赤平市議会 平成26年第4回定例会 2014年12月17日
文化施設の創設について
2014年12月17日、赤平市議会の一般質問で、菊島好孝議員が「文化施設の創設について」質問し、社会教育課長 蒲原英二、企画財政課長 伊藤寿雄が答弁しました。
- 質問者
- 菊島好孝 議員
- 答弁者
- 社会教育課長 蒲原英二、企画財政課長 伊藤寿雄
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
件名は会議録の議事日程の表記です。
質問 7番 菊島好孝
続きまして、3番の文化施設の創設について、①、総合的な資料館の創設についてご質問をさせていただきます。この私の質問については、前段各議員の方々からも似たような質問があって、多少重複する、そういった部分もあるかと思いますが、これは私の最後の思いを込めて述べる部分でお許しをいただきたいというふうに思います。まず、過去多くの議員の方々がこの資料館の創設というものについてそれぞれの立場、それぞれの分野から質問をなされてきたというふうに思っております。これまでいただいたお答えは、ほとんどの返答が公共施設改革専門部会の中で検討をさせていただきます、協議をさせていただきます、こういうお答えでした。でも、その答えは依然として返ってきておりません。私の記憶が間違っていなければ、そのように記憶しています。しかし、もうそろそろ具体的な計画が目標として示されてよいのではないかというふうに考えているところでございます。郷土資料につきましては、旧医院であったものを赤平市の郷土館として利用されておりましたけれども、今は除却されて、中にあった郷土資料も公民館の中に保存されております。また、炭鉱の歴史資料につきましては、住友赤平小学校の閉校跡に保管されております。これらの資料等も何年もそのままにしておくと、傷んだり風化したりする心配があります。大切な資料が無価値になってしまうと、そういうような心配が懸念されるわけでございます。そこで、郷土資料や炭鉱の歴史資料がそれぞれの場所でどのように保管、保存されているのか、これが一つでございます。それから、移動するときに本当に現存の資料の価値のまま運搬したりなんかすることができるのか、その移動する場所はどこなのだということを2点お伺いしたいというふうに思っております。つけ加えますけれども、この資料館の創設に当たりまして、まず資料が現在のままの状態で大丈夫なのかという心配からこの質問に至ったわけでございますけれども、ぜひともお答え願いたいというふうに思います。よろしくお願いします。
答弁 社会教育課長 蒲原英二(社会教育課長は2016年12月まで)
総合的な資料館の創設についてお答えいたします。赤平市郷土館につきましては、平成21年3月をもって閉館となり、平成25年度に除却され、資料につきましては赤平市公民館に保管されております。資料等の保存状況につきましては、なるべく日が当たらない場所等で少しでも劣化しないような形で保管している状況です。次に、赤平市炭鉱歴史資料館につきましては、小学校統合に伴い、住友赤平小学校の閉校により休館している状況ですが、展示時の状況のまま9月には電気の切りかえ工事を行い、収蔵施設としての機能を維持するとともに、研究、学習目的の場合にのみ一部公開をしておりますので、保管につきましても維持している状況であります。資料の展示、収蔵につきましては今のところ、同じような答弁になってしまいますが、公共施設改革専門部会を中心に策定されました遊休公共施設等整備計画に基づき、住友赤平小学校跡の方針の中で、赤平市立小中学校適正配置計画による豊里小学校及び赤間小学校の学校統合により、双方ともに耐震化された建物となっているため、廃校となった側の校舎に資料館としてあわせて移転することとなっておりますが、今後の財政状況や配置計画等を踏まえながら開設に向けて進めてまいりたいと思いますし、またその際の運搬に際しましても、現在の保存状況で劣化して運び出せない資料等はございませんが、今後も資料の価値が下がらないような保存に努めてまいりますので、ご理解賜りますようよろしくお願いいたします。
質問 7番 菊島好孝
ただいまの答弁では、炭鉱歴史資料館については収蔵施設として機能を維持すると、あるいは研究、学習目的の場合のみ公開をしていますよと、そういう話をいただきました。ですから、公開をしているから、1年間のうちに何日かはそこに出入りして確認することはできると思いますけれども、例えば公民館の中に保存されている資料等については、確認も行っているということなのですけれども、どのぐらいの頻度でどういう状況の確認の仕方をしているのかなというふうのが心配なのです。なるべく傷まないところに置いているとは言いながら、そこに置きっ放しで確認をするといってもなかなか大変でないかなというふうに思うのですけれども、本当に大事な資料なのです。だから、傷まないように保管しているというのはわかるのです。だけれども、やっぱり保管した以上は確認をしなければだめだ。だから、そこら辺の確認の仕方、どういうぐあいにしているのか。例えばこれから冬になってこうなるよと、出入りできなくなるよと。そうしたら本当にどうやって確認するのですかという、そういう疑問もあるわけです。だから、そこら辺をちょっとお聞きさせてください。
答弁 社会教育課長 蒲原英二(社会教育課長は2016年12月まで)
やっぱり言われたとおり、なかなか冬になると出入り等も難しくなりますけれども、冬等にはあそこのところの場所を2月、1月かな、一度あけたりしますので、そのときには必ず一度確認を行いますし、今後夏になってもそういった確認という形の部分を毎月1回なら1回という形で今後させていただきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
質問 7番 菊島好孝
ただいま毎月1回ぐらいやるという決意でございますから、大事な資料なのです。ですから、そういうことで大事に保管、大事に保存していただきたい。私の今のこの質問の将来の総合的な資料館の創設にもつながってくる大事な部分なので、よろしくお願いしたいというふうに思います。次に、ただいま申し上げた資料については郷土資料あるいは炭鉱の歴史資料等でございますけれども、将来の赤平にとって必要なことはそれらを含めた総合的な資料館の創設ということだというふうに私は思っております。それは、統合で残された旧校舎の再利用しかないのです。しかも、耐震化が完了されている旧校舎。そうでなければ耐震化をした意味がないわけでありますから、その校舎でしかそういうものを創設していけないというのが誰が見ても赤平の現状からすればおわかりだというふうに思っております。そして、その校舎を、予算の面で云々というものもあるけれども、予算に関係なくとりあえずは目標を持つというか、その校舎を早く特定することが私は急務だというふうに思っています。これができないと、今までの各議員から、いろんな資料館の創設だとか、そういう分野から出たし、各議員からいろんな角度から出て、そういったものをどうするのだと、歴史資料どうするのだ、炭鉱資料どうするのだと、いろんなものが出てまいりました。だけれども、そこを早く特定してあげないとだめだと思うのです。残ったものが2つであれば2つでもいいと思うのです。そこをここかここと、ではここの場合はどうするのだ、ここの場合はどういうことをするのだと。お金は後からです。でも、そういう計画を早くしないと、いろんな赤平のまちづくりに弊害をこれから起こしていってしまうのでないかという、そういう心配もあります。その中には、郷土資料館で保存あるいは保管していたものだとか、私が目指す総合的な資料館というのは、住友の歴史資料も含めて、例えばその学校跡地の中に美術館、例えば赤平の出身で道展の会員の方が何人かいらっしゃいます。伊藤さんだとか、それから浜向さんだとか、そういった方々の絵、また今回エルム高原の家族旅行村のほうに彫刻を世話していただいたきっかけをつくってくれた今JRにいる勝見さんだってそうです。そういう赤平出身の方の絵を飾る部屋をつくる、そういう美術館。あるいは、いろんな意味で今赤平に力をかしていただいている石飛さんがいらっしゃるでしょう。書道館、彼の書いた書道を展示する部屋、そういったものをつくってもいい。あるいは写真館、赤平市内の本当に重立ったすばらしいところを写真に撮って、ここが赤平の名所だよというか、赤平のすばらしいところだよというものをそこの部屋に飾ってもいいではないですか。あるいは音楽館です。今本当に懇意にさせてもらっている、いろんなところから議員さんからも出ている、それから答弁の中にも出ている板垣登喜雄さん、今バイオリンで一生懸命赤平を全国にPRしてくれている。彼の資料だとか、あるいは赤平出身の例えば中学生の方々が吹奏楽で優勝したよと、そういうための記念の写真でも何でもいいと思うのです。そういう音楽館をつくると、あるいは音楽教室をつくると。あるいは匠塾、今一生懸命赤平で若者たちが子供たちのために、あるいは老人たちのためにものづくりの場を提供しているのです。だから、そういう方々が活動できる場所、これは例えば高齢者の方々にもものづくりをしてもらいましょう、あるいは子供たちのものづくりの体験館としてもここを利用しましょうと、そんな部屋があってもいいのではないか。あるいは閉校後の学校資料、赤平の閉校後の学校資料がどこにどういうふうに存在しているか、ちょっと僕も調べていなくてわからないのですけれども、今まで数々の学校が閉校してきたはずです。その閉校してきた後の歴史ある資料がそういうところに一堂にして掲示されれば、これが赤平の歴史だな、これが何々小学校の歴史だな、これが何々中学校の歴史だなと。そして、目新しいところでは11月1日に閉校式を迎えた赤平高校です。ここにだって赤平東高を含めたたくさんの資料があるはずです。そういった資料の置き場所が大変だと思うのです。だから、早くそういう場所を特定して、そういうものをここに運ぶのだという計画を立てないと、どういう保存の仕方をしたらいいかわからないはずなのです。それを今後やっていきたいということなのです。そして、欲を言えば、赤平には日本のものづくりの300社に選ばれた企業が4社あります。そういうところで表彰されたものを学校の教室を使って一部展示してあげるとか、あるいは図書館もそうです。先ほども図書館の話出ましたけれども、図書館だっていつまでも、いつまでもあそこに置いておくわけには僕はいかないと思うのです。あそこ動かすときにはどうしたらいいかという問題も出てきます。では、そういうところで図書館もこういうところに入って何とかならぬかなとか、そういう計画というか、目標をどんどん、どんどん先につくっていかないとだめだと思うのです。そういうところを考え合わせると、先ほども申したように、耐震化が完了した旧校舎しかないというふうに思うのです。私は、都市機能というか、赤平のそういったものを高めていくためには、文化だとか、あるいは芸術の振興を図ると、こういうことをやりながら、それを大切にする心を養う場、そういったものを市民に提供することだというふうに思っています。ですから、将来高齢者と若者がこの赤平では共存共栄、共生する、そういうまちにする、そういうことに僕はつながっていくのでないかなというふうに思います。以上のことから私の希望も含めてお話をさせていただきますけれども、この赤平市にとって本市の先輩たちがつくった歴史の継承、そして足跡、これを若者たちや子供たちに引き継いで残していってもらう、そのためにもぜひ総合的な資料館、この創設、これをお願いしたいというふうに思います。いかがでしょうか。
答弁 企画財政課長 伊藤寿雄
総合的な資料館、複合施設といった趣旨のご質問でございますが、これは公共施設全般にかかわる問題となってまいりますので、私のほうからお答えをさせていただきたいと思います。当市におきましては、人口規模に見合った公共施設の適正配置や行財政改革の一環といたしまして、平成20年には赤平市公共施設改革、平成24年には遊休公共施設等整備計画を策定いたしまして、既に多くの公共施設の統廃合を実施してきております。先ほどお話がございました資料館につきましては、この遊休公共施設等整備計画の先ほど社会教育課長からもお話がありましたが、住友赤平小学校跡の方針の中で、炭鉱資料館については豊里小学校及び赤間小学校の学校統合により廃校となる校舎に移転し、なおかつ炭鉱に限らず、赤平市全ての歴史を知ることができる資料館とする内容を示しておりました。しかし、本年度に入りまして、今後の赤平中学校と中央中学校の統合校舎に関しましては、赤平高校校舎跡に建設することに変更となり、これによって赤平中学校の跡利用をどう活用するかということが大変大きな課題となっております。今後の公共施設の基本的な考え方といたしましては、現有施設よりも基本的にはふやさない、耐震化基準を満たしている施設は避難施設の位置づけを含め効果的に活用をする、そして議員が言われるとおり、できるだけ施設の複合化を進めることで施設管理の効率化やそれのみならず、市民並びに団体の交流の場を創設してまいりたいというふうに考えております。そこで、平成26年4月22日の総務大臣通知によりまして、市町村は平成28年度までに公共施設等総合管理計画を策定するよう要請を受けており、本計画は地方公共団体において厳しい財政状況が続く中、今後人口減少等により公共施設等の利用需要が変化していくことが予想されることを踏まえ、計画期間は10年以上で長期的な視点を持って更新、統廃合、長寿命化などを計画的に行うことにより、公共施設等の最適な配置を実現することが必要というふうに言われております。本市におきましては、規模の大きい学校校舎跡や跡地の活用は、市全体の公共施設の利用方針を定めるに当たって非常に重要な課題となりますし、さらに来年3月に完成を予定されている子ども・子育て支援事業計画には幼稚園、保育所の施設方針も示されると思いますので、議員の言われる総合的な資料館も含め、こうした情勢変化に対応するため、国の要請に基づく公共施設等総合管理計画を平成27年度に策定してまいります。ただし、本計画は基本方針にとどまっているため、この方針に基づいて具体的内容を定める個別計画を策定することが重要であると認識をしておりまして、全庁的な連携を図りながら取り組んでまいりたいと考えておりますので、ご理解をいただくようお願い申し上げます。
質問 7番 菊島好孝
全市的な連携をとらないとこの問題は解決しないというふうに思っております。これは、僕は市民の願いだと思うのです。議員さんがそれだけ質問たくさんいろんな角度からやるということは、市民の願いでもあるから、議員さん方からの質問が多いのです。僕はそう思っています。ここにいらっしゃる高尾市長さんもこの件については熱い思いを持っていると僕は信じていますから、本当にそういう思いなのだけれども、やっぱり財政の面もある、それから今企画課長がおっしゃったそういったいろんな要素があって、連携をしないとなかなかできない問題だということは僕もよくわかっているのです。でも、目標を持つ、それから計画を立てる、お金はその後についてくるという、そういう考えのもとに、この計画はやっぱり進めてほしい、そういうぐあいに思っております。これから行うであろう小学校あるいは中学校の統合計画、これらの策定いかんにもよりますけれども、ぜひともさきに話したように教育委員会とも情報の共有を図りながら、横の連携を密にして、そして目標を設定する、それから各資料等の移動計画案、これを作成することに着手をする、そして総合的資料館の創設に向けて、本当に庁内挙げて、みんなでもって何が一番いいのか、どこが一番いいのか、どうしたらいいのかということを前向きに協議して創設に向けて頑張っていただきたいというふうに思っております。以上で私の質問を終わらせていただきます。