みんなの議会

洞爺湖町議会 令和4年12月会議 2022年12月12日

次期噴火に備えた避難行動と避難所の対応に関して

2022年12月12日、洞爺湖町議会の一般質問で、立野広志議員が「次期噴火に備えた避難行動と避難所の対応に関して」質問し、企画防災課長 佐々木勉、町長 下道英明が答えました。

聞いた人
立野広志 議員
答えた人
企画防災課長 佐々木勉、町長 下道英明

議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。

議員の質問 5番 立野広志

5番、日本共産党の立野広志です。これから、2件にわたって質問をさせていただきます。1件目は、次期噴火に備えた避難行動と避難所の対応に関して質問をさせていただきます。2000年の有珠山噴火から来年で23年目を迎えようとしています。有珠山は、1663年の噴火以来、20年から30年ほどの周期で噴火を繰り返す山であります。今後いつ噴火してもおかしくない、噴火の前兆期に入っているとも言われているところです。有珠山の火山防災を進めることは、今まさに町にとっても急務の課題だと思います。2000年噴火における避難対策を改めて検証し、同じ困難を繰り返すことのないように、対策と準備をしっかり整えることがいよいよ急がれております。今、議会の管理職の方々も、22年前の噴火を実際に経験した方はだんだんと少なくなってきております。それだけに、その当時の取組がどうだったのか、どんな課題があり、それを今後に生かしていったらいいのかということを改めてしっかりと検証し、そして記録に残すということが大事なのではないでしょうか。10月20日に、議会の先進地行政視察として、岩手県の釜石市に訪問させていただきました。東日本大震災による大津波によって、関連死も含めて1,064名もの尊い命が失われたところであります。その教訓を後世に伝え、災害対策に生かすために、釜石市は22名のメンバーによる釜石市東日本大震災検証委員会というものをつくり、平成23年から26年にわたって6編にわたる検証報告書というものを発表いたしました。その中身は、細かく言うと時間もありませんが、簡単に言いますと、検証の報告書の表題だけを見ますと、被災状況、災害対策本部の対応、住民の避難行動、津波・避難・行動編、災害対策本部編、避難所運営編、学校・子ども関連施設編、そして地域編、これら6編の報告書、全部で16項目に及ぶ検証内容ですが、その成果は、現在の震災誌の発行であったり、防災意識の向上に向けた防災市民憲章の制定、地域防災計画、震災メモリアル施設の整備など、市の防災施策に反映するとともに、震災を後世に引き継ぐ地域文化の醸成を図るということで取り組まれています。さて、私たちの町、洞爺湖町はどうでしょうか。2000年有珠山噴火の際、発災前の行政対応、発災後の行政対応、避難対策などがどうであったか。当時の状況や課題、今後に生かすべき教訓など、住民とともにしっかりと検証したという印象は、私は持っておりません。なぜないのかなと、調べてみました。簡単な話なのですが、噴火災害に伴う復旧復興対策の途上でもあった4年目の2004年6月28日、豊浦町、虻田町、洞爺村による法定合併協議会が設置されました。その後、行政の中心的な課題は、合併協議の検討へと重点が移っていったのです。2008年3月5日、虻田町と洞爺村が合併しましたが、合併後は噴火災害に伴う対応を検証することもなく今日に至っていると、私はそんなふうに思います。ですから、先ほど紹介した釜石市のような、きちんとした噴火後の検証というのが実際にはまだできていないと思われます。迅速な避難の対応と避難者対策についての検証はどのように、そういう中で町として行われてきたのか。このことについて何点かこれから質問させていただきます。一つ目は、2000年の有珠山噴火時の活動内容や住民アンケートなど、様々な団体、個人や研究機関の報告、調査、検証を行っておりますが、それらが冊子などで公表されています。大変これは貴重な内容でありますけれども、これらも含めて、町としてはこれまで何らかの検証が行われてきたかどうか、改めて確認させていただきたいと思います。どうでしょうか。

町の答え 企画防災課長 佐々木勉

検証についてのご質問と思われます。2000年の噴火時におけます迅速な避難の対応、避難誘導の検証について、当時、地震が始まった28日、町内の避難所を開設いたしまして、一部住民の避難が行われました。その時点においては、山頂山麓噴火の場所の特定ができなかったことなどもあり、まずは町内に避難所2か所を開設し、自主避難者の受入れを行ったところでございます。また、翌日29日に避難勧告を発令しまして、避難所として開設したうちの一つであった虻田中学校での避難者の受入れも行いましたけれども、大きな地震の影響などから、施設面の問題もあって、翌日虻田高校に移っていただかなければならないというようなこともございました。31日、泉北地区から山麓噴火によりまして、虻田本町地区でも全域が一斉避難となったことから、入江から伊達の間の37号の通行止めということもございまして、豊浦方面への車の渋滞が生じたということもございました。避難先においては、隣町の豊浦町への緊急避難先の多くが学校施設であったことから、学校の始業時期と重なり、数日で他の避難所へ移らざるを得なかったということもございまして、当時は地域ごとの避難ということを想定しておりましたけれども、これらの要因が重なりまして、想定していた避難所ごとの地域コミュニティがなくなってしまったということが課題であったということで認識しております。これらの課題の検証につきましては、防災担当で基本的には把握し、必要に応じて所管課の話を聞きながら、各種計画の策定に進んでいったというところでございます。

議員の質問 5番 立野広志

先ほど紹介しました幾つかの証言や調査報告書、ちょっと私のほうで手元にある分、紹介させていただきたいと思うのですが、例えば噴火の年の8月18日に公表された「避難町民300人アンケート」、これが東京大学社会情報研究所、廣井脩所長が監修された内容であります。それ自体も、多分あまりよく見ていないのではないかという気がするのですが、もう一つ、日を追って言いますと、2000年8月29日には、「有珠山噴火による被災状況と生活体験に関する住民意向調査」というのが行われました。これは北大文学部地域システム科講座の研究室によって行われましたが、この中身には、住民約600世帯を対象として、31項目の設問に対して被害の内容、避難行動や場所、困ったこと、仮設住宅での生活状況、体調の変化、住宅移転の希望、仕事、家のローン、前回噴火の体験が生かされたかどうかというようなことについてのアンケート調査、600世帯を対象に行われたと。そしてさらに、噴火の年の12月には、こういう表紙の、これは「有珠山避難に関わる医療の現状」ということで、洞爺協会病院の病院長、事務局長が監修された内容です。これは非常に、珍しいといったら変ですけれども、噴火当時に、噴火した地域に存在した医療機関が被災住民に対してどんな医療が提供できたのかと。国の制度でいうと、被災したところで、病院自体も移転しましたけれども、病院機能が移転しましたが、そういう中で、実は救護班として活動できていないのです。それを認められなかったのです協会病院は、避難地域の病院だということで。そういうちょっと矛盾があるのですが、そういう中でも、ふだん病院に来られている患者を何とか把握して、慢性疾患等薬の必要な方たちを把握して、そして薬を提供していくというようなことを、真剣にというか一生懸命取り組んだことが実はここに述べられています。これまで救護班による報告書というのはまとめられたことはありますが、噴火時、被災した病院と避難住民を受け入れた病院の立場からの報告というのは、今まで見られたものはありません。そこで、地元の医療を担う医療機関を対象にして、開業医も含めたアンケートを取っているのですね、協会病院だけではなくて。アンケート調査を実施して、避難住民に対する当時の医療体制の経過などを調査し、まとめたものだと。そして、ここの中に苦言が出ているのですが、「町の対策本部は、医療現場での動きについての情報を的確に把握することが次の対策を取るためにも重要だ」と書かれています。つまり、もう行政側も医療機関がどういうふうになっているのかということを実は十分把握できないまま、とにかく医療機関の本当に先進的な取組がそういう中で行われていたということが紹介されています。それから、翌年の3月31日には、虻田町社会福祉協議会が「山が動いた 有珠山との共生」ということで、こういう冊子をまとめています。これも噴火の記録として200人の証言、特に小学生から大人まで、高齢の方まで含めた200人の方が噴火直前と、そして噴火後にどうであったのか、様々な内容について小学生から高齢者まで被災住民の生の声がつづられたものです。これは非常に今後に生かすべき内容だと思っています。こういうようなこととか、それから、極めつけといったらいいのか、「2000年有珠山噴火災害町職員記録集」、職員の方なら一度は目にしたことあるし、この中に投稿された方も今、幹部の方で何人かおられます。一々紹介しませんが、これを見ると、災害対策本部での対応がどうだったか、避難所の運営でどんな苦労があったか、各種の現場業務、学校、保育所、医療、支援物資などの苦悩など、職員が本当に昼夜を分かたず避難所で対応したこと、避難所以外でも、寝る暇もなく頑張ってきた。そのために病院に行かなくてはいけないという状況になった方もいたようですが、そういう方々の噴火直後の対応、これはこのまま埋もらせておくわけにいかないと私は思うのです。本当に2000年の噴火以降、噴火が起こったら同じ苦労をすることになるのではないかということが非常に心配されます。月並みな防災計画や防災対策だけでは駄目なのです。実際に噴火が起こったときに、あるいは発災前にどうやって安全に避難するのか、そして避難した住民をどう守っていくのか。また当然、行政として様々な事業があります。そういう過去の教訓をしっかり生かしていくことが大事なのではないかなと思うのですが、改めて町長に伺いますが、これらの資料を基にして、次期噴火に備えた対策を検証すべきではないかと思いますがいかがですか。

町の答え 企画防災課長 佐々木勉

今の様々な冊子を活用した継承ということのご質問だと思ってございます。今、議員おっしゃった各種冊子につきましては、住民の噴火の記録集や、さらに先ほどお話のあった町職員の当時の記録集など、そのほかアンケート等もありまして、全てではございませんけれども、様々な課題がそこに載っているということは認識しているところでございます。その中で、一つのアンケート調査においても、当時は、約8割近い住民がさきの噴火を経験していたということなどから、この山は噴火する山であるということの意識があったと。火山性の地震があった時点で約4割の方が噴火すると考えていたこと。また、その経験によって、町から自主避難要請を受けて約5割近い世帯が噴火の前に自主的に避難したという調査結果などが出ておりました。2000年から22年が経過いたしまして、災害の記憶を風化させないために、さらに、当時2000年の噴火を経験されていない方々に対しまして、災害時のイメージを持っていただくことが必要であるということもこの結果などから検証できたということでございます。避難訓練などを通じまして、そのイメージを持っていただくことが重要であると考えているところでございます。また、その他の記録では、避難所において、自宅の家の状況が一番知りたいというような意見があったことや、噴火当時の情報は、テレビやラジオが80%近く占めていたという調査結果などもございました。その後、IT等の普及に伴いまして、携帯などでの電話、連絡ツールなども普及しまして、それら新たな情報手段の検討が必要であるというふうに考えているところでございます。また、住民アンケートなどをまとめました平成14年の、先ほど議員がお話しされていた社会福祉協議会が発行した「山が動いた」という冊子などもございますけれども、そちらにつきましては、200人の噴火体験の記録ということでございました。その中で、書かれていたことにつきましては、避難所の床が硬くて眠れなかったとか、避難所の狭さの指摘、プライバシーの問題、乳幼児の生活用品の問題、ペット等の持込みの問題などが示されていたところでございます。その対応としまして、段ボールベッドやプライベートの仕切りの備蓄、そしてペットの問題では、協定等によります仮設のペットの居場所というものを調達しながら、その記録を基に課題の解決に向けまして、可能なところは適宜行ってきたというところでございます。以上です。

町の答え 町長 下道英明

ただいま議員のほうからご指摘ありましたように、課長のほうからも資料のほう、私も読みかけでございますけれども、見させていただいているところでございます。貴重な記録や資料につきましては、今後しっかり精査して、課題や問題点を解決できるよう努めていきたいと思っております。特に職員が書いた記事というのは、非常にリアリティもありますし、そういった点でしっかりと教訓、提言を活用させていただきたいと思っているところでございます。以上です。

議員の質問 5番 立野広志

この後にも触れますけれども、町には洞爺湖町地域防災計画という計画書をつくられましたよね。この計画書は、北海道がつくられた地域防災計画を基にして洞爺湖町としてもつくっているということではあるのですが、この中を後で取り上げますけれども、本当に今、洞爺湖町として噴火だけではないですけれども、津波や、あるいは地震などの災害が起こったときに、実際に避難した住民が避難所での生活をどう過ごしていったらいいのかと。いろいろな問題があって、それを本当に改善しなくてはいけないと思うのですが、そういう点でいうと、私、行政の担当者や職員が個人的に、あるいは町長がいろいろこれまでの報告書や冊子を見て、それで幾つか防災計画に盛り込みましたという話ではないのですよ。実際にこれがどうだったのか、もっと公の場できちんと議論をして、検証して、そして町としてのこれまでの取組としての反省点や改善点、今後に生かすべき点といったものをしっかりとまとめていくことが大事なのではないですかと。それをまた町民にもしっかり伝えていくということだと思うのです。例えば発災前の対応として、例えば噴火でいえば、噴火前の行政の対応として前回どうだったのかと。そして町民への情報伝達の方法としてはどうだったのだと。細かいことでいえば、例えば消防広報車、あるいは町の広報車などで避難を呼びかけたときに、避難の呼びかけが聞こえないと、何を言っているか分からないということも随分聞かれました。それから、避難の仕方にしても、これは国の危機管理対策が伊達市に移って、なおのこと警察関係の規制が厳しくなったというのもあるのですが、噴火の様子を見にいったら、そのまんま拉致されたと。拉致という言葉はちょっと適切でないですけれども、家に戻ることもできず、サンダル履きのまんま避難をさせられたというようなことなども実は出ていますよね。そういう意味でいうと、噴火前の行政の対応や、あるいは町民への情報伝達の方法はどうだったかと。いい面もあるし、ちょっとこういう点は改善すべきところがあるなというのも当然あると思うのです。避難行動における課題もあるでしょう。最近は一人では避難できない要援護者という方々に対する避難の取組も重視されるようになりましたが、毎年そういう方々を本来なら町がしっかりと把握して、そしてその一人一人についてどう対応したらいいのかという計画を立てていかなくてはいけないのだけれども、その登録自体も毎年しっかり行われているのかどうか。そして、それを支援する体制というのは本当にできているのかどうか。この辺も改めて私は検証すべきところがあるのではないかと思います。発災後の対応としては、まず避難所の確保と運用に関する課題ですね。前回は、とにかく初めて町外への避難を繰り返したわけです。ですから、避難所に一回入っても、その日の夜に明日の6時にはもう移りますよと言われて突然避難先を変えなければならないということも度々繰り返されてきたということです。今回はそういうことには決してならないのかどうか。これもこの後に話しますが、こういう感染が広がっている中で、現在、町が示している指定避難所だけでは当然足りないなと私は思います。そういう意味で、避難所の確保や、そしてまた運営、職員の説明にもあります、私も実際に多いときには31か所の避難所を回って歩きましたが、1か所の避難所に職員おおむね2名が大きいところはついていました。ところがその2名の職員も、情報が十分本部から入ってこない。本部に問い合せても答えがばらばらで、その後の対応もしっかりしてもらえない。こんな苦悩を随分聞かされました。そういうようなことを考えますと、避難所での運営や職員の配置の問題、そして、実際に避難している人たちの協力をどうそこから得ていくかということも、やはり前回の噴火を教訓として、これからの避難所運営の在り方についてもしっかりと考えていく必要があると思うのですが、改めて、私、町長に伺います。町長の頭の中ではなくて、これを本当に、釜石市のような状況もあると思いますが、複数の人たちでしっかりと一つ一つの事柄について検証して、そしてそれを公にして、そして町民にもしっかりと周知し、理解してもらう。行政としてのこれからの取組の指針としていくということが必要だと思うのですが、そういう考えはありませんか。

町の答え 町長 下道英明

今、議員のほうからございましたように、噴火前の行政の対応ですとか、あるいは町民への情報伝達とその評価、また避難行動における避難場所の確保と運用における課題等がございました。こういったところをもう一度資料等も読み解きながら、しっかりと次の噴火に備えていくことを考えているところでございます。特に避難所の確保と運用における課題のところでは、今、議員からご指摘がございましたコロナ禍もございますし、そういった点で避難所の不足に伴う確保が急務となっているところでございます。広域避難の協定を今年度3月に2町1村と連携しておりますけれども、避難施設の確定に至っていない現状もありますし、さらには協定先町村へも確認して、今後とも早期広域避難所の確保も進めてまいりたいと思います。まずは「故きを温ねて新しきを知る」、温故知新の中で資料等もしっかり検証しながら、避難について取り組んでまいりたいと思っております。以上でございます。

議員の質問 5番 立野広志

午前の質問で、最後の方をもう一回改めて確認しますが、幾つかこれまで紹介した冊子、証言集等ありますけれども、これらの資料を基にして、次期噴火に備えた対策を改めて検証する考えがあるのかどうか。私、町長がどういうふうに最後答えたかよく覚えていないので、もう一度その点についてお答えいただきたいと思います。

町の答え 町長 下道英明

今回の貴重な資料につきましては、全て確認したわけではございませんけれども、改めてこれらの資料を確認させていただきながら、課題や問題を解決できるように努めて盛り込んでいきたいと思っているところでございます。以上です。

議員の質問 5番 立野広志

それで、確認したいというのですけれども、どう確認されるのですか。そのことをちょっと知りたい。どうやって確認するのか。

町の答え 町長 下道英明

どのようにということで、今までの資料等を見ながら、今回の担当課と一緒に見直しについて取り組んでまいりたいということでございます。

議員の質問 5番 立野広志

私が聞きたいのは、どのような場で、そのように確認をするのかということです。単に町長や担当職員の間だけでそれを見直ししますという話であれば、そうではなくて、しっかりとそれなりの一定の人数でもって、各分野、各対応状況について分析をして、それを検証するという組織的な取組が必要だと思っています。その点では、答えになっていないのですよね。ただ読み直してみる、あるいは担当課なり職員と検討するというようなお話ですから、その程度のものなら、私はむしろ一番最後に紹介した総合研究として北海学園大学の開発研究所というのが、ちょうど噴火から4年後の2004年2月24日に発表した「2000年有珠山噴火災害と地域振興」という冊子があります。実はこれはうちの役場でやっているのです。役場でシンポジウムを開催しているのですよ。北海学園大学の先生を講師に招いて、そのときに配布された資料なのです。ここには、本当に全般的な2000年の噴火の発災前から発災後、そしてその後の避難生活に含めて詳細にまとめられています。ただ読み返すなら、私はこういうことをまずしっかり読んで、それからもっと重要なのは、ぜひこれも紹介したいのですけれども、長万部町のスポーツセンターで避難所のときに自治会長を務められた小野寺義雄さんが、遺稿作になってしまいましたけれども、その当時の取組状況について、ずっと日記をつけているのですね。それを室蘭民報者の記者の方が監修をされて発行した「火の山とともに生きる」と。500名を超える避難住民が長万部のスポーツセンターに避難生活をすることになりましたが、どうやってその中で避難所の運営を図ってきたかと。様々な苦労、苦悩がありました。こういったこともぜひ読み込んでいただいて、こういうのが単なる歴史物にするのではなくて、今に生かすということを基本にしてぜひ検証の一つの材料にしていただきたいと私は思っています。それがまた小野寺さんの意思でもある。ぜひ未来に生かしてほしいということでまとめられた本だということです。こういうようなものも、ぜひ私は、特に噴火を経験した職員だけではなくて、その当時は多分管理職でも何でもなくて、一職員として従事していた方が多いと思うのですよ。それが今こうやって管理職になっている方もいるでしょう、あるいはもう退職して職員ではない方もいます。現在では噴火を経験したことのない職員のほうがむしろ圧倒的に多くおりますから、こういう職員の人たちに過去の噴火についてしっかりと学んでいただく。そして今後、噴火が起こったときには過去のそういった苦労も繰り返すことのないようにしっかり対応をしていく必要があるのではないかということで、私はそのために検証してくださいと言っているのですよ。単に町長や担当職員が読み返して調べてくださいと言っているのではないのです。これを町民含めて共有の財産にしていく必要があるということで、改めて町長に求めたいのですがいかがですか。

町の答え 町長 下道英明

議員のほうからございました、特に2000年の噴火の後、発災の後、例えばご案内ありました「非難の町民300人アンケート集計調査」ですとか、直近でお話ございました小野寺さんの遺稿集「火の山とともに生きる」ですとか、あるいは北海学園大学の開発研究所といったところも読み直しながら、噴火前の行政の対応、そしてまた町民への情報伝達とその評価、さらには避難行動における課題、避難所の確保と運用における課題等もこの中からひもときながら情報共有、これは行政、そしてまた地域、そしてまた今防災に関わっている皆さんと一緒に共有できる場を担当課と一緒にもう一度再構築して検証していきたいと思います。取り組んでまいりたいと思っているところでございます。以上です。

議員の質問 5番 立野広志

それでは、1点目の二つ目、洞爺湖町地域防災計画に関して質問をさせていただきます。洞爺湖町地域防災計画は、私もこうやって冊子にして持っているのですけれども、有珠山を抱える当町の地域的特性とか、2000年噴火を経験した町として、その教訓を生かした防災計画、避難者対策の充実が必要だと考えています。その点で、地域防災計画ですが、直近ではいつ見直しをしたでしょうか。まず、それについてお答えください。

町の答え 企画防災課長 佐々木勉

防災計画の見直しですけれども、2017(平成29年)年10月に見直しをしております。

議員の質問 5番 立野広志

2017年9月15日に、議会の全員協議会の場で地域防災計画の修正案というのが提示されました。そして、2017年(平成29年)防災計画そのものがこうして示されたわけなのですが、実はこの中で見直しされたのは、有珠山噴火時における避難所等の変更が主な内容だったかと思うのですね。その点でどういう見直しが行われましたか。

町の答え 企画防災課長 佐々木勉

そのときの防災計画の見直しにつきましては、噴火の影響が及ばない場所の避難所自体の見直しや自治会単位での避難所の指定の再々整理、そしてそれに附随する計画であります備蓄計画や職員向けの避難所運営見直しなどを随時作成してきたという流れでございます。以上です。

議員の質問 5番 立野広志

噴火に関わらず、実はその後、2021年12月16日には避難のレベルが改正されまして、レベル4というのが自治体発表の避難所法変更に伴って避難準備だったのですけれども、これが高齢者等避難に変わりました。高齢者など早めの避難を、そしてそのほかの人は避難の準備を進めるよう呼びかける情報ですが、この改正内容については地域防災計画の中に盛り込まれていますか。

町の答え 企画防災課長 佐々木勉

平成29年の改定した後にその改定が行われましたので、現在は見込まれておりません。以上です。

議員の質問 5番 立野広志

地域防災計画は、必要があるたびに毎年見直しをしなければならないということになっているのです。ところが、今説明いただいたように、2017年以降、町の地域防災計画の見直しが行われていないというのは、これはちょっと、私は防災対策として職員の方も忙しかったのだと思うのです、とはいえ、災害はいつ起こるか分からない、繰り返すか分からないということもあると、毎年のように必要な改正をしていかなくてはいけないと思うのですが、残念ながら国の避難レベルの改正等についての見直しはこの中に行われていないということが分かりました。さて、防災対応の原則は何か。防災対策の三原則と言われるものがあります。それは、一つは疑わしきときは行動せよ、二つ目、最悪事態を想定して行動せよ、三つ目が肝心です。三つ目は、空振りは許されるが見逃しは許されないと。避難をして無駄だったと、何もなかったではないかということは、それはありますよ。だけれども、空振りは許されるが見逃しは許されない。知らなかったとか、そういうことは許されないのだと。特に町長の責務、権限としては、町長は災害対応の第一線の責任者です。仮に対応を誤れば、住民の被害が拡大します。その覚悟を表明していただけませんか。

町の答え 町長 下道英明

冒頭、洞爺湖町の防災計画の直近の改定ということでございますが、残念ながら改定は平成26年、27年、29年以降していないと。昨年の2021年の改定についても残念ながらできていなかったというところでございます。早急にこのような形で対応させていただきたいと思います。また、議員のほうから町長の責務ということでございました。自然災害、町民保護、事案等の危機事態における対応というのは、私自身、町長として頭に刻み込んで行動すべきという幾つかございます。一つ目は、危機管理においてトップである町長が全責任を負う覚悟を持って陣頭指揮を執ることでございます。町長として、職員との関係で意識しているのは、細かい情報でもまめに入れてもらうことだと思っております。職員が大丈夫だと言ったときほど慎重を期し、さらに詳細な情報を求めること、そして職員が危ないと言うときは現場を信頼する。やはり細かい情報をまめに入れてもらう。状況が悪くなってからいきなり情報を受けても判断が難しいところだと考えております。さらに町長として重要な事項が五つあるかと思います。一つは、駆けつける。本庁舎に一刻も早く駆けつける。そしてまた体制をつくっていく。災害対策本部の体制を早急に立ち上げていく。次が状況把握でございます。四つ目が目標対策について判断していく。そして五つ目は住民へ呼びかけていくということでございます。さらには、町長が最初に自ら判断すべき事項は、避難事項等の指示等の発令と緊急消防救助隊や自衛隊の応援に係る都道府県への要求でございます。さらには、災害状況が正確に判断できない場合でも、最悪の事態を想定して判断して行動する。さらには、日頃、消防緊急救急、自衛隊等の関係機関、トップクラスと顔の見える関係を構築しながら、危機管理を共有していきたいと思っております。このようなことを念頭に置きながら、町長としての責務、覚悟を持って住民の生命、安全を守ることを第一優先として指示を行っていきたいと思っているところでございます。以上です。

議員の質問 5番 立野広志

ただいま町長に述べていただいた防災対策に対する覚悟は、ぜひ日常的な取組の中でも大いに生かしていただきたいと思うのですが、先ほど地域防災計画の話をしました。災害対策基本法の第42条に、市町村の地域防災計画で規定した内容があります。そんなに長くない文章なので、ちょっと読みますね。「市町村防災会議は、防災基本計画に基づき、当該市町村の地域に係る市町村地域防災計画を作成し及び」、次からが重要です。「及び毎年市町村地域防災計画に検討を加え、必要があると認めるときは、これを修正しなければならない。」と、こういうふうに災害対策基本法の第42条に書かれているのです。ですから、洞爺湖町の地域防災計画は、単なる計画ではないのだと。そのときどきの災害の危険性、そして災害に対する対応を、それこそ私たちの場合は2000年の噴火災害を経験している。その前のものを経験している人がいるかもしれませんけれども。そういう経験を基にして、さらに改良を加えていく。実際的な内容に変えていくということが大事だし、当然国の災害レベルが変更になったときには、それに合わせた対策も必要になってきますから、そういったこともきちんと盛り込むことが大事だと。今、町長が言われていた決意を、ぜひこういった作業の実践の中でも常に生かしていただきたいということを改めて述べたいと思います。それで、災害への備えとして、四つほどあります。例えば行政間・研究機関との連携、行政内部の取組、発災直前の対応、発災後の対応、四つの項目があるのですが、ここで私は新たな問題を指摘したいと思います。それも四つほどあります。それらについてこれから一つずつ確認したいと思います。一つは、有珠山の観測体制の変化です。二つは気象庁が緊急速報メールの配信を終了するということです。三つ目は、避難訓練参加者が少ないということです。四つ目は、町が指定する指定避難所が不足していると。さらに、その避難所に対する必要な設備整備が遅れていると。併せて住民周知の問題です。これらの現状について、それぞれについて、町長の問題意識や対応策について伺うのですが、まず一つ、有珠山の観測体制の変化、説明いただくと長くなるのでどうしようかと思っているのですが、まずこれについてどんなふうに受け止めているか、ちょっと説明いただけますか。

町の答え 町長 下道英明

今、議員ご指摘のありました新たな問題、課題ということでございます。その中で1番の有珠山の観測体制の変化でございますが、気象庁と北大の地震火山研究観測センターで協力体制を敷いておりますが、本町の防災会議委員であります北大の青山教授との連携を図っていきながら、今回の観測体制についてしっかりと対応させていただきたいと思っているところでございます。

議員の質問 5番 立野広志

実は私、一つの問題点として指摘した有珠山の観測体制の変化はどういうことかというと、いい面もあります。例えば複数の機関がそれぞれ観測設備を整備してデータの共有が進んでいるということです。例えば気象庁による常時観測点は、2000年の噴火のときは南山麓だけでしたが、現在は9か所になりました。観測項目も地震計だけではなくて、傾斜計、空振計、GNSS、これはGPSと似たものなのですけれども、もっと精度の高いものです。それから映像と、多岐にわたっています。防災科学技術研究所というところも山体周辺の3か所に多項目総合観測点というのを整備して、連続観測を開始して、このデータは気象庁とか大学へ観測データを提供しています。北大も、7か所の観測施設が今20か所に増えています。観測データを研究や教育に活用するために、気象庁とか防災科研へこれを送信していると。いい面もあるのですが、実は後退している中身、これがちょっと心配なところです。実は北大は、2004年に法人化されました。そのために研究費の削減が続いています。観測施設などの計画的な整備に対する予算が廃止されました。2000年噴火の頃までは大学や火山活動の監視や情報提供に大きな役割を果たしてきましたけれども、今では活動監視や情報提供というのは気象庁が行うものだと。そして大学は基礎研究や技術開発などの研究機関としての役割分担が進んでいる。これによってどうなるかというと、2000年噴火時は、研究者が日常的に有珠山を観測して、3月27日に噴火の前兆をいち早く、それも非公式に、行政機関に情報提供し、噴火に備えた避難対応を早期に進めることができました。その後、気象庁は、翌日3月28日11時55分、噴火予知連絡会の幹事会の議論を経て、噴火注意報というのを初めてここで発表するのです。公に噴火の可能性がありと伝えたと。ところが、今後は、このような研究者の非公式な対応は期待できません。山の特徴を熟知し、噴火の前兆を的確に判断する上で、研究者の存在は非常に大きかったわけですが、今は観測機械に頼ると。そして、それを発表するのは、公式に気象庁が発表するまで行政はその内容を把握することができないということになってしまう可能性があります。ただ、火山というものに対してどれだけ知見を持った職員が測定データを見ているかというのは非常に不安なところもありますし、過去で言えば、御嶽山の噴火のように、実際に警戒レベルが上がらないまま、実は多くの人たちが噴石などによって命を落とすということが起こっているわけですね。ですから、こういう意味でいうと、観測体制が変わってきたことというのは非常に大きな問題だし、私たちとしても、それに見合った対応をしていかなければならないということだと思います。二つ目の緊急速報メールの配信終了について、どのようにお考えなのかお伺いします。

町の答え 町長 下道英明

ただいま、2番目の気象庁の噴火に関する特別警報の緊急速報メールの配信終了についてでございますが、現在、鹿児島の下鶴隆央市長が会長をしております火山防災強化市町村ネットワークにおきまして、配信継続の要望を行っているところでございます。また、当町におきましても、気象庁からの特別警報を得てからの住民への情報伝達のタイムラグを生じないように実施してまいりたいと考えているところでございます。以上です。

議員の質問 5番 立野広志

気象庁は、今年12月末に気象など及び噴火に関する特別警報の緊急速報メールの配信を終了すると発表しました。ただし、緊急地震速報、津波警報、大津波警報の緊急速報メールは継続しますと。何がしないのかといったら、ここでいう、いわゆる火山噴火の警報です。これについては、出さないと言うのですね。ただ、気象庁は、メールはやらないけれども、同様の内容は市町村に送るのだと言っています。ですから市町村は、個別に事業者と契約して住民にこれまで同様の緊急速報メールを流すことができますよと気象庁は言っているのですね。だけれども、それには莫大な費用がかかるわけでしょう。だから、先ほど言った鹿児島の市長、火山防災強化市町村ネットワークの代表の長谷川さんですか、気象庁に配信継続を求める要望書を出しました。国会でもこのことが問題になりました。共産党の田村議員が衆議院特別委員会で問題にしました。そうすると、国は何と言ったかというと、気象噴火の配信システムを継続すると年間1,200万円かかるのだと、継続のためにシステムを更新する経費は約3億円かかると、だから削減するのだと言っているのですね。メールが必要ないという理由は何一つない、根拠を示さない。そして、廃止の目的は、あくまでも経費の削減なのですね。国が住民の安全を守るというよりも経費を圧縮、これが、今国がやろうとしていることです。ですから、今、火山防災強化市町村ネットワークの代表が要望書を上げているというだけではなくて、私は有珠山を抱える洞爺湖町の町長としても、ぜひこれは国に対して、そしていつも町長が言われる与党議員の方、付き合いあるのでしょう、そういうところにしっかりと私は継続を求めるという対応が必要だと思うのですが、それについてはいかがですか。

町の答え 町長 下道英明

今、議員ご指摘がございました火山防災強化市町村ネットワークだけではなく、火山防災フォーラム、会長は蔵王の村上町長でございますけれども、またさらにジオパークの古川市長もおりますので、そういった面々の方たちとしっかり連携を取りながら、あくまでも特別警報を得てからの住民への情報伝達のタイムラグが生じないように取り組んでまいりたいと思います。また先般、ジオパークの関係で、京都大学の鹿児島の火山を研究しております溝口先生もいらっしゃいまして、溝口先生のほうからも岡田教授等とも連携を取りながら、札幌のセミもございますし、そういったところも併せながら火山マイスターのネットワークも利用しながら、あるいは行政の中での、また大学のアカデミアンの皆様と一緒に連携をしていきたいと思います。また、今、議員おっしゃったような形の行政としても自治体としてもしっかりと協議会を通して取り組んでまいりたいと思います。

議員の質問 5番 立野広志

3点目に問題にしたいのは、避難訓練参加者が少ないということです。多様な防災訓練の必要性があると思うのですが、私はここではっきり述べたいと思うのですけれども「ふだんできないことは本番でもできない」。避難訓練で参加できないままになっていると、本番になったときにそれがしっかりと対応できないというのは、もうこれは災害対応の常識です。避難訓練の時期とか時間帯、避難訓練の参加対象者の確保など、今のままでいいと思っていますか。まず、それを伺います。

町の答え 町長 下道英明

今、議員からご指摘ありました避難訓練が少ない。まさしく訓練ができなくて本番に対応できないということは、本当におっしゃるとおりだと思います。避難訓練参加者が少ないことですが、これは当町に限ったことではないかと思いますが、全国的に訓練参加者が少ないことが大きな課題の中で参加促進の工夫として、例えば時間帯の工夫、イベントに併せて開催するなど、例えば住民が参加しやすいように避難訓練の事項を絞って、一回の訓練時間を30分にするとか、ジオパークを活用した体験型防災ツアーを実施したり、訓練に競技性を取り入れ参加者が楽しんで参加できる仕組みをつくる、あるいは防災を目的としないイベント、お祭りに併せて防災訓練を実施する、従来のチラシ・回覧板による広報活動だけではなく、重なり合った重層的啓発喚起に努めてまいりたいと思っているところでございます。以上です。

議員の質問 5番 立野広志

先ほど言いました。ふだんできないことは本番でもできない。なぜ避難訓練に参加する方々が少ないのか。そのこともしっかり私は考えるべきだと思います。それは、実施する時間帯とか呼びかけ含めてですが、いろいろな面で改めて検証する必要があると思うのですよ。例えばうちの町内会でもそうです。津波訓練やっても、正直数人しか実は参加してないです。役員会で相談して、そして自治会の通信で各戸にお知らせするとしながらも、なかなか参加できない状況をつくっています。でもやっぱり、そこは行政と自治体の地域住民が一体となって、前々から訓練の内容、訓練の方法といったものをしっかりと共有していかないと、単にチラシを回したから参加してくれるというものではないと思うのですよね。何のための訓練なのか。そしてそこの中で、例えば訓練に参加できない方々にはどういうふうに参加できる体制をつくるか。最近思うのは、子どもたちの参加がほとんどないということなのです。実施する時期、時間にもよりますよね。本来なら、子どもたちも一緒になって訓練に参加して、例えば大人の方の手を引いて一緒に避難をするというようなことも含めて、地域ぐるみで避難訓練ができるような対応を私は行政として考えるべきではないのかなと。そういうふうにしないと、何か訓練に参加しても張り合いがないという人が結構います。何でこれしか来ていないのと。町としては全体で100名来ました、200名来ました、合わせれば職員の数も入れて何百人ですと言うのだけれども、本当にそれで満足しているのかと、そのことを改めて私は聞きたかったわけです。満足していないようですから、避難訓練に向けた事前の準備、周知、そして対応をぜひ取っていただくようにしていただきたいと思います。4番目の問題点、不安点は、避難所不足と必要な設備の後れ、併せて住民周知等の関係です。避難所は災害で家を失ったり、一時的に住むことができなくなった被災者収容、保護して避難生活を支えるものでありますが、現実には2000年の噴火のときもそうでしたが、衛生、栄養、プライバシー、育児、介護などの生活に関わる諸問題が十分手当てされないことにより、複合的な環境悪化が被災者を追い詰める傾向にありました。こうした様々な問題を踏まえて、平成25年8月、避難所における良好な生活環境の確保に向けた取組指針というのが国のほうで策定されました。それに基づいて、町としても本来はしっかりとした避難所対策というのを考えるべきだと思っております。避難所における良好な生活環境の確保に向けた取組指針について、洞爺湖町としてはどういうふうに今対応しようとしていますか。

町の答え 企画防災課長 佐々木勉

いろいろな設備等の問題はあるのですけれども、指針に基づいて避難所の整備等進めていきたいと思ってございますが、ただ、どうしても広域避難等の問題がありますので、その辺については広域の避難所と詰めていきたいと考えております。以上です。

議員の質問 5番 立野広志

災害対策基本法の改定もありました。市町村には、避難所における良好な生活環境を確保し、被災者の避難生活に対するきめ細やかな支援を実施することが求められているということで、平成28年4月に改定されたのです。同じ時期、避難所運営ガイドラインというのもできました。避難所におけるトイレの確保、管理ガイドラインということで、これも平成28年4月に策定されました。うちの洞爺湖町の地域防災計画の中で、これに合わせた形で避難所の生活環境確保のための対応がされているかというと、実はちょっと指摘したいのは、2017年に地域防災計画が、先ほど述べたように修正されて、指定避難所の変更も行われました。それによると、虻田地区住民5,361人について、31か所の町内の避難施設、そのほか豊浦町、伊達市での避難施設収容というのが明記されました。今、新型コロナウイルスの感染が広がっている中で、収容人数はこの計画の3分の1以下と説明をされています。そうすると、避難所に入れない人たちも出てくるのですよ。では、その人たちはどうするのだと。その対応については、この計画の中には書いていません。そして、入江1区、入江4区、泉区の住民にあっては、複数の避難施設に分散避難することになっています。どのように分散避難をするのかというのは、それぞれの自治会任せになっています。私が所属する入江4区では、2016年10月に役員会を開いて、班ごとに分散避難をすると。そして、その班のそれぞれに自治会の役員を充てて、避難所の運営に当たろうということを決めたのですけれども、これは新型コロナウイルス感染症が広がる以前の話です。ですから、実際に今、こういう状況の中で避難所に入らなければならなくなったときに、これは大きな混乱を起こすだろうと思います。どこの避難所に行ったらいいのだということがあると思います。そして、避難所に行っても、ちょっと時間がないので先に話を進めますが、避難所の運営についてはどうするのだというと、職員向けの避難所マニュアルというのが今出ています。これは発災時に職員だけで対応するというのは、実際は困難です。避難者を含めた町民向けの避難所マニュアルというものも整備しながら、避難所に入っている人たちと一緒になってどう避難所の運営をするのか。そのためには避難所の運営委員会のようなものを立ち上げなくてはいけない。立ち上げましょうと書いているのですよ。でもどうやって立ち上げるかは書いていない。その辺のことも含めて、例えば31か所の避難所に前回のように2人の職員を配置するとなったら62名必要です。今、洞爺湖町の正規の職員というのは、2000年のときから比べて大幅に減少しています。そうすると、それだけの職員を避難所に配置できるのでしょうか。配置できないとしたらどうするのか。そのことについても実は改めて見直しをして、早期に対策を急がなければならないのではないかと思うのですがいかがですか。

町の答え 町長 下道英明

今、議員からご指摘ありましたように、地域防災計画2017年から5年間見直しをしていなかったという中で、最新の避難所マニュアル、あるいは発災時における職員での対応等といった中で、議員ご指摘のありました洞爺湖避難所運営マニュアル等もございますけれども、整合性をもって、今回の地域防災計画2017年のものを5年間改定していなかった分を合わせて、早急に担当課と一緒にまずは新しく組み入れていきたいと思っているところでございます。以上です。

議員の質問 5番 立野広志

地域防災計画の見直し、そして避難所の運営マニュアル、職員だけではなくて、入所している人たちともどう運営を図っていくのか。そのことでいうと、先ほどの小野寺義雄さんの遺稿集は非常に参考になります。単にこの方がまとめた日記というだけではなくて、将来に生かしてほしいということで作ったものでもあります。ぜひこれらも参考にしていただきたい。それから、もう一つ付け加えますが、通告には「DoHAG」と書きました。ドゥーハグのつもりだったのですが、スペルを間違いました。「Do」は北海道、「H」は避難所、そして「A」ではなくて「U」、「HUG」です。ハグです。「U」は運営、「G」はゲーム。つまり「Doはぐ」北海道避難所運営ゲームというものですが、こういうことを職員もそうですが、避難すべき地域の住民の方々、自主防災組織があるとかないとかにかかわらず、こういうふうにして実際に自分たちが避難する避難所に行って、そして運営のシミュレーションを行うということが大事だと思うのですよ。実際に行ってみたら、あれがない、これがない。これはどうする、あれはどうするというのが絶対出てくるのです。そして、それを住民と一緒になって体現し、必要なものはそろえるといったことも含めて、事前に準備をする必要があるのではないかと思うのですが、そういう考えはありませんか。

町の答え 町長 下道英明

ただいま議員から「Doはぐ」の件でございます。先般、津波避難訓練のときもそうですけれども、新しい職員には特に「Doはぐ」などを実施したらどうかというご案内もございました。今年5月の広報に自治会自主防災組織サークル等で「Doはぐ」を体験してみたいなどの要望がございましたので、貸出しや職員が指導員として参加させていただいたところでございます。10月には虻田高校での1日防災学校で段ボールベッドの作り方やパーティションの組立て方に合わせて「Doはぐ」も使った避難所運営シミュレーションも実施させていただいたところでございます。こういった形で「Do はぐ」を使って災害時における実際の運営の体験やイメージができることから、非常に有効であると考えております。今後とも広報等でお知らせをしていきながら、少しでも自主防災組織の設置等もございますけれども、さらにはこういった学校で、さらに職員等も交えながら「Doはぐ」については組み込んでいきたいと考えているところでございます。以上でございます。

議員の質問 5番 立野広志

1件目の最後のほうになります。町行政に防災のエキスパートの配置をということで質問します。各種の防災対応とか情報に関わるところで、キャリアと経験、地域の防災組織や関係組織との深いつながりを構築していく。これは2000年の噴火のときもそうでした。さらに、次の世代を育てていく役割を担える、いわゆる防災のエキスパートというものが必要ではないかと思います。多分、町長は、うちの防災担当は大変な思いをして取り組んでいるから、ずっとその人をそこにつけるわけにいかないと言うかもしれません。しかし、だからこそ防災のエキスパートが必要なのですよ。特に有珠山を抱える洞爺湖町として、何でもカバーできるような町職員とか、いいグレードのものをつくろうということで、3年、5年で若い職員がどんどん所属の部署が変わっていきますけれども、そういうシステムだと、特に命に関わる防災の対策というのが即座に対応できない。特に防災担当者は、直接現場でどうこうではなくて、町長の右腕となって防災の、いわゆる事務局的な役割を果たしていく職員ですよ。そういう職員がしっかりと防災に対する基本的な知見や、それから関係機関との顔の見える関係、そしてこういう災害に対して的確な判断と対応が町長に助言できるという人でなければならないと私は思っています。そういう点で、ほかの部署と同じように、例えば担当者をぐるぐると回すというようなことは、やるにしても、ちゃんと経験、蓄積が失われないようにして人事異動しなければならないと思うのですね。ところが実態はどうかというと、町の防災担当は、基本的には2人です。それも兼務していますよね、ほかの業務と。それだけでも大変な思いをしていると思うのですよ。そういう中で1人が異動する、あるいは2人が異動してしまったら、防災のこれまでの蓄積がまた一から積上げというふうになりかねないのです。ですから私は、特にエキスパートとして、防災の担当者をしっかりと配置する。そのことを私は求めたいと思っています。また、内閣府などは、火山防災エキスパート制度というのをつくっているのですね。全国で5人しかエキスパートに任命されていません。近くでは、壮瞥町長の田鍋敏也さん。そして、私もよく知っているのですが、島原市長の室長をされていた杉本伸一さん、この方なんかも全国で5人のうちの2人です。こういう方々がそれぞれの噴火地域で実際に職員研修などの講師をされたりしているわけですが、そういったことも活用しながら職員の研修も含めて取り組むべきではないかと思いますがいかがですか。

町の答え 町長 下道英明

議員のほうから町の行政の防災エキスパートの配置をということでございます。有珠山噴火の危険性を抱えている当町におきましては、防災課危機管理室は大変重要な部署と認識しております。さらに現状では、防災を担う職員につきましては、毎日気象情報や火山情報、さらには北朝鮮からのミサイル情報などに注視しながら、平日、土曜日曜、祝祭日、昼夜を問わず何らかの災害等があった場合には、即座に登庁することになり、これら職員に対する体調面や精神的な負担も考えていかなければならないと考えているところでございます。先ほど議員からございましたように、そういった点での一人に対する負荷はかけられないのかなと今思っているところでございます。最近の北朝鮮からのミサイルは実射、自然環境の変化により集中豪雪、集中豪雨、地震の津波対応、噴火対応よりも発災度の確率が高くなってきているといった中で、より職員の負担が重くなってきているのは現実でございます。今年2月中旬の集中豪雪はもとより、事例として8月15日から16日にかけまして大雨でございました。ちょうど午前2時に担当課長から連絡、情報をいただき、情報収集に努めていたところでございます。災害マニュアルに対応したところでございます。当時の担当課長も6年以上同じ部署で緊張感を持ち、体調面、精神的な負担を考慮して、今後の危機管理職員の処遇改善も必要だと当時は感じたところでございます。ご指摘の防災エキスパートが必要ではないのかということでございます。災害時にその職員だけに大きな負担が生じてしまう可能性もあることから、町全体としての防災を取り組むことも考えているところでございます。職員が退職するまでの間に、可能な限り防災職員として携わることができる、その担当のときの経験を生かしながら組織的に災害における緊急時に対応できるよう、職員全体の防災経験が必要であろうと考えているところでございます。今後は、防災部署の人員体制の充実には、消防、警察の退職OBの方も含めながら対応させていただきたいと思います。特に防災エキスパートについては、例えば道路、河川といったところのOBの皆さんにも防災エキスパートがございます。今、議員からございました防災エキスパートにつきましては、これは全国に5名しかいらっしゃいません。お隣の町の田鍋町長はじめ、ほか数人だけでございます。しかしながら、ほかの防災エキスパート、例えば高速道路を変更したときの道路管理のための防災エキスパート、さらには河川に対しての防災エキスパート、北海道においても様々なエキスパートがおりますので、そういった知見をいただけるようなネットワークをつくりながら、職員研修も含めて進めてまいりたいと考えているところでございます。以上です。

議員の質問 5番 立野広志

ちょっと大分時間が過ぎてしまいました。最後に、一たび災害が起こると、避難所は住まいを失い、地域の生活を失った被災者のよりどころとなるわけです。しかし、2000年の噴火災害では、町外への避難を繰返し、避難所における生活の質には課題が多かったと。水、食料、トイレなどは不十分で、防寒対策も不十分、狭い空間での生活によって多くの被災者が体調を崩すおそれと隣り合わせの生活でした。特に乳幼児や女性、高齢者、障害者に配慮したスペースの確保は不十分でした。そういうことで、先ほども紹介しましたけれども、東日本大震災の教訓を受けて災害対策基本法が改正され、避難所における良好な生活環境の改善に向けた取組指針というものが策定されました。しかし今、噴火災害のように避難生活が長期化する場合でも今の災害対策基本法で言いますと、医療機関の医療活動が2週間、食事の提供が1食当たり平均387円、これも7日間が限度と。実際にはそうした中にあっても旧虻田町の住民などが国、北海道にも要望して期間を延長させることができましたけれども、大きな負担を自治体が負わなければならないという状況にもなりました。避難所を開設するだけにとどまらず、質の向上に今前向きに取り組むことは、被災者の生活を守り、健康を守り、その後の生活再建への活力を支える基礎ともなるものです。これは内閣府の避難所ガイドラインにも質の向上という表現が上げられています。これは贅沢ではないと。質の向上とは、人がどれだけ人間らしい生活や自分らしい生活を送ることができているかという質を問うものだと。個人の収入や財産を基に算出される生活水準とは全く異なる考え方であると。そのため贅沢という批判は当たらないと、わざわざ内閣府の避難所ガイドラインに書いてあるのですね。そういう意味で言うと、本当に避難所の内容を改善するということは、私たちにとっては2000年の噴火を経験しただけに、しっかりと取り組んでいく必要があるかなと思います。

出典:洞爺湖町議会 令和4年12月会議 2022年12月12日 議事録 PDF(21ページ) 間違いを知らせる