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置戸町議会 令和元年第8回定例会 2019年12月16日

井上町長5期20年の総括について

2019年12月16日、置戸町議会の一般質問で、嘉藤均議員が「井上町長5期20年の総括について」質問し、町長 井上が答弁しました。

質問者
嘉藤均 議員
答弁者
町長 井上

議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。

質問 7番 嘉藤均

2つ目の質問にさせていただきたいと思います。2つ目の質問、井上町長5期20年の総括についてということでありますけども、大変失礼だと思いますが、4年に1度、この時期になりますと町長のことについても、町民の皆様からも関心が非常に高くてですね、誰かそういう質問をしてくれないかということもありますし、私自身も心配する部63分もたくさんありますので、そのことをお聞きしたいと思います。来春には井上町長の5期20年という部分を終える時期が来ますけれども、一言で20年といってもですね、いろんなことの積み重ねがあり、今日を迎えたことと思います。町村合併の破綻、銀河線の廃止、幼稚園や保育園の一元化、あるいは小学校の統合、簡易水道の統合事業など、語り尽くせないお話があろうかと思いますけども、20年間町長の総括としてお伺いをいたします。

答弁 町長 井上(町長は2020年3月まで)

5期20年の総括ということでありますが、今やっていることに間違いはないか、町の将来にこの事業は役立っているのか、やっていることが真に町民のためになっているのか、そのことをずっとっていうか、いつも考えるわけであります。いつもクエスチョンですね。しかし、町村長はだいたい日々そんなことを考えながら仕事をしているというふうに思いますが、まぁそういう生き物だということでご理解いただきたいと思います。町長に就任したのが平成12年6月10日であります。したがって任期満了は来年の6月9日、私の誕生日でありまして、その日は73歳になります。任期満了まで6ヶ月残されています。総括するにはもう少し時間がほしいですね。まぁそうは言っても19年半、責任ある仕事をさせていただいたわけですから、いくつかお話をさせていただきたいと、このように思います。まぁ話をする順番っていうのはなかなかつけられませんけれども、自らのこの心を揺さぶるようなこと、そんなことを当然ながら忘れられない事項としてあるわけであります。その最大のものは、やはりふるさと銀河線の廃止だろうっていうふうに思ってます。平成18年の4月20日、13時42分にお別れ列車が陸別に向かって出発をしたわけであります。現在の置戸の前の置戸の駅でありますけれども、まあここに高校生たちがたくさん集まって、この陸別に向かってのお別れ列車を見送った後、当然ながら多くの町民も来ていただいたわけであります。なぜ私がこれを一番最初にあげたかっていうのは、実は職員時代にふるさと銀河線の前身っていうことになるんですが、池北線の廃止反対の総決起大会をスポーツセンターの2階で開催をいたしました。その時にぜひ大事な置戸の将来にとっても極めて重要なこの集まりなんで、ぜひこの集会に参加してくださいということで、70戸を超える自治会長さんのところ、また事業所を毎晩歩きました。1月半ぐらいかかったと思います。かってないぐらいあの集まった、集まってくれたわけでありまして、そのことはまだ記憶に残ってる方もいらっしゃると思うんですが、かってこれだけ集まったことがないだけ集まってくれました。それだけまぁ当時の池北線の廃止ということには大きなものが町民の人たちにもあっただろうというふうには思います。集会って言うか、決起大会としては大盛会だというふうにあの思います。そのことが第三セクター鉄道のふるさと銀河線として残った結構大きな要因としてあったと思います。それは町民がひとつになったっていうことです。それだけに、私にとりますと忘れられないひとつであります。それから小学校の統廃合でありますけれども、これもあの町長としては非常に苦しい判断でありました。判断でありますけれども、私は子どもを中心にして考えるべきことだと、子どもの教育どうあらねばならんのかと。ですから子ども、まぁちょっときつい言い方だったと思うんですが、子どもを人質に取るようなことだけは地域の議論の中でやめてほしいということをずっと言ってきました。したがって時間もかかりましたけれども、学校が地域にとってどれほど大きな、そして大切なものかっ64ていうのは、私は境野小学校の出身ですからよくわかります。よくわかりますけれども、今申し上げたように、子どもの将来、子どもの教育ということを考えたら、どこかで大人としての判断をせざるを得ないっていうのがありました。そんなことから小学校の統廃合についてやってきたわけであります。最後にはそれぞれの地域の人たちの理解をいただいて統合することができたっていうふうに思っております。それからこれも一つの延長線上になるんですが、幼稚園、保育園、それからへき地保育所の一元化であります。この場で言うことでもありませんけれども、この幼稚園、保育園を運営している母体というのがキリスト教の方々だとか仏教関係の方々とか、それから神道の方々だとか、それぞれ違いがありました。違いがありましたけれども、これもきちっとした、そして時間がかかりましたけれども、丁寧に説明してきたつもりです。時の運営者の方々の理解があったからだと思ってますが、平成20年にこどもセンターどんぐりとして、他の町村に先駆けて認定こども園を開設することができたわけでありますが、いずれも町民の方々、関係者の方々の理解があってのことでありますけれども、私自身はいろんな意見ありましたけれどもブレることがなかったってことです。そんなことで進めてきました。それから障がい者の拠点施設作りとしてのキッチン木の実の開設でありました。これは私自身の夢と言いましょうか、大きな期待でした。あの町の人口は決して多くはありませんでしたけれども、不幸にしてというのか、障がいを持ってる人たち、その人たちとの私自身の交流もありましたけれども、その人たち、障がいを持ってる子たち、またその子どもを持っている親たち、この人たちの行く末というか、先を考えた時に、やはり悩みごとも大きく膨れてくるんだろうなというふうに思いましたけれども、そうしたことをこの身近な生活の中で相談をできる、相談のやり取りができるそういう施設が私は必要だというふうに思っておりました。まぁあのご承知のように店じまいをする薬局屋さんの建物を売ってもらいまして今の施設を作り上げることができたんですが、まもなく6周年、オープンから6周年を迎えると思うんですが、これにはNPO法人たちつてとの皆さん方の努力があって、順調にって言いましょうか、大変ご苦労もあるんでしょうけれども、順調に進んできているというふうに思います。そんなことでまぁキッチン木の実の問題が4つ目としてあるということであります。5つ目としては多目的交流施設「げんき」の建設であります。なかなかこれには、ここにいらっしゃる議員の皆さんは経験ないと思いますけれども、その先輩の議員の皆さんには、まぁ地域から要望があったり、状況によってその要望書が一時的でありましたけれども取り下げたりとか、いろいろありました。いろいろありましたけれども、私は高齢社会がこれからどんどんどんどん進む中で悩みごともいろいろ出てくるだろうと。できるだけ家から少しでも外に出るようなことが大事なことだろうというふうに思いました。それにはどういう形で外に出させるっていうか、そういうような施策を必要としているのかっていうふうに考えた時には、どこかで誰にも気兼ねせずに集まれる場所を作らなければならないと思いました。今の多目的運動施設であります「げんき」を考えたわけでありますが、ゲートボール中心で、まぁ公共施設があれほど使われているのは多分あそこが一番だと思います。一番だと思いますけれども、必ずしもゲートボールやらなくてもいいんだと、家から出て、そしてあそこの休憩室の和室を使って囲碁打ったり、将棋をやったり、テレビを見たり、本を読んだり、自由にあそこを利用したらいいんじゃないだろうかというふうに考えてあれを作ったわけでありますが、こ65れには林野庁も、それから北海道庁の水産林務部の人たちの、当時の人たちの力が非常に大きかったわけであります。何も図面も何もなしで2億円かかるんだと。事業費としては2億円かかるんだっていうことを林野庁に持ち込みました。冬場に一番のこの寒さも含めてでありますが、建物施設的に問題になるのがやはりその冬場の問題だというふうに思ってました。それで木造でやるんだけど、建てたいんだけど、事業としては2億円はかかるであろうということを申し上げまして、林野庁にはその当時事業費としての一番大きな事業は3,000万円だっていうふうに言われました。3,000万円だと学校の腰壁を木造にするぐらいのことしかできないんじゃないかと。私が考えてるのはこういうことだっていうふうに、今ちょっと荒っぽい話で申し訳ないんですが、話をしました。その時に林野庁の職員の人が係長は、少し時間を貸してくれって言われました。何も手元にないから時間はいくらでも貸しますと、ぜひ前向きに検討してほしいということを申し上げまして、道庁にもそのことを伝えました。道の人も何回か林野庁の方に足を運んでくれたようにも聞いておりますが、最終的にこの補助要綱を変えてくれました。3,000万円から2億円に変えてくれました。当然ながら希望を取り直したんですが、3倍に膨れ上がったっていうことでありました。3倍に膨れ上がると置戸のその多目的運動施設というのがちょっと怪しげになるんじゃないかっていうふうに申し上げましたら、いや町長さん、それは心配ないと。北海道は置戸町のそういう施設に特化してるからそれは心配することはないっていうふうに言ってくれまして、そして実現した施設です。1億7,000万円ぐらいだったと思います。2分の1の補助金をもらいましたけれども、それがあったから木造の多目的屋内運動施設を作ることができたんだっていうふうに思ってますが、それには今申し上げましたように、本当にあの国の機関もそうでしたけれども、まあその中間にある北海道庁の関係部局、本当に一生懸命やってくれたというふうに今でも思っているところであります。それから6つ目になるかもしれませんが、開町100周年の節目を町民の皆さんと一緒になってお祝いすることができたということであります。主催事業の8つの事業を含めて32の事業を実施したわけであります。まぁあの主催事業ではなかったかもしれませんけれども、特にこのOGF、それから町民構成劇としての命のつながり。それから子ども100年まつりでの町民のこのパワー。これは2世紀を迎えた本町の大きな財産になったように思ってます。職員も相当苦労したと思います。関係者の人も苦労したと思います。OGFの問題については少しまだ課題も残ってます。残ってますけれども、私本当に良かったと思ってます。多分彼らは今の整理をしなければならない問題は、彼らの責任として処理しなければならないというふうに思います。それが次のステップを踏める大きなことだから、何回も申し上げてきてるわけであります。まぁそのうち、いろいろ時代も動いてるから、またいいこともあるじゃないかということを申し上げてきておりますけれども、今申し上げたように、やってきたことの責任はやっぱり取らないと次のステップは踏めないということであります。しかし、置戸の若者たちよくやったというふうに思っております。それから置戸の夏まつり人間ばん馬大会のことについてちょっと触れたいと思います。2年前になりましょうか、どしゃぶりのテントの中で開会式をやったわけでありますが、その時に美幌の自衛隊のチームでありますけれども、カイリキオーのOBの方でしたけれども、この大会に対してお礼の選手宣誓をさせてほしいというようなお話がありました。もちろん了解したわけでありますけれども、66その時にまぁ自分たちをこんなにも熱く、そして感動させてくれたまつりというものに感謝したいというような内容だったと思います。その舞台があの、テントの中とはいえドロドロでした。ドロドロの足元の中で、彼が選手宣誓をやった中身っていうのは結構感動的でありました。それっていうのはこの置戸の夏まつりが単なる夏のイベントということだけではなくて、町が発展してきた、この歴史に裏打ちされた、そういうものだからなんだろうなっていうふうに改めて再認識したって言いましょうか、そんな感じでした。このことは、これから何10回と私は続いていくというふうに思いますけれども、町民が一緒になって、やっぱりこのまつりを盛り上げていく、守っていく。そのことの何て言ったらいいんでしょうかね、重要性っていうか、大切な宝物のひとつだというふうに私は考えていっていいんじゃないかなっていうふうにあの思っております。まぁ7つほど今申し上げました。オケクラフトのこと、図書館のこと、基幹産業のこの農林業のこと、32億円かけた簡易水道統合のこと、教育環境の整備をはじめとする人づくり、そしてまちづくり総体のこと、まだまだ言い尽くせないことたくさんあります。しかし、この辺で区切りとしたいというふうに思います。町を、そして地域を元気にするためには構想力が必要になります。これは職員の仕事納めの時もそうですし、新年の仕事を始める時にも時々申し上げてきています。構想力のないところに町の発展は私はないと思ってます。ですから、その地域をやはり元気にするにはこの構想力がなければならないというふうに思っております。まぁ全国的に人口減少社会を迎えているわけでありますが、第5次総計で目指す人口を3,000人としたわけでありますが、今2,840人であります。想定より速いスピードでしたが、申し上げたように施策を行った結果ですので、現実を受け止めなければならないというふうに思っております。しかし、行ってきた施策に間違いはないというふうに思っておりますし、今後の町民生活に生かされることを確信しています。まぁ小さな町でもやはり町民の笑顔が似合う、そして小さな町ではありますけれどもキラリと輝く町であってほしいなというふうに思っております。まぁ議員が求めている20年の総括、19年半の総括になるかどうかちょっとわかりませんけれども、ご質問いただきましたので、まぁ思うに任せてって言ったらちょっと失礼なんだけども、まぁそんなことで少しまとめてそのうちの何点かについて申し上げました。いずれにしても先程来何人かのご質問の方にお答えしましたけれども、まちづくりっていうのはそこにやっぱり心が行き交うような、そういうものでないと私はダメだっていうふうに思ってます。それだけにひとりが努力すれば何とかなるというものではないというふうに思ってます。そこに住んでいる置戸町民みんながいろんな形で連携し協力し合いながらつくっていくんだというようなことが、この根本になければならないだろうなっていうふうに思っております。そんなことで、あのお聞きをいただきましてありがとうございます。

質問 7番 嘉藤均

20年間の19年半ですか、の総括ということで町長からお話をいただきました。まだまだ語り尽くせないことがたくさんあるのかなというふうに思いましたし、1つ671つの思い出と言いますか、事業に対して心を込めてやってきたことは今の置戸町になってるのかないうふうに感じをいたしました。本当にまだまだいろいろ聞きたいことはたくさんありますけども、まぁここでちょっと形と言いますか、方向を変えてですね。私はあの過去にですね、議員にさせていただいてすぐの時でありましたか、あの多選禁止条例ということで神奈川県の県条例、知事ですね、神奈川県の知事が3期12年という条例を設けました。その時に私町長に質問いたしました。まぁ賛成ではあるけども、私は4期16年はやりますよというような、その時の答弁でありましたけれども、今5期目の終盤を迎えているということであります。また、今20年って本当に長いなと思いながらもですね、まぁこの期間、町長大病を何度か、たくさんの大病をされて、それを克服して今のこの姿があるのかなというふうに思いますし、その気力と言いますか、気持ちには本当に私自身も感服をいたすところであります。それでまぁ今町長の思いがすごく伝わりましたけども、この後どこかの時点では今後の方針どうやっていこう、6期目を迎えるのか、この辺で引退するのかということも表明するのかという場ができようかと思いますけども、本人それを何時頃というふうに考えているのかをお尋ねしてまいりたいと思います。よろしくお願いします。

質問 7番 嘉藤均

明確には年明けということでお聞きをいたしました。先程来いろいろまちづくりは1人でできないと、町長の思いもたくさんあったとは思いますし、また町民と一緒になって町民と一番話をしてやってきたこのまちづくりだったのかなというふうに考えております。まぁまだ残された期間もありますし、次もということもあろうかと思いますけども、残された任期を全うしていただきたいというふうに申し上げて私の質問を終わります。

出典:置戸町議会 令和元年第8回定例会 2019年12月16日 議事録 PDF(63ページ) 間違いを知らせる