みんなの議会

美唄市議会 平成18年第2回定例会 2006年6月20日

(1)住基ネットの運用について/(2)教育行政について

2006年6月20日、美唄市議会の一般質問で、米田良克議員が「住基ネットの運用について」「教育行政について」について質問し、市長 桜井道夫、市民部長 吉田譲、教育長 村上忠雄が答弁しました。

質問者
米田良克 議員
答弁者
市長 桜井道夫、市民部長 吉田譲、教育長 村上忠雄

議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。

質問 10番 米田良克

2006 年第2回定例会にあたり、私は、大綱2点について質問をいたします。その1点目は、住基ネットの運用についてであります。住基ネットもスタートをしまして丸3年になりましょうか、ことし8月を迎えまして。いろいろな形で市民の中に入り込んできている部分というのが、広がってきているという状況はあるというふうに受け止めております。さて、本年になりましてから、北海道内ですが、斜里町で、この住基情報が外部へ露出するという事件がございました。これらを受けて、これはやはり担当されていた職員の方がデータを自宅へ持ち帰るということで、例のウイニーが入っているパソコンを使ったということが原因のようです。改めて運用状況についてお尋ねをしたいということであります。その1つは、市民の利用状況についてですが、住基ネットの美唄での利用状況、これをお伺いをしたいと思います。また、他の地域からの、美唄で住民票等をとるというそういう利用の仕方についてもお伺いをいたします。次に、担当職員の勤務状況について伺いますが、住基ネットを担当する職員の配置状況・勤務状況、関係機器の置き場、あるいはその管理状況、これらがどんなふうになっているかを伺います。また、担当職員が不在の場合の対応はどうなるでしょうか、それもあわせて伺います。次に、情報漏えいをしないための対策について伺いますが、先ほど申し上げました斜里町の問題などを含めて、それらの状況を踏まえて、具体的にどんなふうに取り組んでおられるか、お伺いをいたします。あわせまして、2003 年第4回定例会で採択されました、請願の採択によるその条例の制定について、1年前にもお聞きをしておりますが、その見通しについてお伺いをいたします。大綱2点目は、教育行政について、教育長にお伺いをいたします。本年の3月の卒業式及び4月の入学式について伺います。多くの皆さんがご存じかというふうに思いますが、ことしの美唄の卒業式は、かなり昨年までとは違う状況を見せる結果になりました。その最も顕著な例といたしましては、卒業式が始まって、国歌斉唱という段階になった時に、起立しない教職員がいた学校について、学校長が起立しない職員の名前を呼び上げて、起立を促すということをやりました。新聞報道によりますと、これは3月 25 日の空知版に載りましたけれども、6校がそういう状況になったと。多いところは 30 名からの教職員の名前を1人ずつ読み上げたということでありまして、その間、完全に式はストップするという状態になるわけです。私も長く学校に勤務をいたしましたけれども、卒業式において教職員の名前を読み上げるなどという中身は、これまで経験がございません。卒業式で名前が読み上げられるのは、卒業生であります。こんなふうに、本来卒業式の次第に全くない中身が突然あらわれるということで、これは卒業生の、当の卒業生の子どもたちにすれば、一体何が起こったのかというような状況だったというふうに思いますし、当然参加されている父母の方々についても、その異常な状況について大変な驚きを持たれたのではないかというふうに思います。これらの、いわば従来にない、大きく変わった状況になったということについて、その要因は何であったのかですね。空知教育局の指示があったのか、あるいは美唄市教育委員会の判断によってそういう指示を出したのか、あるいは校長、あるいは校長会の独自判断で行われたものか、あるいは教育委員会の指示を受けて、校長の判断でなされたということになるのか。理解できる説明をいただければというふうに思います。今申し上げたのは卒業式の状況でして、4月には入学式がございました。これも、日付はちょっと忘れましたけれども、4月の7日か8日かそのあたりです。入学式の後に、これは北海道新聞のたしか1面だったと思いますけれども、教職員の立っている写真入りで報道されました。それは、着席をさせないために、教職員用のいすを出さないという学校があったということです。それで、これは新聞紙上でも何度か取り上げられて話題になりまして、一番最後は昨日の北海道新聞の、ページ数ちょっと落としましたけれども、教育の欄で「愛国心を考える」の先週「上」がありまして、きのうのは「下」でありますが、この特集の中で取り上げられております。記事は、見出しがありまして、そしてリードがあって、記事本文に入りますが、その冒頭からちょっと紹介しますが、「今年4月上旬、美唄市内の小学校で開かれた入学式の会場には、教職員約 30 人のいすだけが用意されなかった。3月の卒業式で君が代斉唱時に着席していた教職員を起立させるため、校長が決めた判断だった。いすなしの理由について校長は、『教職員と何回も話し合った結果、教師のあるべき姿勢を子どもたちに示すため、現段階での選択肢としてはやむを得ないと、私が決断した』と説明する」、こういう出だしでこの記事は始まっています。先ほど申し上げましたように、これは「愛国心を考える」という特集の中で取り上げられたわけで、見出しが、「強制、国旗国歌以外にも?」と、こういうふうになっております。要するに、愛国心を強制されるのではないかという、現実に日の丸・君が代が今、学校の中で厳しい強制の状況にあるということを取り上げて書く、その一番最初に美唄の状況が報告されているわけです。そしてその後に、村上教育長の考え方も紹介されております。こんなふうに、卒業式・入学式とも、いわば新聞報道で大きく取り上げられる状況が、ことし美唄であったということで、そのことについて今申し上げたように、なぜそうなったのかということについての説明をいただきたいということです。そして、次に、3月の予算委員会の中で、中学校の卒業式後のちょうど日程になったかと思いますけれども、職務命令を出したというふうに、教育長の答弁をお聞きしました。職務命令は、私は教職員を統制するためのものだというふうに思うわけですけれども、その職務命令を出した考え方について、お伺いをしたいということです。それから、私の考え方としては、卒業式や入学式の具体的な場面、というのは、これは教育活動でありますけれども、具体的な場面での教職員の動きについて、職務命令というものがなじむとは思えないわけですけれども、その点についても考え方をお伺いをいたします。次に、日本という国は、大もとになる決まりは憲法であります。教育については、教育の憲法とも言われる教育基本法があるわけです。そこで、憲法や教育基本法の理念を踏まえて、本年の美唄の卒業式・入学式の状況をどんなふうに考えられるか、それをお伺いしたいというふうに思います。憲法で言えば、その成立の理念といいますか、これは前文に述べられております。それから、11 条には基本的人権が述べられております。「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる」。これは、憲法の解説をやっている伊藤塾の伊藤さんという人の解説によれば、与えられるというのは、天や自然から与えられたものである。つまり、人間が生まれながらに持っているものだというそういう説明です。そして、国民というのは当然のこととして、日本に住んでいる人すべてを指す。たとえ外国籍の人であっても、それはその権利を有するのだという説明をされております。それから、19 条ですね。これは「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」とあります。これが 19 条の、大変短い条文ですけれども。これの、伊藤さんの解説では、「思想を強制的に告白させたり、推知したりすることも禁止します。日の丸・君が代についてどう感じるか、愛国心を持つかどうかという問題は、まさに個人の内心の領域の問題であり、多数意思によって一定の考え方を強制することはできません」と、こういう説明をしてくれております。それから、99 条。これは、「公務員は憲法を遵守しなければならない」という条文です。これらを踏まえて、いかがでしょうかということです。それから、教育基本法については、前文に考え方、基本的な考え方が述べられていますし、それから、第1条に教育の目的が書かれております。そして、おしまいの 10 条には、何度か申し上げておりますけれども、第 10 条は教育行政でありますが、「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである」とあります。これは前段です。これに後段が続くわけです。後段まず条件整備のことが書かれておりますけれども、これは、私は、いろいろなものを読んでみてもそのことは書かれていますが、戦前戦中の教育勅語体制化の日本の教育、これが国家権力の意のままに教育を動かす、ということは、国家権力の望む人間を育て上げる役割を全面的に教育に果たさせるということをやってきて、日本は大変不幸な、そして苦しい惨めな体験をしなければならなかったわけです。この反省に立って、教育を国家権力が動かしてはならないというのが、この教育基本法第 10 条の精神、まさに精神そのものだと思うわけです。これらを押さえて、ぜひことしの卒業式・入学式のあり方というものについて、考え方をお伺いをしたいというふうに思います。それから、次に、これもちょっと3月にも申し上げたんですが、具体的な答弁をいただけなかった部分でありますが、1999 年に国旗国歌法が国会で審議をされ、成立をいたしましたけれども、その国会審議の際に出された政府見解をどう受けとめておられるか、改めてお伺いをいたしたい。国会答弁では、繰り返し強制はしないと、従来と変わるものではないと述べられているわけですけれども、そのことを承知されているのかどうか、お伺いをいたします。それから、次に、国会は閉会をいたしました。けれども、この 18 日をもって閉会した通常国会に、政府が教育基本法改正案を提出をいたしまして、衆議院で審議が行われました。この改正案審議のための特別委員会が設置されて、これはテレビでも国会中継がなされて、私も一部見ました。この教育基本法改正案と、ことしの卒業式・入学式との関連をお考えになっていたのかどうか、お伺いをしたい。これ、改正案の提案時期がたしか4月の後半だったと思いますが、時間的に言えば卒業式・入学式の時期にはまだ提案されていないんですけれども、改正案の内容はすでに公表されておりましたから、十分ご存じだったことと思います。これを、この改正教育基本法というものを、先取りしていくというような考え方が、もしかしたらあったのかなと、そんな疑問をちょっと感じたりするものですから、その辺はいかがかお伺いをしたいということです。それから、2つ目に、学校予算についてお伺いをいたします。新年度がスタートして2か月半が過ぎました。各学校への予算配当がどんなふうになっているのか、お伺いをしたいというふうに思います。本年の、美唄市の財政状況から判断しますと、ことしの配当予算は昨年度と比較して、学校それぞれに減額されて厳しい状況になっているというふうに思います。その厳しさの度合を、どんなふうに委員会としては判断をされておられるかです。それから、小中学校の教育活動に必要な経費は削ることにはならない、私は子どもたちが実際に教育活動を行うものに係る経費は、幾ら財政が苦しいからといって、これは削るべきものではないというふうに考えるわけですけれども、その辺のお考えをお伺いをしたいと思います。実は、幾つかの学校の先生方からの話として、えらい厳しいと、必要なものは買ってもらえないということです。そういう事を聞いたりするものですから、少しその辺の状況を、把握されている部分があればお伺いをしたいというふうに思います。

答弁 市長 桜井道夫(市長は2010年6月まで)

米田議員の質問にお答えします。住基ネットについて、情報を守る対策についてでありますが、端末機の操作にはパスワードとIDカードを必要とし、システム的には操作した者を特定するとともに、操作内容が記録されることに加え、他人のパスワードの閲覧や、情報を記録媒体にコピーできない仕様であるほか、IDカードは必要の都度保管場所から出し入れするなど、担当職員以外の者が操作できないよう、厳重な管理をしております。また、職員には常に個人情報保護の重要性を指導しており、細心の注意を払いながら運用しているところですが、他自治体で情報が流失したとの報道を機に、改めて情報保護や適正な操作について注意を喚起し、指導を徹底したところでございます。次に、条例の制定についてでありますが、これまで住基ネットに関する条例について検討してまいりましたが、先日国会において、住民基本台帳法の一部を改正する法律が成立したことから、これらの内容も含め本年度中に条例案を提案できるよう準備を進める考えでございます。なお、住基ネットの運用状況につきましては、市民部長から答弁をさせていただきます。

答弁 市民部長 吉田譲(市民部長は2006年6月まで)

住基ネットの運用状況につきましては、私からご答弁をさせていただきます。住基カードの発行枚数は、平成 15 年度から平成 17 年度までは 119 枚。そのうち写真付きは 114 枚となっており、平成 18 年度は5月末で 10 枚、合計 129 枚の発行となっております。住基カード利用による住民票の写しの広域交付については、平成 17 年度に美唄市民が他市町村で交付を受けたのは 16 件、他市町村の方に美唄市で交付したのは 22 件となっております。職員は7名を配置し、個々にパスワードを付与して操作にあたっており、住基ネットは9時から 17 時の運用時間内で業務処理を行っております。また、関係機器は市民係執務スペース内に設置し、常に管理が行き届くよう努めております。なお、住基ネット運用中は職員が不在とならないよう、パスワードを持つ複数の職員で業務にあたっております。

答弁 教育長 村上忠雄(教育長は2008年6月まで)

米田議員のご質問に、順次お答えいたします。はじめに、卒業式及び入学式のこれまでの状況と本年の考え方についてでありますが、卒業式・入学式はこれまでも学習指導要領に基づく儀式的行事として、厳粛かつ清新な雰囲気の中で適切に実施されるよう、その考え方を周知徹底するなどして指導してきたところであります。しかし、実態としてマナー的に望ましくない事例があり、今年はこれが改善されるよう「職務命令をもってしても」という強い指導を、各学校に対し行ったところであります。次に、この教職員に対する職務命令についてでありますが、卒業式・入学式にかかわらず日常的な教育活動は、根本的には教師と児童生徒の愛情と信頼により成り立つものであり、その基盤となるのは職員、教職員相互の信頼関係であると考えております。日ごろから、職員会議等の場を通じて、教職員間で意思の疎通、共通理解を図るように努め、全教職員が一致協力して教育活動を推進していくことが望ましい、このように考えております。しかしながら、公務員である校長や教員は、関係法令や上司の職務上の命令に従わなければならないという義務を負うものであることも事実でございます。次に、卒業式・入学式と憲法、教育基本法の理念とのかかわりでありますが、教育基本法は戦後の民主的・文化的、そして平和的な国家の建設をめざすにあたり、教育の目的を明示し、教育の基本を確立するために制定された法律であり、その理念とするところはまさに、日本国憲法の精神を教育に生かすことにあると考えているところでございます。これら、現行法のもと定められた学習指導要領に基づき、卒業式・入学式を実施することは、公教育に携わり、児童生徒を指導する立場にある公務員としての、職務上の責務であると考えております。次に、国旗国歌法の国会審議での政府見解についてでありますが、平成 11 年の「国旗国歌法」制定の際における、国会審議の内容については、ご指摘の部分も含めて承知しているところであります。法制化は、国旗国歌の根拠について、慣習であるものを成文法として明確に位置付けたものであり、これによって学校教育においても、国旗国歌に対する正しい理解が進む、意義あるものと受け止めているところでございます。平成元年の学習指導要領から、国旗国歌の意義付けが明記されており、国旗国歌法に尊重義務が規制されていないからといって、公務員として児童生徒に対し、国旗国歌を指導すべきでないということにはならないと考えているところでございます。次に、教育基本法改正案との関連についてでありますが、教育基本法は、制定から半世紀以上がたち、その間、教育を取り巻く環境は大きく変化し、教育の根本にさかのぼった改革が進められていることから、あくまでも新しい時代の教育の基本理念を明示し、未来を切り開く教育を実現していくために改正されるものと受け止めております。今国会でも審議されておりますが、憲法の精神を踏まえた現行法の意義を尊重しつつ、慎重に審議がなされるものと考えており、今後におきましても注意深く見守っていきたいと考えているところでございます。次に、各学校の配当予算についてでありますが、小中学校及び幼稚園の予算配当につきましては、学級数や児童生徒数、職員数など考慮した上で、施設設備の規模などに応じた調整を行い配当しております。このうち、コピー用紙や消耗品など、学習活動にかかわる事業費につきましては、基本的に各学校長の裁量で執行するものとしており、本年度の配当額は、小学校 946 万 5,000円、中学校 728 万 4,000 円、幼稚園 94 万 4,000円、合計 1,769 万 3,000 円となっており、これを昨年度と比較しますと、率でみますと、小学校が 18.2%、中学校が 13.1%、幼稚園15.9%がそれぞれ減となり、全体では 16.1%のマイナスとなっております。このような現状の中で、各学校長をはじめ、すべての教職員がより一層の節減の意識を持つことが必要であると考えているところでありますが、しかし、子どもたちの学習活動にその影響を及ぼさせないことも大切なことであり、教育委員会といたしましては、学校の予算執行の状況を常に把握し、消耗品等の内容を精査するとともに、一括購入を行うなど、創意工夫による適性かつ効率的な予算執行に努めてまいりたい、このように考えております。

再質問 10番 米田良克

再質問をさせていただきます。最初に、住基ネットの問題でありますが、今年度になって、新たに住基カードの交付を受けた市民の方が 10 人ということであります。合計で 129 枚ということですから、これを多いと見るか少ないと見るか、私は極端に少ないのではないかと。昨年の8月時点で計算してみたところでは、大体 0.4%ぐらいの利用率ということです。ただ、いろいろな形のサービスが行われるということは承知をしています。私自身で言えば、年金の現況届けを出さなくてよくなったという部分は、はっきりあります。あと、パスポートをとる際に、住民票等いらないというそういう部分もあるようですけれども、一般の市民の方はなかなか余りかかわりが、具体的にはないなというのが率直な印象です。それで、私は何度かこの問題を取り上げておりますけれども、このためにかけている経費を考えますと、美唄市はもちろんですが、全国的に、これは全国ネットの問題ですから、全国的に大きな経費がかかっているわけで、それからすると、市民が受けるサービスの部分というのは、金額に見合ったものには到底なっていないのではないかと。ですから、情報漏えいの問題もありますけれども、これだけ財政状況厳しい中にあっては、これを今後とも、情報漏えいを防止するためのセキュリティのレベルを上げながら維持していくということが、果たして適切なのかどうか。こういう利用状況を見て、市長はどんなふうにそのことをお考えになるのかということをお尋ねしたいわけです。私は、これは美唄が言ってすぐなるものでもちろんありませんけれども、運用取りやめも国は考えるべきではないかと、そういうご意見を持ってもらえれば一番いいかなというふうに思います。そういう考え方ですから当然、今後とも市民サービスの幅を広げるという考え方には、賛成しかねるわけです。特に、新たなサービスを始めようとすれば、そのためにカードを読み取る端末の設置が必要になりますから、新たな投資が次々とやられなければならないということになるわけでして、そのカードを使う端末がふえるほど情報が漏れるという恐れもそこでは出てくるというこのあたりについて、ぜひ、できれば拡大はしないとか、あるいはできればシステムそのものをやめるとか、そういう答弁いただければと思うわけですけれども、いかがでしょうか。それから次に、教育行政についてお伺いいたします。今一通り答弁をいただきました。いつでもお答えをいただく部分は、学習指導要領にあるのでそれをやるのだということでお答えをいただきます。そして儀式的行事として、今のご答弁で言えば、実態としてマナー的に望ましくないと、そういう状況を改善するために職務命令をもってしてもという、今のお答えでした。単に、マナーの問題というふうに考えるのは、私はこのことの本質を把握しての考え方というふうには受け止めません。単にマナーが問題であれば、職務命令によらずとも、じっくりと話し合うことで解決も可能ではないかというふうに思います。答弁にありましたように、教職員相互の信頼関係を基盤に、職員会議の場を通じて共通理解を得る努力、これが有効だというふうに思うんです。しかし、問題はそういうことではなくて、教職員や児童生徒の思想、そして心情を尊重するというそういう立場に立たないで、国の国家権力の指示には逆らわないで従いなさいと、言葉で言って従わないのなら職務命令を出しますよと、こういう権力的な発想だというふうに思います。そこには、国の基本法である日本国憲法の精神は全然見えなくなってしまっております。そして、常に学習指導要領を金科玉条にしておられるわけですけれども、3月にも申し上げましたように、学習指導要領は大綱的基準として存在するのであって、その範囲を逸脱した中身は、ということは、学校行事の具体的な内容までその規制が及ぶというふうに考えられるのならば、それは大綱的基準とは認められないという判断が、最高裁の判断だと私は受け止めております。憲法では、個人の思想、心情の自由を認めますし、教育基本法は個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を記する。日本国憲法の精神にのっとってこの法を定め、真理と正義を愛し、自主的精神に満ちた心身ともに健康な国民の育成を目的としていると。さらには、先ほど申し上げました、教育は不当な支配に服することなくと、その教育行政、行政が教育内容変えることに介入することを禁止しているわけです。学校教育法では、教諭は児童の教育をつかさどるとしておりまして、校長とはっきり区別をしていますね。教育内容については、校長の権限ではない、権限でないという言葉が適切かどうかはちょっとご意見があろうかと思いますけれども、校長の職務、教諭の職務というのははっきり分けているわけです。これらの中身を考えた時に、教師が自分で信じることができないとか疑問があるとか、そういう内容を子どもたちに、さもさももっともらしい顔で教えるとそういうことは許されないと私は思います。真理と平和を希求する人間の育成をするということでありますから、自ら信じることや内容を、自信を持って教えるということです。個人の尊厳を重んじるためには、子どもたちの尊厳を重んじるためには、教師自らの思想や心情が尊重される、決して踏みにじられることがない、そういう職場環境でなければならないと思います。教師の考え方を踏みにじっておいて、子どもの考え方は大事にせよと、これは通る話ではないです。基本になる法の精神を無視して、完全に下位にある学習指導要領を重視する考え方は誤っています。そう私は指摘せざるを得ないのです。国家権力が教育を支配して、国民全体を大きな苦しみに陥れたという過ちをどう反省したか、それから、どんなふうな経過の中で日本国憲法や教育基本法が誕生したのか、そこをしっかりと考えてもらいたいと思うんです。特に、憲法については、アメリカの押し付け憲法だという意見がございます。これは今も改憲論の1つの根拠になっています。GHQが日本側が作った憲法素案が気に食わないから、GHQ側は素案を作ったというのは、これは歴史的事実です。ただそれを、決してそのまま受け入れたのではなく、十分に国会で審議をした上で、大日本帝国憲法の改正規定に従って、手続きを踏んで決めたのが日本国憲法です。ですから、その時に、戦争の惨禍を再び政府の手で起こすことのないように、これを大変大きなものとして据え、そして天皇主権だった国家体制を、国民が主権者ですよと大きく転換をする中身を、この憲法には持たせたわけです。その誕生の経過をぜひ押さえていただきたいと思いますし、それから教育基本法については、これは教育刷新委員会ですか、ここに当時の日本の頭脳、教育関係の頭脳を集めて、慎重に審議をして作り上げられたのが、教育基本法です。そして、憲法には教育の中身について、具体的な規定がありませんから、教育については教育基本法によって行うということで、ほかの法律にない、わざわざ前文を設けてその精神をはっきり明確にしているわけです。ですから、教育憲法という言い方をする方もいらっしゃるわけです。これらの、日本国憲法の精神を受けて教育基本法が作られているという、そのところをぜひしっかりと押さえていただきたいというふうに思うわけです。現在の日本の社会の動きを見ますと、これは、端的に申し上げれば、無形化路線まっしぐらという感じだと私は受け止めています。このままでいくと、一体日本はどこへ向かって走るのかということです。2年4カ月にわたったイラクへの自衛隊派遣はやっと終わるようです。幸い今日まで死者や負傷者が出ないで、隊員の方々が任務を全うされたということは、これは本当に喜ばしいことだというふうに思うんです。ただ、まだ帰ってくるまで、気は抜けない状況だというふうに思います。つい先日、箕輪登さんが亡くなりました。この方は自民党の衆議院議員で、たしか郵政大臣までやられた方です。この方が、現内閣の、今の内閣のもう少し前ですね、小泉さんの内閣になって、イラクへ自衛隊を派遣するということには絶対反対だと、これは憲法違反だということで声を上げるだけではなくて、裁判所に訴えを起こして、裁判を闘ってこられました。自民党の、北海道で言えば重鎮の方です。その方が考えても、あの自衛隊のイラク派遣はおかしいと、間違っているということを言っている。これは、亡くなられた後藤田さんもそのことを言っておられました。そんなふうに、多くの人が一体日本の進路はどうなるのかということを、本当に心配しなきゃならない状況に今なっているんです。この状況を、教育の場で後押しするようなことをしてほしくないんです。それぞれ、地域地域の教育の具体的な現場で、子どもたちに日の丸を見たら直立不動の姿勢をとる、君が代をしっかり歌うと、曲が流れればもうそれは気をつけをして歌うんだと、そういう自動的に反応するような子供を育てるようなことをしたら大変ですよ。そのことの間違いを、日本人は嫌というほど体験させられたんです。ただ、その体験をした人はもう、もう半分以下になっているんでしょうか、少なくなってきています。それで、今の国会議員の方々を見ても、憲法改正論を唱える方々というのは、どっちかというと若い人たちですね、戦争の体験のない。ですから、私はその地域地域の教育が、しっかりと憲法や教育基本法の精神を受け止めてなされていかなければ、時の政府からあれをやれこれをやれと言われたものをそのまま請け負ったのでは、教育本来の役割を果たさないと思います。そのことをしっかりと考えていただきたいんです。今の無形化の最先端を行っているのは東京都です。もうこれはひどいです。まさに狂気です。狂気というのは狂っているという狂気です。あんなことは今の東京のような状況というのは、戦争中の日本だってなかったんですね、そんな状況です。もう卒業式で君が代の時に立たない先生は首ですよ。私は、ことしの美唄の卒業式の状況、あるいは入学式の状況というものは、そういうふうにつながっていくのではないかということを恐れるわけです。卒業式の後、教育長が学校を回られましたね。そして、中身は違うかもしれませんよ、私は現場を見ていませんから。ただ、具体的に立たなかった先生に会って、あなたはなぜ立たなかったのですかということをやられたのではないかということを疑っているわけです。ただ、教育長は、そういうことはやっていませんというふうにお話をされました。ただ直接会って話を聞きたいと。ただ、あの卒業式の後で、教育長がわざわざ学校へ来て、個々の教師に会いたいと言った時に、仮にその話が出なかったとしても、何でこの時期にわざわざ教育長が来るのかなと、これ思いますよね。それから、人によってはもう教育長が来るということを聞いただけで圧力を感じてしまうと、恐れを感じると、そういう事態になるのではないですか。これを3年ほど前にやったのが岩見沢ですね。岩見沢は、一気にもう先生方は下を向いてしまったんです。元気ないですよ。やはり心を曲げて、立たなければならないというふうにして立ってしまった先生というのは、元気がありません。そういうことをやってもらっては困るなというふうに思います。ひどい5年間が終わって、間もなく小泉さんも退陣するようですけれども、私は後も大変心配だなというふうに思っています。それと、さっき話も出ました教育基本法改正案の中には、いわゆる愛国心が盛り込まれる、民主党が改案を出しましたけれど、これにもはっきり書いてある。いずれにしても、愛国心が盛り込まれるんですね。それで、愛国心という言葉が、ことさらに出てきたら、普通の人はおかしいぞというふうに思うんです。何でわざわざ愛国心を強調するんだと。そんなこと言われなくたって、日本人として生まれて、日本の国を思い、日本のことが好きで、そんなふうに育つものですよ。私もそうです。それをことさら、愛国心を教育基本法の中にうたい込まなければならないという発想です。これは先ほどから申し上げている、物事を判断しない子どもです、国を愛せと言われたら「はい」というふうに言う子どもを作りたい人たちの発想だというふうに思うんです。そこのところをぜひ考えていただきたいと思います。そして、今いただいた答弁の中で、教育基本法の改正の問題です。改正案、失礼なことをちょっと申し上げたんですけれども、「憲法の精神を踏まえた現行法の意義を尊重しつつ」という答弁を最後にいただきました。そのことは大変結構だと思います。ただ、その前段で、半世紀以上たったと、教育基本法ができて。教育環境は大きく変化し、教育の根本にさかのぼった改革が求められ、新しい時代の教育の基本理念を明示し、未来を切り開く教育を実現するための改正だろうというふうに言われているんです。私は半世紀たとうが 100 年たとうが、いいものはいい、悪いものは1年でもだめだというふうに思うんです。時間がたったからだめだという発想は、憲法でもよく言われますね、60 年間改正していない世界で最も古い憲法だとかという。でも、何年たってもいいものはいいんです。しかも、教育環境が大きく変化したというのはそのとおりです。子どもたちを取り巻く状況が、容易ならん時代になっています。大変厳しい状況の中で子どもたちは育たなければならない、それが今の日本の社会です。しかし、教育の根本にさかのぼった改革が求められているという判断は、私はくみしません。むしろ、今こそ教育基本法が求める考え方にどう立ち返るか、これこそが大事なのではないですか。やはり国民みんながそのことを真剣に考える時だというふうに思います。いろいろ申し上げましたけれども、手段を選ばず、教職員は上の言うことに黙って従えというそういうやり方は正しくない。正しくないと思います。今日本は、日本国憲法下にある。教育は教育基本法を大もとにしてやっている。それらの精神をしっかりと受け止めるとすれば、今申し上げたような状況にはならないというふうに思います。改めて、大きな変化を美唄がしなければならなかったそこのところの理由を、お尋ねをしたいと思います。それから、教育予算についてはご答弁いただきまして、いろいろ学校の中、それぞれの事情もあろうかと思いますが、予算執行の状況をよく見て教育委員会としてもいきたいということですから、ぜひそのことをお願いしたいというふうに思います。子どもたちの耳にまで、美唄はお金がないからこれができないんだというような話がいかないように、ぜひお金がないのが現実ですけれども、しかし、それであれができないこれができないというような話が教室でなされないように、ぜひお願いをしたいということです。

答弁 市長 桜井道夫(市長は2010年6月まで)

米田議員の質問にお答えします。今後の運用についてでありますが、住民基本台帳ネットワークシステムは、住民基本台帳法に基づき運用しておりまして、窓口における待ち時間の短縮や、年金の現況届の廃止、パスポート申請時の住民票の添付の省略、全国どこの市区町村でも住民票の写しの交付が受けられるほか、住民からの申請で交付する住民基本台帳カードにより、転入転出の簡素化が図られます。また、写真付きカードは、身分証明書などとしても使えることから、利便性があるものと考えております。このシステムが電子政府・電子自治体に向けてのベースとなって、さらに住民サービスの向上と、事務の効率が図られるものと考えており、今後先進地の事例なども参考にするとともに、安全面に十分配慮しながら市民の利便性向上に資する利用について検討してまいりたいと考えております。

答弁 教育長 村上忠雄(教育長は2008年6月まで)

米田議員のご質問にお答えをいたします。卒業式・入学式の国旗国歌の実施につきましては、これまでも国際社会に生きる日本人としての自覚を育てる観点からも、国旗を掲揚し、国歌を斉唱することは重要であり、公教育推進の観点においても、各学校で国旗国歌を適切に指導することが大切であると考え、取り組んできたところでございます。また、学校行事の儀式的行事である卒業式・入学式は、児童生徒にとりまして、学校生活に有意義な変化や折り目をつけ、厳粛で清新な雰囲気の中で、児童生徒1人ひとりが新しい生活に向けて、集団への所属感あるいは連帯感を深める機会でもあり、より望ましい形で実施されるよう、教職員や地域、保護者の理解を深めながら、適切に実施されるよう繰り返し指導をしてきたところでございます。学校教育は、児童生徒と教職員、保護者、地域との信頼関係の上で成り立っているものであり、卒業式・入学式で国歌を斉唱する際には、国家を尊重する態度で臨むこと、とりわけ儀式的行事に臨む態度として、児童生徒、教職員及び保護者が、心を1つにする意味からも、全員起立で臨むことが望ましいと考えているところでございます。昨年度までの経過を考えますと、一部教職員が起立していない状況に関して、保護者や地域の方々からの意見もあり、また、管内的な状況等を総合的に判断した結果、今回のような指導に至ったところでございます。学校行事である卒業式・入学式という儀式的行事は、教育の機会均等の確保と全国的な一定の水準維持という目的のため、必要かつ合理的な基準として認められている学習指導要領に基づき実施されることが重要であり、国歌の起立斉唱など、式典の事務運営を行うことは、公教育に携わる、児童生徒を指導する立場にある公務員としての職務上の責務である、このように考えているところでございます。

再質問 10番 米田良克

住基ネットに関しましては、これは前にもお伺いしていますが、このシステムが電子政府、電子自治体を作るためのベースになるということを言われます。ただ、これがなかなか、電子政府というのはどんなものなのかなとか、美唄市版電子自治体という、電子版美唄市というか、これがこうなかなかイメージとして浮かんでこないんです。だから、これはいずれまたお尋ねをしたいと思いますけれども、余りそういうものの口車に簡単に乗ると危ないなという、そういう感じはするんです。その辺は、市長もぜひ勉強していただきたいなというふうに、これは要望しておきます。あと、教育長から答弁いただきましたが、ちょっと、今いただいた答弁に対して、私なりの考え方をちょっと申し上げたいと思うんですけれども、集団への所属感・連帯感を深めるということですけれども、卒業式や入学式で君が代を歌うことが所属感や連帯感が深まるというのは、私は余りそれは賛成できないです。運動会のシーズンが大体終わりましたけれども、運動会なんかでは応援歌というのをやりますね。応援歌というのは、でかい声で歌える歌ですよね。そういう歌詞であり、節回しです。それから調子がいいんです。元気よく太鼓をどんどん鳴らしながら旗を振って、そしてぶわっと、そして最後はフレーフレー何とかとこういうふうになるわけです。そうすると、みんなの意気が上がるわけです。やるぞとこういう気持ちになりますね。君が代を歌うことで、あ、自分はこの学校の一員だ、卒業生だ、いい卒業生だったなというふうなそういう思いを抱くというのは、私はちょっと言い過ぎではないかなと思います。これはかなり疑問があります。それから、学校が関係者の信頼関係で成り立っている、これは全くそのとおりだというふうに思います。教職員間はもちろん、父母の皆さんとも、当然子どもたちとは日々付き合う中で信頼関係ができ上がっていかなければならないですね。ただ、いろいろありますから、全部の人たちが厚い信頼関係で結ばれるというのはなかなか難しいかもしれませんけれども、これはぜひ求めなければならないと思います。ただ、これも君が代を一緒に斉唱するということで信頼関係が深まるというふうにはとても思えないんです。心を1つにするために全員起立して歌うと。全員起立するということでいけば、子どもたちみんなの起立も求めるということになるわけです。そして、今歌うまで言っていないですけれども、そのうちにきっと大きな声で歌いましょうとか、心を込めて歌いましょうとかというふうになるんじゃないでしょうか。立つようになったら「はえば立て、立てば歩めの親心」というのがありますね。あれは子どもですからいいんですよ。でも、まず立ちなさいと、立ったら、さあ今度は歌いましょう。歌ったら、声が小さいですよ。あなた方の歌い方は心がこもっていませんと、そういう指導になっていくんじゃないですか。心を 1 つにしてということは、立たない子がいたら、君はなぜ立たないんですかということになるんです。そういう指導になっていくんです。だから、今の教育長の答弁は、私は違うと思います。そういうことを求めてはならないんですよ。内心の自由というのはあるわけでしょう。内心の自由というのは、これは3月に申し上げましたけれども、内心がどんなふうになっているかというのは見せる必要ないんです。だから内心です。内心を見ようなんて考えるのは、それはとんでもない間違いです。1 人ひとりの子どもの気持ちを大事にするということは、それは内心、内心の自由を保障するというそのことを考えた時に、自分にあてはめてみるといいんですよね。自分が何を考えているかということを、周りの人が全部見透かしているとしたら、とても生きていられないですよ、そんなことになったら。内心の自由というのは、やはり侵すべからざるものです。だから、ご起立くださいというふうに言った時に、立とうが立つまいがそんなことは関係ない。本当はやってほしくないんだけれども、でもやらなくてはならないというんだからやるとしますか。国歌斉唱としての音楽が流れますね、そうしたら、その時にご起立くださいと言って、立とうが立つまいがそんなことは関係ない。立つ子もいるし立たない子もいる。そのことを誰も変に思わない。いろいろな考え方があるんだなということです。父母もそうです。立ちたい、大きな声で歌いたい人もいる。それから、実はもう音楽も聞きたくないという人もいる。聞きたくないために来ないという人もいると思うんです。いろんな人がいるのが当たり前なのであって、それを一色にしなければならないという考え方は、私は間違っていると思います、それは公教育のやることでないです。そのことをぜひよく考えてほしいんです。重ねて言いますが、君が代を歌うことで信頼関係ができるなんてことは、間違っています。それから、教職員が起立しないことで、保護者や地域の人たちから意見があったと、もちろん意見を言う方がいらっしゃると思います。それはあって不思議ではないです。でも、言わない人もいるんです。ああ、先生立たないでよかったとそう思っている人もいると思うんです。そういう人は何も言わないんですよ。だから、言った人の意見だけ聞いてしまうと、それはまずいわけです。やはり学校はしっかりとした筋を持って事に当たると、そのことが大事ではないでしょうか。それから、管内的な状況の判断というのがありました。これは、誤った動きに同調する必要ないんです。周りが全部間違っていたら、その間違いに合わさなければならないという、それはおかしな理屈だと思います。やはり、美唄は美唄としての考え方をしっかりと持っていくということが、美唄市教育委員会が存在している理由ではないでしょうか。私は、さっきちょっと触れましたけれども、教育長が立たなかった先生のいる学校を回って1人ずつ問い詰めたというのは、岩見沢がやったんですよ。岩見沢の教育長はとんでもない人だと思います。私は岩見沢市民でないから言いませんけれど。私が岩見沢市民だったら毎日のように行きますよ、あなたの考えおかしいぞと、何考えているんだと。抗議に連日行きます。そういう行為ですよ。心の中に手を突っ込んでかき回しているんです。それはやられた人はまいってしまいますよ。だから仕方なし立つんです。どんな気持ちで立っていると思いますか。だからさっき言ったように元気ないというんですよ。元気なくなりますよ、それは。一番大事な部分を捨てなきゃならないでしょう、自分で。でも、それはもう仕方ない、俺はもう教師やめたというふうに言える人はいいです。でもやっぱり生活もあるから、そんな簡単にやめるわけにはいかない。そうしたら何とか頑張って教師続けなければならない。そこで、心捨てることになるんです。だから、そういう周りに合わそうなんて考える必要は、さらさらないと思います。それから、公務員の責務だということをおっしゃった。教師の職務として、子どもたちに正しい判断を養う、自主的な精神を育てる、これらは極めて大事なことです。誤った権力の押し付けを黙って受け入れる姿を、教師自ら子どもたちに見せるということは、子どもたちへの裏切りですよ、これは。信頼関係は一気に崩れてしまいます。学校で信頼関係は非常に大事です。公務員である前に、一人の教師で、1人の人間です。そこのところをぜひ考えてほしいんです。教師だから、君が代を教えるのは当たり前だと、子どもを立たせて歌わせるのが当たり前だという考え方が横行していますが、これは明確に間違いです。そんな世の中になってごらんなさい、何と住みづらいことか。そこをぜひ考えていただきたい。私は、教育委員会というのは、国家権力や文部省や政権政党などの圧力に屈しないで、美唄市教育委員会として本来的に考えたその任務を全うすべき役割、そこに存在理由があるというふうに思うわけです。そういう趣旨で、改めてそこのところのお尋ねもしてみたいというふうに思います。まだまだちょっと言いたいことあるんですけれども、もう1時間も過ぎましたから、そこのところお尋ねをして終わりにします。

答弁 教育長 村上忠雄(教育長は2008年6月まで)

米田議員のご質問にお答え申し上げます。教育委員会といたしましては、教育改革がいろいろ推進される中で、地方の役割と責任がより強く求められている時代背景を十分認識し、日々教育行政の執行に努めているところでございます。言うまでもなく、教育委員会は、地方教育行政制度の中核をなす行政組織として、教育行政の中立性や継続性を確保する観点から、一般行政部局から独立した執行機関として設置されておりまして、義務教育は国民市民全体に対して直接責任を負って行われるべきものであるとこのように考えております。このことから、本市におきましても、教育の機会均等の確保と、全国的な一定水準の維持という観点を考慮しながら、地域の特色を最大限生かし、この「ふるさと美唄」に愛着を持ち、夢と希望にあふれ、主体性と責任感を持ちながら学び続けることができる環境を作ることが重要であると考えているところでございます。教育委員会といたしましては、今後におきましても、この将来の社会の有為な形成者となるために必要な基礎的な資質を身につけた子どもたちの育成に、今後とも努めてまいりたいこのように考えているところでございます。それと、卒業式の後の教職員の方とお会いした時のお話でございますけれども、私、先生方とお会いしました時には、これは 70 数名、80 名近くおりましたので、時間的に1人ひとりとお会いするということは非常に難しかったことから、4人程度を1グループにしてお話し合いをいたしました。この卒業式・入学式の態度につきましても、再三ご答弁で申し上げておりますけれども、職務としての教員のあるべき姿ということでお話いたしましたし、また先生方の正直な気持ちということも、私お聞きしてまいりました。これは、今回特に、今年に入りまして3月4月、こういったこれまでのあり方と少し変わりましたので、私としましては、やはりこうやって大きく変わる時には、先生方にもお話しましたのは、私もこれまで 30 年 40 年行政経験した中で、やはり大きな変換をする時には、やはり現場の声をしっかり私自身が受け止めなければならないと、今回こうして先生方とお会いするのもそういったことでありますよと、そういったことから、これは卒業式・入学式のことだけでなくて、いろんなお話出ました。特別支援教育のことやらいろんな話が出まして、非常に短い時間でありましたけれども、非常に得るものがあったのかなと。普段はなかなか一般の先生方、私と話す機会がないものですから、そういう先生方にとりましても1つの道が、道というか、話しやすさができたのかなと。私ども、その際、いろんなお話を聞けたのかなと。この卒・入学式以外にも、非常に得るものが多かったとそのように感じております。

再質問 10番 米田良克

4回目。与えていただきまして、ありがとうございました。今の、教育長の最後の部分です。学校へ行かれたということ。先ほどもちょっと申し上げましたが、やはり、いわばトラブルがあって、その後、直後で訪問するというのは、これはやはり時期が悪かったと。それはもっと別の時期にしたくてもなかなか時間がないとか何とか、いろいろあるかもしれません。でも、やはり現場の声をじかに聞きたいというお考えであれば、いろいろ工夫ができるというふうに私は思います。お互い、勤務時間のことも言わないで、ひとつゆっくり話をしてみませんかというような声をかければ、全員が応じるかどうかわかりませんけれども、結構応じる人もいるんじゃないかと思うんです。そして、今の4人1組ぐらいで話をする、これはいわば教育長という大きな権力を持った人と会う側とすれば、1人よりは2人、2人よりは3人の方が気持ちが少しは落ち着いて話ができるかなというふうに思います。その辺の工夫をされながら、私は教育現場の声を教育長がじかに聞きたいと、あるいは教育委員の方が聞きたいとか、そういうことは大変いいことだと思うんです。ですから、今回のような、時期の設定にぜひご勘案いただきたいと。今回はやはり、卒業式の件で来るぞとこういうふうに受け止めて構えてしまってもこれ仕方がないんです。僕は当然そうなると思うんです。ですから、そこは中身のあるものにする活動はぜひやっていただきたいと思うし、今後有効に生かしてもらうということでは大変大事なことだというふうに思いますので、これはもう答弁いりませんけれども、ぜひこれからはそういう配慮をしていただきたいというふうに思います。

出典:美唄市議会 平成18年第2回定例会 2006年6月20日 議事録 PDF(2ページ) 間違いを知らせる