厚岸町議会 令和8年第1回定例会 2026年3月11日
(1)夏まつりについて/(2)厚岸町の郷土芸能について/(3)床潭沼について
2026年3月11日、厚岸町議会の一般質問で、金橋康裕議員が「夏まつりについて」「厚岸町の郷土芸能について」「床潭沼について」について質問し、町長 三浦、教育長 滝川、水産農政課長 石崎、生涯学習課長 車塚が答弁しました。
- 質問者
- 金橋康裕 議員
- 答弁者
- 町長 三浦、教育長 滝川、水産農政課長 石崎、生涯学習課長 車塚
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
議員が最初の質問で述べた件名は 3 件あります。1回の登壇で続けて質問しており、議事録の中に件名ごとの区切りが無いため、1件の中に並べています。件名は議員の発言から取ったものです。
質問 金橋
これから一般質問をしたいと思います。それでは、質問事項の一つ目、夏まつりについて。(1)獅子舞、山車の競演について。厚岸町は、夏まつりへの支援としてどのようなことをしているのか。また、今後の支援はどのような方法を考えていくのですかです。二つ目、厚岸町の郷土芸能についてであります。(1)床潭八木節について。床潭八木節は、120年以上の歴史があると聞いているが、厚岸町はどのように支援していきますか。(2)厚岸かぐらについて。厚岸町は、江戸時代末期起源の厚岸かぐらを、今後どのような場で披露し、支援していきますか。三つ目、床潭沼について。(1)床潭沼の津波堆積物について。このことに関連して、アイヌ民族の伝承として残る道東大津波の記録は、どのように伝えられていますかということです。以上です。よろしくお願いします。
答弁 町長 三浦(町長は2026年3月まで)
12番、金橋議員のご質問にお答えいたします。1点目の夏まつりの獅子舞、山車の競演について、「厚岸町は、夏まつりへの支援としてどのようなことをしているのか。また、今後の支援はどのような方法を考えていくのか」についてでありますが、厚岸夏まつり実行委員会からの「厚岸夏まつり山車の競演」への協力要請に基づき、職員による交通標識の運搬、設置及び撤去に加え、交通規制、ごみ拾いを行っているほか、町が事務局を担っている「厚岸港まつり協賛会」から協賛金を支出するなどの支援をしているところであります。また、今後の支援についてでありますが、現在の支援を継続していくとともに、厚岸夏まつり実行委員会から新たな支援要請があれば、対応を検討してまいります。私からは、以上であります。2点目と3点目のご質問については、教育長から答弁があります。
答弁 教育長 滝川
私からは、2点目の厚岸町の郷土芸能についてと、3点目の床潭沼についてお答えいたします。初めに、2点目の厚岸町の郷土芸能について。(1)アの「床潭八木節は、120年以上の歴史があると聞いているが、厚岸町はどのように支援していくのか」についてでありますが、床潭八木節は、床潭地区で伝承されてきた踊りで、地域の歴史を伝える郷土芸能の一つであると考えております。床潭八木節を伝承している方々から支援要請があった際には、対応を検討してまいります。次に、(2)アの「厚岸町は、厚岸かぐらを、今後どのような場で披露し、支援していくのか」についてでありますが、厚岸かぐらは、江戸時代末期にニシン漁で栄えた、当町に渡ってきた南部地方の漁師によって伝えられた神楽に、アイヌの人たちの踊りが融合してできたものと伝えられております。昭和53年に町の無形文化財に指定し、現在は、厚岸かぐら同好会が伝承活動を行っております。今年度は、町民文化祭と二十歳のつどいにおいて披露しております。厚岸かぐらへの支援といたしましては、活動場所の提供や伝承校である小学校への授業協力などを行っております。また、文化財として伝承するための活動費の補助も行っております。教育委員会といたしましては、現在、厚岸かぐらを披露している各種行事のほか、新たな機会の提供に努めるとともに、後世に伝えていくことができるよう、引き続き支援してまいります。続いて、3点目の床潭沼について。(1)アの「アイヌ民族の伝承として残る道東大津波の記録はどのように伝えられているか」についてでありますが、床潭沼につきましては、平成17年度と18年度に独立行政法人産業技術総合研究所と北海道博物館及び厚岸町教育委員会が合同で津波堆積物に関するボーリング調査を実施し、沼の底から深さ4メートルまでの土砂を採取いたしました。その結果、津波によって海から床潭沼まで運ばれたと考えられる砂の層、4層が確認されました。分析の結果、これらの砂を運ぶような津波が発生したのは、7世紀から8世紀の間と、13世紀、17世紀、そして1739年から1856年の間に発生したものと考えられ、現在、この堆積物は、海事記念館において保管しております。また、アイヌ民族の厚岸に関係する伝説につきましては、大正13年に刊行された「人類学雑誌」に、厚岸のアイヌ民族が津波によって亡くなったという話が掲載されております。
再質問 金橋
それでは、一番最初の質問の夏まつりについて、再質問をさせていただきます。私が調べたところ、厚岸の夏まつりは、創建200年を超える厚岸神社と130年以上の歴史を持つ真龍神社の例大祭が起源です。1816(文化13)年に獅子舞が行われた記録が日鑑記に書かれてあります。明治時代に現在の二人獅子、前足と後足が伝わると書いてありました。それで昭和40年代のニシン大漁を契機に、一部地域から町内全体へ広まったというふうに書かれてあります。昭和40年代というと、私が小学生から中学生になるぐらいのときです。それから現在に至り7月上旬に開催、山車の競演と獅子舞が特徴の個性ある祭りになったということです。ここで、歴史的な部分ということで管内を調べてみましたら、釧路根室管内の夏まつり、釧路港まつりは、1948(昭和23)年、釧路港の開港50周年を記念して初開催でありました。それと、根室市の夏まつりは、1888(明治21)年から祭典が開催のこんぴらさんの夏まつりとありました。このことからも、なぜ厚岸町は歴史があって、この祭りがずっと継続されたかということになります。ですから、これはいろいろなことはあるでしょうけれども、守っていかなければならないお祭りだと思います。この厚岸町の夏まつりについて、私なりに考えたのですが、前例踏襲ではありません、変化しながら来ています。どちらかというと、カーニバル的な形になってきてはいますけれども、それは変化しながら継続されているということなので、柔軟に対応して、町民の方がいろいろと今まで頑張ってやってきています。この山車の競演をここまで盛大に築き上げた団体の方々、それを運営した方々、大変なご苦労があったと思います。個人的に言うと、そこに座っている桂川議員もまとめ役として大変な役目を果たしました。私は全く本当に敬意を払います。まず、こういうことがありますから、町としても、町外からもイベントとして集まってきます。ですから、安全に安心できるお祭りで、事故・けがなどがないように、裏方としても大変なご苦労はあると思います。ただ、人が集まるということは、町が盛り上がるということですから、ぜひバックアップ、黒子役ですけれども、よろしくお願いしたいと思います。そういうことについて、何かあったらお答え願いたいと思います。
答弁 水産農政課長 石崎(水産農政課長は2026年3月まで)
お答えいたします。厚岸夏まつりは、様々な形で変化してきて、昨年度は新しい団体も増えて、さらなる盛り上がりをしたということでございます。町長からの答弁にもございましたけれども、厚岸町では、人の支援という形で交通整理、議員おっしゃいます安全・安心な競演ができるように裏方という形で、車が入ってこないように番兵している状態でございます。それは、今後も実行委員会からの要請に基づいて継続していきたいというふうに考えております。そのほかの部分につきましては、新たな要請がありましたら、都度検討させていただきたいと。まずは、しっかりと安全・安心をやっていきたいというふうに考えてございます。
再質問 金橋
町全体として、いろいろな方々の応援をもらって、いろいろとあります、騒音がどうこうという人もいます。ただ、それなりのパーセントとして、七、八割の方が「頑張ってね」というのであれば、30%ぐらいの方には「すみませんね、音がして」という形でいくしかないと思うので、100%ということはあり得ません。ですから、七、八十%の方が「夏まつりはいいね」というのであれば、文化としてつないでいってほしいと思います。よろしくお願いします。これについては、以上です。2番目の厚岸町の郷土芸能についてということも、今まであったものがそのままなくなるということが、ちょっとどうなのかなと思ったので質問させていただきました。一つ目、(1)の床潭八木節についてですけれども、これについて平成12年7月1日に床潭八木節の保存会が発足されました。私の調べている範囲です。それで、厚岸文化協会の会長でもあった久保田春男さんの尽力によって、それが続けられてきているとは聞いています。「釧路まちなか」という小冊子があるのですけれども、「その昔、昆布とりが終わる頃に、床潭神社の例大祭が行われた。船の帆やねじり棒、鍵棒を舞台の骨や幕に使い、海の上を見ると、漁の忙しい合間を縫って、取っ手のついた鍋蓋を花笠代わりに持って」と書かれてあります。それと、床潭八木節には、一つ笠、二つ笠、笠踊り、手拭い踊りの四つがあったが、現在は二つ笠のみが伝わり、踊られているということが、聞き取りですが言われています。このことについて、文化芸術活動において地域で守っていかなければならないと思います。それで、昔のそういう流れと最初を知っている方から聞き取りをして、映像、録音などを残すということは、教育委員会としてですけれども考えておられますか。
答弁 生涯学習課長 車塚
ただいまのご質問にお答えします。床潭八木節につきましては、現時点では、指定文化財にもなっていないことから、調査等は進んでいない現状にございます。ただ、学芸員の活動であったり、博物館活動の中に床潭八木節の踊り手の方もいらっしゃいますので、そちらの考え方もお聞きしなければ軽々しくここで発言できないのですが、今後、そういう基礎資料というのですか、床潭八木節の歴史の聞き取りができる部分については、そういう博物館活動の中でも関わっていけるのかなというふうには考えております。
再質問 金橋
そのことについて、よろしくお願いします。それでは、次に、(2)の厚岸かぐらについて。今後どのような場で披露、支援していきますかと問いかけたのですが、場面場面が、披露する場面が、私が知っている限りでは、大体二十歳のつどいで、私も裏方でやっているので、そこで目の前で見ているのですが、そのほかにもいろいろと披露する場があるのであれば、まず、今、きちんと3名の若い人たちがつないでおりますので、その人たちに預けっ放しではなくて、サポートするということであれば、あと、小学校でも活動としては確かにやっていますから、その後、大人になってそういうのをつないでいくというのは、今やっておかなければ、恐らくつながらないと思いますから、その辺のところを教育委員会のほうでよろしくお願いしたいなと思っています。そのことで細かい部分は何かありますか。
答弁 生涯学習課長 車塚
ただいまの質問にお答えさせていただきます。厚岸かぐらの保存は、今、同好会という組織が行っております。今、金橋議員おっしゃられたとおり、今後の後継者・育成が急務だとは思っています。実際、同好会で踊っている大人の方々も、実は、小学生のときから習い覚えて、中学、高校と切れ目なく活動を通して長い期間やってくださって、今、20代、30代前半になって、まだ続けていらっしゃる方がいらっしゃいます。今ちょうど、かぐら少年団ということで、町内の小学生が踊り手として混じってくださっているのですが、そういう児童生徒の存在も大事にしながら、活動を続けていきたいと思っておりますので、ご理解いただければと思います。
再質問 金橋
そのことについて、今後とも継続的によろしくお願いしたいと思います。それでは、次に3番目の床潭沼について。私が調べたものと大体同じようなことだったので、それでちょっと話させていただきます。床潭沼は、湖面標高6メートル、湖面積0.07平方キロメートル、最大水深3.5メートルの淡水湖。それで、私が調べている分では、床潭沼の固定堆積物調査は2001年というふうになっていたので、そうだと思います。1843(天保14)年に大津波、床潭沼のコアにおいて、厚岸沖の地震による津波堆積物として特定されたというふうなことで書かれたものを読んでいます。それから、ここにお答えいただいたとおりの先史時代、巨大津波。あえて床潭沼について、堆積物についてと言ったのは、まず、はっきりと津波が起きたということです。ですから、その場になったら、ただ逃げろという、それしかないです。どうするではなく、ただ逃げる、何も考えないで逃げるしかないのですよ、津波は来るのだから。それと、室﨑議員も言われましたけれども、確かに役場の職員も自分が危ないのに行くわけですから、それは大変です。ただ、今の若い職員が30歳だったら、15年前は15歳です、25歳だったら10歳です。ですから、繰り返し、繰り返し、職員の方にもこうだったよとつながなければ、私たちのように津波の経験はしていないですから、長い繰り返し、繰り返しで、津波のことですからあれですけれども、できるだけ職員の方にも、今ここに座っている方が何歳だったか分かりませんけれども、実際に経験している職員と経験していない職員では危機感が違いますから、事あるごとに、例えば私があえて床潭沼の堆積物がどうこうと言ったのは、こういうことを言って、記録としてあるよだけです、質問しているのは。そのことによって考えてください。そして考えて、そのことの古い文献を読むとしたら、若い職員の方でも分かります。そして、あとはある程度高年齢の方に聞いてください。実際に講演会でどうですよというより、そのほうが早道です。ですから、こういう質問をさせていただきました。あと、若い職員の皆さん、津波は怖いです。質問、以上で終わります。