中札内村議会 令和7年9月定例会 2025年9月8日
開村80周年記念事業について
2025年9月8日、中札内村議会の一般質問で、宮部修一議員が「開村80周年記念事業について」質問し、村長 川尻年和が答弁しました。
- 質問者
- 宮部修一 議員
- 答弁者
- 村長 川尻年和
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
質問 7番 宮部修一
2番目の質問をさせていただきます。開村80周年記念事業について、お伺いいたします。中札内村の和人の手による開拓は、明治38年頃より始まり、十勝管内では比較的遅い開拓と記されております。先人たちは日高山脈の麓、厳しい気象条件の中で原始林を切り開き、苦難に耐え度重なる冷害、災害との戦いの歴史でもありました。幾多の試練を乗り越え肥沃な大地をつくり上げ、今日の中札内村繁栄の礎を築き上げられました先人たちの偉業を讃え、敬意を表わ表すところであります。開拓当初の明治・大正・昭和・平成・令和へと年号は変わり、開拓の鍬がおろされてから120年程が経ちますが、中札内村も昭和22年に当時の「大正村」から分村独立してから、令和9年には開村80周年を迎えることとなります。今までも重要な節目の年には記念事業を実施してまいりましたが、「中札内村史」記念誌の発刊においては、平成9年に50周年事業の一環として発刊された以降、作成されておりません。50周年以降、中札内村も平成の大合併を乗り越え、自立の道を選択した30年の間には、激動と混迷の政治・経済・社会の大きな潮流のなか、少子高齢化による人口減少時代でも、住民とともに歩む村づくりを進めてきた郷土の足跡をたどり、現状を正しく認識するためにも、「中札内村史」として残してゆく必要性があると考えますが、新しく村長になられた、川尻村長の開村80周年「村史」に対するお考えをお聞きします。
答弁 村長 川尻年和
開村80周年における「村史」に対する考えについてお答えいたします。本村ではこれまで、昭和42年の開村20周年に「中札内村史」を、平成9年の開村50周年に「新中札内村史」を発刊してきました。村史編さんは、貴重な資料を後世へ残すうえで、極めて重要であると認識しており、村の変遷を辿ることは今後のまちづくりにも活かすことができるものと考えております。そこで、令和9年9月1日に開村80周年を迎えるに当たり、新たな村史の発刊に向けて準備を始めたところであります。内容は、前回の刊行以降の30年間の出来事を中心に、市町村合併協議やその後の自立へ向けたまちづくり、産業・教育・福祉などの各分野の歴史等を編さんする予定です。今年度から作業に着手し、村史編さん委員会を設置するため、本定例会で委員への報償費を補正予算で計上させていただいております。本委員会では、編さん方針や目次の大綱などを協議し、資料収集を行ってまいります。なお、令和8年度から本格作業に入りたいと考えておりますが、文章の校正や写真撮影などの業務を一部委託することを検討しているところでございます。今後も他市町村の事例を研究しがら、詳細を検討してまいります。
再質問 7番 宮部修一
再質問をさせていただきます。質問に入る前に、なぜ私今回この質問をさせていただいたかということをちょっと説明させていただいてから入りたいと思います。前政権の時代、川尻村長になる前のときですね。まあ80周年記念事業に対してどのようなことをやるのかと、ちょっとお聞きしたこともあるのですけれども、そのときに、80周年のときには記念誌の発刊は考えていないというような言葉を耳にしたものですから、私もそれでいいのかなというふうに思っておりました。50周年で記念誌が発行されてから約30年近く経つわけですけれども、やはりこういった記念誌を作成するとなると、やっぱり25年から30年ぐらいの間隔でつくっていかないと、なかなか過去を知る人も減ってきますし、職員の方々も大変でしょうし、そういった編さん委員になられる方々も、多分その当時の各種団体の長の方ですとかそういった方々も入ってくるのかなというふうには思うのですけども、そういった方々もやっぱり段々と変わってきますので、なかなか過去のことを知ることが難しくなっていくのではないかなというふうに思いまして、やはり私自身は25年から30年ぐらいのスパンで、こういった村史というものを発行していくべきではないかなと思いましたので、今回、質問をさせていただいております。今回のこの定例会の補正予算の中でも、先ほど編さん委員の報償費なども可決されまして、川尻村長としては、記念誌発刊に向けては前向きなのだなということがわかっておりますので、そんなにお聞きすることはないのですけれども、何点かちょっと気になる点がございますので、質問をさせていただきたいと思います。まず1点目が、50周年記念誌におきまして、私もちょっと久しぶりに開けて見させていただきました。この当時、ページ数でいきますと1,131ページと、大変重厚な記念誌になっておりました。また、編さん委員の方々も、村長をはじめ、その当時は助役ですか。助役さんあたりも入っていましたし、あと、各種団体長などを含めて、13人程度の編さん委員さん。あと、役場職員の事務局職員が4名で編さんに当たったようであります。今回、この補正予算の中に編さん委員会を設置するということで報償費が計上されましたけれども、編さん委員の選任はこれからなのか、もう決められているのかということを、まず最初にお聞きしたいと思います。あともう1点は、今回、この80周年記念事業担当者1名配置されていると思います。女性の方、職員だと思いますけども、多分、これ80周年記念事業に向けて、記念誌だけではなくて、幾つかの記念事業も考えられていくのかなというふうに思うのですけれども、この担当者が1名で本当に負担が大き過ぎないのかどうなのかなというふうにちょっと思ったものでお聞きしたいと思いますけれども。多分、記念誌の編集においては、事務局、多分一人では無理だと思うので、何名か配置すると思うのですけれども、その辺をどのようにお考えになっておられるのかをまずお聞きしたいと思います。
答弁 村長 川尻年和
宮部議員の質問にお答えしたいと思います。人員体制でありますけども、現在1名の職員を配置しております。まず、その職員は、近隣で記念誌を作成した、先行して発行した市町村がございますので、そちらの方でどのような状況が、先行している市町村でどのような状況でどのように進めたのかということを、まずしっかり認識していただく、調べていただくというところも含めて、今行っていただいているところでございます。併せて、そのグループ内でできること、兼務できるところは兼務して、今行っている状況です。それに対して、会計年度職員とか、必要な人員、こちらの方につきましては、令和8年度には職員の配置も検討しているところです。正職員になるのか、会計年度職員になるのか。この人員に関しては、然る令和8年度に向けて対処していくというようなところを考えているところでございます。まずは中札内村をどのような形で進めていくかということで、村史編さん委員を各分野ごとに2名程度でしょうか、計5から6の編さん委員を、その各分野に精通している方といいますか、貴重なご意見をいただける方を、知見のある方を選任して、体制づくり。その中で、どのような形で進めていくか。各市町村の状況を、先行している市町村の状況を見ながら進めていくための方法を確認していただくための職員として、今配置しております。先に言いましたけども、しかるべき人員に関しては、令和8年度から体制づくりに寄与していきたいというふうに考えているところでございます。あと、編さん委員の選任ですね。こちらの方につきましては、公募ではなくて、ある程度知見の持った方をしっかり選任をしていく。それで具体的な編さん委員につきましては、これからになります。それで11月の上旬もしくは中旬には、第1回の編さん委員会を開催をいたしまして、先ほどお答えしましたとおり、目次の大綱をどのようにしていくかということも含めて協議していきたいと考えているところでございます。
再質問 7番 宮部修一
担当職員ですね、令和8年度に向けて多分職員もしくは会計年度職員あたりで対応して、多分増やしていく形になると思いますけれども、多分私の考えている中では、この記念誌に携わる方々というのはかなり労力的、また、時間的に相当拘束されるのではないかなというふうに思いますので、できれば本当に各課から1名ずつぐらい出るような形の中ででも、対応する人がいてもいいのではないのかなというふうに思います。来年度に向けてまた検討していただいて、あまり一人の方に負担がかかるようなことのないような体制で進めていただきたいなというふうに思います。あと、編さん委員の方々については、それぞれ専門的知識を持った方々をそれぞれ数名ずつ入れていきたいというお考えでございますので、50周年のときの編さん委員の方々の顔ぶれを見ますと、やはりそういった各部門の、大体団体の頭をやっておられた方々が入っているのかなというふうに見受けられましたので、そういった方々のお話も聞きながら、うまく記念誌をつくり上げていっていただきたいなというふうに思います。それでは次に、もう1点質問をさせていただきます。この記念誌が出来あがった後の対応のことなのですけども、この記念誌の配布について、この点についてちょっとお伺いをしたいと思います。50周年のときは、約1,800部作成されたというふうに、資料をもらった中では載っておりました。このときのちょっと村の世帯数がどのぐらいあったのかわかりませんけれども、ほぼ全世帯に配布をされたのかどうなのかわかりませんけれども、2年後、80周年記念誌ができた後、この記念誌を村民の皆さん方に対して全戸に配布するお考えがあるのか。それとも、希望者だけなのか。その辺、まだ決まってはいないのかもしれませんけれども、その辺についてちょっとお考えをお聞きしたいと思います。
答弁 村長 川尻年和
記念誌の配布についてでありますけども、今現在、正式には編さん委員会の中でしっかり議論して決めていくことになると思いますが、今、村として考えているのは、希望する村民に無料配布というような形を考えております。もし2冊目を欲しいという場合につきましては販売というような考え方を持っております。この背景といいますか、こちらの方につきましては、やはり部数的に全戸ですと、今だったら1,800以上になるのでしょうか。そうなってきますとコストがかかってくると、予算が必要になってくるということもありますし、近隣の市町村で制作した部分に関しては、それなりの金額がかかっているという状況を踏まえて、希望する村民に無料配布と。2冊目以降については販売というような考え方を持っております。
再質問 7番 宮部修一
配布については、今後、編さん委員会の中でも検討するということでございますけれども、今のところの考えとしては、希望する方には、希望を取って、村民欲しいという方には無料で配布したいということでございますので。私もそういった方向がいいのかなというふうに思っていたのですけれども。多分、全戸に配布したとしても、若い方といったら失礼かもしれないけど、皆さんが本当に必要にしているかなと思うと、ちょっとあまり見ないで、もしかするとどこか隅に置かれたり、捨てることはないかと思いますけれども、ちょっと無駄になる面もあるのかなというふうに思いますので、できればやっぱりそういった希望を取って配布するというのがいいのかなというふうに私も思っております。確か50周年のときの記念誌にかかった費用で、確か七百数十万円かかっていたと思います、1,800部ぐらいで。それを考えますと、多分今はもっと高騰していますので、本当にかなりの金額になるかというふうに思いますので、無駄にならないようなためにも、そういった希望者を募って配布という方向で私も進めていただきたいなというふうに思います。あと、私も以前50周年の記念誌いただいて、そんなに頻繁に見るわけでもないですし、普段は棚の上に乗っかっているのですけれども、希望者もあれですけれども、各行政区の会館あたりにも1冊ぐらい置いておかれてもいいのかなというような気もしていますので、その辺はもし編さん委員さんの中でも検討していただければなというふうに思います。続きまして、次の質問に移らせていただきたいと思います。具体的な記念事業につきましては、令和8年度に入ってから決めていくことになると思いますけれども、この記念事業の予算規模といいましょうか、それについて、まだどんな事業やるか決まっていないと思いますので、その予算規模も決まっていないと思いますけれども、その辺をどのようにお考えになっているのかちょっとお聞きしたいなというふうに思います。50周年の記念事業のときの資料も見させていただきましたし、70周年の記念事業についても資料を取って見させていただきました。その中で、50周年の時はかなり大々的にやられた形になっております。多分、50周年ということで半世紀の節目ということで盛大にやられたのかなというふうに思いますけれども、また、それとともに、下水処理場の通水式ですとか、文化創造センターの落成式とか、そういったものも重なったこともあったのか、総額で約8,300万円弱ぐらいの事業費が使われておりました。そのほかにもいろいろな協賛事業ですとか、様々な事業が行われておりましたので、大きな金額になったのだろうなというふうに思うのですけれども。その後、70周年のときの記念事業を見てみますと、このときは記念誌発行していませんので、式典と友好都市訪問、あと、美しい村連合総会出席、景観フォーラム、あと70周年記念新聞を発行したというようなことが載っておりました。70周年のときの事業予算規模というのはちょっと資料に載っておりませんのでわかりませんでしたけれども、そんなに大きな、50周年から見るとかなり少ない金額で抑えられたのかなというふうに思います。今後、2年後の80周年記念に向けては、まだ決まっていないでしょうけれども、大きな事業規模にするのか、それとも70周年に近いといいましょうか、記念誌発行するからその規模ではできないと思いますけれども、そんなに大きな事業規模にはしないような考えなのか。その点についてお伺いをいたします。
答弁 村長 川尻年和
80周年の記念事業はどういったものかということであります。開村50周年につきましては、半世紀という、50周年という節目だということで、平成元年度に基金を設けて、8年間1億円余りの基金を積んでいたということもあって、事業費は8,300万円というような形で事業を進められておりました。確かにそういったような形でやってはいましたけども、8年間のそういった基金が積んであったということで、財源がしっかりしていたということであります。60年、そして70年につきまして、概ね200万円程度の記念事業ということで、これは決算ベースから拾ってきているものでありますけども、そういったような形になっております。今回、記念誌はしっかり作ろうと思うのですが、この80周年記念事業につきましては、60年もしくは70年の同様な形で、それほど予算的にも、財源的にも厳しいというような状況も踏まえて、それほど大きな事業は考えておりません。しかしながら、50年にやったように、今後、もう22年後になるのでしょうか。100年に向けては、しっかりした考え方を持っていくべきかなというふうに、今のところは私はそういうふうに判断しているところでございます。よって、80年においては、60年、70年に行ったベースに取り進めていきたいと考えております。
再質問 7番 宮部修一
わかりました。80周年に向けては、60年、70年に似たような形で、多分記念誌の発行があるので、もうちょっと規模的には大きくなると思いますけれども、さほどそんなに大きな金額ではないだろうということがわかりました。多分、私も100周年に向けてはやっぱり、また50周年のときにやったように、基金でも何年か積み立てて財源を確保していかなければならないのかなと思いますけれども、80周年においては中間の節目といいましょうか、そういったこともありますので、そういった村長の考えで私も同じような考えでいいのでないかなというふうに、今思ったところでございます。あと、ほぼ聞くことは、私この3点ぐらいだったので、そんなにもう、発刊するということはわかりましたので、もうこれ以上あまり聞くことはございませんけれども、やっぱり中札内村もこの30年、50周年以降の約30年で、やはり相当、産業、また、教育、福祉分野等を見ても大きく変わってきたのかなというふうに思います。私もこの質問をつくった後に、いろいろこの30年の間でどんなことがあったのかなとちょっと頭の中で考えてみたのですけれども、やっぱり教育ゾーンあたりもある程度1カ所に整備されたのも、多分50周年以降だったのかなというふうに思います。あと、福祉施設あたりもかなり充実してまいりましたし、あと、ときわ野団地が100世帯以上の大きな分譲団地もでき上ってまいりましたし、また、その後、役場庁舎等も新たに移転して新庁舎ができたというようなこともございます。あと、多分、企業誘致の関係で大きなお菓子工場あたりも50周年以降だったのかなというような、2件ほどお菓子工場もできていますし、そういったこともございました。あと、美術村ができたですとか、あと、帯広から大手スーパーが進出してきて、今のマックスバリューのところが大きなスーパーができたのですけれども、その後やっぱり、元々村にあった商店がやはり閉鎖に追い込まれてしまったということもあったのかなというふうに思います。その後また、コンビニが、小さな村ですけども3件もできているというような状況でもありますし、あと、農業面においても、農業の独自化ということで、確か平成17年だったと思いますけれども、枝豆・いんげんの加工工場が大きな工場ができてきたのも50周年以降だというふうに思います。あと、衛星を利用したトラクターのGPS装着によって自動運転化がなされてきたですとか、あと、酪農家においてもロボットの搾乳機がかなり普及してきたというようなことで、かなりやっぱりこの30年振り返ってみますと、様々なことが各分野で変革が起きているのだなというふうなことがわかりました。やっぱりそういったこの村の足跡を後世に残していくためにも、今回、80周年に向けては、村史として記録を残していただきたいということでございます。村長もやるということでございますので、これ以上は述べることはございませんので終わらせていただきたいと思いますけれども、ただやはり、記念誌作成においては、かなり労力、時間等についてはかなりのものがかかると思います。本当に職員の方々の負担が重くならないような状況の中で、一部業者委託等も考えられているみたいですけれども、そういったことで、後世に残す記念誌を作成していただきたいということをお願い申し上げまして、質問を終わらせていただきます。