みんなの議会

音更町議会 平成29年第1回定例会 2017年3月8日

題名は「特別の教科道徳」について

2017年3月8日、音更町議会の一般質問で、重堂登議員が「題名は「特別の教科道徳」について」質問し、教育長 宮原達史、教育部長 大久保善雄が答弁しました。

質問者
重堂登 議員
答弁者
教育長 宮原達史、教育部長 大久保善雄

議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。

件名は、議員が最初の質問で述べた言葉から取ったものです。

質問 8番 重堂登

通告に従い、以下の質問をいたします。題名は「特別の教科 道徳」についてであります。現在行われている道徳教育は、学習指導要領に規定されており、「道徳教育は、学校の教育活動全体を通して行うもの」とうたっています。1958年には、愛国心を柱とする道徳教育とし、道徳の時間が特化されました。2015年3月には、学習指導要領の一部改正により、これまでの教科外活動であった小中学校の道徳を「特別の教科 道徳」として、教科へ格上げされました。小学校は2018年度から、中学校は2019年度から特別の教科として位置づけられます。本町においても、各学校現場で研修や準備が進められています。また、平成27年度対象「教育に関する事務の管理及び執行の状況の点検と評価の報告書」によると、教育委員会が学校訪問の上、「道徳教育の推進」を重点テーマとしてきたところであります。以下の点についてお伺いいたします。一つ、学校訪問で把握している各学校の道徳教育への取り組み状況と問題点は。二つ、道徳教育に関して、児童生徒に一つの価値観を植えつけるのではなく、多様性を求める必要がある。そのために教師には研修等が必要と思うが、町の見解は。三つ目、「特別の教科 道徳」の副教材「私たちの道徳」の扱いと、「特別の教科 道徳」の子どもに対する評価の問題点は。四つ、「特別教科 道徳」が他の教科の上に位置づけられているが、その評価が子供に及ぼす影響は。以上、よろしくお願いいたします。

答弁 教育長 宮原達史(教育長は2020年3月まで)

「特別の教科 道徳」については、関連がありますので、一括してお答えいたします。小中学校の道徳の時間の授業につきましては、これまでは教科外の活動としての位置づけでありましたが、平成23年に、大津市の中学生がいじめを苦に自殺した事件をきっかけとして、平成26年、文部科学大臣の諮問機関である中央教育審議会が、道徳を特別の教科とすることを答申し、それを踏まえて、平成27年3月に学習指導要領が一部改正され、「道徳の時間」が「特別の教科 道徳」となったところであります。小学校では、平成27年度から平成29年度までの移行措置を経て、平成30年度から全面実施、中学校では、平成27年から平成30年度までの移行措置を経て、平成31年度から全面実施となります。新たに教科となる道徳の内容につきましては、他人への思いやり、信頼、命や自然の大切さ、社会とのかかわりなどについて、学校や児童生徒の実態に応じた問題解決や体験的な学習などを取り入れ、多面的・多角的に、児童生徒がみずから考え、議論する道徳を目指すとのことであります。また、指導につきましては、これまでと同様に、原則学級担任が授業を行うこととなっております。新たな道徳の評価につきましては、児童生徒が、いかに成長したかを積極的に受けとめて、認めることを中心に行われるものであると捉えております。授業の進め方においては、道徳的価値観の意図的・恣意的な押しつけにならないようにすること、評価においては、児童生徒に道徳的価値観を意識的に求めたものにならないように配慮することが大切であると考えております。具体的には、数値などによる評価ではなく、児童生徒の発達に応じて励ましていく、自分自身で振り返るといった個人内評価を基本的な考え方として、成長の様子を文章で記述することとされております。評価記述の際の客観的な資料として、児童生徒が書き記したワークシートなどを活用し、年間35時間の授業を通して、道徳性に係る成長の様子を継続的に把握し、評価することになります。また、これまでの道徳から新たな道徳へと質的転換を図るためには、質の高い多様な指導方法を展開することが必要であり、学校や指導する教員によって指導に差が生じないようにすることが大切であると考えております。そこで、全面実施に向けて、学校における指導体制の確立と教員の研修の充実を図るために、本町では、教育委員の学校訪問の重点テーマを「道徳教育の推進」とし、訪問時に、考え、議論する道徳を意識した公開授業が、平成27年度には12校、平成28年度には9校で行われるなど、多くの学校で着実に校内研究が進められております。また、各学校に配置されている道徳教育推進教師が中心となり、北海道教育委員会や十勝教育研修センターなどが主催する研修を初め、先進校授業の参観や授業実践などの研究を進め、授業づくりの深化が進んでおります。さらに、音更町教育研究所では、「特別の教科 道徳」の全面実施に向けて、平成27年度から平成30年度までの4カ年計画で、教員の指導力向上と児童生徒の確かな育成を目指すことを目的として、町内全小中学校での授業公開と研究協議を実施しているほか、今年度は、下士幌小学校が、北海道教育委員会から道徳教育推進校事業の委託を受け、道徳教育の実践研究を行っているところでもあります。御質問にあります「私たちの道徳」につきましては、道徳用教材として平成26年度から毎年配付され、各学校で活用しておりますが、新たな道徳の全面実施の際には検定教科書が導入されることになり、小学校が平成29年度に、中学校が平成30年度に採択される予定となっております。いずれにいたしましても、「特別の教科 道徳」の全面実施に向けて、音更町教育委員会といたしましても円滑な実施ができるよう今後も努めてまいりたいと考えておりますので、御理解を賜りたいと存じます。以上、答弁とさせていただきます。休憩(午前11時59分)

再質問 8番 重堂登

ありがとうございました。再質問させていただきますが、1番の教育委員会で学校訪問されてのことなんですが、各家庭は、昔だったら祖父母がいたりして子供に教えたり、そういうことができたんですが、最近は、核家族というか、なかなかそういう機会がとれないということで、家庭でもしつけなんかが非常に苦労しているようなことがあります。そういうことで、家庭でできないことを学校でしつけをしてくれというような、そういうような学校での意見なんかはあったんでしょうか。そのことについてお伺いします。

答弁 教育部長 大久保善雄(教育部長は2017年3月まで)

教育委員の学校訪問の際には、今、議員さんがおっしゃっていたとおり、おっしゃっていますが、学校でのしつけについての意見等につきましては、教育委員のほうからお話は出ていない状況にあります。以上です。

再質問 8番 重堂登

もう一つお聞きしたいんですが、道徳教育が特別な教科として、カリキュラムという、年間35こま、そういう計画なんかを取り組んでおられると思うんですが、あと、これから英語の教育まで小学校に入るということで、教職員なんかの煩雑さみたいことの大変さみたい意見は出なかったんでしょうか。

答弁 教育部長 大久保善雄(教育部長は2017年3月まで)

教育委員の学校訪問の際には、道徳につきましては、今現在も道徳の時間という形で単位時間数には入っております。それで、今後特別な教科化になったとしても、時間数については変わっておりませんので、その辺の時間数についての、教育委員からの時間数がふえるとか減るだとかという話もありませんし、時間数が変わらないという部分では何も変わらないという部分もありましたので、その辺については教育委員からの意見等はございませんでした。あと英語につきましては、学校訪問の際にはこの道徳を主にやっていましたので、英語の時間数がふえることについては、その時点での教育委員からの意見としては出ていない状況にあります。以上です。

再質問 8番 重堂登

ありがとうございます。二つ目のことについてお伺いいたします。新しいこの道徳の進め方では、20項目だかの価値観を決めて、それを教え込むというか、そういう価値観が項目的に決められております。そういう中で、そういう価値観に沿って指導するというのか教育するとなると、なかなかふだんの実態とかけ離れるような場面もあるとは思うんですが、私は、その価値観を一つにして教え込むというのはやっぱり問題があるんでないかと。そういうことでお聞きしたいわけですが、子供たちに、やはり一つのものを学習しても、いろんな考えが出していいのかなと思っています。そういう意味では、先生方もそういうのを受けとめるだけの幅がなかったらだめかなと思っているんですが、例えば一つだけ例を挙げると、『私の道徳』の中の小学校の初めに出ている中に、ウサギと亀の話があります。イソップ物語です。そこでは、ウサギと亀は競争するということなんですが、競争することに努力することが大事だという教えになるのかなと思うんですが、この競争するということを価値観として植えつけるとなると、子供たちなんかは、学習も競争でないのかなと、そのように受け取るんでないかと思うんです。そこで、このウサギと亀さんの競争でも、ウサギの慢心というか失敗は誤りであって、亀さんの努力が正しくてというか、そういうことに持っていくのかなとは思うんですが、子供たち、いろんな考えが出てきてもいいのかなと私は思っておるんです。例えば、子供たちの中に、亀さんは亀さんと競争する、ウサギさんはウサギさんと競争する、こんな考えが出てきても、これ、これは、こんな考え出てきたらバツになるのか、何かちょっと疑問なんですよ、そこ。それから、こんなのもありました。亀さんがウサギさんを起こして一緒に行くと。これもバツになるんでしょうか、その一つの価値観でいえば。そこら辺が、子供たちに、ある物語を扱っても、非常に教師の面では幅広い受け取り方してやらないとだめでないかなと思っているわけです。その亀さんがウサギさんを起こして一緒に行くと。その文章をある財界人は、読んで、これは協力だとか団結だと。労働者の団結だと。これは社会主義につながると。これは悪だということを言われた財界人がいるんです。このように、一つのことでもそういう多様性があるものだから、そこら辺を教師が受けとめる、そういうことが私はここで大事でないかなと思っているわけなんですが、そういうことができる教育現場が欲しいのかなと思っているんですが、そういう研修みたいのはどうなんでしょうか。教育委員会としてそういう研修を進めるというか、そういうことについて考えを伺います。

答弁 教育長 宮原達史(教育長は2020年3月まで)

今、ウサギと亀の話を例にしていただいて、いろんな多様性のお話をいただきました。道徳につきましては、おっしゃられるとおり、答えが一つになるものではありません。ほかの教科は科学的事象によってほとんどが答えが一つになるという、そういうような教科ですけれども、道徳については、人によると、人間の数だけ道徳があるというような答えの数ということも考えられます。したがいまして、指導をする側としては、その子供の価値観、その時点での価値観を受けとめて、答弁いたしましたように、多角的に受けとめまして、そして、それがどのように変化していくかという、数値によらない評価ということになってまいります。教師としても、教える側としても、そのような、ほかの教科と違うということを認識して道徳については評価するでしょうし、もちろん、答弁いたしましたように、数字による評価はないということですので、この辺を中心に研修、指導、それから校内研究などを進めていっております。研修の具体的なものについては部長からお答えいたします。

答弁 教育部長 大久保善雄(教育部長は2017年3月まで)

研修の関係でありますけれども、今現在研修につきましては、音更町の教育研究所にもお願いしまして、そこに道徳部会というのを設けております。その中で研修を行っていただいていますし、また、各学校には道徳教育推進教師もいますので、その方々が中心になって研修を進めてはいますけれども、その研修の中では、道徳につきましては、考え、議論する道徳というのが今主になっております。今、先ほど教育長もお話ししていましたけれども、答えというのは一つではないよということで、いろいろな考えがある。それを児童生徒がどのように考えていくのかという部分が一番のこの道徳の授業の内容になっているのかなと思っております。また、道徳的価値観の押しつけにならないようにということにもなっておりますので、その辺を踏まえた中での研修を積んでいるというのが状況でありますし、また、今現在下士幌小学校におきまして、答弁でもさせてもらっていますけれども、北海道教育委員会の実践研究という形で今取り進めておりまして、そういう研究内容も各学校には参考にしていただくような形をとりたいと思っていますので、御理解をいただきたいと存じます。以上です。

再質問 8番 重堂登

特段研修を音更なりにやってほしいという願いを持って発言したいんですが、私自身の経験というか失敗談みたいのから研修の必要性をちょっと話ししたいんですが、中学生を担任しておりました。5人ぐらいのグループで掃除をしてもらっているわけなんですが、一月ほどたったら、その中の2人の生徒がサボっていたことがわかりました。3人は掃除をしていた。それを発見というか聞いたとき、私はかっと頭に来てしまいました。全校放送で呼びつけて、職員室に正座させました。さらしものにしたわけです。考えてみると、私のやったことは今考えたら失敗でした。ということは、決まりだとかそういうのを守らなければ罰するぞと。それをその子供たちに植えつけたような気がします。本来であればそうではなくて、私が力があれば、そういうのを学級で、道徳の時間ですね。それを持ち出して、掃除を協力してやること、そういうことを子供たちに論議してもらって、学級でそういう決まりというのか、そういうのが自分たちでつくれるように持っていくのがよかったんでしょうが、私それをしませんでした。で、その2人のサボった生徒には、やらなければ罰を与えるぞという、それしか教育してこなかったんです。これは非常に私自身としてはまずいことしたなと、そんな経験があります。それからあと、私たちも、専門の科目は科学ですから、学習積んで、力持っていると思います。だた、道徳に関してはそんな力持っていないんです。先生方全体を通しても、道徳性というのか、そういうものはやっぱり研修でしかないのかなと。例えば、福島の原発から避難してきた子供さんを担任の先生がばい菌呼ばわりしたと、そんな例があります。例えば、私は登という名前ですから、担任はこう呼んだのかな、登ばい菌とでも呼んだのかなと思うんですが、これあたりも、教師自身も研修なり学習を積まないと、一般の人よりこういう面では劣る面もあるんです。そういう意味では、ぜひ教育委員会として、冬休みや夏休みもありますから、こういう研修を、やっぱり音更ならではのやり方をしてもらえばいいのかなと思っています。そんなことのお願いであります。

答弁 教育長 宮原達史(教育長は2020年3月まで)

今、重堂議員の教師時代の例などもお聞きしましたけれども、掃除をサボっていたと。私もそのようなことをやっていましたので、私はそのころはっきり怒られたほうがよかったんですけれども、今、やはり皆さんで話し合って、どのような学級運営していくかというふうにみんなで協力してというのが中心の教育ですから、その辺は議員おっしゃるとおりだと思います。それで、音更町では、先ほども答弁いたしましたように、教育研究所、それから道徳の委託事業などを中心に研修を行い、また、校内研究も各学校で行っているところでありますけれども、音更町は今、ほかの自治体よりも道徳の研修については私は進んでいると自負しております。なぜなら、学校の数が多いものですから、校長の数ももちろんそれだけ多い。そこの横の連携でいろんな課題を持ち寄りながら研修を進めていってくれている。公開授業、それから授業参観など、道徳の授業を、そういうことを公開するとやはりいろんな課題が見えてきたり、教師一人一人がその指導の中での小さな反省点、それからちょっと迷ったこと、そういうものを課題として浮き彫りにして18校全部で話し合っていって、それでその学校に合った校内研究を進めていくということを行っておりますので、今現在、本格の実施にはまだ時間はありますけれども、そのような地道な積み重ねをまた進めながら本格実施に備えていきたいと思っております。以上です。

再質問 8番 重堂登

研修を特段お願いしたいと思っております。次に三つ目なんですが、「特別の教科 道徳」の副教材、「私たちの道徳」、これ読ませていただきましたが、この「特別な教科 道徳」というわけですが、私は初め、一般の教科、国語や算数、社会と同じように並んで道徳もあるのかなと思ったら、それ違いました。中身見たら違うのはわかるわけなんですが、一般の教科はあらゆる科学を基礎にして学習するわけですから、例えば理科で台風が話題になったとすると、突き詰めていけば太陽のエネルギーに基づいているんです。でも、さすがこれ、学習指導要領で、台風の原因は神風だと、そう教えなさいとは言えないわけです。これは科学ですから。で、神風ですから原因は神であると、こんなことにはならないわけです。ところが道徳の場合は、こういう、科学ではないというのか、一人一人の子供たちの心の問題を見ていくわけですから、そうなると非常に教師のほうでも評価するのは大変でないかなと。強いて言えば評価はなかなかできない問題でないかなと思うんですが、いよいよこれを教科として、文章で評価するように言われております。私は、こういう中で指導要領に掲げられている項目以外のものを取り扱うのは相当これから難しくなるのかなと思うんです。例えば音更ならでは、もっとこの35時間、ゆとりがあって、例えば学級での問題なんかをきちっと取り扱うようなゆとりある場面をぜひつくる必要があるのかなと思っています。そういう意味では、今各学校の進め方はどのようになっているんでしょうか。

答弁 教育長 宮原達史(教育長は2020年3月まで)

おっしゃるとおり評価、「特別の教科 道徳」については、児童生徒に対する評価は今までと全然違います。先ほども御答弁いたしましたように、数値による評価ではなく、文章記述でやるということになっております。今もまだ検定教科書が選ばれておりませんので、どの教科書を使うか、どんな教科書になるのかわかりませんが、現在配付されている「私たちの道徳」、先ほども議員おっしゃっていた「私たちの道徳」につきましては、例えば中学生の道徳の教科書であれば、中学校1年生になったときに、まず自分のことを、今の自分ということをワークシート形式で、何かを見たとき、それから何かを聞いたとき、そのようなものを、今の自分というものをまず書いていく。そして、それをまた中2になったとき、中3になったときと、ちょっとざっくりした話ですけれども、そのように自分自身で感じたこと、それから自分自身の変化、それを自分自身で自分を振り返るということを中心にしてワークシートをつくっていく。そして、授業だけではなく、そのほかの学校生活、学校行事の中での自分たちの変化、そういうものを見つめるような指導をしながら、教師がそれを見て、客観的なものも見て文章で評価していく、励ましていく、振り返りを褒めていく、そのような評価になると思います。道徳、先ほど35時間ということでお話ししましたけれども、今申し上げましたとおり、道徳についてはその35時間だけが全てではなく、これは児童生徒に限らず、道徳というのは生活そのものです。そういうものがあってこそ、その評価のときの児童生徒自身の記述、ワークシートへの記入になっていくと思いますので、いろんなものを利用しながら評価の対象にしていくような教師の認識が欲しいと思っています。そういうものを校内研修などでも伝えていけるようにしていきたいと考えております。以上です。

再質問 8番 重堂登

先ほども教育長からも言われましたように、評価は文章で書くという今のところなっているんです。これ、将来もこうなるかどうかわかりませんけれども、5段階評価ぐらいにと言われたら、私も大変それ苦労するんでないかなと。この子は道徳5、最高いいと。この子は1で最低だと、こういう評価はなかなか難しいわけですから、今のところは文章で書くということなんですかね。そういう中で、いろんなワークシートだとか感想だとか子供たちに書かせるんですが、これが教科として大事だということになると、ひょっとして子供たちの中に、評価を気にして、先生の気に入るような発言をするということを私心配しているわけです。成績にかかわるとなると。それともう一つは、やっぱりこういう道徳で教育をしても、そんなにいじめはなくならないのでないかなと、何かそんな気持ちでいるんですが、ここらの心配はどうでしょうか。

答弁 教育長 宮原達史(教育長は2020年3月まで)

もちろんおっしゃられるとおり心配です。それは、やはり評価を気にして、自分の思ってもいないような、気に入られるようなことをつづっていくというようなことは考えられると思います。ただ、この道徳の評価につきましては、これも導入のときの議論の中でもはっきりさせておいたのは、入試などに影響するような、そういうものにつながるような評価は絶対しないということになっておりますので、あとは、これもちょっと堂々めぐりになりますけれども、その本人の道徳観ということになるんではないかと思います。そして、いじめについても、この検定教科書が入って、「特別の教科 道徳」となって、文章記述ですけれども、評価するようになって、いじめがなくなるかどうかということになれば、それはやはり今ここでどうなるということは私も明確には言えませんけれども、これによっていじめが少しでもなくなっていくような風潮になっていくことを望んでいきたいと思います。以上です。

再質問 8番 重堂登

最後、4点目なんですが、この「特別な教科 道徳」が、ほかの教科の上に特別な教科として置いてあります。これはやっぱり道徳の教科というか教育が中心で、あと国語や社会や算数はその下に配置されている図式なんです。ここで将来的に私は心配するのは、大事なのが道徳教育であると、こうなったときに、非常に問題が発生するんでないかなと思うわけです。「私たちの道徳」の本も見せてもらいました。そこには、読み物を読んだら感想を書く部分があります、子供たちの。そうなると、これが評価にかかわるんであるということになると、子供たちは素直に書くのか、それとも評価のために書くのか、これが大きな分かれ目かなと思うんです。で、この道徳のその本は何回も家に持ち帰るように書いてあります。親たちも見るように書いてあります。そうなると、道徳の教科がほかの教科の上にあって大事であると、そういうことも親が認識した場合、子供が素直に感想文なり書いても、親が見て、こう書くよりはこう書いたほうがよく見られるんでないか、そういう、この大人の社会ではそういう見方もあるものですから、非常に私はそこを心配しているわけです。そうなると本音と建前を子供にも分けさせるというか、そういう非常に心配のあるところです。今のところは高校入試なんかにも使わないと言っておりますが、これが私の非常に心配するところなんです。こういうことも私たちがきちっと押さえるというか、上というか文科省からのと私たちが全面対決というわけにはいきませんけれども、できるところではやっぱり子供たちの本当の、守るというか、道徳的にも育てるというか、そういうことが私たちに求められるのかなと思っています。そのことについて見解を伺います。

答弁 教育長 宮原達史(教育長は2020年3月まで)

道徳がほかの教科の上になるというお話ですけれども、これは、私はそういう認識にはありません。戦前の例えば修身という科目があったんですけれども、これは間違いなく学校で教える科目の中の筆頭科目と言われていました。今はそういうものではなく、ほかの教科と同じ扱いだと思っています。ただ、「特別の教科 道徳」という名前になったのは、これは、先ほど来出ていますけれども、ほかの教科と違って科学的事象に基づいた答えが一つのものではない、それから、評価は54321でつけない、文章記述でやると。そういうようなことからほかの科目、教科と区分して、呼び名を変えて特別の教科ということにしていること、それから、教育基本法が10年ほど前に改正になったときに、条文のつくり方で道徳的なものが条文の上のほうに来たことについて、国会でも質問が出たそうです。これも文部科学省の答弁では、道徳を筆頭科目にするつもりはないという答弁がありました。こういうところでちょっと誤解を招いているのかもしれないですけれども、あくまでも条文のつくり方で、子供を育てるために、子供たち、児童生徒を育てていくために、まず教育的素養というところから始まる条文のつくりになっていますので、その辺は、私は、上だとか下だとか、そういうふうな認識は持っておりません。それから評価、先ほども答弁させていただきましたが、評価については、子供の内心のことですから、うそを書くなとかそういうことになるとまた道徳の授業になりませんので、そういうことではなく、ちゃんと自分の気持ちを素直に書いていけるような、そのような子供に育てるためにも「特別の教科 道徳」が設定されたと思っておりますので、御理解いただきたいと思います。以上です。

再質問 8番 重堂登

あと最後になるんですが、やはり道徳というか、子供たちに教えるということは、昔であれば、おじいちゃん、おばあちゃんがおられて、いろんなことを話ししてもらえたのがよかったんだろうと思うんですが、今の核家族社会ではそれもできません。本来であれば、子供たちは大人の社会を見て、その姿を見て育つのが本来の道徳というのか、教えであるはずなんです。ところが、残念ながら今の大人の社会は、お手本になるようなことが少ないわけです。例えば、今問題になっている森友学園ですか。あれもずっと見ていたら、道徳的にどうなのかと、ああいうことは。それから、文科省の天下り、それから、見つかりそうになったら隠蔽した。これも法律を守っていないというか、やっぱりこれ道徳的にどうなのかなといったら、非常に問題なところです。子供たちは、ああいう姿は学習になりません。そしてまた、私たちの生活の中でも、ブラック企業だとかブラックバイトだとか、そんなのが随分にぎわしますが、それも子供たちには正しい姿を見せられないのが今の現状なんです。そういう意味では、音更町ではそういうことのなるべくない音更町であってほしいなと願っているわけです。そういう意味では、この道徳自身が、価値観を20項目か決めて、子供たちに価値観を植えつけるということにやっぱり大きな無理があるんでないかという、私はそんな気持ちでおります。以上です。

答弁 教育長 宮原達史(教育長は2020年3月まで)

道徳につきましては、議員おっしゃるとおり、昔は多分、家族であったり、それから親戚であったり地域の人たちであったり、いろんなところで子供のころから大人の姿を見て、もう小学校入る前にはある程度の道徳観は身につけていて、今のように学校でわざわざこのように教科にして教えるという発想はなかったのかもしれません。ただ、時代が変わりまして、核家族化、それから共稼ぎ、そのようなことで、いろんな公の行事に出ることもなくなってきましたし、冠婚葬祭も子供のころは全然見なくなりましたし、それから、大人がいろんなところで儀礼にのっとって礼儀を尽くしている姿も多分見ないで育ってきたんだと思います。それがいろんな社会の乱れになっているという識者もいるようですから、その辺は認識は、私も同じ認識を持っております。したがいまして、おっしゃるとおり、道徳ではないというのは間違いないと思います。道徳の授業だけで道徳観が身につくものであれば苦労はしないものです。そういう中で、学校で何を教えていくかということになれば、もう一度、今まで、小学生になったとき、中学生になったときに自分はどうなんだろうという自分への振り返り、そういうものが欲しいのではないかと。そして、今まで自分がやってきたことを反省する、それから、そこで人への思いやりであるとか信頼であるとか、それから命を大切にする、自然を大切にする、ふるさとを愛する、そのような意識を少しでも持ってもらって、そしてそのときには、そういう年代ですから、小中学生の年代ですから、そのときにはわからなくても、10年後、20年後に少しでも覚えていてもらって、ある程度の年齢になったときに振り返ってもらって、ああそうだったんだと思ってもらえるような小中学生時代の道徳であってほしいと思っています。以上です。

出典:音更町議会 平成29年第1回定例会 2017年3月8日 議事録 PDF(1ページ) 間違いを知らせる