上富良野町議会 平成18年第3回定例会 2006年9月13日
(1)十勝岳爆発災害碑を含めた名跡由来説明版について/(2)見晴台公園設置事業による周辺の住環境変化の対策について/(3)空き教員住宅を町民住宅として転用することについて
2006年9月13日、上富良野町議会の一般質問で、中村有秀議員が「十勝岳爆発災害碑を含めた名跡由来説明版について」「見晴台公園設置事業による周辺の住環境変化の対策について」「空き教員住宅を町民住宅として転用することについて」について質問し、町長 尾岸孝雄、教育長 中澤良隆が答弁しました。
- 質問者
- 中村有秀 議員
- 答弁者
- 町長 尾岸孝雄、教育長 中澤良隆
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
会議録の目次ではこの議員の件名が 3 件あります。1回の登壇で続けて質問しており、議事録の中に件名ごとの区切りが無いため、1件の中に並べています。件名は会議録の目次の表記です。
質問 11番 中村有秀
おはようございます。私はただいまから、上富良野町の一般行政の質問を3項目10点についてお伺いをいたしたいと思います。まず、1項目めは、十勝岳爆発災害碑を含めた名跡由来説明板についてお尋ねをいたします。上富良野町は、富良野盆地の母村ということで、開拓碑と大正15年の十勝岳爆発災害による多くの災害碑、そのほかの顕彰碑、記念碑等が町内各地にそれぞれの時代の人々の思いを伝えるように建立されております。その石碑等については、名跡由来看板として、説明板を年度計画により選定し、設置してきております。本年度、町は「十勝岳大噴火泥流災害80周年回顧展」を開催し、公民館、郷土館では9日間1,450名、土の館では82日間9,170名、合計1万620名の町内外からおいでいただきました。また、「泥流被災の80周年追悼式」「三浦光世氏による特別講演会」「被災・復興を語る回顧の集い」「泥流災害地探訪ツアー」等を開催しました。「泥流災害地探訪ツアー」の際に、参加者から災害碑の説明板が「全く読めない」「不鮮明で判読に苦労する」との意見が強く寄せられました。私たちは、十勝岳爆発災害碑ばかりでなく、先人のさまざまな苦労を刻んだ碑の歴史を後世に伝える義務があると思います。名跡由来説明板について、次の各項についてお伺いをいたします。1、名跡由来説明板設置の基本的な考え方をお伺いします。2点目、町が設置した名跡由来看板の設置年度、設置場所、名跡の名称をお伺いいたします。3点目、現在設置の名跡由来看板の現状と更新についてお伺いをします。4点目、名跡由来看板の新たな選定による新設の方針はどうなのか、お伺いいたします。5点目、災害碑、記念碑の維持管理と設置地先との関係を町としてどう対処するのか、お伺いをいたします。2項目め、見晴台公園設置事業による周辺の住環境変化の対策についてお尋ねをいたします。見晴台公園設置事業は、町議会で必要性、事業効果の論議から、「道の駅」設置等の意見と施設内容、予算等が協議・検討され、最終的に可決されました。防衛施設庁の補助事業を活用して平成17年度の用地等の購入、実施設計、平成18年度の園地整備、平成19年度の完成を目指して工事が進められております。見晴台公園の整備事業については、町は計画素案を公表し、住民の皆さん方から意見をお聞かせくださいとパブリックコメントとして広報「かみふらの」第559号(平成17年12月号)で掲載、周知を図り、その結果を広報「かみふらの」お知らせ版第562号(平成18年3月25日)に4名1団体20件が寄せられたとして、その内容について記― 4 ―載してあります。町議会として、見晴台公園設置事業による周辺の自然環境の維持、住生活環境の変化について、住民の皆様の意見を聞く姿勢に欠けていたことへの反省に立って、工事途中であるが、次の点についてお伺いをいたします。1点目、見晴台公園設置事業について、住民会、町内会、周辺住民との十分な事前説明等はどのように実施したか、年月日順に明らかにしていただきたいと思います。2点目、パブリックコメントでの町内の皆さんの要望・意見に対し、町の考え方を詳細に、また、その意見を開発局、防衛施設局等にどのように伝えたのか、お伺いをいたします。①自然林の維持、②道路のブロック擁壁は風の緩衝壁として残置、③国道駐車帯からの大量のごみ飛散防止について。3点目、道路のブロック擁壁撤去と地形の造成により、風の流れの大きな変化、地吹雪による吹きだまりの新たな出現、駐車帯に大型車両駐車によるエンジン音、特に深夜による騒音等に周辺に住む住民の生活環境が大きく影響される実態として、その対策をお伺いいたします。次に3点目、空き教員住宅を町民住宅として転用することについてお伺いをいたします。町立の小中学校教職員99名に対し、教員住宅は67戸が教育財産としてあります。現在の教員住宅の入居状況は、教職員53戸、その他1戸の合計54戸で、その入居率は80.6%であります。空き教員住宅は、旭町10戸、江幌3戸の合計13戸で、空き率は19.4%となっております。また、旧清富小学校教員住宅4戸も閉校により、普通財産に移管されております。空き教員住宅の要因は、町外からの通勤者36名、町内の自宅や借家等からが10名であります。毎年4月の定期人事異動で教員住宅の入居率は若干変わりますが、この空き教員住宅の状況は今後も続くと予想されます。町営住宅入居希望者は、現在50名が待機していると伺っております。町行財政改革実施計画の健全な財政基盤の確立として、行政資産の適正な運用を図るとの方針から、自主財源を確保するという立場と町営住宅入居希望者対策を含め、教育財産から普通財産に用途変更し、移管し、町有財産の有効な活用を図るべきで、空き教員住宅10戸前後を町民住宅として転用すべきと判断いたします。このことは、平成17年3月の定例会で私と同僚議員が一般質問を行い、町長は前向きに取り組むとの答弁があり、平成17年10月11日の町内行政調査で、旭町教員住宅に入り調査の結果、視察された議員の皆さんは、予算は余り要しなくても入居可能と判断したところであります。平成17年3月の定例会から1年6カ月が経過したが、その後の取り組み、協議がどのようにされているのか、次の点について明らかにしていただきたいと思います。(1)平成17年3月定例会以後の政策調整会議、課長会議、教育委員会での検討、協議経過について明らかにしていただきたいと思います。(2)各種料金の値上げ、補助金等の削減を含め、行財政改革での町長の決断を強く求めます。以上でございます。
答弁 町長 尾岸孝雄(町長は2008年12月まで)
11番中村議員の御質問にお答えさせていただきたいと思います。まず、1項目めにつきましては、教育長の方から答弁させます。2項目めの見晴台公園設置事業に関する3点の御質問にお答えをさせていただきます。1点目の周辺住民への事前説明会等の実施についてでありますが、施設の性格上、周辺地域への事前説明会にかえまして、全町を対象としたパブリックコメントを実施したところであります。その中で、12月31日に、公園に隣接します町内会の代表者から、町内の方々の意見を集約したものとしてメールによって意見をいただきました。2点目の御質問でありますが、町内の方々からいただいた意見に対する回答は、3月25日発行の広報で掲載いたしましたが、誌面の都合により要約して掲載いたしましたので、町内の代表の方には、回答を補足する意味で、メールにより、その内容をお送りしております。広報の掲載に至る部分につきましては、重複しますので省略させていただきますが、まず、一つ目の自然林の維持については、補足回答といたしまして、木の植栽は、大きく成長した際に視界を遮る障害物になることから、また、現存の林地部分の管理については、自然保護の観点というよりは、緑地保全、公園の機能の一部として管理を図りたい旨をつけ加え、回答いたしたところであります。二つ目の道路ブロック擁壁を風の緩衝壁として残してほしいという御意見に対しましては、補足回答といたしまして、切り立った擁壁は周辺の地形との調和を阻害すること、ブロック擁壁を残した場合、転落防止さくが必要になるため、公園の出入りが不便になることとあわせ、景観の観点からは、さくは視界を遮るものになることから、ブロック擁壁撤去などによる周辺道路との格差の解消を図りたい旨を― 5 ―つけ加え、回答いたしました。三つ目のごみの飛散につきましては、補足回答といたしまして、当該駐車場を所管する旭川開発建設部の富良野道路事業所での対策を検討してみること、また、利用者のモラルを求めたいとの町側の気持ちを含めて、これらをつけ加えて回答をいたしました。また、これら周辺住民の方々の意見を関係機関などにどのように伝えたかとの御質問でありますが、ごみの飛散に関することのみ、今申し上げたとおり旭川開発建設部富良野道路事業所に口頭でお伝えをいたしております。3点目の御質問でありますが、ブロック擁壁撤去と地形造成による風や地吹雪による吹きだまりの影響など、以前とは違った変化が生ずる可能性はあると思われますが、どの程度のどのような変化を生ずるのか、正直その予測ができていないのが実情であります。この公園整備によって、周辺住民の方々の生活環境が劣悪化することは本意ではありませんので、今後の推移を見きわめて、状況に応じて必要な対応を図らなければならないと考えております。また、大型車の駐車時のエンジン音による騒音についてでありますが、ごみの飛散の問題とあわせまして、駐車場管理者であります旭川開発建設部富良野道路事業所に伝え、協議を行い、ともにその対応を図ってまいりたいと考えておりますので、御理解を賜りたいと思います。次に、3項目めの空き教員住宅の転用に関する御質問でありますが、これまでの議会審議での御意見等々を踏まえて、関係課で転用の具体策について検討することを指示しておりましたが、いまだその子細内容が定まっていない現状にあります。また、教育委員会においても、今後の教員住宅の必要戸数を定める正式な手続に至っていない現状にありますので、それらの動向を注視しつつ、並行してあらゆる角度から検証を行い、空き教員住宅の有効な活用方法をさらに具現化できるように取り進めてまいりますので、御理解を賜りたいと思います。
答弁 教育長 中澤良隆(教育長は2008年9月まで)
11番中村議員の1点目、十勝岳爆発災害碑を含めた名跡由来説明板についての御質問にお答えさせていただきます。上富良野町には、明治30年の開拓から現在に至るまでの間において、その時代の人々の思いを後世に伝えていくために、多くの災害にかかわる碑や記念碑、顕彰碑等が建立されてまいりました。教育委員会では、その由来を住民の方々にわかりやすく説明するために、名跡由来案内板を設置してきております。御質問の1点目の名跡由来説明板設置の基本的な考え方につきましては、先人の思いを刻んだ名跡をその由来についてわかりやすく後世に伝えていくために、名跡由来説明板の設置は必要なことと考えており、今後も適切な維持管理に努めてまいります。2点目の町が設置した年度、場所、名跡の名称と3点目の現状と更新につきましては、あわせてお答えをさせていただきます。平成6年度に町の文化財保護委員の会議において、本町の36カ所の名跡に関して、これらの名跡に名跡由来説明板の設置についての意見が出されたことを受け、その後、年次的に整備を進めてまいりました。36カ所の内訳でありますが、記念碑が15カ所、歌碑及び句碑、文学碑合わせて6カ所、顕彰碑が9カ所、災害にかかわる碑が2カ所、その他が4カ所となっておりますが、そのうち名跡由来説明板を設置しているのは、十勝岳地区などを除いた26カ所であります。設置年度は、平成6年度に3基、7年度5基、8年度5基、9年度に5基、10年度4基、11年度に1基、その後に3基の合わせて26基であります。それらの名跡由来説明板の現状は、状態が良好なものは15カ所、多少さびが浮き出ているものが3カ所で、不鮮明で見づらくなっているものが8カ所であります。更新の状況は、平成16年度において3カ所の更新を行っており、さらに今年度に1カ所の更新費用を計上しているところでありますが、今後も不鮮明で見づらくなっているものを計画的に更新整備を進めていくよう考えております。4点目の新たな選定による新設の方針につきましては、記念碑等の中には、建立に至った由来が刻まれていて名跡由来説明板を必要としないものもありますが、そのほかにつきましては、必要に応じ、文化財保護委員会の意見をお伺いしながら検討してまいりたいと思います。5点目の災害にかかわる碑、記念碑の維持管理と設置地先との関係を町としてどう対処するのかという点でありますが、それら災害にかかわる碑、記念碑の建立された経緯から、町の指定文化財を除き、原則的には設置者あるいは設置地先の所有者によって維持管理がなされていくべきものと考えております。
質問 11番 中村有秀
まず、十勝岳爆発災害碑― 6 ―を含めた名跡由来説明板の関係についてお尋ねをいたしたいと思います。今、教育長の答弁で、名跡由来説明板の基本的な考え方ということでなされて、答弁をいただきました。したがって、私も、今の考え方で今後も適切な維持管理ということでお願いをしたいとともに、ある面で耐久性のあるということになってくると、経費の関係等もありましょうし、それぞれ今のいろいろなものが発達しておりますので、それらも含めて知恵を出して、適切な維持管理に努めていただきたいと思います。それで2点目の関係ですが、私は、町が設置した名跡由来板の設置年度、設置場所、それから名跡の名称を明らかにしてほしいということでしたが、今の答弁では、ただ単なる箇所ということしかないと思います。したがって、後刻でよろしいですけれども、一応26基の名跡の名称、設置年度、設置場所について、一覧表にして後ほど提出、配付をいただきたいと思います。それから、2点目は、平成6年度の町の文化財保護委員会の会議にて、本町の36カ所の名跡に関し、名跡由来説明板の設置についての意見により、その後、年次的に整備を進めてきたとの答弁でございます。したがって、十勝岳地区などを除いた26カ所は設置をされておりますが、一応設置すべきだという残りの未設置の10カ所の名跡の名称と場所ということで、先ほど申し上げた26プラス10カ所で、また未設置のところということの表示をして一覧表を出していただきたいと思います。それから、3点目の由来板の現状と更新ということでございます。状態が良好が15カ所、多少さびが浮き出ているのが3カ所、不鮮明で見づらいが8カ所ということの答弁でありましたが、いずれにしても、さびが出ているところは、置いておけばどんどんさびが拡大していく、不鮮明で見られないところが8カ所ということで、合計11カ所が要更新と判断いたします。したがって、設置場所によっては、耐久性に影響もあるということで、特に白銀荘の長谷川零餘子さんの句碑あたりは、もう完全に温泉等の害も受けられているな、それから、例えば、大雄寺さんのところに設置しているのは、木のいろいろな葉っぱの影響で相当浸食が早いな、また、天候、西日がまともに受けるところというような、ある面で角度によっても状況が変わるということでございます。したがって、この不鮮明で見づらい8カ所を明らかにするとともに、更新適否も含めて、先ほどの要望いたしました一覧表の中に書いて出していただきたいと思います。それから、(4)の新たな選定による新設の方針ということでございますけれども、記念碑等の中に、建立に至った由来が刻まれていて、説明板が必要としないものもあるとの答弁でございます。それはどの碑を指すのかというのが1点。それから、例えば東中が、最近できたところは、碑銘板が全部深く刻まれた形が結構多いようでございます。したがって、一つは、昔の時代ですから、碑が高くて碑文が読めない、それから碑文が古くて、凹凸の引っ込んだところが判読しにくいというようなこともありますので、必要としないものはどこの碑なのかということで御答弁をお願いいたします。それから、文化財保護委員会の意見をお伺いしながら検討するということの答弁でございますけれども、上富の情報公開のコーナーを見ますと、上富良野町文化財保護委員会の名簿というのが、平成14年10月1日現在であります。しかし、その任期は平成14年4月1日から平成16年3月31日で、すべて任期が終わっているのですね、この委員名簿を見ますと。しかし、会議の結果報告は、平成16年11月5日の会議報告がつづられてあります。ですから、委員の名簿がなくて会議が開催されているというようなことで、16年11月5日以降、会議が開催されていないと私は理解しているのですが、これも総務課での情報等のチェックの中では、会議が開催されていないということで措置をされているのですね。その点が委員の名簿の関係。それから、16年11月5日以降の会議の開催状況があるのかどうか。というのは、私はこういうことで、文化財保護委員会の意見を聞くということであれば、年度の1年に、ずっと見ますと1年に1回しか開催されていませんね。そうすると、その中でそういうことも協議の対象にあってもいいのではないかというような気がいたしますので、この点を明らかにしていただきたいと思います。それから、5点目の設置地先の関係をどうするかということなのですが、たまたま8月の19日に災害地の石碑の探訪ツアーを行って、西6線北28号の碑のところで、今、十勝岳爆発横死牛馬の追善記念碑というのがございます。現実にその碑は大分傾きつつあるのです。それで地先の人から聞きますと、できたら移転をしてほしいというような意見が聞かれました。したがって、いずれにしても傾いているから、早い時期の対応は必要なのかなという気がしますけれども、問題は、これは町のものでないという認識を私もしています。言うなれば、その時代の、建てられたのは、昭和5年4月17日に建立されています。したがって、これらの関係について、どう対処していくのかということで、まずお聞― 7 ―きをいたしたいと思います。極端に言えば、強い要望があればどうなのかというような関係。それで設置するときの時代背景があって、言うなれば草分地区が多くの働き手の中心である馬を失ったということも含めて、当時の皆さん方が基金を集めて出されただろうと思うのです。それで私は、その土地が、その当時の土地はどなたのかということになると、伊藤七郎右工門さんなのですね。それで、その方の名前も碑の中には刻まれているのです。その後、ずっと代が伊藤さんからかわって、3人かわって、現在の持ち主になっているという経過があります。したがって、今後もそういうことが起き得るだろうということを想定して、今後どうするのかという問題。それから、もう1点は、今、上富良野町のいろいろな地域で、100年記念の記念碑等が建てられております。例えば、静修地区では、静修開基100年記念碑、これは平成18年の4月。それから江花地区では、桜の森江花地区開基100年記念で、平成16年9月。それから、この前、9月3日に拓墾の碑ということで、江幌開拓100年記念のやつとか。そして、現在、里仁地区がもうでき上がって、今シートをかぶせてあります。したがって、これらの地域が町有地なのか、それとも地域の共有地なのか。それからもう一つは、民地の借用なのか。そういうことで、碑はできた、よかった、よかったということですけれども、代がかわっていった場合、この措置の問題がいろいろ僕は出てくると思うのですね。そういうことで、町有地であれば、事前にそういうことで今後の維持管理もきちっとやっていただくというような確認書か何かをとっておいておかないと、今後、皆さんの代がかわって、その次の次の代ぐらいになれば、そういうことが発生しかねない問題があろうかと思いますので、そういうことで、これらの設置地先の関係の考え方ということも含めて、どう今まで対処してきて、今後どうするのかという点でお伺いをいたしたいと思います。それから次に2点目、見晴台公園の関係でございます。確かに我々も議員として、あれができた段階で、どうあの自然環境が変わる、それから町の住民の生活環境が変化するのかという見通しでの論議というのが全然されていませんし、それから、もしくは、環境調査といいますか、環境アセスメントの関係等もどうなのだということが、我々としてもしないで、それ以外のところの中心で論議をされた反省に立って、現在、工事途中ではありますけれども、若干関係住民の話を聞きながら、どのように解決をしていったらいいかということで、お尋ねをいたしたいと思います。まず一つは、開発局富良野道路事業所が駐車場の拡張を行いました。ところが、これは平成17年の8月の末ごろなのですね。重機が大量にきて何やるのかと聞いたら、いや、ここの駐車帯の拡張をやるのだという話で、場所としても地域住民は何も聞いていませんよということで、町内の方が富良野道路事業所に電話をしたところ、そういうことで駐車帯の拡張だということが初めてわかって、そして、電話をした翌日、開発局とそれから現場監督をする人が来たというのがまず一つは実態です。それから、もう一つは、平成17年12月18日に西町の1・2丁目町内会の総会があって、そのときに町内会長が、具体的にこういうことで進んでいるので、今後どうなるのかと言われた段階で、そういえば町広報にパブリックコメントの町民の皆さん方のお声を聞かせてくださいという、あったなということで、それで町内の皆さん方が、それであればということでいろいろな意見を出して、そして、最終的にパブリックコメントは、町内会長に皆さん方の声をまとめて出してくださいということがパブリックコメントのいう、この中で出てきているE町内会の意見というのでございます。現実、私、あそこへ行って、確かに変わったなという感じを受けて、その以前に、単なるパブリックコメントを出した、その回答がメールでと。そうすると、現実に町長の言う、ともにつくろうというまちづくりだといういろいろな関係からいくと、もうちょっと心、ハートがあっていいのでないかという気がするのですね。そういうのであれば、回答もしますけれども、関係町内の皆さん方か、関係住民の皆さん方と一応計画の状況等も説明をしたいというようなことがあっていいのでないかという気がするのですが、その点、私は非常に残念な気がいたします。そういうことで、この町内会、住民会、住民会はもう全然なかったというような話、住民会はですね、言っております。それで、まず、(1)の関係についてはそういうことで、それから(2)の関係は、どう伝えたかということは、私は、ここにパブリックコメントのメールの全文が、町からですよ、E町内会にいただいたあれのコピーを持っておりますけれども、ただやっぱりこの要望意見は、それぞれ関係するところに、やっぱり町民の声ということで率直に伝えて、早い時期に伝えるべきではないかなという気がいたします。それで①の自然林の維持の関係なのですけれども、確かに山の頂上のところに数十本残っております。あのことが、やはり我々緑地保全、それから自然保護の関係からいくと、やはりあれはある程度、― 8 ―景観、景観ということでとらえられておりますけれども、ある程度残すべきでなかったかと。現実にあの辺の周辺で、バードテーブル、鳥のえさ台を設けておりますけれども、あそこの木がなくなった関係で、非常にもう来なくなったというようなことがはっきり言われております。そして、こっちの前の町立病院の院長の家の辺は、そのほかにまだ木がありますから、聞きましたら、そんな影響はないということですけれども、それより上のところは、やはりもろに小鳥等が来なくなったというように言われています。したがって、今後、あそこの自然林の維持という要望に対して、ただいまの町長の答弁でございますけれども、今後、低木も植えないわというようなことでございますので、いずれにしても私は、地域のあそこの住民の人たちに、もう少し現在の計画はこうなのだということで、町としては譲れない部分もあるかもしれませんけれども、とりあえず意見を聞く姿勢というのは、僕は持っていただきたいなという気がいたします。それから、道路ブロックの擁壁、風の緩衝壁として残置ということですけれども、もう現実は全部撤去されてしまっております。したがって、この影響が現在、あそこの地域にもろに来ているということでございます。そういうことで、これは残置が不可能ということで、もう撤去されてしまったということではやむを得ないのかなという気もしますけれども、その後の対策をどうするかということで、後ほど、今(3)の関係でちょっとお尋ねをいたしたいと思います。それから、国道駐車帯からの大量のごみ飛散、これは1年前、2年前と比べて非常によくなったということは、地域の住民の方言っていました。春になると、ごみ袋を持って、あの周辺を取って回らないとだめだけれども、今、旭川開発建設部の富良野道路事業所の方で、これらについてはやってと。しかし、聞いたところによると、いつもきれいにされているからということで、あそこへ大きなごみ等も持ってくる住民、上富良野町民かどうかわかりませんけれども、もう袋ごとでかいのを持って、あそこへ放置していくというようなケースもあるというような気がしておりますけれども、いずれにしてもごみの飛散防止はやっていただくということと、飛散したものを収集ということでは、現在、適切にされているということですけれども、これらについてはこのまま維持をしていただくようにお願いをいたしたいと思います。それから(3)のブロック擁壁の撤去によって、風の流れが大きく変化した、それから地吹雪による吹きだまりが新たに出現、それからもう一つは、駐車帯に大型車両が、日中であればそんな影響はないのですが、深夜、保冷車等がコンプレッサーを回すとその音が非常に響いて、特に夏季期間、暑いときに窓をあけては寝られない状態だということで言われております。したがって、この吹きだまりの関係は、特に前の町内会長のところは、もろに入ってくるようでございます。地形的に皆さん方が想像できると思います。それから、大型車両の駐車ということでは、本当に我々の生活環境が、夏の生活環境がもうがらっと変わってしまったなということで言っております。現実にそれがあるないにかかわらず、あそこで住宅を、土地を持って住宅を建てた人、だからといって引っ越すわけにいかないと。そのためには何かの対策を、自分でも考えなければならないかもしれないけれども、やっぱり道路、公園をあれした開発局、防衛庁、町等も含めて、この点を真剣に考えていただきたいという要望でございますので、一応明らかにしておきたいと思います。それから次に、3番目の空き教員住宅の関係です。これは、17年3月の定例会で、私と同僚議員が七飯町の例を出しながら、七飯町では町営住宅でなくて、町民住宅ということでやっておりました。課長会議、それから政策調整会議等で町長、助役の話を総合すると、関係課で転用の具体策について検討することを指示しておりますということでございます。その中で、まず、教育委員会が今後の教員住宅の必要戸数を定める正式な手続をしなかったら、その前が進まないのですね。ですから、その作業がいかにおくれているかということで、私は教育委員会の会議の開催状況ということで、このことがどこかに教育委員会の会議で議事録に載っているかということで調べてみました。そうしたら、どこにも載っていないのですね。載っているのは、清富の教員住宅の関係で載っておりました。非常に残念なのは、きのう教育長に申し上げたのです。会議録が平成18年の5月22日の開催以降、会議録がないのですよ。しかし、現実の問題として、会議が開催されているのですね。教育委員会は、5月22日、6月27日、7月25日と、8月分は9月の教育委員会で議事録に署名をして、提出をするというからいいですけれども。その中でも、教育長にきのう申し上げたら、早速、とじてありました。そして私も見ましたら、その項目は何もないのですね。ですから、私はまず、そういうことで町長、助役から転用の具体策について検討することを指示しておるということで、そうすると、教育委員会が今後の教員住宅の必要戸数を定める正式な手続ということをしな― 9 ―いと進まないと。そういうことでまず、この教員住宅の転用等も含めて、とりあえず教員住宅が何戸必要なのかと。昨年の3月のあれでは、一応53戸は持っておきたいという話でしたのですけれども、それから清富の関係等も出てきましたから、それらの関係について、今、教員住宅として確保する必要戸数はまず何戸なのか。それから、今までそのことがおくれた原因は何なのかということを2点目でお尋ねをしたいと思います。それから、教育委員会の資料によると、空き教員住宅の要因は、町外からの通勤者36名、町内の自宅や借家等が10名ということですけれども、もしわかる範囲で、町外からの通勤者36名、町外に自宅を持っているのか、もしくは持っていないのかという。それから、町内の自宅や借家等10名ということですけれども、これは自宅なのか、それとも借家なのかということでお尋ねをいたしたいと思います。それで17年3月の定例会の答弁で、将来20戸を廃止して、管理戸数を53戸と考えているということで、先ほどの質問と重複する面がありますけれども、言うなれば、今後とも、今53戸というのか、それとも、もう一度新たな発想で、考え方で、この管理戸数は何戸にしていくかということでお伺いしたいと思います。それから次に、各種利用料金の値上げ、補助金の削減含めて、行財政改革での町長の決断を求めるということでお話をしました。旭町公営住宅10戸のところを、建設年度昭和49年度は住宅料が7,200円、50年では7,800円、それから、面積の若干狭いところで49年度は6,200円、50年度は6,600円ということになっています。したがって、私は、これらの去年の3月に一般質問をして、その後、具体的にやれば、遅くともことしの4月ぐらいは、このことの入居可能な体制が、やるのであればとれたのかなという想像をいたします。したがって、例えば、10戸丸々でなくても、8戸であっても、上富良野町営住宅管理条例によると近傍同種の住宅の家賃を参考にして家賃を定めるということになっております。したがって、私は、例えば1万円にして8戸にしたって、月8万円入る。それがある程度年数を、月数を数えていけば、ある程度の収入があると。極端に言えば、上富良野広報の広告を集めるのに四苦八苦したり、それから、ごみ袋の広告を集めるのに、担当の皆さん方は四苦八苦しているわけですよ。しかし、町民もまた、いろいろ値上げをするということで四苦八苦している。そういうことになると、現在の町有財産の有効活用ということになると、今の家賃がどうということは言いませんけれども、いずれにしても、そういう体制を早急にとるべきだと思うのですね。そのテンポが余りにも遅過ぎるということなのです。そういうことで、この点、町長はさらに具現化できるよう取り進めてまいるということでございますので、この点、いつごろまで具体的に進めるか、それから戸数はどうなのかということも含めて、答弁をお願いいたしたいと思います。以上でございます。
答弁 町長 尾岸孝雄(町長は2008年12月まで)
11番中村議員の再質問にお答えさせていただきます。まず、私の方から、見晴台の件と教員住宅の件につきましてお答えさせていただきます。まず、見晴台の件につきましては、議員の御質問の中にもありましたように、町といたしましては、通常の事業と違うという面と、都市計画マスタープランに基づいた緑地の対応等々を含めながら造成を進めていくということで対応してきたところでありますが、このことにつきましては大きな事業でもあるということから、パブリックコメントで全町民の皆さん方からいろいろな御意見を承ろうということで、パブリックコメントを対応させていただきまして、通常のパブリックコメントにおける説明と同じような形で広報させていただいたところであります。その中で、いろいろな課題が生じているわということにつきましては、私も承知をいたしているところでありまして、これらにつきましては、このことによってどのような環境が変化していくのかということも含めて、十分地域の皆さん方と、今後も地域の皆さん方の、議員からも御質問ありました意見を十分聞けよということでありますが、決して門戸を閉ざしているわけでありませんので、十分今後も意見を聞きながら調整をさせていただくとともに、また、ごみだとか騒音等々、町が対応する部分でなくて管理者が対応すべきものにつきましては、開発建設部の方にも十分協議をさせていただきながら、対処をしていきたいというふうに思っております。ただ、いろいろな状況はあろうかと思いますけれども、現在の見晴台の整備が、設計段階から十分パブリックコメントの中でも御意見をいただいておりますけれども、決してこの開発が今後に与える大きなプラス面を考慮した中で考えておりますので、この地域住民とのいろいろな課題につきましては、今後も、先ほどお答えさせていただきましたように、十分協議をさせていただき、要望を聞いていきたいと思いますが、議員一つ一つの自然林だとか、ごみだとか、擁壁だとかにつきましては、あれを残すこ― 10 ―とによって見晴台の目的が阻害される部分も出てまいりますし、いろいろな観点から、私はこの設計が決して間違いではなかったという認識を持っておりますので、ひとつ御理解を賜りたいなというふうに思います。町といたしましても、これが民間によってどのような形で開発されていくかということを考えますと、町が利用させていただいたことによって、有効利用をさせていただいたなという認識は今も持っておりますので、ひとつ御理解を賜りたいと思います。次に、空き教員住宅の件でありますが、このことにつきましては、私あての質問ということでお聞きしておりまして、再質問の中で新たな御質問が出てまいりました。教育委員会にまつわるいろいろな部分につきましては、私の方から後ほど教育委員会の方に指示し、説明をさせるようにいたしたいと思います。その中で、私としても、議員の考えのとおり、日にちがたち過ぎておりますので、遺憾に思って、急ぐよう指示をいたしているところであります。清富小学校教員住宅のように、普通財産に切りかわれば、即町としてはその対応をさせていただくわけでありますから、要は、教育財産から普通財産にするということが前提でありますので、これは教育委員会として早急に対応していただきたいなというふうに思いますし、また、使用料あるいは補助金等の行財政改革の一環として対応を進めております課題につきましても、さきにお答えさせていただきましたように、それらの具現化に努めてまいらなければならないと。これは私の所管であります一般行政においても、議員も御承知のとおり、行革の中で非常に苦慮しながら改革を進めておるわけでありますが、あるいは教育行政におきましても、そういった観点に立った行財政改革の推進を図っていくという意気込みで教育行政を推進していただくよう、私の方からもまた指示をいたしたいというふうに思っておりますので、御理解を賜りたいと思います。
答弁 教育長 中澤良隆(教育長は2008年9月まで)
中村議員の再質問にお答えをさせていただきたいと思います。まず、名跡由来説明板等に関することであります。明治30年に本町に開拓のくわがおろされてから、その間、大正15年の十勝岳の大爆発など、さまざまな出来事がありました。今に生きる私たちといたしましては、先人の労苦や思いなど感じ取り、未来に引き継いでいく責務があるものというふうに考えているところであります。そのような意味で、碑に語られていますものをしっかりと次の時代に受け継いでいくために、名跡由来説明板等の設置については必要なものと考えておりますし、今後においても適切に管理をしていきたいというふうに考えているところであります。また、非常に設置されている場所とか、そういうことで、非常に同じ平成6年度、またそれ以降に建てられたものでも、現状としては大きな差がございます。そういうこともよく見きわめ、また、今の時代ですから、材質的にもどのような材質がいいのか、そこら辺も内部、それから専門家等の意見も聞きながら、今後、対応を図っていきたいというふうに思っております。それから、2点目、3点目の設置場所、それから未設置の場所等についての一覧表にということで、これについては、後刻、整理をした中で資料提供を行うよう考えております。また、4点目には、現状8カ所とそれから3カ所が見づらいというようなことでありましたが、これらの優先順位等につきましては、やはり観光客が訪れるところ、また、人が多く集まって目にするところ、そういうものから優先的に考えて整備をしてまいりたいというふうに考えているところであります。それから、36カ所のうちの26カ所ということで10カ所、どのような碑があるのかということでありますが、これにつきましては、例えばの話でありますが、日新ダムの竣工記念富源の湖の碑とか、また、十勝岳産業開発道路記念碑とか、それから十勝岳にある碑や何かを想定して、全体で10カ所になってございます。これにつきましても、後ほどの資料で提出をいたしたいというふうに思っております。次に、文化財保護委員会の関係でありますが、委員の名簿がないということにつきましては、おわびを申し上げたいと思います。平成16年の11月5日以降の開催については、現在まで開催をされていませんが、この際でありますので、今後、52カ所の全体、その後に、先ほど例に出ました静修だとか江幌や何かの碑、また100年記念の際の碑などいろいろとあります。それが我々として後世に残していくべきものかどうか、よく御意見を承った中で、今後どのような対応を図ったらいいのか、会議の中で御意見を聞いていきたいというふうに考えているところであります。それから、次に、移転をしてほしいというような碑の関係がありました。だれが管理をするのかということでありますが、一番最初にもお答えをさせていただきましたが、やはり五十数カ所あります。そ― 11 ―ういうことがありますし、その碑というのが、本当に町が適切に管理していけるかというと、なかなか不可能かなというふうに感じているところであります。そして、この碑についての位置づけは、今のところ、町としての指定文化財だとかいろいろなものになっているものはほとんどなくて、大半が地域の人の思いとか、そういうことで建てられたものであります。したがいまして、町として設置したものについては、適切に町が管理してまいりますし、また、町の指定文化財になりましたものにつきましては、これからも町の指定文化財として、きちんと後世に伝えていかなければならないというふうに考えているところであります。あくまでもそのような形の中で、今後とも取り扱っていきたいというふうに考えております。
質問 11番 中村有秀
まず、名跡由来板の関係なのですが、今、教育長の話では、人が多く集まるところ、場、もしくは観光客等も含めてということを優先にということでございます。確かにそういう点では、余り人が来ないところに優先的にということではなくて、今、教育長の優先の方針については理解をしていきたいと思います。それから、私、「郷土をさぐる会」の23号で會田久左エ門さんのことを書いたのですが、あの道路にかかわる自衛隊の皆さん方の努力というのは、非常に多いものがあると判断しているのですね。それで、あそこの産業開発道路の「若き力をたぎらせて」という碑の、結局登山客が来て、あの曲がりをずっと登ってきて、ああ、この人たちがこの道路の開発に努力されたのだなということがわかるような一応説明板を、前は、駐車場が拡大される前は、あの横へ行けばすぐ、どこどこの施設隊がいつからいつまで何キロやったというのは読めたのですけれど、今、もう全然読めないのですね。私はこの前行って、字が消えているからといってペンキを塗り、あの字に埋め込んで、草等も刈ってきたのですけれども。そうすると、あそこに、これはどんないわれがあるのですかと私が作業したときに聞かれたのですね。いやいや、これはもう昭和30年代で、上富良野町の大混乱を起こした事件もあったのですよということも含めて、自衛隊の皆さん方の努力ですということでございましたので、できれば、あそこは優先順位の中に入れて、冬季の間はもう埋もれてしまいますけれども、来年度以降、何とか検討していただきたいなという気がしております。それから、土地の問題、設置地先の問題なのですが、町有地、それから地域の共有地といろいろありますけれども、いずれにしても、町が説明板をつけるか、それともつけなくても、何となくそういう感じで受けられて、町で何とかしてくれということになったら困るので、私は、その設置する段階で地域との協定書をきちっと結んでいただきたいと。例えば今、江花、静修、江幌、里仁にそれぞれ今、100年でざっと4基が出そろう形になりますけれども、それらについても、どこの土地なのかということは、恐らくかつては学校用地のところが大半、静修は違いますけれども。そうすると、それらのことを含めて、やはりそういう体制をとっていかないと、今度新しくできたところは、由来板や何かはもう碑の横に全部書いてありますから、必要はないと思うのですけれども、あくまで将来、何十年後か、何百年ともいきませんけれども、そういうことが出てこないとも限らないので、そういう点で基本的にその土地の関係についての整理をきちんとして、契約というか、町有地であれば、その中を明文化していただいた方がよろしいかなという気がいたします。それから、見晴台公園の関係なのですが、今、町長の答弁のように、従来のとおりパブリックコメントを活用ということでやったけれども、地域の住民の皆さん方の要望を聞く機会をつくる、それからそれによってはまた、開発建設部等の協議を行う部面があれば、また行っていきたいという答弁なので、できれば町側から積極的に働きかけをして、皆さんの声をぜひ聞きたいということで設定をしていただきたいと思いますが、その点、明らかにしていただきたいと思います。それから、空き教員住宅の関係、例えば民間なら、あいたらすぐだれか入れなかったら、はっちゃきになるのですね。ですから私は、やっぱりそういうことで、これだけの町有財産を何とか活用ということで、日にちがたち過ぎた点では反省しているということでございますので、これは早急に対策を立てていただきたいと思います。以上でございます。
答弁 町長 尾岸孝雄(町長は2008年12月まで)
11番中村議員の再々質問にお答えさせていただきます。まず、見晴台の件につきましては、先ほどお答えさせていただきましたように、住民の声を十二分に― 12 ―聞いて対処してまいりたいというふうに思っておりますので、住民の方々の御意見を真摯に受けとめて、協議を重ねていきたいと思います。次に、空き教員住宅については、これも議員も御質問の中にありますように、私といたしましても日にちがたっているなという認識を持っておりますので、先ほどお答えさせていただきましたように、教育委員会の方で早急に対処していただくことを指示したいというふうに思います。
答弁 教育長 中澤良隆(教育長は2008年9月まで)
中村議員の十勝岳爆発災害碑等の名跡由来説明板に関する件でありますが、まず、1点目、優先順位の関係であります。これにつきましては、先ほどお答えをさせていただきましたように、人が集まるところ、また観光地というようなところを優先したい。その際、十勝岳産業開発道路記念碑ということも、その位置づけの中の一つだというふうに考えますので、ここら辺につきましては、またいろいろな方の御意見を賜りながら決定し、整備を進めたいというふうに思うところであります。また、御提案いただきました設置する段階での協定書等を結んで、今後のことにいろいろな問題が生じないようにという御提案であります。この協定書がいいのか、どのような方法がいいのか、そこら辺も十分内部でも検討したいというふうに考えております。以上です。