幕別町議会 平成27年第4回定例会 2015年12月11日
農村ホームステイ事業の今後の展開について
2015年12月11日、幕別町議会の一般質問で、小田新紀議員が「農村ホームステイ事業の今後の展開について」質問し、町長 飯田晴義、町民課長 山本充が答弁しました。
- 質問者
- 小田新紀 議員
- 答弁者
- 町長 飯田晴義、町民課長 山本充
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
質問 4番 小田新紀
通告に従いまして、2点の質問をいたします。一つ目、農村ホームステイ事業の今後の展開について。大阪や東京の高校生が、修学旅行時に食料生産者宅でありのままの農村生活を体験する「農村ホームステイ事業」が、十勝全域で 12 の協議会のもと行われています。年々その需要は高まり、今年は約3,300 人の受け入れが行われました。本町においても、「まくべつ稔りの里」が中心となり、毎年多くの生産者宅において、修学旅行生の受け入れの協力をいただき行われています。たとえ1泊のみとはいっても、生産者宅の方には多くの負担がかかっていると思いますが、本事業の趣旨を理解され、継続的に受け入れを行っている生産者の方には本当に敬意をあらわしたいと思います。本事業は、この十勝でますます広がりを見せており、本町の立地、規模、農家数など、十勝管内において本町に求められる役割、そしてその役割を果たしていくべき効果・価値は大きいものと考えます。今後の本事業のさらなる推進のためには、生産者の方だけではなく、その価値を町民全体で共有していくことも必要と考えます。そこで、今後の事業推進にかかわり、以下の2点について伺います。1点目、今後の本事業に対する町長の見解。2点目、町民全体で本事業推進をしていくための今後の体制づくりについて。二つ目の質問、東日本大震災における東北復興支援の今後の展開について。2011 年東日本大震災から、はや5年がたとうとしています。しかし、被災地、特に東北地方においては、いまだに復興したとは到底言えない状況であります。そればかりか、震災直後と比べて被災者の状況は多種多様化しており、支援体制が一層複雑化していると聞いています。各自治体においての支援策としては、震災直後は職員の人的派遣、見舞金支給、被災者受け入れなどを中心として取り組まれていましたが、今後も継続的かつ細分化された支援策の検討が必要と考えます。東北復興支援を継続的に続けている町内団体あるいは個人の方もいます。今後も一時的な支援にとどまらず、支援先とは復興後も相互補完の関係づくりが続くような官民一体となった支援策が必要と考えます。そこで、以下の2点について伺います。1点目、過去4年間の東北復興支援の取り組みに対する町としての総括。2点目、今後の東北復興支援に対する考え方と具体的方策について。以上です。
答弁 町長 飯田晴義
小田議員のご質問にお答えいたします。初めに、「農村ホームステイ事業の今後の展開について」であります。本町における農村ホームステイ事業につきましては、農村地域での生活や農業体験、農業者とその家族との交流、食の大切さや農業と日常生活のつながりを学ぶ体験型修学旅行等の農家民泊を通じて、農村地域の活性化に資することを目的として設立されました「まくべつ稔りの里」におきまして、十勝管内での農村ホームステイの窓口となります「NPO 法人食の絆を育む会」との連携により、平成 24年度から取り組んでいただいております。ご質問の1点目、「今後の本事業に対する町長の見解について」であります。農村ホームステイ事業につきましては、「まくべつ稔りの里」の会員 70 人の農家の皆さんに修学旅行生の受け入れを行っていただいており、平成 24 年度は道内の中学校1校と大阪府の高校3校から受け入れ農家 69 戸で 153 人を、25 年度は大阪府の高校3校から 52 戸で 118 人を、26 年度は兵庫県の高校1校と大阪府の高校2校から 46 戸で 116 人を、27 年度は兵庫県の高校1校と大阪府の高校2校から 43 戸で 118 人を、4年間で延べ 210 戸の農家の方に 505 人の子どもたちを受け入れいただいているところであります。農村ホームステイでは、到着後の入村式では緊張した面持ちの子どもたちも、受け入れ家庭の皆さんから、自分の息子や娘が里帰りしたときのように、飾らずありのままに接していただき、そんな農家の皆さんの笑顔に触れ、たった1泊のホームステイにもかかわらず、退村式では多くの子どもたちが涙ながらに別れを惜しんいる光景を目にいたしております。本事業を通して、人々が生きていくために欠かせない食糧を育むのが十勝のような農山漁村であり、都会は農山漁村に支えられているということを深く知ってもらい、日常生活では経験できない農作業を体験したり、大自然を体感する中で、本町を訪れた子どもたちには、幕別農業のファンになってもらい、幕別町がいつでも帰れる「第2のふるさと」になることを期待しているところであります。本事業は、本町の基幹産業であります農業と幕別町を末長く発信する上で重要な役割を果たしているものと認識いたしております。ご質問の2点目、「町民全体で本事業推進をしていくための今後の体制づくりについて」であります。農村ホームステイ事業は、都会の子どもたちみずからが、農村での農業体験や生活体験を通じて、命の糧である食に対する理解を深め、農畜産物の生産現場の実態を肌で感じたいとの思いから、修学旅行の中に必ず農村ホームステイを取り入れております。町といたしましては、「まくべつ稔りの里」の事務局を町の経済部が担当いたしており、受け入れ農家との調整や農村ホームステイの様子を町の広報誌などを通して町民の皆さんにお知らせすることなどを行ってまいりました。今後におきましても、受け入れ農家の拡大に努め、本事業の重要性を町民の皆さんへ幅広く発信するとともに、本事業に参加された子どもたちには、食の安心・安全への取り組みについて理解を深めてもらい、幕別農業の応援団になっていただけるよう、入村式で本町についての PR を行うことや農村ホームステイ終了後も子どもたちとのつながりが期待できるような取り組みにつきましても、農業者や関係団体との連携を深めながら進めてまいりたいと考えております。次に、「東日本大震災における東北復興支援の今後の展開について」であります。平成 23 年3月 11 日に東北地方太平洋沖地震が発生し、それが起因として津波・原子力発電所事故が重なるという、未曾有の被害をもたらした東日本大震災の発生から4年8カ月が経過いたしました。東日本大震災により、今もなお不自由な避難生活の中、生活再建に取り組んでいらっしゃる皆さんにお見舞いを申し上げるところであります。ご質問の1点目、「過去4年間の東北復興支援の取組に対する町としての総括について」であります。当時、刻々と伝えられる東北地方を中心とした被害状況は、我々がこれまでに目にしたことのない惨状であり、人命救助の困難さや被災状況の深刻さを予測させるものであり、心を痛めておりましたが、町としてでき得る最大限の支援を迅速かつ的確に進めるため、地震発生5日後の3月 16 日、庁内に「東北地方太平洋沖地震連絡会議」を設置し、「救援物資の支援」「義援金等の支援」「人的支援」「受け入れ支援」に取り組んだところであります。救援物資の支援につきましては、3月 18 日に町の災害備蓄品の中から、毛布 500 枚と非常食(アルファ米)1,000 食分を自衛隊の輸送路を通じて被災者にお届けいたしました。また、平成 23 年4月1日から4月 15 日までの 15 日間、公区回覧で町民の皆さんへ生活物資の提供をお願いし、167 人の方々から、食料品 95 箱、トイレットペーパーやティッシュなどの生活用品 560箱、学用品 472 箱、その他 13 箱、合計 1,140 箱のご提供をいただき、その全てを北海道を窓口として被災地に届けたところであります。次に、義援金等の支援についてですが、受付窓口を日本赤十字社北海道支部幕別町分区に開設し、平成 23 年3月 14 日から 24 年3月 30 日までの期間で、役場ほか5カ所に募金箱を置き、期間終了後の随時受け付け分も含め、平成 26 年度末現在で 1,519 万 5,170 円の義援金が寄せられ、日本赤十字社北海道支部を通じて被災者のもとに届けられております。また、町からの義援金といたしまして、岩手県、宮城県、福島県に各 100 万円ずつ、合計 300 万円を贈呈するとともに、幕別町内に避難された被災者に対しましては、1世帯当たり 10 万円の見舞金を2世帯に支給いたしたところであります。次に、人道支援につきましては、町職員2人を平成 23 年3月 31 日から4月4日までの5日間、宮城県仙台市に派遣し、被災宅地危険判定の調査業務に従事いたしました。また、幕別消防署からは救助工作車1台と5人の消防職員を平成 23 年3月 25 日から3月 30 日までの6日間、宮城県石巻市に緊急消防援助隊東十勝隊として派遣し、行方不明者の捜索に当たっております。さらに、受け入れ支援につきましては、被災された方を一人でも多く受け入れができるように公営住宅4戸、白銀台スキー場宿泊ロッジ5棟、教員住宅3戸、農業担い手支援センターの宿泊室等8戸を町で用意したほか、民間会社の社員住宅3戸を、いずれも1年間、家賃を無料で提供させていただくことといたしました。平成 23 年5月 24 日から 24 年3月 28 日までの間、1世帯4人のご家族が教員住宅に入居されております。また、町での取組以外でも、個人による被災地でのボランティア活動やジャガイモ等の農産物を被災地の仮設住宅に避難している人たちに無償で送り続けている方、団体では、チャリティーコンサートを実施したり、個人商店によります支援募金箱の設置、パークゴルフ用具工業会においては、パークゴルフを通じて、仮設住宅や町内会などでの住民同士の交流を深めてもらおうとパークゴルフセット 570 セットとコース用品9ホール分を寄贈したりするなど、心温まる支援があったことを聞いております。以上のように、震災後、町を挙げて、できる限りの被災地支援に取り組んできたものと思っております。ご質問の2点目、「今後の東北復興支援に対する考え方と具体的方策について」であります。被災された住民の皆さんが安全・安心に暮らせる完全復興までには、まだまだ長い道のりになるかと思いますが、今まで行ってきた支援策を今後も継続するとともに、新たな支援要請をいただいた際には、最大限の支援、応援を行ってまいりたいと考えております。以上で、小田議員のご質問への答弁とさせていただきます。
再質問 4番 小田新紀
ただいまの答弁に対しての再質問をさせていただきます。まず、農村ホームステイの事業についてですが、町長の農村ホームステイ事業に対する深い意義があるというものについては、理解したつもりです。ただ、その中で、24 年度からスタートしているわけですが、年々、残念ながら受け入れ戸数というものが減ってきているというのも事実だというふうに思います。そのあたりの減少している原因について、どのように捉えておられるのでしょうか。
答弁 町長 飯田晴義
当初は 81 戸ほどあったかと思うのですが、それが現在 70 戸まで 11 戸ほど減少しているわけでありまして、当初は何とか協力してくださいやといって無理にお願いした農家もありまして、そういうところは名前だけかしていたみたいなこともあって、実際にスタートしてからは受け入れについては協力いただけなかったという農家の方も何戸かおります。そのほかは、1回、2回は受けたのだけれどもやっぱりちょっと負担になるなといったところもありまして、現在の戸数になっているのかなというふうに思っております。
再質問 4番 小田新紀
やはり農家さんが感じる負担というものは、間違いなくあるだろうと思いますし、それをなくすというようなことにもならないというような事業だというふうに思っております。ただ、農家さんの負担を感じながらも、やはりこの事業の大切さという部分は非常に感じているところなのですけれども、今後、最後のところにもありますが、受け入れ農家の拡大に努めるというような答弁もありましたが、そのための工夫というか方策という部分についてはどのようにお考えでしょうか。
答弁 町長 飯田晴義
なかなか私たちが各農家一軒一軒回っても協力を得られるものでもないですし、非常に労力を要するものでありますので、まず私は農協を通じましてこの事業の大切さ、重要性というものを理解してもらって、そういう農協の方々、農協の職員からの情報によって、恐らくここであれば協力してくれるのではないかなといったところに実際に私たちが当たるといったことで掘り起こしをして、せめてあと 20 戸ぐらいはふやしてもらいたいなという思いでおります。
再質問 4番 小田新紀
この事業というのは、町長の答弁にもありましたが、都会の子どもたちが自然を体験したりとか、あるいは農業者ファンになるということなんかも目的だというふうに思っておりますが、今それこそ、この TPP の問題がある中で、非常に今後の幕別あるいは十勝の農業ということが生き残るという部分においても、すごく大切な事業だというふうに思っております。都会の子どもたち、子どもたちに限らずですけれども、やはり北海道に住んでいないとどうしても、TPP という問題一つをとっても実感として感じていない。もっと言えば、安く物が入るのではないか、安く食べられるのではないかというふうなもので、簡単にそちらのほうに移ってしまうというようなおそれが十分あるというふうに思います。そうした中で、やはり1泊経験する、農家さんを知る、農家の生活を知る、ご苦労を知るという部分については、直接体験という部分が非常に大きな意義を感じていて、その後も事後学習もされているということですので、戻った子どもたちがお店に行って一つ物を見たときに、比べたときに、幕別産と書いてあるか、あるいは十勝産と書いてあるものからアメリカ産と書いてあるもの、それが多少の値段が違って、ではどっちをとるかというところでは、全てがとは言いませんけれども、やはり人の人情としては十勝産、幕別産というところにいくと思いますし、東日本大震災であの大きな事故があったとき、一番物があっという間になくなってしまったというのは、東北はもちろんですけれども、一番便利だ、何でもあると言われていた東京、大阪、そういうあたりの都会のコンビニエンスストアが物が一気になくなってしまったというところも、北海道についてはもう自給率 1,100%ですから、そういったこともない。では、本当に答弁にもありましたけれども、都会がどこで支えられているかといったら、やはりこういった北海道、十勝という地域によって支えられているというようなことを伝えていく、実感として感じてもらうというような大きな事業だと思いますし、農家さんにとっても農家さん自身がそういったことを伝えられる場というふうに思っています。受け入れてくれる農家に対してということももちろん第一歩だとは思いますけれども、やはりそれをもっともっと全農家さんにその意義を伝えるという部分においては、もっともっと大きな力というか、大きなパワーを使って伝えていくべき事業かなというふうに考えているわけなのですが、そのあたりいかがでしょうか。
答弁 町長 飯田晴義
これは、やっぱりどういう切り口でというのが非常に難しいのですね。先ほども申し上げましたように1戸1戸歩くというのも非常に労力がかかるわけでありまして、やはり理解がある農家というのは、大体農協情報の中である程度つかめますので、そういったところからまずは絞り込みをした中で、あとは個々に当たっていって、我々の熱意もそうですし、この事業の大切さ、今、小田議員が言っておられました農業理解もありますし、将来的に幕別町のファンになっていただきたいという思いもありますし、また、将来は何人かは農業をやってみたいなんて思ってもらえればありがたいですし、そういう中から花嫁になってくれればもっとありがたいと、いろんな意味合いがこの事業には込められているというふうに私は思っておりますので、そういった重要性をしっかりと理解してもらえるように、また、私たちが本当に熱意を持って納得をしてもらえると、理解、協力してもらえるということがやっぱり最後は一番大切なのかなというふうに思っています。
再質問 4番 小田新紀
二つ目のことにもかかわってくるのかなというふうに思いますが、町長がそのような見解を持っているとしたら、現在、経済部のほうで担当していただいておりまして、特に商工観光課のほうでご尽力いただいています。もともと、この事業は農林課のほうでスタートしたものだと思うのですが、それがどういった意図というか目的の中で、そういった経済部の商工観光のほうに移っていったのかということ、今後の体制づくりにもかかわってくることなのですけれども、そこについてちょっと確認させてください。
答弁 町長 飯田晴義
今は商工観光課が担当しているということでありますけれども、これは商工観光課だけではなくて、もちろん農業理解をしてもらうという点では、あるいはその後の先ほどちょっと言いましたけれども、花嫁対策とかあるいは就農というようなことも考えたときには、これはやっぱり両方なのです。今は商工という形になっておりますけれども、農林課もそうですし、あと経済部長が筆頭になってこれを進めていかなければだめだというふうに思っていますので、体制としては事務局は商工観光課ということでありますけれども、実際に進めていく上では、私は経済部が主体となって、あるいは忠類であれば忠類総合支所、支所長が先頭になってこの事業をやるべきだというふうに思っております。
再質問 4番 小田新紀
私もやはりこの事業を非常に大切だというふうに感じていますし、商工観光課、いろんなイベントが集中している中で、そこにかける負担がちょっと今まで大き過ぎるのかなというふうに感じている部分もあります。本当に町長答弁ありましたとおり、いろんなことにかかわってくる、それからこれからの新しい仕掛けもできるような事業かなというふうに思いますので、本当に多分野、農林関係はもちろんですけれども、企画総務とかあるいは今度の子どもたちにという部分も含めると教育委員会というところもかかわってくるのかなというふうに思っておりますが、そのあたり今も少し具体的にも若干お話しいただきましたが、もう少しこういった事業を考えられる、あるいは今のこの農村ホームステイの中でのこの役割についてはやっぱりここに任せるべきだという部分がある程度お考えがあれば、ちょっと教えていただきたいなと思います。
答弁 町長 飯田晴義
この事業で一番大変だというのは、高校が来ますよといったときに、まず受け入れ農家をではどこにしましょうかという、例えば1クラス来るのであれば 40 人ですか、そうなると2人1組としても 20 軒の農家をまず決めなければならない。決めるといっても単純に机上で決めるのではなくて、これはここという農家のところとの調整をして、今回都合どうですかといってその調整がやはりかなりかかるわけで、これが一つ、一番初めに手間としてかかる仕事であります。その後は、実際にきょう来るよとなったときの準備というのが当然あります。そして、1泊する。1泊した翌日、各農家を回って様子どうでしたかといったことも聞いて回るといったことも仕事としてあります。ですから、受け入れが決まってからの調整、当日の各農家への見回りといいますか、巡回、これがやはり非常に手間としてかかるのかなと。それと、もう一つは、先ほど出ました受け入れ農家をふやしていくということも、今この事業を継続していく中では大きな仕事でありますので、これは農林課のほうで、農林課が中心になってやることが一番これは農協とのつながり、農家とのつながりを考えても適切なのだろうなというふうに思います。その受け入れの調整については、やはりこれは商工観光課で今のところはやるしかないのかな、やるしかないのかなと言ったらあれですけれども、どこがやればいいのかというだけであって、これはどこでもいいやというわけにはいかないものですから、これは従前どおり商工観光課のほうで、これは町全体の物産も含めた PR ということがありますので、商工観光課がいいのかなというふうに思っております。
再質問 4番 小田新紀
今後、農家さんの中の意見としても、受け入れというところからさらに発展して、それは受け入れられている農家さんなのですけれども、受け入れというところから発展して、観光的な自然体験であったりとか、スポーツ体験であったりとか、あるいはさらなる農業体験であったりとか、そういった部分においてもやっぱり観光という部分の役割というのも大きいなというふうに思いますので、本当に町全体多角的にという部分で取り組んでいくべき事業かなというふうに思いますので、今後さらに幅広くという部分でいろんな課がかかわっていっていただきたいなというふうに思っています。さらに、今のこの事業については、もちろん広報等で紹介されていたりとか、いろんな部分でマスコミの中で放送されていたりとかするわけですけれども、まだまだ町民全体に浸透しているというようなふうには受け取っていません。逆に言えば、農家さんが孤立しているというか、お一人というか、農家さんだけで責任を負ってしまって負担を感じているというようなところも見受けられるなというふうに思っています。これ町民の皆さんが宿泊を受け入れるとか、そういうことでは全然ないのですけれども、やはりもっともっとこの幕別町の意義、この農家という第1次産業の意義ということも含めて、町民の皆さんにもっともっとこれを広める、普及する、あるいは子どもたちに教育するという部分についてのお考えについては、いかがでしょうか。
答弁 町長 飯田晴義
これは農村ホームステイ、民泊ということがこの事業の目的です。私たちが受け入れる目的ということになりますので、やはり受け入れないところがかかわるというのはなかなか難しいのですね。しかも、1泊2日で滞在が 24 時間までない中で、どこの時間を割いて町民の方に応援してもらうのかというのは、ちょっと時間的にはそういう時間をとるのは難しいなと。ただ言えるのは、受け入れ式、入村式があります。この際に、例えば幕別町の PR をしてもらうため、オリンピック選手も出ています。では、体連の方に来てもらって幕別町でこんなスポーツが盛んですよとか、あるいはパークゴルフ発祥の地ですから、パークゴルフ協会にパークゴルフについて説明してもらうとか、そういうかかわり方はあるのかなとは思いますけれども、それでもせいぜい 30 分ぐらいしか時間がとれないのかなと。ただ、そういうことを通じて、少しでも口コミで広がることも効果として期待できますので、そういうことができるかできないか、これは相手のあることで時間がとれないよといったら全く無理な話ですけれども、この辺は高校側、この日程については生徒たちが自主的に日程をつくっているということでありますので、学校側は生徒たちにどうだいという話はできるのかなというふうに思っていますので、小田議員おっしゃるように、なるべくこの事業が町民にも理解してもらう、参加してもらいながら、やれるような工夫はしてまいりたいというふうに思います。
再質問 4番 小田新紀
町民の皆さんが直接参加するとか、何かするということについては、難しいことかなというふうには思いますが、やはり知ってもらうということです。この事業の価値というのを共有するということについて、いわゆるもっともっとアピールして、広報してやっていければいいのではないかなというふうに思うわけですね。幕別の、自分の町の住んでいる農家さん、こんなにすばらしいことをやってくれているのだ、あるいはこの幕別というところの価値というのをより感じてもらう。正直、市街地の子たちだって農家さんの生活って知らないという子が結構いると思うのですね。そういったことももちろん市街地にいる子どもたちだけじゃなくて、移り住んできた大人の方々も含めて知らないということがかなりあるかと思いますので、そのあたりのアピール、広報という部分の強化という部分で、いかがかなということです。
答弁 町長 飯田晴義
これも、おっしゃることはよくわかるのですが、やはり限界があるのかなと。毎号毎号広報でお知らせするということにもなりませんので、それはお知らせすることはお知らせするとして、あと機会、何か会議を捉えてとか、今、食育事業というのもやっていますので、そういった中で紹介するなんてということもありましょうし、そういう時間はたくさんとれないにしても、5分程度会議の中でお知らせするというようなことはあるのかなというふうには思っていますので、それがその会議になじむかなじまないかということもありますので、お知らせしても差し支えないなといったような会議あるいはイベントであれば、その中でも話ができるように考えてみたいというふうに思っています。
再質問 4番 小田新紀
若干、堂々めぐりみたいになってしまうのですけれども、やはり周りが応援しているというような態勢、雰囲気というのは、幕別町全体でみんなで応援している、この事業を大事にしているのだというような雰囲気があるということは、また農家さんたちにとっても勇気づけられることなのかなというふうな思いもあります。形、形だけでちょっと説明して、広報してということではないと思いますけれども、そういったことでなくて、もっと何か町全体であるいは浸透してという部分も考えていただきたいなというふうに思います。また、例えば浦幌町でもやっております町内の子どもたちが町内の農家さんに民泊するというような、一つの方法としてはあると思うのですけれども、そのあたりも農家さんにまた負担がふえてしまう部分もあるので何とも言えないですけれども、そういったような教育の中に取り入れていくというようなあたりなどはいかがでしょうか。
答弁 町長 飯田晴義
この事業を一生懸命やればやるほど、小田議員がおっしゃるように農家の負担がふえるという、そういうものも実はあります。ただ、今、登録されている 70 戸の方については、全ての方が負担を感じているわけではないと私は思っていまして、実は子どもがいない夫婦二人の農家で若い人に来てもらって話しするのが非常に楽しいのだよねという方もいらっしゃるので、ですから、そういった思いも紹介しながら理解を深めていくというのも一つ手なのかなとは思っていますけれども、なかなか本当に町民の応援を得てというのは、口では簡単なのですが、実際にどうやってやっていくかというのは、なかなか私難しいのかなと思いますし、農家自身が応援してほしいと思っているかといったら必ずしもそうでない人も、そうでない人というか、楽しみでやっているのだよという人もいらっしゃるので、機会を捉えてこの事業の内容についてはお話をさせていただきたいと思いますけれども、町民すべからくも知ってもらうというところまでいくというのは、なかなか難しいのかなとも思っているところであります。
再質問 4番 小田新紀
いずれにしても、非常に地方創生とかまちづくりという部分においても、今後大きなきっかけになるような事業かなというふうには押さえています。私自身も大好きな事業ですので、一緒に考えていきたいと思いますので、さらに広げていきたいと思います。では、次の東北復興支援の質問に移ります。こちら、現在、震災直後からこれまでの支援というものについて答弁いただきました。大体、震災直後のやっぱりどうしても支援というのが一番大きかったのではないかなというふうに思います。その後3年4年たってという部分については、少しずつ減ってきているというか、現実に少なくなってきているというふうには見受けられます。その中で、何点か確認ですけれども、義援金ですね、日本赤十字社北海道支部幕別町分区に開設してという義援金についてですが、26 年度末までの総額についてはご紹介いただきましたけれども、期間中から期間終了後の部分について、細かい数字ではなくて全然構わないのですけれども、やはりその辺の差があったのか、あるいは大きくあったのか、あるいは継続的に義援金というのが続いているのかそういったところ、よろしくお願いします。
答弁 町民課長 山本充
義援金につきましては、やはり震災直後1年間については、たくさんの方に義援金を寄附していただきまして、その後、延長が続きまして、額的にはやはり復興がされてきているという状況もあることから、義援金の金額という点については減少している状況ではありますが、一応、日本赤十字社につきましては再延長ということで来年の3月 31 日まで窓口を開設しているということでございますので、引き続きご協力をいただきたいということで考えております。
再質問 4番 小田新紀
赤十字社に義援金を託してというような形だと思いますけれども、そのお金の流れという部分については町のほうで把握ができているものなのでしょうか。
答弁 町民課長 山本充
実際、町のほうで確認できているかというと、担当のほうは福祉課のほうになっているのですけれども、赤十字社の北海道支部のほうを通じてお金が送金されまして、それが被災者のもとに渡っているということで、どういうその詳しいお金の流れみたいなものはちょっと押さえてはいない状況でございます。
再質問 4番 小田新紀
本当に東北の支援については、非常に難しいところだというふうに思っています。今現在、東北のほうでもハード面の復興という部分は大分進んでいるのかというふうに聞いております。ただ正直、お金に困っていないという言い方はちょっとおかしいかもしれませんけれども、やはり今必要な支援というのはお金ではなくなってきているという部分もあるかと思います。もちろん町民の皆さんからいただいているそういった支援のお金というものは、大事に託していくということは当然でありますけれども、それ以外の支援という部分について、必要になってくるようなときになってきたのかなというふうに感じております。現在、町の取り組み以外でもという部分で、個人で続けておられたりとか、あるいは団体の中で継続的な支援を続けているというようなところが日本中を見ても多々あるわけなのですけれども、国のほうでもだんだんだんだんそういった団体に対しての支援というのが2年3年ぐらいでなくなってきて、そしてここ三、四年ぐらいで東北の被災地からも多くの団体や個人が撤退してしまってきているというようなことを聞いております。東北の皆さんの中では、やはり忘れられているのかな、だんだん見放されているのかなというような声をよく聞きます。今後、お金の支援だけではなく、直接的な与えるという支援ではなく、やはり支えるという支援であったり、あるいは町内で取り組まれている団体さんへのサポート、個人へのサポートということが必要になってくるのかなというふうに考えているのですが、そのあたり、見解いかがでしょうか。
答弁 町長 飯田晴義
震災からかなり年月がたちまして、当初は本当に町を挙げて、ボランティアも含めて東北に入って、今は確かに小田議員おっしゃるように、だんだん意識として私たちも薄れてきているというふうに思っています。それと、もう一つわからないのは、今、東北の人たちが何が必要なのかということが十分わからないのが実態だと思います。ですから、その辺が、聞くということにもちょっとならないので、物すごく県なりが情報を発信してくれればありがたいなと私は思っています。その中で、我が町ができること、あるいは町民に協力いただけることについてはやっていきたいなというふうには思っています。
再質問 4番 小田新紀
実際、本当に多種多様で、ここの地域の方はこういった悩みがあり、ここの地域の人にはこういった悩みがあり、あるいは家に戻れている人、戻れていない人と、本当に多種多様あるので、この支援が必ずしも必要だというような一つのものでは本当にないのかなというふうに思います。それからまた、東北の方々もなかなかもう発信できなくなっているというような事情もあるというように聞いております。そういった中で、やはり今だからこそという部分で、待つ、待って支援、要請を待ってそれに対する支援というよりは、やはりこちらのほうから出向いていって、幕別町で何ができるか、我々に何ができるかということを考えていくような体制というのが必要なのかなと思います。現地の人から見たら、とにかく来てほしい、見てほしい、直接現地を知ってほしいというような声なんかもよく聞きます。それが全員の声とは言いませんけれども、そういった声も聞きます。行政という立場の中では、町として震災直後に人的な、直接的な助っ人というか助ける形で出向いていったような形もあるかと思うのですけれども、いわゆる現状を知る、そしてこちらのほうで何ができるかということを考えるというような、そういった職員派遣みたいな、そんなようなことというのは可能でしょうか。
答弁 町長 飯田晴義
私どもが行っています職員研修の一環としてではちょっとなかなか難しいかな。ただ、自主研修という制度がありますので、そういう意欲を持っている職員がいれば、東北の実態を知りたいという、そういう自主研修というのは可能でありますので、それはできるかなというふうに思います。ただ、本当に町として、なかなか向こうに行くというのは難しいのかなと。やはり行くといってもどこも行けばいいのかということがまずわからないわけですし、例えば姉妹町村の盟約といいますか、そういうところは、例えば更別などは東松島でしたよね、そういうつながり、各課の行き来、つながりがあればそこを通じて、あるいはそこの町に対してということが可能なのでしょうけれども、今のところ我が町ではそういったつながりがないのです、実は。そういう深いつき合いをやっているところがないものですから、まずはどういった形でその情報を得るのかな、できれば先ほど言ったように県がやはり各町村からの要望を集約して、震災直後にあったのですね、実際そういうことが。集約してこういう支援が欲しいのだという、そういうものがあったのですね。それに基づいて我が町としてはそれに応える形で支援をさせていただいたところもありますので、できれば私は、県が中心になって復興をやっているわけですから、支援についてもこういったところが足りないのでできればお願いしたいということがあればありがたいなというふうに思います。
再質問 4番 小田新紀
おっしゃっていることはよくわかります。よくわかるのですけれども、やはりそれですと、今までのとおりの支援で、きっと動きがないだろうというふうなことも推測されます。行きたい職員が自主研修でというようなこともありましたが、当然そういう職員に対しては大きなサポートをしていただきたいなというふうに思いますが、やはり幅広くいろんな職員の皆さんが現地に行ってくるということも非常に大切だというふうに思います。それから、直接的な提携先がないということですが、それらも含めてやはり情報をこちらのほうから仕掛け、探し、行ってくるということが、また復興後にも新たな町やその地域との相互補完という部分でも関係づくりが続く、また、幕別町が何か災害があったときに自分たちの復興の材料にもなるでしょうし、また、助けてもらえるような関係づくりにもなるというふうに思うのですが、やはりこちらのほうから仕掛けるということが大事かなというふうに思いますが、改めてちょっとそのあたりどうでしょう。10:46 千葉議員退場
答弁 町長 飯田晴義
町の仕事として、どこまでやるのだということがやっぱり一番の前提にあると思います。我が町、私としては、まずは町民のために仕事をしっかりしなければならないということが大条件、大前提としてあると思います。そういう中で、必要とあらば復興に協力をするということになってくるのかなと。ですから、復興が一番ではなくて、私はやっぱりこのまちづくりをしっかりやることが私の役割でありますし、そういう中で要請があれば行くというのが自然な流れなのかなと。こちらから税金をかけて調査をする、出向いていくということが、悪いとは言いません。これは当然すばらしいことだと思いますけれども、やはり仕事の中には優先順位が私はあると思いますので、まずは町民のため仕事をする。そういう中で要請があれば支援をさせていただくという、そういうふうな順番なのかなというふうに思っていますので、なかなか小田議員がおっしゃるようにこちらから仕掛けていくというのは、そこまで私たち余裕があるかな、そういう思いもしておりますので、ちょっと難しいかなというふうに思っております。
再質問 4番 小田新紀
これは町民のためになるというふうに思って、今こうやって話をさせてもらっているのですけれども、やはり本当に幕別町もいつどういう状況になるか、津波ということはあり得ないかなとは思いますけれども、どんな災害が起こるかということについては、本当に今何も予想できないような自然現象もありますし、そういったときに、本当に未曾有の災害が起こったとき、何か事件が起きたとき、そのときに今回の教訓を生かしてという部分も含めて、これは非常に大きな財産になるのではないかなというふうに思うところなのですが、いかがでしょうか。
答弁 町長 飯田晴義
私は、決して無駄とは言いませんけれども、いわゆる優先順位というのは当然あるわけでありまして、そういったとこからきずなができるということはすばらしいことだと思いますけれども、そこまで町が主体となってやるところまでは熟度といいますか、必要性と言ったらこれまた語弊がありますけれども、仕事の順番としてそこまで手が回るかなという、そんな思いで実はいるわけでありまして、決して否定はしませんけれども、現状においてはそこまで町が主体となって調査するなり出向いていくなりということは難しいかなという、そういう思いです。
再質問 4番 小田新紀
私は、今だと思うのです。今だと思うのです。これが、5年、10 年たってしまって余裕ができました、多分余裕ができることないと思うのですけれども、余裕ができたから行きますといっても、もうそのときは時既に遅しというような感じもします。今、本当に次の東北という部分の復興が次の段階に入ろうとしているときに、その現実というのをしっかり見てくるということは、このときがチャンスだというように思います。そこに、そんなに大きなお金をかけるとかということではないのですけれども、それを優先順位第一ということでも、何を優先順位かはあれですけれども、非常に大事なことだというふうに思っています。また、その後になってしまうと本当に何が、5年後、10 年後行ったときに、その中間の今というのを知らないでそのときに行っても、またそれは知識として、情報としては浅い情報になってしまうのかなと。今行って、継続的にやっぱり続けていく。忘れないように続けていく。ずっと寄り添い、見守っていくというような、そういった体制が必要だというふうに感じています。せっかく大谷翔平選手も東北出身ということもありますので、それも一つの、趣旨は違いますけれども、本来の趣旨とは違いますけれども、一つのきっかけという部分で東北という部分を改めて見詰め直すというような機会に必要なちょうどいいタイミングなのかなというふうには思っています。今回二つの質問ですが、いずれにしても幕別町において、幕別町だからこそ発信できるというか、今だからこそスタートできる、発信できるというようなものがあると思います。ほかの事例を参考にというよりも、幕別町が先進事例となってできるような内容かなというふうに思っていますので、積極的にどちらの事業も自分も大切だと思っておりますので、一緒にこの事業を大切にしていっていただきたいなというふうに思っています。では、これで質問を終了します。