中頓別町議会 平成22年第1回定例会 2010年3月14日
私の病院のあり方について
2010年3月14日、中頓別町議会の一般質問で、東海林繁幸議員が「私の病院のあり方について」質問し、町長 野邑智雄が答弁しました。
- 質問者
- 東海林繁幸 議員
- 答弁者
- 町長 野邑智雄
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
質問 3番 東海林繁幸
それでは、第2問について質問させていただきたいと思います。これ議長に伺いますが、私の病院のあり方については午前中の本多議員の中でほとんど私の質問内容と同じことで町長から答えを得ています。そのことについては私も了解いたしますが、せっかく答弁も用意していると思いますので、私は質問は省略して答弁だけいただければいいと思うのですが、いかがですか。
答弁 町長 野邑智雄(町長は2015年3月まで)
答弁を申し上げたいと思います。中頓別町は、老人ホーム長寿園の入所者が110名、それから知的障害者更生施設天北厚生園の利用者が90名、また本町の高齢化率も34%以上であり、町民がこの地域で安心して暮らすためには私は病院としての機能が必要であると、このように考えております。その一方、個別外部監査結果報告書の中で病院であっても経営改善のために取り組まなければならない事項があると思いますので、今後の課題として調査検討をしてまいりたい、このように思っております。
再質問 3番 東海林繁幸
それでは、改めて再質問させていただきます。この質問に対するお答えとして大変結構だと思うのですが、もう少し詳しく聞きたいのは、病院の経営改善、これを、実は私ごとでありますが、この2月1日から15日まで肋骨骨折で15日入院しました。つくづく感じたのは、私はかつても入院したことがありますけれども、随分病院職員の資質が向上したなと感じました。これは相当感じることができました。非常に看護体制もいいし、それと助手の皆さんの動きも非常にいいです。それはもう言葉遣い、態度、そういったことからも随分改善したなと。これは、やっぱり先ほど院長の去就の問題が何人かの皆さんからありましたけれども、これは住友院長のかつてからの職員指導のたまものだなと、こんなふうに特に感じました。そこで、いろんな改善が図られてはきたのです。かつて私も事務長やっていた時代はまだまだ改善しなければならない状況があったとは思うのですけれども、今相当切り詰めて切り込んでやってきた院長や事務長の労を感じながら、これから改善するという領域がどこにあるのか、これまだあると思うのですけれども、それはどこなのでしょう。それをまず1点伺いたいなと思います。それから、病院のあり方という大きな題目にしたのは、1つは今回の院長の退職願の提出の問題であります。これは、いろいろ住民も含めて私もきちっとした原因、要因はわかりかねるところはありますけれども、いろんな風評のことであれば、ある意味では院長がこの町にまだまだいたいと思いながらやめるような要因、いわゆる院長が感じるところが出てきてしまったと。自分に対する住民との信頼関係、または行政との信頼関係も含めて、病院長がそこがちょっと不満があったのではないかというような思いが住民に伝わってきてしまった。それは、本当かどうかは別にしてもそういう思いでみんな住民いるのです。不信感持ってきてしまった。本来、町長も午前中のいろんな問題で病院の包括的地域医療のあり方を求めていくということを言っていましたけれども、包括的地域医療を唱えたのは住友院長先生が赴任して以来いろんなところで言っていますよね。しかも、病院の中において一般住民も対象にした包括的地域医療の研修会まで何回かやっています。私も出ていますけれども、そこで求められるのは住民と行政と、そして病院と病院の医師との信頼関係が病院のあり方にとって非常に大事なのだよということをつくづく感じていたところであります。ですから、仮にも病院に不満を持つ住民もそれはいるでしょう、中には。例えば聞いていると検査が多いとかと。検査多いのは近代医療では当たり前ではないですか。できる検査はきちっとして、正確な診断をしてもらう、その上の治療に当たってもらう、これは当たり前なのだけれども、検査をして検査料がかかるからというような不評だとか、個人的な感情によることで言う人はそれは若干であってもいるでしょう。それは100%ではないわけです。しかし、我々こういった地域に過疎地でやっと自治体を経営しているような中で、病院の存在とその病院を守る医師の存在は住民がある意味では擁護しなければならない。医師が働きやすい条件づくりを住民自身が考えていくのが今の地域医療を支える力なのです。それにちょっとでも間違った感情であったとしてもそういった話が医師個人に伝わるようなことをやるというのは、これは全く行政的にはデメリットにすぎない。しかも、病院の存続に与える影響もとんでもない大きいものです。病院がなくなるというだけであればそれは我慢しましょう。浜頓別町に行くなり、名寄市に行くなりできるでしょう。では、病院がなくなるということはそこに勤める職員もいなくなるということ。さらには、病院を頼りに経営している長寿園だとか厚生園、そういう人々の存在、それから施設自体の存在まで脅かすのがこの病院問題ですよね。ということになると、いかに住民と病院、行政と病院の信頼関係がきちっと結びついていかないと病院はいつもこういうようなふらついた状況に陥るおそれが出てくるのです。これまでも出てくると思うのです。ですから、ここはさっきも町長が言ったような包括的地域医療を今後しっかりしていくのだ、それは何をするというのでしょう。私は、例えば今住民側が院長の慰留について大きく動いています。うねりが起こっています。そういうことについても行政として十分理解しようとしているのか。それから、その中から出てくる今話になっていますけれども、住民みずからが地域医療を考える会を立ち上げようやという声もあります。これにはもちろん行政も病院も、場合によっては議会も入っていただいて、地域医療を考えるような、そういったシステムも検討しようと住民側から今そういうような発想が出ているときなのです。そのぐらい住民も病院の存在を大事にしているのです。ですから、町長が包括的地域医療を考えるということでこれからどういう行動ができるのか、その辺伺いたいと思います。大きくはその2点であります。再質問はこれで一たん打ち切ります。2点だけお願いします。
答弁 町長 野邑智雄(町長は2015年3月まで)
まず、1点目の経営改善のために取り組む事項等について質問がされました。さきの一般質問の方にも院長が今まで取り組んできた病院改革、または医療や看護の質の向上等に努力をいただいて、中頓別の病院も相当利用する方々に対してはよい印象をもらっているのでなかろうかなと、このように私も思います。そういう中で、個別外部監査等で提言事項をいただきました。特に病院の経営改善に向けた取り組みの中で、まず1点目は入院基本料の15対1の早期実現、これは12月1日付で実施、実現をいたしました。それから、医療スタッフ等の新陳代謝も図ったらいいのでないかと。または給食部門の民間委託の検討や他の病院との連携による入院の廃止等による合理化などの検討をすべきであると、こういうような提言をいただきました。私は、入院の廃止による合理化の検討は無床の診療所のことを指しているのであろうかと思いますので、この辺については納得ができないので、その辺に取り組む気持ちは今のところはございません。ただ、医療スタッフの新陳代謝、または給食部門の民間委託の検討などは、やはり今後の課題として取り組む必要性はあるだろうと私は思います。そういう意味で、私は先ほどの答弁の中で病院であっても経営改善のために取り組まなければならない事項があると思うと、こういうようなお話をさせていただきました。次に、2点目でありますけれども、私は院長と私のほうでことしに入ってからもお話し合いをさせていただいて、特に私はこういうお話をいたしました。院長先生として町民の人たちは期待をしていますし、中頓別でもう少し診療をしていただきたいという気持ちがあるよと。その理由としては、国保の被保険者、この人たちが中頓別の病院の利用割合が7割を超えていると。私は、その実態をお話をさせていただいて、私も一つの例として町長選挙で6割台の支持をいただいて、そうして町民のために頑張っていると。そういう意味では、院長先生については住民の7割以上の人が院長先生を必要としているのですよと、そういう意味であと2年間中頓別の病院の院長として頑張っていただきたいというお話をさせていただきました。そうして、その中で私は100%ということはあり得ない、100%を期待してもそれは無理であると。しかしながら、住民の7割以上の人が院長を必要としているのだと、そういう実態をよく考えていただいて、もう少し中頓別の病院の院長として頑張っていただきたいと、こういうお話をさせていただきました。それは、私は行政と院長、病院というよりも私は町長と院長の信頼関係のもとにこういうお話をさせていただきました。そういうことで、院長に慰留というのですか、慰留という前の退職願の前の話でありますから、そういう意味では私は十分いろんな問題点があったとしても院長と私の信頼関係はあったものだと、こういう考え方持っております。しかしながら、こういう結果になった。大変残念でありますけれども、ただ私は院長先生が町民の方々が慰留をして残っていただければそれはもう大変結構でありまして、そういう結果になるとしたら私は喜んで院長先生をまたお迎え、またお迎えをするというよりも同じような気持ちの中でやっていきたいと、このように思います。私個人としては、先ほど執行方針でお話ししましたけれども、新しいお医者さんの確保等もあるので、退職の願い出については受けておりまして、新しいお医者さんの確保に今向かっておりますけれども、決してそれが院長慰留の妨害になるという考えは持っておりません。そういう意味で、いろんな手法、手段があって、今後また住民の人たちが院長先生の慰留に努力をしていただけるのなら大変ありがたいなと、こういうことでご理解をいただければなと思います。
再々質問 3番 東海林繁幸
それでは、再々質問いたします。昨年の秋、議員会として地域医療を考えようということで、これは自分の財布で行ってきたわけですが、岩手県に行ってきました。それの岩手県で今、西和賀町というところがあるのですが、それはかつて沢内村という村でして、そこが地域医療の原点になるような行動を行った。今から約50年くらい前ですが、そこでは日本一乳幼児が死亡率が高い村でした。そこに一人の村長、深沢さんという有名な人なのですけれども、深沢さんという方が来て、これではだめだということで、まず医療を充実しようということで大変立派な院長を呼びました。その院長も深沢村長と一緒になって、これは行政と病院だけではないのだと、日ごろの住民の保健がまず大事だと。そして、貧困からくる前提がありますので、福祉も充実しなければだめだと、そういうように病院と保健と福祉を三位一体というような中で進めてくれと。それを院長にお任せしようという発想が包括的地域医療なのです。町長、そこご存じだと思いますけれども、そういう意味でいうと今の住友院長先生が赴任以来、沢内村を見てという形ではないにしても、一般的にはそういうように住民の健康を守るということは病院だけではできないと。当然保健業務と、それと福祉との連帯、協議が必要だということでの包括的地域医療を求めてきたのだと思います。極端に言いますと、町長の領域ではある保健、衛生、福祉の分野もある意味では病院にゆだねるような気持ちがなければこの包括的地域医療というのはできないのです。町長から手を放すということではなくて、そのぐらいの権限も含めて病院にゆだねて地域の住民の健康を見てもらい、病に陥ったときは病院が率先してそれに当たるというようなのが私は包括的地域医療と思いますが、町長が考えている包括的地域医療、それはどういうふうにとらえているのか、もう一度確認させていただければと思います。それと、町長今おっしゃっていただきました。院長が退職願を出したけれども、やはり理事者の立場としては慰留には努めながらも、しかし医師の確保ということでは目先のところではもう既に外科の先生がいなくなるわけですから、後任探しをするのは私は当然だと思うのです。ただ、後任探しをするから院長はいなくてもいいという考え方、今の住友院長の退職はやむを得ない、仕方ないとは思いながら、まだいてほしいという気持ちはあるということを聞いたので、安心したのですけれども、住民の中には町長はもうあきらめてしまって、ただ次の医師を確保するということだけでいるのでないかという思いや、議員の仲間でも町長が後任者探しをしているときに我々が院長の慰留に歩く、努めるということは逆でないのかと、整合性がないのでないかという思いがないわけではないのですが、これは私は違うと思ってはいるのです。それは、町長の立場であれば先ほど申し上げたように病院の存続と存在と、それから医師の確保というのは使命ですから、この慰留活動が功を奏して、いるという、いてもらえるような形になればそれは町長として当然喜んでもらえると思うのです。そのことが障害になるかならないのか、もう一度町長に確認してもらいたい。もう少し言いやすくしますと、例えば住民が慰留活動をしていること、それから例えば議会として、議員としてそういう慰留活動に参加行動することが町長の医師確保について障害となるのかならないのか、この辺もう一度確認して終わりたいと思います。
答弁 町長 野邑智雄(町長は2015年3月まで)
まず、1点目の医療包括システムの関係についてお答えをいたしますけれども、私は昨年の2月に宮城県の涌谷町に院長と一緒に行って、この医療包括システムの勉強をさせていただきました。特にその町は、病院と福祉と医療と介護と連携をして、1つの施設がつながっている施設であります。そういう中で、お医者さんでそのセンター長、青沼というセンター長さんがいるのですが、これはお医者さんです。その人がセンター長になって、全体を切り盛りをしていると。その下に院長もまた別にいると。規模的には、町ですけれども、結構規模の大きい町というのですか、お医者さんも数名いると、そういうような状況の中で勉強させていただいて、言えば医療と保健と介護と福祉と連携をしたシステムを勉強してきました。その結果、私も研修に行ってきたわけでありますから、ぜひその研修の中身の、中身というか、研修の効果を出したいということで、病院なり、または保健福祉課なりの職員を集めて、保健と医療と福祉のつながりを強めて、言えば住民の人たちがこの地域で安心して住めるシステムをつくってくれないかと、こういうようなことで2月に行ってすぐ3月からそういうシステムのつくり方の指示をいたしました。はっきり申し上げてそれぞれの領域があってなかなか進まない、はっきり申し上げて。何回も指示してもなかなか進まないと。これは実態です。しかしながら、住友院長と11月の2日にいろんな問題の話し合いをして、その中でも先ほど話しました病院の改革だとか、または医療だとか看護の質の向上については一定の方向性が見えてよくなってきたけれども、この医療包括システムだけがまだ残っていると、こういうような話をされました。そういう中で、私も何とかその制度を、制度というよりもそのシステムをやっぱり構築をして、この小さな町だからこそできるのでないかと、こういうような考え方を持っておりまして、何とかその方向性を見出すべき話し合いを進めていますし、または昨年の10月だと思いますけれども、保健福祉課の保健師も入れた職員、それから病院も主任だとか看護師長だとか院長が入って、この医療包括システムを構築すべきための課題だとか問題だとかを出し合って議論をしてまいりました。なかなか本当に難しい領域でありまして、院長からも保健センターの所長を発令できないだろうか、または保健福祉センターにいすとテーブルを置いて、そしてその中でいい方法はできないかと、いろんな提言もありました。私は、保健センターの医師として院長が保健所に兼務発令をしておりますから、そういう中で何とか一つの方向性が見出せないかなと、こういうようなことを模索をしておりましたけれども、はっきり言って成果は今のところゼロに近い状況であります。しかしながら、これを今難しいからと黙って放置しておくわけにはいかないだろうと思います。そういう意味で、もう少し職員の協力をいただくように指示をしながら、何とかこのシステムの一歩を踏み出したいと、こういう考え方は今も変わっていないということをお話を申し上げたいと思います。そういう意味で、言えば院長もそのシステムを何とか軌道に乗せて、町民の皆さん方の期待にこたえていきたいという考え方を持っておりますので、私どもも今後もだれが院長であってもそういうシステムをつくっていくことに努力をしていく必要性があると、このように考えております。また、最後の質問にありました院長が残ることによって私に何か障害あるかということの質問でありますが、私は障害は一つもありません。残ってもらうことについては、私は喜んで迎え入れたいと、このように思います。何回も言いますけれども、私は2年間、あと2年間の残留をお願いをしておりました。それは、一つの目標は子供さんが学校に入るまで何とかいてもらえればと、こういうお話もしていますので、ぜひそういう面で障害がゼロでありますので、町民の人たちに努力をしていただけるのであれば大変ありがたいことだと、こういうことをお話をさせていただきます。
再々質問 3番 東海林繁幸
それぞれの立場で大変な思いをしているのですけれども、住民にとってやっぱりこういったことが納得する結果にならないと大変でありますから、ご努力をお願いしたいと思います。