新得町議会 令和4年第4回定例会 2022年12月20日
ふるさと歴史教育の充実と学芸員について
2022年12月20日、新得町議会の一般質問で、菊地康雄議員が「ふるさと歴史教育の充実と学芸員について」質問し、教育長 武田芳秋が答弁しました。
- 質問者
- 菊地康雄 議員
- 答弁者
- 教育長 武田芳秋
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
件名は会議録の目次の表記です。
質問 菊地康雄
それでは、2項目目に移りたいと思います。2項目目、ふるさと歴史教育の充実と学芸員についてということで質問いたします。2.ふるさと歴史教育の充実と学芸員について昭和56年、ちょうどもう40年以上前になりますけれども、新得町の歴史を語り継いでいこう、埋もれた歴史を掘り返していこうという目的で、新得町郷土研究会が発足いたしました。現在も地域の歴史を埋もれさせないような活動を毎年続けている最中でございます。しかし、村形邸、この議会でも一時その保存について課題にあがったのですけれども、歴史というのは残念ながらだんだん消えていく運命にあります。そうならないことを強く願うからか、子どもたちに対するふるさと新得の歴史教育に多少心もとなさを感じております。今、歴史の教育、地域副読本ですか、それを使いながら、確か、小学校でもやっていると思いますけれども、読んでみると、歴史に関しては当然、現在の生活が優先ですので、それに結びつくものに重点が置かれるのは、これは致し方がないことだと思いますけれども。新得町の大昔のことから始まって、本当にさらっとなぞっている程度の授業、限られた授業時間の中ではこれも仕方がないのだろうと思いますけれども、そんな心もとなさの中に町長はたぶん同じ思いから学芸員採用を公約に掲げられたのではないかなというふうに思います。また、学芸員とは直接関係ないかもしれませんけれども、2年後、東根市との友好都市の盟約30周年を迎えます。記念事業がたぶんこれから計画されて執り行われることだと思うんですけれども、それも絡めて、まず1点、ふるさと新得の歴史教育に向けた小学校のカリキュラムの現状以上の充実の可能性はないのかどうか。それから、その公約に掲げられた学芸員採用に向けて活用方法、準備等の進捗(しんちょく)状況、その辺、もし何か決まっていればお聞きしたいなと思います。それから、東根市との記念事業に、ふるさと館、ここから6キロメートル、7キロメートル離れてちょっと遠いですので、連動で、過去に何回かは単発で公民館でやったことがあると思いますけれども、市街地の中での展示施設の構想というのはできないものなのか。特にこの30周年の記念事業にかかわって東根のより深い紹介、より広い紹介も含めた構想等に結びつけることができないだろうか、お聞きしたいと思います。
答弁 教育長 武田芳秋(教育長は2023年3月まで)
菊地議員のご質問にお答えいたします。1点目のふるさと新得の歴史教育についてのご質問でありますが、本町では、教育目標ならびに教育大綱を基本として、学校経営方針の中に、「ふるさと新得を愛し、豊かな人間力と確かな学力を身につけた児童の育成」の目標などを掲げ、学ぶ活動を通して、ふるさとへの愛着と誇りを持って社会に貢献できる人を育てる取り組みを進めてきているところであります。その上で、現状の具体的な取り組みといたしましては、小学校では3、4年生での社会科において、町の歴史などを取り入れた「郷土読本」での学習や、昔の生活、道具などを展示している収蔵庫「ふるさと館」の見学、町の様子を知るため町内市街地探検などを行っており、中学校では地域学習として新得の歴史を知るため、新得発祥の地、バッタ塚、石切山などの史跡めぐりや「ふるさと館」の見学などを行い、歴史教育を進めているところであります。また、町ぐるみで「地域の子どもたちは地域みんなで守り育てる」ことを目的とした全町教育においても、子どもたちに新得の歴史や自然を肌で感じてもらう「新得魅力再発見事業」、「わくわく体験教室」、「夏休みなかよし学習塾」などに取り組んでいるところであります。ご質問にあります小学生カリキュラムの充実の可能性につきましては、学校での授業時数の関係もありますけれども、今後、新得の歴史教育をどのように充実させることができるか、学校現場をはじめ関係する方々とよく相談しながら取り組んでまいりたいと考えております。2点目の町長公約に掲げられました、学芸員の採用と活用方法の準備等の進捗(しんちょく)状況でありますが、公約の学芸員につきましては、本町は開拓から123年を経過し、この長い歴史をこれからの世代に伝承させることが課題であり、そのため、町の歴史の重みやふるさと新得のピーアールにつながるような人材の確保が必要と考えております。採用につきましては、地域おこし協力隊の活用や町内における人材の活用、関係団体への協力依頼などの方法を検討してきましたが、人材の確保に至っていないのが現状であります。今後もどのような方法があるかなど、関係する方々と相談をしながら、人材の確保に努力してまいります。3点目の2年後の東根市との友好都市提携30周年記念事業によるふるさと館収蔵品の展示についてでありますが、現状では具体的な構想はなく、今後、町全体の記念事業を検討していく中で考えていくこととしておりますが、本町の歴史をあらためて町民の皆さまにピーアールする良い機会にもなると思いますので、関係する方々ともよく相談し、検討していきたいと考えております。以上であります。[武田芳秋教育長 降壇]
質問 菊地康雄
過去、小学校、中学校も含めてかな、土曜授業というのがありました。その土曜授業の中で新得町の歴史を伝える、あるいは東根市を紹介するという講師役を受け持ったことがございます。現在、その枠がない中で、現在の授業枠拡大の可能性があるのかなというふうに心配はしているのですけれども。新得町120年のときに、120年の町史、記念誌を発行いたしました。なかなか厚い本なので簡単に読むことはできないのですけれども、ひもとくと、歴史も含めて細かいことが本当にたくさん間違ったところを修正しながら、読んでもたいへん面白い書物であります。子どものときにこそ深く関わってほしいなというふうに感じております。深く新得を知れば知るほどに町に愛着が湧くはずであります。この土曜授業の形を取っているかどうかまでは確認していないのですけれども、ほかの自治体で、年間10枠ほど町の有志が先生役となって地域の歴史を伝えていっているという事例もございます。工夫すれば当然できることだと思いますので、町から要請するためには、町長あるいは教育長の強い思いが学校に届くことが必要かなというふうにも思っているところでございます。なんとかいっぺんに10枠とは言わず、少しずつでも伝えていけるような枠が取れれば、たいへん子どもたちの人格形成の上においてもいいことなのかなというふうに思っているところでございます。それから、学芸員の件ですけれども、最初、地域おこし協力隊の人、町外の人から新しい視点を新得に導入してもらえる一番いい制度かなというふうに思っていろんなところへ声を出してきたのですけれども、確かに地域おこし協力隊の人材確保というのは、3年という足かせの時間があって、それ以降どうする、町で要望する人材に本当に見合うのかどうかという大きな問題がございます。そこで、できるだけ新得を中心に十勝も含めて、歴史を伝えていける人といったら身近に帯広の百年記念館があります。そこに何人かの学芸員さんもいらっしゃると思うので、そういう人の知恵、知見を借りながら子どもに教える、あるいはふるさと館の中の展示物、その展示の仕方をあらためて考えてより見やすいものにする、教えやすいものにするということのほうが現実的なのかななんてという思いも最近、特にしておりますので、もう少しそこで深掘りしていただければなというふうに思います。それから、東根市との30周年記念のことですけれども、直接関わっている職員とか議員とか、いろんな団体で東根に行ったことのある人はたいへん身近な東根なんですけれども、講師役をしたときの子どもたちの反応あるいは先生方の反応、それを聞いていたPTAの人たちの反応を聞いてみると、五ヶ瀬よりも東根のほうが影が薄い感じがしたんですよね。そんなことで時間ばかりたってしまっているわけですけれども、まだまだ町民に対して東根を紹介する余地があるのかななんていうふうにも思っておりました。30年という節目を生かして、いつまでもだらだらやるということにはならないと思いますので、期間限定でよいですから、公民館の空き室とか一室を使うとか、学校の空き教室で東根の案内を含めて埋蔵資料や開拓の苦労、ふるさと館の収納物の移動展示などを行って、そこの場でふるさと教育ができるようになれば、町民の人も接する機会も増えるし、子どもたちの接する機会も時間も取れるかなというふうにも思います。それと同時に、東根市との盟約提携、友好都市の提携の立役者でありました大江権八先生、新得町の開拓劇「北飛翔」の作者でもございます。令和元年にお亡くなりになった大江権八先生を追悼して、この開拓劇、今まで平成8年と平成26年、2回上演されておりますので、それの記録映像もございます。こんなことも記念式の中で再上映をして追悼し、そして、東根あるいは開拓の村山和十郎、新得町を苦労して開拓された方々の思いに心はせてみるというのでしょうか、そんなこともあいふさわしい30周年かななんて思う昨今でございますけれども、それに対して、お答えがあればお聞きしたいなと思います。
答弁 教育長 武田芳秋(教育長は2023年3月まで)
お答えいたします。1点目の土曜授業の関係の話だったと思うんですけれども、土曜授業、過去に平成26年から30年の間に新得小学校と屈足南小学校で土曜日に行って、そのときに例えば新得カルタをやったり、新得音頭の歌詞を説明したり、また、新得の地鶏だとか、特産品を子どもに教えたりと、そういうこともやったのですけれども。なかなか学校現場の働き方改革だとか、子どもたちが少年団に関わって、参加する子どもたちが固定化になったということもあって、5年くらいで今、中止しているところでありまして、本当にその中では子どもたちに新得の歴史などを伝えるいい機会だったのかなと、今でも思っているところでありますけれども。そんな中で、どういうことが本当に土曜授業以外でできるかということで思ったところは、学校授業の中で時間、先ほど言ったように時数の関係もありますから、総合学習の中でできるかどうか。あと、全町教育まつりだとか、なかよし学習塾だとか、教育委員会の主体事業でやっている事業の中で関わっていけるか、検討させていただきたいなというふうに思っているところであります。それから、学芸員の関係ですけれども、地域おこし隊の関係は先ほどそういうことで難しいなということでありまして、本当は町内の人材を活用していければと、今、思っているんですけれども、今、言われたとおり、百年記念館の学芸員の方に、専門でありますので、新得の歴史も含めて収蔵品も含めてどういう活用をして伝えていったらいいかと相談することも可能かと思いますので、その辺は勉強させていただきたいと思っております。それから、東根市との友好都市30周年のときの東根市のパネルとか、それに合わせての収蔵品の展示の関係なんですけれども、開拓120年のときもそれぞれ新得でも東根市のパネル展をやったり、東根市でも新得のパネル展を、私が行ったときに見たのですけれども、そういうこともやっていたんです。提携30周年においても、町民の方に東根市をピーアールするにもそういうパネル展は必要かなというふうに思っていますので、それは関係するところと相談しながらやっていきたいと思いますし、それに合わせて収蔵庫にある展示品、公民館の中でスペースを作って展示して、こういうのもいいかなと思いますけれども、学校はスペースと安全管理も含めて検討させていただきたいなと思いますので、なるべくそういう展示をするように進めていければというふうに思っているところであります。先ほど言われた「北飛翔」の大江権八さんの追悼というのは、私が言うのもあれなんですけれども、DVDがたぶんあると思うので、そういうのを活用しながら、1時間か2時間くらいありますので、それも何かの機会に子どもたちに見せて、歴史を伝えられればいいかなというふうに思っているところであります。以上であります。
質問 菊地康雄
前向きな返答と受け止めていきたいと思います。ぜひ、身近な人材も含めて、知っている人の知識を広く町民に広げていただければなというふうに思うところでございます。これも専門的なことになるので、その専門を詳しく知らないとなかなか伝えていくということも難しいんだろうなと思います。実は、昭和36年だと思いましたけれども、佐幌小学校の前から土器の破片が1つ出てきたんです。それはもうご存じの方もいらっしゃると思うんですけれども。ずっとそのまま新得、広く石器やら土器の破片やらは屈足を中心にして広内も含めて出てきますので、昔からそういう古代人も住んでいたということが地域で分かるのですけれども。それだけではどこの地域にでもあることと同じことなんです。ただそういうのが埋まっていたと。特に畑なんかではそれが出てきたとなると、もう畑の作業も中止しなくてはならないので、出てきたけれどもそのまま拾って倉庫の中に入れておいたとかという話もよく聞く話で、どういうふうに昔のことを伝えていくのかというのはたいへん難しいことなんですけれども、それでも、新得ならではのものはないかなと言ったときに、せっかく出てきた土器の破片、ずっと段ボールかなんかに入れてしまわれていました。いかに大事なものかということが分からないんです。最近ですけれども、あるときに釧路博物館の専門家に調べてもらったら、新得町で出てきている土器の大半は縄文の後期とか晩期とか、今から3,000年、4,000年前のものですけれども、その土器の破片1つだけが縄文中期の、一番古い時代のものだったということが分かったんです。それが何で大事かと言うと、その時代にその文様が出てきているのは、青森で発掘された三内丸山遺跡等の、そこでたくさん出てきている文様と同じ文様で、氷を割ったことが分かるたいへん重要な土器の破片だということが分かって、そういうものはもっと町民に広く見てもらって、展示もしているんですけれども、ごく一部の人しかそういう事実は知らないので、もっと広く授業の中でも取り入れて、そういう悠久のロマンの歴史があるみたいなものを伝える必要もあると思ったんです。それで、この間の新聞を見ていると、山形県で北海道の石器がたくさん出ている場所があったと。その町が東根市の隣の隣なんです。だから、当然、交流というか、それは北海道に住んでいた人が向こうに石器を持ったままたぶん行って、向こうに住んだのだろうということを新聞に書かれていたので、読まれた方もいらっしゃると思うんだけれども。この間、白滝村の石器が国宝に指定されることになりましたよね。あれは1万5,000年前というから、縄文時代に入るか入らないかくらいの時期なんですけれども、そこから1万年も後だからそんなに古いということではないけれども、それをつなぐものが新得にもあるということを子どもたちに伝えることによって、日本人としてのアイデンティティーを理解してもらうというか、自然に身につける1つの道具にしてもらえればいいし、そういうこともできるものもこの新得町で持っているということも含めて、歴史に対する視点をもう少し掘り起こす必要はないのかなということです。そこの場所は大江権八先生が高校教師時代に教えた高校のある場所でもあって、これも何かの縁が今回の東根の30周年に向けて何か新得町と結びつける、新得町も石器はたくさん出ているので、当然、白滝村の石器も、それから十勝石といわれる、十勝で出る黒曜石も同じ火山帯の中で出ているものだから、そんなに違いがないはずなんです。そんなことも含めて教えていけるロマンの授業なんかを持てたらいいななんて思いながらいたものですから、そんなことも付け加えて、答弁があればですけれども、思いを聞きたいと思います。
答弁 教育長 武田芳秋(教育長は2023年3月まで)
お答えいたします。今、菊地議員が言われたように、私も収蔵庫に行って、土器があったり、石器みたいなものがいっぱいあるんですよね。その説明文を見ると、3,000年から4,000年前の土器だとかという、そういうのが出て、新得にもその前から住んでいた人が、十勝川のガンケの上のあの辺に住んでいたという話で、たぶんあそこから下に降りて水をくんだりして生活していたのか、そういう想像をすると本当に昔のロマンを感じているところで、どうやってそこまで人間が来たのかなと。そして、この寒い中をどうやって3,000年、4,000年前に住んでいたのかと思っています。そういうことをやはり何かの機会に子どもたちに教えて、新得もそうやって深い歴史があるということを教えることが本当に必要かなというふうに思っていますので、何かそういう機会を見つけて、定期的にできるか分かりませんけれども、そういうことも含めながら子どもたちに新得の歴史を伝えていって、郷土に愛着を持っていただければというふうに思っています。以上であります。[菊地康雄議員 降壇]