浜中町議会 令和5年第2回定例会 2023年6月6日
町長選4期目の出馬について
2023年6月6日、浜中町議会の一般質問で、川村義春議員が「町長選4期目の出馬について」質問し、町長 松本博が答弁しました。
- 質問者
- 川村義春 議員
- 答弁者
- 町長 松本博
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
質問 5番 川村義春
これについては今の時期しかないということで質問をさせていただきますので、町長、よろしくお願いしたいと思います。まず、最初の質問は、町長選4期目の出馬についてであります。松本町長は、平成23年10月から、町政運営の重責を担い、地域を支える地場産業の振興、災害に強いまちづくり、若い世代への子育て支援の充実の3本柱を基に町政の発展に努力されました。特に、災害に強いまちづくりに関しては、防災機能を備えた新庁舎の建設や防潮堤のかさ上げ、千島海溝沿いの巨大地震・津波対策のため、改正特別措置法の成立を受け、避難困難地域の緊急事業計画をまとめ、人工高台、避難タワーなどの整備に道筋をつけていただきました。町民の命を守るための施策や住民福祉の向上を図るための施策などに努力された姿勢に敬意を表します。そこで端的に伺いますが、本年10月の町長選4期目の出馬はあるのか否か、伺います。
答弁 町長 松本博(町長は2023年9月まで)
4期目の出馬に関するご質問であります。町長を支えていただいている後援会の皆さんとはまだ協議ができておりません。今、最初にこの時期だろうと言われましたが、まさにそのとおりだと思います。私もそれは考えていましたし、この時期が一番なのだろうと思っていましたが、5月中は出張が多く、連休後はあまり町内にいられなかったということがありました。それで私を支えてくれた講演会の皆さんとその話を十分にできておらず、任期満了後における進退に関することについても話ができていないということがあります。しかし、私としましては、3期12年もの間、大変お世話になっている後援会の皆様との会合を持って私の考え、思いを伝えることが必要だと思う次第であります。現時点で私の考えをこの場で申し上げることはできませんが、町長は何より町民の皆様の負託を得てこの場に立たせていただいております。当然ながら、4期目をどうするかを町民の皆様にはっきりとお示しする責務があるのはもちろんであります。そこで、今後、早い時期に、この6月中に後援会の皆さんとの会合を持ち、それを経て、別の場を設け、進退を表明させていただきたいと考えております。その場が報道だけになるのか、もし議長のお許しがあれば議員協議会の前になるのかは分かりませんが、その時間をいただきたいと思っているのが現状でありますので、ご理解をいただきたいと思います。よろしくお願いします。
質問 5番 川村義春
ただいま町長から自分を支えてくれた後援会とすり合わせがまだできていないということでした。5月は中央陳情もあって忙しい日々を送られたのだなと私も理解しております。そういう中で後援会とすり合わせができていないということであり、町長としては6月中に結論を出したいというようなことでした。まず、いずれにしても進退を後援会と協議するのはもちろんですけれども、自分自身が決めることが基本だと私は思っています。そのときには、議会に関しては全員協議会の場、あるいは、進退を明らかにするということで、出馬表明になるのかは分かりませんけれども、そのように理解をさせていただきたいと思います。4年前、私以外の議員もお聞きしたと思うのですけれども、私も今回聞いておきたいなと思ったのは、これまで、平成23年10月から3期12年、町長として3本柱で頑張ってこられたかで、どのように総括されるのか、簡潔に説明をしていただければなと思います。
答弁 町長 松本博(町長は2023年9月まで)
今言われた平成23年10月からの3期目ですけれども、まちづくりをしていく中で一番大きかったのは平成23年3月11日の東日本大震災で、まちの安全を含め、まちづくりを根本から変えることになったのだと思っています。3月11日のとき、私は副町長であり、前町長が病で入院されていまして、町長職務代理者として議会に臨みました。その昼に災害がありました。そして、10月には、前町長が復帰できないということで、つながったわけでありますけれども、そこが分岐点だったと思っております。そして、その後、千島海溝沿いということが出てきましたけれども、防災への対策ということが言われました。それから、そのとき、酪農方面から出されたのが光回線です。酪農家の青年たちがインターネットを使って牛一頭一頭を管理するということになって、農協の組合長からも要望があって、NTTに組合長と一緒に出向き、対応しました。もう一つは、同じく海岸の話ですけれども、防潮堤のかさ上げの整備です。3.11のときは前につくってもらっていた防潮堤で何とか命を守れました。ただ、その高さが道の示す津波の高さに合っていませんでした。そこで、議員の皆さんや産業団体の皆さんの力を借りて国へ防潮堤のかさ上げの要望を行いました。光回線にしてもそうですが、守るという意味からすると全てがそこに集約されるのかも分かりませんけれども、考え方が変わりました。そして、長年の悲願でありました庁舎建設もありました。この3期目も防災のことはまだ続いておりますけれども、そうしたことを重点にやってきた3期目だったのかなと思っています。1期、2期とありましたけれども、ここに終始した任期だったなと感じております。うまく言えませんけれども、今まで申したことは、町長一人で全てやってきたわけではありません。関係部署の職員など、関係者が課題に立ち向かってくれ、一つずつ一つずつ解決してくれたのだなと思っております。そして、これには、当然、議会議員の皆さんの力も借りて要望活動もさせてもらいました。大きく言うと皆さんの力を借りてしっかりやれたのかなと思っております。不十分なものもあるかも分かりませんけれども、私としてはできる限りのことはやってきたという思いでいるところであります。
質問 5番 川村義春
ただいま町長からとても心に残るような総括的な話をお聞きすることができました。3.11の東北沖の地震を契機に考え方が変わったということで、特に3期目については、防災関係といいますか、災害に強いまちづくりに特化して努力をしてきたということでした。これについては町長一人ではできなかった、退職された職員もいるでしょうけれども、職員の皆さんのおかげだと思っているということで私は本当に感銘を受けました。今後、後援会の結果を待って、6月中に進退を整理されるということでしたけれども、多分、10月の前半が告示日になろうかと思います。それまで病気などをしないで元気に頑張っていただきたいと思います。この件についてはこれで終わらせていただきます。