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大空町議会 平成29年第1回定例会 2017年3月8日

旧女満別中学校の正面玄関の校章について

2017年3月8日、大空町議会の一般質問で、品田好博議員が「旧女満別中学校の正面玄関の校章について」質問し、教育長が答弁しました。

質問者
品田好博 議員
答弁者
教育長

議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。

件名は、議員が最初の質問で述べた言葉から取ったものです。

質問 品田好博

おはようございます。平成29年第1回大空町町議会定例会にあたり、一般質問をさせていただきます。女満別食品工場跡地の、旧女満別中学校の正面玄関の校章についてであります。合併以来、学校施設整備においては、女満別小学校の改築を皮切りに、東藻琴中学校の大規模改修があり、次いで現在、東藻琴小学校の大規模改修が進められておる2中、体育館の新設もする予定もされておる状況であろうと考えております。そして今般、新年度予算において、女満別中学校の大規模改修の実施設計委託の計上がされ、平成30年度完成予定という段取りになっております。実は、現女満別中学校には違った歴史があります。詳しいことは、私がこの町を出てからのことで、わかりませんが、企業誘致として当時フタバ食品に売却されたものと思います。しかし、当初から何故か旧女満別中学校正面玄関の校章は、外されることなく、そのままの形で、使用され、撤退後、今もなおそのままの玄関のいでたちをしております。昔の面影をそのままに放置されておるわけであります。卒業生として、また、母校を考えるときに、いつ見ても胸が痛みます。そこで、お尋ねでございますが、今さらながらと、お思いでしょうが、現中学校の改修時等にあわせて、この校章の処理をぜひ考えていただけないか。質したいと思います。町外からの同窓生の集まりのときに、いつも疑問の声が届いておる次第であります。教育長におかれましては、学校施設における校章の位置づけをまたその重みを、意味合いを含め、対応していただくそのお考えを質すものであります。旧女満別中学校が、無事改修が終了されても、この旧校舎の処理が後になることは、後に禍根を残すと言っても大げさではないと思います。相手があることですが、よろしく御答弁賜りますようお願い申し上げまして、1回目の質問とさせていただきます。

答弁 教育長

品田議員からの一般質問にお答えを申し上げたいと思います。女満別食品工場跡であります旧女満別中学校校舎は、昭和22年の新制中学校開校時に独立校舎として発足するため、昭和丘と呼ばれた現在の女満別眺湖台3丁目に所在しておりました旧海軍兵舎後を使用することを計画いたしまして、昭和26年に中央校舎、昭和28年には西側校舎、31年に東側校舎、また32年には屋内運動場がそれぞれ当時整備をされたものでございます。その後、昭和47年には現在の場所に女満別中学校校舎、体育館を新築、移設をいたしまして、旧校舎跡地につきましては、ただいま議員さんからも御説明ありましたように、翌年の昭和48年にフタバ食品株式会社に売却され、女満別食品工場として稼働が開始されております。それから30年後の平成15年2月に食品工場としての生産活動が中止となり、その後、旧校舎につきましては、未使用のまま現在に至っていると、そのようなこ3とになってございます。また校章につきましては、品田議員が御指摘のとおり、現在も工場跡の正面玄関壁面にそのまま残っているというそのような状況でございます。また現在の校章自体の状況、状態でありますけれども、モルタル塗りの壁に一体的に埋め込まれております上に、建築から60有余年が経ち、経年劣化がかなり進んでいる状態であると、そのように認識をしております。そのようなことから、仮に校章を取り外すこととなれば、校章本体もろともモルタル壁が崩落しかねないものと推測をしているところでございます。したがいまして、移設は、現時点では難しいのかなと、そのように判断をしております。しかしながら、教育委員会といたしましては、女満別中学校のシンボルであります校章をそのままの状態としておくことは決して望ましいこととは考えてはおりませんので、今後、現建物所有者と御相談の上、承諾が得られれば、校章を簡易な方法で覆い隠すなど、必要な対応とってまいりたいと、そのように教育委員会としては考えているところでございます。以上、品田議員への1回目の答弁とさせていただきます。

質問 品田好博

御答弁を賜りました。ずいぶん長い話でございまして、大変恐縮でございます。本当に私どもは、中学を出たとき、全く何もない、セピア色の本当に暗い校舎だったなと、今思い出すのはちょうど卒業式のこの時期でございます。後輩たちがつくった人のアームのトンネルをつくっていただきまして、カラマツの通りを送ってもらって、玄関まで出てきたというのは記憶にあります。大変何もない中でも、少年であった私にとっては、大変な場所でありまして、記憶から消えることは、なかったわけであります。しかるに時間が経てば経つほど、今の現中学校の卒業生は、1回目の今の現中学校の原点を知っている卒業生はいなくなってきて、また今役場庁舎内の職員の皆さん方も旧中学校の卒業での人は、ほとんどいなくなってきている。議員にも私を含めて3人です。そういう状況でございます。完全に忘れ去られてきている。その中で、校章だけが薄汚れた形でまだ残っていくということであります。人の記憶から消えてもいかに朽ち果てても、残っている。そういうものに私は、お願いを込めて、質問とさせていただいたわけであります。教育長も、その辺のことをよくわかっていただきますし、多分、教育長は最後の卒業生か1年前の卒業生でしたか、その部類でしたから、よくその時の記憶はわか4っていると思いますけども、相手があることでございます、どんな方法でも結構でございますので、現中学校の改修にあわせて、何とかしていただきたい。そんなことを思っています。たまたまそういうことで原稿書いているときに、本当に偶然というものは恐ろしいもので、3月3日でしたか、レターパックが送られてきました。何かと思いましたら、女満別小学校の100年、記念のレターパック、アルバムです。開いてみました。女満別小学校もそういった歴史があって、今、行政財産である駐車場になりますか。あの辺が正面玄関で、向こうに向いている。写真、それとその前の昭和の写真、三つ並べられております。もしや女満別中学校何周年をやるとすれば同じようなアルバムをつくって、その写真を載っけただろうと、ところが若い卒業生は、その古い中学校がなんだかをわかるでしょうか。ましてそれが残っている。その写真よりもっと辛い形で残っているということに対して、どういう思いをするか。壊せとは申しません。その紋章すら何故、当時、外してもらって操業してもらうということができなかったか、もうその人方、担当者は誰もいませんから、そういうことは考えても無理だろうと思いますけど、知恵ある者が受け継いで、それを処理していく、歴史は忘れされるものでなく、積み重ねていくんだと私は感じております。まして教育です。教育とはそういうもんだと、私は信じております。新しくすればいいというものはない。この古さの中で若者が希望をもって、教育、学習をしてきた。そういう歴史がどの学校にもあるはずです。新しい、古さだけではない。そういう精神的な基盤を、また養っていくのも教育だと私は信じております。ぜひとも、よろしくお進めいただきたいと思いまして、ありがとうございました。

答弁 教育長

当該の建物につきましては、私が中学3年生の秋まで、通学していた学舎でもあります。また私の自宅のすぐ近くに建物が所在しているということもありまして、時折、当時のままの姿を見るにつけ、中学校時代を思い浮かべ懐かしさや、思い出に浸ることも私自身ございます。母校に対する思い入れは、人それぞれお持ちになっているのではないかと思いますけれども、古くなっても、そのままの姿が良いという方もおられると思いますし、品田議員さんのように悲しさを感じて心を痛めている、そのような方もおられるかと思います。建物が既に町の財産ではないということや、私自身、そのままが良いのか何か手を加えるべきなのか。悩んでいる部分もありまして、現在に至っているというよう5なこともございます。当時、売買の際に撤去ですとか移設ですとか、そのようなことがどうだったのかということ、過去の資料も調べてみましたけれども、なかなか当時の状況がわかるものがございませんでした。校章はモルタル壁に強固に設置、埋め込まれている状況であるというのは当時も同じではなかったのかなと推測しておりまして、なかなか移設も簡単ではなかったのかなと、そんなことも推測をしております。また、当時校章はそのまま残ったということでありますけれども、校旗でありますとかその他備品でありますとか、必要な重要書類は、今の女満別中学校に全て、引き継がれております。そういう意味で、歴史なりを引き継ぐという部分については、今もきちんと資料として残っているものと、私はそのようにも考えております。そのようなことで大規模改修の話もありましたけれども、そういう時期とは別にまた、今の所有者の方と、今後、御相談をさせていただきながら、できることを対応してまいりたいと、そのように思っておりますので御理解をいただきたいと思います。

質問 品田好博

大変ありがとうございました。お手数ですけども、よろしく配慮願いたいと思います。

出典:大空町議会 平成29年第1回定例会 2017年3月8日 議事録 PDF(97ページ) 間違いを知らせる