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古平町議会 令和4年第2回定例会 2022年6月15日

広報ふるびらについて

2022年6月15日、古平町議会の一般質問で、真貝政昭議員が「広報ふるびらについて」質問し、町長 成田昭彦が答弁しました。

質問者
真貝政昭 議員
答弁者
町長 成田昭彦

議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。

質問 3番 真貝政昭

次に、広報ふるびらについて伺います。これをどうすれ、こうすれということではないのかもしれませんけれども、私の政治活動の原点は反戦平和の、そういう社会をつくるというのがまず大きな眼目で今までやってきたのです。政党に所属したのもそういう運動の一員として社会に貢献したいという、そういう思いがあって今まできたのです。それで、実は私の父もその兄の伯父さんも戦争に行きまして、たまたま父親が生還して、私が生まれたということになりますけれども、兄は父から伺っていたところ、ボルネオで亡くなって、遺骨は帰らなかったと。それで、御霊は靖国神社に奉納されていると。英霊です。それで、私のお寺は戦争中積極的に侵略戦争に協力しまして、戦争に反対したお寺さんの世界では地位ある方を破門というのですか、除名するほど厳しい処置を取った仏教界では唯一の宗派なのです。ところが、たくさん亡くなりまして、侵略戦争に反対するという機運が戦後総括されまして、除名したお坊さんを復権させて、そして戦後50年たったときに不戦決議というのを本山でしているのです。国会と同じなのです。衆議、参議というのがあって、どちらもそれに賛成して、二度とああいう戦争に門徒を送らないと。これからは世界の平和に貢献するという決意をしているのです。非常に同じ門徒になっている私としては誇らしい決議をしたというふうに思っているのです。その20年後にも非戦決議というのをして、改めて戦後制定された日本国憲法を守り、発展させるという立場を貫いているのです。昭和天皇も新憲法を発布するときに幣原喜重郎という元総理大臣と意見交換し、この幣原さんという人が憲法9条を日本国憲法に取り入れるようにと熱心に働いた方だということが分かりましたのです。その憲法を私の所属している政党もこれからも守り抜くという立場を取っています。私が政党に所属したあたり、仕事に明け暮れて、遊びに明け暮れて、何も政治的なそういうのがちょっとぼやけていたときに戦争中にひもじい思いをして、終戦の日に合わせて一日断食をされている郵便局員の方がいたのです。その方に終戦の日を答えることができなかったという、そういう恥ずかしい思いがあるのですけれども、広報見ますとかつてのそういう惨禍がまるでなかったかのごとく平和そのものの感じが伝わってくるのです。憲法が制定された日も終戦の日もロシアのプーチンみたいに先制攻撃で真珠湾を攻撃したときも何も広報からは伝わってこないのです。私は、やっぱりこういう経験の風化だと思っています。新憲法の下で我々が地方自治の一員としてここに参画しているのですから、やはりそういう犠牲になった人たちや戦後つくられた新しい憲法がどれほどすばらしいものかということを少しでも町民に伝えていく役割は、我々がいなくなった後やはり町側が引き継いでいくしかないのかなというふうに思っているものですから、町の広報にそこら辺を期待して、質問項目に上げた次第です。どうでしょうか。

答弁 町長 成田昭彦

4点目の広報ふるびらについてご答弁申し上げます。質問件名と質問要旨がちょっとかけ離れていて、どういう答弁すればいいのかなというふうに思っていたのですけれども、あくまでも私の立場から申し上げますと、広報ふるびらの発行につきましては町政に関する諸般の事項を町民に周知する、それから町が抱える問題等について町と町民が共に考えていくことができるような土台となる情報の共有などを目的としていると思います。真貝議員のおっしゃる戦後の平和憲法の下での終戦の日、終戦記念日ですか、そういったものを知らせない広報ってどうなのでしょうかと申しますけれども、私こういったもの、終戦の日、例えば日本国憲法の公布日が11月3日でしょうか、それから施行日が5月3日でしょうか、そういったことを周知するというのは地方自治体ではなくて、やっぱり国の責務かなと思っておりますので、その辺はそういったことで広報にこのようなことを掲載するということは考えてございません。これは、あくまでも国のほうでそういったものをやっぱり周知するのは当然のことかなと思っております。

質問 3番 真貝政昭

今回文集ふるびらを見させてもらって、戦争について文章を書いていらっしゃった中学生だと思いますけれども、大変感心しました。最近の子供含めて若い人たちは、テレビや新聞を見なくなっています。時期になりますと、沖縄戦だとか戦争中のあれだとかいろんな特集をするのですけれども、私はなるべくそれを見るようにして、父親や伯父さんがたどった経路だとか経験、それから友達を亡くした思いだとか、それを連想するように心がけているのです。余市町で私感心しましたのは、広報に副読本みたいな形で余市町に昔こういうことがあったというような特集といいますか、冊子ですけれども、その時々の農業だとか、それから文学だとかという中にニッカの「マッサン」が放映された頃にリタ夫人が戦争中特高警察に見張られていたという、そういう記述もありまして、なかなか広報というのは、今おっしゃったように、政治的にノンポリでなければならないというような表現がありましたけれども、学校でも副読本があるように、やはりいろんな形で町民にいろんなことを知らせることができるのではないか。今「せたかむい」が発行されていませんけれども、ああいう形態でもいろんな経験を持った方たちが活字にしてまとめると。今余市町のこんなことがあったというやつは一冊の冊子にまとめられまして、図書館に所蔵されていますけれども、多様な形態が取れるのではないかというふうに思っています。それから、教育のことを考えますと、歴史を含めて子供たちの情操教育というのは非常に大事ですから、自然も含めて。こういう自然豊かな環境がそういうおかしな戦争に巻き込まれていくのを防ぐという点でもやっぱり命を大事にしてくという、そういう観点からいろいろと柔軟性を持って対応していけるのではないかというふうに思っているのですけれども、可能性を私は追求しているのですけれども、町長のお考えをお伺いします。

答弁 町長 成田昭彦

なかなか難しい問題だと思いますけれども、先ほど述べたように、例えばそれが町として実施したときに一歩間違えば思想的なものにもなってしまう、そういった危険性もはらんでおりますので、広報におきましてはやはり先ほど申し上げましたような形で進めてまいりたいと思っております。発行に際しまして、今の形が読む、そういった形でいいのか、町民の方に見やすい紙面作り等、そういったものを考えていくということはありますけれども、一つのものに特化してそういったものを進めていく、例えば戦争のこと言いますと9条改正、片方では反対とか、そういったものありまして、そこにやはり自治体としてそういったことにはまっていく、そういったものは非常に難しいのかなと思っております。例えばそういった戦争は風化していく、そういった語り部さんがいて、そういう話をするとか、そういうことであればいいのですけれども、真貝さんの時代もあったと思うのですけれども、私が中学生の頃、まだ大火の話をしてくる先生がいました。必ず体育館に集まって、こういう状態でこうでしたという、それも今は風前のともしびで、ございません。そういった形のものは大事かなと思いますけれども、いかんせんそういった語り部をやってくれるような人もおりませんので、そういったことで広報についてはそういったことは考えていないということで理解いただきたいと思います。

質問 3番 真貝政昭

今は統一ロシア党というのですか、プーチンが所属している政党というのが。あれがピョートル大帝の時代の話を持ち出して、それこそウクライナに先制攻撃して、あれを見て評論家の皆さん方が昔の真珠湾攻撃を思い出したというふうに言っていますけれども、そういう悲惨な経験を通じて、権力を縛りつける憲法というものをつくって、憲法の理想に向かって働かせるという、そういう崇高な憲法をつくっておいて、それこそ9条を変えるだとかおかしなことを言い始める方も出始めてきて、やはり町民の中には不安を感じている方が、女性も含めて妙な時代に行き当たってしまったというふうに言っています。だから、過去のことはやはり避けて通れない、そういう経験を基にして今の私たちの生活があるのですから、そこら辺は政治的な健康にはならないと思うのです。私長く経験させてもらって、戦争を体験した方で特攻隊の経験のある方もいらっしゃいましたし、それから戦争中小学生で、勉強した記憶がないという方もいらっしゃいました。兵隊を見送るのと援農と軍事教練で勉強したことがないというのです。そういう時代があったということを子供たちに伝えていくということは、大事なことだと思うのです。テレビでも分かりますけれども、戦争というのはそういう事態になるのだということはやはり生々しくまだ伝えれるときだと思うのです。今回のウクライナの経験は戦争を知らなかった世代は戦争を知ることができた世代になりましたので、十分戦争というものを考えるいい時期ではないかと思いますので、ぜひとも積極的な発想で対応していただきたいなと思う次第です。終わります。

出典:古平町議会 令和4年第2回定例会 2022年6月15日 議事録 PDF(42ページ) 間違いを知らせる