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新十津川町議会 平成26年第1回定例会 2014年3月14日

子供の命名の変容について

2014年3月14日、新十津川町議会の一般質問で、青田良一議員が「子供の命名の変容について」質問し、町長 植田満、教育長 熊田義信が答弁しました。

質問者
青田良一 議員
答弁者
町長 植田満、教育長 熊田義信

議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。

件名は、議員が最初の質問で述べた言葉から取ったものです。

質問 3番 青田良一

2番目の質問に移らさせていただきます。これは、こういうことが一般質問に馴染むのかどうか、甚だ私も大変、疑問でございますけども、先に生まれた者の立場の中で、あるいは、日本の文化と言いますか、伝統と言いますか、そういった部分をちょっと頭に描きながら、今日の傾向についてちょっとお尋ねしたいなと思います。子供が生まれましたら、当然、親がその名前を付けようということで考えていく。親の大事な役割だろうと思いますし、責任だろうと、私は思っております。必ずしも親でなくて、おじいちゃんやおばあちゃんが付けるとか、あるいは、どなたかにお願いして付けるというケースもあろうと思いますけども、最終的には、親がその責任を持って子供に名前を付けていくんだろうというふうに思います。その時に、親になられた方は、どういう心境で子供に名前を付けるのかということを、想像してみますと、やはり、子供に対する期待というのは大きいわけで、少しでも丈夫に育って欲しいとか、明るい子供になって欲しいとか、いろんな希望とか夢みたいなものを考えながら子供に名前を付していくんだろうと、私は思います。例を出して気の毒ですけども、植田町長は、植田満という名前ですけども、この満という字の持っている意味ですね。100点満点の満ですね。満点の星空とか、満腹になるとかですね、何と言いますか、だんだん広がっていく希望的なことが感じられる字なんですね。たぶん、お父さんやお母さんは、そういうことを願って、そういうふうな名前を付けたんだろうと、私は予測します。ところが、最近は、子供の名前を聞いて、どういう字を当てているのかということの想像すらできないような名前が、多々、見受けられるということなんですね。これについて、厳密に法律論で言えば、名前に使う漢字等については一定の基準がありまして、その枠の中であれば戸籍の方で受付けるという仕組みになっているようでございますけども、私は、漢字には音読み、訓読み、加えて漢字の持つ意味というのが重要なんだろうというふうに思っているんですね。それらを、果敢に組み合わせて、自らの子供に名前を付していくということが非常に大事なんでないかなというふうなことを思っているところでございます。こういったことを、行政が強権的に指導したりなんだりということは無理だと思いますけども、町のリーダーである町長、あるいは教育長さんがこういった傾向について、どんなふうに感じておられるのか。あるいは、私の言うようなことが、かなり感じておられる人もおられますので、そういった流れをどういうふうにして是正していったらいいのかといいますか、そんなことで、何か良い知恵なり、思いがあったら、この場で聞かせていただきたいなと思って、あえて質問させていただきました。

答弁 町長 植田満(町長は2015年3月まで)

子供の命名についてのご質問でございました。実は、昨日、新十津川中学校の卒業式がございました。60名の卒業生で、卒業者のお名前を拝見させていただくと、確かに、読めない字をどうやって読めばいいのかなというふうな思いは、実は、ありましたですけれども、それは、それといたしまして。ご承知のとおり、名前は出生届けによって戸籍及び住民基本台帳に登録されますが、その読み方に当たるふりがなについては、法律に定めがあるものではなく、市町村が認定するという性格なものではございません。子供の名前は、その時代、時代によって、こういう言い方は適切ではないのかもしれまんせんですけども、流行というか、そういったものがございます。ご指摘のとおり最近は、今ほど申し上げたようなことでございまして、難しい名前が増えているのも事実でございます。しかし、いつの時代においても変わらないのは、親として、たくましく、優しく、思いやりのある人と、健やかに成長を願ってそれぞれ親御さんが名前を命名をしているということでなかろうかというふうに思っております。その親の思いに対して、私の立場から、どうこうと言える立場では全くございません。従って、何か良い知恵をというふうなお話もございましたですけども、改善をする工夫を施すということは、命名に対して一定の規制を加えるということにもなりかねません。ですから、こういったようなことを行うということになりますと、法律を逸脱するというふうなことにもなりかねませんので、そういったようなことについては、私は、今のところ全く考えておりませんし、また、そういった知恵も持ち備えておりませんので、そのようなことで答弁とさせていただきます。

答弁 教育長 熊田義信(教育長は2015年3月まで)

おはようございます。子供の命名の変容をどのように思うかということで、町長の次、私に対しても同じように質問がありましたので、私の立場からお答えをさせていただきたいというふうに思います。町長と重複する部分があるかもしれませんけれども、よろしくお願いしたいと思います。まずもって、子供の名前を付ける親御さん、あるいは親族等のお考えの中で生まれてこられた子供に対して、それぞれ3番議員さんが申されたとおり、いろんな思いや願いを込めて名前は付けられているものというふうに考えております。そして、その名前を一生涯使われるものでありまして、そういう意味では名前はすごく重たいものだというふうに私自身感じておりますし、私自身の体験からも、そのように名前を付けさせていただいたと、そういう経験を思い起こしております。また、名前はその時代によって、先ほど町長も言われたとおり、好まれる名前が多く使われたりする時代もあると思います。それぞれ、今、インターネットの時代でありますから、何々の時代背景にはこの名前、今はこの名前が多く使われているということも、いろいろ出ているところであります。3番議員さんのご質問のように、子供さんに付いている名前の漢字には、音読み、訓読み、そして、平仮名があるところであります。学校の児童生徒に付けられている名前の漢字を、時にはすぐ漢字は読めても、そのお子さんの名前の読み方ということでは反応できなこともあるのは事実でありますけれども、それは、先ほど申し上げましたとおり、それぞれの親御さんが、子供に対する愛情、更には、健康で幸せになるような気持ちを込めて命名されているということを、私も、そのように名前を見て理解をしているところでありまして、それぞれ、今の時代背景にあった、素晴らしい名前であるというふうに、私は認識をしているところであります。一生懸命に親御さんがお考えになって、子供のこれからのことを期待し、成長されていく子供に対しての最大の贈り物になる名前に関し、町長と同様に、私一個人の立場から、名前の傾向、改善、工夫をすることだとか、是正することなどの考えはないことを申し上げ、答弁とさせていただきたいと思います。

再質問 3番 青田良一

再質問ということではなくて、なかなか難しい問題だと思うんですけども、やはり、日本の文化、伝統と言いますか、そういったものに少し顧みる機会を町のリーダーの方たちに持っていただきながら、例えば、町長であれば、若者と懇談する場面、あるいは教育長であれば、妊婦さんへの教育機会なんかも教育委員会の中であろうかと思うんで、なんかそのこういった部分についても、一つの話題提供をしながら、こうやって親は、あなたたちに対して思いを込めて名前を付けたんだというふうなことが伝わっていくような社会が、私は望ましいかなというふうに考えて、こういったことを申し上げました。まったく、町の行政に対する一般質問とは、ちょっと似つかない問題だと思いましたけども、こういったことを考えている住民も少なからずいるんだということについて、ご理解をしていただきながら、次に質問に移りたいですけど、いいですか、議長。

出典:新十津川町議会 平成26年第1回定例会 2014年3月14日 議事録 PDF(98ページ) 間違いを知らせる