新十津川町議会 令和3年第2回定例会 2021年6月9日
未来につなぐ新十津川町のまちづくりについて
2021年6月9日、新十津川町議会の一般質問で、安中経人議員が「未来につなぐ新十津川町のまちづくりについて」質問し、町長 熊田義信が答弁しました。
- 質問者
- 安中経人 議員
- 答弁者
- 町長 熊田義信
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
件名は、議員が最初の質問で述べた言葉から取ったものです。
質問 10番 安中経人
議長より発言のお許しがありましたので、私は熊田町長に、未来につなぐ新十津川町のまちづくりについて伺いたいと思います。本日、冒頭、会議に先立ち、町長より特に発言がありましたが、改めての質問といたします。本年5月6日、計画されていた庁舎が供用開始となり、装いも新たにすがすがしい気持ちの中、業務がスタートとなったところであります。振り返ってみますと、庁舎建設事業は平成27年、熊田町政がスタートした6月第2回定例会において、以前より東日本大震災を受けて国は国土強靭化政策を進め、本町においても公共施設の耐震調査が始まり、定めた耐震基準を満たしていない施設の補強工事が進められてきておりました。このことは、小学校、中学校の耐震補強工事などでございます。最後に残された役場庁舎の建設が検討がなされていた中、私は庁舎の改築補強に進みつつある環境の中、総事業費比較で事業費が高くなっても将来に向かって現状の庁舎の機能に著しく不便を感じることなどから、建替えがベストと考え町長にその判断について伺ったものであります。熊田町長はその時、建替え新築について決断した答弁であったと記憶しております。私もここに至って庁舎に対して特に思いもあり、この質問をした次第であります。事業全体は旧庁舎の解体、敷地内外構整備などまだ残しており、町民のご不便がしばらく続きますが業務には大きな支障がないものと思われます。そのような中で、町を興して130年、私の記憶の中で庁舎として今回がおおむね4代目ではなかろうかなと考えております。それぞれの時代に即応した行政センターとして意義と存在の中、供用してきたものであり、今回の庁舎は社会の変化、事務作業の細分化など、また、IT技術の進歩などから、これからの行政事務は大きく変化していく中、庁舎は生まれ変わり、それらに備えたインテリジェンスな行政センターとなり新たなスタートを切ったところであります。今日までの130年、つけてきた歴史の足跡を生かし、町長が言う100年庁舎にふさわしいこれからの新十津川町を目指していかなければならないと感じとっております。これからの50年、100年町の存続する限り、まちづくりの基本的理念の中、大きなビジョンの下、硬直することなくフレキシブルに対応したまちづくりに対して、庁舎前庭も有機的に含めてどのような姿が望ましいのか、また、町民も今以上にまちづくりに対して積極的関与が必要とも感じ得るものであり、細部の各論はさておいて、この庁舎建設を契機に町長の忌憚のない考え方について伺いたいと思います。以上です。
答弁 町長 熊田義信(町長は2023年3月まで)
それでは、10番議員さんのご質問にお答えいたします。冒頭のご挨拶でも申し上げましたとおり、5月6日、多くの皆さまの期待を背に、新庁舎が供用開始となり、町政を支える行政運営の拠点が整備されました。ご質問の中にもありましたように、今後は、この新しい庁舎を核として、本町のまちづくりが検討され、進められていくこととなりますので、新庁舎の充実した機能に引けを取らないように業務に邁進していかなければと、今一度、私をはじめ、職員一同、気持ちを新たにしたところであります。初めに、ご質問の前段にあります新庁舎等の活用についてでございますが、役場庁舎は、私が申すまでもなく、行政、議会、監査といった機関の執務を司ることが中心の施設ですので、新庁舎が直接的なまちづくり活動の拠点と成り得るものではありませんが、新庁舎建設の際の基本理念の一つとして、全ての人が利用しやすい庁舎、町民の交流拠点として、賑わいのある明るい庁舎を掲げさせていただきました。私は、人の集う所にまちづくりの原点有りと常々考えており、人が集うことでそこに自ずと会話や交流が生まれ、やがてそれが情報交換の場、まちづくりを語り合う場へと広がっていくことを大いに期待をしております。新庁舎には、母村とのつながりを体現した優しさ、温かさの溢れる開放的なホール、気軽に利用できるカフェやバス待合所を備えましたので、町民の皆さまには、役場に用事が有る無いに関わらず、バスの乗り換えのひと時、散歩や買い物の休憩にと、気軽にこの庁舎に足を運んでいただければ、この庁舎の存在がより大きな意義を持つことになるのではと考えております。次に、50年後、100年後の未来に向けたまちづくりについてでありますが、50年先、100年先、言葉では簡単でありますが遥か彼方のことであり、その時代を思い描くことは本当に難しいことです。本町の歴史を振り返ったとき、移住間もない先人の方々が、私たちが当たり前のように享受する今日の生活を誰が想像できたでしょうか。そこにあったものは、ただただ計り知れない不安と覚悟、そして、理想の郷土としての第二の十津川村を建設しようとする強い意志だったのではないでしょうか。入植後の開拓の歴史は、皆さんの知るところでありますが、先人の不撓不屈の精神、郷土の隆盛を目指す創意と工夫によって、今の私たちは先人が思い描いた理想以上ともいえる、本当に安穏とした幸せな日々を送ることができています。贈る言葉をどんなに探しても、私には、感謝以外に適当な言葉を見つけることはできません。では、時を今に置き換えた時、私たちは、100年先に向かってどんなまちづくりを進めればよいのでしょうか。先人がそうであったように、それをはっきりと思い描くことはできませんが、時代は移ろうとも更なる理想の郷土を求めて、常に前へ、前へ進むという気持ちは、今も昔も全く変わらぬものであると思います。不易流行の言葉のとおり、私たちは、先人たちが夢見た理想郷をつくるという強い決意を普遍の志として、私たちの子供、そしてその子供へと連綿と繋いでいくことが何より大切なことであると、私は考えております。一方において、私たちが追い求める理想の郷土は、当然ながら先人の目指していたものとは異なるものであり、時代の流れによって変わりゆくもの、変わっていかなければならないものがあります。その理想を追い求めるときに、行政と住民がしっかりと向き合い、お互いの考えをしっかりと発信し、理解し、議論し、共有することが、何よりも肝要な取組であると思います。至って当たり前のことですが、この当たり前のプロセスをしっかり行うことができれば、町民の皆さんと行政の間には強い信頼関係が育まれ、それがやがて団結する力、厳しい開拓を支えた一致団結となり、新十津川町のまちづくりの原動力になっていくものと考えています。100年後、新十津川町はどのようになっているのでしょうか。先人が、このトックの地に足を踏み入れて130年あまり、鬱蒼と生い茂る原野を切り開き、想像を絶する自然との闘いに打ち勝ち、本町は着実に発展を遂げてまいりました。苦難は開墾だけではなく、その後も幾度となく苦しい場面にさらされてきましたが、その度に町民が一致団結してその難局を乗り越え、今や、全道に名だたる自治体の一つになるまで至りました。100年先への道のりも、決して平坦なものばかりではないと思いますが、これまでのように町民皆さんの英知を結集し、町が一丸となって歩みを進めれば必ず道は開けるはずです。残念ながら、私を含めここに集う方々は、それを見届けることは出来ませんが、きっと私たちの想像をはるかに超える幸せに満ち溢れた輝かしいまちに変貌しているに違いないでしょうし、そうあって欲しいと願って止みません。最後になりますが、100年後の新十津川がどこの自治体よりも輝くために、私は、時のリーダーとして、その役割をしっかりと果たしていくことを申し上げ、10番議員さんのご質問に対する答弁とさせていただきます。
質問 10番 安中経人
各論に触れるつもりはありません。今、町長の考え方が分かりましたので、次回の今後以降の質問の機会にですね、それを踏まえた中で、その細部について私は質問していきたいと思います。一応、町長の考えについては分かりましたんで、私の質問は終わります。ありがとうございます。
質問 10番 安中経人
いいです。