幕別町議会 令和2年第3回定例会 2020年9月8日
平和教育の充実を
2020年9月8日、幕別町議会の一般質問で、酒井はやみ議員が「平和教育の充実を」について質問し、町長 飯田晴義、教育長 菅野勇次が答弁しました。
- 質問者
- 酒井はやみ 議員
- 答弁者
- 町長 飯田晴義、教育長 菅野勇次
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
質問 9番 酒井はやみ
通告に従いまして、質問いたします。次世代に語り継ぐ、平和教育の充実を。終戦・被爆 75 年の節目を迎えました。被爆者の長年にわたる訴えが世界の世論を動かし、2017 年には核兵器禁止条約が 122 か国の賛成で採択されました。条約の発効に必要な 50 か国の批准まであと6か国と迫っています。しかし、唯一の被爆国である日本政府は、この条約への参加に背を向け続けています。世界にはいまだ約1万 4,000 発の核兵器が存在し、核保有国9か国の核兵器予算は、年間約7兆 8,000 億円とも言われています。世界を脅かしているコロナパンデミックは、核などの軍事力はウイルスの抑制に何の力も発揮し得ないことを示し、国際社会が人的にも財政的にも連帯し、協力し合う必要性を浮き彫りにしました。こうした情勢の下、日本が積極的に核兵器禁止条約の署名・批准に向かうことが求められていると考えます。戦争体験を直接語れる世代が減る中で、「今語らなければ」と、初めて戦争体験を語り始める体験者も出てきています。語り部の思いや体験を聞き取って、「原爆の絵」に表す広島の高校生の取組など、若い人が体験者に代わって語り継ぐ役割を果たし始めています。幕別町でも、若い世代が歴史の事実をしっかり学び、戦争を語り伝える力をつけられるよう、また、主権者としてこれからの社会の在り方を選択していけるよう、町としてどのような姿勢で平和事業、平和教育に取り組むのか、以下の点を伺います。1、幕別町平和非核宣言から 35 年、本町の平和事業の取組と、その評価は。2、町民や子どもたちが、戦争の歴史を学べる機会を充実させる考えは。①学校教育の中で。副読本の内容充実。町内の体験者から聞き取り、感想や絵、演劇などで自ら表現する取組。戦跡見学など。②町内の戦争の記録や体験、戦跡を整理して記録化(文書や映像などで)し、次世代に引き継ぐ取組。③町民の生活の中で。ふるさと館での、戦時についての展示を充実。折り鶴やパネル展の取組に加えて、夏の広報紙などに特集ページを作る、戦争の映画上映会をするなど。以上です。
答弁 町長 飯田晴義
酒井議員のご質問にお答えいたします。ご質問は、町と教育委員会にわたるものでありますので、私からはご質問の1点目につきまして、答弁させていただきます。「次世代に語り継ぐ、平和教育の充実を」についてであります。世界の平和と安全を実現することは、人類共通の願いであり、本町におきましては、昭和 60 年 12月に、「世界唯一の被爆国として、悲惨な被害を二度と繰り返してはならず、非核三原則を完全に守り、美しい郷土の自然と豊かな文化を守り、平和な未来を子供たちに引き継ぐ」とした「平和非核宣言」を決議し、この精神の下、平和事業及び平和教育に取り組んでいるところであります。ご質問の1点目、「幕別町平和非核宣言から 35 年、本町の平和事業の取組とその評価は」についてであります。本町における平和に関する事業といたしましては、これまで平和非核宣言の看板を町内4か所に設置したほか、平和への願いを込めた千羽鶴を被爆地である広島市及び長崎市に贈る運動を町民に呼びかけ、本年も 2,000 羽以上の折り鶴が集まり、終戦記念日に合わせて、広島の「原爆の子の像」と長崎市の「原爆資料館」に捧げていただいております。また、毎年8月には、幕別地区、札内地区及び忠類地区の3地区を順番に、原爆パネル展を開催し、核兵器使用の悲惨な実態を風化させないように取り組んでいるとともに、核兵器の廃絶と平和の大切さについて考えていただく機会として実施しているところであります。さらには、原水爆禁止平和行進活動や原水爆禁止世界大会に参加する方々との懇談、激励及び活動に対する支援をはじめ、「平和首長会議」の一員として、国連に対する核兵器廃絶に関する署名活動など、加盟都市と連携を図りながら核兵器廃絶の住民意識の喚起等に取り組んでいます。町といたしましては、このような平和事業を通して、町民の皆さんが核兵器の脅威と平和の尊さについて考え、感じていただく機会となり、平和非核宣言の具現化に寄与しているものと捉えております。以上で、酒井議員のご質問に対する私からの答弁とさせていただきます。
答弁 教育長 菅野勇次(教育長は2024年3月まで)
酒井議員のご質問にお答えいたします。ご質問の2点目、「町民や子どもたちが戦争の歴史を学べる機会を充実させる考えは」についてであります。1つ目の、「学校教育の中で副読本の内容充実、町内の体験者から聞き取り、感想や絵、演劇などで自ら表現する取組、戦跡見学など」についてであります。はじめに、副読本の内容充実についてであります。小学校学習指導要領では、社会の第3学年の目標として、身近な地域や市区町村の地理的環境、地元の産業と消費生活の様子など、第4学年では、自分たちの都道府県の地理的環境や地域の人々の健康と生活環境を支える働き、伝統と文化など、共に地域学習について掲げております。教科書については、全国版であり、自分たちの地域を詳細に網羅しているものではないことから、本町では指導要領の改訂に合わせて、地域学習の教材として、小学校第3学年と第4学年用の社会科副読本を編集しており、この副読本を活用することで、一層、地域社会に対する誇りと愛情、地域社会の一員としての自覚を養うこととしているところであります。一方、平和教育に関する学習については、学習指導要領上、第6学年の社会に位置付けられ、我が国が日中戦争や第二次世界大戦などを経て、戦後の民主的な国家として出発し、国際社会の中で重要な役割を果たしてきたことを学ぶこととされているため、地域学習を主体としている第3学年及び第4学年の社会では、副読本においても戦争の記述は年表で北海道空襲を表示しているほか、巻頭・巻末に町の史跡を記した「歴史の散歩道」を掲載する程度としております。次に、町内の体験者からの聞き取り、感想や絵、演劇などで自ら表現する取組についてであります。町内の戦争体験者からの聞き取りについては、実施しておりませんが、各学校では、各教科等を通じて、多様な学習活動を行っており、取組の一例を申し上げますと、小学校の国語では、戦争をテーマとした物語やアニメ映画の鑑賞、総合的な学習と図画工作では、自ら考える「戦争の怖さを伝え平和を願う彫刻プロジェクト」として、想い描く絵を基に粘土で作品を制作し、グループで感想を話し合うなど、平和の大切さを学習しております。また、中学校においては、社会の「二度の世界大戦と日本」の単元で、戦争が続いた時代の暮らしを考えたり、「人権と日本国憲法」では、平和主義の意義と被爆国日本の役割を学習しているほか、道徳の「集団や社会とのかかわり」では、世界平和に貢献するために、自分たちにできることについて学んでおります。このほか、文化祭において、平和・戦争を題材とした演劇を行い、戦争の悲惨さと平和な社会を築くことの大切さに気づかせる活動に取り組んでいる学校もあるところです。次に、戦跡見学につきましては、新田の森に昭和 20 年7月 14 日、新田べニヤ工場を中心に、幕別市街地で空襲があったことを示す機銃痕の残る壁があることから、社会の授業の一環として、現地を見学し平和の重要性を学んでいる学校もあります。2つ目の「町内の戦争の記録や体験、戦跡を整理して記録化し、次世代に引き継ぐ取組」についてであります。教育委員会の取組として、図書館では町に関する郷土資料を収集するに当たり、町の刊行物をはじめ、歴史・文化・産業など網羅的な収集に努めているところであります。ご質問にあります、町内の戦争の記録や体験、戦跡に関する資料につきましては、本館では主に、郷土資料のスペースの一角に設けている戦争に関するコーナーに保存しており、映像の資料はありませんが、自分史や文集などの一部に関連する記載のある図書を含めますと、約 30 冊を所蔵しております。戦争の歴史を学ぶ取組といたしましては、平成7年9月 30 日に発行いたしました「町民文芸まくべつ」第 11 号の中で、この年が先の大戦の終戦から 50 年の節目でありましたことから、「私と終戦」と題した特集を組み、10 名の町民の方からお寄せいただいた戦争体験を掲載いたしました。また、平成 28 年には、図書館のボランティアである、まくべつ BOOK サポーターの方が企画したパネル展示「幕別に残る戦争のつめ跡」におきまして、ふるさと館事業委員会が調査いたしました三角兵舎跡を中心としたパネルを、8月 11 日から 18 日までの8日間、展示したところであります。加えて、本年度につきましては、「戦争と平和」と題し、戦争と平和にまつわる図書をカウンター近くの展示スペースに集めた特別展示を8月1日から 30 日まで全館で開催し、期間中には展示した図書を図書館のホームページにも掲載し紹介いたしました。3つ目の「町民の生活の中で、ふるさと館での、戦時についての展示を充実、折り鶴やパネル展の取組に加えて、夏の広報紙などに特集ページを作る、戦争の映画上映会をするなど」についてであります。はじめに、「ふるさと館の戦時についての展示」につきましては、銃弾が貫通した旧日本軍の水筒や家族らが寄せ書きをした日章旗のほか、軍隊手帳など 25 点を戦争に関するコーナーを設け展示しているところであります。今後においては、限られた展示品ではありますが、終戦記念日に合わせて、改めて広報紙や SNS 等で紹介したり、来場を呼びかけてまいりたいと考えております。次に、「折り鶴やパネル展の取組に加えて、夏の広報紙などに特集ページを作る、戦争の映画上映会をするなど」についてであります。本町にも、空襲による爆弾投下跡や蒸気機関車が破壊された記録のほか、戦没者の名前が刻まれた碑など、第二次世界大戦の暗い傷跡が残されておりますが、こうした事実を戦争経験のない多くの方に知っていただくため、機会を捉えて広報紙の特集ページの掲載について検討してまいります。また、これまで百年記念ホールにおいては、町民芸術劇場の主催事業として、戦争によって大切にしていたものが失われていく様子を描いた映画「この世界の片隅に」を平成 29 年8月に上映したほか、昨年 11 月には戦争によって未来を奪われた若者たちの物語、演劇「遠い約束」を上演いたしました。今後におきましては、節目に合わせて、映画の上映や演劇などを通じて、戦争の歴史に触れる機会を提供することができないかどうか、指定管理者との協議の中で検討するとともに、近隣市町村で開催される戦争をテーマとした行事等の周知に努めてまいります。終戦から 75 年、多くの尊い命、財産、自然、文化を失った体験の記憶が薄れつつある中、教育委員会といたしましては、今後も引き続き、戦争に関わる歴史資料等の収集に努めるとともに、町内の語り部を訪ね当てることも検討しながら、戦争の残した教訓や平和の大切さを学べる機会を設けてまいりたいと考えております。以上で、酒井議員のご質問に対する私からの答弁とさせていただきます。
再質問 9番 酒井はやみ
それでは、再質問をさせていただきます。幕別町はこれまで、答弁にもありましたように、積極的に核兵器廃絶に向けた取組を行ってきていると思います。町民の中でも、毎年、平和まつりや核兵器廃絶を求める署名行動、平和行進や、体験を語り継ぐ取組など、継続した運動が取り組まれ、町の姿勢や支援が町民の運動を後押しする大きな役割を果たしてきていると思います。その上で、なぜ今回、平和事業、平和教育を取り上げようと思ったのかですが、一つには、この町で子育てをしている中で、子どもたちに戦争の歴史や悲惨さ、平和への願いを語り継いでいけているだろうかと、自分自身もそうですし、同じように不安を感じているという保護者の方の声を聞くことがあるからです。戦争を体験していない自分たちの世代も、生活の中で戦争の歴史や平和を考える機会に接することが、ほとんどないように思います。私自身は兵庫県に生まれ育ちましたが、当時は身近な高齢者の方から、断片的でも戦争のときの生活を聞く機会がありましたし、原爆の日や終戦記念日となると、小中学校は夏休みの登校日と設定され、戦争関係の映画上映などが行われていました。小学校の修学旅行では被爆地を訪問し、全員が被爆者の方の体験を聞いたり、資料館を見学する機会がありました。また、明石や神戸の大空襲についても、必ず皆が学ぶ機会がありました。今、次の世代のこの町の子どもたちに伝えていかなければならない自分たちの親の世代が、それができているだろうかと危機感に似た思いを感じています。この町で空襲があったという事実も知らないという親世代の方がたくさんいらっしゃると思います。8月6日も9日も終戦の日の 15 日も、テレビなどで戦争の報道はされますが、身近な生活の中では、特別何かの動きを感じることもなく、当時この町で何が起こっていたかに思いをはせることもなく過ぎていくという感覚があり、壮絶な戦争体験をして、後世のために必至の思いで戦争を語られている体験者の方の思いを、子どもたちにつないでいけるのかと率直に不安を感じたからです。平和事業を取り上げようと思った理由の2つ目は、核兵器をめぐる世界と日本の動きです。核廃絶に向けて、世界の世論は大きく前進しつつも、核兵器保有国との対立は激しさを増しています。平和首長会議は、幕別町が参加した 2009 年9月当時は、国内の加盟自治体はまだ 21.6%、388 自治体でしたが、9月1日現在、99.5%の 1,733 自治体が加盟しており、8自治体を残すのみとなっています。世界でも 164 か国の 7,956 都市が加盟しています。世界での核廃絶の流れは勢いを増して広がり、核兵器禁止条約の発効にもあと一歩と迫るところまできています。一方で、核保有国は、こうした願いに応えるどころか、実際の使用を想定した小型核兵器を使える核兵器として、2,000 発近くも配備し、偶然や人的ミスなどで核爆発が起きかねない状態になっています。そうした対立の中で、日本政府はどうかというと、核兵器禁止条約に背を向けており、その姿勢に各方面から憂慮する声を上がっています。こうした状況の中で、これからの日本の進むべき方向を、主権者である一人ひとりに見極める責任が課せられていると感じます。その力をどうつけていくかですが、語り部が減っていることを踏まえて、今、全国で新たな段階を迎えているという認識に立ち、体験していない世代が主体となり、さらに次の世代に語り継いでいくという試みが重視して取り組まれ始めています。そこで質問ですが、幕別町でも、今、戦争体験のない世代がさらに次の世代に語り継ぐ力をつけていく、こうした課題を位置付ける必要性があるのではないかと思いますが、町としては、その点についてどのような考えをお持ちでしょうか。
答弁 町長 飯田晴義
終戦から 75 年がたったわけであります。当時 10 歳の方が 85 歳、15 歳だと 90 歳ということでありまして、もう生きておられる方も残り少なくなってきているのかなというふうに思います。そういう方々の戦争体験であったり、実際に爆撃受けた体験、これを聞いて、それを語り継いでいくということは、非常に大切なことであろうというふうに思っております。教育委員会、教育長からの答弁にもありましたように、そういった取組について検討していくということでありますので、十分その重要性を私も認識しておりますので、教育委員会とも協議しながら、本当に生の声を聞けるということを、やはり一番生の声を聞くということは、身にしみることでありますので、そういったところを大切にしてまいりたいというふうに思っております。
再質問 9番 酒井はやみ
生の声を聞くことは、とても大切ということは私も思います。その生の声を聞けなくなってくる時期を迎える中で、聞いた次の世代に語り継いでいくという力をつけるというのは、また次の位置付けとなるのかなと思うのですか、その辺りはいかがですか。
答弁 町長 飯田晴義
これは、繰り返し引き継いでいくことは、当然のことでありますので、私はまず取っかかりとして申し上げたわけで、それを代々後世に残していくということはもちろん大切なことであります。
再質問 9番 酒井はやみ
分かりました。今、先ほども申し上げたように、日本政府の姿勢が国内外の様々な立場の方から憂慮するという声が上がっています。今年の広島、長崎での原爆記念式典での安倍首相の挨拶で、核兵器禁止条約について一切触れなかったことが話題となりました。首相が繰り返したのは、立場の異なる国々の橋渡しに努め、核兵器のない世界の実現に向けた国際社会の取組をリードするということでしたが、これに対して、広島の松井市長は平和宣言の中で、日本政府には核保有国と非核保有国の橋渡し役をしっかりと果たすためにも、核兵器禁止条約への署名批准を求めると痛烈に批判をしています。日本世論調査会の8月発表の調査では、日本は核兵器禁止条約に参加すべきだと答えた国民が 72%でした。日本政府と被爆地や平和首長会議、国民との願いとの乖離が、ますます激しくなっているように思います。平和首長会議の立場で、自治体が積極的な取組を広げることが、被爆者の命のあるうちに核廃絶をという被爆地の願いに応えることにつながると考えますが、このことについて町の考えはいかがでしょうか。
答弁 町長 飯田晴義
町としましては、これまで平和非核宣言の看板を設置するとか、あるいは終戦の日に向けて千羽鶴を町民から頂いたものをお贈りする、あるいは原爆パネル展を開催する、さらには広島に行かれる方との懇談、激励もさせていただいているわけであります。当然、戦争のないこと、核兵器のないこと、これはもう望むのは当然のことであります。ただ、総理がどうこう言っていることに対しては、私は私の立場では申し上げられませんので、私の望みとしては争いのない国、核兵器のない国を望みたいというのが本音であります。
再質問 9番 酒井はやみ
では、次の質問に移ります。町として、毎年、平和事業に取り組んでいますが、被爆 70 年、幕別町平和非核宣言 30 年を迎えた2015 年には、節目の取組として、平和非核に関する標語の募集や、平和非核宣言の紹介を広報を通じて行ったと、過去の一般質問の答弁で答えられていたと思います。今年は、被爆 75 年、平和非核宣言 35 年という節目の年でしたけれども、取組について何か検討されたかどうか伺います。
答弁 町長 飯田晴義
今年が節目かどうかは、いろいろ人それぞれの思いがありますので、私としては節目というふうには捉えていなかったわけであります。ただ、やはりどんどん戦争の話、つらい体験だとか、戦争体験というのは風化している、年を追うごとに風化していることは事実であるというふうに思います。過去の広報紙の特集もちょっと調べてみました。やはり紙面を割いている部分は非常に少なかったわけであります。今こそ、やはり戦争について特集を組んだり、先ほど申し上げた、語り部のお話を聞いて、それを紹介したりということ、この大切さは十分認識しておりますので、そういった方向で検討してまいりたいというふうに思います。
再質問 9番 酒井はやみ
ぜひ期待したいと思います。先ほど、今年は節目と考えていなかったということですけれども、10 年といえばゼロ歳の子が 10歳になるまで、節目の取組に触れることがないということになりますし、戦争体験者にとっても、10年というのは長いかなというふうに思います。毎年、毎年、できることをやることも必要ですけれども、せめて5年ごとに取組を見直しといいますか、より何ができるかということを検討することも大事かと考えますが、いかがですか。
答弁 町長 飯田晴義
年数にこだわることなく、やはりその時々で必要なものについては、それを実現させていく、実行していくということが大切であろうというふうに思っております。先ほど申し上げたように、徐々に風化しつつあるわけでありますので、そこをしっかりと認識しながら、年数にこだわることなくやるべきことについてはやっていきたいというふうに思います。
再質問 9番 酒井はやみ
期待したいと思います。それでは、大きな2つ目の質問の生活や教育の中で戦争の歴史を学べる機会に関わって、幾つか質問をしたいと思います。核兵器をめぐる情勢の変化や、世代が移り変わっていくという中で、町の平和事業をどう発展させていくか検討し続けていくことが必要かと思います。1つは、町の戦争の記録や体験、戦跡を整理し記録化して、次世代に引き継ぐ取組についてです。今、インターネット技術などを駆使して、後世に記録を残そうとする動きが広がりつつあります。当時のモノクロの写真を AI でカラー化して、リアルな日常生活が当時もあったということを想像しやすくする取組や、また体験者の語りを映像で残すなど、記憶の風化を防ごうとする取組もされています。広島では、高校生が被爆者の方から体験を聞き取って、1年間、同じ被爆者の方とやり取りを繰り返しながら、1枚の絵を仕上げていくという原爆の絵の運動が、原爆資料館の主催で 10 年ほど前から取り組まれています。被爆者から体験を聞いて、絵にしていくことを通じて、高校生が深く原爆を知り、語り継ぐ力になっている様子が伝えられています。幕別町やその近隣にも貴重な戦跡が、先ほどの答弁にもありましたように残っていまして、貴重な体験をお持ちの方がたくさんいらっしゃると思います。私が少しだけ聞き得た範囲でも、小学生だった当時、出征する兵士を見送りに幕別駅にみんなで旗を持っていったと。そうしたら、たくさんの人が駅に集まっていて、後になって見送った人が亡くなったと聞いた。戦地に行っていた自分の父親が戻ってこなかったらと、不安だったという方のお話、また桐の箱に石ころ1つで帰ってきたおじのことを、涙ながらに話していた祖母の姿が目に焼きついているという方、また終戦後も長く苦労して、樺太や満州から引き揚げてきて、後世にこんなつらい思いをさせられないと語り続けておられた方、また新田ベニヤに勤めていた 17 歳の女の子をはじめ、帯広空襲で亡くなった6人はみんな子どもだったことなど、忘れ去ってはいけない歴史があると思います。町内で歴史を語り継ぐ運動をしている団体も、今、体験を語れる方が少なくなっているとおっしゃっていました。戦争の悲惨さや体験者の方の後世の思いに、若い世代が身近に触れられる状況をいかにつくるか、図書の中にたくさんあるというお話でしたけれども、それを生かす手だてが必要ではないかと思います。学校教育の中では、平和教育が6年生で位置付けられるというお話でした。3、4年生では、副読本でも、ほとんど戦争の当時の生活が触れられていないということでしたが、以前は副読本でも戦時中の町の様子や生活が二、三ページにわたって触れられていたのが、それも今なくなっているということでした。こうした中で、別の形で子どもたちに伝えていくことが必要ではないかと思います。町には、機銃掃射の弾痕が残る新田ベニヤの資料館の外壁や、防空ごうの跡や、図書館横に空襲の爆弾の爆発の跡など戦跡もありますが、新田資料館の外壁は、先日見に行ったのですけれども、説明板も木ややぶの陰に隠れていて、表示の説明も、もうほとんど見えないぐらい古く、傷んでいるという状況で、資料館の方に、機銃掃射の跡がちょっと分からなかったので、どこですかとお伺いしたのですけれども、その方もちょっとよく分からないのだというお話で、そうした状況でした。可能な限り整備するなどして、残していくことができないかなと考えますが、どうでしょうか。また、ふるさと館には、貴重な展示品がたくさん置かれていました。テーマごととか、時系列なり、そうしたテーマでまとめて展示をするとか、解説をつけるなど工夫ができないかなという印象でした。町の記録や戦跡など、次世代に引き継ぐために、町民にとって、より身近で分かりやすい、学びやすい状況に整理していくことについて検討する考えはありませんか。
答弁 教育長 菅野勇次(教育長は2024年3月まで)
たくさんお話をいただきました。まず、はじめに映像の関係でございますけれども、答弁でも申し上げましたとおり、現在の状況といたしましては、町内の戦争の体験ですとか、戦跡などの記録というのは、町民文芸まくべつであったり、幕別町史であったり、あるいは歴史の散歩道という形で、文書なりで保存しているというのが現状でございます。映像でというお話でございます。今後、情報収集、語り部を探すという意味合い、今いろいろ情報もございましたので、後ほど教えていただきたいなというふうにも思いますけれども、そういった情報を収集する中で、生の声を録画して、映像に転換していくというようなことも考えられますので、進める中で検討してまいりたいというふうに思います。あとは、新田ベニヤ、新田の森のところにある機銃痕の関係でございますけれども、あそこは都市公園法上は新田の森という都市公園の位置付けにはなってございます。そういった関係もございますし、歴史の散歩道との絡みもございますので、説明文、案内看板については、私も先日、拝見させていただいたのですけれども、ちょっとやっぱり分かりづらくなっているというのは事実でございますので、その辺は何らかの手だてがないかどうか探ってまいりたいというふうに私も思います。それから、ふるさと館の関係でございます。現実的に今ある 25 点のものについては展示をしているところなのですけれども、テーマを持ってですとか、もう少し分かりやすくというようなこともあろうかと思います。その辺の展示手法については、また研究させていただきたいというふうに思いますし、今後、様々な語り部を探る情報収集ですとか、そういったことを進めていく中で、ほかにまたこういった資料があるよというようなことがあれば、また加えていくだとかということも可能だと思いますので、そういったことも探ってまいりたいというふうに思っております。
再質問 9番 酒井はやみ
戦跡や記録については、たくさん知っておられる町民の方もたくさんいると思うので、町民と一体となって取り組んでいけたらいいなというふうに思います。今年、終戦記念日に、NHK が 18 歳、19 歳 1,200 人に行った世論調査では、終戦を迎えた日について、14%の若者が「知らない」と答えていました。これに対して、高校の現場で社会科の教師を勤めた経験を持つ明治大学の藤井教授がコメントを述べているのですけれども、「危機的な数字だと思う。中学、高校の歴史の授業が戦争まで行かないことが多く、必然的に8月 15 日が終戦の日だと知らないことが多くなっている。若者たちのニュースソースが携帯電話などになると、8月 15 日が終戦の日というのが表示されていても、クリックしなかったら意識できない。こうした若者たちがますます増えていくことは容易に想像がつく。若者たちの意識を社会や歴史に向けさせる必要があり、そのためにも学校現場の教育が大事になる」と指摘をしています。学校教育や行政によるイニシアチブが、この今の時代の流れの中で、より大事になっていると感じます。そうしたことを踏まえて、できることからこれまで以上にやっていくことが必要かと思いますが、いろいろと前向きな答弁をいただきましたので、それに期待したいと思います。それに加えてですけれども、平和首長会議で提起されたことの具体化を提案させていただきたいなというふうに思います。平和首長会議では、「核兵器廃絶のための緊急行動 2020 ビジョン」として、幾つかの具体的取組を呼びかけています。1つは、被爆樹木二世の植樹です。被爆した広島のアオギリ、長崎のクスノキの苗木の植樹を各地に呼びかけています。ある自治体では、原爆の日に、この苗木を囲んで平和の集いを開き、平和の誓いを新たにしているところもあります。また、釧路市でも平成 17 年に戦後 60 周年を記念して、2本の苗木を植樹しています。幕別町でも、被爆樹木二世の植樹の取組について検討できないかと考えますが、それについてはいかがでしょうか。
答弁 町長 飯田晴義
今、植樹の話は初めて聞きましたので、この場でどうこうというのは難しいわけでありまして、果たして育つかということ、釧路で育ってもこっちで育つかということもありますし、植樹することの意味合いというものも十分考えなければなりませんし、今後、検討の課題とさせていただきたいなというふうに思います。
再質問 9番 酒井はやみ
分かりました。平和首長会議に提起されていることとして、もう一点、核兵器禁止条約の署名の取組です。首長会議では、9月1日までに約 306 万 6,000 筆の署名が集約をされています。さらに、これを広げることを呼びかけています。署名活動への協力を呼びかけるポスターも、ホームページからダウンロードして活用するよう提起されています。幕別町でも、今年の夏、町内で役場の職員の皆さんをはじめとして、700 人以上の方がこの署名に協力をしたと聞いています。帯広市では、ホームページや広報で署名を市民に呼びかけたり、庁舎などに署名を置いたりしているということもあります。積極的に住民に呼びかけている自治体も広がっています。幕別町としても、何らかの形で町民に署名を呼びかける取組を具体化することについて検討する考えはありますでしょうか。
答弁 町長 飯田晴義
私自身も署名はしているわけであります。その辺も、今はやっていないわけでありますけれども、検討させていただきたいというふうに思います。
再質問 9番 酒井はやみ
ぜひ検討を期待したいと思います。平和首長会議では、苗木の植樹や核兵器禁止条約の署名のほか、若い人を被爆地に派遣する青少年平和と交流支援事業や、平和教育の充実などを呼びかけ、全国の好事例などもホームページで紹介をしています。ぜひ、できるところからということになるとは思うのですけれども、平和首長会議が呼びかけている行動に取り組んではどうかと考えますが、先ほど2つの課題についてお聞きしましたが、その他についても検討する考えはありますでしょうか、お伺いします。
答弁 町長 飯田晴義
内容を精査した中で、やれることについては実施をしてまいりたいというふうに思います。
再質問 9番 酒井はやみ
ぜひ期待したいと思います。戦争体験された町民の皆さんの平和への願いをしっかりと次の世代に引き継ぎ、核兵器のない世界を引き寄せるために、積極的で創意ある平和事業、平和教育に町民も行政も力を合わせて取り組めるよう願って質問を終わります。