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雄武町議会 平成23年3月議会 2011年3月15日

国勢調査の速報値について

2011年3月15日、雄武町議会の一般質問で、三浦壽太郎議員が「国勢調査の速報値について」質問し、町長 田原賢一、総務課長 片岡力が答弁しました。

質問者
三浦壽太郎 議員
答弁者
町長 田原賢一、総務課長 片岡力

議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。

件名は会議録の目次の表記です。

質問 8番 三浦壽太郎

議席番号8番、三浦壽太郎でございます。通告に則りまして3点ほどお伺い致します。よろしくお願い致します。合わせましてこの度の大震災のお見舞いを申し上げる次第でございます。1番は国勢調査の速報値についてということでございまして、前お2人と同様の質問でございますけれども、それほど関心が高く人口減少の中味、要因につきましては花田議員と町長のご議論の中で頗る理解できるところですが、若干、違った角度からお伺い致します。働く場がないと産業構造の問題、更には少子高齢化の自然減と、道新あたりはそういう見出しで書いておりますけれども、過疎過密の問題一極集中ということの結果というふうに常日頃考えているものでございまして、高度経済成長政策、昭和30年前半の国の施策、重工業主義、あるいは重商主義、マーカンティリズム、そういった資源の無い我が国の場合、この施策が今日のこういった現象を生んだ大きな要因であるというふうに今でも思っております。当時、30年代の広辞苑には過疎という言葉がございません。今では過疎という言葉はみんなご承知かと思いますけれども、当時のご辞書をお持ちの方、若い方々ばっかりとは言いませんけども、過疎という言葉はその後、こういう現象の下でおきたことでございます。これからどうするかということは花田議員と今申しましたように、町長との色々とご議論ありましたので、私は今回の分析的なものに力点を置いておりますことを予めご了承いただきたいと思います。そこで民間シンクタンク、北海道未来総合研究所の予想推計との比較と書いたんでございますけれども、国立社会保障人口問題研究所と、こういうのもありまして、色々数値が若干でございますけども違ってございます。平成17年の12月の定例会でこの問題を取り上げまして、原さんの財務企画課だと思いましたけれども、道新に色々出てたんですけども、数値が高いのと低いのでもって真ん中の辺出てませんで、伺いましたところが、この時に伺ったのは2030年の雄武町の人口ということで、これ教えて下さいました。30年の雄武町の人口は3975人だと。減少率31。これ北海道の未来総合研究所なんですけれども、その数値を出せばいかったんですけど、ご答弁者の方にこれ渡してありますから折り返して頂きたいんですが、国立社会保障人口問題研究所、これは雄武町が2005年、これは問題ございません。5507人。2010年の数値が出してるんですね、ここで、5202人と。今回、4937人でありますから、先ほど花田議員もおっしゃられましたけれども、5507人から4937人引くと570人の減だと、減少率10.4と正確には10.35と四捨五入して10.4というような。大変2桁ということで、少なからぬショックを受けた方も多かったろうと思います。私もその一人でございまして、若干元気なかったんですけども、この度の東北関東大震災がございまして、町一つ無くなったとこもあるんでございますから、これから我々も町長を中心にまだまだ望みのある、望みのあると言ったらちょっと失礼ですけども、あれらの町に比べたら問題にならない程の生活基盤、経済力があります。頑張っていかねばならないのかなと思って、ちょっと元気になった次第でございます。そこでちょっと話し逸れますけどもですね、この北海道未来総合研究所の面白いデータがございまして、持っておりましたらご承知だと思いますけれども、2035年の高齢化率ランキングというの発表しております。高齢化率の高い町と高齢化率の低い市町村という。高齢化率の低い市町村というのは、これは大変結構なことでございまして、この1番目がですよ、高齢化率の低い市町村の1番目が千歳市です。2位が幌延町、3位がなんと雄武町でございまして、4位が音更町と高齢化率29.1%、人口この時には、35年には3698人だと。これはあくまでもコンピュータからデータから色んなもの駆使してやってるんでございましょうけれども、こうれは余分なことでございます。こういうちょっと光明があるデータもございます。そこで570人の人口減も去ることながら予想推定数値、2010年は5210人でした。従いましてこの295人がちょっと予想よりぐっと下回ったと、こういうふうに私はまず捉えているんでございますけども、特殊要因が発生したようにも見受けられますし、先ほど町長と花田さんの色んなご議論の中でありました。この点をですね、2010年、去年の数値は予想は5210人、結果は4937人、ここに若干のギャップがあるのこの辺町長どう思ってます。まずここからお尋ねしてみます。

答弁 町長 田原賢一(町長は2011年9月まで)

今の2つの研究所のデータに基づいてご質問されました。国立社会保障人口問題研究所、それから北海道未来総合研究所、どちらかと言いますと北海道未来総合研究所の方はですね、北海道の産業形態から人口推計を割り出すという主な主軸であります。それから国立社会保障の方はやはり高齢化率で人口問題を研究しているところでありまして、今この比較をされましたけども、確かにそれぞれの出す数値は変わっております。それでいま2030年とそれから2010年の数字をお示し頂きましたけども、確かに2010年の数字は北海道未来総合研究所が出した数字よりも現実には雄武町の人口が下回ってるという大変厳しい状態であるというふうに受け止めております。ただいま、北海道未来総合研究所の、域内総生産から割り出す人口の比率でございますから、2010年と将来2030年までの推計でございますけども、先ほど三浦議員が示されました3975というのは、示された数字で推定数字でございます。そこで2015年、2015年の推計が4983名ということで、雄武町は若干早まった、今の数字が約その数字でございますから、2015年の推定数字とちょうどマッチングする数字になったというふうに思っております。そこで域内総生産もですね、非常に先ほどちょっと花田議員の時にもお話ししましたけども、北海道では伸び率がマイナス14.2ということで、このマイナス14.2は全道的に見てどのぐらいの位置になるかというと、全道で19番目ということで管内では湧別と西興部と雄武、この1村2町がこの20傑の中に入ってるということで、雄武は19位ということで将来的に要するに2030年に向けてこの域内総生産の割合からすると産業構造がしっかりとしての判定の下で人口推計も示しているんだなというふうに私なりには理解をしてるわけで、従って雄武町の主力産業であります基幹産業について振興を図ることにおいて持続的な町づくりが出来るというふうに認識をしているところでございます。

質問 8番 三浦壽太郎

オホーツク総合振興局、なかなかこれ慣れないんですけども、網走管内、複合産業構造の町として私はいつもそのように捉えておりました。農林漁業、水産加工業。漁業なら漁業、あるいは農業なら農業一本、農業一本というのは結構ありますけれども、そういう単一的なとことはえらい違いであると。従って人口減少率もこれまでは大変にぶかったように思います。担当の方に表渡してございますけれども、後ほどこれまた申し上げますが、ここへ来て従来は各昭和六十年からのちょっと統計取ってみましたけど、3.19とかあるいは高くて5.99、3.31、4.69、ここへ来て17年から22年で10.35という2桁になったということで、後ほどこれ申し上げますけれども、平成29年、この雄武町総合計画と、この中にもですね、この平成29年というのは2017年に当たりますけれども、この中に第5期雄武町総合計画第2遍基本構想第2章将来人口という記述がございまして、これには目標年次から平成20年、総人口5千人と推計し、定住促進等により減少数を最小限に抑えるように努めますと。私はこの当時、これは議会と町側と色々お話しがいっぱいありましたけれども、これは努力目標というふうに私は捉えておりました。今、町長の方からこの2015年、2015年となるとだいたいその辺2015年のですね、国立社会保障人口問題研究所、4920人なんですよね、これ。だいたいいいところ行ってる、今、町長の言ったのは北海道未来総研で83ということで、何人かの差なんですけども、この平成29年、人口5千人の想定というのは努力目標として私は捉えておりますが、これ見直しするという今後この総合計画の中でどのように位置付けておりましょうか。このままで努力目標で行きましょうか、これちょっと若干お尋ねしておきます。

答弁 町長 田原賢一(町長は2011年9月まで)

総合計画の数値でございまして、今言われました、努力目標って全てそこで片付けるわけでなくて、実現できる努力目標というふうに置き換えておきたいと思っておりますので、そういう意味からするとですね、この部分だけを書き換えをするという考え方は基本的に持っておりません。

質問 8番 三浦壽太郎

分かりました。それで結構でないかと思ってるんですが、次にですね、これも新聞紙上でご覧になったかと思うんですが、北海道選挙管理委員会オホーツク支所、道選管オホーツク支所がですね、3月2日現在の管内の定時の選挙人名簿登録者数を発表してございます。過日、副町長からも行政事務報告でございました、4131人と。雄武町の場合は2007年3月2日、4356人、2011年3月2日、4131人。225人の減少でございました。これは期間がですね、5年間でなくて4年間でございます。4年間でございますから、若干、この辺期間とスパンが違いますけれども、5.16%の減でございます。そこで管内の減少率の高い順に申し上げますと、津別町の7.16、興部町6.84、滝上町6.74、置戸町5.94、訓子府町5.36の雄武町5.16とこの数値を見るとですね、先ほど来から色々お尋ねしている2桁の10.4と、これまたどういうふうになっているのかなというふうに町長これどういうふうに町長捉えましたでしょうか。この数字についての、決して2桁でなくてこっちは5.16と大人が多いのかなと思ったりもしてるんですが、これ町の方でどう捉えます。

答弁 総務課長 片岡力(総務課長は2011年12月まで)

確かに人口の減と反比例といいますか、比例はしてないわけでありますけれども、結局、高齢者が何て言うんですかね、増えたということからですね、こういう人口よりもこの選挙人名簿登録者数の減が少なくなっているということであります。

質問 8番 三浦壽太郎

後ほど申し上げますけども、それらの点も先ほど花田さん申しましたけども、国勢調査雄武報告書の中で色々と詳しく具体的に検討頂ければなと思って次に移らせて頂きます。昭和60年国勢調査が行われております。この時の人口が6567人、それから平成2年、平成7年、12年、17年とこういうふうにして、昨年22年、4937人とこういう数値が速報値で出たわけでございますけれども、60年から平成2年までは減少率3.19%です。それから7年に至っては5.99%、若干増えたのかなと12年に至りましては3.31%を、前回17年では4.69といずれも1桁台でさほど心配した方ではないなというふうにずっと私は考えてきましたけど、ここに来て2桁が出たのでちょっと衝撃を受けたんでございますが、実は雄武町基本調査報告書というのが平成21年から21年ですね、これ出ておりまして、この時の平成21年でございますから、22年、去年までの1年間、この間の人口の減がですね、58人なんですよ、実に。58人しか減ってないんですよ。そこで何か報告書というのは3つぐらいあるんですね、これ。雄武町常住人口調査報告書、基本調査報告書と違いまして。これがですね、これも今私のとこ今引っ越ししてるものですから、ずっと取ってたんですけども、それでさっき聞いたらですね、雄武町常住人口調査報告書というのは18、19、20と、今21年になって初めて基本調査報告書出てる。これ3回目あるかって言ったらないんだと言うんですけど、これないんですか、なくて結構なんです。作ってなかったら作ってないで結構なんですけど、これどうですか。

答弁 総務課長 片岡力(総務課長は2011年12月まで)

過去ずっとですね、雄武町の国調版と言いますか、雄武常住人口基本調査報告書という形で平成13年までは毎年国調の年は国調の数字を使ってますけども、実施してきました。それでいわゆる行政改革の一環ということもありまして、経費の削減という観点からですね、平成14年から平成16年まで、それから平成18年から平成20年まではこの基本調査、常住人口調査を実施していなかったということでありまして、平成21年に、最初の考え方は国勢調査の前の年、それから後ろの年にやろうという話で平成21年に名前を変えまして、基本調査ということで実施をしております。そしてこの調査、独自で雄武町の人口をずっと継続的に調査把握してるわけでありますけれども、この数字というのはやはり行政政策において基本となる数字でありますので、そういう観点からですね、もう一度見直しをしまして平成21年を実施しましたけれども、22国調をやって23年以降は毎年基本調査を継続して実施していくという考えであります。

質問 8番 三浦壽太郎

以前にもそのように報告ございました。ただ私いま先ほど言いましたように引っ越ししてどこさ行ったものだか分からないものですから、いやーと思ったら、そういうことで結構なんですが、21年の今課長も申されました基本調査報告書の人口は4995人というふうに出ております。それで22年、去年の国調、10月1日にいくと4937人、先ほどから言ってる数字でございますけれども、58人しか減ってないんですね、これ。ですからこう考えますとですね、こう考えますと、過去17年から18、19、20、この辺が最大の今回の人口減2桁に至る要因が存在してるのかな、内蔵してるのかなと思ってるんですけども、この辺如何でございましょうか。

答弁 町長 田原賢一(町長は2011年9月まで)

先ほどの花田議員の一般質問にもお答えを致しましたけれども、以前から今回の大きな人口減の要因としてはやはり大型企業の倒産と合わせて大型事業の終了に伴って住民登録をしていた従業員の方々が大挙雄武町から去ったというのが恐らくその2桁に上った大きな要因だと。じゃそれらが健全に運営されてる場合にはどんな数字なのかというのは、まだ私共も検証しておりませんけども、ただ2桁まで上り詰める数字にはならないだろうというふうに捉えておりますし、確かに分析の手法としては今考えが、三浦議員から考えが示された通り前に遡って3ヵ年なり4ヵ年の分析をした上で今後の対策を定めなければならないということも、その通りだというふうに認識しておりますから、合わせて今回遡って、その実態の再調査をして大きな要因を突き止めたいというふうに考えております。

質問 8番 三浦壽太郎

ご期待申し上げるものでございます。それでは最後になります。国勢調査雄武報告書というものが過去何回か出されております。手元に私あるのは昭和60年、これ図書館から借りてきたんですけどね、後はあるんですよ。あるんですが、この報告書というのは昭和60年の国調から発刊されましたのは、これを見ますと61年の6月発刊となってございます。それから平成2年の国調では平成3年の10月、翌年の10月発刊と、こういうふうに前書きの本ありまして書いてございます。平成7年に至りましては、平成9年9月と2ヵ年のここにずれがございます。書いてますからね、こうやって平成9年9月と。後はですね、後は私ちょっと前書きないの持ってるもんですから、分からないでございますけれども、恐らく推測するところによると平成12年も14年に出たのかなと、あるいは13年かなと、分かりません。平成17年は19年に出たのかなと、こういうことも推測されますけど、それはですね、役所の方の色々ご多忙さと緻密なでもって、平成22年、去年のも今年でなく来年出るのかなと思っておりますけれども、お願いしたいことはですね、先ほど花田さんも言ってましたけれども、単なるこれまでの分析にもう一歩突っ込んで、高齢者の他町村へのお子さんなんかのとこへ行く転出等も把握できないものだろうかと。これは一時代前でしたら恐らく我々議会の方で調べたいんだけどもと言ったら教えてくれたと、調べれたと思います。けども色々な法律、個人情報だとかですね、色んなの出て、もう我々の限界があるように思っております。そこでそういった例は一例でございますけれども、これまでの分析内容と若干色を添えて、一歩突っ込んでですね、息子さんのところへ、札幌へ行っちゃった方々が年間何人いらっしゃるのかなと、これは私達ではどうしても出来ませんので、それを町の方でお調べになって発表する事もまた例の法律に触れるのかな。私は触れないと思って、いつも思ってるんですけれども。これらのことも合わせて中間発表、来年、再来年でも結構なんですけど、その前に中間発表的なことがお考えになられるかどうかということで、この速報値の問題を最後に致します。お願い致します。

答弁 総務課長 片岡力(総務課長は2011年12月まで)

今回の国調の転出の関係でもう一歩踏み込んで分析をする気はないかということで高齢者の転出状況についての、調査についてのご意見でありましたけれども基本的にどなたがどこの町村に転出したかということは住民生活課の方で把握しております。が、しかしその情報を使ってですね、別の係、課が今言われたですね、追跡調査をするということについてはちょっと今の時点でですね、出来るかどうか、個人情報保護法の関係もありますんで、出来るかどうか即答できませんけれども、出来得たとすればですね、何らかの形でですね、そういう調査をして高齢者が転出する状況の実態調査等も考えてみたいというふうに感じております。

質問 8番 三浦壽太郎

実はそこが知りたいんですよ。我々では出来ませんので、さっき花田さんも言ってましたけども、やはりこれから老健施設、グループホーム、これもいつの時代か近い将来検討に入らねばなんないでないかなと。それがあることによって何人か雄武に残るんだと。小さな数字かも知れませんけども、そういった観点から、ただ今お尋ねしたんでございますけれども、札幌行こうが東京行こうが、何人ぐらいいたというぐらいはちょっと参考資料にしたいもんだなと。自然減が先ほど町長から数字が出ましたけれども、そのような中身の類の一環としてあればいいなというのが私の思いでございます。

出典:雄武町議会 平成23年3月議会 2011年3月15日 議事録 PDF(1ページ) 間違いを知らせる