洞爺湖町議会 平成26年第1回定例会 2014年3月7日
「町地域防災計画の見直しが完了するという下りがございまして、えっ、終わってしまうのと、終わったのという思いで実はおりました。」
2014年3月7日、洞爺湖町議会の一般質問で、沼田松夫議員が質問し、町長 真屋敏春、企画防災課長 大西康典、環境課長 室田米男、農業振興課長 山本隆、産業振興課長 鈴木清隆、建設課長 高橋泰夫が答えました。
- 聞いた人
- 沼田松夫 議員
- 答えた人
- 町長 真屋敏春、企画防災課長 大西康典、環境課長 室田米男、農業振興課長 山本隆、産業振興課長 鈴木清隆、建設課長 高橋泰夫
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
議員の質問 11番 沼田松夫
次に、2番目に町地域防災計画の見直しが完了するという下りがございまして、えっ、終わってしまうのと、終わったのという思いで実はおりました。私も、ここに持ってきていますけれども、21年の防災計画もかなり目は通させていただいたつもりです。しかし、この防災計画、これは平成21年度版なのですが、これを見ましても、これは国土交通省が出しているのかどうか知りませんが、出しているカタログ的なものをなぞっただけではないのかという思いを実はしているのですよ。そういう中で、2000年の噴火避難の検証はされたのかという括弧書きにしてございますが、当時のことはかなり大分古くなってはきていますが、あの時は避難をしたわけです。そういう中で、町長でも副町長でも構いませんが、当時の避難というものはどんなのだったか、大ざっぱでも構いませんのでお話いただければと。
町の答え 町長 真屋敏春(町長は2022年3月まで)
2000年噴火時には、当初、洞爺湖温泉街の方々を虻田本町のほうに避難をしていただいた。また、有珠山の麓、泉地区、あるいは入江1区の線路から山側のほう等々が、最初に避難指示がかかったわけでございますが、道路から下のほう、例えば37号線から下のほう、さらには入江3区、入江4区のほうまで避難の輪が広がってまいりました。そのときに、実は昭和52年の噴火災害のときにも、避難というふうなところまではいかなかったかなというふうな思いがございまして、まずは皆さん荷物を置いて、いわゆる短時間でといったらおかしな言い方になるわけですが、とりあえず逃げようということで避難所に行かれたように思っております。ただ、その後の対策、いわゆる一時帰宅の問題、そして中に動物を置いてきただとか、あるいは食料品をそのままにしてきただとか、あるいは冷蔵庫を入れ放しにしてきただとか、いろいろの問題がありましたけれども、当初の避難は、人が安全なところに避難をするということに限っておったかなというふうに記憶しております。
議員の質問 11番 沼田松夫
ありがとうございました。いろいろ問題はあるなというふうに思っているわけです。この防災計画の中を私もかなり読んだつもりなのですが、どうもこの交通どめにするとか、いろいろなことが出てくるのですが、2000年の噴火のときに実際に避難をした者として考えるときに、あの避難は私は当時議員でも何でもございませんでした。ですから、わかりませんが、どこから出た勧告で、避難命令だったのかなと。もうあれは危ないから、夜危ないからとりあえず出てくださいというような話で私も聞きましたし、そう思っていました。しかし、出てしまったら一発も入れないと、そういう中で本当にあの交通どめというのは、あれでよかったのかと、そういうようなこととか、下に出てきますけれども、こういうようなことがいろいろなことがあったことを、本当にどういうことが起きたのかということを考えて、そして次の噴火に生かすということになっているのだろうかという思いで、私はこの質問をさせていただきましたが、担当課長、大変この膨大な量の見直しをやっているようですけれども、やった結果において、感想をまず聞かせていただければと思います。
町の答え 企画防災課長 大西康典(企画防災課長は2014年3月まで)
今回の地域防災計画の見直しということでございますが、これにつきましては、2000年の噴火がありまして、その後、平成14年の4月に、有珠山火山防災協議会での有珠山火山防災計画というのが策定しております。その翌月に、有珠山の異常気象が認められたときには、大変最も重要な対策として、住民、または観光客等の安全を確保するため、迅速かつ効果的な避難活動ということが、そういうことが言われております。そういうことから、当町が行うべき避難活動の手順をまとめた、初期マニュアルというものを作成をされております。その後、平成21年度に新町になりまして、新たな地域防災計画というものを策定をしたわけですが、その後、今回の見直しということで、これにつきましては東日本大震災というような津波の災害というものもございました。これにつきましては、当町においては予期せぬ災害かなというふうに、私個人的には考えております。その後、いろいろな大規模な自然災害等もございました。そういう中で、特に地震津波等の対策、または有珠山噴火の時期、噴火に備えた対策というのが大変重要だということで、今回見直しを行ったということで、これにつきましては国のほうも災害基本法等の改正等もございまして、津波地震に対する部分について大変改定の部分が多かったということで、私自身感じております。それから、有珠山噴火におきましては、これまでの私の担当の中で住民から聞いた声の中で、やはり避難する場所はどこかということがわからないというか、わかりづらいというような声も聞いております。そういう中で今回の避難の防災計画の中では、やっぱり避難活動を重点的に見直しをさせていただいたということで、特に新しい町になる洞爺地区という地域がございます。そういう地域の役割という中では、やはりその災害時においては避難者の受け入れの立場になるのかなというようなことの位置づけから、今回防災計画見直しをさせていただいたということで、ボリューム的には多少多かったかなということで感じているところでございます。
議員の質問 11番 沼田松夫
本当に、これ目通すといったら大変なのですよね。さらに修正案もできて、膨大な量のものがあって、ざっと目は通したのですけれども、さっぱりわからないと。頭悪いものですから、年も年だし、どうなっているの、これと。それは、やっぱりさっきの国道37号の通行禁止に戻りますが、ああいうやり方が本当によかったんだうかと、僕は町民一人納得してないのではないのかなと。実際に、噴火もしてないのにばっちりとめて、一切入れないと、そういう中で次の話にもなっていくわけですけれども、あした帰れると思って出た人がいっぱいいるはずなのです。ですから、ペットの犬とか猫とか、そういうのも置いて着の身着のままで、お金を出したいと思っても通帳判こも持ってきていないと。あるおばあちゃんはへそくり、そのままにしてきたと、そういうようなことでとんでもない状態になっていたわけです。そういうことから、やっぱり幸いにして有珠山の噴火というのは事前に警告があると、ある意味、ですから前回は山頂噴火、52年は山頂噴火でしたが、私の記憶によると、東海大学の防災研究をやった先生が、どうも山麓の噴火だということを当てていたということ、読売新聞に出ていたような気がしていましたが、その辺ちょっと一生懸命探しているのだけれども、今のところまだ見つかっておりません。でも私は、確かに読んだなと。ですから、北大の先生方も山頂、だけれども、山麓に行くぞということをわかっていた人もいたということですから、どこを破られるのかわからない有珠山噴火ですけれども、私が記憶しているだけでも、昭和新山は私が記憶していないうちに、まだ1歳のころですからあれですけれども、昭和新山も山頂へ行った、そして山麓へ行ったと、こういうようなことで。ですけれども、この噴火自体は、有珠山噴火自体は必ず予兆があるのだなということが、今までの経験で私もその辺は納得できるわけです。だったら、もう少し避難のさせ方というのがあるのではないかと、そういう思いをしたわけです。当時、私は先ほども言ったように議員でも何でもないですから、ほかから聞いているだけの話で、岡村町長さんもそろそろ来るのだから、次の噴火の準備をしようではないかというようなことを言っていたというような話も聞いていますが、いずれにしても噴火時にああいうような、ですから土佐犬が逃げたら人に迷惑かけてしまうといって、しゃり無理警察振り切って土佐犬を助けに行ったという人も私は知っております。ですから、今、土佐犬がいるのかどうかわかりませんが、ペットのことについては町長も大分関心があるようで、獣医師会なんかとも取り組んでもらえるように、努力されているようには聞いていますが、ペット以外のものの動物の問題というのが、僕はあるというふうに思っています。今、3番に入っているところでございますけれども、今、土佐犬というのは、うちの町にいるのでしょうか。
町の答え 環境課長 室田米男(環境課長は2015年3月まで)
済みません。ペットのほうは、うちのほうで登録を受け付けていますけれども、土佐犬の登録というのは、数年前まで1件ございましたけれども、今は多分その方は登録されていないので、いないと思います。
議員の質問 11番 沼田松夫
犬の狂犬病予防もちゃんとしておいてもらわないと、こういうときに犬を1カ所に集めました。逃げました、かじりましたといったら、狂犬病になったというようなことになったら大変困りますから、狂犬病の予防注射なんかも、きっちりやっておいてもらわなければいけないと思いますけれども、今、土佐犬がいないのであれば別ですけれども、土佐犬、猛獣ですから、私も飼ったことありますけれども、うちのおやじが飼ったものですから、とてもではない、普通の人では押さえられません。ですから、そういうものの有無もきちっと押さえておかないと、とんでもない被害に遭うのではないかと。先ほど言いましたように、自分の犬が餌も食べれない、何したということで、しゃ無理出た、そして人に危害加えたら大変だといって、土佐犬を連れに帰ったということで聞いております。ですから、そういうものもございますが、私どもの地区に、隣り地区にですけれども、近くに牛がございます。52年のとき、私どもの鶏が3万何羽いたのですけれども、今は鶏もたくさんはおいているところはないと思いますから、あれでしょうけれども、牛・馬の洞爺地区は別として、本町地区にはどのぐらいいるか、確認されているでしょうか。
町の答え 農業振興課長 山本隆(農業振興課長は2014年3月まで)
乳牛につきましては、ちょっと記憶で申しわけないのですけれども、70頭ほどだったと記憶してございます。あと種馬が1頭と、あとポニー系の子馬、小型種が一、二頭いたようなことで記憶してございます。
議員の質問 11番 沼田松夫
これが当時、避難したということ確認されていますでしょうか。
町の答え 農業振興課長 山本隆(農業振興課長は2014年3月まで)
2000年噴火のときでございますけれども、飼養家畜の移動につきましては、噴火後の4月1日から農協が主体となりまして、輸送用トラックや受け入れ先を手配しまして、パトカーの先導を受けた中で牛馬など、延べ91頭を避難させたと伺ってございます。
議員の質問 11番 沼田松夫
そういう中で、実際にそういうことで避難しているわけです。今、70頭でありましたけれども、乳牛は今50ぐらいなようです。この間、確認をしてきました。大小入れて50ぐらいだねということですけれども、やはり避難してくれ、避難してくれと、まず人間に避難すれ避難すれと言われるわけですよ。だけれども、とっても避難なんかできないということで、おれも体調崩しながらあれしたさと言っていましたけれども、そういう中で行政ができる範囲というのは限られているとは思うのですけれども、ここまでなら行政もお手伝いできますよとか、搾乳牛というのは私が聞いている限りにおいては、乳を搾らなくなったら、病気になってしまうということであるようです。ですから、乳房炎になってしまうというようなことを言っていましたから、まず搾乳機を見つけるのが大変なのだよねという、そういうこともちらっと言っておりました。ですから、そういうことを事前に聞き取っておいて、どの程度のお手伝いができる、どこまでならできる。ですから、言っていましたけれども、牛の管理は自分たちで、おれもう倒れてしまったからよと。それで仲間内が来てくれてと、遠くから来てくれて助けてもらったというようなことを言っていましたけれども、そういう生活のかかっている動物ですから、そういうようなことで考えてあげなければいけないのではないか。先ほどの国道37号の禁止のあおりで、実は私の近くに馬いるのですけれども、はっきり申し上げてすぐは出せませんでしたけれども、自分は帰ってこれるつもりで出ましたから、馬に餌やらなければいかんということで、有珠のほうから山道を通って餌やりにきたというようなことでございます。ですから、はっきりわかっている人は許可証でもちゃんと出して、堂々とちゃんと、すぐ行ってすぐ帰っておいでよと、面倒見たら帰っておいでよというような準備というものを事前にする必要があるのではないのかと、そういうふうに感じております。ですから、そういう手当てなんかも今後どう考えているのか、お聞かせ願えればと。
町の答え 企画防災課長 大西康典(企画防災課長は2014年3月まで)
国道の通行規制という中で、いろいろなそれに伴う影響というのがあったということで、私もいろいろ当時のことをお聞きしておりますが、今の関係では、今回の見直しの中で避難勧告におきましては、一応、段階的に発令をしていくということで考えております。まず、避難準備という形の中で、そういう情報の中で事前に避難準備をしていただくということで、その中には家族等の連絡、または非常用持ち出しの用意、または避難準備開始というような段階で、事前に避難の周知をしていきたいと、そういうことに努めていきたいということで考えているところでございます。今の通行規制等の通行証等の関係につきましても、災害時においては即迅速な対応をしていきたいということで、避難所においては避難者のカード等の把握等もしっかりやっていきたいということで考えておりますが、特にその関係機関、国、室蘭開発建設部または警察等も今後その辺の事前の避難等の対応等について、協議等を進めていきたいなというふうに考えているところでございます。
議員の質問 11番 沼田松夫
今、通行証の話出しましたが、実は37を通行禁止にして、お隣の町の豊浦さんに食料を届けなければならない業者は、通行証出してもらったのですね、出してもらったのです。これははっきりしているようです。私自身もかかわって、出してもらった人がいるのです。ですから、そういう効率的にやってもらわないと、何もかもやってしまったと。さっきちらっと言ったかもしれませんけれども、コンビニの社長さんは、「沼ちゃんって、おれは二つ店あるべって、500万円は黙って損した」と、どうせ投げるんなら、早く出して避難民に食べさせてあげたかったと、そうも言われたのです。ですから、そういう行政としても、危ないから入れられないということもわかるけれども、余りそれをあおって町民の生活を、ですから商工会は何やっているのだと、一時怒られたことがあるわけですけれども、本当にもう少し血の通った事前の準備をするべきだと。間違いなく、これは噴火するから仕入れをしないでおけとか、それから準備してくださいとか、そういうことがなければだめだと思うのですよ。ここに町民の心構えというのが、実は載っているのですよ。古いほうですけれども、121ページに、ちゃんと町民の心構えというのが載っていまして、そのときに事前の準備なんていうのは一切ないのです。ですから、そういうことをもう1回、ここは細かいこと申し上げませんけれども、はっきり町民の心構えと書いていて、準備を、車を持っている人は車の中に非常持ち出しの物をちゃんと積んで、いつ避難命令かかってもいいようにしてくださいとか、そういう血の通った避難指示をしなければ、僕は前回と同じことになってしまうのではないのかと。国は、危ないからだめだと言って、警察にとめれと言ってとめてしまったら、もう入れないのですから、帰れない。そういうようなことで、町民の心構えなんていうのも、もう少し見直しされたらいいのではないかというふうに思います。それで、あと次に、そういうことで僕は考えていますが、ここに町民の心構えの非常持ち出しの中に、課長ね、いろいろ載っているのですよ。携帯の電池のどうのこうのまで、しかし防寒衣料、後で申し上げようと思いますが、暴風雪の時に、今、あっちの地区の人は車に乗って、そういう時期に行くときには、暴風雪用の持ち物というのを持つようにしていると、これ新聞にも載っているのですよ。それは多少腹減ったのは我慢できるけれども、寒さだけはどうしようもないのですね。ですから、避難指示の心構えの中にも冬はちゃんとそうしなさいよとか、そういうのを僕は書いておくべきではないかと、防寒着というのは絶対大事です。そういうことでございますし、それから避難場所がわからないで、ちょっと記載方が悪いなと思っているのは、大磯の備蓄倉庫とか、避難場所とか、おおよそ載っているのですけれども、津波の関係で大磯使えないのです。ですから、ほかの項目が津波時はだめだと書いているのに、そこは落としているところもございます。ですから、そこを直しておいたらいいのではないかなと。そういうことでして、それで次に食料の問題、確保と給付についてということで、この問題も実はあれっと思っているのは、この食料供給計画というのがございまして、給付となっているけれども、どこかで給与と、食料の給与という言葉使っているところあります。これも後で見て、直されたらいいのではないかなと。これに食料供給計画というのがありまして、パン、インスタント食品等の調達まで細かく書いているのですよ。そういう中で、それはそれでいいのですが、炊き出し計画というのもあるのですね。炊き出し計画も、それもわかるのですが、私は噴火でしたら、ここにいられません。さっきも言ったように、避難せとなってしまいます。ですから、炊き出し計画といっても、どこで炊き出しするのということで、よその町の人にご迷惑かけることのほうが多いのだろうなと思いますけれども、津波の時の炊き出しを考えているのという、84ページに載っている炊き出し計画という中に、協力団体としてお願いをするのだといっているのは、洞爺湖町自治会連合会、洞爺湖町ウィメンズネットワーク洞爺湖、洞爺湖町赤十字奉仕団体等にお願いするのだと、こういう記載があるのです。そういう中で、私は今も言ったように避難したのなら、避難先の方にお願いをしなければならないことになっていくのだと思うのです。津波だとすると、何もこういう炊き出しを考えなくてもいいのではないのと、洞爺湖温泉の旅館組合でも観光協会でもそちらのほうにお願いをして、私は前にも言っているかもしれませんが、老人が津波で危ないから出れって、この間も先導した避難指示をしたと思いますが、最終的に2,100名かけて700名ぐらいしか出てないということのようですけれども、年寄りを抱えたら、小学校の体育館、中学校の体育館、あっちの自治会といっても、自治会へ行ったって畳当たるところは必ずも自分が当たると思えないだろうし、とても連れて行かれないということが多くあるのだと思うのです。ですから、避難しなかったという人、結構いるはずです。そういう中で、前にも言ったと思いますが、旅館組合でもホテル協会でも観光協会でもお願いして、津波の時に一時受け入れしてもらって、食事も出してもらうというような計画を、やっぱりそのほうが血が通っているのではないのと。インスタント食品だとかパン集めてきて大騒ぎするよりも、私はそのほうがいいのではないかなということで思いますが、どう思いましょうか。
町の答え 企画防災課長 大西康典(企画防災課長は2014年3月まで)
ただいま、炊き出し計画の関係のご質問でございます。この計画におきましては、有珠山噴火と津波災害とを想定した中で、その災害に対して対応、そのときの対応を行うということで、基本的な部分で記載をさせていただいているところでございますが、この炊き出し計画にあります炊き出しの施設と、基本的には虻田の給食センターということで、今、考えているということでございます。今の有珠山噴火等で、当然、この本地区が全員避難指示等で避難をしなければいけないということになれば、当然、そういうことはできないということになりますので、そのときの避難先、避難所のそれぞれ避難所の中で、施設において炊き出しができるところにおいては、そういう対応ということになろうかと思っております。そういう中で行っていくという想定の中で考えておりますが、今、提案のありました旅館、ホテル等の関係でございます。これにつきましても前回、議員のほうからもご指摘をいただているところでございまして、この協定等に向けまして、洞爺湖温泉のホテル、旅館等の被災者避難を受けていただけるという中で、協議を進めていきたいというふうに考えているところでございまして、そういう中で一つの被災者への食料の確保、または避難、供給というようなことが行えるだろうというふうに考えているところでございます。
議員の質問 11番 沼田松夫
先に進んでしまったよと言われたようでございますので、私は、先ほど牛・馬、ホタテの対策とか、そういうものについて答えもらっていないということのようです。私もある意味もらっていないなと思いますので、ひとつその辺考えていることがございましたら、ぜひお願いを申し上げます。
議員の質問 11番 沼田松夫
私は、そういう中で、町長から、あの時の噴火方法はどうだったかと感想を聞いて、それで私はそれなりに理解しているのです。ですから、着の身着のままの問題ですけれども、これについて感想を聞くといったって、これは事実ですから、もしそういうことがないのであればないでもいいし、あったならあったでもいいし、これはあったこと間違いと私思っていますし、それから3番目の問題についても農業ハウスの問題は、あのころは稲の苗が育てていた時期だったはずです。ですから、それに行けないといって困っていた農家さんがいたと。最終的には、稲の苗がだめになった人がいたはずです。胆振東部のほうにお願いをして、苗をもらったというようなことも聞いたような記憶がありますが、その辺、もしつかまえているものあるのなら言ってください。お願いします。
町の答え 企画防災課長 大西康典(企画防災課長は2014年3月まで)
2番目の関係でございます。この件につきまして、そういう方々があったかどうかということでございますけれども、ちょっと私のほうでは十分な把握ができておりませんが、こういう方々がおられた場合には、当然、そういう対策、給付を行っていくというのは当然でございまして、町としてその方々に、避難者に対する衣料、生活必需品等の物資の供給を行っていきたいと、行っていくという態勢でございます。ただ、有珠山噴火におきましては、議員もおっしゃっています前兆の予兆というものがございますので、そういう時間のあることでございますので、その時間を十分使いました避難勧告等の段階的な発令の中の準備避難というものを、しっかりと住民の方々に周知・徹底をしていきたいというふうに考えているところでございます。
町の答え 農業振興課長 山本隆(農業振興課長は2014年3月まで)
議員おっしゃいました2000年噴火のときには、奇跡的にちょうど水稲前の育苗時期ということもありまして、何軒かの方が苗が不足するような形になってしまったということはお聞きしてございます。そのときも町と農協とタイアップした中で、苗の供給を行えたということでお聞きしておりますので、もし今後、起こり得る、季節によると思いますが、そういうことがありましたら、町としても全力で支援してまいりたいと考えてございます。
議員の質問 11番 沼田松夫
わかりました。それで、次にホタテの管理の問題ですが、漁家のほうからはどんな苦情がありましたでしょうか。
町の答え 産業振興課長 鈴木清隆(産業振興課長は2014年3月まで)
2000年噴火、その噴火時はちょうどホタテの水揚げ時期でありまして、その後、耳つり作業をしていかなければならない期間でありました。仕事ができなかったことから、1年間この時期に仕事ができなければ、収入が途絶えることになり、漁師の中には強行突破も辞さないという勢いだったと聞いております。そうした中、4月9日には海上自衛隊、また海上保安庁の巡視船が厳重な警戒をする中、午前・午後1時間ずつではありますが、作業をすることができ、その後、禁止海域の縮小とともに施業時の時間も延長となったと聞いております。
議員の質問 11番 沼田松夫
大磯漁港がもう間もなくできるわけですけれども、この大磯漁港の機能として、前回は豊浦さんの港、大岸の港というのをかりて停泊したというようなことから、自前の港を欲しいということで、できればすぐにでもホタテの仕事に行けるようにということから、要望をされたと聞いておるのですが、そういうのはありますでしょうか。
町の答え 産業振興課長 鈴木清隆(産業振興課長は2014年3月まで)
議員がおっしゃるとおり、当時、2000年のときには豊浦の漁港のほうに避難をして、仮住まいをしながら海を眺める時間が多かったという部分を、当時の課長の文書の中から見ることができます。そうした中、2000年の噴火を教訓にという形で、平成10年度から災害時における漁船や輸送など、防災機能を備えた災害対応型の漁港として、大磯分区の整備が行われております。幸いにして有珠山は、噴火する前に火山性微動などで、噴火を予想することができる山であります。そうした中で、これから予想される有珠山噴火に備え、避難指示が出る前に火山性微動等が発生しているときに、漁業関係者が行わなければならないことは、漁船はもちろんのこと漁具等についても、避難指示区域に入らない大磯分区に移動していかなければならないと考えております。この時期という部分では、ホタテの水揚げ作業という部分では12月から4月、この部分ではやはりホタテの貝洗いの機械とか、そういう部分が必要になってきますし、その後、3月から6月までには耳つり作業の機械、こういうものが必要になります。また、6月から7月にかけましては、採苗作業という形で網を移動していかなければいけないと、また夏場に関してはやはりホタテが生育するに伴ってロープが沈みますので、浮き球等の補充をしていかなければいけないと。避難の時間が2カ月、3カ月という期間の中でどのような機材が必要なのか、そういう部分も考えながら今までの噴火の中では、24時間というのが最短の噴火ではあるかと考えておりますけれども、そういうの間に避難指示出る前に、そういう作業を終えていきたいと思っています。また、漁業者は幸いにしてトラック、またユニックのついている車両を持っておりますので、そういう車両を活用して大磯分区のほうに早急にそういう機材をそろえて、また漁船を避難するという事前の避難態勢が行える部分という部分では、2000年の噴火を教訓にこういう計画を考えております。
議員の質問 11番 沼田松夫
ホタテの漁師まで、あそこ禁止にする必要が本当にあったのかと、さっきから言いますけれども、2000年のそういう規制というのが本当に正しかったのかどうかというのを、やっぱりもう1回見直す必要が、僕はあるというふうに思っているのですよ。ですから、先ほどから関連してずっと言っておりますけれども、そういう中で本当に血の通った避難対策というのを練ってほしいなというふうに思うわけです。最後の問題に行きますが、避難道の確保、入江地区調整池の導流堤も含めと、こういうことの確保対策ということでございますが、私は、議員になってすぐから有珠へ出ていく方法として、この道路をきちっと舗装してまでということで言うつもりないけれどもという中で、考えたらどうですかということは何回か言ってきているわけです。それはこの間、担当課長にちょこっと同道を願って見ていただきましたけれども、実際にこの導流堤を使って、さらに泉、今度の新しい神社通ですか、名前が、それを使って有珠の登山道路へ抜けて、さらにまた伊達方面で行って、カントリークラブ入り口の手前のところのガードをくぐって、くぐったらすぐに今は大きな門扉があります。鉄の門扉あります。あれはなかったのです。あれを切って、急遽、伊達、室蘭へと避難させたという事実を担当課長には、そうなんですよということを言いましたけれども、この事実を知っている方いらっしゃいますか。
町の答え 建設課長 高橋泰夫(建設課長は2014年3月まで)
2000年の有珠山噴火の時ということでございますけれども、これについては入江の今、議員おっしゃった伊達側のほうの町道でないところの通路がございます。それと、入江地区の調整池の下側のほうに位置する町道、これちょうど入江49号線というものですけれども、これを町が避難道路として指定したものではないというふうに考えておりますけれども、住民の方が便宜的に避難する経路として利用したのではないかというふうに思っておりまして、この道路が避難道路として有効に活用されたということは、事実であるというふうに考えております。
議員の質問 11番 沼田松夫
私は、はっきりプロがつくった赤い文字の避難道路という看板は、何枚か立てたということ、私は見ているのです。ですから、住民が勝手に避難道にしたというふうに思っていません。その事実が、もう恐らく残っていないのだろうなという思いでいますけれども、以前、9月のときに52年の土石流の話をしたら、おまえ自分のことが言っていると、おしかりをもらったところでございますけれども、決して自分のことでなくて、あそこは間違いなく52年のときにそういうことがあって、今、導流堤を使って避難したのです。ですから、そういう中であそこに過去の別に遺物でも何でもございません。現状、現実にあれは今必要なものだということで、実は私、きょう持ってこなかったですけれども、あれをつくったのは北大の東教授だというふうに思っていますが、その辺の記憶はございますでしょうか。
町の答え 建設課長 高橋泰夫(建設課長は2014年3月まで)
入江の調整池ができた後に、私が役場のほうに入ったということは、前にもお話ししましたけれども、つくったのは町がつくったわけでございます。いろいろな資料とかそういう部分、設計の部分に関しては北海道、あるいはコンサルタント、北海道コンサルタント以外に大学の先生なりが一緒に入って、導流堤の実施の設計をつくったのではないかということだけは認識しておりますけれども、その先生の名前というのは私のほうは認識してございません。
議員の質問 11番 沼田松夫
そこまではいいんですけれども、その先生が書いた後書きに、その先生ばかりではないですが、北海道がつくった、多分、課長お持ちの本だと思いますが、後書きに、「今後のいわゆる調整池の完了、また土石流の要するに一気に流れてきているものばかりでなくて、ちょこちょこ流れてきているそういう管理も、ちゃんとしていかなければいけない」という後書きがちゃんとあるのですよ。ですから、あそこに板谷川の泥流対策工事の看板があるのですよ。板谷川、泉に。ですから、あそこに看板を立ててもらえるようなことは考えられませんか。入江調整池。
町の答え 建設課長 高橋泰夫(建設課長は2014年3月まで)
入江の調整池の部分については、国の補助を受けて農地保全事業として、事業を行ったという経緯でございますので、当然、そのときの看板というのがたしか立てていたのではないのかなというふうに思っておりますけれども、いずれにしても何十年も前の話でございますので、朽ちて、それが倒れたのかどうかわかりませんけれども、その辺の確認はちょっと私のほうはしておりません。その中で、これは大変大事な農地保全の施設でございますので、これについては前向きに設置をする方向で、余り金をかけない範囲で、設置していきたいということで考えてございます。
議員の質問 11番 沼田松夫
そういう中で、避難道路のあれも載せたらいいのではないかなと、実際に私は、これは確たる話というわけではないというわけでもないのですけれども、ある機関が津波時の避難道としてあそこを活用したいということを、今、検討中だというふうに聞いていることもございますので、あそこは有珠のところで津波に襲われてしまったら、この37を出てこれない。また、うちの町のところで津波に襲われたら、よそから来た人が出て行けないという、37がつぶれてしまったら出れないということから、避難道として活用したらいいのではないかという考えがあるようでございますので、それを今、盾にしてこうすれああすれというつもりはございませんが、今後、そういう話が出てきたら、ぜひ積極的に進めてもらいたいとないうふうに希望しておきます。それから、担当課長、大西課長、この防災計画の中には、積雪の除雪とかという対策はあるのですが、暴風雪の対策というのが全く念頭にないのですよ。何年前か知りませんけれども、うちの高台の続きの豊浦の富丘でしか、あそこで一人亡くなっているのですね。ですから、うちの町でないというのも限られませんし、暴風雪のことについても実は新聞なんかには、あの暴風雪は南極の専門家が装備をつけても対応できないから、出ていくなというぐらいの猛吹雪だったのだそうです。ここに書いてございますけれども、そういう中でこっちのほうの地区の人は、全く防災計画の中にも暴風雪の考え方がなかったと言っているのですよ。ですから、対応がおくれたということで言っていますので、うちの町も決してそれに劣らないぐらいの暴風雪あるところは、私も中山峠越えて何回も来ていますから、危ない目にあったことは何回もあります。ですから、その辺のことも今後考えていただければありがたいと思いますし、それから最近新聞見たのですが、国土交通省はスポッター制度というのを取り入れるといっていますが、ご存じでしょうか。
町の答え 企画防災課長 大西康典(企画防災課長は2014年3月まで)
申しわけございません。今の件については、ちょっと私、勉強不足です。
議員の質問 11番 沼田松夫
これは僕も新聞でしか見ていないので、異常気象予測の地域の目ということで、スポッター制度をこれから仕組みとしてつくっていくよということは新聞に出ているので、1回勉強していただければありがたいと思います。一応、私は、2番目の問題はこれで終わります。時間もあれですけれども、申しわけないのですが、3番は大した時間かかりませんので、続けていただければありがたいのですか、いいですか。