名寄市議会 令和5年第4回定例会 2023年12月14日
寄贈された木原康行作品の保存と展示について
2023年12月14日、名寄市議会の一般質問で、中畠孝幸議員が「寄贈された木原康行作品の保存と展示について」質問し、教育部長 木村睦、市長 加藤剛士が答弁しました。
- 質問者
- 中畠孝幸 議員
- 答弁者
- 教育部長 木村睦、市長 加藤剛士
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
質問 1番 中畠孝幸
議長より御指名いただきましたので、通告に従って、質問いたします。大項目1、名寄市に寄贈された木原康行作品の保存と展示について、小項目1、作品の保存をめぐって。版画家、木原康行氏は1932年、昭和7年でございますけれども、名寄で生まれ、1951年、名寄高等学校を卒業し、東京の武蔵野美術学校に入学、翌年には春陽会春陽展に作品が入令和5年12月14日(木曜日)第4回12月定例会・第3号選しています。1970年、37歳でフランスへ渡った後は銅版画を中心に制作活動を行い、多くの国際的な版画展に作品を出展し、個展も国内外多くの都市で開催しています。1999年には、フランス画家・版画家協会の正会員となっています。木原康行氏は2011年にパリにおいて78歳で亡くなりますが、亡くなった後、2013年に奥様の千珂様より多くの作品、銅板、制作用具等が名寄市へ寄贈されました。その後も2015年、それから2020年、2022年に奥様の千珂様より木原康行氏にまつわる多くの品々が寄贈されています。また、本年、2023年にも作品が寄贈され、名寄市北国博物館ギャラリーホールにおいて11月10日から12月5日まで木原康行銅版画展が開催されたところであります。今年寄贈されたものをすぐ企画展において鑑賞することが可能になったことに対して関係者の方々に感謝申し上げるとともに、これまで寄贈された多くの貴重な作品や木原氏に関わる品々を今後も名寄市の貴重な財産として保存し、名寄が生んだ芸術家の仕事を国内外の多くの人々に広める責任を感じるところであります。さて、2013年以来数次にわたって名寄市に寄贈を受けた作品等は数も多く、その分類や目録作成には多大の労力を使っていることと思われます。現時点において市民も寄贈品の全貌を知りたがっていると思われますが、現在の収蔵点数についてどのようなものがどのぐらい収蔵されているかお知らせください。また、その保存方法、保存状況について、作品を良好な状態に保つためにどのような配慮がなされているかを含めてお伺いします。また、整理、分類等の具体的な作業に当たる職員の数、そのうち学芸員資格を持つ者の数、そしてその数が十分であるかについて伺います。小項目2、作品の展示をめぐって。木原康行氏の作品の名寄市における展覧会について遡りますと、1962年、昭和37年でありますけれども、令和5年12月14日(木曜日)第4回12月定例会・第3号名寄市民会館において個展が開かれています。これは絵画ですけれども、1974年に市立名寄図書館において木原康行銅版画展が開催されています。また、2001年と2006年には、名寄信用金庫レンガの家きらりにおいて個展が開催されました。木原氏が亡くなった2011年には、北星信用金庫レンガの家きらりにおいて遺作展が開催されています。さらに、名寄市北国博物館においては、2014年に版画家、木原康行回顧展、2017年に木原康行版画展、この2017年のものは名寄市民劇場2017「朔北の画家パリに死す」という演劇とコラボといいますか、同時開催されたものでありますけれども、その後さきに述べました本年の木原康行銅版画展開催に至っています。こうして見ますと、木原氏が名寄高等学校を卒業して名寄を離れた後もこの名寄の地で何度も展覧会は開催され、木原氏と名寄との結びつきが深かったことがうかがえます。作品の常設展示としては、2015年、名寄市民文化センターEN―RAYホールの開館に併せて木原記念ギャラリーが開設されています。木原作品の常設の展示施設としては、この木原記念ギャラリーのみと言えます。さて、木原作品の展示について、特に常設展示を今後どのように行っていくかについて伺います。現在の木原記念ギャラリーは広さが十分でなく、また場所も分かりにくい区画にあり、管理するために常駐する人もいません。名寄市の所蔵する多くの貴重な木原作品を常設展示する場としてあまりふさわしくないと思いますけれども、お考えを伺います。さらに、木原記念ギャラリーの開設以降も増え続けている貴重な寄贈品を効果的に管理し、展示していくためにどのような施設が望ましいとお考えかお示しください。次に、小項目3、今後の在り方をめぐって。名寄市が現在所蔵する木原康行作品及び木原氏の制作に関わる道具類は、質の上からも数の上からも全国で類を見ないほど充実したものであります。名寄市は、郷土が生んだ芸術家についてその価値を広く知ってもらうための活動を行うべきであります。そのためには、木原氏に関する研究を進め、展覧会を開催したり、講演会を開催したり、図録等の資料を作成したりして、名寄出身の木原康行氏に注目が集まるような、そういう施策を取ることが必要でしょう。それが多くの貴重な作品を託された者の使命であると考えられます。木原氏の作品は、東京国立近代美術館や北海道立近代美術館に所蔵されているほか、近くでは北海道立旭川美術館にも所蔵されています。旭川美術館では、道北の美術に焦点を当てて、道北地方にゆかりのある美術について収集、研究、保存を行っています。旭川美術館との共催による展覧会等も、可能であれば一例として考えられるかもしれません。御遺族から託された貴重な財産を生かすことによって名寄市が注目を集め、国の内外から木原康行氏の作品に興味を持った人たちが名寄市に集まり、そこに活気が生まれれば、作品を託した御遺族も安心されるのではないでしょうか。さて、質問内容ですが、木原氏に関する寄贈品の数々を今後市としてどのように生かしていくのか、以上述べた事柄に関してお考えをお示しください。以上です。
答弁 教育部長 木村睦(教育部長は2023年12月まで)
中畠議員からは大項目で1点質問いただきましたので、私のほうからお答えさせていただきます。まず、大項目1、寄贈された木原康行作品の保存と展示について、小項目1、作品の保存をめぐってについてお答えいたします。木原康行氏は、名寄市で生まれ、パリで活躍した銅版画家です。高校卒業までを名寄市で過ごした後、東京の美術学校で学び、病の後遺症で聴覚を失いますが、37歳でフランスへ渡り、銅版画家として認められ、日本人として2人目のフランス画家・版画家協会の正会員に選ばれました。木原康行氏は2011年、78歳でその生涯を閉じますが、氏の御親族から多数の作品、制作用具、愛用品などを寄贈いただき、EN―RAYホールの木原記念ギャラリーや北国博物館の企画展において市民の皆様に観覧いただいております。寄贈された木原作品等については、現在その大半が北国博物館において収蔵されており、作品700点、銅板、亜鉛板145点、制作道具や愛用品などのゆかりの品576点の合計1,421点となっております。これら作品等は、北国博物館の第1収蔵庫において保管しております。第1収蔵庫は構造上外気の影響を受けにくく、湿度が高いときには除湿を行うなど状況に応じて温湿管理をしており、ガスで自動消火を行うハロン消火設備を設置し、常に施錠も行っていることから、博物館内で版画作品を良好な状態に保つために最も適した収蔵庫であると言えます。また、大変貴重で優れた作品等であるため、原版と刷られた作品については注意して保管しており、原版は銅板のため腐食しないよう防錆紙で包み、作品も薄葉紙で保護しています。また、作品はシリーズ作品ごとに仕分して、金属ケースに入れて保管しております。北国博物館の職員数については、正職員3人と会計年度任用職員5人、合わせて8人で、環境整備担当を除く7人の職員において博物館の企画運営に携わっております。そのうち学芸員資格を持つ者は3人おり、学芸員としての高い専門性と知識により整理や分類等の作業も行っております。次に、小項目2、作品の展示をめぐってについてお答えいたします。2011年に木原康行氏が亡くなられた後、御遺族が木原康行氏の残された作品を散逸させたくないとの思いから作品等を一括して本市に寄贈いただき、2015年の名寄市民文化センターEN―RAYホールの開館に併せて常設展示として木原記念ギャラリーを設け、市内外の方々が木原作品に触れ合える場となりました。また、御遺族には、EN―RAYホールは多令和5年12月14日(木曜日)第4回12月定例会・第3号くの方々に優れた貴重な作品に触れたり、鑑賞したりすることができる本市の文化、芸術の拠点機能を果たす大きな役割を担った施設であることから、ホールの開館に併せてホールの一角に木原記念ギャラリーを設けることで御理解もいただいているところです。展示品を常駐して監視する者はおりませんが、今年度において案内看板の設置や最も出入りの多い西側入り口に木原記念ギャラリーを紹介するリーフレットを設置するなど、分かりやすい誘導や説明等に努めているところです。木原記念ギャラリーについては、今後展示作品の入替えや周知方法の工夫、拡大、北国博物館の企画展との連携など木原記念ギャラリーを多くの方に御覧いただけるよう他自治体の事例なども収集し、研究してまいります。次に、小項目3、今後の在り方をめぐってについてお答えいたします。郷土が生んだ版画家、木原康行氏の資料、ゆかりの品やそのすばらしい作品の数々は名寄市にとって財産であり、市内外に広く知っていただくための周知活動は大変重要であると考えております。そのため、今後も北国博物館においてはその研究を進めるとともに、定期的に企画展の実施や他施設との共催による展覧会や講演会についても検討していきたいと考えております。あわせて、さきにもお答えしたとおり、常設展示である木原記念ギャラリーの周知に努め、ギャラリーを生かした企画についても検討していきたいと考えております。以上、私からの答弁とさせていただきます。
質問 1番 中畠孝幸
お答えいただきましてありがとうございます。まず、何点か確認させていただきますけれども、第1点、作品の保存をめぐってということで、現在の保存状況について御説明いただきました。北国博物館の第1収蔵庫で、管理としては温度も湿度も管理されており、消火器もちゃんと設置されていると。作品の保護の状態も良好であるという令和5年12月14日(木曜日)第4回12月定例会・第3号御回答いただきまして、安心したところであります。このようなことを聞きましたのは、ほかの地域の事例ですけれども、今年の7月、大阪府で、大阪府の庁舎の地下駐車場に現代美術作品105点が保管されていたと。それが6年間保管状態があまりよくない状態であったという、そういうニュースに接したものですから、それで心配になりまして、木原作品はどうなのかということで、これは市民の方も考えていらっしゃるのではないかなと思いまして、質問させてもらったわけであります。今の1点目について回答いただきまして、安心したところ、それから作品数については作品が700作品、それから銅板とか亜鉛板、これが145点、それから恐らく手袋とか道具類、彫刻刀のようなものとか、そういうもの含めて576点、合わせて1,421点という御回答いただきまして、改めて非常に数の上からも多い貴重な品が市の収蔵品として現在保管されているということが分かったわけです。それで、2点目の作品の展示をめぐってということなのですけれども、そこのところで木原記念ギャラリーについて御質問したわけですけれども、木原記念ギャラリーが開設されたのが2015年です。その後も奥様からいろいろなものが寄附、寄贈されて、数は増え続けているわけですけれども、あのスペースで十分かということ先ほど申し上げたわけですけれども、増え続けていることに対して十分なのかどうかということに関してと、それから先ほど作品の入替えを考えていらっしゃるというような御回答もありましたけれども、現在木原記念ギャラリーにおいて作品の入替えというのがどのぐらいの頻度で行われているのかということに関して再度お伺いいたします。
答弁 教育部長 木村睦(教育部長は2023年12月まで)
議員お話しのとおり、奥様の千珂様から木原康行さんの作品を、本当にたくさん貴重な作品を寄贈いただいております。常設させていただいているギャラリーにつきましては、文化センターのEN―RAYホールのところにあるわけでございますが、そうした作品を常設して展示しておく場所については、今の木原記念ギャラリー以外には今のところは考えていないところでございます。今後記念ギャラリーを生かしながらいただいた作品についてほかの企画展含めながら、いろいろと活用させていただきたいというふうに思っております。なお、これまでにあそこの作品について入替えを行ってきたかどうかということでございますが、この間は作品の入替えについては行ってきていないということでございます。
質問 1番 中畠孝幸
2015年からということですので、もうかなりの年数がたっているわけですが、特に版画作品などの場合には日光の影響を受けるということで、入替えというのがやはり必須であると思います。何年も置きっ放しにするということは作品を傷めてしまうということになると思いますので、その辺はぜひ考えていただきたいということを一つ申し上げたいと思います。それから、これはぜひ検討していただきたいのですけれども、実際狭いということです。先ほどから申し上げておりますけれども、スペースが十分ではない。先ほど御回答いただきましたように、非常にたくさんの収蔵品があるにもかかわらず、木原記念ギャラリー、現在のものは非常に狭いです。その辺十分でないということをまた再度申し上げたいと思うのですけれども、ちょっとこれから一つの提案のような形になりますけれども、名寄市で図書館の改築を今、図書館を新たに建てるということを考えているところでありますけれども、図書館の中に木原康行記念室というようなものを現在の木原記念ギャラリーよりも広いスペースを取って、そういうものも一つ考えられるのではないかということをぜひとも申し上げておきたいと思います。図書館は図書館でギャラリーとそぐわないのではないかというお考えもあるかもしれませんけれども、版画作品というのは書籍と非常に密接な関わりを持つ媒体ですので、図書館に版画作品があるということは非常に場所としてもマッチしているというふうに考えられると思いますので、その辺非常に貴重な作品ですので、展示の仕方によっては図書館の一つの目玉といいますか、新しく出来上がる図書館の一つの目玉にもなると思いますので、そういった中に記念室を設けるということもぜひ検討していただければというふうに思います。これについては、今現在それについてどうかということ発言求めてもお答えいただけないと思いますので、それぐらいにしますけれども、次にそれから3番目の今後の在り方をめぐってということですけれども、先ほどのお答えでは周知活動に努めると。それから、研究進める、それから企画展なども行うということで、それから先ほど私はちょっと旭川美術館のことを例に取って申し上げましたけれども、他の施設との連携とかも考えていただけるというような御発言がありましたので、それをぜひ進めていただきたいと思いますし、それから一つ御質問といいますか、企画展を行う場合に、北国博物館ではいろいろな展示がこれまでも行われておりますけれども、あまり企画についてまとめたパンフレットとか、それから図録、そういったものが出されていないのが非常に残念というふうに私は常々感じているのですけれども、その辺の、企画展を開催するのであれば、図録を一緒に販売するというようなことも行っていただきたいと思うのですけれども、ちょっとその辺について見解をお伺いしたいと思います。
答弁 教育部長 木村睦(教育部長は2023年12月まで)
博物館におきましては、名寄の歴史ですとか自然など様々なテーマ別にまとめた書籍といたしまして、北国ブックレットというものがございまして、そういったものをこの間も作成し、販売もしてきているところであります。今回いろんな面で木原康行さんの御紹介令和5年12月14日(木曜日)第4回12月定例会・第3号といいましょうか、御質問いただいたこともございますし、今回企画展をさせていただいたということもございますので、今後木原氏の経歴ですとか作品をまとめたブックレットについては、今御親族の意向も確認はしなければならないのですけれども、検討のほうはしていきたいというふうに考えておりますので、よろしくお願いいたします。
質問 1番 中畠孝幸
北国ブックレットという形で紹介する冊子を作ってくださるという、それを検討しているというお答えをいただきましたので、ぜひそれも進めていただきたいと思います。それで、1つちょっとこういう寄贈された芸術品について考える上で参考になるかなと思える事例を出させていただいて、それで今後の在り方なども考える材料にしたらいいのではないかと思えるものがあるのですけれども、札幌に三岸好太郎美術館というのがありますけれども、札幌の三岸好太郎美術館というのが、これもやはり奥様の三岸節子さん、この方も木原氏と同じように奥さんが画家であるわけなのですけれども、その三岸節子氏から北海道に220点の作品が寄贈されたのです。それで、1967年に記念室として最初、ですからもう50年以上前ですけれども、1967年に北海道立美術館三岸好太郎記念室として開館したわけです。その後、これ北海道立ですけれども、北海道立三岸好太郎美術館というふうに改称して、現在の建物ができたのがちょうど40年前です。白亜の白いおしゃれな建物ですけれども、40年前に三岸好太郎美術館として新しい建物が出来上がって、それ以来年に何回も企画展が開催され、特別展が行われたり、講演会、音楽会が開催されて、子供向けに分かりやすく作品を解説するというようなことも行われたりとか、北海道内の若手芸術家の作品を展示するとか、そういったことが行われています。これは、そういった寄贈された作品の扱い方として参考になるかなということで今申し上げているわけですけれども、三岸令和5年12月14日(木曜日)第4回12月定例会・第3号好太郎美術館ではそういう展示活動のほか、先ほどから出てきていますけれども、調査研究活動、それから地域連携、芸術、文化に親しむ機会を増やすとか、それからもちろん図録の出版とか展示が行われたら図録を出すと、そういったことが行われて、非常に寄贈された作品を生かして、これまで50年ぐらいにわたって北海道民にそういった芸術、文化についての味わうという機会を与えてくれているわけですけれども、そういったことを考えてみますと、木原康行作品もそういう、生まれ故郷、三岸好太郎は生まれ故郷が札幌ですけれども、木原康行氏は生まれ故郷が名寄市でありまして、生まれ故郷に寄贈された作品を非常に上手に生かしてと言うとおかしいかもしれませんけれども、そういった美術館を運営してきていると、そういった例がありますので、名寄市においてもぜひ、最初はそんなに美術館を建設するなんていうと無理だということを、突然そんなこと言いますと何言っているのだというふうに言われるかもしれませんけれども、取りあえず先ほど申し上げた図書館の中に記念室を設けるとか、そしてグッズとか、木原康行記念のグッズなどを販売するとか、遠くから見に来てくれた方が来てよかったなと思えるような、そういった施設にしていただければいいのではないかなということを考えております。今ちょっと具体的にこれどうだということではないのですけれども、御見解があれば教育部長からお伺いしたいと思います。
答弁 教育部長 木村睦(教育部長は2023年12月まで)
札幌のそういった事例も含めて議員のほうから御提案いただいたなと思っています。木原康行作品も世界において認められた銅版画家でございますし、名寄市に本当にたくさんの貴重な作品を寄贈いただいており、それらを広く市民の皆様方に知っていただくことをこれからはやっていくことがやっぱり大変貴重なことだ、重要なことだというふうに私どもも考えているところでございます。博物館のみならず、我々持っている社会教育施設もありますので、そういったところでも連携しながら、より木原作品を知っていただくような機会をこれからも企画展含めてつくっていきたいというふうに思っておりますし、まずは広く市民の方にこの木原康行作品を知っていただきたいというところからスタートのほうさせていただきたいなというふうに今考えているところであります。それから、先ほど議員のほうからもお話しいただきましたけれども、旭川の近代美術館ですとか、さらには市民の方にもこの木原康行作品をお持ちの方もたくさんおられますので、そういった方と連携をさせていただきながら、少し多角的といいましょうか、そういった方面からも、繰り返しになりますけれども、まずは本当に広く市民の方に改めてこの木原康行作品を知ってもらうような施策の展開といいましょうか、事業を行っていければなというふうに考えておりますので、よろしくお願いいたします。
質問 1番 中畠孝幸
ありがとうございます。今旭川の話が少し出ましたけれども、2003年、今からちょうど20年前でありますけれども、北海道立旭川美術館で木原康行氏の展覧会が開催されています。始源の形、始めに源と書きますけれども、「始源の形」という題で木原康行展、このときには130ページほどの図録が発行されて、展示品、200点ほど展示されたということですけれども、このときはまだ木原氏も御存命で、北海道立旭川美術館に足を運んだときに非常にいい展示だということで、そういう満足といいますか、おっしゃっていたということですけれども、そういった歴史として旭川美術館でも、20年前にそういった大きな展覧会、200点の作品を集めて、これは遠くから貸与して展示したものも多かったと思われますけれども、そういった展示が行われていますので、名寄市もぜひ木原作品、先ほどちょっと三岸好太郎美術館のこと御紹介したときに子供向けの啓発活動というのも行っているということ申し上げましたけれども、もうちょっと市民に浸透した時点で名寄市にはこういった偉大な版画家がいたのだということで、子供たちにも分かりやすく、先ほどの北国ブックレットというのが大人向けであるとすれば、子供版みたいな、子供にも分かりやすいような形でそういった小冊子を作っていただいて、名寄市の生んだ版画家について知ってもらうとか、そういったことも考えていただければと思います。それで、これはぜひ市長にお伺いしておきたいのですけれども、今後の木原作品の扱いといいますか、市としてどういうふうに扱っていくかということについて市長のお考えを最後にお伺いしたいと思います。
答弁 市長 加藤剛士
御縁がありまして、名寄出身ということ、あるいは奥様の千珂様も名寄を本当に愛していただいて、名寄の地でまとまった作品を保管してほしいという、そうしたありがたい御進言もありまして、現在たくさんの貴重な芸術作品を保管しているということ、まずはこれをしっかりと末永く大事に保管していくということが何よりも重要だというふうに思っていまして、そこには我々の部局としてもしっかりと教育委員会とも連携をしながら、しっかりとそこの部分についての体制はこれからも整えていきたいというふうに思います。その上で、今様々な御提言をいただきましたので、改めて我々も、今までも市民の皆さんやいろんなところで、あるいは先ほど道立旭川美術館の話もありましたけれども、そちらからも絵画をお借りする形での展示会等は名寄でやらせていただいたこともたしかあったと思います。そうしたことも含めて、これからより市民の皆さんに、そして広くこの木原康行さんの作品がいろんなところで発信をしてもらえること、そのことが名寄市のいろんな意味での価値の向上にもつながっていくというふうに思いますので、いただいた御提言をしっかりと踏まえて、今後も適切令和5年12月14日(木曜日)第4回12月定例会・第3号に管理、あるいは様々な形で発信をしていきたいというふうに考えております。よろしくお願いいたします。
質問 1番 中畠孝幸
ありがとうございます。今力強い決意を伺うことができましたので、ぜひ進めていただければと思います。最後に1つだけちょっと御紹介といいますか、名寄出身の木原康行氏が奥様の千珂様と手紙のやり取りをしているのです。その中に名寄が出てきますので、それを御紹介して、名寄出身の木原康行ということを心に留めていただけるようにちょっとそこを紹介して終わりにしたいと思いますけれども、これは木原千珂さん、奥様の「沈黙の環」という御著書の中に書かれているのですけれども、千珂様ということで、これは1974年11月30日に奥様に宛てた手紙ですけれども、ちょっとだけ読んで紹介したいと思いますけれども、「今日は11月30日、とうとう名寄で1か月を過ごしてしまいました。明日札幌に出て、翌日は東京に着くと思う。名寄と隣の町、風連で個展を開いたので、こんなに遅くなってしまった」、ちょっと飛ばしますけれども、「名寄には3日か1週間の予定で来たのに、やはり生まれ故郷というものなのかもしれない。雪が降り、友達と飲み、久しぶりに人間らしさを取り戻した気もします」ということで、名寄を愛していた木原康行氏の心情といいますか、それがよく表れた箇所であると思いますので、それを紹介して、質問を終わらせていただきます。ありがとうございます。