雄武町議会 平成18年6月議会 2006年6月14日
不景気の原因と認識、回復の時期について
2006年6月14日、雄武町議会の一般質問で、工藤光治議員が「不景気の原因と認識、回復の時期について」質問し、町長 田原賢一が答弁しました。
- 質問者
- 工藤光治 議員
- 答弁者
- 町長 田原賢一
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
件名は会議録の目次の表記です。
質問 11番 工藤光治
11番、工藤です。私の一般質問は文書で通告してある通りでありますが、もう一度申し上げたいと思います。不景気の原因と認識、及び回復の時期、私は相当長期化すると思っていますから、不景気の原因の解明と認識についてお伺いしたい。それから公共事業と財政、これから公共事業はどんどん減るわけですから他の産業への参入も考えなければいけないのではないかということでございます。それでは申し上げたいと思いますが、戦後、雄武町だけではないと思うんですが、これ程の大きな不景気というのは初めてでございます。このままで行ったら、ちょっとやそっとで景気回復することはないだろうと、場合によっては永久という言葉は使うわけにはいかないけれども、相当長期化するのではないかというふうに私は見ております。それで昭和3、4年、私が7、8歳の頃なんですが、昭和の大恐慌と言われた時の話を少々申し上げたい。実は年に4、5回、必ずと言っていいほど食べ物を貰いに来る乞食というのがいたんです。これはもの凄い形相で、酷い服装で、子供の頃ですから奥まで逃げていったということが何回もあります。それから飴玉1個貰っても1人で食べられないんです。4、5人で割って食べるとか。それからご飯を食べてこぼしたら目が潰れると言って叱られる。それから燃料代も節約しなければならないものですから早く寝る、寝なかったら蒙古が来ると。そういうことを随分言われてきて、今考えてみると、不景気なんてものではなかったんですよね。その頃の政治情勢というのは、住民、村民の声が届かなかった時代ですから、これは仕方ないですね、今考えても仕様がない。だけど今は住民の意志によって議会議員を選出して、町長も選んで、住民の意志によって色々組織が行われるわけですから、このまま不景気で終わらせるわけには行かないだろうと。私が過去の例を申し上げたのは、あのような不景気はもうニ度とあってはならない。今は不景気と言っても、昔から見れば非常に楽な不景気と言ってもいいと思うんです。現在の不景気はどんなものかと言うと、スーパーやデパートに行ったら、飲み物、食べ物は山ほどありますね。どこから見ても不景気なんて言えないですよ。乗り物は陸を走る物、空を飛ぶ物、海を走る物、たくさんある。一見したところ何も不景気だとは思われないんですけれども、実は調査の結果によると税金の滞納が多かったり、公共料金の滞納が多くなったり、それから生活保護者が多くなったりということを見ると、やはり不景気は不景気なんですよね。ただ質は変わってきているけれども、これはかなり酷い不景気です。一例を申し上げますけれども、北海道の不景気は有効求人倍率でいくと95%、働きたいという人が100人なのに、95人しか必要でないと。網走管内は、この西紋地区が一番酷いんですが、働きたいという人が180人いるのに来て下さいというのは65人しかいないんですね。先程から色々と議論されておりますけれども、需要の生産調整があったり、企業生産が落ち込んだりして、こういう状況を見れば不景気はちょっと長引くだろうと、私はそういうふうに思っている。そこで町長と私の認識が違うかどうかは分かりませんけれども、どうしてこの不景気が起きたかという原因について申し上げたいと思いますが、実は昭和54、5年頃を境にして7つあった木材産業が全部倒産してしまった。これが大きかったですね。それから林務署がなくなる、測候所がなくなる、その頃は議会でもどうするという質問がなかったんですよ。なかったというのは、これほど酷くなるというふうには思っていなかったんだというふうに思うんですけれども、とにかくすっかり落ち込んでしまって、回復困難な状況になっているように私は思うんです。バブル経済が崩壊したのは平成3年ですから、関東・関西の方では最近やっと景気が回復したと言われている。有効求人倍率で言うと、155%、155人が必要なのに100人しか働く人がいないという、はっきり言うと景気が良くなったわけですよね。どんな産業が良いのかというと、これは新聞や何かでも町長ご存知だと思うんですけれども、自動車、家電、IT、半導体、特に私はテレビを見て驚いたんですが、薄型テレビなんていうのは世界のシェアの95%なんですね。今の自動車産業というのは21兆円、どこかの小さい国の10倍だそうですよ。だからやはり考えてみると、私は随分色々言うんですけれども、どうしてもこうしても新しい産業をやっていくしかないんだろうと。言葉悪いかもしれないけれども、そういう意味で言うと、やはり全体が遅れているのではないかというふうに思う。どこかで兆しでも良いから作ってみなければいけないのではないかと思うんですが、ここで町長の認識をひとつ伺いたいんですが、景気回復するにはどうしたら良いのかということ。それから長期化するかしないか、私はすると思っているんですが、その2点をまずお答え下さい。
答弁 町長 田原賢一(町長は2011年9月まで)
景気の課題について、昭和3年、4年の時代からのご高説を賜ったわけでございますけれども、この辺は生活基準の違いも若干あったりして、なかなかそれだけの物差しでは測りきれないものがあるんですけれども、ご質問の内容は痛いほど分かります。そこで日本の経済はどういう方向に行っているのかというと、内閣府は非常にいざなぎ景気以上だという話を発信しておりますよね。しかし先程、自動車産業や、それからIT産業、またテレビのお話などもあるように、中央と北海道の媒体は全然違うんですよね。北海道においても雄武町との環境が全然違うわけでして、従って日本の中央で起こっている今の景気の実態と北海道の実態、そして尚且つ雄武町の実態は違うということになると、まず雄武町ではどういう施策が、例えば景気浮揚対策になるかというと、これはやはり生産しかないんですよね。これは自主自立を定めた時から、そのことについては発信をしておりますけれども、これを地域力というふうに表現をさせていただいて、これは一次産業、二次産業、三次産業の連関によって、例えばそこに新たな産業が創出されるし、そのことによって設備投資もされるだろうということも想定して、まず雄武町においては地域力を高める、そして産業生産力を高めることが絶対必要条件だろうということで真剣に産業振興に取り組んでおるところでございます。
質問 11番 工藤光治
新しい産業ということで、関東・関西の景気の良い話はここでは通用しませんね。その認識は町長も私も同じだと思う。ただ、今のままでは景気回復なんてないだろうと。町長は産業が大事だと、それは勿論です。ただ、私は長く生きているものだから昔のことが分かるんですけれども、昭和37、8年に議会も理事者も付加価値論というのは随分あったんですよ。今は皆無ですよ。町長も言わないし、私も言っていないし。付加価値論が始まって、38年頃だと思うんですけれども、北海道でもこれだけ水産加工が発達したという所は無いんですよね。網走も釧路も函館も稚内も、規模の大きさにしてこれだけの加工場が出来たという所はない。この話の始まりというのは付加価値論なんですよ。町長からも付加価値論というものは聞いたことがないんですよ。付加価値論、すなわち新しい産業ですから。こういう構想を持ってもらわなければ駄目だと思うんですが、町長どうですか。
答弁 町長 田原賢一(町長は2011年9月まで)
雄武町は工藤議員もご承知の通り、一次産業を基本としております。従って、物の生産、私は付加価値の認識はもしかしたら工藤議員と違うかもしれないですけれども、例えば魚に例えても農産物に例えても、最高の付加価値というのはやはり新鮮さ、鮮度だと思うんですよ。ですから私はそこに誇りを持って、新鮮な魚貝類を如何に早く消費地に届けるか、その辺の工夫はもう既に漁業生産者は取り組んでおりますよね。例えば鮭一本の扱いにしても、他の海域とは全然違う取り組みをやっているし、そういうことで言えば、工藤さんと違うというところは付加価値の判断基準ですよ。私はそういうふうに思っているので、あまりそこには触れないんのではないかという話をされておりますけれども、そこで今までの付加価値を高めるというのは、大体は複合的な産物を作ろうとするんですよね。これは本当はまずいそうですよ。最近のヒット商品は全部化合だそうです。工藤議員も生業としてやっているのは複合ではなくて化合なんですよね。化合というのは、要するに2つの要因を持った物体が合わせられることによって全く別の物質を作るということなんですよね。今までは複合で付加価値を高めてきた、ここを真似られるんですよ。ですから私の付加価値というのはやはり化合だと思うんですよね。その化合までたどり着かないと、要するに付加価値の高まりというのはなかなか難しいわけで。是非そういうものを民間の力でやっていただいたら行政もそれに支援体制を作るというふうに思っております。
質問 11番 工藤光治
ちょっと話をすると失礼なことになるかもしれないけれども、国の問題です。ペルーは鉄鉱石世界一なんですよ。日本は鉄鉱石はないんですよ。当時から言われてきたことは、議会でも随分論議あったんですが、日本は資源のない国で、鉄鉱石を輸入して製鉄やって、機械やら自動車やら色々な物を作ろうと。古い話で申し訳ないんだけれども、明治政府の方針として技術力、それから教育力、それから貿易力、これが日本の三大産業、三大観念だったんですよ。それから日本はどんどん「そうだそうだ」というふうになってきたということがあるんですよ。町長は、言えばちゃんと答えるんだから、知っているはずなの。だから私はどんどん発信しなければ駄目だと思う。つくづく思うのは、自主自立検討委員会で、正直あんなに立派な答申をされるとは思わなかった。私も詳細を見たけれども立派なものですよ。道の駅のオープンについては何も書いていなかったけれども、何か気兼ねしたかのかどうか分からないけれども。町長がそれだけ考えてるいるものだったら、やはり発信すべきなんだよ。やはり原料産業だけでは絶対駄目ですから。付加価値を付けなければならないんだから。だから私が思うのは、また改めてお尋ねするけれども、この調子でいったら町長、不景気は直らないですよ。民間がやれば応援すると言うだけでは駄目だと思う。私質問しながらでも、行政の制約があるから、あれは私が言っているように簡単にいかないと思う。だけど不景気を無くすという観点から考えたら、まだまだやることがあるのではないかというふうに思うんですよ。だからいつも文句みたいな話をするんだけれども、やはり私は町民のための議員だから、町長に少しくらい文句を言ったって構わないと思って言っているんだけれど。ここを何とかしない限り、先程も言ったように180人働きたい人がいるのに、たった65人位の就職率では、これは話にならないから。そこのところもう1回町長、腹を決めて行政としてやれるかやれないかは限界があると思うけれども、明確にひとつ言ってくれませんか。
答弁 町長 田原賢一(町長は2011年9月まで)
町づくりは町長1人ではなかなか決められないので、是非、議会の協力、また町民の協力も無ければ、一人歩き出来ないわけですから。工藤議員は議員という立場で、また一企業人として色々な知恵をお貸しいただければ、私も一緒に取り組んでいきたいというふうに思っております。
質問 11番 工藤光治
町長に一杯やられてしまった。最近の国政を見ていると、つくづく思うんですが、構造改革なくして成長なしと言った。それまであまり考えていなかったと思うんですよ。ところがあの一言で民間企業から何から皆その気になってしまった。今は少し行きすぎて格差社会というふうに言われているけれども、町長はやはり町民の最高位置にあるわけですから、私は遠慮しないで発信した方が良いと思う。その中に先程申し上げましたように、自主自立検討委員会の答申も、町長も立派だと言っているくらいですから、思惟を広げて早めるためにどうしたら良いかということを検討委員会の人方ともしっかり摺り合わせして、方針として打ち出してほしいと思う。そうすると私は必ずやると思うんですよ。もう一回町長、お聞かせ下さい。
答弁 町長 田原賢一(町長は2011年9月まで)
基本的に産業振興については私も同じ考えですから、これは基本方針を早くから打ち出しているんですけれども。これは石山議員にも何回もご指摘を受けているんですけれども、私はどうも発信の仕方が下手なんですね。工藤議員も同じような感じを受けているんだと思いますけれども。私は私なりに結構発信しているつもりでいるんですけれども、各議員から言われるわけですから、やはり下手なんでしょうね。ですから、もう少し上手な発信の仕方を皆さんから聞いてやっていきますけれども。基本的にはやはり産業振興ですよ。物を作る環境としては最高の所ですから。実は私もつい先日、網走管内や空知、石狩、それから上川を回ってきましたけれども、我が町は本当に活気みなぎる町だというふうに、空気として受け止めています。ですから、そういう良い物をより伸ばしていきたいというふうに思っております。考え方はほとんど同じですけれども、是非そういうことで努力をしたいと思いますので、ご理解をいただきたいと思います。
質問 11番 工藤光治
町長は今、謙遜して下手だと言うんだけれども、正直な話、遠慮しているんだと思うんだよ。もっと会合がある度に、今の総理大臣みたいに、マスコミを利用して構造改革なくして成長なしと言ったり、あれは日本中に広がっている。そういうことを町長もやっても良いと思う。ほらを吹けとは言わないけれども。それは答弁いいですから、お願いしたいと思う。