大空町議会 平成22年第2回定例会 2010年6月15日
「本定例会の一般質問をこの場からさせていただきますことに対して…」
2010年6月15日、大空町議会の一般質問で、中堀君子議員が質問し、町長が答弁しました。
- 質問者
- 中堀君子 議員
- 答弁者
- 町長
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
質問 中堀君子
おはようございますと言いたいところですけれど11時でございますので、御苦労様です。本定例会の一般質問をこの場からさせていただきますことに対して、同僚議員の皆様、そして、町長はじめ担当職員の皆様、そして、町民の皆様にまずもって感謝を申し上げるものでございます。昨夜はワールドカップで岡田ジャパンが一勝して、久々に明るい話題がございました。皆様の中にも、寝不足でというのは私ばかりでございましょうか。それでは、余談を言っていずに、質問に入らさせていただきます。まず私は町政、財政全般の中から質問をするに当たり、重箱の隅をつつくような小さな事柄をお伺いして、町民の皆様とともに、大空町は住みよいきれいな町ですよと、他町村から言われるような、そんなまちづくりを目指していきたいと思っております。もちろん町民の皆様の御協力もお願いするところでございます。通告をいたしました3点に対して町長をはじめ、担当職員の皆様方、明快なる御答弁を求めるものであります。まず、ごみ問題。4月のある朝、私の家に電話が入りました。生ごみの件で困っている、町指定の生ごみ用の袋はすぐに破れる等々、非常にお怒りの御様子でございました。私は台所の声を町政に反映させてまいりますというふうなことを、選挙の折に言っていたと思います。そのためにその方はお電話をくださったと思うのです。早速私も生ごみ用の袋を買い求めまして、実験をしてみました。確かに、お水をかけたりなんかすると、お湯等にあたると非常に破れやすい。それと、袋の件でございますが、底が広くて縦が狭いということで、別にあえて変形してつくったわけではないのでしょうけれども、その方は、非常に使いづらいと。そんなことはないのにな、と思いながらも、相手はお客様でございますから、はいはいと聞いておりました。そして、ここに持ってまいりました。これは5月の29日の6時に水が4、いわゆる4割6割というものをつくりまして、毎日持ち歩いてみました。今もって破れません。こちらはぎっちり絞ったもので、かりかりに乾いてコーヒーとお茶殻ですもので、とってもコーヒーのいい匂いがしております。お電話をくださった女性の方、お名前も分かりませんし、お電話も教えてくださらなかったもので、この場から、あなたの使い方によってごみ袋は丈夫になっておりますよと、言いたいところでございます。しかし、生ごみに取り組んでいるといいながらも、私は悲しいかな、生ごみ袋をこの本日に至るまで、このお電話をいただくまで手にしたこともなければ、なぜかといいますと私は生ごみを、ポリ袋を使わずにコンポストを使っておりました。したがいまして、町指定のごみ袋どころか、町から配られてくるいろいろなごみ分別のパンフレットがたくさんきていましたけれども、怠慢なことに読まずにポイと資源ごみの中に入れておきました。ここに至って反省することは大変遅かりしですけれども、その電話の方には調べましてお答えするとしか言えませんでした。そこで、会う人ごとに生ごみ分別についてお聞きをしてみました。環境やエコのことは大事なこととは理解しているつもりですが、現在の分別収集は納得できないと非常に評判がよくなく、ごみの出し方や、収集するまでの管理の仕方、個々に出すところとステーション方式の違いがあると私は思っております。コンポストや堆肥場を設置する場所のない家庭にとっては重大な問題なのですね。私どもが生きていく、すなわち食事をする中で、生ごみは出るのです。町はいろいろ考えようとしているのにと、まず大空町の生ごみの堆肥化をお願いしている津別町を訪ねてお話を聞きました。津別町の堆肥センターはとてもきれいで、涼しい日でしたから、においもございませんでしたけれども、あの広い堆肥場をたった二人の方が機械で混ぜ合わせているというのかな、はっきり言葉が出ません、をして現場センターの堆肥場はとてもきれいだったということです。その堆肥場まで行く間は本当に山奥で熊さんにお会いしてもおかしくないぐらいのところでした。熊出没注意の立て看板もありました。いわゆる迷惑施設ですから、こんなに山奥で人家もないところなのだなと、変なことを考えながら行きました。その遠い山奥へ大空町の生ごみを夏も冬もごみ収集車は来てくださっている。感謝、感謝でございます。堆肥センターは、山奥を除けば先ほども言いましたようににおいもなく、少ない人数でとてもきれいな整備をされていて、今年の秋から大空町へも堆肥が配られるということでした。堆肥ができるまでの経過はありますが、ここでは割愛させていただきます。斜里町さんへも訪ねてお話を伺いました。津別町さんと大差はなく、ただ、早くから生ごみや家畜の糞尿などでバイオ化をして、そのエネルギーを、熱源をホテルや旅館で活用しているということをホームページ等で確認したところでございます。ただいまは、新しい廃棄物処理場を計画中とのことで、担当の方とはお会いできずに帰ってまいりました。ただ、両町で言えることは、町民も職員もごみと向き合っているというふうに感じました。大空町が向き合っていないということではありませんけれども、非常に町民の方たちがごみを自分が出したごみなのだからということで、せっせと、ちょうど雨の降っている日でした。津別町さんは。その雨の中をお年寄りの方は持って行った後、片付けてくださっておりました。津別町さんや斜里町さんと近隣のごみ事情を調べても、我が大空町はいかに女満別のリサイクルセンターと住吉の最終処分場を見にまいりました。ここも大変住吉の処分場は山奥でしたけれども、こんなに遠くまでこなければ仕方ないのかなと思いながらやはり、どんどん進んでいきました。途中、農家さんが二、三軒ありましたけれども、迷惑をかけていないのだろうかと、変なことを考えながら到着をいたしました。施設はできて日も浅いということで、きれいでした。ごみも少ない、やっぱり分別しているせいなのだなというふうに、一人合点をしながら見せていただきました。ただ気になったことは、パッカー車が2台しかなく、傷んだところを修理しながら使っている。一台が動かなくなったら収集できずに、ごみがあふれるんだよなというふうに、運転手さんがつぶやいておりました。ここで、車を1台入れてくださいということではありませんが、もちろん答弁も必要がありません。ただ、担当者の方の頭の隅っこにちょこっと置いておいていただければ、来年度の予算の中で、パッカー車といっても、私なんかは、その場へ行ってこれがパッカー車ですよって言われて、このごみをブーンと入れるのがパッカー車かいというぐらい何にもわからなかったのですけれども、それを一台、頭の隅のどこかに入れておいていただければと思っております。次に、リサイクルセンターへお邪魔をいたしました。リサイクルセンターといいますと、なんとなく格好よく、今風に聞こえるのですけれども、ここを尋ねて、非常に悲しい、寂しい気持ちになりました。なぜかといいますと、ちょうどその日は、資源物の運ばれてくる日で、確か火曜日でした。ごみ集積場のように、作業する人の後ろに山になっているのですね、こういったごみ袋の中にはいって、それをその二人の作業をする方が、一つ一つ中腰で破ってはあけ、破ってはあけして、私が行きましたもので、一生懸命パチパチカメラを撮っておりましたら、中堀さん、これも撮ってください、これは資源ごみだよな。そこに出てきたのは、お弁当、いわゆるお店で売っている六百いくらのお弁当の空で、中には食べ残したものがたくさん入っていて、もう既に黒くなってカビが生えているものでした。そういったものが、ごろごろと入っているのであります。出す人の心というか、資源ごみなのにどうしてこんなものを入れるのだろうと思いながらおりました。いわゆるポリ製品、いわゆるお菓子の袋やあめの包み紙など、日常スーパーやお店で買ってくるそのほとんどは、ポリ製品でございます。したがいまして、ポリ袋がたくさん出てくるのは当たり前で、大空町が行う廃棄物の収集において、再利用を目的として云々と条例にあります。しかし、それを知ってか知らずか、知らない人の方が大半だと思います。条例を私自身もこのたび、1ページから最後まで一字一句見逃さずに読んでみましたが、町民はそのことを読む人は少ないと思います。その資源ごみの中に、食べ残したものにカビが生えて入っているプラのお弁当箱やトレイなど、山のようにあるのでございます。その袋をセンターの方たちは一つ一つ袋を破り仕分けをしていました。ごみを出す私たちがもっと関心を持たなければと心が痛みました。去る5月30日は、ゴミゼロの日と環境省は新聞やテレビ等で報じていました。この週間だけでなく、日常的に再利用、再資源に向かうを合言葉に、ごみ問題を取り組んでいきたいものです。前置きがたいへん長くなりました。生ごみ分別肥料化は、昨年2月ごろから町政だよりなどに活字が出ていたと記憶しております。そして、本年4月から、生ごみ分別収集が稼動いたしました。この分別に当たり、とりわけ主婦の声をどのような形で取り上げ、吸い上げたか、ということをお伺いしたいと思います。次は、花と音楽の町、ノンキーランドについてお伺いいたします。私は、平成3年に花と音楽の町というキャッチフレーズにほれ込んで、女満別に越してまいりました。住んでみて、花は、音楽はどこに、と思っていましたが、花は産業、音楽は文化と、前町長が懇談会の折に話していただきました。わかったような、わからないような気持ちでしたけれども、徐々に農家さんが、カスミソウをたくさん、当時は、平成3年のころにはカスミソウがたくさんつくられて、大阪方面へ管内でも一番送っているということで、花は産業なのかと、じゃあ音楽はということでしたけれども、徐々にガーデニングブームがマスコミ等でも取り上げられて、女満別も各家庭や道路沿い、空き地と、たくさんの花が植えられ、自治会でも花コンテストを行い、花の町ができ、主婦も老人会も高校生も幼稚園でも、いろいろな花でいっぱいになりました。その面影が今もあちこちに残っているところでございます。先週の6月8日の火曜日に、女満別高校の生徒さんとボランティアの方たちが、空港の周りに花を植えてくださっている姿がNHKのニュースで放映されていました。役場の前の築山では、きょうも女性部の方たちが水をまきにいらしてくださっておりました。この役場の前の築山は、ことぶき大学の皆様が植えてくださった。それから、駅前のロータリーなど、町の中にたくさんのマリーゴールドやサルビアを植えられて、これらはみんなボランティアサークルの皆様が、役場の職員が、自治会の役員の方たちが、汗を流してくださいました。この場を借りてお礼を申し上げたいと思います。女満別高校の生徒さんが話していたように、空港に降りた人たちや、通り合わせた人たちが、きれいだねと、思ってもらえるように、花と音楽の町だからと、花を植えているのですよと、この間のNHKのニュースの中では話していました。平成12年に女満別110年を記念して、女性模擬議会がこの場で開かれました。その折に、夕陽台の原田洋子さんが、花と音楽の町について質問をしてくださいました。10年前でございますが、原田さんがおっしゃるには、町民も旅行者もストレートに花がいっぱいあって、素敵な音楽が聞こえる町を想像してしまいますと、おっしゃっておりました。既に10年前に今日を指摘していらっしゃったと思います。東藻琴のノンキーランドについてはのんびり平和で、牛さんがたくさんいて、なれ親しんだ名称だったのに、合併して大空町になったら使われなくなったと、お年寄りが嘆いていました。ノンキーランドについては、多くの方にお伺いしたわけではなく、このお年寄りお一方のみでしたが、お友達の方たちは、そんなふうに話していると言っておりました。花と音楽の町もノンキーランドも、私たちは誇りに思っておりました。合併して表立って使われなくなった理由を、町民にどんな形でお知らせしましたでしょうか。お伺いをいたします。また、音楽についても、文化といいますが、確かに世界的に有名な指揮者の小林研一郎さんをお迎えして、指揮法を全国から習いにいらした人たちが大勢いらっしゃいました。女満別の町の名を発信したことと思います。そのころの女満別小学校の子供さんたちは、金管バンド等で大活躍をしていました。指揮法を習いにいらした他校の先生方に御指導をいただいていたおかげですよと、いうようなお話をお母さんたちがしていました。もちろん今も児童数が減り、指導者の問題等もありますが、管内でも毎年賞をいただいていますよと、教頭先生がおっしゃっていました。こうした経過を見ていましても、花と音楽の町というキャッチフレーズがあったからと思うのは、私一人ではないと思います。最後に、友好姉妹都市についてお伺いをいたします。先にごみの調査で斜里町さんや、津別町さんへ訪問いたしました。両町とも、玄関ホールに友好の証というか、姉妹都市の展示物が大きく場所をとって、町民が役場へいらしても、目につきやすいところに展示物があり、その周りには長いすまでありました。近所のお年寄りがたまたまいらしていて、役場に用事はないが、誰かが来ているから自分も遊びに来たのだと笑っていました。大空町は、先ほど町長のお話の中にもありましたように、稲城市さん、それから熊本県氷川町と交流をもっているようですが、その証が見えないのであります。子供さんたちがホームステイをしながら行き来をしていることを町政だよりやかわら版等で読んで、ほほえましく思っておりました。子供たちだけで行くわけではなく、当然大人も同行をしているはずです。もちろん役場の職員も、町議会の人たちも、子供たちと一緒でなくても、何かの形で訪問をしていますよね。もうこの友好姉妹都市を結んで何年になりますでしょうか。行ってきた方たちの顔写真などを掲げてくださっただけでも、役場へいらした町民やお年寄りは役場に来やすくなるのではないでしょうか。どうぞ、今からでもよろしいです。友好の証として、稲城市と氷川町の特産物や、特徴のあるパンフレット等を展示して、町民に知らせてみてはいかがでしょうか。以上、長々と細かいことをお伺いしましたが、お答えをよろしくお願いを申し上げます。1回目の質問を終わらせていただきます。ありがとうございました。
答弁 町長
中堀議員の一般質問にお答えを申し上げたいと思います。まず1点目の生ごみの分別等々についてどのようなPRをしてきたか、その経過等について御答弁を申し上げたいと思います。生ごみの分別については、ことしの4月から、本格的に開始をしたところであります。生分解性の指定ごみ袋で搬出をいただき、津別町共和地区の堆肥製造施設に搬入をし、堆肥化を進めているところであります。一方で、北見市常呂地区における生ごみ混入の燃やすごみ、この3月まで私どもの焼却施設で焼却をしておりましたけれども、この4月からは北見市の処理施設でもって、処理をしている状況にあります。また、津別町における燃やすごみ、これは大空町の分別基準により、新たに分別基準が変わった中で搬入をいただいておりますけれども、これらも今後4月から大空町の焼却施設で焼却をすることとなってございます。これらにつきましては、平成20年度から、PRを重ねてまいりました。平成20年度、分別をしていただくための内容について、ふれあいトーク、町政懇談会を通じて各自治会に説明をさせていただき、そして翌、平成21年の6月から施行期間を設けてやっていきたいというお話をさせていただいたところであります。昨年6月から施行期間が始まりました。その中で、4回生ごみの組成調査を実施をいたしまして、その結果を町の広報に掲載などをして町民の方々に理解を求めたところであります。平成20年度につきましては、このふれあいトーク、17箇所で開催をいたしております。さらに平成21年度においては、22箇所の地域で開催をさせていただきました。また、広報等におけるPRの活動につきましては、20年度が3回、21年度は12回掲載をしているところであります。しかし、ふれあいトークなどは、どちらかというと男性の方々の出席が多いということもありますので、それだけでは不十分であるということから、職員が地域の中に出ていきまして、出前講座というものを開催をしてございます。そういった中で、各自治会でありますとか、自治会の、特に女性部の方々などを中心にPRをさせていただきました。平成21年度、全部で20回の出前講座を開催をして、地域の皆様にお話をさせていただきました。このほか、自治会の総会時でありますとか、高齢者団体の集い、さらには事業所などに出向いての分別の説明会も12回ほど開催をしているところであります。この4月から本格的に実施が始まりましたけれども、本年度に入ってからも、5回こういった説明会をさせていただいているところであります。こういう説明会を重ねていく中で、当初予定をしておりませんでした、3リットルの小さい形の生ごみ袋というものも必要ではないかと、御意見もいただきました。また、生ごみ処理機の補助金を復活してほしいというような要望もあり、そういったものは、この懇談会の中の、住民からの御意見をいただいた中で、取り組まさせていただいた事例でございます。また、これは4月以降でありますけれども、生ごみの中に別のものが入っているというような形で警告シールを貼ってございました。しかし、警告シールを貼りますと、生分解性の素材ということで、その後使えなくなってしまうというような、御指摘もいただいたことから、生ごみ用の分については、シールではなく荷札に変えるというような取り組みもさせていただいているところであります。今後も、広報でありますとか、先ほど言った自治会におけるふれあいトークや出前講座、そういったもので周知を図っていきたいというふうに考えておりますけれども、さらに私がお願いをしたいなと思っておりますのは、中堀議員も足を運ばれました津別の堆肥製造施設やリサイクルセンター、私どもの最終処分場や焼却施設、そういったものに、各種団体の方々の訪問をいただく見学会というようなものも、理解を深めていただく中では非常に有効ではないかと、どうしてこのような分別をしなければならないのかということについて、説明を加えるだけではなくて、現場の大変さというものも見ていただくことが重要ではないかと、そのように考えておりますので、そういうことも各種団体に呼びかけてまいりたいと、そのように考えているところであります。また、広報等の周知については、その必要性は分別の方法ということを掲載することはもちろんでありますけれども、皆さんが分別をしていただいていることによるその効果、生ごみを、例えば私どもの焼却施設に入れないことによって、どういった効果が現れているかということなども数字で報告させていただくということも、貴重なことではないかと、そのように思ってございますので、そういったPRも今後とも引き続き行ってまいりたいと、そのように考えておりますので、今後とも御指導をいただきたいと思います。続きまして、花と音楽の町、また、ノンキーランドについてお尋ねをいただきました。花と音楽の町宣言。私たちの町女満別は、美しい自然と細やかな人情に包まれた田園の町です。開拓以来、父祖は血と汗と涙をもって、豊かな農村を育て、あわせて未来を託する子弟の教育・文化の創造に情熱を注ぎ、今日「農業と教育の町」と自負するに至っています。私たちはこの町の気風に誇りを持ち、これを永遠に後世に伝承したいと思います。いま、北網圏の交通の拠点としての空港の完成をみ、北網圏の産業・経済・観光・芸術文化に寄与する新たな使命を担うことになりました。こうした本町史上の特筆すべき節目に当たり、21世紀の飛躍を目指し、先人から受け継いだ「農業と教育の町」をいっそう凝縮して、まちづくりを推進するテーマとして住民の総意を込め、ここに「花と音楽の町」を宣言します。以上決議する。昭和60年12月5日、女満別町議会。このときから、旧女満別町における花と音楽の町というテーマが定着をし、いろいろな活動に結びついてきたところであります。しかし、平成18年に合併し、大空町になってからは、公式的には花と音楽の町という言い方は使用していないのが現状であります。一方で、ノンキーランドもしくはノンキーマークの関係についてでありますけれども、昭和54年、東藻琴村の観光パンフレット作成に当たり、村職員らが、人口より牛の数が多い、のどかな村のイメージを誰が見てもわかる、独自性の強い愛称をつくろうと、試行錯誤を重ね、ノンキーランド及びノンキーマークを作成、観光宣伝を行ってきました。ノンキーランドとは、ノン、キー、心に鍵をかけない、の意味を重ね合わせたもので、心をほっとさせのんびりとすること、また、その状態をいいます。これは、平成12年の6月に商標登録出願に当たってその経過を説明した文の一部でございます。公式的には、平成元年に発行されました東藻琴村の第二次総合計画の基本目標の中に、心の触れ合いと幅広い人と人との関係を開発する、そういう目標の中に、心のふるさとノンキーランドという言葉が登場をいたします。10年後、平成10年でありますけれども、第三次東藻琴村の総合計画の基本構想の中に村づくりへの合言葉といたしまして、21世紀に堂々と存在する東藻琴村を目指してその将来像を、心潤い、弾む大地とした東藻琴村の第三次総合計画の成果を一段と高めるために、村づくりへの合言葉を次のように設定します。合言葉は、もっと楽しい東藻琴の創造、愛称としてノンキーランド、第二次東藻琴村総合計画の基本政策の目標の一つとして登場したノンキーランドは、そのネーミングのユニークさと、これを産品やイベントなどにも積極的に活用した結果、北海道の内外で高い知名度を得ています。ノンキーランドでは、全ての人がほっとした気持ちになる村として、次の三つのテーマを掲げて活動しています。ノンキーランドは美しい村。ノンキーランドはおいしい村。ノンキーランドは楽しい村。そのように書かれております。合併後のノンキーランド、こういったものの取り扱いにつきましては、大空町の観光パンフレットに東藻琴の愛称として、ノンキーマークとともに掲載をしております。芝桜公園の斜面や、看板などにも使われております。呼称ノンキーランドとノンキーマーク、これはともに先ほど話をしましたように、特許庁の商標登録、図形商標登録がされております。平成12年に出願をし、平成13年に登録をされているものでございまして、その権利を町が保有しているところでございます。また、ノンキーランド芝桜まつりや、ノンキーランドふるさとまつりなど、そういった呼称を使用しているということで、これは、花と音楽の町宣言とは違う取り扱いをしているところであります。ノンキーマークなどの使用については、東藻琴地域特有のものとなることから、大空町全体として使用する場合については、大空町の新しいシンボルマークなどを使うことが多くなってございます。そのために、存在が薄れたように感じられる町民の方もいらっしゃるのではないかと思います。個性を大切にするということを、私かねがね言っておりますので、そういった使い分けをしながら、現在に至っているという状況でございます。花と音楽の町宣言のほかに、旧東藻琴村においては、意味合いは少し違いますけれども、青色申告と諸税完納の村宣言というものも行っておりました。こういった宣言等について、合併後の取り扱いとして、新町において、旧町村の宣言等を参考に、新たに制定をするということとしてございました。そして、この内容等については、平成17年の2月に合併協議会が発行いたしました、主要な合併協議結果の概要をまとめた冊子を作成しておりますが、その中にこういったものを新たに制定するんだというふうに、書き加えながら全世帯にお配りをさせていただいたところでございます。しかしながらこの4年間、実際にはこういった動きにはなっていないのが現状でございます。今までこの4年間は町民の誓いでありますとか、町の木、町の花、町技などについて定めたところでありますけれども、こういった宣言など、精神的なものということについては、なかなかそのところまで達していなかった。町民の皆さんの心が向かうべきところに一つになっていなくてはならないのではないかなと、私などはそのように考えておりまして、この4年間の中ではなかなか、難しい面があったのではないかと、考えておりました。しかしながら、地域審議会がございますが、その中の御意見としても、そろそろそういった宣言に向けて前向きに取り組んではどうかというような御意見もございました。また、融合を図っていく上では、それがなし得てから宣言をするということではなくて、町民共有の目標として掲げることが、またその融合を引き出して町民の融和を作っていくことにもなるのではないかなと、そのようにも考えるところでございます。宣言の主体が、先ほど言った旧女満別町のように議会という場で行われるものなのか、町として行ったほうがいいのか、いろいろな実務的な問題もございます。また、節目、そのタイミングということもあろうかと思いますけれども、町民の皆さんのお考え方などを聞いて、町民の機運というものを大切にしながら、ぜひ、こういったものについて検討をしてまいりたいと、そのように思ってございます。大変意義深く重要なことについて、御質問をいただいたことに感謝を申し上げたいと思います。3点目は、町の姉妹都市や友好町との交流についてお尋ねをいただきました。経過について少し御説明をさせていただきたいと思います。東京都稲城市との交流のきっかけは、旧女満別町の岩原元町長と教鞭をともにとられました河野全一さんという方が、東京都において教職をされておりました。そういった方々の教え子の方々の多くが、東京都稲城市に在住をされている、また、本町出身の画家でもあります松木路人先生が、稲城市に居を構えられているというようなことがございまして、河野全一氏の仲介を受けて、昭和63年に稲城市と旧女満別町の児童との交流をしようというような仲介がございまして、その年の12月に稲城市から児童生徒の作品が町に送られました。翌年、女満別町のほうから児童生徒の作品が送られ、そういった中で、教育交流が始まりました。人的な交流は平成2年になってからでございます。女満別小学校の5、6年生27名と教職員が稲城市を訪問し、同年の8月には、稲城市第3小学校の校長先生ほか教員11名の方々が来町してございます。そして、平成3年度からホームステイなども実施されてまいりました。こういう活動が重なりまして、平成3年11月に、東京都稲城市と旧女満別町との間に姉妹都市の提携を行ったところであります。現在まで、稲城市への訪問は21回、1,000名を超す児童と、200名を超す引率者が訪問をしております。逆に稲城市からは19回訪問をいただき、800名を超える児童と、150名余りの引率者を受け入れている状況にあります。また、教育交流だけではなくて、平成5年には、農業後継者が稲城市の産業まつりに参加をするというようなことから、農産物等の販売などを通じた経済的な交流も行われております。そのほか、芸術文化でありますとか、青年など、いろいろな分野における交流が続いてございます。平成18年に私どもが大空町になったことに伴い、その後も引き続き友好関係を築いていくために、平成18年の7月に改めて大空町と稲城市とにおける姉妹都市提携を行ったところでございます。その後、大空町のアンテナショップが平成20年の8月に稲城市に開設をされております。そういった場所を通じて、大空町の特産品でありますとか、大空町のPRを重ねているところであります。一方、熊本県の氷川町との交流でございますけれども、これは氷川町が平成17年に合併をいたしましたけれども、元来は旧宮原町との交流でございました。平成5年の6月に旧宮原町在住の歯科医師の方が、千葉県での歯科医時代に患者さんの不登校児童を、旧東藻琴村の牧場主に預けたことがきっかけとなって、交流が始まりました。平成9年度から中学生の交流がはじまり、平成9年度は宮原町からの訪問を受ける、平成10年度からは総合交流という形になりました。また、中学生だけではなくて、父母も含めた交流となってまいりました。平成14年の7月に宮原町で、同年の8月に東藻琴村で、友好町の提携の調印式が行われたわけでございます。こちらも、やはり同じく平成18年の7月に、新しくなりました氷川町と新しくなった大空町で、今後も友好関係を築いていこうということから再調印を行ったところであります。氷川町への訪問は、平成10年度から12回、152名、150名を超す生徒と50名の引率者が訪問をしておりますし、氷川町からは、平成9年度から13回、240名余りの生徒と70名余りの引率者の受け入れを受けてございます。また、イベント時における産品等の交流なども行っているところであります。以上のような交流をしてきておりますけれども、町の、特に庁舎、さらには公共施設等において、姉妹都市や友好町のコーナーというようなものについては、十分なPRが行き届いていなかったことを反省しているところでございます。こういった交流の経過でありますとか、研修報告集などの資料を展示するでありますとか、特産品を展示する、そういうことをすることによって、より町民の皆さんに稲城市でありますとか、氷川町を身近に感じていただくことになるのではないかと、そのようにも思います。庁舎でいいますと、限られたスペースではありますけれども、どのようにPRをしていけるか、十分に検討してまいりたいと、そのように思います。また、来年度は稲城市との姉妹提携20周年という年になりますし、再来年度の平成24年度は、氷川町との友好町提携10周年というような節目を迎える年でもあります。こういった中で、更に両市、町との交流が深めることができるように、相手側とも相談をしながら、何か記念になるような催し物等々についてお話をさせていただきたいと、そのように考えているところでありますので、今後とも御指導いただきたいと思います。以上、1回目の御答弁とさせていただきます。
質問 中堀君子
ただいまの町長の御答弁、ありがとうございます。ただ、ふれあいトークとか、出前講座とか、出る方は決まっていると思うのですね。自慢でないですけれども、私なんかは一度も出たことがない。このたびこのような場に立たせていただけることになりましたので、できるだけ、町の行事とか集まり等には出るようにはしておりますけれども、以前は一度も出たことがないというのが自慢です。自慢って言っちゃいけませんね。(何事か言う者あり)はしょりまして、それでは生ごみですけれども、その生ごみを集めるというか、町民に対してどのように出すかということを、今、町長が得々と説明をしてくださいました。ふれあいトークとか、その場で話している。その場に出た方たちが、その町内会へ帰って話してくださればいいですけれど、決して話すことではないと思うのですよね。まあ話す方もいるでしょうけれども。したがいまして、私が言いたいことは、減量推進するための組織がこの大空町廃棄物処理及び清掃に関する条例の中、この小さい字を天眼鏡かけながら全部1番からずっと最後まで読みましたけれども、大空町にはその組織はありません。したがいまして、私が言いたいことは、減量する組織を今後考えていくべきと思いますがいかがでしょうか。次に花と音楽についてでございますが……(何事か言う者あり)一問一答で。お願いいたします。
答弁 町長
確かに出席をされる方は、限られているということかと思います。私どももいろいろな方にPRをしていくという部分では、来た方だけにということでは、なかなか意図するところが多くの方に伝わらないということもあろうかと思います。いろいろなイベントなどもございます。例えば観光のイベントももちろんありますし、福祉関係のイベントなどもあります。そういう機会をとらえて、実演なども含めてPRするということについても、考えてみたいなと、そのように思います。通常であれば、会議とか説明会というようなところに足を運ばれない方であっても、そういうところであれば、来ていらっしゃる、そういう可能性があるのではないかと思います。例えば、破れやすいというようなお話も聞きました。先日、津別の職員の方にも聞きまして、津別でも最初はそう随分と言われたと。ですけれども、工夫をもって、最初は通常のビニール袋等々に穴を開けながら、そこに生ごみを入れて、そして水を切った中で、きょう生ごみの分別収集の日だというときに新しく生分解性の袋に入れて出すと、そんな工夫もされているよと、そういうようなことも実演をもってできればいいかなと思います。また、組織ということで、お話がありました。私どもの目標といいましょうか、目的とするところは、ごみとしてなるべく物を出さないようにするということかと思います。そういう中で、一方では、皆さん方にこういう分別をお願いしておりますけれども、ごみを出さない工夫としての町民の皆さんの取り組みということの、そういう運動展開も一方ではしていかなければならないのではないかと、そのように課題をおさえております。そういう運動を展開していく中で、いろいろな団体の方々に、御協力を賜らなければならないというふうに考えておりますので、そういう振興の中でそういったしっかりとした組織が作れていくのかどうなのか、そこのところも議論をさせていただきたいと、そのように思うところでございます。
質問 中堀君子
続いてごみでよろしいですか。
質問 中堀君子
失礼しました。ふなれなもので申し訳ございません。町の考え方についてはわかりますけれども、東藻琴村さんでも合併前には衛生組合みたいなものがあって、ごみとか花とか随分一生懸命やったんだよ、という先ほどの前出のお年寄りの方が話しておりました。そのように、やっぱり地域を巻き込みながら、人を巻き込みながらしなければいけないということで、町の考え方についてはわかりますけれども、ぜひ生活に根差したごみ行政のあり方みたいなもの、人を巻き込みながら、町民を巻き込みながら、今後はお願いしたいと思います。ごみに関しては終わります。
答弁 町長
従来は東藻琴地域にも、衛生組合といいましょうか、衛生協会。また、女満別にも全国的に表彰を受けました、衛生協会ということが戦後立ち上がってハエ・蚊の撲滅でありますとか、さらには花いっぱい運動、ゴミゼロ運動、いろいろなものに取り組んでくださいました。昨今、そういった団体が解散をされ、現状ない状況にあります。私が掲げておりますまちづくりの基本的な姿勢ということは、行政や、また、議会の方々だけで議論を行ったり、取り組みを行うというだけでは、町そのものが動いていかないと、町民の方々にいかに参加をいただくかということが、至上命題ではないかと、そのように考えてございます。行政がどのような形で関わるということが、一番組織を作っていく上でいいのかということについては、なかなか悩ましい時代になってきましたけれども、そういった考え方については、私も賛同いたすところでありますので、今後、そういう対応が取れるように努めてまいりたいと、そのように考えておりますので、今後とも御指導いただきたいと思います。
質問 中堀君子
大変時間がないので、ずっとはしょります。花と音楽の花でございますけれども、これは議会時報といいまして、ルピナスの花ですこれ。見えますよね、皆さんね。私はこのルピナスの花を平成5年ぐらいから、空港のT字路、いわゆる今のリサイクルセンターの親子三代云々という、あののり面に毎年1株ずつ持って行って植えていました。勝手にですけれどね。花は随分咲き出すと誰かが掘っていくということで、それはしょうがないとこなのですけれども、これは宿根草です。したがいまして、私が言いたいことは、ずっとはしょってしまったらわからなくなりますけれども、ルピナスとかマーガレットとかルドベシア等、宿根草を植えてほしい。例えば我が家の前の空港通りに、マリーゴールドですね、そういったものが植わさってますけれども、あれは一年草ですよね。この宿根草のルピナスやマーガレットをぜひ植えていただきたいということを、ずっとはしょりましたので、何がなんだかわかんなくなりましたけれども、やはり……もうわかんなくなっちゃった。失礼。一度植えたら毎年芽を出すということを言いたいわけです。したがいまして、大変経済的ですし、毎年苗を買わなくても、この花は咲いてくれるということ。その、花を植える手間を草を取ってもらうということ。そういうことを言いたいわけなのであります。ですから、宿根草をお考えいただきたいということで、それともう一つは、今、大空町はお子さんが生まれたら絵本をくださるそうですけれども、絵本も大事なことだと思いますけれども、記念樹をどちらかを選択するというようなことはいかがでしょうか。そのことを提案いたしまして、お答えをください。
答弁 町長
毎年、単年度苗を植える花ではなくて、宿根草であれば、ある程度毎年ずっといくのではないか、確かにそういう考え方もあり、この20年来、例えば女満別の花いっぱい運動、私も随分関わってきましたので。ですけれども、いろいろな御意見がございます。宿根草がいいと言う方もいれば、あれは結果的にそのまま置いておくと色があせるんだよ、というような言い方をされる方も中にはいらっしゃいました。何がいいのか、なかなかわからない中で試行錯誤を繰り返しているという状況であります。空港線は毎年、今言ったようにサルビアとマリーゴールドを植えておりますけれども、今年といいましょうか、昨年からこれは試験的な部分もありますけれども、パンジーなども植えさせていただいております。これは、毎年毎年、苗を植えることではなくて、翌年度もまた越冬して生えてくるというようなものでありますし、中央13線の道路のところには、これも宿根草というのでしょうか、ヒメヒマワリという名称だったかと思いますけれども、そういうものを試験的に植えさせていただいている状況にあります。言われている趣旨も一方では聞くことが多分にあることでございますので、これについてはいろいろな方の御意見を伺って、そして最終的に判断をしたいと思います。記念植樹ということでありますけれども、今お聞かせいただきましたので、すぐ取り組めるかどうか、これについては今後どういったような形で、どういったような意味合いでそれをやるのかというところから、少し議論をさせていただいて、それからそのやる、やらないということについては、御返答を申し上げたいなと、そのように思うところであります。植えること自体は、今の温暖化ですとか、緑を増やそうだとか、自然環境だとか、いろいろなことで必要なことだとは思うのですけれども、具体的には場所をどういうふうに確保するかとか、どういう仕組みでやるかというようなことなども考えあわせなければならないということでありますので、この点については少しお時間をいただきたいと、そのように思うところでございますので、御理解を賜れればと思います。
質問 中堀君子
花についてですけれども、もちろんいろいろあると思います。個人個人の考え方があります。したがいまして、かならずしもルピナスを植えろとか、マーガレットにしろとか、ということはここでは言えませんけれども、できることならそういうふうにしてもらいたい。それと、やはり地球温暖化だとかということにありまして、農家さんも冷害だとか、水不足などで作柄が思わしくないとか、いろいろあると思いますので、その地球温暖化を防ぐため、大きなことを言うようですけれども、防ぐために小さいことですが、木を植えて、草花を増やすことで減少するのならというふうに思い、今回このように質問させていただきました。御答弁は結構でございますけれども、やはりその町に住んでいる人たちのものの考え方だと思いますので、今後ともよろしくお願いを申し上げます。次に進んでよろしいですか。友好都市についてでございますけれども、やはり行ってきた証を町民の皆さんに知らしめていただきたいということを私は言いたいのでありまして、別にその何年に何とかだ、かんねんに何とかだっていうようなことをお伺いするつもりはありません。ぜひ行ってきた証を町民に知らしめていただきたいということを申し上げて、終わります。ありがとうございました。
答弁 町長
先ほど言いましたとおり、草花を育てるとか、樹木を育てるという考え方については、十分私も賛同できる部分があります。そういった中で、例えば友好町との関係の中で、来ていただいたときに、例えばトマップ川公園に植樹をしていただこうかと、そういうようなこともしておりますけれども、今、議員の言われましたのは、この世に生を受けたときに、記念としてということでございます。過去に継続してやってはいないのですけれども、トマップ川の縁に、これは北海道さんだったでしょうか、開発、国だったでしょうか、そういったところの事業の一環として植えさせていただいたこともありました。そのときに、多くの子供さんを持つ親御さんたちの要望があったということもありますので、そういうような事業展開に賛同いただける方も多いのではないかと、そのように思います。先ほど言いましたとおり、少しお時間をいただきながら、こういった事業展開の意味合い、できる体制というものを考えてまいりたいと思います。それから、友好都市へ行った証ということでありますけれども、いろいろな形でいろいろな方々が交流をされております。確かに姉妹提携を結んだ、友好町の提携を結んだ、これは町と町、町と市が行ったことではありますけれども、それは一つの経過にすぎず、それを契機に町民の方々がいろいろな形で交流をしていこうということであります。正直申し上げまして、町として一切情報等がない中で、お互いの友好関係を築いた中で行き来をされている方なども多数いらっしゃるわけであります。そういった証を、事細かに全部何かに集約をするというようなことは難しいのではないかと、そのように考えております。ただ、町として関わったそういったものについては、きちっとそういった報告ができるような、町民の方にわかっていただけるような、そういう対応は今後とっていきたいと、そのように思います。御理解を賜りたいと思います。
質問 中堀君子
町長は、姉妹都市に個々で行っているからと言いますけれども、全町民が行ったわけでもないですし、例えば、相手の稲城市さんのほうでは、大空町のことをどのような扱いをしてくださっているのか、そういったことも町民は知りたいと思うのです。友好姉妹都市を結んでいるのであれば。そういったことを私は言いたいのですよね。ですから、お年寄りで、稲城市も知らない、氷川町も知らないという人が、ああそうか、町長こういったところに行ってきたのかと、写真1枚でいいのですよ。何も仰々しく何かをというのではなくて、行ってきたときの何かのときの写真を町の突き当たりの喫茶店のようなロビーがありますよね。あそこに本当に1枚かけてくださることで、お年寄りは見にも来てくださると思うのです。時間ないですね。終わります。
答弁 町長
どうも議論がすれ違っていて申し訳ありません。私は、そういったことをするというふうに御答弁したつもりです。ただ、先ほど言われたように、全ての行った人たちのものについて、証を残せといわれますと、それはできない部分もありますと。個人的に行かれている部分のところまで、私どもとしてはわかりません。ただ、行政が関わっている部分が多分にありますので、そういった中で、皆様にそういう内容をお示しを申し上げて、稲城市とはどういうところか、どういうお付き合いをさせていただいているかということについては、PRをさせていただきたいと、そのようにお答えをしたつもりでありますので、御理解を賜りたいと思います。
質問 中堀君子
ありがとうございました。