美唄市議会 平成18年第1回定例会 2006年3月9日
(1)国民保護法について/(2)交流拠点施設の利用について/(3)教育行政について
2006年3月9日、美唄市議会の一般質問で、米田良克議員が「国民保護法について」「交流拠点施設の利用について」「教育行政について」について質問し、市長 桜井道夫、市民部長 三谷純一、教育長 村上忠雄が答弁しました。
- 質問者
- 米田良克 議員
- 答弁者
- 市長 桜井道夫、市民部長 三谷純一、教育長 村上忠雄
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
質問 10番 米田良克
2006 年第1回定例会にあたり、大綱3点について質問をいたします。1点目は、国民保護法についてであります。その1は、この法律への市長の見解、感想についてお尋ねをいたします。戦後 60 年間、戦争放棄の平和国家をめざす日本国憲法のもとで、自衛隊を持ちながらも他国と戦火を交えることなく過ごしてきたことは、日本の戦後ゼロからのスタートと、経済大国と呼ばれるまでの成長・繁栄に大きな意味を持つと、私は思います。有事体制の考え方は以前からありましたが、これを具体的に考える方向へ大きく転換することとなったのは、何といっても、2001 年アメリカでの、9.11 の同時多発テロと呼ばれる出来事だと思います。ブッシュ政権は、テログループの潜伏場所として断定したアフガニスタンへの空爆を開始し、日本はテロ特別措置法をつくり、平和憲法のもとで初めて戦地での自衛隊海外派遣を強行しました。アメリカはその後、大量破壊兵器を口実に、国連や多くの国々の意向を無視して、イラクへの武力攻撃を強行しました。日本は、有事関連法案を成立させ、これが有事関連7法ということにつながってまいります。その後、アメリカのイラク攻撃支援のためにイラク復興支援特別措置法を成立させ、多くの国民の反対の声の中、自衛隊のイラク派遣を強行しました。このことでは、北朝鮮との関係も見落とすことはできません。98 年のテポドン発射、2001 年の不審船との銃撃戦がありました。2002 年には、日朝首脳会談が行われ、拉致を認めたということがあり、その後、拉致被害者5人の帰国、さらに1年半後の家族の帰国などがありました。アメリカの戦争に無批判に参加し、そのことが国民にテロなどへの不安感をあおり、北朝鮮問題を対立的にとらえることで、隣国を仮想敵国としての見方が広がるなど、国民の危機意識を大きくする動きがあったと感じております。さらに、ミサイル防衛網をアメリカと組んで取り入れるなど、10 年前なら全く考えられなかったことだと思います。2004 年6月、有事関連7法が成立しました。その中に、国民保護法があり、その目的は、日本が武力攻撃を受けた際に、国民の生命・身体・財産を守ることとしています。岐阜県知事をやられておった梶原氏は、「我が国には自衛隊が文民を保護するという明確な規定がない。第2次世界大戦中の沖縄戦では、軍隊が住民を守らなかったため、軍人より民間の犠牲者の方が多かったという悲惨な状況があった」と述べられ、自衛隊は知事の要請にこたえ、人命救助に協力することを規定するよう要望してきたということを話されております。法的に有事体制ができ上がり、法にあるのだからといって、国民が有事に直面した場合の準備をしなければならない、このような国の状況には大きな疑問を持たざるを得ません。戦争が市民の日常の生活に入り込んでくるのです。60 年間、平和が当然と考えて暮らしてきました。しかも、そのうちの 45 年間は、厳しい東西冷戦の状態が続いておりました。一触即発のキューバ危機をはじめ、ぎりぎりの対立が続く中、ソ連と目と鼻の関係で日本は過ごしてきたわけです。でも、その状態は消えました。世界規模の厳しい対立が消え、世界は融和の方向へ向かっているのは間違いのないことです。その中で、激しい対立紛争の歴史を持つ、これは宗教絡みでありますけれども、中東地域は和平への試みを繰り返しながらも、相当に困難な状況にあります。民族の対立に火がついた地域の難しさもあります。私は、日本という国の果たすべき役割は、国内で国民を動かして、攻め込んでくるかもしれない敵に備える体制をつくることではなく、平和の実現を求める国として、外交の力を発揮して、いかに波風の立たない状況をつくるか、そのことに真剣な努力をすべきだと思います。この法律について、市長の見解、感想をお伺いをいたします。大綱の2点目は、交流拠点施設の利用についてであります。その1つは、市民融合の考え方についてお尋ねをいたします。「ゆ~りん館」は、随分たくさんのお客さんが来られて、いわば繁盛しているということで、大変結構なことだというふうに思います。ただ、開館以来 600 円の料金で、割引等がなかったわけでありますけれども、昨年から、高齢者への会員制度といいますか、登録をすることによって割引きが行われるようになりました。それから、何カ月かに1遍、メロディに割引券が刷り込まれてきて、私も利用させてもらっていますけれども、これは、市民とすれば喜ばしいことだというふうに思っております。一方、昨年オープンをいたしましたパークゴルフ場については、たくさんいる愛好者の方々や、あるいはその協会に入っていらっしゃる方もおるわけで、それらの方々の要望があった市民割引とか、それからシーズン券の設定とかこういうものが行われておりません。他の自治体でやられているパットゴルフ場では、住民割引がかなりあるということを聞かされます。今議会では、2年目のスタートにあたって、これまで土・日・祝日の料金が平日と同じで、1ラウンドしか回れないというのが改善をされるということが提案されております。ただし、800 円ということで、1日券という設定ですね、この 800 円が妥当であるかどうかというのは、この後の審査ということになるわけでございます。私は、この1年が過ぎてきた中でも、やはり住民割引といいますか、市民割引といいますか、そういうものの設定を求める多くの方の声を聞きました。したがって、このことができないのかどうかということをお尋ねをしたいわけです。平成 16 年の 11 月に、自立推進計画に関する提言というのが委員会から出されました。この中に、公共施設使用料金等というところで、こういう提言があります。「現在の使用料金等については、市内・市外利用者の区別はされていない。公共施設の建設及び維持管理に伴う経費の一部について、美唄市民が負担している。このことにより、美唄市民の負担の一部もあわせた市外利用者に対する料金設定が必要である」。要するに、施設建設や運営に市民が負担をしているのだから、料金設定については、その市民負担分の一部を市外からの利用者の料金にかぶせてやるべきだと、こういう提言なんです。これらもあり、優遇という言葉が適切でないとすれば、いま提言があったような内容の考え方でも、その住民に対して住民還元といいますか、そういうのができないものかどうかということをお尋ねいたします。もう1点は、市民バスの運行時刻の問題なんですが、市内で自営業をやっておられる方々が、仕事を終えて温泉に行くと、自分で車を運転しないという方の場合、帰りのバスがないということなんです。温泉から帰ってくる最後のバスは、調べてみましたら7時 12 分発なんですね。ですから、自営業を終えてそれから温泉へ行って、ゆっくりお風呂に入ってということになれば、到底間に合う時間ではないということで、これの利用について検討をして、いま、例えば8時半にバスを新たに走らせるとして、直ちに利用者がどんどん出るというようなことはないかもしれません。しかし、その時間帯にバスがあるということになれば、利用者がぼつぼつできるかなと、そんなことも思うものですから、ご検討いただけるかどうかということをお尋ねをいたします。大綱の3点目は、教育行政についてであります。まず、その1つ目は、卒業式・入学式の日の丸・君が代の扱いについてであります。この問題では、毎年3月議会で質問をさせていただいております。と言いますのも、これは、1999 年に国旗・国歌法が成立をいたしまして、皆さんもご承知のように、それまでは、特定の地域ではかなり強制的な部分もありましたけれども、全国的には、それぞれの地域地域の状況で余り大きな変化なく推移してきているという状況だったわけです。ところが、国旗・国歌法の成立を境に、一気に、全国的に 100%実施でなければならないということになって、それまでゼロだったり、30%だったり 50%であったり、70%だったりした地域が、いまやもう全国的にすべて、100%実施という状況になっています。そして、これまで、私も取り上げるたびにいろんな状況を指摘してまいりましたけれども、端的に言えば、東京都の石原知事に代表される強硬手段をもっても実施をさせるということは、逆らえば懲戒処分をする、回数重なれば首だということですね、こういう手段をもって日の丸・君が代の実施を行っている。これは突出した例でありますけれども、これがだんだん突出でなくなってきているという状況があり、毎年このことを質問させていただいてきたわけであります。特に、東京の例で申し上げれば、町田市の例では、昨年ですね、子どもたちが歌う君が代の声が小さい、卒業式で校歌も歌うわけですけれども、校歌よりも君が代の方が声が小さい、これはけしからんと、声を大きく出させろと、そういうことを教育委員が指示をし、町田市教委としては、そのたびに指導を強化するというそういう事態もあるわけです。そして、地域によっては職務命令を発して、近くでは札幌市の例がありますけれども、いわば力をもってその教育の現場で、卒業式・入学式の内容を指示通りにさせるという動きが続いてきているわけです。さて、質問でありますけれども、過去に、日本が朝鮮半島や台湾を植民地にしていた時代がありました。この時代において、それらの地域で日の丸や君が代がどんな役割を果たしたのか、お伺いをしたい。それから、次に、憲法が戦争敗戦後新しくなりました。大日本帝国憲法から日本国憲法となった。そして、それまで大日本帝国憲法を受けて教育を受け持ってきた教育勅語が廃止されて、教育基本法ができました。過去のその大日本帝国憲法下でいえば、万世一系の天皇をたたえる歌としての君が代が、現在の国民主権の新しい憲法体制になった日本でも歌われるということについては、私はいかがなものかと思うわけですけれども、このことについて、お考えがあればお聞かせをいただきたいと思います。3つ目に、いま申し上げたように、99 年に国旗・国歌法が成立をいたしましたけれども、この法律案の審議が国会で行われた際に、政府答弁ですね、総理大臣とかあるいは文部大臣とか、そういう人々がどんな答弁をしたか、そのことをお伺いをしたい。それから、4点目に、これまでお聞きしてきた中では、学習指導要領に基づいて実施しますという、これが教育長の答弁の大きな柱でありました。学習指導要領にはどうしても従わなければならないのか、言葉で言うと法的拘束力というんですけれども、そういうものがあるのでしょうか、改めてお尋ねをいたします。それから、5つ目として、学校の中は物事をやるときに、職員会議というのを開いてそこでいろいろ話し合って、こんなふうにやろうあんなふうにやろうというのを決めてやるというのが通常であります。ただ、残念ながら、卒業式とか入学式の場合は、最終的に、意見が一致しないまま校長の一存で、こんなふうにしてやるぞということで行事の内容が決まっていくんですけれども、私は、それは違っているというふうに思います。やはり、教職員の意向と無関係に日の丸や君が代を取り入れ、あるいは、そしてそこで歌うこと、あるいは起立することを強制されるというのは、あるべきではないというふうに思いますけれども、いかがでしょうか。お尋ねをいたします。それから、教育行政の2点目は、教育行政執行方針についてお尋ねをいたします。まず、1つ目は、信頼される学校づくりというのを教育長は述べられました。地域の信頼を得るということは、極めて重要なことだというふうに思いますけれども、どのような取り組みによってこれを達成しようとされているのか、お伺いをいたします。次に、学習指導についてでありますが、標準学力検査を実施しますということで、予算もついたということでありますね。これの実施にあたっての考え方を、お伺いをいたします。それから、私は、前にも取り上げましたが、その学習指導の中で習熟度別指導について、この状況がどんなふうになっているのかということを、お伺いをいたします。それから、小学校での英語指導のことが取り上げられておりますが、この状況をお伺いをいたします。それから、豊かな心をはぐくむ教育という部分では、生徒指導総合連携事業というのが新しく出てまいりましたけれども、これの内容について、お伺いをいたします。それから、教職員研修についてですが、より充実した教育が行えるように、先生方の研修を一生懸命やってもらいたいという中身でありますけれども、子どもたちに研修したことが還元できるそういう内容の研修にするということで、どんなことをお考えになっていらっしゃるか伺います。それから、最後に、体験工房をつくります、アルテピアッツァですね、体験工房をつくりますということでありますけれども、この中身と、アルテピアッツァ全体の計画と、その計画実現に向けた年次計画といいますか、その実現のための道筋について、お伺いをしたいと思います。
答弁 市長 桜井道夫(市長は2010年6月まで)
米田議員の質問にお答えします。初めに、国民保護法に対する私の感想、見解についてでありますが、今般の国民保護法など有事関連法につきましては、日本を取り巻く安全保障環境が、冷戦終結後 10 年以上経過し、日本に対する本格的な侵略事態が発生する危険性は低下しているとしながらも、大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散、国際テロ組織等の活動を含む新たな脅威や、平和と安全に与える多様な事態への対応等は課題であるとして、有事に備える基本的な法体系が整備されたものと認識しているところでございます。私といたしましては、そのような事態とならないよう、平和的な外交手段により、各国との理解を深め、平和な国際社会を築くことが一番大切なことであると考えているところでございます。次に、パークゴルフ場の使用料についてでありますが、パークゴルフ場の料金設定にあたっては、交流のまちづくりを進める上で、交流拠点施設とともに市民はもちろん、市外からの多くの皆さんに利用していただき、交流を図っていただきたいと考えており、市民、市外の区分はしていないところでございます。なお、市民愛好者へのサービスとしては、昨年も実施しましたが、市民の皆さんが参加する大会での料金の減免を考えているほか、協会とも相談をさせていただき、多くの市民が参加できる大会を開催するなど、利用者に喜ばれる施設の運用に努めてまいりたいと考えております。なお、市民バスの運行時刻については、市民部長から答弁をさせていただきます。
答弁 市民部長 三谷純一(市民部長は2006年3月まで)
市民バスの運行時刻につきましては、私からご答弁させていただきたいと思います。市民バスの運行時刻についてでありますが、時刻の設定につきましては、ダイヤ改正にあたりまして、利用者の利便性を図る観点から、利用される皆様方のご意見を参考とさせていただきながら運行に努めているところでございます。今後、アンケート等で、利用される時間帯などのニーズを把握することとしてございます。
答弁 教育長 村上忠雄(教育長は2008年6月まで)
米田議員のご質問にお答えを申し上げます。初めに、卒業式・入学式における国旗・国歌の実施についてでありますが、義務教育は公教育として、全国的に一定の教育水準を確保し、平等に教育を受ける機会を国民に保障することなどが求められております。そのため、小中学校教育の目的や目標を達成するために各学校で編成する教育課程は、学校教育法施行規則に基づき、法規的性格を有する学習指導要領にのっとり編成、実施されるものであります。学習指導要領による国旗・国歌の指導は、教育基本法による人格の完成をめざし、平和的国家及び社会の構成者としての国民を形成するために必要な基礎的資質を身につけさせることを目的としているものであります。美唄市教育委員会といたしましては、教育委員会の職務権限として、教育課程の編成について、指導・助言を行う立場にあると考えておりますことから、最高裁判決からも法的拘束力を持つとされる学習指導要領に基づき、国旗・国歌の指導が適切に行われるよう指導しているところであります。また、学校の管理権限は、法令上、その設置者である教育委員会が有しており、校長は、学校における管理責任者として、教育委員会の管理のもとに学校運営にあたることとなり、校長は、学校長として学校運営に必要な一切の権限と責任を、学校教育法上持つものとされております。国旗・国歌の指導は、あくまでも教育指導上の課題として、校長、教頭が指導を進めていくものであり、児童生徒の内心にまで立ち至って強制するものではないと考えます。いずれにいたしましても、各学校において、学習指導要領に基づき、国旗・国歌の指導が適切に行われるよう努めてまいりたいと考えております。次に、教育行政執行方針についてでありますが、初めに、地域に信頼される学校づくりについてでありますが、学校における教育活動は、家庭や地域に十分な説明がなされ、理解と評価を得た中で生まれる信頼関係をもってはじめて、学校教育の趣旨の実現が図られるものと考えております。このことから、学校は、積極的に地域に情報発信することはもとより、地域コミュニティの拠点としての役割を担っていくことが重要であると思っております。現在、各学校では、学校評議員等の意見を生かし、地域参観日を設定したり、学校だよりを地域全戸に配布するなどの取り組みを行い、信頼される学校づくりに努めているところでございます。次に、学習指導要領についてでありますが、子どもたちに基礎・基本や学ぶ意欲、自ら考え主体的に判断する力などの確かな学力を定着させることは、学校教育活動の大きな柱であります。このため、本年度から、市内小中学校で一斉に「標準学力検査」を実施し、一人ひとりの学習状況を的確に把握するとともに、指導方法や指導体制の工夫改善が図られるよう努めてまいります。また、そこから得られた到達度・理解度等のデータに基づき、少人数指導や習熟度別指導等の有効な指導方法を活用し、個に応じた指導の充実が図られるよう努めてまいりたいと考えております。次に、ALTの小学校における活用状況についてでありますが、昨年4月から本年2月末現在、5校で 53 日間、61 時間となっております。実施校では、総合的な学習の時間における国際理解教育の一環として、小学校段階にふさわしい歌・ゲーム・簡単なあいさつ等の体験的な活動を取り入れ、外国語になれ親しませることや、外国の生活・文化に触れ、興味・関心を持たせることなど、動機付けを重視した目的で活用しているところでございます。今後も、中学校における活用を基本としながら、引き続き小学校でALTを効果的に活用する意識の普及・高揚を図り、活用の拡充に努めてまいります。次に、「生徒指導総合連携事業」についてでありますが、今日、児童生徒の問題行動は多様化、複合化が進むとともに、いわゆる普通の子どもが重大な事件を起す「いきなり型」の非行が現出するなど、一層深刻な状況となっております。この事業は、これらの生徒指導における今日的課題に対応するため、各学校や関係機関との連携のもと、地域ネットワークを構築し、本市における生徒指導上の諸課題について、基礎的な調査、分析及び実践的な活動を実施するものであります。次に、教職員研修についてでありますが、直接学校教育に携わる教師の果たす役割は極めて大きいことから、教職員の資質向上を図るための研修活動は非常に重要なことだと考えております。教職員が共同して取り組む校内研修の充実を図るとともに、各種研修会等への積極的な参加を奨励するなど、研修の充実に努めてまいりたいと考えております。また、各学校において、教職員の自主性・主体性が尊重された形で研修が受けられるよう、日常的な教職員相互の理解と、協力による環境づくりについても指導助言しながら、研修機会の確保と提供に努めてまいりたいと考えております。次に、アルテピアッツァ美唄についてでありますが、平成 18 年度建設予定の体験工房につきましては、「芸術文化交流施設」に学習施設としての機能を加えることにより、さらに施設の充実を図り、幅広い地域間交流の利用に供するとともに、訪れる方々の憩いの場としての休憩コーナーを配置し、利用者へのサービス向上を目的としているものでございます。施設概要といたしましては、工房室、喫茶室、男女及び多目的トイレなど、約 234 平米を予定しております。また、具体的な活用方法といたしましては、市民サークル活動の場や、市内小中学校の授業、クラブ活動、あるいは近隣大学の講義の場などを考えております。アルテピアッツァ美唄は、第2期整備計画に基づき、財政状況を勘案しながら段階的に整備を行ってまいりたいと考えておりますが、自然と彫刻が一体となってつくり出された環境に、道内外から高い評価を受けており、体験工房を建設することにより、更に多くの来訪者の増加につながるものと考えているところでございます。
再質問 10番 米田良克
国民保護法のことと教育行政について、再質問をいたします。ただいま市長から、外交によって平和な社会をつくっていくというのが基本だというご答弁をいただきまして、これはまったくそのとおりでございまして、機会をとらえてそういう考え方をぜひ広めていただければというふうに思います。事が起こるのを恐れて、構えて、小泉さんの言葉で言えば備えですか、備えを固める固めるという考え方で行くということは、そのうちに備えたものを使わなければならないというような考え方になる、そういう危険な状況も起こるように聞きますので、ぜひその平和憲法を生かすというそういう考え方を、お進めをいただきたいと思います。ただ、現実に国民保護法ができて、これが自治体に具体的な行動を求め、それが市民1人ひとりの協力も求めるということになるようでございます。60 年間、平和そのもので暮らしてきた市民が、戦時を考えて行動する、それが日常になるというようなことなどは、やっぱりあるべきではないというふうに私は思うわけです。市長として、この問題にどんな姿勢で向かわれるのか、そのことをお伺いをいたします。それから、教育行政についてでありますが、卒業式の日の丸・君が代の扱いの問題については、ただいま教育長から答弁いただきましたけれども、具体的にお尋ねをした部分は答弁をいただけなかったなというふうに思うんですけれども、お答えいただいた中に、考えを含めておられるんだろうというふうに受けとめます。ただ、植民地時代についていえば、これは公民化教育と言いますね、天皇の臣民としての教育、これが、かなり徹底して行われたということで、その中で、日の丸や君が代が随分徹底して使われたというふうに、私は理解をしております。それから、現憲法下での君が代の問題については、これは前にも議論をしたことがございますから重ねることはしないということにいたしますが、やはり主権者は国民であるという憲法下で、天皇をたたえる歌というふうに考えられる中身はふさわしいものではないというふうに、私は考えております。さて、その次の、国旗・国歌法成立のときの国会議論の問題ですが、当時、総理大臣は小渕さんでありました。小渕さんは、衆議院本会議でこんなふうに言っています。「政府としては、今回の法制化にあたり、国旗の掲揚等に関し義務付けを行うことは考えておらず、したがって、国民の生活に何らの影響や変化が生ずることはない」。これは6月 29 日ですね。これを補足する形で、当時の官房長官は野中さんでしたけれども、こう言っています。「法制化に伴い、国旗に対する尊重規定や侮辱罪を創設することは考えていない。国民生活等における変化に関しては、法制化にあたり、国旗の掲揚等に関し義務付けを行うことは考えておらず、したがって、国旗の運用に変更が生ずることにはならない」と、これが同じ場での答弁です。そして、さらに、教育現場については総理大臣がこう言っています。「慣習であるものを成文法としてより明確に位置付けるものであり、これによって、学校教育においても、国旗・国歌に対する正しい理解がさらに進むものと考えている。また、法制化に伴い、学校教育における国旗・国歌の指導に関する取り扱いを変えるものでないと考えており、今後とも、各学校における適切な指導を期待する」。同じ6月 29 日の衆議院本会議です、これは。この小渕総理の答弁の中では、「国旗・国歌に対する理解が進むものと考えます」ということを述べています。それから、いま申し上げた最後のところで、「各学校における適切な指導を期待します」ということを、総理として述べているということで、「期待します」とか「期待する」とかいうのは、「やれ」という中身を示すものではないと、そういう意味ではないというふうに私は考えますね。それから、当時、文部大臣をやっていたのは有馬さんという人でした。この人は、これは学校の教員について、こんなふうに答弁をしていますね。その人が最終的に内心の自由でしないということは、それはやむを得ないと思いますけれど、しかしながら、教育をする人間としての義務は果たさなければいけない。そういう問題が私はあると思うんですね。ですから、その人に本当に内心の自由で嫌だと言っていることを無理やりする、口をこじあけてでもやるとかよく話がありますが、それは、子どもたちに対しても教えていませんし、例えば教員に対しても、無理やりに口をこじあける、これは許されないと思います。しかし、制約と申し上げているのは、内心の自由であることをしたくない教員が、他の人にも自分はこうだということを押し付けて、他の人にまでいろいろなことを干渉するということは許されないという意味で、合理的な範囲でということを申し上げているのです。これは、文教委員会の中で文部大臣が出した答弁ですね。それから、学校の中の問題については、これも有馬文部大臣ですけれども、「学校は、日ごろから、職員会議等の場を通じまして、教員との間で国旗・国歌の指導や意義等につきまして、意思疎通あるいは共通理解を図るように努めて、全教員が一致協力して国旗・国歌の指導を行うような学校運営上の配慮を行うことが何よりも大切でございます」と、こういう答弁をしています。子どもについての答弁もあるんですけれども、子どもはどんな行動をとったにしても、子どもに不利益が及ぶようなことは当然だめだし、それから、心理的な強制力が働くような指導は絶対にあってはならないと、これは政府委員であった御手洗さんという人が答弁をしております。こういうやり取りがあったということであります。そして、ただいま教育長から答弁をいただいたわけでありますけれども、学習指導要領が法規的性格を有するというふうにお話がございましたけれども、それから、答弁の中で、「最高裁判決からも」という言葉がありました。これにつきましては、学習指導要領について、最高裁が判断を下したというのは、旭川学テ事件なんですね。これは、何年か前にもちょっと、質問の中で取り上げたことがございますけれども、当時の学習指導要領と現在の学習指導要領は内容が変わっております。当時は、大綱的基準として、いろいろ枠ははめられるけれども一応認められるということで、その当時の学習指導要領については、これを是としたわけです。そういう判断を下しております。現在は、国旗を掲げ国歌を歌う者とすると、それを指導する者とするというふうに内容が、いわばやらなければならないという内容に変わったわけです。これは、当然、当時最高裁が大綱的基準であるための条件というのにあてはめますと、これ当てはまらないことになってしまうというふうに思います。ですから、最高裁判断が現在の学習指導要領にもあてはまるというふうにお考えになるのは、私は誤りだというふうに思います。最近の学習指導要領についての判断というのは、昨年の4月に、北九州市の教職員が卒業式で、入学式で立たなかったために懲戒処分を受けて、裁判をやっていまして、昨年の4月に、福岡地裁が判決を出しました。この中で、こういうふうに裁判官は述べています。卒業式等において、国歌を斉唱するよう指導する者とする旨の定めは、特定の行事を指定して指導方法を定める細目的事項に関する定めであり、大綱的規準とは言いがたい。したがって、校長が卒業式等において、国歌斉唱を実施し、各教員がこれを指導しなければならないという義務を負わせる、拘束力を持つものと解することはできないということで、懲戒処分の取り消しを裁判所は判断したんです。これは、現行の学習指導要領についての裁判所の判断ということになります。ですから、旭川学テ事件のときの内容と変わっているということの認識を、ぜひお持ちいただきたいというふうに思います。それから、先ほどの答弁の中で、国旗・国歌の指導は、教育基本法による人格の完成をめざし、平和的国家及び社会の構成者としての国民を育成するということでお話されましたけれども、これは、教育基本法の第1条の文言を使われたというふうに思います。この後に、第1条では、「人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に満ちた心身ともに健康な国民の育成」というふうにあるわけです。ですから、「真理と正義を愛し」、それから「個人の価値をたつとび」とこういう部分でいえば憲法 19 条とか、そういう中身についてやはり、大事にする考え方が盛り込まれているわけでありまして、教育長はそういうふうにとられないかもしれませんが、私は、君が代を強制するというような形で、卒業式の中に取り込むということを、教育基本法の考え方と結びつけてお話されるのには無理があるのではないかというふうに思います。教育基本法の考え方はそういうものではない、もっと、例えば子ども個々の考え方を大事にするということだと思います。前にも申し上げましたが、個々の子どもを大事にする教育を行うためには、教師個々がこれは大事にされなければならない、やはりそこで思想信条の自由というものが守られなければ、子どもの思想信条を守る教育が、私はできないと。ですから、学校というものは、学校全体がどういう考え方に立つかということが非常に大事なものだというふうに思います。それから、教育委員会は管理権限を持っているということで、これはそのとおりだと思います。ただ、教育の内容にわたって、私は、卒業式とか入学式というのは、教育の中身だというふうに判断をしておりますから、で、教育の内容にわたっては、教育行政が、端的に言えば、口を出すというのは適当ではないというふうに思います。これは、教育基本法 10 条の中身からして、適切な判断ではないというふうに思います。そして、学校長がその一切の権限と責任でやるんですということですけれども、これも学校教育法 28 条で、校長は校務をつかさどる、教諭は教育をつかさどるというふうにあるわけです。ですから、校長は校務だと、校務というのは、学校運営上必要な事項ということであります。教育の中身については、これは別に分けてあるわけです。戦争中にできた国民学校令の場合は、「訓導は校長の命を受け教育をつかさどる」とあったわけでして、その反省に立って、校長の仕事と教員の仕事を厳密に、現行の学校教育法は分けているわけですから、まとめて校長が権限を持ってそれを行うとするという考え方には、私は賛成できないんですね。そんなことで、君が代の強制、これにはやはり無理があるというふうに思います。ですから、その強制にわたらないように、十分にそれぞれの学校の中で検討、話し合いをされて、よりよい卒業式をつくるためにどうするのがいいのかということで、学校の中で意見が一致したところで、私は、卒業式ができ上がると、そのことが6年間、あるいは3年間、子どもたちが素敵な思い出を胸に学び舎を後にできる、そういう卒業式にする方法だなというふうに思うわけです。ですから、ぜひそのような考え方にお立ちいただければ一番いいのではないかというふうに思います。それから、あと教育行政執行方針のところでちょっと、2つほど、もう一度お尋ねをしますが、標準学力検査のことであります。考え方は先ほどご答弁をいただきましたけれども、これは、同僚議員の質問等でも説明をされておりますから、私の理解としては、市内の全小中学校で、学年もそろえて、そしてテストを実施するということだと思うんです。そして、美唄の子どもたちの状況を、教育委員会として把握をしたいということだと思います。そのことが教育委員会として必要だという判断をされたということについて、異議を挟むものではありません。ただ、これらの実施については、学校との協議といいますか、そういうものをしっかりやっていただいて、十分有効なものになるようにぜひお願いをしたいと思うわけです。こういうことを申し上げますのは、過去に、全国一斉学力テストというのがありまして、これは昭和 30 年代です、文部省学テというふうに言われるもので、先ほどの最高裁判決の旭川学テ事件というのは、それの関係で裁判になったものなんです。これは、やはりまちとまちの競争とか、学校と学校の競争とか、点数を上げるために、いわば血眼になるというそういう弊害が全国的に発生をいたしました。結局、いろんなことが学校の中で起こるんです。ついに、指導している担任教師が、点数が悪ければ責任を感じなければならないみたいになってしまって、そうすると、極端な話「誰々君、あした休みなさい」みたいなそういう話が出てくる。いま、最近もあるそうです、これは。学校選択制をやっている地域で、学校が何を売り物にするかということで、ちょっと話は筋がそれますけれども、学力を売り物にする学校の場合には、やはり全校の平均点というのが非常に大事だと、そうしたら「僕がみんなの平均点を下げてすみません」といって頭を下げる子どもがいたりというような、これは最近の例です。出てくるんです。だから、何でも極端になってしまうと大変なわけでして、点数競争みたいなそういうものには使うお考えはないと思います、先ほどの説明で言えば、だけれども、数字ができ上がってしまうとそれがひとり歩きするというような恐れもあるわけでして、その辺を十分にお考えいただければというふうに思います。もし、お考えがあればお聞かせいただきたいと思います。それから、教職員研修ですが、豊かな心をはぐくむ教育のところでお尋ねをした生徒指導総合連携事業ともちょっとかかわるかもしれません、ちょっとこれは研修とは違うんでしょうけれども、やはり先生方には研修をしっかりやってほしいと、そして、子どもたちによりよい教育ができるように力をつけてもらいたいというのは、これは共通の願いだというふうに思います。ただ、前にも何回か申し上げていますけれども、学校現場は大変多忙でして、教師に時間的ゆとりがなかなかないという状況があります。それが、いわば研修をしなければならない、しなければならないというような形で持っていくということになると、気持ちにゆとりがないまま研修に参加しなければならない、それから出ることになるとすると、これは夏・冬休み等であれば、学校のことは余り心配しなくてもいいですけれども、子どもがいる期間であれば、学校のことも心配しなきゃならんという問題もあります。ゆとりを持って研修に参加できるような体制というものを、ぜひお考えいただきたいというふうに思うんです。空知教育局の、ことしのフェニックスプランというものがあります。平成 17 年がスタートですか、17、18、19 と3カ年で、管内の全部の小中学校にSSスクールをやってもらうというそういう中身ですよね。これは、プランをちょっと見ましたけれども、なかなか大変なものだと思います。そして、研修して、研究して、それを管内に発信しなさいという中身です。全部報告を出していかなければならない、そういうことがいわば、もし義務付けられていく形で行われるとしたら、これは相当な負担だなというふうに思います。ですから、研修をやられるというのは結構だけれども、ぜひそういう、ねばならない、ねばならいという、そういう形にならないように、ぜひ実のある、そして子どもたちに、さっき申し上げたように、還元できる中身を学校に持ち帰れると、そういう研修にぜひしていただくように、教育委員会としても十分ご配慮いただければと思うわけですけれども、いかがでありましょうか。
答弁 市長 桜井道夫(市長は2010年6月まで)
米田議員の質問にお答えします。国民保護法についてでありますが、国民保護計画の策定にあたりましては、法令や国の指針、北海道国民保護計画を踏まえるとともに、地域の自主性や実情に応じたものとなるよう、また、市の責務や役割なども含め、市民の皆さんの理解と協力が得られるものとなるよう努めてまいりたいと考えております。
答弁 教育長 村上忠雄(教育長は2008年6月まで)
米田議員のご質問にお答えを申し上げます。まず、学習指導要領につきましてですが、学習指導要領は学校教育法の施行規則に基づきまして、法規的性格を有するものであるということ、全国どこの学校でも指導すべき最低限の基準を定めて公示されているものでありまして、子どもの学習権を保障する上でも、すべての内容を指導すべきものであると、このように考えております。卒業式や入学式などの儀式的行事は、児童生徒にとりまして、学校生活に有意義な変化や折り目をつけるために、教職員や保護者と心を1つにして、厳粛で清新な雰囲気の中で、この学習指導に基づいて適切に実施されることが重要であります。いま、国際化が進展する中で、児童生徒が我が国の国旗及び国歌の意義を理解し、諸外国の国旗及び国歌を含めてこれらを尊重する態度を身につけるためにも、各学校におきましては、国旗・国歌に関する指導の充実を図ることは必要なことであると考えております。また、国歌を斉唱する際には、国歌を尊重する態度で臨むこと、とりわけ、儀式的行事に望む態度として、国歌斉唱時には起立することが望ましい、このように考えているところでありまして、今後もその指導の徹底に努めてまいりたいと、このように考えているところでございます。それから、次の標準学力検査についてでありますけれども、この検査の実施にあたっての趣旨は、あくまでも指導方法の工夫改善に向けた児童生徒の学習状況の実態の把握であります。「個に応じた指導」を充実させ、確かな学力を育成するためには、一人ひとりの学習状況を的確に把握することが前提であります。その実態に基づいて指導方法や指導体制の工夫改善に努めることが重要であるとこのように考えております。検査結果につきましては、学校間や教師間に、この検査結果のみによる過剰な競争や序列化を生まないよう慎重に扱い、本来の趣旨が生かされるように努めてまいりたいと考えております。次に、教職員研修についてでありますが、わかる授業を構築する、児童の理解を深めるなどの教育課題に適切に対応し、より豊かな学校教育を実現させるためには、教職員の専門性を高め、資質向上を図る研修活動は重要なことであります。開かれた研修、主体的で積極的な研修を推進するためには、教職員が自ら意識を高め、日常的な教職員相互の理解と協力による環境づくりが必要なことから、各学校では、その体制づくりが推進されるように、私どもとしては努めてまいりたいとこのように考えております。
再質問 10番 米田良克
1点だけ、もう一度お願いします。学習指導要領についての考え方は、理解の仕方が違うということで押さえるしかないなというふうに思うわけです。ただ、いまいただいた答弁で、儀式的行事であると、学校生活に意義のある折り目をつけるということですとか、それから、厳粛な雰囲気の中でとかお話がありました。これは、私は、確かに儀式的行事という言い方をするんですけれども、儀式儀式というものにこだわる中身かなと、卒業式というものは、あるいは入学式というものは。そのことに多分に疑問を感じます。特に、こういう事態といいますか、私の受けとめ方でいけば、強制にわたる君が代の斉唱というようなものが卒業式の中に取り入れられるというような事態になってきたときに、果たして、確かに君が代は厳粛な空気、雰囲気の中で歌われるということが、あの歌にはふさわしいんだというふうに思いますね、にこにこにぎやかに楽しく、少々外れる子どもがいてもいいしというような、そういうような空気の中で歌うのに適切な歌ではないと思います。ですから、どうしてもやはり儀式的な空気の中でということになるかもしれませんが、これは、よくよく考えてみる必要があるのではないかなというふうに思いますね。そして、学校という場に儀式というものが取り入れられた歴史的な経過というものもあるわけでして、これは、申し上げるのをもうやめますけれども、それは、やはり君が代の歌詞ですとか、それから、かつて学校にはご真影があり、そして勅語を納めるということで、ご真影や勅語を入れるための奉安殿というのがれんが造りで、私の小学校にはありました。そして、いまで言うと体育館ですね、体育館のそのステージの後ろには、いわゆる儀式のときに勅語を納めるというための入れる場所がつくられてありました。ですから、いまも壇上に上がったときに、壇上背後の中央に向かって礼をされる方がおりますけれども、これは、陛下のご真影及び勅語に対して礼をするとこういう意味合いです。ですから、そういうものがずっと尾を引いてきているということだというふうに思うんです。ですから、儀式というものに余りこだわるべきではないなということを思います。そして、教育長のいまの答弁で、国歌を斉唱する際には、国歌を尊重する態度で臨んでもらいたいという言葉がありました。これは、昨年までの答弁にはなかった中身でありまして、これ一歩進んだのかなという。前に、北九州の話をしたときに、「心を込めて歌え」。4点セットというものがあるんですけれど、その中の 1 つに、「国歌は心を込めて歌え」というのがあるんです。それに反すると罰せられるんです。心がこもっているかどうかなんていうのはどうやって見るわけ、漫画だと思うんですけれども、でも、北九州市では真面目にやっているんでしょうね、それは。だんだんそういうものに近づいていくのかなという、そういう感じがいたしまして、ちょっと怖いような気がしますね、教育長の顔が怖いわけじゃないんですけれども、いまのような答弁はちょっといただけないなというのが率直な感じなんですけれど、いかがでしょうか。
答弁 教育長 村上忠雄(教育長は2008年6月まで)
お答えを申し上げます。国歌斉唱時の起立ということでございますけれども、これは儀式的行事ということで、子どもたちの大きな節目のときに、子どもたち、先生、そして保護者、地域の方と、先ほども申し上げましたけれども、心を1つにして祝うということの、本当のみんなの心をやはり1つにするためには、やはりそういった態度で臨むことが私どもふさわしいと考えております。これは、何とかそういったことで、子どもたちを祝ってやるという姿勢で締めたい、やりたいという形でかねがね、これは学校の先生方にも指導してきたところでございますけれども。確かに先生方、いろいろお考え方もおありのことでしょう、ただ、私どもは、やはりそういった、先ほどから学習指導要領の話もしておりますけれども、そういったことの中で、やはり公務員としての職務ということも、やはり考えていかなければならないのかなとこんなふうに考えております。いずれにしても、卒業式・入学式というのは年に1回のことでございます。このときにやはり学校、地域のつながり、本当にそういったことでふさわしい姿勢を皆にとってもらいたいと、もうそれしか私どもございません。