みんなの議会

浦幌町議会 平成27年第3回定例会 2015年9月11日

厚内川にかかる新しい橋の名前の経緯

2015年9月11日、浦幌町議会の一般質問で、差間正樹議員が「厚内川にかかる新しい橋の名前の経緯」について質問し、町長 水澤、まちづくり政策課長 山本が答弁しました。

質問者
差間正樹 議員
答弁者
町長 水澤、まちづくり政策課長 山本

議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。

件名は会議録の目次の表記です。

質問 差間正樹

それでは、通告に従いまして、質問いたします。道道直別共栄線改良に伴い、平成28年度末の供用開始を目指し、厚内川に新たな橋の建設工事が進んでいる。この橋の名前について、町のホームページで発表されております。私は、この件で次の3点について伺います。1番、広報とホームページで新しい橋梁の名前が募集されたが、決定はホームページのみでされている。両方で募集されたものは両方で知らせるべきと思うが、ホームページのみで発表した理由についてお伺いします。2番、ホームページに掲載されていた平成かもめ橋という名称に決まった経緯について伺います。3番、地名や橋についても、今後歴史のあるアイヌ語由来の名前にするべきと思うが、どのように考えるか。以上。

答弁 町長 水澤(町長は2023年3月まで)

差間議員のご質問にお答えします。厚内川にかかる新しい橋の名前の経緯についてでありますが、1点目の名前の募集と決定後の周知につきましては、平成28年度末供用開始予定の橋の名前について、昨年12月に北海道から町に対して名前を決めてほしい旨の連絡がありましたので、橋の名前募集と応募用のチラシを1月末発行の広報2月号で厚内在住の小学生以上の方を対象に募集をさせていただきました。名前が決定したことに対する周知につきましては、9月7日からホームページに掲載していますが、広報紙につきましては8月の発行に間に合わなかったため、9月末発行の広報10月号でお知らせしますので、ご理解を願いたいと思います。2点目の橋の名前が平成かもめ橋に決まった経緯についてでありますが、募集に対して厚内地区の皆様から多数の応募がありましたので、新しい橋の名前と名前の理由を確認させていただき、決定に当たっては時代の背景も考慮しながら決定したところであります。3点目の地名や橋についても、今後歴史あるアイヌ語由来の名前にすべきについてでありますが、平成24年第2回町議会定例会及び平成26年第4回町議会定例会の一般質問において、北海道で作成されたアイヌ語地名リストの中に浦幌町内の地名が9カ所掲載されており、今後看板標識の更新の際には標識設置の目的等を勘案し、文化的なものについては地名表記をする場合にはアイヌ語による地名の由来等の併記をしてまいりたい旨の答弁をしてきたところであります。平成27年度においては、浦幌町教育委員会が下頃辺遺跡の文化財周知標識の更新に当たり、下頃辺の地名解説としてアイヌ語の由来を併記した標識を設置する予定であります。今後橋梁等の名前を決める場合には、地域の方々の意見を参考にしながら、愛着と親しみの持てる名称にしてまいりたいと考えています。以上、差間議員への答弁といたします。

再質問 差間正樹

再質問いたします。今回ホームページで表示されております。この河口橋と言ったらいいのか、この橋が決定したこと、このことについてはいずれ広報とともに皆さんに案内をするということで安心いたしました。やはり町民の中にはホームページを見る人ばかりではなくて、全く見たことないよという方も大変多いものですから、この点についてよろしくお願いします。次に、この点について関連して質問させていただきます。このホームページの中で表示されている新しい橋の名称、平成かもめ橋、それぞれの候補というのですか、応募した中にはいろんな名前が出ていたと思います。その名前がホームページではアツウシナイ橋、アッツ橋、厚楽橋、潮橋、オコッペ橋、下厚橋、それからカモメ橋、銀鱗橋、新厚橋、十厚橋、日の出橋、平成かもめ橋となっております。どうやらこの一番下の部分に決定されたようです。これ1件1件について、どのぐらいの応募者があったのかお教えいただきたいのですけれども。

答弁 まちづくり政策課長 山本(まちづくり政策課長は2019年3月まで)

ただいまのご質問にお答えします。応募につきましては、14名の方から12件の応募がございました。ただいま差間議員からおっしゃられました、まず1点目のアツウシナイ橋については5人の方から応募がありました。ほかの11件につきましては、いずれもお一人ずつから応募があったということでございます。以上でございます。

再質問 差間正樹

それでは、応募を受けて、こういった名前が集まってから、それぞれの候補名についてどんな検討がされたのかお聞きいたします。

答弁 まちづくり政策課長 山本(まちづくり政策課長は2019年3月まで)

ただいまのご質問にお答えいたします。ただいま14人の方々からそれぞれ12件の応募がありました。応募されたものにつきましては、新しい橋がかかったときの情景とか、それから風景をイメージしたものとか、それぞれ応募された皆様の深い思いがあったというふうに感じております。また、今回は橋の名前とともに、その名前をつけた理由というのも併記していただいております。その中で愛着と親しみのあるものということで決定をさせていただいたところでございます。また、それぞれの橋につきましては、ただいま説明のとおり名称と、それぞれの方々の橋への思い、理由が書かれていましたので、その点につきまして1件1件確認をして決定をしたところでございます。以上でございます。

再質問 差間正樹

それぞれの橋の名前、応募された方の思い、愛着があるということですが、アツウシナイという言葉、これには課長はどういった思いを酌み取ったのでしょうか。

答弁 まちづくり政策課長 山本(まちづくり政策課長は2019年3月まで)

応募があった中でいきますと、この橋につきましては厚内の古い地名ということで理由が書かれておりましたので、そういったものに基づきまして出されたものであるということで、それぞれの方が古い地名に対して今度の橋に対しての思いがあったのかなというふうに感じたところでございます。以上でございます。

再質問 差間正樹

今課長の言われた古い地名ということで、実は私、地名情報資料室または地名110番、こういった組織をつくって、もともとこの方は出版社に勤めていた方らしいのですけれども、平成の大合併で全国で町名のいろいろな変更とかそういうことが行われてきた。そのことに対して、私たちの住んでいる日本の将来に対して大変危機意識を、これは危ないぞということで、みずからそういう地名情報資料室というものを立ち上げて、その中でいろいろな発信をしているのです。もちろんこの方は和人です。その方が北海道に関して、こうおっしゃっているのです。固有の歴史、自然を大事にしないで、ブランドと過信したものにすがるのは、殖民地主義で醜くさもしい。全くきつい批判を行っているのですけれども、北海道に対してこういったことをおっしゃっているのです。はっきり言えば、伊達市、池田町、京極町、仁木町、月形町、沼田町、今金町、北広島市までこの人は取り上げているのですけれども、開拓を率いた指導者や殿様の名前、移住民のルーツの地名などが多いですねと。先人の開拓の苦労、偉業をたたえると満足しておられるようだけれども、アイヌ民族の地名はどうしたのですかとこの方はおっしゃっているのです。古い地名といえば、私はまさしくアイヌの使っていた言葉が古い地名の代表だと思うのです。川、谷、海、もちろん山、人の出入りするところにその人たちの思い、熱意を込めて地名をつけているのです。今大変悲惨な状況で台風18号で被害を受けておられて、今我々の海にも17号が近寄ってきておりますけれども、アイヌ語の中にはこの川は氾濫するのだよ、こんなところに住んでいたら危ないから、しようがなしに夏の間は海の近くで住むけれども、ふだんは山の上に住んだほうがいいのだよということで、住居跡は山の上にあります。実際に厚内にも海岸伝いの山の上に住居跡があるのです。こういったふうに、アイヌは歴史の中ではっきりと熱意、思いを持って生活していたのです。この思いが全く無視されている。この無視されているということについては、後々また私この場で議論させていただきますけれども、こういったことについては一体どういう考えを持っておりますか。このアイヌの思いと今回それとは全く違った名前になったということについてお答えいただきたいのですけれども。

答弁 町長 水澤(町長は2023年3月まで)

議員がご質問されておりますアイヌ語表記につきましては、再三議員からご指摘を受けているところでありまして、我々としても当然認識をしているところであります。歴史ある地名で北海道で継承されている、そういうところにつきましては今後看板などを新しく設置、立てかえる際にはその語源について付記するということも取り組んでいるところでありまして、これは今までの答弁でも再三お答えをしているとおりであります。しかし、今度新たな構築物につきましては、地域住民に愛着を持って、またその場所が的確にわかる、親しめる名称、そういうことで町民の皆さんから公募し、応募していただきました。今課長からお話ありましたように、12個の名前が応募していただいたということについては、本当に町民の皆さんに感謝を申し上げたいなというふうに思っているところであります。その中で特に厚内川にかかる橋としては、これまでも厚内橋、また上厚橋など厚内の地名を模した橋がかかっているという状況もあります。その中で、今度の新しい橋については、名前聞いたらすぐその場所がわかる、そして厚内らしい地名として平成かもめ橋ということで決定をさせていただきました。アイヌ語表記につきましては、当然これからもご指摘のとおり町としても取り組んでまいりたい。今まで答弁したとおり取り組んでまいりたいというふうに考えているところでありますけれども、このたびの新しい構造物については、そういうことで町民の皆さんのいろんな思いをいただきながら、その中で厚内橋がダブらないような形で決定させていただいたということでありますので、ご理解をいただきたいと思います。

再質問 差間正樹

質問いたします。以前にも私指摘しておりますが、町長から今のお言葉はいただいているのですが、私もこの点について実は指摘をしておりまして、浦幌町郷土博物館報告、これは博物館の紀要かな、教育委員会の方、そういったことで出されている資料ですが、その中で生剛から始まって、この浦幌町に関係するアイヌ語地名が、永田地名解とか、今までのいろんな学者先生が調べた中でいろいろな名前が出ております。オベッカウシ、それからオーラポロ、それからリクンベツ、ルシン、本当にたくさんの数のアイヌ語が紹介されております。この北海道は、アイヌモシリ、人間の静かな大地というのですか、そういったことで私たちは理解しているのですけれども、事浦幌町をとるだけでも、私パソコンも余り得意というほうではないので、小さな紙に詰め込むだけ詰め込んでこうやって後生大事に持って歩いているのです。我々の浦幌町にはこれだけの地名がある。私、つらつら、つらつら勘定していったら90カ所超えるのです。これ教育委員会の方、ご存じですよね。この地名の一つ一つが鹿の移動したところとか、川が崖地にお尻をくっつけているところとか、生活に根差した、この書いた方の言葉によりますと、アイヌ語ではたびたびそういうような表現をつけることがあるよと書いております。この紀要を書いた方の言葉としても、何かほほ笑みを持って書いたようです。内容が性的な部分にも触れるものですから、そういったことでその方はこの地名について書いております。事ほどさように、べらぼうな数のアイヌ語がこの我々の浦幌町内にあるのです。これは、とりもなおさず我々が浦幌町の隅々まで住んでいたということなのです。それが全く、国は国連から繰り返し指摘されているのですけれども、国連の先住民の権利宣言も出て、日本も批准しているはずなのですけれども、日本に帰ってくるとこの部分が全く政府から発行されるものの中に出てこない。こういったことで、自治体としても動き出しにくい。これは、町長の言葉でもあります。内閣官房がなかなかそこまで言い出していないところまで私たちは踏み出していくことができない、こういった言葉をいただいております。そうではないと思うのです。ちょっと横にそれてしまいましたけれども、今回の平成かもめ橋に決定された、そのメンバーが誰なのか。決定したのは、では誰なのか、これお聞きしてよろしいでしょうか。

答弁 まちづくり政策課長 山本(まちづくり政策課長は2019年3月まで)

ただいまのご質問にお答えします。2月に厚内地区の方々を対象に募集をさせていただきまして、先ほどからお話しのとおり14人の方から12件の橋の名前について応募がありましたので、まずは応募いただいたものを、先ほどからお話ししているとおり名前と、それからその理由について検証したわけなのですけれども、職員からもその応募に当たってはあくまでも参考ということで、職員からそれについての意見ももらいながら、最終的には浦幌町として決定したところでございます。

再質問 差間正樹

こういった物事の決定は、もちろん町長がされた。それは、私も十分わかります。ただ、この過程で、私実は職員の方とお話ししましたが、我々職員で決めたとおっしゃったのです。私が理解しているのは、我々職員で決めたものを町長に持っていって、町長がそうかということで、これいずれ振興局に持っていくことになると思いますけれども、こういった理解で間違いないですか。

答弁 町長 水澤(町長は2023年3月まで)

議員が言われるように、職員が決めたというよりは、職員の意見もいただきました。12個の名前が出ているということでありますから、この名前でそれぞれ町民の皆さんの思いを寄せられた名前ということで、それぞれのまた思いもその中に書いてありましたので、こういうものを当然職員にも見せながら、職員とどうだろうねという話はさせていただきました。しかし、最終的に決定をさせていただきましたのは、先ほど答弁させていただいたとおり、やっぱり地名と愛着を持つ、住民の皆さんがすぐわかりやすい名称ということもありましたので、特に新しい構築物でありますから、わかりやすいということを視点に置きながら私として決定をさせていただいたということでありまして、職員が決定して私に無理強いをしたということは決してありませんので、私が決定させていただいたということでご理解をいただきたいと思います。

再質問 差間正樹

職員の意見として、これを職員が決められた。それを町長がそうだろうということで決めたというふうに理解いたしました。ただ、その場の話し合いで、私そこまで、町長に持っていく段まで、話しする前に私が血相変えて何でこんな名前にしたのだと怒り出したものですから、職員の方も何ですかということになって、ちょっと言い合いになったのです。私の思いというのをもう一回今述べさせていただきますけれども、イギリス、スペイン、オランダ中心に世界中が征服されていった時代に、もともとの国々の名前をその土地に命名するというのは、これは歴史的にどこでもあることでございます。この厚内においても私たちは……私はと言ったほうがいいのかな、私たちは、これは和人の殖民地だと私は北海道のことを思っているのです。私たちこそが明治のころ先に住んでいた先住民族であり、だからその当時、日本が北海道にももちろん朝鮮半島、中国、ロシアの一部南までずっと侵攻していくのですけれども……いろんな方たちが移り住んでいくのですけれども、その土地、その土地で日本式の名前をつけている。これは、もうずっとやってきたことなのです。ただ、その大先輩イギリスでは、もちろん日本のそういった行いよりもはるか大規模でやられたイギリスで、実はインド全域の測量調査をその当時したころ、1850年当時、ヒマラヤの山中にそれはそれは高い山があるというので、それを測量したのです。何と今まで私たち聞いたことのないほど高い山だというので、測量隊の名前、そこの測量局長の長官の名前をとったらしいのですけれども、マウントエベレストとつけたらしいのですけれども、ところがイギリス本国においてでさえ、そんなことしていいのか、地域の人たちの了解とっているのかと。その1900年になる前にイギリス本国でさえひどい非難を浴びたというのです。ですから、その後同じくパキスタン周辺の山を測量して歩いたら、いや、ここもまた高いと。だけれども、また変な名前つけたら本国で叱られるというので、記号つけてK2、それ以上踏み出していないのです。地域の住民の意思、思いを尊重しているということなのです。ところで、日本ではいまだに、先ほども言いました出身の藩のお殿様の名前つけたり、開拓に功労のあった人の名前つけたり、そういったことをいまだにされて、訂正しようともしない。この地名110番の書いている方は、こう言っているのです。いつまでも殖民地であるということを意識しないで、地域の人たちを傷つけたということに思いをはせないでこんな名前をずっとつけていたら、世界中でこんなことをやっているのは北海道だけだというやばいことになりますよと、この方は言っているのです。アイヌが言っているのではないのです。和人の方がこうおっしゃっているのです。私は、そろそろ私たちの思い、北海道の歴史、アイヌモシリですね、この歴史に根差した名前にしたらどうかと思うのです。町長は、今までも私の質問にいろいろ答えていただいております。やっぱり国が乗り出していかないところについては、なかなか町としては踏み出していけない、それは十分わかります。しかし、橋の名前ぐらいいいのではないですか、アイヌ由来の名前にしても。厚内橋も上厚橋も、その中には厚という字が入っている。それで、私たちもこれはアイヌ語とは言えないけれども、アイヌ語に由来した名前だと、これは歴史家にとっても初めて来た方にとっても認めてもらえると思います。平成かもめ橋、これ誰がそんなことを理解しますか、こんな名前について。一旦決めたものについて撤回するかどうか、それは町のお考えで、私は何とか撤回してほしいと言っても、それは聞けることと聞けないことがあるとは思いますが、この橋の名前について私は近隣のアイヌ協会とも相談して、私たちのところに新しい道路ができる、新しい橋ができるというときに、私たちは歌や踊りでそれをお祝いする。どうだろう。私たちの組織はなかなか自分がアイヌだということを名乗り出る方が少ないので私がやっているのだけれども、どうだろう。その方はわかったよと、差間さんたちのところでそういった行事ができるのであれば、何とか私たちも出かけていってやりたい。地域が活性化する、いろんな活発化していく。だけれども、その中に私たちも住民として入る権利があると思っているのです。どうでしょう。この平成かもめ橋、私ははっきり言って我慢ならないのです。こういった名前にされたことが。歴史の何を反映しているのか。先ほどの地名110番の方がおっしゃっているのですけれども、何とかそういったことで浦幌町に考え直してほしいのですけれども、どうでしょうか。

答弁 町長 水澤(町長は2023年3月まで)

差間議員のアイヌ民族に対する思いは十分わかるつもりでありますし、これまでもそういう答弁をしてきたつもりであります。先住民族としてのアイヌ語由来の地名が北海道にはたくさんありますし、今辞典を引き出すまでもなく、実際にはその名前、由来でついている地名はたくさんあるということも認識をしているところであります。ただ、一番理解していただきたいのは、やはりこのたびのものは古い地名とか古い構造物につけた名前ではなくて、あくまでも新しい構造物、それにつけた名前でありまして、それにアイヌ語由来の名前をつけるというのとまた違うのではないのかなというふうに認識をしています。これがもともとある地名、またもともとある古い構造物等々について名前を新たにつけるということになれば、そういう認識もまたしかりかというふうに思いますけれども、やはり新しい構造物であるだけに、町民の皆さんがわかりやすい、そして理解しやすいというか、その名前ですぐわかる場所ということを優先的に考えながら地名をつけたということでありまして、決してアイヌ民族、先住民族の誇りを傷つけるとか、そういう考えのもとにつけたわけではありませんので、この点はぜひ理解をしていただきたいというふうに思います。本当にこれが歴史ある構造物、こういうものに新たに名前をつけるということであれば、議員ご指摘のこともあろうかと思いますけれども、あくまでも新構造物であるということをご理解いただきたいと思います。

再質問 差間正樹

古くからある川、山、土地、そういったものにつけるのではなくて、新しい構造物につけるということで、そういったお考えをお聞きいたしました。私は、それでもアイヌモシリの中にある以上、何とか考え直してほしい。私たちは、実は議員間の議論の中でも未来志向ということで私は言われております。それに関して、世界的にももう十分回答は用意されていて、ドイツの元首相のヴァイツゼッカーという方は、問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけではありません。私は、北海道が明治以来、世界でも類例を見ないほど圧倒的なスピードでたくさんの方々が北海道に入ってこられて、国連でこれを返せと言っているのです。そんなことはできるわけないです。返すことができないのなら賠償しなさいと、これははっきり人権規約委員会でおっしゃっているのです。このヴァイツゼッカーという方、この言葉の後、後になって過去を変えたり起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし、過去に目を閉ざす者は、結局のところ現在にも盲目となります。私は、いろいろな現在の浦幌町にある問題について、アイヌの視点からいろいろ今までも取り上げてきました。それを評して、未来志向でやってほしいと言われました。これは、世界的には侵略した側から絶対使わない言葉なのです。侵略された側から我々は今言ったこういう環境にあるけれども、何とか未来を考えて和人の方々とも協力してやっていこう、こういった言い方はするけれども、アメリカ人の方がいろんな部族の方に対してこういったことは今まであったけれども、未来志向でいきましょうやと言ったらどうなるか。では何か、あなたは今までやってきたことに対して無視をしろというのか。今回は、これに関係ないかもしれませんけれども、私はやはり何とかこの平成かもめ橋というのは再度再考をお願いいたしまして、私の質問を終わらせていただきます。

再質問 差間正樹

はい、よろしいです。

出典:浦幌町議会 平成27年第3回定例会 2015年9月11日 議事録 PDF(10ページ) 間違いを知らせる