に10数年かけました。そのお手本が日本の教育基本法だそうです。今、この大事な教育基本法が国会で改変を迫られています。1つだけ例を挙げるならば10条です。10条は教育行政について書いてあります。それで不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を持って行われるものである。これは本当に長い時間を掛かって作られた時に侵略戦争等に利用された行政の支配、教育が利用された、そのことが、そのことの反省に立って作られたものだというふうに思います。そしてこの2項では行政のことが書かれています。教育行政はこの自覚の下に教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行わなければならない。ここでしっかりと教育の普遍性、教育と教育行政の仕事とを分けてあります。私今ここひとつ取っても本当に大切な教育基本法で私は是非堅持すべきであるというふうに考えていますが、町長や教育長はどのようにお考えかお聞かせ下さい。
答弁 町長 田原賢一(町長は2011年9月まで)
先に教育長に考え方を示します。私はその後に。
答弁 教育長 片岡靖夫(教育長は2008年12月まで)
今、村田議員がおっしゃった教育基本法、教育基本法堅持という質問でございましたので、改正したものを堅持すれということなのかなと思ったんです、実は。そういうことじゃないですよね。実はですね、教育長の立場として国政、文部科学省が決めたことに対して、これは例えば与党ではなくて野党の立場で反対しますというところは、私のところでは実は気持ちの上ではありますけども、声を大にして言うわけにはまいりません。教育長の立場としては確かに子供、今、村田議員がおっしゃった子供達のためになる基本法であるということを望んでおりますけれども、残念ながら野党が欠席で衆議院を通過してしまったということで私も残念には思っております。ただ、ただですね、そればかりが全て悪いかと言ったら、改正法案の中にもかなりこれからの日本を目指していく上ではまた素晴らしいところもあります。今、10条目と申し上げましたけれども、10条については今議論をされてるところだと思います。あんまり言いますと、あいつどっちなんだという話になりますので、私の考え方、堅持することは私も最初は堅持すべきであろうということであれですけども、私の立場としては中央審議会の方で決まってどんどん来てしまっておりますので、その点、私の方からは反対を声を上げたくても上げれなかったというのが現実事情でございます。
答弁 町長 田原賢一(町長は2011年9月まで)
教育基本法についてのご質問でございますけど、私なりのコメントで大変申し訳ございませんけども、全文を全て掌握しておりませんけども、大きな争点というの私2つあるような気がするんですよね。1つは愛国心の導入、これは随分議論をされておりますけども、もう1つは前文の2条3項にございますけど、公共の精神を尊ぶというのが実はあったんでございまして、その公共の精神と公、要するに公の秩序がですね、同義語になってしまったと。同義語になってしまったところに若干問題があるということだというふうに私自身も思うんですよね。そのどういうことかと言うと、中間報告の中で公共というのは、例えば地球環境問題などで国境を超えた人類共通の課題に互恵精神に基づき積極的に貢献しようという新しい公共の創造といった表現があったわけですよね。これは非常に素晴らしいことなんですけども、この部分が実は本文の中では公の秩序という、そういうところで同義語にされたと。要するに公は我々の感覚では例えば国だとか官だとか政府、御上、天皇という、そういうふうに結び付くんで、先程、村田議員が質問されておりますけども、侵略戦争というところに結び付いてしまうというところがあるわけでございますけども、ただそれだけで侵略戦争に結び付けるのは如何なものかなというふうに思うわけですよ。ただ私の思いでございますけども、やはり公共の精神のところはね、是非、これからも教育基本法の中で重視をして頂きたいというふうに思っておりますし、ただ今回も国民的な議論がもっと深めた方が良いだろうというのはあります。それだけのコメントでございます。