みんなの議会

幕別町議会 平成24年第2回定例会 2012年6月12日

アイヌ民族の人々の歴史や文化の学習機会の現状と今後について

2012年6月12日、幕別町議会の一般質問で、芳滝仁議員が「アイヌ民族の人々の歴史や文化の学習機会の現状と今後について」質問し、教育長 金子隆司、教育部長 佐藤昌親が答弁しました。

質問者
芳滝仁 議員
答弁者
教育長 金子隆司、教育部長 佐藤昌親

議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。

質問 11番 芳滝仁

通告に基づきまして、「幕別町の歴史的文化の伝承について」お伺いいたします。幕別町には、ふるさと館、蝦夷文化考古館、新田の森記念館、ナウマン象記念館があります。また、徳原地、途別水田の碑やナウマン象発掘の地記念碑など、多くの歴史的碑があります。第5期幕別町総合計画に「自然環境や歴史背景の中で培われてきた歴史資料や文化財は、先人の暮らしや精神文化を知るため、歴史的、民族的な価値があるだけではなく、郷土への誇りや愛着を育てるための重要なふるさと資源です。これらのふるさと資源は郷土の歴史、文化の正しい理解のためにも重要なものであり、保存継承されることにより、将来の文化発展の基礎となるものです」とあります。主要施策について、施設の充实、歴史的文化の保存・継承と活用、アイヌ文化の保存振興と理解の促進とありますが、以下お伺いいたします。1、ふるさと館、蝦夷文化考古館の運営状況について。2、両施設の老朽化が著しいが、今後の整備の考えと方向性について。3、「歴史の散歩道」というパンレットがありますが、学校教育や観光面への活用は。4、アイヌ民族の人々の歴史や文化の学習機会の現状と今後についてお伺いいたします。

答弁 教育長 金子隆司(教育長は2013年3月まで)

芳滝議員のご質問にお答えいたします。「幕別町の歴史的文化の伝承について」であります。本町では、ナウマン象や埋蔵文化財、アイヌ文化などの保存・伝承すべき有形・無形の貴重なふるさと資源が豊富にあり、これら先人の暮らしや精神文化を知ることのできる歴史資料や文化財は、郷土の歴史や文化の正しい理解のためにも保存継承されることが求められております。ご質問の1点目、「ふるさと館、蝦夷文化考古館の運営状況について」であります。幕別町ふるさと館は、「自然とそこに生きる人間の関わり合いを明確にする」というテーマのもと、町の歴史資料を保存・展示する施設として昭和 54 年 10 月にオープンいたしました。運営は、特技や多彩な趣味を持つ 12 名の事業委員により構成される「ふるさと館事業委員会」を中心として、年 10 回を超えるジュニアスクール活動や、郷土史・ふるさと館だよりの発行を行っているほか、平成 20 年3月に有形文化財として幕別町指定文化財となった札内 N 遺跡の出土品や幕別の歴史・自然に関する展示品、先人が生活や産業に使った道具などを展示しているところであります。一方、蝦夷文化考古館は、昭和 34 年にチロットコタン・十勝アイヌ及び北海道アイヌの指導者である吉田菊太郎氏が、アイヌ民族の先祖が残した民具や交易によって手に入れた道具などの宝物を保存しようと建設したものであり、吉田菊太郎氏が亡くなられた後に町に寄贈され、昭和 41 年から教育委員会で管理・運営しているものであります。収蔵品につきましては、平成 14 年に民俗文化財として幕別町指定文化財となった図書類 152 点、文書類 273 点、文化財 295 点などを展示しております。なお、これらの施設の平成 23 年度の入場者数につきましては、ふるさと館が 2,284 人、蝦夷文化考古館が 242 人という状況になっております。ご質問の2点目、「今後の整備の考え方と方向性について」であります。幕別町ふるさと館は、昭和 45 年 11 月にボウリング場として建設されたものを昭和 53 年に町が取得し、その後、改修を経て昭和 54 年にオープンした施設であり、築後 41 年を経過しております。また、蝦夷文化考古館は、昭和 34 年 12 月に建設されたもので、築後 52 年が経過しております。ご質問にありますように、これらの施設は老朽化が進み、できるだけ早い時期にその方向性を見出す必要があるものと考えておりますことから、今後、幕別町文化財審議委員会などの関係機関のご意見をいただくとともに、町長部局とも十分な協議をしながら計画性を持って対応してまいりたいと考えております。ご質問の3点目、「パンフレット『歴史の散歩道』の学校教育や観光面への活用」についてであります。「歴史の散歩道」事業は、平成9年度に幕別町開基 100 年の歴史を振り返り、歴史的、文化的史实等を後世に伝えるとともに、子供たちが郷土の歴史と文化を学習するために实施したものであります。具体的には、幕別町ふるさと館事業委員会の協力をいただき、候補地の選定、調査と説明文の作成を行い、72 カ所の史跡等を案内マップとして掲載し、石碑などがない場所 17 カ所に看板の設置も行ったところであります。また、合併後の平成 20 年度には、忠類地域の候補地の選定も行い、14 カ所の史跡を新たに案内マップに掲載したほか、7カ所についても看板の設置をいたしました。パンレット「歴史の散歩道」の活用につきましては、これまで小学校の社会科の副読本の中に掲載し、社会科や総合的な学習の時間などを利用しての現地見学が行われているほか、観光面につきましては、現在、町長部局において、観光資源の一つとして、どのように活用ができるかとの検討を始めていると伺っているところであります。ご質問の4点目、「アイヌ民族の人々の歴史や文化の学習機会の現状と今後について」であります。アイヌ民族の人々の歴史や文化の学習機会の現状といたしましては、学校教育では、小学校3、4年生の郷土学習の中で、社会科副読本「アイヌの人たちのくらし」として掲載されておりまして、それを学習するとともに、蝦夷文化考古館の見学なども行われているところであります。また、一般社会人に対しましては、北海道アイヌ協会から「優秀工芸師」として登録されている山本みい子さんを講師として招き、平成 23 年に百年記念ホールにおいて、「アイヌ刺繍に挑戦」と題して、講座を6回にわたって開催してきたところであります。今後におきましても、アイヌ民族の人々の歴史を広く知っていただくために、蝦夷文化考古館の周知や幕別町郷土文化研究員による講座を開催するなど、郷土学習の機会を提供してまいりたいと思います。以上で、芳滝議員のご質問に対する答弁とさせていただきます。

再質問 11番 芳滝仁

再質問をさせていただきます。1番目の運営状況についてであります。まず、ふるさと館のジュニアスクール等に携わっていらっしゃいます事業委員会の方々には、毎月のように講座を開かれて、7月には宿泊学習や、9月には「ふるさと館まつり」と大変ご協力をいただいておりまして、そのことに対しまして、まず敬意を表したいと思うところであります。まず最初に、利用状況でありますけれども、このふるさと館の利用数が平成 23 年で 2,284 名と、あと蝦夷文化考古館の利用数が 242 名ということでご答弁をいただきました。手元の資料でありますけれども、平成 13 年度にはふるさと館の使用が 6,781 名でありました。蝦夷文化考古館が 826 名の利用者がいらっしゃったという資料がございます。ふるさと館は 23 年度は尐し増えておりまして、決算書にもありますけれども、22 年度には 1,609 名でありまして、23 年度では大分努力をされて、2,000 人台に持っていかれたのであろうと思うことであります。両施設につきましての利用数が全体的には本当に減尐傾向にあることが見受けられることでありますが、それに対しまして、委員会としてどのようなお考えで、今後どのような対策をお持ちであるのか、まずお伺いをしたいと思います。

答弁 教育長 金子隆司(教育長は2013年3月まで)

利用者数につきましては、ご案内のとおり年々減尐し、一時持ち直したとしながらもリアルタイムで維持しているということについては、この二、三年の傾向かというふうに思っております。次の質問のほうにも影響する話でありましょうけれども、やはり環境整備をする、施設全体のあり方などを検討しなければならない時期に入ってきたというふうに認識をいたしております。そういう意味では、今、文化財審議会委員のほうに、今後の保存、活用のあり方について5月の教育委員会で諮問したところで、第1回目が6月の 22 日に開催されると聞いておりますが、そうした場においても検証し、そして今後のあり方についてご意見を伺いたいというふうに思っております。

再質問 11番 芳滝仁

さまざまな課題があろうかと思いますけれども、町民と共有を図りながら議論を深めていっていただきたいと思うことであります。こういう教育施設と申しますか、文化施設と申しますか、大きいところで博物館のようなものがございますが、その一応基本的な運営内容と申しますか、これは四つのことが通常示されてあります。一つの機能としましては、資料収集・保存の機能というのがございます。二つ目には、調査・研究機能というのがございます。三つ目には展示・公開機能、四つ目には教育普及機能という四つのことが博物館的な施設についての機能として位置づけられておろうかと思うことであります。資料収集・保存機能につきましてでありますが、私のところで確認をさせていただいておりますが、なかなか資料の展示の入れかえと申しますか、そういうことがなされているのだろうかというふうなことと、そして、近年新しい資料として、どのようなものが収集をされたのだろうかというふうなこともお伺いをしたいと思います。この調査・研究機能のところでありますが、小助川先生が一生懸命先頭になって大変なご努力をしていただいておるのでありますけれども、また、蝦夷文化考古館におきましては、吉田菊太郎様が寄贈されました資料の中で、公開をされていない資料があろうかと聞き及んでいるところであります。今後、その調査・研究につきましては、ある意味では専門的な学芸員の養成だとか採用だとか、そういうようなことも視野に入れて、きちっとこう歴史・文化につきまして確かなものとしていく方向性が必要であろうかと思いますが、その辺をお伺いをしたいと思います。あと、展示公開機能というところでは、残念なことに大変有名でありましたイトウが死んでしまいまして、それで若干入館につきまして影響があったのだろうと思うのでありますが、その後、ああいうふるさと館の目玉的な一つの展示と申しますか、紹介と申しますか、そういうことを考えていらっしゃるのだろうかということをお伺いしたいと思います。また、昔は、あそこには施設が固まっておりましたから、多くの町民が足を運んでふるさと館に行かれたと思うわけでありますけれども、なかなか今パークゴルフ場があって、ホテルがあるのでありますけれども、町民がふるさと館に行けるようなそういう機会と申しますか、尐し縁遠くなっておるような場所と申しますかね、そういうところだと思います。後々の整備のこともあるのでしょうけれども、町民がよく足を運びます、例えば百年記念館であるだとか、そういうところにふるさと館また考古館から、いわゆる期限を区切りまして、資料を移して、そういうコーナーをつくって展示をし、毎年入れかえるようなことが必要だと思うのでありますが、展示をして、考古館に行けばこういう資料が見られますよ、そしてふるさと館に行けばこういうことが展示されていますよというふうな形で、広く町民の人の目に見えるような形で展示をする。例えば授業で、ミニ歴史博物館ということで途別小学校だとか糠内小学校のほうに展示をされて、そして目に触れて、勉強をされて、大変有効な、大変すばらしいことがなされておるわけでありますけれども、そういうふうな形で展示・公開機能につきましては、町民の目に見えるところに資料を持っていって、そうして足を運んでいただけるというふうな方策もとる必要があるのではなかろうかなと思います。あと、教育普及機能につきましては、どちらのほうにも現地学習と申しますか、行かれておろうかと思いますけれども、わかるところで 23 年度、22 年度ですか、どのぐらいの学校で現地について学習をされていらっしゃるのか、その辺資料がありましたらご提示いただきたいと思います。

答弁 教育長 金子隆司(教育長は2013年3月まで)

両館にわたる観点でいきますと、ふるさと館として、あるいは考古館としてどう機能を果たしていくかということで、非常に幅広くなろうかというふうに思います。まず、1点目の収集・保存にかかわる機能、展示の入れかえなど定期的に今实施はしておりますが、最近それなりの収集については、ふるさと館においてはスペース的に一定の限界がある。したがいまして、以前のようにいろんなものが入ってくるというようなことがないようでありますし、重複するようなものについては、ご遠慮させていただいているというような实態もございます。それから調査・研究の機能でありますが、これについても、施設整備と大きくかかわってまいりますが、原点的に申し上げますと、ふるさと館の事業委員会のスタッフの皆さんの意見、これは、あの現在地が適地であると、よってあそこの場所で何とか新築までとは言わないけれども、改修などを通していただければありがたいよなという思いがあります。それと、離されないのはやっぱり考古館の機能であります。考古館については、歴史的にあの地の考古館の場所を移動してはならない、収蔵品について寄贈してはならない、これは過去からずっとあります。それで、地域の人たち、あるいはアイヌの人たちの希望を聞きました。10 項目ぐらいあります。これを話しますと長くなりますが、若干触れさせてもらいますと、考古館については、生活館機能それから考古館機能、敶地の一体的活用ができないか。残念ながら一部 1,500 平米ほどの民地が絡んでおります。この民地が解決できれば、地域の人たちの要望にこたえることができる。ただ、土地面積を確保しても、それで機能が果たせるというものではありません。それに付随する要望として、今の管理人室については新たな施設につくりかえてほしい、そして前後しますが、展示をできるようなスペースあるいは研究員が研究できるようなスペース、それらの要望がございます。もっと言えば、ふるさと館にある「きまり小屋」あんなのも室内で展示できるような、そういうようなイメージをもったものが必要だなと、あるいは大型バスが入ってこられるような、前段の敶地面積の関係とも関連いたしますが、そういうような要望。民芸品が販売できるような場所、それからアイヌの人たちが作業場について何とかしてほしいというようなことを言われておりますので、そんなことを含めますと双方にいろんな要望があります。ただ、これには手順がありまして、今までいろいろ質問されてきましたけれども、一番もととなる敶地の確保について時間がかかっているということは申し上げることができると思いますし、あとは全体の財政上の配分の問題として若干おくれているというような気はいたしますが、いずれにしても、そのような抜本的な解決をした後に整理をしていく必要があるのだろうというふうに思います。あと、ふるさと館等々、いわゆるミニ資料館、ミニ博物館的なことはやっておりましたが、現在は教室スペースの関係があって、なかなかそういった条件そろっている学校ありません。ですが、尐ない量であっても展示できるような場所があれば、いつでもお貸しできるという体制はとっておりますので、活用してもらうようには言っておりますが、なかなかそこに至っていないという部分もございます。抜けたところもあろうかと思いますが、大ざっぱにお答えしました。

答弁 教育部長 佐藤昌親(教育部長は2012年12月まで)

最後のご質問かと思います。要はふるさと館あるいは千住アイヌ文化考古館等の児童生徒の利用といいましょうか、学校を介しての利用ということだと思います。学校におきましては、郷土を開いた人々の時代の移り変わりという観点から、小学校を中心とした市街地、幕別小学校含めまして市街地の小学校におきましては、3年生あるいは4年生が先生の引率のもとにふるさと館を訪れる。ふるさと館の中には、いろいろ展示品あるいはいろんな展示資料ほか過去の先輩の方々が使った資料がたくさんあるものですから、そこでの1時間の時間をかけて展示を見、あるいは先生方のその場で説明をするということをやります。僻地の学校におきましては、複式ということもありまして、毎年ということはなかなかいかないではありますけれども、2年に1回まとめて見るというような状況であるようであります。それと、そのついでに歴史の散歩道につきましては、すべてというこれもまたいかないのですけれども、ポイントポイントとして学校で見ているときもあるというふうな話はお伺いしております。以上でございます。

再質問 11番 芳滝仁

次の質問のところまで踏み込んだご答弁をいただいておったと思いますけれども、ひとつ今お伺いしていまして、ミニ博物館ですか、展示の移動博物館のようなことということで、学校等から申し出があったらお貸しをするということでありました。私どものほうでお尋ね申し上げましたのが、百年ホールのようなところに、町民の目が見えるところにそういう資料を展示して、興味を持っていただいて、両施設に足を運んでいただくというふうなことができないのかどうかということにつきまして、再度ちょっとお伺いをしたいと思います。

答弁 教育長 金子隆司(教育長は2013年3月まで)

決してできないことではないと思います。ただ、ふるさと館の収蔵物、それから考古館の収蔵物、明らかに性質が違うと思います。産業を象徴するところのふるさと館のものにつきましては、それなりに大きなものもございますし、百年記念ホール等からの要望があれば物によろうかと思いますが、その要望には答えていきたいというふうに思いますし、考古館の資料については極めて貴重な資料であります。先ほど答弁漏れましたが、まだ未公開資料があるのではないかと、まさにそのとおりであります。先般も新聞で拝見された方も多いかと思いますが、いろんな資料がまだ眠っております。これが調査・分析されていないという状況であります。したがって、学芸員などの採用も必要ではないかというところに結びついてくるのだろうというふうに思いますが、何とか今、小助川先生に協力が、研究員としてご活躍をいただいておりますが、その後の継承については、早急に手を打っていかなければならないというふうにも感じているところであります。以上です。

再質問 11番 芳滝仁

貴重な資料であることは存じ上げておりまして、きちっと管理をできるような状態で分けて、町民の目に触れるところにそういう資料が展示をされるというふうなことを、ぜひ前向きにお考えをいただきたいと思うことであります。最後のところのご答弁でありますが、本当に調査・研究ということは、これから大変重要な課題であろうかと思います。小助川先生の一つのご活躍またご努力にご協力いただきながら後継者と申しますか、基本的に町として、そういう研究に本腰で携わっていくような体制づくりを、ぜひ進めていただければと思うことであります。次に移りますが、老朽化の問題でありまして、先ほどご答弁にもありましたけれども、このことにつきましては平成 18 年のときに、前議員でありました前川敏春議員が、副町長が教育長の時代に質問をされていらっしゃいまして、このときの内容は一つにできないかというふうな、そういうことが大まかな内容でありました。その当時のご答弁の中に、新設、改築、移転などの将来の幾つかの選択肢を想定し、財政的課題のみでなく、生涯学習の拠点施設の位置づけなど、さまざまな角度から検討しておくということかと思います。考えることは今の時点でもできますが、間際になって慌てるようなことないようじっくり、しっかり考え、計画づくりを進めたいと考えておりますというご答弁がありまして、その流れにつきましては継承されて、時間をかけて検証・検討されているのだろうと思うことであります。審議会も近くなることでありますから、一歩進めて具体的な計画に踏み込んだ一つの議論をしていただければと思いますが、基本的には私も考えは同じでありまして、やはり考古館は考古館としてあの地に置くべきであって、あのところを先ほどお話がありましたように、一体として使えるような形で、さまざまな歴史・文化を伝承し、そしてそれを普及していけるような考古館の機能、生活館と一体となった一体的な一つのことがどうなるかというふうな思いがありまして、まさにそういう考えの中でお考えをなさっていらっしゃるというご答弁がありましたので、その考えについては全く同じだなと。その考古館のそのことにつきまして、考古館のところの生活館のところを一体化して、先ほどありましたようにいろんな機能を備えて、駐車場スペースもとって広くやっていくということにつきまして同感でありまして、そういう方向を堅持していただければと思います。ふるさと館につきましてもやはり老朽化が進んでおりまして、また、今この状態で新しいものということにはなかなかならないのだろうと思いますけれども、また、将来の展望の中でどういうふうな形がいいのか、広く議論を進めていただきたいなと思うことであります。道内自治体を回りまして、文化ホール的なところに行きましたら、今は文化ホールがありまして、図書館がありまして、博物館がありまして、そしていろんな研修のスペースがあってというふうな形の、合同になりました形の施設が多く見受けられるところであります。それは、今の尐し前の形なのだろうと思うのでありますけれども、今、現段階では、なかなかそういうことは難しかろうと思うのでありますけれども、できるだけ町民の目に触れるような形で進めていっていただければと思うことであります。歴史の散歩道のことで、この件に関しまして、私ども余り回っていなかったのでありますけれども、尐し去年くらいから興味を持ちまして、尐しずつ回らせていただいておりました。結構回らせていただきましたら、管理が行き届いておるところもあれば、なかなか難しいところもあるのだろうと思います。散歩道でありますからできるだけいい環境で、管理された形でしておくことが必要だと思うのでありますが、その辺の管理につきましての現況はどうなっておりますでしょうか。

答弁 教育長 金子隆司(教育長は2013年3月まで)

散歩道の管理、いわゆる環境管理にかかわっての前に、ひとつ申し上げておきますが、私が先ほど答弁しましたのは、生活館と考古館の一体化を地域やアイヌの人たちが求めていると。ふるさと館は、事業委員会の意向としては、あの場所がいいということですから、これ一体にならない。そういうことですので誤解のないようにひとつお願いいたします。

再質問 11番 芳滝仁

私もそのことで言っていますから。

答弁 教育長 金子隆司(教育長は2013年3月まで)

そうですか、はい。散歩道の環境であります。86 カ所に及ぶ場所を指定しておりますけれども、基本的には、散歩道の表示というのは、地域の皆さん、あるいは看板があって見えないぞとか、そういうような部分については、町でやっぱりやらなければならないというふうには理解はしておりますが、いろんな事例を聞きますと、散歩道そのものが面積が広くてなかなか管理できないのだというようなところもお聞きいたしておりますが、いずれにしても、そういうこととは関係のない、もともと公共施設があったとか、それらに対する掲示板については、町が責任を持って、町教委が責任を持って管理をしていきたいというふうに思っています。

再質問 11番 芳滝仁

町が責任を持って管理するところと、地域が管理をされているところと、その辺を整理されて、その辺の徹底をお願いできればなと思うことであります。この散歩道を歩きましたら、結構これは本当に幕別の歴史にかかわることだなと、それこそ明治 23年に入られました武山土平さんのそのご功績だとか、あと、そして札内のほうでは徳原地という、これは晩成社のその場所があった。この徳原地ということにつきましては、徳の、「げん」は原っぱの原と書いていますけれども、説明の看板にはさんずいの源がついておりまして、恐らくそういう意味で徳原という文字を使われたのだろうと。依田勉三さんは本当に博学な方でいらっしゃって、徳原というのは西郷隆盛の思想から出ておるのだと、私のほうでは確認をしておるのでありますけれども、人々のために、公共のために、すべてのために開拓をするのであって、私利私欲のためにあるのではないと。開拓をしていくその土地につきまして、晩成社で公共のためにその土地を用意されて公共に資する形で行われたと、そういう計画があったというふうなことが聞かされてあることであります。そういうことを深めていく、そういうことも検証していくということも私は大切なのであろうと、そういうことも子供たちに、それこそ肌で感じて勉強していただくというようなことも大事だろうと思います。途別新水路記念碑というのが考古館の裏側に、堤防のところに建っております。これはここのマップにありますように、自由のない労働者や囚人が4年間にわたって労働を強いられて、そうしてつくった水路だと。このことによって、白人、相川の洪水を食いとめるというふうなことが目的でされたのだというふうなことが示されてあります。やはり北海道十勝の開拓の歴史にも、そういう歴史があるのだというふうなことも、そういうことを通して町民が、また子供たちが学んでいく必要があろうかと思います。特に、三つぐらいを拾い上げるのですけれども、最後でありますけれども、万城目正先生の生地ということで、相川の小学校の中に看板が建てられてあります。千葉副議長さんたちが中心となられて、時間をかけて、その検証のために活動を続けていらっしゃる。敬意を表したいのでありますけれども、4月 25 日に功績をしのぶ歌謡祭、「万城目正記念第1回とかち昭和歌謡音楽祭」が 500 人の聴衆のもとに開催をされたということがありました。大変先生は、誠に有名な作曲家であります。幕別町歌はもとより、それこそ「リンゴの唄」から美空ひばりさん、そして島倉千代子さんにかかわる、いわゆる名曲を作曲されていらっしゃる。仙台のところにありますお墓のところには、生地が幕別町と刻まれてあるということを聞かせていただいておりまして、今は看板一つしかないのでありますけれども、いろんな機会を、そういう検証のために努力をされていらっしゃる方々とお力をおかりしながら、この万城目正先生につきまして、幕別町としまして、余り町民の方が存じ上げない方も多いのでいらっしゃるのだろうと思うのですね。大変幕別町としましては、幕別町の名前をそうして広めていく、そして幕別町にはそういう先生がいたのだということで町民が誇ることができる、そういうことになろうかと思います。そういうようなことも含めて、今後の取り組みについてお伺いをしたいと思いますけれども、どうでしょうか。

答弁 教育長 金子隆司(教育長は2013年3月まで)

1点目の徳原地の意味合い、まさにお説のとおりかと思います。皆さんで、そういう当時の状況をしのびながら、感謝の意を尽くしたいというふうに思います。2点目は、途別新水路記念碑のことがありました。直線に切りかえたときの記念をするものでありますけれども、国道が切りかわったときに場所が移動して、現在の地にあるということだろうと思います。3点目の、万城目正さんにかかわってのご質問であります。まさに幕別町としては大いなる財産だというふうに思いますし、万城目さんは幕別町歌、音頭を作曲された方でもあります。しかも、私が 43 年に役所に入っていますが、昭和 43 年に亡くなって、昭和 41 年に開町 70 周年記念、これを記念して時の町長が依頼をし、町民から作詞を集め、そして万城目さんにつくっていただいた。先般、十勝の万城目正記念第1回の歌謡音楽祭を開催させていただきました。いろんな方々に大変お世話になりました。そのときに九条万里子さんもお越しになられまして、当時の幕別町歌、音頭を作曲している万城目さんの姿、病床にあって作曲していたよというようなこともお聞きしました。そういう意味では、あの偉大なる作曲家、幕別で生まれて、そして幕別の町歌、音頭をつくり亡くなっていった。非常に因縁の深いものがあるなと、そんなことを先人の皆さんが、これは大事にしなくてはいかんというようなことで、第1回にこぎ着けた。いろいろな方にお世話になりました。これからも、今、お寺のお話もありましたけれども、幕別に入植された細谷十大夫さん、この方が幕別の1番目の入植者だというふうに聞いています。その方と万城目家とは同じお寺であったというようなことですから、歴史の絡みといいますか、そういうものを感ずる次第でありますが、今、郷土文化研究員に対しまして、いろんな人からの情報をいただきながら、遺品的なものがあるならば、そこにたどり着ければいいなと。そして、何とか歌謡音楽祭の継続实施を含めた中での幕別町に対する位置づけというものにつながっていけばいいかなというふうに私としては思っております。

再質問 11番 芳滝仁

ぜひ、一つ一つの散歩道のことにつきまして、その歴史につきまして深く理解をし、そして町民、学校の現場でもありますけれども、広くそういうことを普及して、私たちの幕別町の文化だ、伝統だというところで、幕別町民であるという自覚と誇りを持つことができるのであろうかと思います。そういう意味でおっしゃられたとおり、ひとつ力を入れて進めていただければと思うことであります。最後の、アイヌ民族の人々の歴史や文化の学習機会と現状と今後について、ご答弁いただきましたように力を入れていただいて、そしていろんな活動をしてくださったのであります。また、百年記念館でも、展示をされたところにも、私も拝見させていただいたことでありました。携わる方々が、一生懸命そのことに力を入れていらっしゃるお姿があったようであります。平成9年に、いわゆる北海道旧土人保護法というのが廃止になりまして、そして通称でありますが、アイヌ文化振興法というのが施行されております。その中で、目的というところに、アイヌの人々の民族としての誇りが尊重される社会の实現を図り、あわせて我が国の多様な文化の発展に寄与することを目的とするというところがございます。私は、その文化、そして学習ということにつきまして、一番基本に置くべきは、そういう民族の尊厳ということであろうかと思います。そのところがないと、大切なところが抜け落ちてしまうのではなかろうかと思うことであります。これは尐しかかわる話でありますけれども、アイヌ民族の奨学金の全国拡大提言というようなこともありました。そのところで、経済的な格差で、教育について苦労していらっしゃるというふうなことも載っておりました。こういうことも、文化伝承ということとは、直接表面ではかかわらないのでありますけれども、基本的には民族の尊厳というところできちっと学習もし、そして文化を継承し、振興していくというふうな、お互いの民族の尊厳、尊重というところをきちっと踏まえていくことが広範囲なところで基本になるのではなかろうかと思うことでありまして、そういうことを堅持しながら、この件につきましても前向きに取り組んでいただきたいとご期待申し上げまして、質問を終わらせていただきたいと思います。

出典:幕別町議会 平成24年第2回定例会 2012年6月12日 議事録 PDF(25ページ) 間違いを知らせる