上士幌町議会 令和2年第1回定例会 2020年3月16日
(1)今日までのまちづくりの足跡を確認し、未来を見据えたまちづくりのために、仮称「まちづくり史誌」の作成について/(2)町民が暮らしやすい町の施設の在り方を踏まえた土地利用計画と施設の効果的な利用に関する方向づけの在り方について
2020年3月16日、上士幌町議会の一般質問で、江波戸明議員が「今日までのまちづくりの足跡を確認し、未来を見据えたまちづくりのために、仮称「まちづくり史誌」の作成について」「町民が暮らしやすい町の施設の在り方を踏まえた土地利用計画と施設の効果的な利用に関する方向づけの在り方について」について質問し、町長 竹中貢が答弁しました。
- 質問者
- 江波戸明 議員
- 答弁者
- 町長 竹中貢
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
議員が最初の質問で述べた件名は 2 件あります。1回の登壇で続けて質問しており、議事録の中に件名ごとの区切りが無いため、1件の中に並べています。件名は議員の発言から取ったものです。
質問 8番 江波戸明
今日までのまちづくりの足跡を確認し、未来を見据えたまちづくりのために、仮称「まちづくり史誌」の作成について。本町のまちづくりは、安村治高丸氏が開拓のくわを入れてから110余年の年月が過ぎました。その間におけるまちづくりの歴史を系統的に今日までに記されてきた記録として、昭和45年及び平成4年に作成されました町史があります。約10年前に新たな町史等の作成の資料集めなどの動きがありましたが、しかし、今日までにおいては、それらの資料集めや関係する調査の対応が中断されているような気がいたします。今日までの我が町のまちづくりは、厳しい開拓時代の時代から黎明期に向かい、地域の基幹産業の基盤の推進と確立のもと、目覚ましい発展を遂げ、人口においては、昭和30年には1万3,608名を有したところですが、少子高齢化、離農、公施設等の統廃合などの社会的変化などにより、人口の減少も加わり、今日は4,971名に至っているところであります。このような人口の推移の裏には、地域産業の興廃の要因につながる町の歴史と符合するものが多くあります。このことは、今日までの町の政策の展開や地域産業の推移を的確に知る手がかりにつながり、将来のまちづくりに向けた基本的な取組の在り方に対する貴重な経験となり、これからまちづくりを育む町民に対しても大いなる参考となる歴史的財産になるものと思います。その意味から、今日におけるその都度ごとの町の様々な変革などの歴史を的確に残していくことは、将来を担う上士幌町民に対する大切な私たちの務めではないかと思います。特に近年は、町の歴史を体験している先人や町民が残した貴重な写真などの資料においても、急速な世代交代などにより失う可能性が高まっている時期でもあると思います。その意味で、町は歴史を的確に残し、将来のまちづくりの遺産となる歴史の大切さを意識し、仮称「歴史に学ぶ新たなまちづくり史」の作成を早急に始める必要があります。また、今日までの製本化による編さん史等の作成と併せて、今日の情報機能のデジタル機能による仮称「歴史に学ぶ新たなまちづくり史」を作成し、まちづくりの歴史と未来に向けた町の推進の形を踏まえた情報を盛り込んだ編集を行い、瞬時に全国に向けて発信する仕組みをつくることも、今日においては必要になると思います。この事業により、我が町の特性や活動を知ってもらえるなど、我が町に対するまちづくり応援団員としてのきっかけになると思います。このような町史誌の作成に取組を進めることにより、我が町を気にかけていただける方々が増加することにより、総合戦略の課題である関係人口の増加等の一翼につながり、ふるさと納税に加えて企業版ふるさと納税の効果的な動向につながるものと思います。改めて、これからの貴重な財源の活用を工夫し、新たなまちづくりへの推進とその効果が生み出されるものと思います。新たな町の歴史誌を作成するために、町民の皆様方の積極的な参加を求めた体制を確立し、早急に庁舎内に担当部署を設置し対応をすべきと思います。次に、2点目の町民が暮らしやすい町の施設の在り方を踏まえた土地利用計画と施設の効果的な利用に関する方向づけの在り方についてご質問いたします。近年、町の施設の新改築等により、施設自身のグレードは高齢化に向けたバリアフリー化を取り入れるなど高まっております。しかし、特に高齢化を迎え、その上に将来における人口の減少の傾向を踏まえて町民目線から見た場合、その利活用に関する効果はどのように判断しているのかなど、今後の施設運営及び管理に係る効果や財政負担を踏まえた検証を改めて行うべき時期にあると思います。このことに係る以下の内容の質問を行いたいと思いますので、町民が安心して暮らせるまちづくりに向けた、その実態及び課題と今後に向けた効果的な利活用等について考え方をお尋ねいたします。1、町民のふれあいの場づくりを基本に備えた施設が、高齢者等が自由に出入りを行いやすい雰囲気を備え、誰でも使いやすい施設の工夫と担当部署において受入れにおける指導や対応を含めた配慮がされているかについて。・幼児等の保護者が認定こども園及び分室の施設に対し、幼児教育の拠点としての教育施設としてどのように考えているかについて。・コンパクトタウンの考え方を前提としたまちづくりの方針が町民に浸透し、本町の市街地構成と町民の活動しやすい仕組みになっているか及びこの件に関する町民の認識をどのように感じているかについて。・将来における町の土地利用計画が明確に示されていなく、都度の課題ごとに施設用地等を検討している感じがします。持続可能なまちづくりの基本として、特に将来の公的施設の在り方などは、土地利用計画を明確にし、町民の理解が必須であると考えるところです。町民を巻き込んだ土地利用計画を早急に策定することの意義に関する考え方について。・計画段階での利用計画と現状の利用が下回っている施設等について、利用の向上を図る工夫などをどのように検討すべきかについて。・施設の新築や改築による運営と維持管理に係る今後の財政負担の在り方をどのように検討し、かつ町民の皆さんの理解に向けた説明を行う考え方の必要性について。・将来の高度情報システム化時代を見据え、新たな行政部署におけるICT担当による公共関連対応ばかりでなく、直接住民生活に関わる課題を補塡する体制について対応することが検討されているかにいて。以上、お伺いしたいと思います。
答弁 町長 竹中貢
江波戸議員のご質問にお答えいたします。まず、今日までのまちづくりの足跡を確認し、将来を見据えたまちづくりのために仮称「歴史に学ぶ新たなまちづくり史」の作成についてであります。まず、本町の歴史を記録した町史につきましては、ご質問の中にあったとおり、開町40周年時に町史を、開町60周年時にその後の20年を主につづった町史補追版を作成してきたところであります。約10年前、平成23年度には開町80周年の際に、次回の町史編さんや資料の散逸を防ぐために、町の情勢など、資料収集を行ったものであります。令和3年度に開町90周年を迎えることから、この間の資料収集と整理を行い、町史の編さんについては、歴史的節目となる開町100周年が望ましいものと考えております。なお、資料の収集に当たっては、町民に提供を呼びかけてまいります。町史編さんの際には、時代の趨勢に合わせてデジタル版も作成すべきという点につきましては、既存の町史及び補追版はデジタル版に編集して保存しているところであります。これらの資料をウェブ上で公開することについては、掲載された写真等の版権の問題から、公開などは慎重を要すべきものと考えております。ICT情報通信技術が高度に発達している今日、行事の記録写真等については、デジタル版として収集・整理・保存しており、その数は年間2万枚に達し、それに伴う文書等のデータも含めると、極めて膨大な資料として蓄積しております。なお、災害によって貴重な資料が消滅しないよう、過去の印画紙の写真についてもデジタルデータ化を進めており、文書等のデジタル化についても今後検討してまいります。議員ご指摘の「歴史に学ぶ新たなまちづくり史」につきましては、まちづくりの歴史と将来に向けた町を内容とした情報誌として、上士幌ファンを獲得するためにも作成すべきとのご提案と思います。町としましては、現在、町の行事や動きについて様々な媒体を活用し情報を発信しております。その上で、まちづくり応援団を獲得するための情報誌の作成に、町民の参加を求めた体制と担当部署を設置して行うことについては、慎重な検討を要するものと考えております。次に、町民が暮らしやすい町の施設の在り方を踏まえた土地利用計画と施設の効果的な利用に関する方向づけの在り方についてであります。1点目の町の施設が高齢者にとって使いやすい施設として配慮されているかという点につきましては、各公共施設を管理する担当部署において、訪れた町民の方が安心して施設を利用できるよう、十分な配慮のもと担当者が対応しているものと考えております。2点目のこども園及び分室の教育施設につきましては、山村開発センターの分室を設置した平成30年4月の入園児総数は159人、こども園153人、分室6人でありました。こども園の定数は170人でありますが、入園者は月を追うごとに増える傾向にあり、平成31年3月には185人、こども園170人、分室15人となりました。新設されたこども園に対する施設環境、運営に係る経費負担、指導など、よい評価を頂いているものと理解をしております。分室になったことによる保護者からの苦情等については受けておりませんが、分室は仮設のものと考えており、中長期的な視点に立って、入園児童数の動向等を推計し、慎重に対応してまいります。3点目のコンパクトタウンの考え方によるまちづくりにつきましては、公共施設の再編整備計画において、平成23年3月の東日本大震災を教訓にするとともに、誰もが安心して暮らしやすい町を求めて、翌年度に都市計画を専門とする講師を招聘し、町民対象の講演会や一般町民と中・高校生を対象とした公共施設の在り方を考えるワークショップをそれぞれ開催しております。これが今日の公共施設、街並み再編の発端であります。同時期に、第5期上士幌町総合計画がスタートしており、生涯学習センターの改築についても盛り込まれました。人口減少、少子高齢化が進行する中での施設整備につきましては、将来を見据えて、老朽施設の統合や機能の統合といった施設づくりの必要性から、平成25年度内閣府特定地域再生策定事業の制度を活用し、生涯学習センターを軸に公共施設等再配置計画を策定しております。策定に当たっては、アンケート調査、子供から高齢者、各種団体・サークルなど、広く町民の意見を反映した計画となっております。これらを基に、平成29年2月には、上士幌町の公共施設等配置計画に関わる整備計画を策定しており、策定経過の中で町民の意見の聞き取りや町民への周知を図ってきているところであります。このことに限らず、町の施策や動きについては、町広報誌や町ホームページ、必要に応じて説明会、パブリックコメント、さらには出前講座等で町民への周知並びに情報共有を図ってきているところであります。4点目の土地利用計画につきましては、第5期上士幌町総合計画改定版に、土地利用の活性化について未利用、低利用公共用地の有効活用に関する施策を掲げております。土地利用の状況としましては、平成26年1月に策定した公共施設等再配置計画において、中心市街地の空き地・空き家調査を実施しており、公共施設の適正な立地を検討する際に活用しております。また、さきに説明しました上士幌町の公共施設等配置計画に関わる整備方針に関連する施設等の整備に関しましては、行政区に対する住民説明や関連団体等への説明を適時行いながら、各公共施設の配置に関する考え方について、住民の皆様にご理解いただき、整備を進めてきております。将来の土地利用の在り方といたしましても、特に福祉ゾーンとして、旧生きがいセンターとその周辺が課題になるものと認識しており、その際には、住民の意見や有識者の助言を十分踏まえながら整備計画を策定すべきものと考えております。5点目、6点目の施設の利用状況、施設運営の財政負担につきましては、10年前まで遡っての新築または大規模改修施設における利用状況は、ひがし大雪自然館ほか、計画段階における利用者数に対し、運用開始後の利用者数が全て上回っていると認識しております。なお、昭和から平成前期に建設したスポーツセンターや糠平温泉文化ホール、地域の集会施設等は、建築当時からは人口が減少してきていることから、利用者も減少していると認識しておりますが、スポーツや文化、イベント、コミュニティーといった施設機能は十分生かされているものと思っております。大型施設の改築や新築につきましては、当面、役場庁舎の耐震化工事に伴う大型の改築を予定しておりますが、改築に当たっては、計画段階から議会にお諮りするとともに、町民に対しても必要に応じて意見を聴取する機会を設け、よりよいものに仕上げていくことが肝要と考えております。7点目の新設するICT推進室につきましては、ICT技術の導入により、町民の生活、産業、教育、福祉等において有益になるというような役割を担って設置するものであります。その中でも、一人暮らしや高齢者世帯にあっても、より安心して穏やかに暮らすための環境として、ICTの活用に着目しているところでもあります。Society5.0(第5の社会)は、高度に進化した情報通信技術を活用し、暮らしや産業に革命的変化をもたらす社会と言われております。本町としましては、その基盤となる光回線がほぼ全町に整備されます。AI、人工知能やビッグデータに求められる超高速通信5Gにつきましても、農業分野で実証実験を行っております。新技術の通信が、田舎にこそ安心と豊かな暮らしを実現させる革新的なツールになるものと期待しているところであります。
質問 8番 江波戸明
まず、この件については、きっと何らかの形で町長のほうに町民のほうから、何人かは別にしましても、要望されている一件かなと思って認識しております。そんなことで、町民の方もなるべく早く町史の記録を残しておいてほしいなという要望がきっとたくさんあるような意味合いも私は捉えていますので、そんな認識で、この課題を取り上げたところであります。本町には開拓のくわが入ったのは113年、開基的には、100年をこれから10年後に迎えるという部分がありますけれども、もう既に113年ですから、これに10を足すと120年以上の歴史が残ってきます。そんなことで、100周年まで含めて、今までつくった後、40年ぐらいのタイム的な間隔をどういうふうに記録に残っていくかという部分について、一番大事なのは、僕はやはりここの中で、まちづくりにいろいろ関わってきた人が、もう時代の変化でだんだん亡くなってしまったり、記憶が乏しくなってきたりとか、そういう部分があると思っています。そのため、やっぱり生き続けてきた軌跡の検証と、私たちはそれをきちっと継いでいく任務が私はあるんではないかと思っています。その中で、いろんな人たちの足跡がきっと記録の中で取り出されておりますけれども、町の歴史は、こういう人たちの足跡をきっちり残していきながら、そこに何を形で残すか。何を含めて、その辺の体験と経験の臨場感を学ぶか、こんなことが必要なことになってくると思います。先ほど教育長からありました。やっぱり学校教育の中でも、子供たちが町の歴史に学ぶ、これは中学年等でありますけれども、今、教育研究所でも立派な歴史書をつくってもらって、先般、ちょっと見せてもらいましたけれども、やはり歴史を学ぶということも、教育の大きな中身になってつながってくると思いますし、それでなかったら、ふるさと教育というのは、余り必要でなくて、これから未来に向けた教育という部分では僕はないと思っています。ですから、まず、今まで先人がいろいろ残してきた分についての考え方について、どういうふうな形で町として、今、編さん資料を残していますという部分はありますけれども、これについて、もうちょっと具体の部分でご説明願いたいと思います。
答弁 町長 竹中貢
町史につきましては、町の歴史を事実としてしっかり残していくという使命があるということと、お話しあったように過去に学び、そして将来を見据えると、展望するという役割もあるだろうと、そんなふうに思います。これまでの開拓の初めから40年間の歴史をつづった町史、少なくともこれは町史として大きなデータとして利活用されていくものと、そういう前提にあるというふうに思っております。それに加えて、その時期時期の起こった事象について残していくということでは、散逸するということが一番問題があるというふうに思っておりますから、そういう意味での資料の収集については、しっかりとやってきているということであります。そういう意味で、60年の、20年加えて60年ということでありますが、この後、100年というのは、一つの目安としてそう考えておりますけれども、こう考えるべきであると、10年先のことでありますから、私は今の段階でそこまで責任を持って答えるということはありませんけれども、とにかく町の資料についてはしっかり残しておくということは大事だと、そんなふうに思います。したがって、来年90周年を、3年ですね、迎えるということでありますから、そのときに新たに資料の掘り起こしを行って、しっかりそれは一つは保存していくということであるかと思っております。その中で、進め方として、基本的には写真だとかそういったものをデータにしながら、改築の際に紛失してしまうようなことのないように、町民に要望していきたいというふうに思いますし、場合によっては、その事業の中で、教育的な視点から、年配の方々のお話を記録に残していくというようなことも一つの事例としてあるのではないだろうかなと、そんなふうに思っています。いずれにしましても、町史が、歴史がしっかり残っていくという体制は、このうちもしっかり取っていきたいというふうに思いますし、今日までの町については、そういった歴史があって今があるというふうに思って、尊敬の念と、それらを踏まえて将来をさらに発展させていくというのは、私どもの責務であるというふうに思っています。
質問 8番 江波戸明
今、町長から当面の考え方を含めて、現状についてもお話しされたかと思いますけれども、町の条例の中に、上士幌町町史編さん委員会設置条例という条例があります。この中で、位置づけとして、常務委員の位置づけというのがありますから、僕は一応この条例に基づいて、何らかの形で早い段階で、ある程度責任の立場といったら別ですけれども、その編さんを、10年先に100周年の節目につくるということは、一定程度の目標になったかなと今認識していますけれども、その中で、今から担当を明確にしながら、その人が情報をきちっと取り寄せながら、それから町民との、本当に失わないうちに、いろんな聞き取り、写真、それから事実関係は別にしても、いろんな物語があるんじゃないかと思っていますんで、そんなことが必要であると思います。まず、この条例に基づいた委員会の大まかな形ではなく、常任委員等の設置をつくるような考え方がないかどうか、その辺ちょっと確認したいと思います。
答弁 町長 竹中貢
それについては、もし100周年ということであると、それに遡ってその体制を整えていくということになるかと、そんなふうに思いますから、すぐ今、今日、明日設置をしても、結果的に動き切れないというようなことになるか、あるいはずっとそれが続いていくということになりますので、集中的に専門的な人材も配置するだとか、そんなようなことを考えた上で、町史にふさわしい、100周年にふさわしいものができることが私としては望ましいんでないだろうかと、そのための体制準備については、遅れを取らないようにしっかりやっていく必要があるだろうと、そんなふうに思っております。
質問 8番 江波戸明
今ありましたように、なるべく早く、専門的な部分は別にしても、常務的な委員さんの配置というのは、僕は必要なことかなというふうに認識しております。今、前向きなような感じで取りましたので、よろしくお願いしながら、今日の社会の流れというのは、すごく第3の近代化という形を含めて、物すごい勢いで流れているなというふうに思います。この、スピードアップしていますから、その歴史を体験的にきちっと実施をしたり、表現できる方、これがだんだん減ってくると思いますし、40年といったら、役場職員が二十歳前後で入った場合、もう退職に近い年齢に達しますから、そこだけ考えても、きっと役場職員だけの範囲で考えても、すごい歴史の変化というのはあったのかなと。例えば農業関係でも、やっとトラクターが入り始めて、今もうとてつもない大きなトラクターが、そして、それよりもまして情報を取り入れた、本当に時代になってきているなと、これを40年というのはすごく大きな変化があった時代だと思っていますから、今入ってきた、例えば担当者が、それこそ実感として思い返せるのかなとか、そういう部分も含めて、僕はちょっと不安ではないですけれども、どうかなという懸念がちょっとあります。そういったことを含めて、やはり、40年のギャップというのはすごくありますから、なるべく早く、今ありましたように、常務体制を含めて対応してくれればと思っております。例えば、今ナイタイのレストハウスは改めてできました。これについては、レストハウスが改めた分は、物すごい勢いで宣伝しています。ところが、僕は歴史というのは、本当に台風、強風等で崩壊した後、本当に小さなハウスで一生懸命町民の方がそこで営業を続けてくれていた。僕はこっちの歴史のほうが大事かなというふうに認識します。当然、レストハウスの運営がスピーディーに、効果的に、地域の稼ぎの一つになるということは、当然望む姿でありますけれども、こういうことがだんだん薄れてしまって、例えばナイタイハウスはできたよ、結構お客さん来てくれたよではなくて、やっぱりそういうことが、僕は町の歴史の中で大事なことかなと思ったり、今、自動運転バスが試験的に、この3年間ですか、やっていますけれども、僕は今福祉バスの運転手さんが利用者に対して、毎日顔を見ながら、健康状況を見ながらお話ししながら、こういうことの歴史も僕は大事だなと思っています。きっと将来、10年後は、自動運転バスが走り始まるかと思いますし、そんなことによって、そういうことが忘れられちゃいかんなと、僕はそういうふうに思っていますから、そこに地域のコミュニティーとか、血の通った行政の対応とか、そういうことがやっぱり常に、常に歴史の中に浮き彫りにされてきて、残されていく、記録されていく、これが非常に大事なことだと思っております。本当に町民がいろいろな意味で、こういうこと、努力した分を今のうちから拾っておかなきゃならん。これは編集する段階でどうするかは別にしても、そういう記録的なものをやっぱり現場で取材しながらとか、対応する時期は今ではないかと思っていますから、毎年毎年少しずつの積み重ねで、最終的な編さんが町民にとって、こんなことだな、勉強になったなということで、必要性を感じるような編さんに行き着ければなと思っていますので、この10年先を見据えた中でも、今日の動きをそういう捉まえ方も含めて編さんに向けてたいただければなというふうに認識しております。この点についてご質問したいと思います。
答弁 町長 竹中貢
町史、歴史が歴史として伝えていくもの、多分毎日人々の生活が動いていますから、それを全部拾い上げて残していくというのは、なかなかそれは資料としては難しいというふうに思いますが、歴史が営々として続いていくというために、一定の客観的な歴史書としては、判断の下で残すべき、あるいは記載すべきもの、こういったことが精査されていくというふうに思います。特に、40年という、あるいは20年の歴史の中でも相当いろんな変化が起きてというのは事実であります。私も結構長いこと、この町政に関わらせていただいて、いいこともあるし、あるいは本当に社会を不安にさせるような事案だとか、そのような様々なことがありますから、産業の変化あるいは医療福祉についても様々なことがある。これは、まずはやっぱり的確に資料だけは散逸しないということは、まずそのことはしっかりしておかなきゃならんということと、併せてそれをどのように冷静に、町史として残していくかというのは、専門的な視点から、そういったことは必要はあるだろうと、そんなふうに思います。その間の、様々な、今あった人々の機微といいますか、そういったことも、いろんなその資料編の中で、多分使われてくるものだろうなと、そんなふうに思いますが、これらについても、例えば新年度期90周年になるとすれば、そのように語らい、人々の生きざまあるいはそういう経験を資料としてしっかり残していくというようなことも含めて、町民の歴史をくまなく資料として残していく。その上で町史や、あるいはそれに関連するようなストーリーといいますか、町民編だとか、そのようなことも時には考えられるのか分かりませんけれども、様々な形で編さんに関わっていく、いいものができるように、間違いのないような、歴史書として将来に恥ずかしくない、あるいは信憑性のあるものをしっかりとつくっていく必要があるかなと。行政としては、その辺のあたりが極めて大切な役割だと、そんなふうに思っています。
質問 8番 江波戸明
今、町長のほうからも、町民が行政において、含めて、町民生活において忘れては駄目なことでして、紆余曲折した歴史や、重ねて喜びの歴史、こんなことがあったなと思います。例えば、近年でいえば、本当に希望あるように、まちづくり会社なり、DMO会社ができて、これ町の対応していくよと。その中で、併せて歴史の中ではこれがどういうふうに推進しながら確保されてきたとか、いろんな意味の、一つのまちづくりもあったかなという認識もしていますけれども、いろんないいこと、悪いこと、そしてふるさと納税で、かなりまちづくりの基幹的な財政が確保されながら前に進んできているとか、そんなことを含めては、町長のほうから、そんな考え方についてあったのかなと思っています。そんなことを含めて、1つはまちづくりの史誌を考える場合、これ直接編さんするという部分でなくて、これとぶら下がりながら、町の生涯活躍の場づくり、町民参加という部分を、僕はこの中にあるのかなというふうに認識します。ということは、やはり、歴史というのは記憶が喪失されていったり、いつの時代でもきちっと足跡があるんですけれども、やっぱりなくなっていくよと。そんなところでは、町の語り部なり、それで写真や建物とかは別にしましても、本当にそういうことが必要になってくると思います。そんなことで、町史づくりに生涯活躍の高齢者の元気づくりの場としての、そういう活躍の場もあるのかなと思っています。それは、すぐに編さんに結びつかないけれども、ああいうときがあったよな、だけどこんな町にまたなってほしいな、こういうふうになってほしいなという、もうそこから僕は発生してくると思いますんで、高齢者の一つの生涯の生きがいのあるまちづくりという大きなカテゴリーの中で、この物語が一緒にいってくれると、高齢者、私たちもこれからの高齢者も含めて、何らかの形でそういうところに参加できるかな。ただ、史誌は企画的に、歴史をぽんぽんと追っていくんじゃなくて、そこに少しでも加わったり、参加するような、やっぱり過去の貴重な人々、人材、語り部等を含めて、そんな輪が、僕はまちづくりの一つの大事な流れではないかと思っています。古い写真を持ち寄って案が集ってくるとか、それから、町の景観の変化を語るとか、歴史を気構えた活動の発掘に生きた喜びとか、いろんな意味で、そういう高齢者の生きがい、生涯活躍の町と言っていますから、それもこういうことで、自分たちの足跡を検証しながら、対応できる場、そんなことになるかと思っております。これについて、また考え方があれば、町長のほうからお願いしたいと思います。
答弁 町長 竹中貢
町史の紙面を飾る、あるいはそこで記述していく内容と、それにつながっていく過程での資料の収集なり、情報の収集、これらについては、例えばシルバー学級だとか、そういった意味では、教育委員会の管轄の中で、生きがいづくりも含めて学びの場をつくっているということでありますから、プログラムの中で、この場面、こういった体験を聞く、話を聞く、そんなようなことも一つの収集の仕方でないだろうかなと、そんなふうに思いますし、また、随分になりますけれども、地域の宝探しの会、集まり、こういったことなんていうのも今お話しされたようなことについては、極めてふさわしい活動内容であると、そんなふうに思います。単に歴史をひもとくということだけではなくて、そこから新しい可能性、宝探しの会なんかでいうと、産業遺産から、それは観光資源になったという、そういう事例もございますから、そんなようなこともあり得るのではないだろうかなと。こういう様々な活動の中を通して、最終的には町史の中にどんなふうに盛り込まれていくかというような体系的なその資料の収集やあるいは住民の声を取り上げるというようなことは、これは必要なんだろうなと、そんなふうに思っておりますので、これらについては、それぞれ担当とかの中で今タイミングとしてできること、あるいはこの後、計画されるようなことも含めて検討の対象にさせていただければなと思います。
質問 8番 江波戸明
この件について、最後にちょっとお話を聞きたいという分について、ICTを活用したデジタル化という部分も僕のほうでいかがかと話しています。このウェブ上の公開については、編さんにおける個人情報とか、そういう保護の関係、本当に非常に慎重を期すというふうに認識していますけれども、それは当然、避けていかないとならない一つの、これからの、特に個人情報等を含めては大事なことかと思いますけれども、この効果ということについて、史誌の紙でつくるという一つの方法も含めて、このウェブ上を含めて、デジタルで町の歴史を何らかの形でいくと、いろんな意味で僕は情報を得ながら、この町に興味を持つという、そういうことが出てくると思うんですよね。例えば大雪山国立公園の自然はどういうふうに歴史に残ってきたか、うちの町の中で。当然森林の伐採の変革とかありますけれども、やっぱり動植物も含めて、国内の1億何がしの人たちの、少しでもそこに注目すると、うちの町に来てみたいな、こんな温泉の発見があって100年たった、ここにちょっと来てみたいなとか、そういう部分が一つの歴史と絡まって、ただ、100年のぬかびら温泉源泉郷にということじゃなくて、歴史と絡まった、やっぱり我が町の観光も含めた、自然も含めたPRもできるんじゃないかなというふうに、勝手ながらの考え方でちょっと認識するところもあります。そんなことを含めて、ネットによって、やはりこれから企業の、うちの魅力化の点検もできるかと思いますし、また、重ねてふるさと納税の産地の状況、こんなものをつくっているところからこんな製品ができているよとかを含めて、当然やっているというふうに認識しますけれども、やっぱりそういう歴史、本当に先ほど町長が言ったように、40年前は小さなトラクターから始まって、大型の収穫機までいったり、本当にいろんな歴史の中で、今はこういう生産がされているとか、そういうことで、この町の違う魅力といいますか、努力といいますか、それがやっぱり見えるような歴史的なもの、新たな視点での情報提供もあるかなというふうに思っています。そんなことで、タイムリーな情報を流すためには、もう入替えができますから、デジタルは。いろんな情報を入れていって、また新たな情報ができてきたら、またそこに加えていったり、そんなこともできるのがこのデジタル情報の歴史、町史に残す一つの大きな有利さだと思いますので、このデジタル化の在り方についても、ぜひ併せて検討していただければと思いますが、これについて考え方を聞きたいと思います。
答弁 町長 竹中貢
もう時代は、これだけいろんなデータが膨大になってきているということですから、ペーパーで処理するという、そもそもこのことに限らず、そういう時代ではないと。クラウド化になっていくということだろうと、そんなふうに思いますから、どうしても行政はしっかり保存は、基本的には文書のそれぞれ保存年限がありますけれども、しっかり保存はしております。それを必要なときに的確に引き出したり、あるいは町の様々な背景を知るということになると、これなかなかそれ難しい、今の情報の収集の仕方あるいは提供の仕方では難しいと、そんなふうに思っています。そんなようなことから、町はもう新年度、ITの関係の推進室をつくるということであります。これらのことも検討の中に含めて、文書の関係についても、どんなふうにしてデジタル化するか、あるいは特化をして、一つの固まりとして、例えば文化財はどうするのかだとか、あるいは農業関係の代替はどうするのかとか、そういう領域ごとにおいてやるという手法もあるかと、そんなふうに思います。いずれにしても、これは結構大がかりな作業になっていくと。歴史的な大きな転換の作業に入ってくるというふうに思いますから、それなりの費用負担もかかるかと、そんなふうに思いますけれども、総合的に文書のデジタル化については、これから検討していきたいと、そんなふうに考えております。
質問 8番 江波戸明
次、町民が暮らしやすい町の施設の在り方を踏まえて、土地利用の関係についてご質問したいと思います。まちづくりの計画は、今日の状況を見ながら、いろんな意味で検討するんですけれども、基本的には人口の増減、加減、含めて、地方自治体の財源の在り方、このことを考慮しながら、きっと対応するというのが前提だというふうに思っております。近年、4年間を見ても、町の人口80人ぐらい増えていますけれども、逆に言えば、この間ちょっと調べたら、外国人の方も82名ぐらい増えているという部分で、もう近年、4年間の中では、外国の人が結構増えてきているなと、これは一つはきっと近年のまちづくりの傾向の中の特色になるのかなと思いますから、今後、こういうことも含めて、適宜人口との背景を歴史的にちゃんと見ながら、まちづくりをやっぱりしていくことになるんではないかなというふうに思っていますし、職場の変化、特に今、農業生産団体の大きな法人等がありますから、こういうことを含めて、今この町にどんなことが起こっているのかなという部分を含めて、いろんな分析をしながら、まちづくりなり、財政の在り方というものについても考えていくかというふうに思うところであります。まず、町の変化の在り方をどのように分析しているか、どのようなタイミングで対応しているか、当面、これから大きな計画が、総合計画を含めてありますけれども、その中に、日々町の状況というのを分析する必要の中で、建物なり、利活用なり、土地利用なりが検討されるかと思いますけれども、この点、ちょっと考え方をお聞きしたいと思います。
答弁 町長 竹中貢
町の様々な計画策定の全体状況になるのは、今お話しあったとおり、人口というのは大事な要素の一つだろうと、そんなふうに思っております。この人口については、もうこの質問にありますように、最盛期の1万3,000人から、もうほぼ半世紀以上にわたって減り続けてきたということであります。人口の大きなピラミッド構成ですね。年代区分ごとの人口構成を見ても、高齢者のほうが多いと。少子高齢化という大きな流れとしては、その一つはあるということでありますから、その流れはそう簡単に解決する話でないだろうと、そんなふうに思っております。単独だけの状況で考えると、そういったことを考えると、社会減、人口減というのが、これは避けられないと。しかも加速していくということがありますけれども、そこがまちづくりの大事な、単に統計上のそのことだけで町の人口が決定されてしまうものではない。大事な要素であろうけれども、そうではない。そこにどんな施策を打つか、あるいは町が魅力を感じてもらえるかということで、人の増減が出てくるということであります。そういった意味では、今お話しあったように、外国人が、これは労働力不足ということで、上士幌だけじゃなくてほかの自治体も含めてそこに頼らざるを得ないという現実があります。この人口増というのは、多分これからもあるだろうというふうに思います。自然減はこれは避けられない状況、もう一つは、社会的な増減ですね。上士幌町から出ていく人、入ってくる人、これがこの4年間、5年間で大きくこの人口の自然減を補って人口維持をしているという状況だと、そんなふうに思います。ただ、これもそう簡単なことではないというふうに思いますから、中長期に見れば、人口は減るというふうに思いますが、ただ、それをいかに最小限に食いとめるかということと、人口が減っても、もう一つは経済的な活力をどんなふうにして維持していくかというのが、これは戦略的にこれからもやっていかなきゃならん課題だろうというふうに思います。そういったことを踏まえた上で、大きな流れとしては、人口減少は避けられないといいながらも、努力によっては、その幅を縮めていくことができる。これは、やっぱり行政のあるいは議会も含めて、まちづくりをどうしていくかというところにかかってくるというふうに思います。そのこところを大事にしながら、できるだけこの町が持続的に、後々に引き渡すことができるような、これはこれからも非常に大切なことであるし、そういった意味での将来的な大きな潮流を踏まえながら、施策を打っていく必要があるかなと、そう思います。
質問 8番 江波戸明
今、町長からあったように、人口とまちづくりと本当に連動した形になると思いますけれども、この中で、土地利用に関する考え方をちょっと整理したいと思いますけれども、私はこのことをまちづくりのやはり基本として、この土地利用ということを、ある程度総合計画なり、含めた議論の中にしっかり対応していく必要性があるんではないかなというふうに思いますし、また、その効果を重視する必要性もあるんではないかなというふうに思っています。特に、例えば土地利用計画、きちっと決まっているとしたら、環境に優しいまちづくりという一つのまちづくりをつくるとしても、インフラなり、それから緑化なり、環境整備を先にきちっとできていくのかな、あてがいぶちに、後でつくるのではなくて、やはり、そういう部分は、将来を見た部分でも、一定程度インフラ等を含めて、町の環境づくりもできていくのかなと。そんな意味で、美しい町という部分も、そういう発想がないと、なかなか上手にうまく出来上がっていかないかというふうに思いますから。例えば町なかの分断をしている、民間の所有で、今は拓殖自動車が持っているという大きな空間施設があるんですけれども、こんなこともやはり考えていく時代にもう来ているのかなと。どう考えても、夏の間、あそこは危険地帯で、うちの町の部分を、市街地を二分しているような部分でありますし、横にパーク場、焼き肉施設とか、町民の交流の場もありながら、将来、そういうこともやっぱり考えていくとしたら、あそこをうまく利用しながら、町民なり、移住対策なり、公園対策なり、いろんなことを考えていくことも必要になってくるかなと思います。あくまでも公的な施設ばかりではなくて、民の施設も取り込んだ、やはり土地利用ということも考えていく必要性もあるんではないかなと思いますし、こんなことが明確になって、町の土地の利用、いろんな意味で明確になることによっての企業対策、こういう土地がありますよ、こういう環境の土地がありますよ、こういうところがありますよということも、これからシェアオフィスとか含めてやる場合も含めて、そういう計画があると、きっと宣伝もしやすいし、また企業も魅力を感じて来るチャンスといいますか、そんなこともあるんだと思います。特に、町の遊休地なり、空き地施設の活用という部分をきちっと見直ししていきながら、公的施設のスクラップ・アンド・ビルドの適正な処理をしていかなきゃならんかと思っています。特に、自分の住んでいる地域の11区に関しては、旧営林署の苗畑、あそこはCCRC含めてとか、そういう部分も大きなポンチ絵的な計画がありましたけれども、なかなか進まないけれども、ここをどうするんだという部分をある程度引き出すことによって、企業の魅力、土地の魅力を含めて出てくるのかなと思っています。ちょうど十勝農業共済が一部利用していますけれども、今度はあそこ、連絡できるのは通路とか、そういうことも将来考えているといったら、企業なり、住宅地に展開するなり、分譲するにしても、いろんな意味で活用しやすいかなと、それがきっと土地利用計画と思いますので、そんなことも含めて、またあとは西保育所、それから青少年会館の空き施設、このことも考えておくことによって、町の在り方といいますか、方向が少しずつ見えてくるし、地域に住んでいる方も、こういうことになってくるんだなという理解も含めて出てくるかと思います。特に、西団地の、これから移転問題も含めてちょっと厳しいイメージが、どうしても11区とか、そういうところについては思っちゃう部分がありますけれども、そこには次のステップ、次の形がある程度見えると、また違った意見、町民の意見とか考え方、そこに対応するその土地利用者、こんなことが少しずつ浮かび上がってくると思いますけれども、こういうことを確認できる意味で、中長期的にまちづくりに対して、あそこの土地利用と施設の在り方を含めて、町長の考え方をお聞きしたいなと思います。
答弁 町長 竹中貢
何点かご質問がありました。全体的な計画ということになると、近々に迫っている総合計画の中で、大枠、共通の認識を図っていくことが望ましいかなと、そんなふうに思っております。今、まちづくりが大きく再編されております。公共施設を中心ということになりますけれども、この流れとしては、先ほど町史の話が出ましたけれども、分村したときの人口というのは5,000人、今よりも少し多いくらいなんですね。しかし、この町なかの構成というのは、今よりもずっとずっとコンパクトであったということです。最盛期、1万3,000人ということでありますけれども、それに合わせて、もう何となく自然体で広がっていったのが、本町に限らず、大体の大きな流れであるということであります。それが、今5,000人を切ったということになると、従来のスリムな姿にどう戻すかということで、あちこちに、町なかにも空き地があるということでありますから、そういうその初期の姿にしながら、それは生活する上でも合理的なことなんだろうと。西団地の、今高齢者がいて、あそこから町なかに歩いてくるというのは、非常にそれは生活上の不便さもあるし、あるいはひきこもりだとか、いろんなことに派生しかねないという、町の今の形は、これはやっぱりスリムな形にして出やすいような形にすると。実際、こちらのほうに来て住んでいる人については、近くに商店があったり、あるいは公共施設があって積極的に町に出るようになったというようなお話を聞いています。その後の残ったところについてはどうするかという意味では、これは高齢者が遠隔にいて、幾ら福祉バスがあったにせよ、やっぱりそれは規制された中での行動しかできないということであれば、町なかに来てもらうというのが非常に行政サービスとしてはふさわしいのではないか。今、その中で解体作業も始まっていますから、一定の形が見えたときに、そこは改めて今度はもう一度、若者が住むような、そういったことにするのかだとか、あるいは企業の関係にするのか、こういった議論がこれからなされていくのが望ましいだろと、そんなふうに思っております。また、営林署だとか、それから拓バスの跡地ですね。これもこれまでも防犯上のことだとか、様々な形で課題があって、いろいろと会社のほうとも協議した経過もございます。ただ、なかなか具体的にどうするかというところがなくて、土地を所有するということはどうするんだという議論が、必ずそれについてくるということでありますから、その辺のこと。それから、今、営林署のほうも随時自分の所有地を一般に競売にかけているというようなことがありますから、あそこもかなり広いところで空き地になってくる可能性もあるだろうというふうに思いますから、今の生活しやすい、高齢者も、それから子供たちも歩きやすいまちづくりというか、これは一つの大きな公共施設として動いていますけれども、民間のそういったことも含めて、これはこれからの課題として、総合計画なり、そしてまた、かなり大きな意味を持つ計画になりますから、十分この辺については、議員の皆さん方も協議をした上で具体化していきたいと。そう簡単に、やったはいいけれども、企業誘致といっても、そう簡単なことでもありませんから、その辺の見通しだとか、いろんな要素を踏まえて、中長期の計画をつくっていくのが望ましいかなと、そんなふうに今考えているところであります。
質問 8番 江波戸明
町長のほうからありましたように、我が町の市街地というのは、もうほとんどインフラ整備が終わっているんじゃないかと思います。道路、下水道、上水道を含めて。ですから、あえて本当にコンパクトがいいのかどうかという部分も、しょせん縦横2キロぐらいの町ですから、もうそれ自身が僕はコンパクトだなと思います。そういう中で、今ありましたように、若い人がうちの町内の11区のほうにも三、四軒は建ってきています。そういう部分で、ああいうところにも住みたいんだなとか、そういう部分も出てくると思いますし、うちの町も優良田園促進住宅法等で、やはりもう少しゆったりした農村的な部分もきっとあると思うんですよね。その一つの地域の、市街地に一番近い中でも、そういう地域の人となり得るという部分は、僕はちょっと思うところがありますし、これからいつまでもその土地に住み着くということでなくて、住替え等を含めて、高齢者だったら町なかでも、ちょっとしたら、若い人だったらちょっと外れてもとか、そういうこともこれから時代の趨勢を考えたらあり得るのかなと、そういう政策も、今そういう形もちょっと動いているかと思いますけれども、動き始めて、そういうことがやっぱりうまく活用することによって、このインフラ整備が完全に終わっている市街地をうまく使う、それから少しずつ条件が違う使い方をやっぱり特徴づけしながら、売込みも含めてとか、住替えも含めて対応できるような環境をつくっていくとか、そういうこともこれから非常に必要じゃないかなと思っています。それで、この計画をつくった段階では、一部大学の先生方の力を借りたということもありますけれども、本当はきちっと地域に住んでいる人たちが、この計画に携わっていく、そんなことも僕は必要だと思いますし、そういう声を大事にしていかなならんではないかなと思っております。そんなことで、コンパクトタウンという部分を含めて、少しでも地域コミュニティーの減少にならないような、やっぱり町なかに行っても、本当に住みやすいという部分はありますけれども、町コミュニティーがちょっとどうなるかとか、それから今、賃貸住宅ができてきている現状も含めて、どういうふうにそういう問題に対応していくか、こんなこともこれから課題になると思いますので、本当に残された時間、ちょっとありませんが、一言よろしくお願いしたいと思います。
答弁 町長 竹中貢
やっぱり多様な生き方というか、住まいの求め方というのはあるだろうというふうに思います。今はお年寄りにとって生活しやすい環境ということで、そういう環境を整備させていただきました。そこのところにどうするかと、やっぱりこれも、場合によっては循環をして、どんと人が増えたとき、減っていったとき、新たなまた見栄えだとか、こういう時代、時代に大きな変化がありますから、そういったところに対応できるような、そういう具体的な施策が必要だと、そんなふうに思っています。住替えの問題もありますし、コミュニティーの課題も大きな課題として残っています。こういった課題は、随時抱えているわけでありますから、引き続き安心して住めるまちづくりをどうするかという視点では、また今後とも皆さん方と意見を交換していきたいと、そう思っております。