みんなの議会

更別村議会 令和2年第1回定例会 2020年3月11日

開村75周年事業での村の木カシワ、花スズラン保護育成事業の実施

2020年3月11日、更別村議会の一般質問で、安村敏博議員が「開村75周年事業での村の木カシワ、花スズラン保護育成事業の実施」について質問し、村長が答弁しました。

質問者
安村敏博 議員
答弁者
村長

議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。

質問 6番 安村敏博

それでは、議長の許可をいただき、通告に基づき、ご質問させていただきたいと思います。まず、本日3月11日は、東日本大震災から9年経過いたしました。多数の尊い命が奪われ、いまだ2,500名を超える方々が行方不明でございます。改めてご冥福をお祈り申し上げたいというふうに思います。自然災害の被害から学ぶべき多くの課題が浮き彫りにされていると思います。ふるさと、郷土に根づき、後世に伝え続けるべき大切さ、改めて私どもはふるさとを愛する住民意識の向上を図る大切さを学ぶべき教訓を得たわけであります。ふるさと更別の繁栄の礎とも言える守り、伝承すべき大切なものの1項目として、以下質問をさせていただきたいというふうに思います。よろしくお願いいたします。更別村の開拓の歴史として、村の木カシワ、花スズランを指定し、平成10年には開村50周年村史の発行、来る令和4年には開村75周年事業に向け、村史発行の編さんが進められています。かねてより私自身懸念しているのですが、村のシンボルであるカシワ林並びにスズランの自生地の減少、壊滅状態にある現状を踏まえ、後世にその保護育成をどのように図っていくのか、早急に検討し、取り組むべき事業ではないかと強く感じているところでございます。開村75周年事業を目前に控え、この機会を見逃すことなく、記念事業の一環として村の木カシワ、花スズランの保護育成事業が展開されるべきとの思いから、村長の実直なお考えをお聞きしたいと思います。まず、1点目でございますけれども、更別村教育の日が今般実施されました。更別農業高校生徒によるプロジェクト発表「更別村のスズランを守れ!!!~スズランの栽培からスズランマップの作成~」この発表を受け、村長はどのような感想を抱きましたかお聞かせいただきたいと思います。2点目、村の木カシワ、花スズランは、村の歴史を語る上で重要であり、保護・育成に向け、開村75周年記念事業の一環として取り組むべきとの思いから、事業計画への盛り込みが必要と考えるが、見解を求めたいと思います。3点目、村の花スズランを村のイメージアップPRとして、村観光協会では昭和56年から平成2年までの10年間、すずらん祭りを開催し、10年間での課題もしっかりここでは検証されつつも現在に至っております。更別農業高校生が危機感を持って、今なお継続的に栽培研究している。このことを踏まえて、村も共同研究としてバックアップすべき必要があると思いますが、対応について見解を求めたいというふうに思います。

答弁 村長

安村議員さんの開村75周年事業での村の木カシワ、花スズラン保護育成事業の実施についてのご質問にお答えをいたします。1点目の更別村教育の日において、更別農業高校の生徒さんによる更別村のスズランを守れ、スズランの栽培からスズランマップの作成のプロジェクト発表の感想でございますけれども、率直に申し上げましてこのような取組がこつこつと地道に精力的に進められていることを私は今回の発表をお聞きするまで全く認識しておりませんでした。大変恥ずかしく思っておりますと同時に、村の花に制定されているスズランの保護と育成、さらには栽培等の研究や実証の試みが本当に意欲的になされていることについて大きな感銘を受け、感謝の気持ちでいっぱいであります。特に近年スズランに対する関心が少しずつ薄らいでいる現状を見ますときに、改めて更別農業高校生の村への課題提起とその解決の自主的な取組に敬意を表するとともに、心から感謝を申し上げたいと思っています。これまでも更別農業高校生による、村や地元企業、生産者との連携の下、更別産の農作物やスモモなどを活用した特産品の開発、村内でのイベントへの積極的な協力、福祉ボランティア活動、子どもたちとの様々な交流活動に大いに力を発揮していただき、本村としても更別農業高校が本村にはなくてはならないすばらしい貴重な存在であると認識しております。村の誇りと考えているところであります。2つ目の開村75周年記念事業の一環として、村の木カシワ、村の花スズランの保護育成を進めてはどうかということですけれども、安村議員さんのおっしゃるとおり、本当の歴史におけるこの2つの木と花の重要性は非常に大きなものがあると私も認識しております。更別村の木、花の指定は昭和47年2月17日の開村25周年記念事業協賛会で決定をされ、同年8月1日に制定、告示されたものであります。その意味するところは、村の木カシワについては、更別村に開拓のくわが下ろされるまではカシワ樹林が多く、先人たちはこのカシワの木を薪炭、坑木、枕木などにして販売し、経済を支えてきたことから、カシワの巨木は開発とともに希少価値が高く、ぶこつなたくましさが男性的で、大きく伸びゆく更別村を象徴するものとして制定されております。また、村の花スズランは、カシワ樹林に生息している対になっている草花でもあります。葉の下に花を持ち、純白、清純で香り高く、美しく咲き、女性的な花で、無限に発展する更別を象徴することから制定されたものであります。その後、農家の私有地を中心に広がっていた豊富なカシワ樹林も開発が進むにつれて伐採をされ、姿を消していっているのが現状であります。残っているカシワの木は、自然木が多く、地域森林計画の対象民有林の天然木、カシワ林の面積は254.24ヘクタール、そのうち村有林が79.18ヘクタール、31%でありまして、7割以上が村営牧場D牧区に存在をしております。近年では木材としての利用価値が高くなく、面積が減少する要因となっています。スズランの花も、村のイベントやPRに大きく貢献しておりましたが、乱獲と荒廃により次第に大きな群生地が消滅してきているのが現状と認識しております。このような中、村の木や花として制定された歴史的な意義を踏まえ、その保護育成を行っていくことは重要であると認識しています。現在75周年の事業内容は、記念誌の発行としており、記念誌編集委員会におきまして日々編集作業が進められております。これまでの本村の大きな記念事業は10年ごとに立案、計画が検討され、実行されてきていることから、現在開村75周年記念として記念事業を展開する考えはありませんけれども、今後開村80周年に向けた各種周年事業の内容を盛り込みながら検討していければと思っております。スズランの育成には5年以上の歳月がかかることからも、高校とも連携を含めた検討が必要と考えております。3点目の更別農業高校との共同研究への支援についてでありますけれども、ここですずらん祭りの開催と休止の歴史を振り返ってみたいと思います。当時村観光協会の会議で、村の花スズランとレストラン白樺を宣伝して村のイメージアップを図る目的ですずらん祭りが開催されました。第1回は昭和56年6月14日に開催され、鉢植えスズラン無料提供200鉢、モデル撮影会、焼き肉、牛乳の無料提供などが行われ、90人以上が参加をした白樺ロードレースも実施をされました。大盛況であったと村史に記載をされております。しかし、残念ながらすずらん祭りも駐車場の問題、あるいはスズランの乱獲、踏みつけなどの被害などで平成2年の第10回をもって残念ながら休止となりました。その後、乱獲と荒廃を懸念して昭和56年から58年までの3年間、更別農業高校に委託して栽培方法の研究が行われています。農業高校の試験圃場での自生地から栽培を始め、生育試験、冷蔵庫冷蔵の栽培などを行い、苗の一部はレストラン白樺周辺の林地でも栽培試験を行っております。道内では、平取地区の芽生地区の野生スズランの群生地が有名であります。15ヘクタールと日本一の面積を誇っています。多くの人が足を踏み入れ、絶滅の危機に瀕したスズラン保護、管理し、およそ10年の歳月をかけ、自然の状態に回復させました。シラカバの木立に囲まれた観賞用道路から眺める白く可憐な花は町の花となっています。今回更別農業高校生が危機感を持って継続的に栽培研究していることは、再び村の花スズランの復活に向け、大きな一歩であると考えております。村としても高校との共同研究やバックアップをどのように行っていったらいいのかという点で、また周年行事における事業化の有無、また展望も含めて村や観光協会、関係団体としっかり連携、協議をしながら検討していきたいと考えております。以上、答弁とさせていただきます。

質問 6番 安村敏博

詳細にわたるご説明いただきましてありがとうございます。大分次の意見も重複する部分出てくるかと思いますけれども、今ご説明いただきましたスズランの育成保護についての見解といいますか、経緯を説明していただきましたけれども、私も議員になって2期目という形でございますので、更別開村70周年記念事業は参加させていただきました。それで、記念木の桜の木だとかの植樹祭も参加させていただきましたけれども、その中で、もう既に村長がお答えいただいたようなスズランの壊滅状態の部分について話題提起がなかったということは、非常に私は残念に思っております。ご説明にもありましたように、更別農業高校のスズラン栽培研究につきましては、村長からも説明いただきましたけれども、既に昭和56年から58年、いわゆるすずらん祭りの開催のときに試験委託という形で、高校生がその時点で3年間のプロジェクトをつくって研究しております。逆に言えば、そのノウハウはあるはずです、基本的には。そのノウハウをどのように、今のせっかく復活したスズランを守れという更農高生の思いを含めて、いかに早く実現していくかという、これは私は実直に早急に実施すべきでないかというふうに思っているところでございます。まして、これから更別村開村80周年に向けてという、その大きなくくりという部分ではなくて、今やれることからやるということが僕は大前提で大切ではないかなと思っております。これから5年間また放置するという形になると、自生地も含めて、そういう部分の土地の確保も含めて、気象の変更もございますので、極めて厳しくなる中で、やっぱり英断を持って早急に実施すべきというふうに思っております。その点についてまず1点目、ご回答をいただきたいと思います。スズランの自生地の関係で説明いただきました2点目でございますけれども、自生地と適応自生地、スズランがカシワと一緒に共生しているという部分の実態も説明いただきましたけれども、そこには過去においての非常に大切な歴史といいますか、ヒントがあると思っております。今般、旧勢雄の保養地区、本当に昭和五十何年の話をしますと、レストラン白樺、あそこが自生地の最大ポイントでありました。そこを利活用、PRすべきということで、村観光協会を中心にすずらん祭り、10年間実施した経過があるということでございます。これは、皆さんも更別村史、50周年史を見れば明確に記されている事実がございます。それは、再生するという、カシワの木もあります、まだ。まして、本当に今回、もともとがあれは村の所有地だったものが、企業誘致という形で売却して、レストラン白樺になって、転売され、旧保養地域というか、そういう形で変わってきて、今その部分の財産を村に譲渡している。無償譲渡していただくという形で受けているわけですから、それは取得したときも利活用について考えていくという回答もいただいていますので、その点はやっぱりあそこが適地であるという部分と観光も含めた中の一連の中で捉えていくのも一つの方法ではないかなと私は考えています。その点の取組についての見解についてご説明いただければというふうに思います。また、更別高校、更別高校生が地元でない生徒がプロジェクトで発表していただく、これは本当に頭が下がります、正直言いまして。その中で、村として何をすべきかという部分は、単なる教育の日の発表だということにとらわれることなく、きちっと英断を持って、共同研究するものとする、やるものはやるという形で、そこの積み上げを継続的な積み上げの中で早急に実施していただきたいという思いがあります。その点についてのご見解を求めたいというふうに思います。

答弁 村長

安村議員さんの今のご指摘、本当にごもっともであるというふうに考えております。1点目の、私としては大きな行事のくくりとしては80周年あるいは75周年の編さんというふうに考えておりますけれども、これ逆算しますと、今農業高校さんが取り組んでいる共同研究とか、そういう栽培研究につきましては、スパンでいくとちょうど5年あるいは10年という形で進んでいくと思います。そこまで何もしない、手をつけないということではありませんで、私の思いとしては観光協会とか、いろんなうちの関連する課もありますし、また地域おこし隊とか、いろんな形の活用もあると思います。何としてもそこまでにゴールを決めて、群生地を復活する。村の花を再びカシワと同時に、今やれることはしっかりやっていかなければいけないですし、これは直ちに農業高校さん等の関係も含めましてしっかりやっていかなければいけないというふうに考えております。56年、57年、58年の本当にすばらしい栽培の経過のレポートが存在をしました。編さん室からお借りしてきたのですけれども、レストラン白樺で芽の採取から行い、そして今はエア・ウォーターさんになっていますけれども、当時ニチロでありましたけれども、冷蔵庫に、そして保管をさせていただいた、その解凍をして、また北更別区あるいは勢雄地区に植栽をしたと。いろんな形で芽の越冬、あるいは促成栽培、開花率、全て記録をされているわけで、これが脈々と今まで受け継がれてきたということについて本当にありがたいというか、そこに村の花のことを思って農業高校生がしっかりと取り組んでもらっているということについては、安村議員さんと同じで頭が下がるといいますか、本当にありがたいことだと思っていますし、この機会を何としても逃してはならないというふうに思っていますので、カシワの木あるいはスズランの自生地の復活を目指して、今やれるべきことは直ちに着手をしながら取り組んでいきたいというふうに考えています。2点目の勢雄ですけれども、本当にすごい群生地があって、管内的にも非常に有名だったというふうに聞いております。当時、昭和56年4月の観光協会の総会におきまして、ちょうど新帯広空港が開設をされ、ジェット化をされたと。これは、十勝の観光の黎明期であると、先人たちの先見的な思いから、これを機に村の花を、そしてレストラン白樺を売り出そうと、村のイメージアップ、PRを図っていきましょうということから始まったというふうに聞いております。その思いを我々はやっぱり引き継いでいかなければいけませんし、今勢雄のところで譲渡を受けた部分もありますし、その部分のいろんな問合せも来ておりますけれども、スズランの花のことも含めましてしっかりやっていきたいなというふうなことを考えて、どういうふうな利活用ができるかについては前向きに考えていきたいというふうに思います。ただ、群生地が全くなくなったというわけではありませんし、ここではお話しすることはできませんけれども、本当に村の中ではそういう形で健やかに育っているところもあります。その部分をしっかりと保全、保護をしながら、そして農業高校の皆さんとしっかりと手を組んで、本当にどこの部分で支援できるのか、どうしたら再び復活できるのかということを、これは単に花の復活ということではなくて、村のイメージアップ、そして村づくりにとって根幹に据えながらしっかり頑張っていきたいというふうに思っています。以上であります。

質問 6番 安村敏博

村長、ありがとうございます。私としては、私は生まれ育ったのが更別ですので、スズランの自生地というのは非常に多くの地域にございました。道路縁に、春先といいますか、6月ごろ行けば必ずスズランの花が咲いておりました。それは、農業の近代化も含めて、土地の拡大を含めて、いろんな部分での総合的な環境も含めての中で、自生地が減少してきているという現実を本当に目の当たりにして、私は村の花スズラン、そしてまして村の木カシワ、これは本当に共生しています、はっきり言いまして。これは、共に生きるという中の本当に更別村の村の木と花という部分ではすごく僕はすぐれた対応だというふうに評価しております。その中で、私はその部分の対応、まして、失礼な言い方ですけれども、隣村では民間の方が、民間の企業が購入して、境界地なのですけれども、カシワ林の大きなカシワ、7ヘクタールのカシワ林、その中にはスズランも現実的に自生しています。そういうことを目の当たりにすると、村としての木のカシワとスズランに何も手を打たないという部分は、私は頭が下がるというよりも、ぜひともそこは復活してほしいと思っています。いずれにしても、そういう対応の中で一つの私の提案として、旧レストラン白樺、あそこは再開発、観光も含めて利活用できる部分があるのではないかと強く思っておますので、その点もう一度村長の見解を求めたいというふうに思います。私は、浪花節ではないですけれども、スズラン香る平和郷、日高連峰を右に見て、人を尊び、人を褒める。これは、旧更別中学校の校歌であります。2番目に、理想の人を目指しつつ、平和に栄える村つくるという文言がございます。私が幼少期に村の大切なスズランなりなんなりを校歌にし、そして村を、郷土愛を前面に出す校歌、そういうものがあるという事実をぜひとも後世に伝えるべく邁進、努力していただきたいと思いますけれども、最後にその見解も含めてご説明いただければというふうに思います。

答弁 村長

今すばらしいお話をしていただきまして、本当にありがとうございました。今ご指摘があったこれまでのご質問も含めまして、しっかりと村の木カシワと村の花スズランを守っていく、あるいは守り育て、そして再び繁殖をさせていくということ、まさにこの2つを守っていくことは歴史を、人々の思いを受け継ぐことであり、そして村の未来を切り開く、その一端となるというふうに考えております。しっかりとこれから取り組んでまいりたいと思います。以上、回答といたします。

質問 6番 安村敏博

ありがとうございました。終わります。

出典:更別村議会 令和2年第1回定例会 2020年3月11日 議事録 PDF(8ページ) 間違いを知らせる