置戸町議会 平成25年第2回定例会 2013年3月17日
秋岡資料の今後の活用及び展開について
2013年3月17日、置戸町議会の一般質問で、嘉藤均議員が「秋岡資料の今後の活用及び展開について」質問し、教育長 平野が答弁しました。
- 質問者
- 嘉藤均 議員
- 答弁者
- 教育長 平野
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
質問 1番 嘉藤均
通告に従い教育長に質問をいたします。秋岡資料の今後の活用及び展開についてでありますが、一昨年東京都目黒区において、また昨年は置戸町でどま秋岡芳夫展が開催され、町内外に反響を呼んだところであります。改めて秋岡資料の価値を確認できたのではないかと思いますし、私もある意味置戸の宝物であると確信をしているところであります。また、前段での展示のほか、整理や収蔵、資料集「日本の手仕事道具展」の製本と多岐にわたる展開がなされております。これからも長い年月をかけて継続されていくことになるとは思いますが、秋岡資料の今後の活用、展開について教育長のお考えをお聞きいたします。また、郷土資料館の展示と類似する部分も数多くあることから、住み分けと言いますか、融合と言いますか、その辺のことについても併せてお伺いをしたいと思います。
答弁 教育長 平野
秋岡資料の活用展開と郷土資料館の展示との融合について回答させていただきます。最初に秋岡資料の今までの経緯及びその活用について簡単に話をさせていただきます。平成4年に置戸町内で初めての秋岡生活資料展が開催されましたが、それは当時秋岡生活資料と呼んでいました日本の手仕事道具秋岡コレクションについて秋岡先生がクラフトパーク計画策定の中で資料の移転に言及され開催された資料展であります。これ以降置戸で展示された資料はそのまま置戸に移転保存されてきました。平成9年秋岡先生が突然ご逝去され、同年に先生のご意向に沿ってご遺族から残りの資料の一括寄贈を受けて現在に至っております。秋岡先生の私の役目は失われていく貴重な資料を収集すること。調査研究は適任者に任せるという思いに応える形で平成10年、前研究員である増田倫子さんを迎え、調査研究に併せて企画展示会や資料をもとにしたどま塾等を開催してまいりました。この間、平成4年の秋岡生活工芸資料展を皮切りに、モノに学ぶ暮らしを作る展、昭和の金物ゴミ曼荼羅展の大型展示に加えて、平成11年からはどま工房での企画展を開催してまいりました。どま工房での企画展は日本人の暮らしと知恵展や木工手道具展、遊山弁当箱展など特別展を含めて18回にわたる展示を展開してまいりました。置戸町内以外では平成18年に大阪、名古屋、東京で開催された室内の52年山本夏彦が残したもの展や平成20年日本工業大学での手仕事道具の世界展、札幌展でのヤーコン展への資料貸出展示等を行い、特に嘉藤議員もお話しされていた10月からの目黒美術館どま秋岡芳夫展へは多くの資料とともに作り手のみなさんや職員を派遣し、置戸町からの情報発信を含めて秋岡先生の多彩な足跡を紹介してきたところであります。昨年8月11日から26日間、中央公民館で開催したどま秋岡芳夫北海道置戸展には期間内に町内外から1,200人強の方が観覧されました。嘉藤議員さんもおっしゃられたように、私どもの知らない秋岡さんの横顔や実際にデザインされたものなどが並べられ、童画家それから工業デザイナー、地域デザイナーとして活躍された足跡を数多くみることができ、私自身認識を新たにしたところであります。嘉藤議員からの質問、秋岡コレクションの今後の活用方法については、コレクションについては手仕事や職人技というオケクラフトが大切にしている領域と重なり合うことが多いことから、オケクラフトの振興とともに密接な関係にあると考えております。秋岡コレクション自体が持つ価値や有益性はもちろんでありますが、置戸がいろいろなジャンルの作り手がいるモノづくりの町として、今後も全国あるいは海外に向けて情報発信をしていく際に、秋岡コレクションが大きな存在になるというふうに考えております。また、そうなるよう努力していかなければならないというふうに思っています。活用の大きな柱となる展示会については毎年大きな展示会を開催することは費用の面あるいは人的側面から難しいと思っております。それでどま工房での企画展示会を地道に開催しながら情報化、大量生産化した現代に生きる私たちのモノへの価値観や暮らしのあり方などをもう一度見直していただく、そんなような情報発信をしていきたいというふうに考えています。また、嘉藤議員から指摘のあった現在取り組んでいる資料集の編纂ですが、まもなく発刊する弁当箱の特集で13集目になります。平成19年3月に鉋その1を発刊して6年経ちます。道具類を終えて13集目からの食のための道具に入りました。食の道具の後は暮らしの道具、生業の道具、秋岡先生自身が制作した作品という順番で発刊していきたいなというふうに思っております。置戸にこのようなコレクションがあるという資料目録も兼ねての発行でありますし、元となるデータベースの整理はこれからの活用を考えた場合重要な位置を占めるというふうに考えておりますので、今後も精力的にその作業を実施してまいります。一方置戸の郷土資料についてですが、その資料数はまた正確にカウントできておりませんが、石器関係が1万点以上、民族資料と読んでいる石器を除く生産や暮らしの資料が5,000点ほどある。現在そのデータ化を札幌学院大学の専門性を生かしながら進めていっているところであります。現在郷土資料館に展示してありますのは大きく分けて農業と林業の産業関係、鉄道を中心とした交通関係、自然環境関係、暮らしの関係、学校図書を中心とした教育関係の5分類で、石器を除く資料のおよそ半分程度となっております。専任職員がいないことから展示や資料管理、来訪者への解説等は郷土史研究会のご協力を頼りにさせていただいているところで、会員のみなさんにはいろんな面で支援協力等お世話になっている状況であります。次に秋岡コレクションと郷土資料の融合についての考えを述べさせていただきます。郷土資料と秋岡コレクションはどちらも言うまでもなくとても大切な資料であるということは嘉藤議員も同様の考えであると思いますが、それぞれが持つ性格、用途、これは全く異なるというふうに考えています。郷土資料には秋岡コレクションにはない置戸ならではの手道具も含まれているとは思いますが、それらは郷土の歴史や産業というカテゴリーで大切に保存されていくべきものだというふうに考えております。一方秋岡コレクションは全国各地の職人道具やその道具から作られた生活用具、そこから見られる職人技という関係性を大切にしていかなければならないというふうに考えております。ですので、それぞれの特性を考えたとき、同じ鋸であっても鉋であっても秋岡資料と郷土資料は住み分けをさせていくことが必要だなというふうに考えています。
質問 1番 嘉藤均
今教育長の方から答弁をいただきました。展開と活用ということでは、いずれにしても郷土資料館のものとは別ですよということですし、融合という面でもどちらも大事なものであるということを今教育長からおっしゃっていただきました。実は3月の11日ですか、中央公民館において東京のふるさと回帰支援センターより職員がまいりまして講演をいただきました。このときに置戸と言ったらどんなものがありますかという問い掛けがありました。ただ、そのときに残念ながら置戸と言ったら一次産業の町農業ですと答えた方がいたことと、もう一つにはオケクラフトですよという言い方をされた方がおりました。もっともっと置戸には自慢できるものがいっぱいあると思うんですが、実はそういう答えしか出てこなかったという、ちょっと寂しい思いをしたことがあります。できれば本当はどま工房と言いますか、秋岡芳夫のコレクションなんていうのはもう日本中、世界中でも立派なものであるということを考えると、そういうことがもうちょっと町民の方々に認識を持っていただいて、町民の方からそういう声が出てくるように、そういう体制と言いますか、町民への認知をしていただきたいなと思いますが、その辺についてちょっと教育長のお考えをお聞かせください。
答弁 教育長 平野
秋岡コレクションも、それから郷土資料館の資料もとても大切なものだとは考えているところです。もっとやっぱりそれらが町民の皆様の身近なところで気軽に見られるような形がやはりいいのかなというふうに思っております。それを考えたときに今の資料館なんかはかなり老朽化していて、なかなか館を開けている日も少ないので、なかなか郷土資料館の資料なんかは見ていただくことができていないなというふうに思っています。ただ、資料館の新設についてはかなり現状では厳しいなというふうに考えています。ですので町民の方に身近に見ていただくにはそれを持ち出す以外にないかなというふうに思っております。それで秋岡コレクションでは機会を得て企画展やなんかを開催していますが、そんな形をやはり増やしていくことが大事だなというふうに考えていますし、郷土資料の方もすばらしい郷土資料があるというふうに抑えていますし、データ化していきますので、ぜひこれは町民の方に見ていただきたいというものについては公共施設の限られたスペースではありますが、持ち出して期間限定、季節限定の企画展なんかも開催していくことで身近な資料になっていくのかなと、そんなことも考えていかなければならないというふうに思っております。また、新設は難しいですけれども、今現在ある公共施設の中でそういう資料館的な役割を果たせるものがないかどうか、これも引き続き検討していかなければならないと思っております。また、限られた公共施設ですので、もしかすると秋岡資料と郷土資料が同じ場所で保存あるいは展示される可能性も出てきますけれども、そのときにでもやはり先程も言いましたように住み分けさせていくことが必要ですので、資料の整理等は別のところで、そして展示スペースも別に考えていかなければならないなというふうに現在考えているところであります。
質問 1番 嘉藤均
教育長から今答弁をいただきました。郷土資料館についてもすばらしいというか、すごい数の展示がありまして、今置戸町の現状を見るとすべての物を展示していると。ほとんどの物を展示してみなさんに見ていただいているという形ですし、実は隣の訓子府町の資料館を見る機会がありました。決してそこの施設も新しい建物ではありませんでした。昭和26年の庁舎ということでお聞きしましたけれども、展示の方法などにつきましてもすべてを展示するというわけじゃなくて、一部重要なものを重点的に展示するというような形での展示ということで、置戸ほど全部を前面に出すという形ではないという中で整理された展示がされているのかなと、そういうことを感じましたし、先程教育長の方からもしかすると同じ場面というか、場所での展示もあるかも知れませんということを一部お伺いしましたし、また、今噂では空いた公共施設を使いたいというような話も出ておりますけれども、わたくし的にはなるべく空いた施設に次から次へたらい回しというわけではないですけれども、今までの郷土資料館の歴史をみますと空いた学校あるいは空いた図書館、そういうところで順番に転用というか回してきた経過もあります。その時々で町民のみなさんに理解をいただいて見てきていただいてますし、先程見ていただくということについては見る機会が減ったということでしたけれども、昨年度からなかなか毎週開館が無理だということで隔週の2週に1回の開館ということで資料館については開館をさせていただいております。なお、前の教育長にお願いをしたんですけれども、せっかく貴重なものがあるんだから子供達にも見ていただいて学習にということで昨年あたりからまたそういう機会ができてきているということでありますし、大変自分にしては嬉しいことだと思っていますし、町の歴史を知るということが将来の子供達に大した勉強になることだと思っておりますので、その辺は今後続けていってほしいなと、そう考えております。また、秋岡資料の展示についても特別展ということでかなりやっているのは自分も重々承知をしておりますし、度あるごとに足を運んでいるつもりではおりますけれども、まだまだ町民への周知が足りないと、先程申したとおりでありますけれども、その辺をもうちょっと具体的にと言いますか、第5次の総合計画にも今後の検討ということで載っておりましたので、その辺をやっていただきたいなと。まず町外への発信も大事ですし、しかるべき町内への発信ということで、その辺でもう少し具体的にと言いますか、教育長のお気持ちがあればお聞かせください。
答弁 教育長 平野
郷土資料館の資料についてですけれども、やっぱり今の子供達に多く見てもらいたい、そして置戸を知ってもらいたいという気持ちはとても強いものがありますので、学校の方にこれからもしっかりと働きかけておきたいなというふうに思っております。また、できるだけ郷土資料館を身近なものにさせていく努力も続けていきたいと思いますし、そんな企画も考えていきたいというふうに思っています。あと、秋岡コレクションについては30周年記念事業もあります。その30周年記念事業は町内に向けての発信を中心にということで考えておりますので、その中でもしっかりと活用を図っていきたいというふうに思っております。どうぞよろしくお願いいたします。
質問 1番 嘉藤均
これで質問を終わりにしたいと思いますけれども、私も議員になって6年目と言いますか、その間に教育長が3人目ということでございますので、末永くと言いますか、少し腰を落ち着けて置戸の教育行政に臨んでいただきたいとお願いをして私の質問を終わります。