幕別町議会 平成18年第4回定例会 2006年12月12日
幕別町におけるいじめ問題に対する指針と対策について
2006年12月12日、幕別町議会の一般質問で、芳滝仁議員が「幕別町におけるいじめ問題に対する指針と対策について」質問し、教育長 高橋平明が答弁しました。
- 質問者
- 芳滝仁 議員
- 答弁者
- 教育長 高橋平明
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
質問 2番 芳滝仁
通告に基づきまして、幕別町におけるいじめ問題に対する指針と対策について質問いたします。いじめが社会問題化しはじめて約20年になると言われています。学校等における子供社会のいじめ、職場や地域社会における大人社会のいじめ、家庭内のいじめ等、いじめは社会全体に広がっており、それに対していろんな対策はなされていると思いますが、多くは放置され、披害は拡大していると考えるところであります。文部科学省では1999年以降、全国での学校でのいじめによる自殺者は0件と報告されていましたが、実際には年間100人以上であると推測されていました。この数ヵ月の間に発生した自殺事件を見るとき、その現実は大変深刻な状態であると確認せずにはおれないところであります。今、国においても「教育再生会議」等で議論がなされていますが、本町におけるいじめ問題全体に対する指針と対策について、お伺いしたいと思います。
答弁 教育長 高橋平明(教育長は2007年3月まで)
芳滝議員のご質問にお答えをいたします。最近のいじめ問題に関しましては、いじめを苦にしたと思われる児童生徒の自殺が相次ぎ、文部科学大臣や北海道知事宛に匿名の自殺をほのめかす手紙が数多く届くなど、毎日のようにマスコミを賑わせ、社会問題として大きく取り上げられております。幕別町のいじめに関する記録につきましては、国の調査事業として毎年5月に前年度のいじめの実態調査を実施し報告しており、これが全国的な集計がなされております。実態といたしましては、平成17年度に中学校で1件発生しており、その内容は「悪口を言う」や「無視する」あるいは「からかい」などでありました。平成16年度及び15年度の発生件数は0で、ここ数年では学校が把握したいじめの件数は非常に少ない数字で推移をしております。しかし、これらの件数は学校が把握した件数であり、表面化して問題となり、解決のための対策がとられた件数でありますから、これら以外に表に表れないいじめが存在するものと思っております。平成16年度に実施された「幕別町いじめ問題等検討委員会」のアンケート調査でも、「いじめられたことがある」と答えた子どもよりも「いじめたことがある」と答えた子どもの方がはるかに少ないことが解析されており、いじめたという意識が加害者の側になくても被害者側はいじめられたと感じていることがうかがえます。対策委員会の提言でも、一つには、教師が注意深く様子を観察し、いじめの発見に努めること。二つ目に、常に教師が、いじめが大変に卑怯な行為で絶対に許されないことであるとの毅然とした態度を生徒に示すこと。三つ目に、問題解決のため校内における支援体制を強化することなどが示されております。教育委員会といたしましては学校との連携を強めながら、提言にある項目の実施強化に取り組むことを指示確認しているところでもあります。また、相談体制の強化を図るため、幕別町が取り組んでいる相談員やスクールカウンセラー、教育委員会に設置している相談電話などについて再度周知をするため、町の広報誌や学校便りでPRしてまいります。加えて、実態の把握につきましては、アンケートによる実態調査を北海道教育委員会とも連携をしながら早急に実施してまいりたいと考えております。以上で、芳滝議員のご質問に対する答弁とさせていただきます。
質問 2番 芳滝仁
この秋ごろからの場当たり的なマスコミの報道によりまして、それが一因と思うのでありますが、群発自殺、そういう悲しい出来事がありました。大変生きる力が弱くなっておるのだなというふうな思いと、また、大変生きにくい世の中になっているのだろうというふうなことを思わずにはおられませんでした。命を損なっていく一つの世界というのが拡大をしつつある。私、仕事柄、人の亡くなる場に立ち会うことが多ござまして、本当に自ら命を絶っていく多くの方々がいらっしゃるということを目の当たりにしてきておりました。今はもう、4万人近く1年間でいらっしゃるのだろうというふうなことがあります。そういう意味でも、このいじめの問題につきましては、本当に深刻に教育の一つの場で議論をしていくことが必要だなと思うことになります。今回、一般質問でもあと二方でありますが、それぞれのお立場でご質問をされることがありますが、このいじめに関しまして、議論が深まりますことをご期待申し上げたいと思うところであります。まず、最初に、いわゆる国の今まで行われています教育再生会議の、新聞でもありました八つの提言だとか示されてありました。また、今、教育長からのご提言にもありました対策につきましてでありますが、どうも起きた現象に対する対策として、それを防止をしていくということなのでありますでしょうけれども、そのいじめの本質ということが議論をされていない。その本質のところを考えていかないとならないのが、いわゆる教育の立場でないかなというふうな気がするわけであります。例えば、社会奉仕をさせるだとか、教員に懲戒処分をそれこそ適用するだとか、いじめをした子の出席を停止させるというふうな一つのことが言われているわけでありますが、そういうその表面的な対策で、実はそのいじめということがなくなるのだろうかということを考えるときに、そうではないのだろうということがあろうかと思います。そこで、いわゆるいじめの本質、いじめというのはどういう一つの形で行われているのか。いじめられている当事者というのはどういう子供たち、人々が多いのかということを考えますときに、やはり弱者なのだろうと思います。精神的に弱い、また肉体的に弱い、それこそ子供たちや、また、障害を持っていらっしゃる人たち。そして、ある意味ではその生き方が周囲に受入れらないそういう形で孤立をしている子供たち。例えば、成績がいいからといじめられる。成績が悪いからといっていじめられる。そういうふうな一つの世界を見るときに、これはその本質のところに、いわゆる差別というふうな世界があるのであろうと。それは排除をしていく論理、蔑視をしていく論理。それはある意味で差別ということがあるのだろうというふうに、私は踏まえておるわけであります。そのところで、その人間の尊厳、命の尊厳というものを見失っていく世界が実はあろうかと思うわけであります。その辺のその一つのいじめの本質論に対する教育長の一つのご見解がありましたら、まずお伺いをさせていただきたいと思います。
答弁 教育長 高橋平明(教育長は2007年3月まで)
いじめの本質についてというご質問でありますけども、確かにいじめている側というのは、先ほども申し上げましたけども、本人が全く意識しない。例えば、その言動一つをとっても意識をしないで、言った言葉が、受け止める方としてはこれがもう本当に自分にとっては精神的な負担になると。いわゆるいじめを感じているという。こういうことについてはアンケート調査でも十分把握をしております。それでは、やっぱり弱い子供を強く育てるのが学校の中での一つの教育の方法だろうという思いもあります。つい先日でありますけども、この今般のいじめ問題に対する新聞報道等、これを授業の題材といたしまして、ある町内の小学校ですけども、取り上げて授業を行っております。その授業を私も見させていただきましたけども、子供たちが本当にいじめられることの重要性といいますか、いじめることの辛さ、こういったものを、その授業の中で感じ取っていたなという思いもあります。実際に子供たちは、からかいということがいじめにつながるというふうに思っていない部分もあります。そういった部分について、今般の新聞報道の記事の中を授業でやりましたけども、いろんな観点から先生が示して、かなりいい授業を受けて、子供たちも納得をできたという授業でもありました。こういったものを、私の方では各学校にお示しをして、そういったところも取り上げをしてほしいというふうにお伝えをしているところでもあります。いじめそのものが、これは根絶しなければいけないというふうに思っておりますけれども、それぞれの受け止め方ですから個人の感性になります。そういったものについても受け止める方、あるいは受け止めて流す方法、こういったものについても、いろんな場面を捉えて、授業の中で捉えてほしいという思いを伝えているところでもあります。
質問 2番 芳滝仁
町内の小学校で、授業がされたということは聞かせていただいております。大変いいことだなと思っております。弱い子供というそういうようなお話があったのでありますが、恐らくこれは全体的に弱くなっているのだろうと。例えば、いじめておる子供がいて、それを傍観している子供たちがいる。それはやはり弱さだと僕は思うのですね。何が育っていないのかという、本当にその辺のところが教育の根幹のところで問われてこないとならないのでないかなと、私は感じているところであります。そのところで、ある意味での人権、子供の人権、そういう一つの視野でもって、一つのそういう教育をしていく。1951年に児童憲章ができておりますし、1989年に国連によりまして、子供の権利条約というのが批准をされています。これは、子供の権利を考える。そういうところでは多少は議論をされているのでありますけれども、広くそういう子供の権利、尊厳ということを教育の場で踏み込んで議論をしていく。そして討論をして考えていくというところで、いわゆる自主自立、人として自立をしていく。そして、善悪の判断をきちっとしていくという形の、そういう一つの教育のアプローチということが必要でないかと思うわけでありますが、その辺の人権ということに関してのお考えがあればお伺いしたいと。
答弁 教育長 高橋平明(教育長は2007年3月まで)
子供たちが弱くなっているというご指摘でありますけども、ある意味でそういった部分も確かに見受けられると思います。ただ、こういった問題が起きましたときに、子供たちが連鎖的に反応するということが、一番私どもが恐れております。そういったいろんな事件、事故が起こりますけども、そういったものに、子供たちがどのように理解をできるか。そういった子供たちをまず育てていきたいというふうに思っています。このいじめに関してだけでなく、こういった問題が起こった場合に、当然、担任の先生をはじめ、校内体制で連携をして対処していくわけでありますけども、それでも必ずしも十分と言い切れないところがあります。こういった問題が、これはいじめに関してだけではなく、いろんな問題が起こったときに、それぞれの保護者、あるいは地域とも連携、情報の共有をしながら対処していきたいというふうに思っています。今、議員がおっしゃいました子供の権利条例につきましては、私どもの方でも十分検討しておりまして、この子供の権利について、まず条文をつくることよりも、条文の大切さを子供たち自身がその思いをその条文の中に反映されているのだという、そういったものの積み重ねの中でつくっていきたいというふうに思ってはおります。
質問 2番 芳滝仁
教育、社会全体で子供を大切にするのだという。宝物なのだという一つの形が、そういう児童憲章であり、子供の権利条約だと思うわけでありまして、教育長のご答弁でおっしゃったように、その中身を子供が、子供自身が自分自身のこととして受け止めていくというふうな機会、そういう一つの教育の場があればなとご期待を申し上げるところであります。ご答弁の中にも、いわゆる教師、先生方の責任が大変重たいという形でご答弁なさっていらっしゃいます。それにつきまして、先生方の中で、いわゆる具体的な研修会であるだとか、勉強であるだとか。これは、例えば、幼稚園の中で行われるいじめの形は、例えば、おもちゃの取り合いであるだとか、砂場の場所の取り合いであるだとかという、そういう単純な世界だと思うのでありますが、小学校になりましたら、服装のことであるだとか、その家庭の環境のことであるだとか、いろんなそういう一つのことで、いわゆる小学校の中で起きてくる形のいじめの形。そして、中学校になりましたら、もうこれは暴力、恐喝であるだとか、深刻化していく形があろうかと思います。高校になりましたら大分減るのでありますけれども、そのいわゆる各年代ですね。そういうところでの先生方に対する一つの教育、そういう研修の形は、とられていらっしゃるのだろうかと。研鑽をされていらっしゃるのだろうかということをお伺いしたいと思います。
答弁 教育長 高橋平明(教育長は2007年3月まで)
教員に対する研修ということではありますけれども、これらは当然担任の先生が一番子供たちは身近に見ているわけですから、そういったものの把握に努めなければならないのは、一番、最初は先生方であります。ですから、そういった意味で、常日ごろからその学校の研修体制の中で、あるいは教師間の連携のもとで、そういった子供たちがどういう行動をとっているか、あるいは、日ごろの行動と違う行動をとっていないか、そういった見守りは、今は続けてもらう。そういった部分についての研修を行っております。この研修に関しては、当然先生方だけではやれない部分もありますので、これも町内のPTA連合会が主催をしまして、PTAと、要するに保護者と教師が一体となった研修会の席も、いじめに関しての研修を行っております。いじめそのものは、一つの形ではないですね。千差万別といいますか、決して同じ形がないと言い切れるぐらい違う形で表れます。そういったものをしっかり見とれるような形で研修をこれからも進めてまいりたいというふうに思っております。
質問 2番 芳滝仁
札内中学校なんかでも伺いましたときに、よく先生方が会議でいろんな子供たちのことを全体で話し合い、そして対策を講じるというふうなそのことがなされていると聞かせていただいております。これはやはりその先生間同士の情報の交換。そして、自分の担任だけではなくて、担当する子供たちだけではなくて、その自分の担任をする子供たちもそうなのでしょうけれども、全体として先生方が心一つにしまして、いろんな子供たちの姿を見ていくという形で、それは取り組まれていらっしゃることであります。そういう一つの形を、奨励をして進めていただきたいなと、こう思うわけであります。もう1点、私たちのこの人間の脳の問題が、この一つのいじめということに関して結構影響を与えているのだという、そういうことが今言われております。大脳のいわゆる欲望を司るところの、これは生存欲もあれば物欲もそうでありますけれども、そういう司るところの脳の部分と、そしてそれを制御する部分があるのだそうであります。結構、今言われてありますのは、ゲームをずっとやり続ける、テレビをずっと見続けるというふうな、そういうところでは、欲求をコントロールする部分の脳が育たないのだと、こういうふうなことが一応今言われているわけであります。やはり人が人の中でやっぱり育つのだろうし、いわゆる子供だけの世界でなくて、いろんな一つの地域社会だとか家庭だとか、その人が人の中で育っていくという形が、幕別町はいろんな形で取り組んで、いい地域ができあがっていると思うのでありますが、その辺のことに対する一つの警鐘を申しますか、そういうそのお考えはあるのかどうか。一つお伺いしたいと思います。
答弁 教育長 高橋平明(教育長は2007年3月まで)
子供たちがゲームをするということでありますけども、このゲームに関しては、アンケート調査等がありまして、子供たちのゲーム時間数が確かに長いということも把握をしております。ただ、これは学校教育の中で、それを禁止するですとか、制限するとかという部分では当然ないというふうに理解をしております。この問題につきましては、その例えば、ゲームを行うことによる影響、そういったものについては、学校だけではなくて、教育委員会が、これは保護者向けあるいはその地域向けに対して情報を発信していきたいというふうに考えております。そういった取り組みが、毎月19日の幕別教育の日の中で行えればというふうに思っております。
質問 2番 芳滝仁
この前、札幌である小説家の講演を聞かせていただいたときに、道内の100名でありましたか、小学校6年生の子供に、いわゆる尋ねた、アンケートをした中で、死んだらどうなるかということを尋ねたときに、80%の子供たちが生き返るとこう言ったそうであります。大変本人は驚いたというお話をされていらっしゃいました。どうしてかというと、ゲームをやっておってもすぐ生き返る。テレビドラマを見ておっても、昨日死んだ人がまた出ている。この前も子供が一人、必ず生き返るのだといって死んでいったということがありました。そういう、いわゆる今おっしゃった保護者に対する啓蒙、できるだけ人が人として触れ合っていく世界というものを啓蒙していくということは非常に大切だと、こう思うわけでありまして、是非、前向きにその件につきましては、取り組まれることをご期待を申し上げるところであります。いろいろあるわけでありますが、学校の一つの教育の場面で、いわゆる管理職だけでなくて先生方と、そして子供たちと、そして保護者とが集まって、そしていわゆる学び舎の場というふうなものを、一つアプローチをされていかれたらどうだろうかと。以前、私、札中のPTA会長やっておりましたときに、札内中学校でいじめの問題があったときに、2年ほどかけてお願いをして、やっとそのことを実現していただいたときがありました。それは非常にともかく子供たちの思いを聞こうという、自分の考えを言って押し付けていくのでなくて、その思いを聞いていこうというところで、まず子供たちの思いを先生方と保護者が聞かせていただいたことがありました。そしたら、いじめはありますと。それは自分たちで、私の場合は解決をしたと。親に話してもそれは仕方がないと思う。先生は見えていなかったと。そういう一つの子供たちの生の声を聞かせていただきました。そのときに、親がどうして親に相談しないのかと詰め寄った場面がありました。でも、それは、それよりも親が自分たちが子供に相談もしてもらえない親なのだということをやっぱり自覚していく場になったのであります。それは非常に大事な場面であったなと、私は考えておるわけであります。自分たちは、そういう命にかかわる話でも、子供たちに相談もされることができない親なのだということの自覚。そういうところがやはり、そういう最初の一つの真摯な、共に学びあう場ということが、具体的にこれからやっぱり必要になってくるのでないかというふうに考えるわけでありますが、一つの提言としてどうでございますでしょうか。
答弁 教育長 高橋平明(教育長は2007年3月まで)
大変貴重なご提言だというふうに受け止めたいと思います。私どもの方でも、毎月19日の先ほど申し上げましたけども、幕別教育の日という取り組みでありますけども、これは地域と保護者、家庭と学校が一体となって子供たちを育てていこうという考え方から始めたものであります。この取り組みの中で、やはり家庭が果たす役割というのはかなり重要な部分だというのが、また認識が新たになってきたというふうに思っております。そういった思いがありますので、それぞれのPTA連合会ですとか、そういったところに相談をさせていただきながら、取り組んでいけるものは取り組んでいきたいというふうに思っております。
質問 2番 芳滝仁
最後に、子供から大人まで、全体としての一つのそういういじめ、人権の問題を町民が、住民が目で見られる形で、啓蒙をしていくそういう人権教育と申しますか、啓蒙活動というのを余り私は見たことがないのであります。これは、新宮市、これは私の家内の実家の方から送られてきたものでありますけども、新宮市と、そして、人権尊重委員会ということで、全市のその家に分かれている啓蒙紙であります。明るいまちづくりを目指して、人権文化を創造するために、みんなで一緒に考えようという、そういう一つの形があります。その中に、本当に知らず、知らず、日常の中で人権を侵してしまっていることの点検をしていきましょうだとか、あと、人権という視点から生活というものを考えていきましょうだとか。そして、ほかの人が皆そうしているのだからというふうな形で流れてしまうことは、これは本当に人権を損なっていく世界であるだとか。そして、自分と同じ同質のものばかりで社会が構成されているのではなくて、様々な違いを認め合って、その違いを互いに尊重し合うことが、人権を普遍的文化として根付かせる第一歩でありますとか、非常にわかりやすく啓蒙紙が、これは定期的に出されているものでありまして、こういう一つの、いわゆる人権の啓蒙の取り組みということが、ある意味の広く今は必要になってきておることだとか思うわけであります。やはり、そういうそのいわゆる意識の持ち方、そういう一つの教育の形が、いわゆるそのいじめの本質というところで、実は、大きな役割を果たしていく世界があるのでないかと思うわけでありますが、その辺のところを最後にお伺いいたします。
答弁 教育長 高橋平明(教育長は2007年3月まで)
確かにいじめの本質については、子供たちだけの問題ではないというふうに、私ども理解しております。今、議員がおっしゃいましたように、人権に対する教育、学校でおける教育、これは継続してやってまいりたいと思いますし、また、生涯学習という大きな流れの中で、人権についてのテーマも取り上げてみたいというふうに思っております。