由仁町議会 令和6年第4回定例会 2024年12月17日
教育体制について
2024年12月17日、由仁町議会の一般質問で、浮田孝雄議員が「教育体制について」質問し、町長 松村諭、教育長 石井洋が答弁しました。
- 質問者
- 浮田孝雄 議員
- 答弁者
- 町長 松村諭、教育長 石井洋
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
件名は、議員が最初の質問で述べた言葉から取ったものです。
質問 1番 浮田孝雄
それでは、次に移ります。今度は教育体制についてお伺いしていきます。教育と一言で言っても内容は膨大です。教育基本法、学校教育法、そして学習指導要領の中で義務教育が現在進められております。大きく分けて学校教育、家庭教育、社会教育があります。憲法23条に学問の自由、26条には教育に関する権利と義務が述べられています。学問も教育もそれぞれ人間形成、社会形成の上で非常に大切であります。義務教育の概念、理念をどのようにお持ちなのか、まずお伺いいたします。また、明治以降、尋常小学校、高等小学校、国民学校、そして昭和22年、学制改革によりようやっと6・3制の体制となり、その後小中一貫、義務教育学校制と、文科省としても暗中模索の現状であります。教育体制としてどうあるべきと考えているのかお伺いいたします。また、昭和40年頃までは中学校を卒業する生徒の集団就職等がありました。社会的経済の貧困等難しい問題が山積する中……
質問 1番 浮田孝雄
3番。
質問 1番 浮田孝雄
了解。
質問 1番 浮田孝雄
答弁してください。
答弁 町長 松村諭
浮田議員の教育体制についてでありますが、私からは質問前段部分の義務教育の概念及び理念についてお答えをさせていただきます。憲法第26条に国民は教育を受ける権利を有し、保護者は子供に教育を受けさせる義務があると定めております。戦前の義務教育は大日本帝国憲法の下、兵役、納税と並ぶ国家に対する義務でありましたが、戦後は日本国憲法の下、教育を受ける権利を保障するものとなったと解釈をしているところであります。明治40年、1907年でありますが、小学校令の改正によりまして義務教育の修業年限が4年から6年に延長され、義務教育の尋常小学校修了後、多くの者は実業学校に進学するか師範学校に進学するための高等小学校や高等女学校に進学し、ごく少数の者が中学校に進学し、さらにその中でも少数の者が高等学校、帝国大学へと進学することができたものであります。昭和22年、1947年、旧教育基本法、学校教育法の制定による小学校6年と中学校3年の6・3制、それに続く後期中等教育と高等教育は高等学校3年と大学4年間に一本化され、戦前の複線型教育体系から戦後は単線型教育体系へ変遷されたものであります。戦後の教育体系は、戦前、戦中のように国家の都合を優先して義務教育の修了後という早期の段階において個人の進路を固定化するという考えを排し、個人の人格の完成に必要な教育の機会を高等教育段階に至るまであらゆる個人に平等に保障することを目的としているところであります。当由仁町の教育体制に関してましては、教育長のほうから答弁をさせていただきます。
答弁 教育長 石井洋
当町の教育体制に関しましては私のほうから答弁させていただきます。戦後の教育体系では学校段階ごとに教育の目的が明示され、下からの接続が意図されています。例えば学校教育法第45条につきましては小学校から中学校への接続、同第50条につきましては中学校から高等学校への接続ということが事例です。しかし、一方では高校入試や大学入試、それから中1ギャップなどの問題があり、それらに対応するために6年一貫制の中等教育学校ですとか9年一貫制の義務教育学校が制度化され、年々増加傾向にあります。前回の町議会第3回定例会の答弁でも述べましたが、当町では小学校1校、中学校1校で、ほとんどの子供たちが由仁小学校から由仁中学校に進学します。このような学校は都心部では成立しません。私立学校でも中学校からの進学組と高校からの入学組があって、理想的な一貫教育というのはなかなか実現難しいのが現状です。当町ではこのような環境を最大限生かし、小学校から中学校までの9年間を縦でつないだ理想的な一貫教育課程を編成することができると考えております。教育委員会といたしましては、現在の当町の学校施設を前提としながら、施設分離型の義務教育学校が理想的な形で設置できるかどうか先進事例の調査を行いたいと考えております。以上でございます。
質問 1番 浮田孝雄
ただいまの説明の中で小中一貫校のくだりがありました。そこで、ちょっとお尋ねしたい。当町の場合、一応6・3と、そういう体制を取っていると説明されました。ところが、実際に日本列島を見ますと6・3制を取っている市町村、ここが僅か十五、六%です。ほかは違う学年の区別しております、6・3ではなくて。例えば4年、3年、2年だとか、5年、4年だとか。当町が6・3制を取った理由、全国的な調査をした上での6・3制なのか、そこをちょっとお伺いいたします。
答弁 教育長 石井洋
6・3制は義務教育の小学校6年、中学校3年という制度決まっていますから、そこで6・3制を取ったと思っていますが、例えば令和2年度からの小中一貫校についても現在の小学校と現在の中学校を前提とした小中一貫教育制度、小中一貫校というふうになっておりますので、そういう意味では小学校6年、中学校3年の制度の中で小中一貫を進めていこうということで6・3制にしたというふうに判断しております。以上です。
質問 1番 浮田孝雄
当町として小中の一貫校にしましょうと。そのときにはもう片方の義務教育学校、ここの調査はいたしましたか。
答弁 教育長 石井洋
私が教育長になる前の話でございますけれども、その調査はしていないというふうに聞いております。以上です。
質問 1番 浮田孝雄
もう駄目。
質問 1番 浮田孝雄
石井教育長が就任される以前のお話と、そういう答弁ですけれども、ここの一貫性、義務教育学校のほうに移る、移動するメリットのほうが大きければ、やはり小中一貫から義務教育のほうにシフトしていく考え方をしていかないと、結局また取り残される、子供たちがです、そういう事態になってくるのではないでしょうか。その辺り早急に調べるなりしていただきたい。