浜中町議会 令和元年第4回定例会 2019年12月4日
「機会を与えていただきましたので、通告に従って質問をさせていた…」
2019年12月4日、浜中町議会の一般質問で、落合俊雄議員が質問し、町長 松本博が答弁しました。
- 質問者
- 落合俊雄 議員
- 答弁者
- 町長 松本博
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
質問 9番 落合俊雄
それでは、機会を与えていただきましたので、通告に従って質問をさせていただきます。松本町長は10月の町長選挙において3期目を目指すとして立候補され、見事当選を果たされました。そのことに対しましては、改めましてこの場で祝意を申し上げるところであります。しかしながら、その後、本定例会開催に至るまで議会において3期目に向けた所信というものを表明されておられないことから、改めてこの場で質問をさせていただきたいと思います。まず、町長御自身、これまで2期8年どのように総括されておられるのかお伺いをいたします。また加えて、これからの4年町のトップリーダーとしてどのようなまちを目指してその運営にあたられるのか、それも含めてお答えをいただきたいと思います。よろしくお願いします。
答弁 町長 松本博(町長は2023年9月まで)
私は、平成23年10月から長谷川町長の後を継ぎ、これまで2期8年、町長の責を務めさせていただきました。思い返してみますと、多くのことがあったと感じております。当時、私は副町長でありましたが、長谷川町長が病気療養中で町長職務代理者の任に就いていた平成23年3月、あの東日本大震災が発生し、町長不在の中、震災復興にあたらせていただいたところから既に始まっていたように感じております。長谷川町長は、その後9月にご勇退され、私が後を引き継がせていただきましたが、平成23年と言いますと、現在の第5期浜中町新しい町づくり総合計画の2年目であり、長谷川町政を引き継がなければならないことはもちろんのこと、東日本大震災を目の当たりにして、災害に強いまちづくりの必要性を感じたところであり、私が担わなければならないとの強い使命感もあったと思っております。現在、防災機能を備えた役場新庁舎の建設は、多くの町民の皆様や議員の皆様と多くの議論を重ねた結果、皆様の御理解のもと着々と工事が進んでおり、霧多布海岸の防潮堤嵩上工事についても来年度末には完成する見込みであります。防災対策についてはまだ道半ばだと思いますが、着実に進めることができたと思っているところであります。2期8年と一言で言ってしまえば短かったように感じますが、短い中でもこの8年の時代の流れは非常に早かったと思っております。高齢化と少子化はますます進み、都市部への人口流出等と相まって、本町の人口は減少し続けておりますが、本町の基幹産業は酪農と漁業であります。この産業を振興し、働きながら安心して子育てができるよう、高校生世代までの医療費の無償化であったり、保育料の負担軽減、就業交付金制度の創設など、さまざまな施策を展開してきたと思っておりますが、浜中町が今後も持続的に発展するためには、まだまだ道半ばだと思っているところであります。以上が8年間の部分であります。これからの4年でありますが、本町は酪農と漁業を基幹産業とする1次産業の町であります。その産業とともに本町は発展し、管内で唯一、1次産業従事者が5割を超え、おかげで他の町に比べ人口減少は遅かったと思っております。しかしながら、先ほども申し上げましたとおり、高齢化と少子化はますます進み、都市部への人口流出等も相まって今後も人口減少は避けて通ることができない大きな課題であります。いくらかでも人口減少スピードを抑え、今後も持続可能なまちづくりを進めなければならないと思っておりますが、そのためにこれまで本町を支えてきた第1次産業をいかに守り、振興していくのか。これまでも実施してまいりましたが、後継者の対策や若い世代への子育て支援を継続し、誰もが安心して暮らし続けることができ、町民一人一人がまちづくりの主役となる協働のまちづくりを目指したいと考えております。防災対策はもちろんでありますが、選挙時に申し上げましたとおり、これからの浜中町を、さらに、産業を担っていくのは、今まさに子育てをしている若い世代であります。若い世代が浜中町に何を求め、どのように働きながら子育てをしたいのかなど各産業に携わる青年や子育て中の若いお母さんと対話しながら、将来の浜中町を担っていかれる若い世代の期待を背負うべく町政の執行にあたってまいりたいと考えているところです。以上です。
質問 9番 落合俊雄
3期目を迎える町政について、なんとなくフワッとした質問をしたら、そのとおり返ってきたというのが私の受け止め方であります。私もここに再び席を得るまでの間、8年半という空白期間がございます。加えて言うならば、一般質問だと9年以上前の話ということで、もう既に隔世の感は否めないのでありますが、町長選挙公示日に町長は数ヵ所で街頭演説をされているというふうには思いますが、あいにく私は、その日ちょっと都合がありまして町長の街宣を聞くことができませんでした。加えて、11月の町広報にこういう就任にあたってのあいさつというものが掲載をされておりまして、こういうものをざっと一読させていただいて、道半ばという言葉も引用されていますことから、あえて今回質問させていただこうというふうに思い立ったわけであります。この2期8年というのは、私は既に下野しておりまして、町長は否定されるかもしれませんが古い友人の1人として、また一町民として、基本的に私自身は温かく見守ってきたつもりではございます。この間いろいろなことがありまして、平成23年3月の町長が言われる東北の震災、いろんな動きが出てきて、本町もそれに絡んで平成26年ですか、26年の秋のまち懇ではいわゆる新庁舎問題を一つの議題としてのまち懇が各地で行われました。その結果、物凄い二分した意見がそこで出てしまいまして、その後12月定例会、翌年27年3月定例会の2つの定例会において、未だかつてないほどの議論が交わされたというふうに私も承っております。そうした中で、まちづくり懇談会を終えた時点で町長は判断をどういうふうにされたのか。このままこれの提案をしようと思われたのか、それともじっくり考えようと思われたのか、その辺についてはいろいろ経過を含めて大体は理解できるのですが、どうしてもその27年3月の定例会にこの案件を提示しようとするまでの間、どういった努力をされたのかが私、一町民としては見えてこなかったのです。その間の努力があったのかなかったのか、何をしたというそういう部分が町長の口からあまり聞こえてこなかったように思います。自らが提案しようと思うものについては誠心誠意努力をする、行動する、汗をかくという、そういうものが求められていると思うのでありますが、果たしてその間は町長どういった行動なりをお取りになったのか、まずそこから私の8年間の記憶を埋めるお手伝いにちょっとお付き合いをいただきたいと思いますので、よろしくお願いします。
答弁 町長 松本博(町長は2023年9月まで)
今、議員言われました記憶を埋めることを手伝ってくれというお話でありますけれども、私はこの間、この8年間中で庁舎建設に関して言えば、多くの会議を重ね、そしてまちづくり懇談会も重ね、そして各議会含めて一貫して説明してきたことであります。そのことについては、あくまでもこの庁舎建設に関して言えば、しっかり高台移転していくのだという決意で、最初から協議の方向を決めた段階から、そのことを通じて、そのことを持って挑んできたというふうに思っております。ですから、確かに3分の2の議決はとれませんでした。可決されませんでしたけれども、その後も庁舎移転につきましては高台移転ということでの視点でずっときて、今日に至ったと思っています。その中で、結果的に全会一致で高台移転ということで決着したものだと思っています。その中での経過としては、議員では断腸の思いだという方々もおりましたけれども、結果的にあくまでも議会では全会一致をいただいたというふうに思って今日に至っております。決してぶれるというか、揺れるということはなく、今日の建設までたどり着けたのかなという思いでおります。この8年間中で多くの時間をそこの部分で費やしたのかなというふうに思います。その後、災害、災害復旧含めて庁舎建設、防潮堤を含めて今日に至ったのだろうと思っています。思いというよりも、その方向で走ってきたというふうに思っています。私はそう思って感じているところです。以上です。
質問 9番 落合俊雄
どう行動したか、どう汗をかいたかについては、あまり答えがなかったと思いますが、結果として、27年3月の定例会で可決に至らずという状況が生まれ、その年の4月の議会議員選挙が、あたかもこれを争点化したような選挙が結果的には行われました。しかし結果は変わらずということから、その間半年、私から言わせると迷走したあげく、現在の庁舎移転が可決されたというふうに私のほうでは見えていました。そのことが選挙の争点のようになってしまったことが、ある意味でいうとその4年後、今年の春の議会議員選挙において、いわゆる報道の材料になるようなことをもたらした要因ではないかというふうに考えられなくもないのです。それはなぜかというと、一定程度の多くの声があったにもかかわらず、その声を反映された結果ではなかったという思いが、反対をしていた町民の中に残ってしまった。ある意味で言うと、これは溝をつくってしまったと言っても良いのかもしれないです。結果的にそこでこの春に農村出身の3人の議員の方が勇退をされた後に、誰か後継が出ないのかという話になったときに、そこに積極的にかかわって議会に臨もうという意欲を持つ人が現れなかった。それはなぜかと言うと、やはりそういう無力感、以前4年前の結果、自分たちの思いは通らない、伝わらないという無力感による意欲の喪失といったものも一方であるのではないかというふうに私も感じました。こういうことではいけないということで、関係のところ何ヵ所かにどうするのだというお話をさせていただいたのですが、極端な話「もういいのだ、放っておけ」という、そういう諦めを超えたような認識が一定程度、町内、特に農村部のほうにあったという、それが結果的に定員割れを起こしてしまった、そしてさらに補選という形で今回補充はされました。されど、当事者というか、そのなんとなく無力感に襲われているそういう気持ちを持った人達にとってみると、そこに補選があるからそれに臨もうと、いうそういう意識が全くない。本当に悲しむべき状況であると。これは先ほどもちょっと触れましたけれども、そういうところのやはりその溝を埋めようという努力がどこにもなかった。だから、その過程においてこの4年間その溝を埋めようという努力をされてこなかったのではないのかと。そのことがこの春の改選で定数を割るという、そういう状況を生んだ要因につながっていると私はちょっと感じたものですから、こういうお話をさせていただいております。すなわち、今日の一般質問の最初のほうにありましたが、若い世代との話の場を持つと。若い人たちがやはりそういう中で町に期待するものがない、というふうな思いを一方で持ってしまったその要因はどこでできたのか。そういう部分で言うと、もうちょっと丁寧な説明なり行動が、その間あることがより望ましかったのではないかというふうに私は率直に感じているわけです。これから先のまちを考えるという話になったときに、その世代、若い現役世代が何を考えているかというのは大変重要なことではあります。ただ、その世代が行政に対して注文をする、要求をするというそういう思考に向けていかないと、まずならないということです。確かにこの春、誰も出ないのかという話の中で、数人の候補者と思われるような人の名前が挙がった経過はあります。されど、現状としてそういう場に臨むような環境にない、状況にないということで止まったのです。今回の改選で勇退された議員の方々も、やはりその規模が大きくなって、自分も労働力の一つとして欠かせない存在になっているのだ、だから厳しい、ということも一つの理由に挙げられていますし、大きく言えば、昭和から平成に変わった時代、町長は農林課が長いので十分御存じだと思いますが、時代が平成に変わった頃から酪農家の間で牛の飼養環境、飼育方法というのが一定程度変わってまいりました。繋ぎ飼いからフリーストールというような状況で変わってきて、さらにそこにパーラーとかそういうような設備が必要になって投資が必要になってくる。そうした中で、以前では、昭和では考えられなかった町内においてもメガファームという、俗にいう生乳生産が年間1,000トンを超える農場が、平成に入ってから散見されるようになってきて徐々に増えてきた。それがさらに進んで、今後、近年は国の政策とも相まって、さらなる規模拡大という風潮が出ています。労働力の限界を超えるというものに対して、従業員もしくは研修生を確保するであるとか、あとは最新のロボットという、そういうものを導入されながら一定の規模拡大を図るということが若い世代に結構進んで取り入れられている。やっぱりそうなってくると、そういう環境の中でやってくるとなかなかこういう場に臨もうという余力が生まれてこないというのは確かにあると思います。だけれども、それで片づけて良いのかというと本来はそういう問題ではないと思うのですが、どうしてもそのことを最優先にするがあまり、町民としてどうあるべきか、どういう意見を持つかというところになかなか思いが至らなくて、自分の経営をどうやって守るか、どうやって伸ばすかということにどうしても専念しがちになってきているという世代が今中心になってしまった。だから、なかなか農村部から、いわゆるこういう場に臨む後継者というのが現れづらくなってきたのだというふうに思います。だけど、そういう背景もあるのではありますが、先ほど申し上げましたように町を二分するような議論をしたあげくの無関心というか人任せというそういう状況を生み出したということも、これは一方で事実ではないのかと私は考えていますが、こういった点について、町長はどういう認識をお持ちかということをお伺いさせていただきます。
答弁 町長 松本博(町長は2023年9月まで)
決して言い分だとかそういう話ではなくて、今現在でもやはり農協からも要望はきていますし、ただ、その要望は来ているけれども、今の各酪農家のことを見ると、要は今まである酪農振興という形でずっと補助事業などいろいろな形で支援してきましたけれども、ある程度良くなってきたと言ったらおかしいですけれども、自分の経営で、補助金をもらわなくても、助成を受けなくても自分たちでできるという時代にもなってきたというふうに思っています。そういう意味からすると、それほど地域から議会に出て、多くの今までの先人たちは、酪農振興しっかりやってくれということで、議員の立場からもまちづくりに参加してきたと。ただ、今の状況になってくると、そのまちづくりというか酪農振興ということに関して言えば、町に期待する以上の金額がかかっているような気がするのです。自分たちでできる時代になってきたというのもあるのかなというふうに思いますけれども、ただ、今そういう意味からすると期待度は薄くなってきたのかなと思っています。それが一つの要因としてはあるのかなと思っています。ただ、今、町議選で立候補が少なかった、出なかったということと、先にお話ししました庁舎の関係だとか、意欲がなくなった、溝ができたというふうに言われましたけれども、果たしてすべてがそれに当たらないように私は思っております。今の情勢がそうなったのかなというふうに感じているところであります。ただ、農業者のほうにとってみれば、確かに3人の方が辞めたと。リタイアしましたけれども、後継者をつくらなかったということも含めるとすれば、そのまちづくりから関して言えば冷たい言い方ですけれども、後継者をつくらなかったというのも一つのその人たちも課題であったと思います。今まで町を引っ張ってきたのですから、その方々が全員いなくなるということからすると、それはそちらにも責任はあるのかなというふうに感じています。そして、町長としては、それほど溝があるのではないかと議員言われますけれども、町長が鈍いのかもわかりませんけれども、あまりに感じていないところでもあります。以上です。
質問 9番 落合俊雄
溝があるかないかというのは受けとめ方の問題であります。期待度が下がったという、町に対する期待、今町長からお話ありましたけれど、町に頼らずとも自らで我が道を切り開くというような強い意志、思いを持ってやっておられる若手も結構おります。実際には。確かに生乳の販売に関しても、系統の販売に頼らず自らその道を切り開くと言って別な選択をされている農家も散見をされております。これは、あくまでも自己の判断ということにはなるのでありますが、ただ、今、町に頼らずとも我々の経営はやっていけると。しかし、経営と生活というのはまたこれ別な話でありまして、やはり経営が100%だという考え方に立つべきではなくて、やはり自分の生活の中で行政というものとの関わりをちゃんと持って、認識してそこにきちんとした見識を示す、意見を出すということは当然必要なのでありまして、経営に対しては町に何を言うことはないというのはあるかもしれないです。だけど、生活という面に対しては行政に大きな注文をする機会を、ある意味で言うとこの春は失ったわけでありますから、確かに後継者をつくらなかったと、それはそちらが悪いのだという町長のお言葉でありましたが、それはそうかもしれません。されども、そういうふうな情勢を知ってこなかった、私も過去経験者ですから含めて反省はしなければいけないと思います。でもやはり、そういう中でいないということに対して何の危機感も持っていないという現状に、私は危機感を感じたのです。だから、本来であれば黙って引っ込んでいろという、そういう年代なのが、再度出てきたというふうになってしまったわけですよ。危機感を持っていないということに危機感を持ったのです。私自身は。この2期8年については、いろいろなことがあって、それでもこれから先、あと1年2ヵ月後には新庁舎に移行するというところまで来ました。先ほどの町長の最初のお答えの中で、道半ばだというお答えが、お言葉があったように思います。3期目4年の間でこの2期道半ばというのは一体何を指しているものなのか。私が見るところによると、いわゆるそのこれまで掲げている3つの項目については、産業振興、これ道半ばというか、これは永遠の課題ではないかと。極端に言えば、これで良いと、終わりだという課題ではないように思いますし、それから災害に関して言いますと、これからいろいろな整備を進めたとしても、これで万全だと言えるものが本当にできるかと言えばそれはまずないと思います。万全と言えるものは。整備を進める中で、その時点で最善のものを選択するという努力はされても、それが万全だというところに至ることはまずないでしょう。これをあと4年で、この防災対策を完璧に仕上げるのだという話になるかと言ったら、私はおそらくならないと思います。これからもずっと課題として残り続けるでしょうし、その対応に追われるかもしれません。だとするならば、ここで言う道半ばというのは一体何について道半ばなのか。少なくとも2期8年の経過を踏まえて、この4年で半ばとされるものの課題として、一体どういうもの具体的にお考えになっているのかが最初のお答えの中にはあまり見えません。御自身が道半ばとおっしゃるのであれば、何が半ばなのか。具体的にここでお知らせをいただきたいと思います。町広報紙も見ましたし報道関係のいろいろな記事も読ませていただきましたけど、道半ばという使い方というのは具体性に欠けるのです。はっきりと政策課題として自身が首長としてこの4年で何を為したいと思うか、それを提示することが本来あって然るべき所信表明であろうと思いますがそれがないということと、道半ばというのは具体性に欠けるので一体それは何ですかと。一般質問で各議員からいろいろな提案があり、質問がある。そのことを受けてそれをただ実現するためであれば、自らは一体何なのかというふうに普通は思われます。自らが何を課題として取り上げ、それをこの任期の中で少しでも進めようとされるのか、そういったものがより具体的にお示しいただければ、私もこの道半ばという言葉の裏側が見えるのですが、今のところ何も見えてこないので道半ばの裏側をこの際お話いただければと思います。
答弁 町長 松本博(町長は2023年9月まで)
私の言っている道半ばというのは、前回もそうですけれども私のスローガンである第1次産業の振興、さらには災害に強いまちづくり、いずれにしても、道半ばという表現が悪いと言うのであれば悪いのかもわかりませんけれども、それをしっかりやっていくというのが道半ばだと私は思っているのです。具体的にどうなのかと言ったら産業振興なのです。それと、災害に強いまちづくり。今もやっていますけれども、その継続です。もし私があと4年で終わるとしても、道半ばではないのかと、ずっと続けていくのが首長としての責任ではないかと思います。特に、子育て支援の充実の中でひっかかってきたのが子育てをしている人たち、その若い世代とのやりとりが難しかったし、町長も十分理解していないなということで、重点的に今回若い人たちとの対話を含めてやりたいということになります。ですから、私はその道半ばというのはすべてなのです。第1次産業の振興、農業・漁業の振興もそうですし、災害に強いまちづくりもそうですし、そしてこれからやる若い世代の子育て支援のこともそうです。それを一生懸命やっていこう、そしてまちづくりに生かしていこうというのが私の考え方です。具体的に何をするのかということになってくると、対話して良いものをつくっていきたい。ただ、先ほども質問の中で答えたところでありますけれども、農協青年部との話もやったんです。良好な関係で話をしましたし、「ちえのわ」の方々とも、一生懸命頑張っているからというのが2つの組織だったと思います。それを町長に報告しに来たのだろうというふうに思っています。できるのであれば、まだそこは漠然としていますが、しっかり農業守ってねということが2つの団体の意思だったのかなというふうに思っております。道半ば、町長の道半ばというのは、その仕事をし続けるために言葉として使った次第であります。以上であります。
質問 9番 落合俊雄
道半ば、すべては道半ばであるというお答えだったのですね。それも一つの政策といえば政策なのかもしれません。されど、やはりあるべきはその4年で何かを成すという強い信念を持って、そしてそれを施策として打ち出して、予算化して、議会なり町民の理解を求めて進めると、そういうものがやはりより多くあってほしい。首長としては各界各層の要望を受けて予算化をする、実行に移すと言うのであれば、言葉は悪いのですけれども、万屋になってしまう。自らの意思というものがそこに見えてこなければ、やはりそのなかなか難しい。それは例え町長がこうしたいという思いを軽く述べられたとしても、それを職員の方々がどう判断すれば良いのだといったときに、その思いの強さなり、内容なりがしっかりと伝わればそれを具現化する。そのように、きちんとした成果として表れるような気はします。それがなく、ぼやっとしていると、なんとなく全体がぼやっとした感じですべてが何とはなしに継続されるという、そういう部分が出てきませんかと。いわゆる刺激がないと人は育たないのですよ。そういう部分でいうと、リーダーシップをはっきりして、俺は何がしたいのだという部分をもう少し明確に打ち出すことが、結果として良い方向につながっていくのではないのかなという素朴な思いも私にはありまして、あえてこういう変なやりとりをさせていただいております。時間もだいぶ経過していますので、あまり長くはしたくないので、そういう部分はこれからしっかりとやっていただきたいとの私の要望です。続いて、1年2ヵ月後には新庁舎に移行するという話でございますが、役場内の一部を除いてほぼそこに集約されるという形に恐らくなるはずですよね、予定では。ただ、そういった中で、いわゆる改めてというのではないですけれども、移行するにあたって庁舎内の機構含めた見直しを図るほうがよりよろしいのではないかと素朴に感じます。今は拠点と言われるところが数ヵ所にありまして、その間を行き来したりして、この書類はあっちへ持っていって、この書類はそれを受けてこっちに持ってこなくてはいけないという、いわゆる不便さがあるわけです。今度はワンストップだということにおそらくなるのでしょうから、そうなったときにその業務の重複なり効率化というものをきちんと図った上で、新しい庁舎に臨むべきというふうに私は見ていてそう思います。やっぱりもう少し整理をして、本庁のどこにどういう人員が必要なのかというのをもう1回きちんと整理をする。今までは複数の箇所に分かれていたことによって、やむを得ずこういう配置にせざるを得なかったというものがあったように思えます。今度は1つに、1ヵ所にまとまるということを考えますと、ちゃんとした機構改革を含めて再整備をして、いわゆる町民に対するサービスの向上、利便の向上というものを図るべきだと。まだ1年ぐらいありますので、移行期間の中でじっくりその辺を検討されることも必要かというふうに思います。先ほども一般質問の中であったのですが、新庁舎が完成しますと保育所の避難の関係で何百メートルとかという話がありましたけれども、最終的にはこの庁舎を解体して、これが真っすぐ道路として庁舎に向かうということになるはずですが、車もない人たちにこの長い行程を徒歩でということを考えますと、何かほかに策を講じておいたほうが良いのかなという気もいたします。その辺も含めて検討されることはよろしいかと思います。これはされるつもりかどうかということをこの際聞いておきたいと思います。それから蛇足ではありますが、新庁舎に町長は歩いて登庁されるおつもりですか。蛇足です。よろしくお願いします。
答弁 町長 松本博(町長は2023年9月まで)
明確なものを持って町政執行にあたってもらいたいということだと思うのですけれども、私は今までずっとやってきたのは、みんなと協議して協働のまちづくりということを基本にやってきました。その中でいろいろなことも起きます。その都度みんなと協議して、3.11の時もそうです。あんなことが起きるとは思っていませんでしたけれども、それが庁舎にもつながりました。防潮堤にもつながりました。保育所の建設にもつながりました。事象に応じてやらざるを得ない。明確なものを見つけていても、なかなかそこにたどり着けないというような気がします。私としては。そういう意味からすると協働のまちづくりを皆として、つくる。職員と一緒になってまちをつくっていくのだというふうに私は思っております。それともう一つ、議員言われた危機感を持って今回立候補されたということであります。その危機感をぜひこのまちづくりの中で生かしてもらいたいと思いますし、一緒にまちをつくっていきたいというふうに思っております。先ほど言われましたけれども、町民サービスを基本としたサービスをしっかりやらないといけない。それはしっかり担当も感じています。ぜひこれから新庁舎に移るにしても、すごく大きな機構改革ではありませんけれども、町民が喜ぶような、ワンストップサービスも含めて、今一生懸命やっている最中であります。その話題にもなっています。遅いのかもわかりません。もたもたして松本町政が始まりますけれども、もし遅かったらまた叱咤激励で遅いよと言ってください。そしてまた、皆で一緒に議会の人たちも含めて皆でまちづくりをする。そういうふうに協働のまちづくりを進めていきたいというのが私の思いであります。以上です。
質問 9番 落合俊雄
蛇足の質問にはお答えはいただかなくて結構でございます。基本的に私がこういう質問をしたというのは、要するに、議会と行政というのは車の両輪に例えられます。そうした中で首長が何を目指すのかということを議会としてもしっかりと知りたい。そこで車の両輪になり得るのか、それともブレーキになってしまうのか、そういうことも含めて一定の御提示をいただくことがやはりいろいろな意味で両輪が本来の役目を果たすというふうな思いがあります。片方だけが暴走して、片方が全然回らないということではどうしようもなりませんし、かといって、何が何だかわからないという歩みというのも何となくそこに同調するにも同調しづらいというものもあるような気がします。だから、私が求めたのは、きちんとこういう基本的な考えでこれから進めるというもの。だから協力をしてくれというようなものがあると、やはりそこでいろいろな意見を交わすことができますし、目指すものが多少変わったとしても一定の成果を得るのではないかというような気がしたので、あえてこんな質問をしたことになります。私最後に危機感という話をしましたけれど、やはりそういうものが日常的にできてないと、それが危機であるかどうかというのが、全く危機すら認識できなくなってしまうという思いがあります。これから、私も残された任期は3年とちょっとであります。なぜか思考力は落ち、記憶力が落ち、増えたのは皺と歳の数だけであります。私のようなものが今後どれだけのことができるか、それはわかりませんけれども、やはりそういう一定の危機感を持った町民がいるということだけをこの際町長にお伝えをして、時間が迫ってまいりましたので終わらせていただきます。ありがとうございました。