みんなの議会

白老町議会 平成31年定例会3月会議 2019年3月8日

町政執行方針

2019年3月8日、白老町議会の一般質問で、松田謙吾議員が「町政執行方針」について質問し、町長 戸田安彦、副町長 古俣博之、副町長 岩城達己が答弁しました。

質問者
松田謙吾 議員
答弁者
町長 戸田安彦、副町長 古俣博之、副町長 岩城達己

議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。

質問 12番 松田謙吾

会派きずな、松田です。代表質問を行いますが、まず執行方針についてでありますが、町長就任から2期8年の執行方針になります。平成最後の執行方針でもあり、新しい年号を迎える歴史的意味を持つことしの町長の執行方針になりました。何よりもまちにとって歴史的に大きな意味を持つ象徴空間の建設、開設と裏腹に第3商港区、バイオマス、町立病院と大型事業の相次ぐ物議を醸す結果が町民にとって私は最近痛ましいなと、このように思っております。加えて、人口減少、少子高齢化、公共施設老朽化等、行政の責任として向かう波は高い。しかし、それを乗り越えなければまちづくりにはならないと思います。そこで、執行方針についてご質問いたします。(1)として、多文化のまちへさらに進化させ、希望、活力あふれたまちの基本姿勢について。①、多文化共生とは町民にどのように伝え、伝わり、さらに進化によってどう変わり、どう変えるのか。②、人口減少の歯どめ策、町独自の将来人口想定とまちのあるべき姿は。③、稼ぐ力を高めるとして社台から虎杖浜まで民族共生象徴空間100万人を迎え、その相乗効果を図るための取り組みについて伺います。④、地域医療、町立病院のこれから果たすべき役割を明確に、将来にわたり安定的な経営を維持するため詳細な検討を重ね、改築基本方針の策定を進めると示されているが、改築基本姿勢を伺います。⑤、第3商港区の新規貨物の開拓やクルーズ船の誘致に向けて利用拡大を図るポートセールスと第3商港区の基本姿勢を伺います。⑥として、北吉原駅周辺整備について。北吉原駅の解体、地上駅へ変更計画が示されております。工事請負費が予算化されているが、その経緯について伺います。2点目として、選挙公約について。地域担当制度の状況についてお聞きしておきたいと思います。

答弁 町長 戸田安彦(町長は2022年12月まで)

松田議員の代表質問にお答えいたします。町政執行方針についてのご質問であります。1項目めの多文化共生のまちへの基本姿勢についてであります。1点目の多文化共生のまちをどのように伝え、伝わり、進化によってどう変わり、変えていくのかについてでありますが、多文化共生についてはお互いの文化を理解し、認め合うことを基本として、子供から高齢者までみんなで支え合う暮らしの共生、1次産業から3次産業までの多様な事業者が連携、協力し、経済環境を向上させることで産業の発展を目指す産業の共生、多様な価値観や生活様式等を受容する文化の共生によりお互いを理解、尊重し、支え合う幸せと発展を目指し、ともに生き生きと心豊かに暮らすまちづくりを推進してまいりました。このことにより、シンボルマークの作成やシンポジウムの開催、さらに各種会議等においてはイランカラプテを挨拶の基本とするなど各種取り組みを進めており、現在では巨大パッチワークづくりや未来づくりプロジェクトなど、町民みずからが多文化共生を発信するなど徐々に町民の皆様にもその理念に対する理解浸透が図られていると考えております。今後においては、より多くの町民が多様な価値観を理解、尊重し、主体的に取り組むことができるよう各種事業を通してその機運醸成と理解促進に努めてまいります。2点目の人口減少の歯どめ策、将来人口想定とあるべき姿についてでありますが、人口減少対策については地方創生総合戦略に位置づけた子育て支援や定住策、さらには雇用対策など危機感を持って取り組みを進めているところでありますが、昨年11月には1万7,000人を割り込む状況となるなど厳しい状況であると認識しております。今後においてもより一層精力的な取り組みを進め、総合戦略の2040年度の目標人口1万4,000人に少しでも近づくよう努めるとともに、民族共生象徴空間の開設を契機として、互いを尊重し、認め、支え合う地域社会の実現に向けて取り組みを進めてまいります。3点目の民族共生象徴空間100万人の迎え方と相乗効果を図るための取り組みについてでありますが、民族共生象徴空間ウポポイでは年間100万人の入り込みを見込んでおり、その相乗効果によりまち・ひと・しごと創生総合戦略においては白老町全体の観光客として年間300万人を目標としております。この目標を達成するには、観光客の町内の回遊性を高め、滞在時間を延伸していく取り組みが重要であります。具体的にはインフォメーションセンターを核とした観光案内機能や情報発信の高度化、地場の豊富な食材やアイヌ文化を生かした飲食や土産品の提供、さらには温泉資源を活用した宿泊施設、2次交通の充実など多様化する観光ニーズに応えていく施策を展開してまいります。4点目の町立病院改築に向けた基本姿勢についてでありますが、平成26年8月に町立病院経営改善計画の進捗状況と本町に必要な医療体制の確保などを総合的に判断し、町立病院の経営を存続するとともに、老朽化の著しい現病院の改築を行う旨の政策判断を礎としながら、昨年5月にお示しした公設公営、入院機能保持の政策判断に基づき改築を行うものであります。改築に向けた検討状況につきましては、先般の調査特別委員会において申し上げたように、将来にわたる経営の安定化と必要な医療提供のあり方について現場の声、そして町民の皆様などからのさまざまな声に真摯に向き合いながら課題整理を図り、私の任期中において方向性をお示ししたいと考えております。5点目の第3商港区の新規貨物の開拓やクルーズ船の誘致に向けて利用拡大を図るための取り組みについてでありますが、白老港全体の取り扱い貨物量は砂、砂利が約65%を占め、主力貨物となっております。新規貨物としては、埋め戻し材として使用される改良土の移入が急増しているほか、紙の原料となるウエットパルプの移入実績も出てきており、30年の取り扱い貨物量は121万9,000トンとなり、過去最高を更新したところであります。また、私自身もトップセールスとして港湾利用を伴う企業誘致交渉や民族共生象徴空間の開設を見据えて、クルーズ船社への寄港要請など第3商港区への大型船誘致に向けた活動を展開しているところであります。6点目の北吉原駅周辺整備に係る経緯についてでありますが、JR北吉原駅につきましては昭和40年に町の請願駅として建設以来既に50年以上の歳月が経過し、その老朽化が顕著であり、近年ではコンクリート片の落下事故も発生するなどJR北海道にとって喫緊の課題となっておりました。このことから、JR北海道から橋上駅舎の撤去とその代替方策について提案を受け、日本製紙を交えた3者によりその対応策の協議を進めてきたところであります。協議においては、JR北海道が待合室やホームまでの通路の新設をするとともに、町としては利用者への負担軽減を図るための駅舎東側へのアクセス通路等の整備を行うこととしたものであります。次に、選挙公約についてのご質問であります。1項目めの地域担当職員制度の現状についてであります。本件については、総務省の集落支援員の制度を活用し、現在4人の担当職員が地域の調整役、行政とのパイプ役として地域コミュニティの支援に取り組んでおります。特に今年度創設したがんばる地域コミュニティ応援事業補助金の運用においては、事業内容について協議、助言を行うなど新たな制度の活用に対して各申請団体と一体となって取り組みを進めてまいりました。また、元気号やデマンドバスに乗車してアンケート調査を行うなど、その改善点の把握や利便性向上に向けた検討等を行っています。今後も多様化する地域課題に対して地域の皆様と連携を深めながら、町民生活の向上に寄与できるよう邁進してまいりたいと考えております。

再質問 12番 松田謙吾

再質問を行います。町長の望む基本姿勢、1年前の基本姿勢は多文化共生の進化、このように言っておりました。そして、31年度の基本姿勢はさらなる多文化。多文化共生の進化にさらなるをつけたまちへ進化させる、こういう基本方針であります。戸田町長は、多文化共生の言葉を必ず上につけて冠として、国内唯一無二の白老にしかないアイヌ文化を中心に進化した多文化社会を世界に発信できるまちを目指すのだ、こう言っています。後からも言いますが、この多文化、前にも質問して、多文化という町長の言っていることは大体わかるのですが、辞典にはこう書いてあります。多文化とは1つの国、社会に複数の民族、人種などが存在する、それからそれらの異なった文化の存在を積極的に認めようとする立場、こういうものが多文化というのだ。共生とはこれは誰でもわかる。ともに同じく生活することであります。白老のまちは1856年、安政3年を開基として、そして昭和29年に町制施行がされました。30年に町制施行のお祝いと開基100年のお祝いを、約1万1,000人の人口があり、私はそのとき6年生でした。赤いちょうちんにろうそくをつけて、私は北吉原ですから、萩野、北吉原地区を不滅の夢呼ぶ樽前のという、こういう歌を歌いながら祝ったことは今でも鮮明に覚えております。白老のまちをちょっとたどってみると、海と山と川の自然の共生、ここから私は白老ができていると思う。34年に大手企業を誘致した。言うなれば大昭和製紙です。37年に虎杖浜に泉源が湧いた。そして、そこに土地を求め、温泉を求め、働く場を求めてたくさんの人が白老に集まってきた。もちろんアイヌの民族とも一緒にです。まさしく多文化の共生です。そして、41年に仙台陣屋が指定になって、その前に39年、日大高校の誘致に成功して、そして56年にカナダのケネル市と姉妹提携と。そして、57年に仙台市とも姉妹提携をした。そして、57年に町民の求めていた白老港、漁港区を着工した。そして、このアイヌの人々、このときもずっとそうです。私はアイヌの人々という言葉は使ったことは今までなかったし、ずっと同じ白老の町民だと思っていたし、自然なのだ、アイヌの人々というのは。何もアイヌの人々なんて言ったことはない。白老の町民とともに、そして多くのこの温泉や企業に働きに来る移住者、まさしく移住者とアイヌの人々と全てが、これが白老の発展の礎なのです。ですから、私は改めて多文化、多文化と言うことのほうが抵抗がある。多文化は先ほど言った1856年から始まっているのです。ですから、多文化、多文化と町長の言う、何か多文化でまちをつくるような言い方するのは私は悪いとは言いません。自然なことなのだ、当たり前のことなのだ、私はこう思っております。ですから、むしろ多文化ということが人種差別に当たるのだ、私は。何もそんなことは思ってもいない。みんなで共生してつくってきたまちを改めて多文化、多文化と言う必要は、改めて言うことはないと私は思っておりますので、その辺の考え方をお聞きしたいと思います。それから、人口減少の歯どめ策、将来の人口想定とあるべき姿。昭和30年の人口、先ほども言ったように、1万1,083人です。町制施行から昭和の終わりまで約30年間で1万3,500人の人口が増加した、そして、2万4,353人になったのです。この約2万4,500人をピークにそれこそこの平成の30年間、ずっと右肩下がりで人口が減少して、歯どめがきかない。3月7日のきのう、1万6,886人です。この平成の30年間で7,649人人口が減りました。この人口減少の歯どめ策、歯どめがきかないわけであります。戸田町長が23年、町長に就任しました。1万9,111人です。きのう、先ほど言ったように、1万6,886人。戸田町長になった7年4カ月間で2,225人人口が減りました。ちょうど年間約300人ずつです。31年の執行方針に人口減少に歯どめをかけ、将来のあるべき姿の方針、取り組みを明らかにしてまいる所存だと、こう基本方針に書いてありますが、私は気がついたのですが、まいる所存という言葉、私はこういう言葉を使うのかな。参るということは神社か仏閣に使う言葉なのだ、参ると、この言葉は。そして、存在、考えるですよね。だから、神頼みして考えるのかなと、私はそんなことを思ったのです。人口歯どめの妙案は、町長、あるのか。言うなれば、先ほど言ったように、明らかにすると言っておりますから、この人口歯どめの妙案をお聞きしたいと思います。何もしなければ2040年、20年後、1万786人になる、こうずっとまちのいろいろな資料に書かれております。そこで、人口減少の原因をつかみ、将来人口想定なくして今後のまちのあるべき姿が私は描けないと思う。1次産業、2次産業がしっかりしなければ第3次産業は育たないのです。まちが成り立つ土台をしっかり築くために、まちが成り立たない、土台をしっかり築かなければ私はまちは成り立たないのではないかと、こう思います。町長就任7年4カ月、残された任期は限られているが、人口減少の歯どめ策と将来あるべき姿をお聞きしたいと思います。これはここで。それから、稼ぐ力でなく、これもこの要素は入っておると思う。そして地域医療、町立病院のこれからの果たすべき役割を明確に、将来にわたり安定的な経営の維持、詳細な検討を重ね、改築基本方針の策定を進めると示されているが、改築基本方針を伺うわけでありますが、先ほど、前回特別委員会でもいろいろ議論されて、あのときは公設公営で入院機能をする方向に変わりはない、このように明言をされておりますし、11月の任期中に計画の方針を出す。それから、当初の34年開設は非常に厳しい見通しを示されておりました。今答弁書、答弁されたのにもほぼ町立病院の経営を存続する、それから公設公営、入院機能を保持する、こういうことでありますから、ここに来て慎重に町立病院の改築基本計画をつくって、そして1年おくれでも、ここに来たらやめれませんから、ただいま町長の任期中において方向性を示したいという言葉がもう一度ありましたら、そのことについてもう一度確認をしておきたいと思います、この病院については。次、港湾について。第3商港区の新規貨物の開拓やクルーズ船の誘致に向けて利用拡大を図るポートセールス、第3商港区の基本姿勢でありました。新規貨物の開拓化の見込み、私はこれからの課題だと、こう思っております。それから、ポートセールスを主眼とする、これも町長がいつも言っている課題であります。先般新聞に出ていたのですが、報道があったのですが、日本製紙が室蘭の崎守埠頭、チップヤードが老朽化したから、廃止をして、白老を飛び越えて苫小牧にチップヤード、陸揚げをする、こういう新聞報道がありました。白老第3商港区は、チップヤードのためにつくった岸壁ですよね、270メートルの5万4,000キロの144万トンチップを入れる、これが白老港をつくった大きな理由です。それが石炭も18万トン入れる。あれを入れると350万トンが港につくるよということで完成をしました。しかし、町長が就任してからチップヤードについては日本製紙が使わない意向も示されたものですから、あそこのチップヤードのボーリング、2,000万円ほどボーリング費用がかけてあるのですが、それにチップヤードをつくるのに50億円ほどかかる。町長の判断もありまして、チップヤードは凍結する、こういうことになっていました。しかしながら、私は新聞報道を見て、白老に、白老町長に、戸田町長に、戸田町長もあの新聞を見て、いやいや、このチップ、白老港に揚げられないものか考えたと思います、当然。そして、そういう相談はあったのかどうか。こういう相談があった、チップは白老に揚げたいけれども、どうだというご相談があったのかどうかと同時に、このチップを白老に揚げるためのポートセールスはやられたのかどうか。このことは、私は大変重要なことだと思う。白老を飛び越えて苫小牧に行ったわけですから。もし白老にチップ荷揚げのご相談がないとすれば、あのチップ、第3商港区をつくる理由が、これは成り立たないのです。あの港をつくる計画をするときにチップをつくる、室蘭のチップは白老の荷物だと前町長は言っていました。前理事者。そういうことからいくと、私は今回そのチップ、室蘭の崎守埠頭が廃止して、苫小牧に飛び越えていったということは白老にはチップ、第3商港区をつくる相談は白老町がしていなかったのかと、ということははっきり言うとうそだったのかと、こういう疑いを持つわけです、我々からすれば。そういうことからいくと、今言ったように町長のポートセールス、それから日本製紙がここを飛び越える前にこういうことだよ、やむを得なく苫小牧に持っていくとか、そういうご相談があったのかどうか、そこのところをまずお聞きしておきたいと思います。それから、北吉原駅周辺整備事業についてでありますが、これには私も驚きました、まちのほうから北吉原住民に一言の相談もなかったのです。私にはちらっとありましたけれども、こういう重要な歴史的な北吉原駅を解体するのに一言もなかった。一言なかっただけではいいのだけれども、例えば跨線橋をつくりますよ、設計図をつくりますよ、竹浦の駅のです。萩野の跨線橋、これを解体しますよと町長の執行方針に載っていますよね。北吉原は何もないのだ。それで、いきなり予算に北吉原駅整備1,000万円の予算が出て、私はびっくりしたのですが、北吉原のあの駅は齊藤了英社長が、北吉原の住民のためにもそうですし、会社の通勤者のためにつくった駅なのですから、それでも53年になるのかな。そのぐらいになるのですが、竹浦や萩野の跨線橋が執行方針に載って、北吉原の駅が執行方針に載っていないことは、私は北吉原住民をばかにしているのでないかなと思うのだ。私はそう思っています。はっきり言って思っています。それほど北吉原の住民をばかにしているのだったらそれでいいのだけれども、あの状況はどうなりましたか。ここのところ詳しくご説明願いたい。

答弁 町長 戸田安彦(町長は2022年12月まで)

代表質問であります、その中でも大きな多文化共生の考え方ということについて私からご答弁をさせていただきます。今松田議員のほうから白老町の歴史、るるお話がございました。その中にもさまざまな人種が異なった文化を認める社会という多文化のお話もございました。そして、白老町の歴史そのものが多文化というお話がございました。そのとおりでございます。執行方針にも多文化共生という言葉を使って、2期目の公約のときも多文化共生のまちづくりという言葉を使わさせていただいております。これは、白老町の歴史を振り返ったときにまさしく多文化共生のまちづくりを進めてきた歴史があるのと同時に、2020年の象徴空間の開設に向けて、ここにはいろんな多文化の方々が来る、それは世界の先住民族を初め本当に異なった文化の方々が白老町に訪れてくることを考えますと、白老町の歴史にプラスして、さまざまな多文化、白老にある1次産業から3次産業のいい文化を世界に発信できる、そんなまちづくりを目指しております。その中でも、差別という言葉もあったのですが、ここ象徴空間もアイヌの方々の尊厳の尊重というのが第一義でありますので、白老町も差別ではなく一緒につくり上げてきて、その中にはさまざまな文化がありますので、それぞれの違いを認める社会を白老町からも世界にまた発信ができるのではないかなと思っておりますし、パッチワークづくりにしてもアイヌ文化のさまざまな商品開発にしてもそうですし、食、そして白老にはたくさんの自然があり、四季折々の季節もある、そんないろんな意味での多文化共生を白老町から発信していきたいという考えで多文化共生という言葉を執行方針、そして公約に使わさせていただいております。

答弁 副町長 古俣博之(副町長は2023年11月まで)

私のほうからは町立病院のことにつきましてご答弁させていただきたいと思います。1答目に町長のほうからありましたように、26年の8月に町立病院の存続については町長の政策判断として申し上げました。それを基本に、基底にしながら、昨年5月には改めて公設公営、そして入院機能を保持した病院経営を進めるということで申し上げております。そういう中で本町における地域医療をいかにして守り、存続させていくかということにつきまして、しっかりと町立病院の今後果たすべき役割や、それから国のさまざまな動向がありますので、そういった状況を確認しながら本町における財政的な見通し、人口減とのかかわり等々を含めてそのような課題を整理する中で、先日の特別委員会で町長のほうからありましたように、方向性を任期中に示すということでございます。大事なことは、やはり本町における地域医療をどうするべきかと、そこのところをしっかりと結論を出す気持ちで今後の基本方針づくりに向けてしっかりと取り組んでまいりたいと考えております。

答弁 副町長 岩城達己(副町長は2019年3月まで)

私のほうから2点目にありました人口減少の関係と5点目の港湾、そして最後、6点目、北吉原駅について、3点についてお答え申し上げます。まず、人口減少問題の1つ目として歯どめ策、2つ目として将来像についてであります。まず、歯どめ策という部分は、昨年3月に国立社会保障・人口問題研究所で白老町の推計が新たに定められまして、町の人口推計としましては2040年に9,180人と1万人を切る、こういったショッキングな数値が改めてまた出されたという部分は押さえているところです。そういうこともありまして、現在町のほうでこういった部分をしっかり歯どめをかけるべく白老町の人口ビジョンの中でまち・ひと・しごと創生総合戦略、それらの各種施策を展開していくということで進めておりますが、31年度に、こういう推計値が変わってきているものですから、そのことも含めて見直しを図りたいと考えてございます。そこには出生率含めていろいろな目標値がございました。それが現実とやはり乖離してきている、そういうところをもう一度点検して、総括しつつ、新たな展開を組み立てたいと考えてございます。それから、まちの将来像ということでありますが、これは幾度となく議会のほうにも申し上げていますが、みんなの心つながる活力ある共生のまち、白老ということで、これの具体の中は全ての世代が安心して住むことのできるまちの実現ということで、大きく3項目として安心して結婚、出産、子育てができる、そういうまちにしたい、2つ目として子供や弱者を見守り、育むことのできる地域の輪づくり、そして地域の若者やシルバー世代、こういった方々が意欲的に元気に生き生きと暮らす環境づくり、こういったものを掲げてございます。これが将来像になっていきますが、ことしの見直しの中でこういった点を再度点検したいと考えてございます。次に、港湾の関係でございます。これまでの取り組みの中でも松田議員からはずっと港湾問題については一般質問を受け、その中での改善策、そういったものに努めてきたところでございます。質問の中に2つございました。まずは、チップヤードが室蘭から苫小牧に移る事前の相談はあったのかという点でございます。これについては、事前相談はなかったということで、新聞記事、報道等を確認した上ですぐ担当者を会社のほうに走らせ、事情、内容等の確認を行ってまいりました。その中におきまして、会社側としては第6次中期経営計画、2018から2020年、この中に白老での建設という計画はございませんが、会社全体としては用紙部門が休止される工場が多い中、白老事業所においてはここ数年生産量は38万トンを堅持しており、全国的な紙需要を考慮すると白老の場所に大規模投資するのではなくて、苫小牧の勇払事業所のほうが来年1月で用紙、紙の生産を中止するということでヤードがあくと。チップヤードがあくので、まずは老朽化に耐えられないものを移したと、こういうお話がありました。ですので、白老の計画の火が消えたということではなくて、まずは苫小牧があくので、そのまま苫小牧のヤードを活用したいのだと、こういうお話でございました。それから、ポートセールスについてでありますが、これは町長を先頭に日本製紙の本社のほうにも出向いて、引き続いてまちのこういう事情を含めたヤードの整備、これについては強くお願いしているところでございます。最後、北吉原駅についての関係でございます。執行方針の関係でございますが、意図的にどうこうしたということは一切ございませんが、あえて執行方針に載せたのは町管理の跨線橋、これは町が管理していますので、これは事業費にかかわってくる部分は執行方針に載せさせていただきました。今回の北吉原駅舎、それからホーム間を渡る連絡通路についてはJRのもので、これに対してまちが予算を伴うというものはございません。そういう視点でJR側が工事をするという部分でありましたので、管理区分が違うということでこれは執行方針に載せなかったということでございます。この件からその後どうなったかというご質問ですので、その点については北吉原駅を利用しているであろう北吉原地区の町内会長に集まっていただいて、まず老朽化が著しい駅舎がJR側で取り壊すという部分は、階段の上り下りもありますし、そういう点では一定のご理解をいただきました。要望としては、やっぱり駅の北側、送迎があるので、今もそこの北側をおりた地点で利活用はしているので、そこは何とか継続して使えるようにしてほしいということで、今現在の町、それからJR北海道、日本製紙の3者協議の中ではおおむねその方向で使えるようにしましょうということで言っています。ただ、今後、会社側の敷地を使うものですから、そこの管理協定、管理区分をどうするか、詳細なことはまたこれから協議しましょうということになっています。町の予算の使い道ですが、これはJRの敷地内に関しては一切町費は入れません。全てJR側の負担なのですが、駅の前の歩道がないのです、それで、安全確保するために町の事業の中で歩道と、それから駐輪場がないものですから、その整備をするという部分の予算を今回計上させていただいたという、こういう経過でございます。〔何事か呼ぶ者あり〕

再質問 12番 松田謙吾

町政執行方針の、何が何だかさっぱりわからなくなる、これ。町政執行方針については、基本方針については、先ほども言ったように、多文化、私は先ほど、何を言いたいかというと、多文化の言葉のあやだけではまちはつくれないよ、基本方針は1次、2次、3次産業、1次、2次が活発になって、3次産業が生きてくるわけですから、やはりこれが私は白老というよりも、全てのまちのまちづくりの土台だと、こう思っております。ですから、このことをしっかりして、私はまちづくりの原点に返って、1次産業、それから3次産業までもう少し、白老のまちをつくってきた土台ですから、やってほしいと、こう思います。私はこの多文化のまち、ずっと言っているのですけれども、山丸武雄さんが財団を中心になってつくりました。もちろん野村さんもそうです。アイヌの方々がやっぱり長い間閉塞があったアイヌ政策に対してアイヌ民族を認める活動をポロトからしてきたわけです。長い間。山丸さんのことは今でも忘れない。ちょっと私書いてあるのですが、アイヌ文化の普及は自然と続けていれば国際交流も自然と生まれるのだ。こんなことを言ったことは今でも私は忘れておりません。ずっとアイヌ文化、伝統保存を守ってきたその拠点、白老のです。大きく、白老の。今象徴空間は大きい国のですから、白老のあの拠点が私はなくなるような気がするのです、逆に。アイヌの方々が誇りに思っていたあの拠点がなくなる。ここのところがこれからどうするのかなという考えを私は持っております。ですから、見えなくなったアイヌ文化、私はこう思っているのだ、むしろ。誰でもが見えなくなった。ただ、建物だけ見えるわけですよね、これから。ですから、アイヌの方々からもこれからあそこ入るのにはお金は取られるわけだ、入場料。北海道中のアイヌの方々が来るときにお金を払って自分のアイヌの伝統を見るのもおかしな話だな、こう思っておりました。アイヌの方々に優先的に入れるような割引券でもつくったらどうかなという。そういうことも私は必要ではないかなと、こんな思いはしておりました。ここのところはこの程度で、私は今何を言いたかったかというと、山丸さんの言葉と、それから今白老の住民も地域の住民もみんなそうなのですが、何だかんだいったってアイヌの話なんかまちの中でないですよね、普通の町の中で。多文化の話もない。それで、この議会だって残っているのはイランカラプテという言葉だけだ。あと残っているのは何もない、アイヌの言葉というのは。ここの中の議会の中でも自然と話すのは朝、挨拶のイランカラプテだけだよね。ですから、今そんな状況なのだ、現実を考えてみれば。イランカラプテはやめたほうがいい、私はそう思う。あれは、アイヌ語同士が挨拶する言葉なのだ。我々は英語で言われたってわからないのだから。アイヌでない方々がイランカラプテといったって意味はわからない言葉でなく、わかる者同士で話せばいいわけだ、イランカラプテも。私はそう思います。ですから、この議場で使うイランカラプテはやめたほうがいい。このことだけを言っておきたいと思います。それから、町立病院のことなのですが、先ほど町立病院のことはよくわかりました。わかりましたというより、話された約束が1年おくれたけれども、実行されることですから、私はこの町立病院論争、ずっとやってきていました。ずっとやってきています。もう5年、6年になります、病院廃止から始まって。病院原則廃止からといったら6年。そして、一番苦労した方々が誰かというと、病院を守る会、友の会の方々です。日夜4,500余りの署名を集めにあれはお願いしますと1軒1軒頭を下げて歩くのです。スーパーの前でもやっているけれども、1軒1軒歩いているのです。あの人方に署名をもらった以上、あの方々にも報告をしなければだめなのだ、今病院の状況はこうなっていますと聞かれるわけですから。そのためにこの議場にあの方々が病院とつけば必ず傍聴に何人か来ます。それは、署名した方々に答えなければならないからなのです。感謝をして答えなければならない。ですから、この方々に病院の状況はきちんと、会長でも誰でもいいから、これはやっぱり知らせるまちとしての責務があると私は思います。この考え方をお聞きしておきたいと思います。それから、チップヤードの港湾なのですが、やっぱり先ほどの答弁から聞いてもポートセールスどうのこうのいっても、きちんとした大事業をやるのに契約というか、約束をきちんとしたものが交わされていなかった、このことがはっきりしました。ということは、はっきりしていなければ一番先にご迷惑をかけたと来るはずなのです、こういう場合も。それも来なかったということは、とどのつまりはチップヤードをつくる大きな、大きなチップヤードをつくる、あるいは言うなればうそだったのだ、このことが明らかになったなと、こう思います。その責任を問うのにももう問いようはない。こうなった以上、一日も早くあの第3商港区をどうやって使っていくか、このことにもっと強くポートセールスをしていっていただきたい、こういう要望をしておきたいと思います。それから、もう一つだったかな。北吉原駅周辺整備については、この後町が北吉原町内会長に話し合いをしたそうです。ですから、町内会長と話し合いをしたそうですから、今後のあの駅の住民、使用する方の使いやすさ、利用しやすさを念頭にした協議をして、北吉原駅がトイレも残しながらしていただきたいなと、こうお願いをしておきたいと思います。それで、私はこの基本方針全体、町長の執行方針全体を見て、町長、失われた20年と書いてありましたよね。あれは国が使っているか報道の方々が使っている言葉かわかりませんが、よく失われた20年と言います。しかし、白老町の失われた10年です、はっきり言って。町民サービスを切って、職員給与を切り詰めて、そして大きな失敗、バイオマスも港もそうです。それから、病院も今のとおりであります。公共施設の目を疑うような老朽化、学校施設が草ぼうぼう、竹浦の小学校もそうです。森野小中学校は、恐らくヘビの館になっているでしょう。私はそう思います。ここの白老小学校もそうだと。町営住宅もそうだ、老朽化して。何よりも白老の役場の前通り、この通り、屋根のない博物館通りなのです。この通りが、白老の大町大通りなのですが、くしの歯が抜けたように点々と老朽化した家が解体されて、空き家が出て、ほったらかしです。役場もそうです。こんな状況を多文化共生で解決できるのかということです、私の言いたいのは。さきにも言ったように、1次、2次、3次産業、この土台をきちんとして、何よりも象徴空間に訪れる白老のまちを見たいなという観光の方々に白老のまちを胸を張って見せられるようなこの屋根の博物館通りをきちんとつくることが私はまちの責務だと、こう思うのです、町長。ここにもう少し白老のこの大町、ここのところにきちんとした白老らしい、こういう町並みをつくるような努力をしていただきたい、私はこう願って、私のこれまでの質問を終わります。今度もう一つあるのね。

答弁 副町長 古俣博之(副町長は2023年11月まで)

私のほうからは病院の改築につきまして引き続きご答弁させていただきたいと思います。松田議員のほうからありました友の会の皆さんにおかれましては、28年、財政問題が出てきたときから非常に原則廃止の声が出たときから病院を何とか町民の医療確保のためにしっかりと守っていきたいと、そういうことでさまざまな形で病院の中の環境づくりだとか含めて大変世話になっているところでございます。今回も再度病院づくりに関しましては3,945筆という非常に大きな数の署名もいただいております。そういう声に対しましては、町長を含め町理事者として非常に重く受けとめながら、この病院の改築に向けてはいかにしっかりと皆さんのご要望に沿うような形で進めていけるのか、それはるる真剣に取り組んでいるところでございます。ですから、友の会に限って言えば、しっかりと町民の一つの声として私どもも今まで同様に聞きながら、それから友の会の会員の皆さんが所属している改築協議会においてもしっかりとそこの辺の事情をお話ししながら、今後友の会を含めて多くの皆様方の声を聞き入れながら、町長が特別委員会でも申し上げましたように、任期中の方向性についてしっかりと検討を図ってまいりたいと考えております。

答弁 副町長 岩城達己(副町長は2019年3月まで)

私のほうから港湾と北吉原駅についてご答弁申し上げます。まず、港湾の関係でございます。第3商港区への活用、これをしっかり進めようということでございました。これまでもポートセールスという部分は町長を先頭に行っていますが、さらにさまざまな荷物、そういったものの取り扱いに向けて活用されるようこれについてはしっかり力を入れて進めていきたいと思います。それから、再度北吉原駅の関係でございます。何よりも町民の皆様が利用する駅です。町民の皆様がやはり利用しやすいようお話にあったトイレも残しますし、どういうルートで行くことが一番の負担にならないで乗車、降車できるか、こういうことも含めた、利用しやすいようにまちとしても進めたいと思います。

答弁 町長 戸田安彦(町長は2022年12月まで)

多文化共生の話と白老のアイヌ文化がどうなるか心配だというお話がございました。象徴空間は、日本中のアイヌ文化の拠点となる施設であります。その中には白老のアイヌの文化も入ってくると思いますが、白老は今までの歴史の中でも白老のアイヌの文化を大切にしてきた歴史がございます。ここ白老の今ふるさと学習も含めて、子供たちにも白老のアイヌの教育もしていることの意味も考えますと、白老のアイヌ協会ともきちんと連携をしながら白老のアイヌ文化を守っていく、また伝統をつなげていく、そんなことも白老町としてやっていかなければならないと思っておりますので、これは引き続き続けていきたいと思っております。また、大町商店街、屋根のない博物館通りのお話もございました。今確かにシャッターがおりて、シャッター商店街という言葉も昔からというか、ここ10年、20年前から言われるようになっておりますが、商工会や観光協会と協力して空き店舗対策や担い手育成等々にも、わずかではありますが、補助金を出して、ここ数年では二十数件白老町で起業していただいた方もいらっしゃいます。ただ、確かに選択と集中の中で今象徴空間の周辺にどうしても予算をつぎ込んでおりますので、ここは2020年以降は観光客やいろんな方が来町されることを考えますと、大町の商店街も含めてそういう地域の活性化につながる事業も展開をしていきたいと考えておりますので、ご理解いただきたいと思います。

答弁 町長 戸田安彦(町長は2022年12月まで)

イランカラプテというアイヌの、簡単に言うと挨拶のことでございます。このイランカラプテという言葉を広げようというのは国の事業でありまして、まずは白老町単独のものではないということでございます。このイランカラプテをどのように広めようかというと、ハワイに行くとアロハで、沖縄ではメンソーレのようなもので誰もが自然と使える合い言葉にしたいというのがこのイランカラプテというキャンペーンの意義でございます。白老町だけではなく、ほかのまちでもこのイランカラプテと電話で受けたら答えるところもありますし、イランカラプテをたしか新ひだか町は条例にしているところもありますので、アイヌの方々を差別することではなく、このイランカラプテという言葉一つからもアイヌ文化を理解していただきたいということでもありますし、私がつけているストラップもこれはアイヌ文化の一つの発信でありますので、この辺もご理解をいただきながらアイヌ文化を発信していきたいというまちとしての考え方でございます。

再質問 12番 松田謙吾

選挙公約の地域担当職員制度の現状について。先ほど町長のご答弁がありました。地域担当職員制度、これは町長の3つの大きな公約の一つです。私は、この公約、いい公約だなと思いました。高齢化が進んで、単身世帯が随分ふえてきた。そういう方々に役場とのパイプ役になる、この制度はいい制度だな、こう思いました。町長が言う言葉に背中のかゆいところに手が届く政策だ、こう述べております、町長は。そういういい政策なのですが、このごろ全然地域担当職員制度のチの字もないのです、はっきり言って。私も地域担当職員制度ができたとき町民から電話が来る。あそこ直せ、ここ直せ、どうした。地域担当職員制度という制度ができたから、そこに電話してやるからと言ったら、その担当者がぼんと走ってくるのです。そして、物事を解決していた。ところが、このごろ、きょうの答弁では地域担当職員制度でなく、集落支援員の制度みたいなのがここに書いてある。がんばる地域コミュニティ応援事業の補助金をもらって、これで進めていると、こういう言い方なのですが、地域担当職員制度がこの集落支援制度にかわったのかな。それもこれも補助金が出るから、こちらにシフトしたのだなと、こんな思いなのですが、私は地域担当職員制度で、この支援制度でもいいですけれども、町民というよりも車がなくて、足がなくてなかなか出向けない方々、そういう方々のパイプを切ることのないようなやっぱりきちんとした支援制度、集落支援、白老のまちも集落になってしまったのかどうかわかりませんが、私はこの集落という言葉を使うようになったなということだけが情けない思いで先ほど聞いていましたけれども、私はいずれにしてもこの高齢者と、それから単身赴任者、体の不自由な方々、それから足のない方々をきちんと支援するような制度をしっかりと確立して、それこそ町民が喜ぶ政策にしていただきたいと、今こんなことを言うしかないよね、私は。いずれにしても、地域担当という方はこれにかわったという理解でよろしいのかどうか、そこのところだけお聞きしておきたいと思います。

答弁 町長 戸田安彦(町長は2022年12月まで)

地域担当職員制度、私の公約の柱の一つでありました。これは1期目のときなのですが、白老町の役場になかなか敷居が高くて来れないという方も実際声に聞いておりまして、いろんな方に、行政は本当は敷居は高くないのですけれども、いろんな意味でそういう方にも背中がかゆいところに手が届くというのは今までにない制度をつくろうと思いまして、公約に載せたところでございます。地域担当職員制度は、やっぱり先ほど松田議員もおっしゃったとおり、いろんな方のご意見を聞いて、どう解決していくかというのが主の目的でございます。その目的に合った制度が国の、総務省の集落支援員とほぼ同目的の制度がありましたので、この辺はやはり財政状況を考えますとここに補助金をいただきながら、つくり上げていくという集落支援員の制度活用を今しているところでございます。町民の中でも車がないとか不自由な方のやはり声が届くようなことで集落支援制度も構築をしていきたいと考えているところでありますし、一つ一つの取り組みも一生懸命頑張っているつもりではあります。がんばる地域コミュニティ応援事業もその一つの手法だと思っておりますし、これは使っていただいた町内会の方々には大変好評でございますので、もっともっと大きく活用していけるような制度の構築も目指していきたいと思っております。ただ、集落支援員制度も地域担当職員制度もただの御用聞きで終わるとただの御用聞きになってしまいますので、いかに行政としての考えも持った中で集落支援員の方々が町民と寄り添っていけるかというのは一つの課題でございますので、これはいろんな手法もつくり上げていく中で制度も構築していきたいと考えております。

再質問 12番 松田謙吾

12番です。町長が言ったとおりなのです。私は、町長が町長に当選したときの1,000票ぐらいはこの支援制度に喜んで投票したと思う。これだけは忘れないでいただきたいなと思う。私でさえこの制度はいいと思ったから。ですから、本当にかゆいところに手が届く、それまでいかなくても、やっぱりことしは雪が少ない。それでもみぞれ雪で、除雪車が出動したら3日ぐらいお年寄りが車が出せないといって人がおりました。雪が重くなって投げられないのだと、こういう方もいるわけですから、そういう目配りというのは私は大事だと思いますから、今後ともここはよろしくお願いしておきたいと思います。答弁は要りません。

出典:白老町議会 平成31年定例会3月会議 2019年3月8日 議事録 PDF(11ページ) 間違いを知らせる